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よい演奏会だったと思います。1部の惑星や2部のミュージカルもお客さんのうけは上々でしたし、自分の振った3部ステージに関して言えば、特に失敗もなく安定していて、大過なく終えることができました。心からよかったと思ってます。後で録音テープを聞くのが楽しみです。(このブログを見てくれている団員の皆様へ)これも皆さんのおかげです。ありがとうございました。瑞木の詩は本当にいい曲でした。勇気を持って取り上げてよかったと思っています。本番中は、各パートとも、練習中に指示した箇所やポイントになる箇所ではしっかり指揮者を見てくれていて、目が合いまくりでした(^^)燃える目、熱い目、なみだ目、いろいろでした。それが指揮の励みにもなり、私の気持ちも盛り上がってきて、いい感じで振れたと思ってます。また来年に向けてがんばります!!当面、次の短期的イベントはマラソンのレースです。12月11日に迫っているので、こちらの方の調整が今後の課題です。マラソン用のブログに詳しくかいてありますので、関心のある方はどうぞお越しください(^^)
2005.11.27
最後の練習が終了した。やることはやった。あとは皆の心がひとつになって、日頃の練習の成果を出せればそれでOKだ。個人的には、今年は仕事も忙しく何かと大変だったが、指揮者でもありほぼ練習には皆勤することができた(携帯に急な呼び出しはあったが)。その辺は我ながらよくやったなと思っている。演奏の方は、いい具合に仕上がっている。本番で留意してほしいのは・ポイントになるところで必ず指揮を見る・まわりの音に留意し、曲の流れに乗る・自分の動きがおかしいと思ったら、突っ走らずにすぐ修正するの3点。この3点を各自で押さえてもらえれば、あとはおいしい酒が待っている。明日はがんばろう!(^^)
2005.11.26
邦画と違い洋画の世界では確固たる地位を持つミュージカル。27日の定期演奏会2部ではいわゆる“三大ミュージカル”から代表的な曲を採り上げることにしている。まず「サウンド・オブ・ミュージック」(1965 米)。 The Sound of Music修道女マリア(ジュリー・アンドリュース)が大草原の中で歌った曲である。トラップ一家との心のふれあいを描いた名作で、エーデルワイスやドレミの歌など他にも佳曲は多いが、時間の都合もあり、残念ながら別の機会での演奏に譲る。次に「ウエスト・サイド・ストーリー」(1961 米)。 Maria マリア I Feel Pretty アイ・フィール・プリティ America アメリカ Tonight トゥナイト音楽監督バーンスタインの手による作品はどの曲も秀逸だが、その中から本日はラブソングを中心に選曲した。ナタリー・ウッドの演じるマリアの悲恋は、さしずめアメリカ・ダウンタウンの煉瓦街版ロミオとジュリエットと言えよう。最後に「マイ・フェア・レディ」(1956 米)。 With a Little Bit of Luck 運がよけりゃ On the Street Where You Live 君住む街角 Could Have Danced All Night 踊り明かそうロンドンの花売り娘イライザ(オードリー・ヘップバーン)は貧しく教養もない乙女だったが、言語学のヒギンズ教授によって、一流の言葉遣いと美しい振舞いを身に付け、レディとして脱皮するというシンデレラ・ストーリーである。今回は劇中歌から有名な3曲をメドレーにまとめた。
2005.11.23
「瑞木の詩」の作曲者による曲目解説は、初演された京都教育大学のホームページに掲載されている。参考までに、ここにリンクしておく。さて今日は、作曲者のコメントを踏まえた上で、私なりにイマジネーションを膨らませてみたい。この曲に何度も触れるうちに、生命力に満ちた一本の木がすくすくと成長していく様子がオーバーラップしてきた。それはあたかも一人の若者が、夢に向かって様々な経験を積みながら、豊かに成長していく様子に思えてならない。若さというのはすばらしい。無限の可能性を秘めている。多くの人と会える。どんなことでもできる。どこへでも行ける。だけど若い時には、そんなことには気づかない。人生の半ばを過ぎてみて、過ぎ去った日々のことがとてもいとしく思えてくる。第1楽章:翠雨「水も滴るいい男」「春雨じゃ。濡れていこう」なんて言葉があるが、いつの世も瑞々しい感性を持つ人は魅力的である。森の中で颯爽とデビューした若い芽は、翠雨というシャワーを存分に浴び、明日への夢と希望を持ちながら、いろいろな経験と知識という栄養をインプットすることにより、明日への活力を蓄えている。第2楽章:森の住人たち少しイメージは異なるが、私は「天空の城ラピュタ」のワンシーンを思い出す。滅びてしまったラピュタ王国。しかし今でもその城を守り続けているロボットがいる。次第に森へと風化していく城の中で、およそ自然界とは程遠い存在であるロボットは、実は小さい動物と仲良く共生しているのである。技術の粋を駆使したロボットの肉体にはすでに植物が芽吹き、そのうちに樹木と化していくのだろう。万物に対する自然の慈悲、大らかさを感じる。すごく悲しくてやるせない、でもなぜか胸が熱くなるシーンである。この楽章では小動物の戯れもさることながら、むしろ何も言わず彼らと仲良く共生している、懐の広い樹木のことを想う。第3楽章:月影揺らす風組曲の中でも、特にロマンティックな曲である。今や青年になった一本の木。いつも独りぼっちの彼だったが、月夜のある日、森をそよぐ風に静かな恋をした。そしてその思いは次第に強くなる。決して成就することのない、届かない恋のせつなさがあふれてくる。でもこの大自然の中では、風と木はすばらしいパートナーであることには違いない。今日も明日も、これからもずっと、ともに森の中で生きていけることに気づき、安堵する。第4楽章:光陽(ひかり)の樹太陽の光をしっかりと浴び、伸びやかに成長している一本の木。明日への躍動感がみなぎってくる。まわりでは、色んな人たちがおしゃべりし、にぎやかに騒ぎ、歌声が聞こえる。あいかわらずいろいろな小事件も起きるけど、涼しい顔で彼は切り抜けていく。それらをすべて自分の糧にして、強い自らの意志で、さらに太陽に向かって伸びていく。
2005.11.22
Ouverture “Omaggio al Passato”(序曲「過去への敬慕」)作曲:L.Mellana.Vogt(フォークト)作曲者フォークト(?~?)はスイスで長年マンドリンの教授をしており、後年はローザンヌに移り住んだといわれているが、詳しいことはわかっていない。代表作品としては、本曲のほか「山岳写景(Scene Alpesti)」がある。1921年に「イル・プレットロ」誌主催の第3回作曲コンクールにおいて第一位入賞を果たした本曲は、現在までマンドリンオリジナルの定番曲として各地で繰り返し演奏されている。さて、本曲は、過去のマンドリン音楽(作曲者・演奏家も含めて)に対して、尊敬と敬意を表すという意味の上に作曲したと言われている。しかし、その曲想を考えれば、必ずしも先達への尊敬だけではなく、作曲者自身が持っていた美しい愛への懐かしさや思慕の心も描かれていると考えられる。そこで、あくまで私論だがこの曲を解釈してみたい。。都会に生きる現代青年である彼は、いつも何かに急き立てられている多忙な日々を過ごしている。朝から書類の山と来客に追われてんてこまいである(Allegro)。しかしそんな彼にも甘く懐かしい故郷の想い出があった。中間部に見られるマンドラとマンドリンのやさしい掛け合いは、かつての恋人たちの楽しい会話である。現実と幸せで穏やかな過去(曲の緩急)が何度も頭の中で去来するが、今を前向きに生きていこうと悟ったとき、曲はフィナーレに向かう。本曲の邦訳は、『過去への「尊敬」「敬慕」「讃仰」「礼賛」「憧憬」「礼賛」「敬意」』などさまざまである。最近ではよく用いられている「尊敬」であるが、表面的で何となく深みがない。かと言って「礼賛」では少し大袈裟すぎるのではないだろうか。曲の雰囲気からして天地創造した神々レベルへの尊敬とは言いがたい。そこで、私は尊敬と思慕の念を併せ持っている「敬慕」(Omaggio)を選択したい。人間的な響きを持っていると思っている。曲想や和音は至ってシンプルで、現代の複雑な楽曲構成に慣れてしまっている私たちには、やや物足りないと思えなくはないが、決してそんなことはない。触れるほどに味わいの出てくる、私の好きな曲のひとつである。
2005.11.21
今日は、平成17年11月27日の定期演奏会で演奏予定の、ホルストの「惑星」について書いてみる。ホルスト(1874~1934)はイングランドの音楽一家で育ち、幼い頃から音楽書などを読み作曲に興味を持った。ロンドンの王立音楽院では民謡や古楽に、卒業後は古代インド文学や宗教にも傾倒している。音楽教師の職を得た後は生活も安定し、意欲的な作品を生み出した。本曲は「惑星」(1916)と訳されてはいるが、天文学ではなく占星術から着想を得たものである。西欧ではヘレニズム期より惑星は神々と結び付けられ、ルネサンス期に錬金術と結びついて、宇宙と自然の対応をとく自然哲学へと発展した。そのため、各曲の副題は「...の神」と訳されたが、近年では本来の意味に則して「...をもたらす者」という表記が一般的になっている。さて大編成の管弦楽である原曲は、バスオーボエやアルトフルート、チェレスタ、オルガン、舞台の外に配置された女声合唱など、様々なパートが使われている。編曲やパートの割愛を禁ずるという彼の遺言があるものの、珍重楽器を含め大編成をすべて揃えて演奏するのは非常に困難で、多くの音楽家は優れた本曲を広く普及させたい思いで、あえて禁を犯してきたのが実情だ。そして、そのおかげで私たちは本曲に親しむことができている。最近では「木星」の中間部、Andante maestoso の美しい旋律を、平原綾香が「Jupiter」として2003年12月にリリースし大ヒットした。後に新潟県中越地震の被災者を励ますシンボル的な歌として話題になっている。マンドリン合奏用に編曲することについては、原曲の楽器編成の多さと複雑な構成から躊躇していた。しかしマンドリンという楽器の持つ特性を「惑星」というすばらしい素材の中で知っていただく、という観点から勇気を出して編曲を試みた。管弦楽のコピーではないので、管楽器は一切使用しない。なお「惑星」は7つの楽章(火星、金星、水星、木星、土星、天王星、海王星 ※冥王星は当時まだ発見されていなかった)から成っているが、演奏時間、認知度、曲想、楽器特性との相性などを考慮し、その中の3曲(火星・金星・木星)を編曲した。
2005.11.20
今練習が終わって帰宅した。27日の定演まであと10日。3回の練習を残すのみとなった。本番に向けてテンションを上げていきたい。しかし今仕事が非常に忙しい。練習場には8時過ぎになんとか到着したが、気持ちの切り替えができないうちにあっという間に終わった感じだ。日中いろいろあったため精神的にも疲労が激しい。こういうときには風呂に入ってすぐ寝るのが一番。とっとと寝ることにしよう★
2005.11.16
まったくもって難産の極みだったアンコール、ようやく完成した。いくら何でも明日の練習での配布が、ギリギリ限界である。いや限界は超えているかもしれないが(^^;)先週は忙しく、まったく時間が取れなかったため、今日は朝から一日パソコン付近にへばりついた。編曲ソフトで作業しつつも、途中でブログを見たり関係ないサイトを回ったりして、全然集中できない。それでも放り出さずに辛抱して、何とかかんとか仕上げた。今から食事に行って、帰ってきてから印刷する。短い曲だし、そんなに編曲に時間がかかるはずはないんだが…難易度的には、初見でも弾くだけなら十分弾けると思う。曲は何かって?アンコールですから、それはヒ・ミ・ツです。
2005.11.12
今年の合宿は例年になく有意義だったと思う。仕事の呼び出しもなくフル出場できたことが大きい。懸案だった2部ステージ「ミュージカル特集」のティンパニーの楽譜づくりについては、実際に自分でティンパニーを叩くことですべて確認できた。後は実際の楽譜に落とし、賛助の方に頼めばOKだ。ついでに1部の惑星もティンパニーを叩いたので、結果として2日間ともセロにさわることはできなかったが、にわかティンパニー奏者を堪能できた。あとで録音MDを聞いたが、やっぱりティンパニーが入ると曲が締まる。3部の瑞木も細かく練習を進めることができた。そして練習最後に、合宿の総まとめとして全曲を通したが…例えば、この場所はギターにしっかり弾いてほしいと練習で何度も言った箇所で、その箇所で指示をしようとすると、ギターパートの全員がすでにしっかり指揮棒を見てくれている。真剣な目がそこにある。セカンドが、ドラが、セロが、ベースが、ファーストが。各所、各所で。その都度、一体感をビシビシ肌で感じる。瑞木の叙情的な曲想とあいまって、なにやら熱いものが胸にこみ上げてきた。歯をくいしばらないと泣けてきそうだった。そんなわけにはいかないじゃないか。いい年をして。単なる合宿のまとめなのだから。夢中で指揮棒を振る。難しいこの曲をよくぞここまで弾いてくれている。演奏者への感謝で一杯だ。みんなみんなすばらしいぞ!そして曲が終わった後の充実感。最高だった。とてもよい出来だったと思う。この調子で定演に向かいたい。
2005.11.06
今日は総合練習があった。最近仕事が忙しく、今日もなかなか職場から出られそうになかったが、何とか夜8時過ぎに練習場に到着できたので、楽器はケースから出さず、自分のステージの指揮を9時までやって終了。先週は瑞木の4楽章前半を、今日は後半と3楽章を、少し細かく進めていった。手ごたえは十分だが、まだまだやることは多い。5日~6日は合宿。はりきっていこう!今回から合宿所が変わる。今まで借りていたところが、一般貸し出しをやめてしまったからだ。少し遠くなったのが残念だが、今度の合宿所は自然に恵まれたところらしいので、今回は合宿にジョギングの用意をする予定。12月に萩市で行われる城下町マラソン大会にエントリーしているので、そちらの準備も必要だ。したがって、練習の終わった夜か、翌朝に軽く走れればいいなと思っている。明日は休みで、まだ10時半なので、着替えて今から走ってきます。
2005.11.02
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