マグニチュード6.8の地震がおきた。
ニュージーランド!?と聞いて、
真っ先に浮かんだのは、ニュージーランド在住20年で、
最近お友達になった しひさん
のこと。
彼女の家は離れているので大丈夫との事で、ひとまず安心!
ニュージーランドの瓦礫になった町並みを見て、
やはり今回も思い出すのは、阪神淡路大震災。
忘れもしない、
今年16歳になる長男が生まれた年で、お腹にいて、妊娠4ヶ月だった。
それは1995年(平成7年)1月17日(火)の明け方だった。
大阪府松原市のマンション6Fに住んでいる私は、
ド、
ド、
ド
、ド、
ド
、 ド
という何か得体の知れない"地響き"で目を覚ました。
そして、その直後、
ドーン
と、
建物自体が、いったん持ち上がって、落ちた!というほどの、
大きな上下の揺れがあり、
そして、大きな横揺れ!!
‥‥この時、とっさにマンション内のどこかが大爆発したと思った‥‥
それこそマンション全体が左右に大きくしなるように、
ぐ
わ
ぐ
わ
ん、
家具は大きく移動し、
サイドボードや食器棚の中のものは、床に落ちて割れて粉々。
あわてて、テレビを着けたら、
震源地は神戸地区だと報道している。
しかも、マグニチュード7.3の大地震!
全身から血の気が引いた。
と、言うのも
私の実家が、兵庫県尼崎市武庫之荘で、
震源地にはウチよりかなり近いから。
慌てて実家に電話したら、母が出て、
「とにかく、まだ真っ暗でちゃんとわからへん。
家中、足の踏み場もないぐらいグチャグチャや。
あの大きくて重たいテレビが床に画面を下に叩きつけられてるし。
とにかく、家族全員無事やから。」
一応、直後の様子がわかって安堵したものの、
それ以後、二度と電話は繋がらなかった。
テレビでは信じられない映像が報道され、
それを呆然と観て、戦慄したのを、今でもよーく憶えている。
その後、かろうじて、電車が利用できるようになると、
とりあえずお弁当を持参し、やっとの思いで実家を訪ねた。
凄まじい状景だった。
家の前の アスファルトは、 真ん中から割れて隆起
し、
全体が波打つような感じ。
家は 縦に ヒビ
、それを境に ズレ
ていた
。
かろうじて、原形は留めているものの、
ほとんど全壊に近く、
いつ瓦礫と化すかわからない状態だった。
世界各地で、地震が起こるたび、
いつも当時のことを思い出す。
今回も、
亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りするとともに、
まだ、不明の方々の一刻も早い救出を心より願っています。
大自然の変動には、
あまりにも人間は無力で、小さすぎる‥
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