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今日は、実技研修&発表。中学生ぶりに「大地讃頌」を熱唱!いや~なつかしい。中学生の時、全校合唱は「大地讃頌」と決まっていた。その「大地讃頌」。伴奏はいつも、当時好きだった彼が弾いてた。あ~なつかしい。そんなことを思い出しながら熱唱。それにしても名曲だ。しかし、会場で、今は会いたくない人に遭遇。ちょっと、いやな気分になる。これもなにかの縁なのだろう。試練なんだ、きっと・・・。研修後、横浜をぶらぶらして、学校で使うTシャツを購入。これが、めちゃめちゃかわいい♪柄は全部刺繍。手作りな感じ。学校で着るのはもったいないかもしれない>_
Jun 29, 2005
ここんところずっと土日は、平日の忙しさの反動か、午前中はごろごろごろごろし、午後は映画を観たり、買い物にぷらぷらと出たり、散歩したり...というとてものんびりな過ごし方をしている。去年は家に持ち帰っていた仕事も、なるべく学校で済ますようにし、家ではできるだけ仕事はしないようにしている。そのせいか、本を読む時間だったり、映画を観る時間だったり...心なくしてはできないいろいろなことが、たとえちょっとの時間でもできるようになっている。「考える」時間っていうのは、今までと変わらないけれど、こうして、次にやりたいことがどんどん見えてくるのは、変化だ。吸収したいという欲求がだんだん高まってきたので、そろそろ、また、吸収&発信活動をはじめようかと思う。今日は、午前中はのんびりごろごろ。午後はDVDを観た。一本目は「コンタクト」。SF大作らしい。けっこう古い映画。でも、面白かった。科学と宗教の対立(?..正直対立かどうかは疑問)が描かれている。まあ、それだけじゃないけど、わたしの焦点はそこ。二本目は「解夏」。とてもきれいな作品。自分の大切な人がもし難病にかかり、失明したら・・・。わたしは、どうするだろう。音楽や映像が本当にきれいにきれいに描かれている。イメージは「白」。夜は、友人に会う。久しぶりに会っても、すっと、「その時」に戻れるのは、不思議な感覚だ。いい時間をすごせた。今日も満喫。おなかいっぱい。
Jun 25, 2005
『もしも...』 『たとえば...』 そんなことばかり考えているから、先にすすめない。 そんなこと考えなくたっていい。 「考えるより先にまず動くこと」 それがわたしにとってまず大切なことだ。
Jun 22, 2005
毎日、だっことせがむ子がいる。授業中だろうが、休み時間だろうが、給食の時間だろうが、彼にとっては、まったく関係がない。とにかく、だっこをしてほしいのだ。でも、今日は、一日、休み時間以外の「だっこ」はなく、帰りの会のさようならと同時に「だっこ!!」と来た。「えらかったね。一日よくがんばったね。」そう言って、思い切り「だっこ」をした。そんな彼もいつかは、だんだんと大人になって、「だっこ」を言わなくなる日がくるのかな。それも、少しだけさみしい気もする。でも、それが、育っていくってことなのかな。今の彼の心を満たしてあげられるだけの愛情をわたしはもっているのかな。でも、なぜだか、満たしてあげたいって、そう思うんだよね...。
Jun 21, 2005
「10年、待ってくれる?」8歳になったばかりの小さな男の子にプロポーズされました。「10年も好きな人を待たせるの?」と真顔で返したら彼はとっても悲しい顔をしていました。ごめんね。先生が悪かったよ...人の真剣な思いには、出来る限りの思いで、応えよう、応えたいと思っている。そのためには、相手を信じることが必要であり、相手を信じるためには、自分自身の強さが必要であり...だから、いつもそれが私を苦しめる。強くなれたら、どんなにいいだろうね。でも、きっとわたしは弱い人間だろうな。これからもずっと。強くなりたいと願い続けるだろうけど、強くはならないだろうな。それが、わたしだ。でも静かな愛情のかたちがあることを最近知ったから、わたしは弱いままでも、なんとかやってけるだろう。「わたしは大丈夫。心配しないで。」
Jun 20, 2005
私は、先日、2005年3月隊の報告会に行ってきたんだけど、そこでも、会場の中から、活動に行く前と言ってきた後、そして、これからどう生活に生かしたり、返していくかということの質問がでていたよ。そこで、帰国してまだ2ヶ月しか経っていない彼らの気持ちと、帰ってきてもうすぐ3年のわたしとの気持ちとでは、だいぶ違いがあるんだなあと実感したの。つまりね、やっぱり、わたしも帰ってきてすぐのころっていうのは、日本にいる自分へのもどかしさをすごく感じたんだ。あと、行く前の自分の生活を反省したりね。そんなことばっか考えて、何をしたらいいかわかんなくなって、悩んでばかりいて。だって、考えてみれば、たった一ヶ月カンボジアに行って、囲まれた生活して、それだけでも、「見えてしまった現実」っていうのは、わたしにはとっても大きかったし、衝撃だったから。抱え切れなかったんだろうね。たった一人の自分が、できることなんて限られているのに、「どうしよう、どうしよう、何かしなくちゃ」ってあせってたんだと思う。それから私は、散々悩んで教員採用試験を受けるわけだけど、いろいろと苦悩の中にいたからなのか、結果不採用。不採用通知が着てから、ますますいろんなことをかんがえるようになった。「背伸びせずに、今できることはなにかを考えなくちゃ。」そう思い始めたんだね。卒業旅行でカンボジアに再び行ったとき、わたしは、六角堂にもう一度行って、さらに「今できること」ってことを考えるようになったよ。命とかって限られてるし、私自身の命も、六角堂で出会った子の命を限られてる。でもさ、せっかく出会ったから、わたしはその子のために何ができるかを考えるようになった。たしかに、たくさん困っている人はいるし、もっと時間やお金や知識や技術があったら、もっともっといろんなことができるんだと思うんだけど、「今の私にできること」を今はしようかなと思えるようになった。そう思えるようになったのは、周りのひとの影響はものすごい力だったよ。私は、今年から、横浜市の小学校教員として正式採用されて、しっかり地に足をつけて働き始めたわけなんだけど、その中で、日本にいて横浜にいて学校にいて教室にいてできることっていうのもあるんじゃないかなあって今は思ってる。究極の願いが変わらない限りは、「今自分にできること」をずっとさがしつづけたいなあって思ってる。究極の願いっていうのは、世界中のみんなが「和」になるっていうこと。ひとりひとりの出す音が違っても、隣にいる人の出す音をしっかり聴くことができれば、和音はできると思うから。
Jun 19, 2005
『だいじょうぶだよ』その言葉にどんなに救われてきたことか。だから、わたしもいつかは、『だいじょうぶだよ』と言ってあげられるゆとりがほしい。子を持つ母の気持ちがわからなくなっている。たばこの火をわが子に押し付ける母の気持ち。どんな思いなんだろうか。苦しいんだろうか。つらいんだろうか。わたしは目の前にいるその子を見て、そばにいて、とても苦しかった。とてもつらかった。何にもできない自分が悔しかった。「だいじょうぶだよ」って言ってあげたい。でも、言えない。だって、どうやって守ってあげたらいいのか、わからないんだもん。
Jun 18, 2005
『太陽みたいな人なんだ。』 そう自分の母親について話す人を見て、深く感動した。 わすれられない一言になった。
Jun 17, 2005
前から切り換えが下手な人間だったが、最近は下手ながらも努力するようになった。 それも、 かなりの努力だとわれながら思う。 いろんな壁がある。 たくさんの荷物がある。 ひとりで荷物をかかえきれず、助けてもらうことも多い。 今は荷物をいっしょにもってもらっているけれど、いつか、今度はわたしが人の荷物を持ってあげられるゆとりがほしい。 今はまだ無理だけど...。
Jun 10, 2005
何ヶ月ぶりだろう。 仕事帰りにDVDを借りてきて、のんびり夜を過ごすのは。 何人かの友達が薦めてくれた映画をみる。 ごはんもそこそこに食べ、お風呂に入り、本を読み、好きな音楽を聞いて、寝る。 「ふつう」の生活をあたりまえにしないようにしたいと思う。
Jun 4, 2005
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