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自分が凄く田舎に住んでいると思う瞬間。こんな新聞記事が一面に載っているのを見た時。IKEAが、オープンしたと、朝刊の一面(と言ってもこちらの新聞には一面が幾つもあるのですが)に写真付きでどどーん!と載っていた。これまでの、前振りがまた凄かった。アイケアが、来るぞ、工事が始まって、予定より早く完成するぞ、開くぞ、開くぞ、当日は行列だぞ、記念品進呈だぞ・・・と、新聞で言う??しかも、このお店、この街に出来るのではなくて、同じ州の、ここから3-4時間程のシャーロット。この新聞は、わたしの住んでいる州都近辺から発行しているので、州全体の情報を沢山載せている。それにしても!シカゴで一度行ったきりだが、特にIkeaが好きでないから、余計、朝からびっくりした。あ、でもあそこのエスカレーターは人用の横にカート用が有って面白かったな。あれはシャーロットにも有るのかなあ?今だったら、子供用の家具なんてあそこで揃えたらお手頃だっただろうなあとも思う。結局行きたいのかしらん、わたし?(笑)
February 19, 2009
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学校へ行くようになったら英語ばっかりになってしまうかもしれないが、今の所ブル之助はバイリンガルだ。「この人には日本語で言っても通じないな。」と分かるようになって、電話で話している時に横からわたしが「**って言いなさい。」と言えば、相手に応じて英語で言ったり日本語で言ったりする。その日に有った英語での出来事や英語の本の内容も、つっかえながらではあるが、わたしに日本語で説明出来る。二ヶ国語に囲まれての生活を苦ともしていないんだなあ、と思う反面、やっぱり難しいのだな、と実感させられる事も有る。例えば、日本の英語学習者が最初に納得出来ない前置詞。これを、間違う、間違う。"You can barrow with it.""What are you cooking about?"言いたい事は分かるんだけど、惜しい。ブル之助が話始めた頃、ブルルが簡潔に話そうとするあまり、「First, you eat dinner, and then, apple, okay?」とか、なんだかアミーゴっぽい英語で話していた後遺症か?南部の家庭では「Yes,ma'am」とか「No, sir.」と答えられれば瞬時に良い家庭でしっかり育てられていると思われる趣きが有るようで(独断です)大人と話す時はきちんと受け答え出来るように、特に男児がレディーとお話する時は、気を付けるように育てられる。(こんなに簡単で高ポイントな芸(?)は日本では無いであろうと思われる。)そこで困るのが、ぽっちゃりしていて髪の長い男性とか、背の高くてショートヘアの女性。「テストしに現れた?」かと思う。ブル之助にそういう人が気軽に話しかけて下さる度、母は心臓が縮む。「ママ、この人はYes,ma'am?」なんて訊いてくる時すら有る。本人の目前で!HeとSheがまだ完璧でなくて、わたしですらHeと呼ばれる時が有る。「あの人」で済んでしまう日本で育ち、そういう概念の無い日本人に難しいのは納得出来るけれども、アメリカで生まれた子にも難しいのか、と思うと、なんだか英語習得の苦労を分かち合うようで、笑える。過去形もまだ怪しい。"I waked uped" "We was reading."とか。三単現のSも怪しいので、それが一緒に出て来ると"You was eating that, but he don't like that.”とかになったら、何故かアンクルトムの小屋を思い出す。それより、「あなた日本人?」と言いたくなる間違いだ。そうかと思うと、「Th」の音と「F」が入れ替わって"May I have あられ thirst?(first)"とか、親のわたし達は「何言ってるの、先にご飯全部召し上がれ。」と言うべきなのに笑ってしまう。ブルルに訊けば、「Th」と「F」を発音し間違うのはアメリカの子供には良くあるそうだ。ブルルとわたしは英語で話すので、食事中笑いながら話していたら仲間に入りたいと思うようで、最近は咳払いをして「えへん、えへん、・・・One day, I was a baby。Were you a baby, too, daddy? Babies cry and eat with their hands.They also poopoo in their diapers.」なんて語り始める。先日スーパーでこれをやって、横のおばあさんが涙を流して笑っていた。「One day, I was a baby」と「What is your favourite toy? Colour? Animal?Invention?」「Do people eat ***?」(絵本により**はかばさんだったりわにさんだったりひとでだったり。わにが食べられるなんて知りませんでしたわ。中国ではひとでを揚げて食べるのをテレビで見たけれど。)が、近頃彼のお気に入りの質問で有る。先日「One day, I was a boy・・・。」と言うので、これには慌ててブルルが「今も男の子でしょっ!」と反応した。日本語に関しては、相変わらずインプット量が英語に劣るので語彙も劣る。以前までは、わたしは何がなんでもブル之助と日本語で話そうと思っていたので、何かの意味を訊かれても、例えそれがブル之助に英語で言えば知っている名詞でも、彼に分かるような語彙を駆使して説明しようとしていた。が、頭の回転の少し速くなった彼には、途中で面倒になってしまうようで、「ママ?何ママ?何?」と、とっても葛藤を顔に表して催促するので、一度説明して分からない場合で、英語で言えば一瞬で分かるような場合は、英語を使っている。特に、人名、地名を日本語風に言うと混乱するようなので、このような事が多い。ふと、わたし自身の日本語が、日本語の中に英語の名詞が入る場合にそこだけ英語発音になるような、一昔前の日本人移民の日本語に、一歩近づいてしまったような気がする・・・。その内「子供をドロップオフして・・・」「わたしはアップセット」とかそんな日本語になってきたらどうぞ叱って下さいませ。便利な事も有る。延々と「なんで?」「Why?」「何?」「What?」と堂々巡りに陥る日常なのだが、「これなあに?」「それはライオンさんよ。」「なあに?」「Lion」「なんで?」「ライオンさんよ。」「ふ~ん・・・。」(納得)なんとなく、日本語と英語で繰り返すだけで丸め込めるので便利だ。ブル之助の日本語に関しては、「Yes」「No」がやはり難しいようで、これはわたしも日本語って難しいなあと再認識させられる。例えば「ブル之助、出掛ける前にお手洗い行きなさい。」「結構です。」と言うような頓珍漢なやり取りは前にも書いた。近頃「?」と思うのは「ブル之助、今日はデザートにぶどうが有るよ。」「いいよっ!」え?「ブル之助、ご本読んであげようか?」「いいよっ!」この「いいよっ!」と凄く嬉々と言うので「はい」と言う意味なのだろうけれど、「結構」ばっかり言っていた子が言うと「要らないの?」とも解釈出来る。「No」に関しては、これくらいの子供は、日々の予定も自分の嗜好が通らないし、せめて自分の自由の利く事と言えば返事で「No」と言ってみるくらいだから、良く「No」と言うのだと読んで、とても納得した。これを、ブル之助は「違うよ。」と言う。「ブル之助、もうすぐご飯よ、玩具仕舞って。」「違うよ。」「寒くない?靴下履いたら?」「違うよっ!」(靴を履かない時は靴下キライ)なんだかデジャヴーだなと思ったら、ブルルが昔こんな感じだった。それが、いずれ周りの人の言い方と雰囲気で覚えて言ったのだ。ぬいぐるみやミニカー総出演で一人何十キャラクターを演じて会話しているが、やっぱりそれでは限度があるようだ。そろそろまた一時帰国の時期かなあ・・・。それにしても、日本人の間違いもアメリカ人の間違いも両方やっててどうすんの?ブル之助?
February 18, 2009
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とっくに二月になり、節分も済んだのに、しつこく我が家では新春気分を引きずっている。日本食スーパーでサトウの切り餅($6.99なり。日本ではどれくらいかなあ。)が手に入るのでそれをトースターで焼いて大根おろしとお海苔(まだはまってます。)でお昼ご飯、とか、先日は朝から百人一首のCD同一では無いけれどこんな感じ↓専任読み手による本格的朗詠CDで効果的に練習を。小倉百人一首朗詠CDをかけていた。不思議な物で、子供の頃から親しんでいる歌でも、カルタを取る為にランダムに再生しているのに耳をそばだてて聴くのと、家事をしながらふと耳に入るのをのんびり聴くのとでは、風情が随分違う。「この歌はこんな意味だったのかもしれない。」とか「これはもしかしたらとっても大人な意味なのでは?」とか、一人で内心ドキドキしながら、そしらぬ顔でブル之助と遊んでいた。独特の歌うような読み方と間の沈黙をブル之助は怖がるかなと思ったが、CDケースに書いてある百人一首の絵を眺めて、絵本に出てくるかるただと解ったらしく、このゲームをしよう!とやる気満々だった。う~ん、あなたにはまだ早いけれど、友達がくれたまま勿体無くて手をつけていない白紙のかるたに作ってやったら、坊主めくりでも出来るし喜ぶかなあ、なんて思った。気が遠くなるような作業だろうけれど。実家には母が実家から持って来た、その前はどこに有ったのか、アメリカだったら歴史記念館に入れられるくらい古いかるたが有る。日本ではただのボロボロのかるたと言うだけで、こんな古い物はどこにでも有ると思う。お姫様の箪笥をかたどった木の入れ物に入っていて、そこから出すて暫くすると手書きの一枚一枚がそっくり返ってしまう。競技には使えない程ボロボロなので、そーっと坊主めくりをする専用で有った。あれを、将来はブル之助にあげましょうと言っていたな、それならば草書でも一応読めるくらい百人一首も覚えてもらわないとな、と、わたしの頭の中は忙しくブル之助への計画が立てられているのに、勿論ブル之助は気付かず、CD自体は結構気に入って聴いている。わたしは特に平安文学が好きだった訳ではなく、源氏物語などは「大」を付けても良い位嫌いだった。百人一首が昔から好きだったのは、家族の影響も有ったろうが、それに加え、基本的に雑多な歌の集まりが百有る、と言うのが、それぞれの背景や人物や、気持ちや意図がばらばらで有る故に、想像力をかき立てられるのだろうか、自分では説明が出来ない。二階から降りて来たブルルは「なんだかお葬式みたいだなあ。」と。う~ん、朗々と歌を読み上げる男性の声は、お坊さんにも聞こえない事も無いが、それにしても意味が全然違うじゃないの、だからアメリカ人は新春って言うものが解ってないから失礼しちゃう、(←だから二月だってば。)なんて思っていた。が、二階を掃除して掃除機を切った時に聞こえて来たのはふと、「あら、どちらかで今日は法事?」と言う雰囲気のかすかな雑音だった。成る程ね、納得。確かに似てるかも。古い百人一首を思い出したのと、法事の雰囲気を思い出したので、なんだか突然ご先祖様を思った日であった。
February 9, 2009
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