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ミートホープ社の牛肉偽装事件は、中国の食品や医薬品の安全性がひどいというのが世界的に大評判になっている折柄ですが、これでは中国を発展途上国とか後進国呼ばわりして笑えないね~。くだんの社長は、他の食肉会社で働いていた40年前から、馬肉に牛脂(ラード)を接着して「牛カルビ」として販売していたそうで(読売新聞報道)、まさに常習犯といえる。偽装によるコストダウンが、“田中社長の趣味”だという見立てさえある。・・・病膏肓(やまいこうこう)に入ってるね。そういうの、食べてみて分からないもんかな~? といささか疑問に思うが、プロの料理研究家がテレビで言っていたところでは、加工してしまえば結構分からないのだという。そこが、ますます恐ろしい。単に偽装だけなら、だまされた~で済むが、BSE(狂牛病)の部位とか、添加物とかも入れ放題だったのではないかという疑いが残る。当局による全容解明と再発防止を強く要求したい。抜き打ち検査、これあるのみであろう。スーパーでネギトロなどを見ても、何か混ざってるんじゃないかとか、疑心暗鬼の今日この頃です・・まあ、まさか毒物は入ってないだろうけど。しかし、世の中いろんなことが次から次へと起きるねえ。この蒸し暑さでイラついているせいだろうか、腹の立つことが最近特に多いように感じられる。・・・浜の真砂は尽きるとも、世に新聞のネタは尽きまじ、だね。一方では、東京・足立の「当て逃げ事件」がネットを賑わしている。これを伝える J-CASTニュースの2つの記事には現在、合わせて実に500を超えるコメントが寄せられている。先日、とうとう全部を読破してしまったよおそらく明らかな荒らし的コメントは削除されているように思われ、読むに値し、読み応えがあった。これを“集団ヒステリー”的に理解するのは、浅薄に過ぎるように思う。感情にも論理はあり、その逆もまた真である。むしろ世の中を動かしているのは非論理であることは、グスタフ・ユングの深層心理学以降では常識である。感情的な意見も多いが、極めて精緻な分析、怜悧な言説も多く、勉強になる。世の中、頭いい人多いね~。こういうのを、英語では「インターネット・カスケード(ネットの滝)」というらしい。僕なんかの世代には、カスケーズの名曲「悲しき雨音」が思い起こされてしまう。今の季節にピッタリですこういう現象、遠くから眺めている分には、面白いのはイナメナイ。そのうち、インターネット・ランドスライド(ネットの地すべり)なんてのも見てみたい(!?)いずれにせよ、日本語の「炎上」の方が、よっぽど実感があるようにも思う。名づけた人は偉い。この事件では、犯人・加害者ではないかと強く疑われている「車の所有者」Yさんが、率直に言ってかなり世間をナメた自己顕示欲の強い人物のようで、mixiで言いたい放題書いていたブログなどから本人・妻子の実名、生年月日、勤務先、番地を除く住所まで、顔写真付きで暴露され、ネット上にコピーや「魚拓」機能などで広汎に流出しており、現在でもちょっと探れば(ググれば)ほとんど全て閲覧できる状態にある。本人は会社を懲戒解雇され、失業した。Yさんのブログの記述も、すでに削除・抹消されているが、かなりの部分がコピーなどで読める。かなりムチャクチャな、聞くに絶えないような“ヤンキー”な内容であり、心証は真っ黒けと言わざるを得ないだろう。顔写真も、率直にいって、ワルい顔してるな~と、見たものなら異口同音に思うだろうこれらの混沌(カオス)状態、もはや回収、現状復帰は不可能であろう。ネット上のモラルの問題も改めて提起しているともいえようが、今さら、いいとか悪いとか言ってもしょうがないんじゃないかな~、というのが、率直な感想である。・・・そういう時代になってしまった、と言うしかないだろう。しかしこの事件、ひどいと同時に、多少変テコでもあるね~。「被害者」が車載カメラで事件の一部始終を撮ってたというのも、自己防衛の意図か何かで、今はよくあることなのだろうか?なんか、僕などの感覚ではちょっと妙な感じです。僕が古いというだけのことか。おそらく被害者側も多少は挑発的なことをして、いわゆる「ハメた」って感じもあるんじゃないかと思われるけどね。・・・だからといって、犯人が交差点内で危険な「当て逃げ」行為をしたのは厳然たる事実のようだから、これはもう確かに犯罪であり、「過失相殺」とかそういう問題じゃない。ドメスティック・バイオレンス(家庭内暴力)に喩えれば、例えば夫が暴力に及ぶまでには、その前段に、夫の気持ちを逆なでしたり逆鱗に触れたりする、妻による言葉での挑発や攻撃があるという場合も少なくないと言われるが、現在では、これはもう手を出した方がほぼ全面的に悪いことにされるということである。いずれにせよ、ネット発で既成マスメディアも巻き込んだ、記念碑的な大きな事件になった以上、警察のきちんとした対応を望む。このままでは、収まるものも収まらない。・・・乱筆多々、御免。
2007年06月30日
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最初は強気のコワ面で、黒いものを白いと言いくるめようとするが、しまいには事実を突きつけられて吊るし上げられ、シュンとなったやり手経営者・田中稔ミートホープ社長(68)の絵柄を見ていて、・・・うん? これはデジャヴだな~、こういった光景、以前にも確かに何かで見たことがあるぞ~と思っていたが、ふと思い出した。スティーブン・スピルバーグ監督の大出世作となった映画「ジョーズ」(1975年)に出てくる、夏の海水浴場の観光だけを頼りにする田舎町アミティの市長である。この市長も、サメに襲われて死亡した被害者を、最初はボートのスクリューに巻き込まれたとか何とか言いくるめようとし、「そうとも考えられる」などと媚び諂(へつら)う曲学阿世の検死官も現われたりして調子に乗ってるのだが、巨大サメの襲来が重なり、次第に事実を認めざるを得なくなって、あわれよろよろノイローゼみたいになってしまい、主人公の警察署長ブロディ(ロイ・シャイダー)に怒鳴りつけられる。この辺の芝居と演出が、苦笑させられるとともにさすがに上手く、権力者の横暴と自滅に観客も溜飲を下げる仕組みになっている。・・・地味だがなかなかの名場面だったと思う。市長の苦悩も全く分からないではない。夏の書き入れ時にサメ騒動では、町中がおまんまの食い上げになる。だからといって、こういう時情報を秘匿隠蔽しようとするのは、明らかに古いタイプの対処法であり、明るみに出た時(バレた時)致命傷になり、場合によっては大騒動を引き起こす。・・・「雪印」、「不二家」、「ミートホープ」である。負の情報であればあるほど、早めにディスクローズ(開示)しなければならない、という現代政治・経済の危機管理の鉄則を、この映画は何気なく先取りしていた。それにしても、政治家というのは、大なり小なりこういうディレンマに直面して苦悩する場面があるのかも知れないね。政治家だけにはなるまじ、ですねとにかく、光市母子殺害の犯人にしても、話題になっている「足立・当て逃げ事件」の犯人にしても、反省ということをしない人が世の中にはいるからね、決して多数とは思わないけれども。必ずしも望ましい方法だとは思わないけれども、もうこうなったら吊るし上げて糾弾するより他にないんじゃないかね? と思っちゃうよ。さて、その「ジョーズ」は、7月5日(木)夜9時から、テレビ東京(TXN)系全国ネットで放映される。やっぱし夏は「ジョーズ」かな~。・・・昔なら、鶴屋南北「東海道四谷怪談」あたりが定番だったがいずれにしても、僕は裏番組の「菊次郎とさき」の第3シリーズの初回(同時間に、テレビ朝日系全国ネット)を見ますので、「ジョーズ」は見ません
2007年06月29日
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なんと気高い、清冽な、凛とした、男の中の男であろうか。心が洗われるようだ。ほかでもない、山口・光市 母子殺害事件の被害者の夫であり父である、本村洋さん(31)である。すでに多くのメディアが詳細に報じ、ウェブ上でも多数の記述・言説がある今、僕などが屋上屋を重ねる意味はないに等しいだろうが、やはりひと言触れておきたい。僕が彼の立場だったら(・・・などと考えたくもないが)、あそこまで冷静さと精神の強靭さを長期間保てるかどうか、全く自信がない。・・・というか、僕なんか発狂しちゃうと思う。酒浸りになって、自らボロボロになるのが落ちだろうなあ。少なくとも静粛な法廷で、被告人に殴り掛かるぐらいのことはやってしまいそうだ。テレビでお顔を見るたびに、今同時代の日本で最も毅然とした、思わず襟を正すほど崇高な魂を持った人物だと思う。孤軍奮闘とはいえ、検察・警察・多くのマスメディアをはじめ、彼の味方は少なくない。もっとも、メディアについては全部を見ているわけじゃないので、断言はできないが。・・・何よりも、国民のほとんど全てが、彼の味方だと思う。犯行当時18歳だった被告人(現在26歳。ネット上の情報によれば、「福田孝行」)と、それに蟻よろしく群がった21人にも及ぶ“巨大弁護団”のムチャクチャな主張は、皆さんもご存知だろうが、聞くたびに怒り心頭に発し、虫唾が走り、吐き気を催す。人間の血が通っているのだろうか?やったこともメチャクチャだが、裁判はその数段ひどい。本村さんならずとも、聞くに堪えない。「死刑廃止」なんて、とんでもない机上の空論だと、麻原彰晃が出現した時に思ったが、こういう事件に接すると、ますます確信が深まってくる。これほどまでに情性が欠如した凶悪な犯人と、それを利用して自分たちの反体制的なイデオロギーを宣揚しようとする、左翼過激派テロリストの残党のような弁護士がいる限り、われわれ国民が安心して暮らせる社会はやって来ない。「母体回帰ストーリー」でも「ドラえもん」でも「魔界転生」でも何でも結構だ。勝手に言ってろ。判決は、死刑以外にありえない。それにしても、わが国の司法制度は、どうしてこんなに迂遠なんだろう?慎重なのは分かるが、・・・税金泥棒じゃないのかね?・・・もう8年もやってるのに、また最高裁まで行くんだそうだ。最高裁の上告棄却で死刑が確定するまでには、これからさらに、早くても1年以上かかる見通しだという。なんとかならないんだろうか。いずれにしても、全国民を敵に回した鬼畜・福田よ、首を洗って待ってろよ! ・・・と言うほかはないよね。
2007年06月29日
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プランターで栽培しているトマトは、その後も着実に大きく育ってきました。最初ある程度まで一気に大きくなってからは、成長がだんだん緩やかになり、ゆっくりゆっくり育っていくみたいです。・・・この点は、人間の赤ちゃんと一緒ですね。けさ、自宅にて写す。
2007年06月29日
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雨粒が撥ねてウィンドシールドに須臾しゅゆの星屑君を照らせり雨粒の星座きらめき割れて散るウィンドシールド途方に暮れて源実朝「大海の磯もとどろに寄する波割れて砕けて裂けて散るかも」思ひ出はraindrops、七色の佐久間ドロップス、teardrops宇多田ヒカル「SAKURAドロップス」
2007年06月29日
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入会したばかりの結社誌「短歌人」7月号に、拙作短歌6首が初めて掲載され、メージャー・デビュー(?)しました。・・・言うまでもありませんが、ヒジョ~にうれしい〔掲載された作品〕黙しじまより言葉生あれ来て花々のさきはふ谷に谺こだまして消ゆたんぽぽの蔓延はびこる力大都市のコンクリートの割れ目にいのちずつしりと日々重りゆく子を抱いだき肩車する父はつらいよ「おとうちやん疲れたよね」と三歳みとせなる我が子が我を労いたはりにけり 「ちらし鮨」「五目鮨」の差答へ得ぬ父であるこれ「無知の知」なるかアスリートなりし我が身もしろたへの厚き脂肪の塊今は 〔ボツになった詠草〕ほの杳ぐらき台うてなの下に草闌たけて蝸牛這ふ梅雨の鎮しづもりP音の牧歌パストラーレは揚雲雀ぴーちくぱーちく対位法ポリフォニーかな初夏はつなつの風にスカート靡かせて清楚きよらなる人涼しげに見ゆ三人みたりの子養ふ費用つひへいや重しけば男は黙つてやつぱりビール・・・新人のうちは、載るのは多くて6首が相場のようなので、だいたい予想通りでしたただ、今回は初めてなので“傾向と対策”を考慮した上で、やや猫をかぶったおとなし目の作品にしておきました。選ばれたのは、その中でも“ほのぼの・くまんパパ系路線”の、特におとなしい地味な詠草でした。・・・しかしまあ、選ばれてみれば、一流歌人の選歌眼は的確だな~と感服。8月号の原稿も送付済みですが、今後はもっと自分が詠みたい・読みたい短歌を、思い切ってブチかまして行く所存です。・・・以上、簡単ではございますが、所信表明演説でした短歌作品については、著作権を主張します。© Nohara Sakamoto 2007 All rights reserved.
2007年06月27日
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近所の川にて、けさ撮影。アメンボ――半翅目(カメムシ類)アメンボ科。穏やかな川面(かわも)を、涼しげにス~イスイと滑っています。実は、何枚も撮ったのですが、これ以外は全てピンボケ・・・オートフォーカス(自動焦点)は、こういう光景が苦手なんですよね。
2007年06月26日
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一つ前のエントリーに付けていただいた www.teleplay.infoさん のトラックバックによると、ドラマ「菊次郎とさき」の第3シリーズが、テレビ朝日系全国ネットで7月5日(木)午後9時より放送開始されるという。全然知りませんでした。トラバまことにありがとうございます。この知らせ、はっきり言って、私はヒジョ~にうれしい! ビートたけし 菊次郎とさき たけしくん、ハイ!原作になっているこれらの小説も、ビートたけしの計り知れない才能を示す好著である。僕の周辺で、このことを一番喜ぶのは、誰あろう、我が妻であろう。これまでも、赤ちゃんだった我が子らの子育て中にもかかわらず、このドラマだけは欠かさず見ていた。前回・前々回シリーズを見ている時は、演技派女優・室井滋が見事なハマリ役で演じるビートたけし(北野武)の元気な母・さきに、妻は感情移入し、放送されていた数ヶ月間は完全に彼女になりきっていた。わが家における、妻の僕に対する呼称が「とうちゃん」に固まったのは、全くこの番組のおかげである北野菊次郎の陣内孝則も、上手いとは言えないが、これ以上ありえないぐらいのハマリ役で熱演。青年期のたけしに扮するのは、シャープな切れ味の若手人気二枚目俳優・塚本高史で、当然ながらイケメンすぎるのだが、これが意外にも、売り出し中だった若い頃のたけしのギラギラした凄味をよく出していて、好演。――ビートたけしという男が、現代日本文化(そして今や世界)に与えた影響の大きさは、改めて僕があれこれ言うまでもなかろう。まあ相当表現に癖があるから、人によって好き嫌いはあるだろうが、まさに天才、巨匠の名にふさわしい。さすがに最近は寄る年波には勝てず、パフォーマーとしての盛りは過ぎたと言わざるを得ないだろうが、まだまだこれからもひと花、ふた花、何かやりそうな雰囲気は濃厚に持っている。巨人である。また、男の中の男である。最後のマッチョと言うべきかも知れない。こういう不世出の人物を生み出した時代と家族のドラマが面白くないはずがない。――昭和30年代、ドブ川の臭いが立ち込める東京の最果て(?)足立区の場末の貧乏なペンキ塗り職人の家には、破天荒なまでに元気で明るくて口が悪くて、そのくせ「婦人公論」を毎月購読しているような上昇志向のかたまりの母親と、酒を飲むとちゃぶ台をひっくり返して暴れるが、酒さえ入らなければおとなしくて気が弱い無口な父がいた。その子供たち、三男一女のうち長男、長女、次男は、いずれも母の薫陶を受けて優等生の秀才で、長男・重一は後に東大卒のエンジニア、次男・大(まさる)も後に大学教授になるような大秀才だった。だが、酒乱の父・菊次郎が、こいつだけはと可愛がった三男坊・武は、下町の野球好きのガキ大将としてすくすく育っていったが、思春期に入ると母への反発や兄たちへのコンプレックスから次第にグレ始め、浅草の芸人を夢見るようになっていた。その頃――。テレビ朝日 木曜ドラマ「菊次郎とさき」公式HP昭和30年代。僕はたけしよりもかなり年は下なので、まだほんの幼児だったが、ギリギリその時代は知っている。その延長の40年代半ばぐらいまでを含めて言えば、それはたまらなく懐かしい、夢のような別世界だった。ほとんどの家庭が、今思えば信じられないぐらい貧しかった。戦争に負けて、一度国が滅んだという虚脱感・無力感と、誰もが努力すれば豊かになれるという、希望に満ちた行け行けドンドンの空気が同居していた。誰もが善意と、素朴な人情を持っていた。気違いのお兄さんがそこらへんの街角でニタニタ笑って突っ立っていても誰も咎めなかったし、彼が変な事件を起こすこともなかった。世間全体が、お天道様に照らされて明るかった。そんな時代のエッセンスを、ギュ~っと詰め込んだ、必見のドラマである。
2007年06月22日
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いや~、暑いですね~。なんだろ~ね、この暑さは~せめてフォントぐらいは、涼やかなブルーにしときます読者の中には、梅雨がなく、今なお涼しいであろう北海道の方とかもいらっしゃるのだが、ほんにうらやましいこってござんす。当地では、エアコンも利かないぐらいの猛烈な湿気と蒸し暑さざんすよ。運動不足が昂じて、ホンジャマカ石塚体型まっしぐらの僕くまんパパは、早くも夏バテ本番到来だす。腹に重たいものを入れる気がせず、マルちゃんの冷やし中華ばかり食べてるせいか、お腹の調子も今一つ。きのうは休みで、3歳3か月になった三人娘(3並びのキリ番ともいえる?)の遊び相手をして過ごしました。(車で5分の)妻の実家に行って、年の離れた彼女らのイトコ(僕から見れば甥っ子、なかなかのイケメン・テニスボーイ中学生)に遊んでもらったあとは、ビールを買いがてら、近所のセブンイレブンの中をお散歩(?)ジュースの冷蔵棚の前では大騒ぎ。防犯用の凸面ミラーに向かって“高い高い”してやると異常に喜ぶのが面白くて、何度もやって、店員やほかのお客さんにヒンシュクを買いつつ、腕が筋肉痛。ちなみに、「ヒンシュクは買ってでも買え」とか何とかは、出版界の風雲児、幻冬社社長の座右の銘。やっぱし成功する人は言うことは違うね~宵の口は「線香花火大会」で大騒ぎしたり、月齢5.0のちょっと太った三日月を眺めて意味なく大喜びしたり、お月様にいつ果てるとも知れず“バイバイ”したり、すごく楽しかったけど、その挙句、あちこち蚊に刺され、汗ダラダラの夏バテで夫婦とも次第にだんだんイライラ不機嫌になってきて、些細なことで険悪な空気が漂い、僕は早々に自分の部屋に引きこもって正解だったと思う。子供ができてからは、休日はいつもこうなんですよ。昼間のうちはまだ元気があるからいいのだが、夜になるとヘトヘトになって、いつも些細なことでイライラして、時に壮絶な夫婦喧嘩の歴史を刻んできたのも、ほとんど決まって休日の宵なのだ。最近はお互いにそれが分かってきたので、もっぱら僕が身を引くことにしている。ちなみに、昨年9月半ばを最後に、僕と妻は夫婦喧嘩はしていない。エライっ!!!そんなこんなで、このクソ暑さで意識が朦朧としているので、やたらライト・ヴァース(軽めの口語体)っぽい発想のくだらない歌が、シャボン玉よろしく浮かんでは消えて行く今日この頃でありんす。なお一応説明しときますと、文中の「Cool Japan」とは、この語で世界に認知された、いわゆる「オタク文化・感性」のことです。・・・僕としては、一つの現象(フィノメノン)として認識し、肯定も否定もしていません、ざんす。とりあへずテレビを消すとよく見える世界とふもの自分とふもの久々に見たしと思ふ映画なり柴咲コウの舞妓姿は 安めぐみとかいふ娘気の毒に尖ったところが少しもなくて梟ふくろうが裏の欅けやきにまた来たね餌の鼠が多いと見えて鳥の餌ゑの稗ひえの実毀こぼれすくすくと育ち実りぬ梅雨は来にけり美少女がすべての鍵の Cool J エロスを抜きにアートあるまじBirth Of Cool Japanだコスチューム・プレイの意味も捻じ曲げて萌え在り難きビートたけしの妻ならめ女の中の女なるこそときをりは川の氾濫見まくほしテトラポッドも鴨も流れてほのぼのとしてゐるだけの男などまず駄目でせう見込みはないね美しきにもかかはらず美しきだけでもだめで優しいをんなおつぱいはどうでもよくてわたくしのピアノフォルテはしろきおみあし
2007年06月21日
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ウェブ上でけっこう親しくしてもらっている女性ブロガーの記事によると、ネット・オークションをめぐってトラブルがあったそうだ。オークションに出品した、ほとんど新品に近いドレス(2回しか着てない)を落札者に送ったところ、「しみ・汚れ・キズがあり、送料がかかることも知らなかった」などのクレーム(苦情)、というか、難癖?・・・言いがかり?・・・アヤ?・・・因縁?・・・を付けられたという。・・・アヤヤ。出品した女性ブロガーの記憶では、そんなしみや汚れがあった記憶はなく、たまたま撮っていた写真でも確認できず、キズについてもまず存在しなかったとほぼ断言できるという。相手は言外に、クリーニング代、もしくは送料の負担、あるいは品物の引き取りと返金などを要求しているらしい。・・・しかもそのことを自分からは決して言い出さず、出品者の彼女側に口火を切らせ、言質(げんち)を取ろうとしている。かなり意図的な、あえて言うならば老獪な悪意の存在も見え隠れする。これまでのウェブ上の付き合いでも、僕は出品者の彼女を、十分信用するに足る公明正大な人物だと判断しており(・・・というのも大仰な言い方だが)、彼女の言い分に間違いはないだろうと思われる。問題は、言うまでもなく相手側であろう。いわゆる「クレーマー」である、と見て間違いなかろう。正当な理由のあるクレーム(苦情)であれば誰でも真摯に対応すると思うが、この場合、僕の見たところ明らかに言いがかりに近いと思われるケースである。こういう人たちは、今“社会の迷惑”として問題になっており、関連書籍も、専門書としては異例のベストセラーになっている。 となりのクレーマー クレーム処理のプロが教える断る技術 僕は、東京・大塚での丁稚奉公(でっちぼうこう)時代も入れれば、小売業(いわゆる「商売」)で25年飯を食っている者である。その間、何千人、何万人のお客さんを相手にしてきた。(すみませんが、最近セキュリティに過敏になっているので、具体的な業種は伏せさせていただきます。)そういう中で、細かい要求をおっしゃるお客様は少なくない。日本人は、国際標準に比べ、概して商品やサービスに対して繊細・鋭敏な方ではなかろうか。もちろんこれは、こちらが対応・対処できる範囲であれば、むしろ大歓迎であり、仕事の腕(スキル)の見せ所ともいえる。結果としてお客の信頼を勝ち得て、囲い込みにつながることも多い。小売業・接客業の醍醐味の一つであるといってもいいだろう。しかしさらに、けっして多い比率ではないが、タチの悪いクレーマー体質の人も、世間には確実に存在することは確かだと思う。まあ、せいぜい多くて1%~2%って感じか、何十人に一人ではあるが。もちろん、人それぞれの感じ方の違いもある。お客様側にも、こちら側にもある。店と客の関係も、一種の対人関係の延長でもある。性格ともからむ。「視力」にも関係がある。性格心理学的に見て、神経質性格の人は、あらゆる事象について、一般の「鈍感な」われわれに比べて、例えば5割増しぐらいに感受してしまうのだという。そこで、いわば“猥雑な”現実を嫌悪し、逃避しがちになることが指摘されている。これは、感覚の強度(いわば「感度」)が、性格に直結していて、きわめて分かりやすいとも言える。さらに、こういう人がたまたま近視だったりすると、遠くの視界はボケるが、近くの細かいものは人一倍よく、かつ近づいて見えるという状態になる。ウチの妻は強度近視なので、畳の上のダニまで見えるという。もちろん、薬の説明書から辞書まで、得意中の得意である。やはり、性格面も神経質の傾向があると思う。というわけで、非常に細かいことや些細なことを気にしてしまう、あるいは傷ついてしまう性格傾向のある人もいるのだが、こういう人から苦情を持ち込まれても、誠心誠意対応してご納得をいただければ、まず間違いなく解決できるし、感謝してもらえる。ところが、やはり典型的なクレーマーとなると、タチの悪さの次元が違うと思う。たぶん、性格でいうと、強度の粘着性、あるいは偏執性(パラノイア、パラノイド)傾向のある人なのだろう。常識からかけ離れた異常性を感じることも多いし、虚言(ウソ)を弄してまで激しい自己主張(?)を繰り広げられることもある。声を荒げる人もいる。こちらはヘトヘトにさせられる。こういう人は、統計的にどうなのかは知らないが、体感的には増えていると感じられる。ここ数日の新聞各紙が伝えているが、全国の小中学校や教育委員会への、非常識な親からの理不尽なクレームが多数報告されているという(下に読売新聞を引用)。教師たちは苦慮し、強いストレスに晒されているそうである。正当かつ合理的(リーズナブル)な自己主張はいいとしても、およそまともな常識では考えられないような無茶苦茶な要求が飛び交っている。面と向かって、しかも教師に向かってでさえこれである。ましてや顔の見えないネット上のバーチャル空間では、クレーマーが大活躍なんだろうな~と、いささか慄然とせざるを得ない今日この頃である。全部が全部とは言わないが、世の中が一部確かにおかしくなってきている気がしてならない。思うに、かつての左翼過激派のデモンストレーション作法、テロリズム行使、つるし上げ戦術の“一般社会化”といったところか。話はそれるが、最近、自衛隊による一部(左翼・共産主義的)国民への継続的監視活動が明らかになり、隠れもない日本共産党シンパシーの山田洋次監督などが対象とされていると騒がれたが、何がいけないのか理解できない。こんなことは、英米をはじめいかなる国でもやっていることであり、当然の諜報(インテリジェンス)活動である。イロハのイである。その主体が内閣調査室でも公安調査庁でも自衛隊でも構わないが、何らかの国家機関がやらない方がどうかしているのではないか。日本共産党(日共)は、「暴力革命方式」を放棄したのか?私の知る限り、放棄したとは一言も明言していないはずだ。「敵の出方論」という名目で、それは温存されている。情勢が緊迫して、いざとなれば、何でもやるはずだ。このような潜在的に危険な大集団を監視するのは、当たり前だのクラッカーである(このオヤジギャグ、若い人には分からないか)。言うなれば、政治的確信犯的クレーマー盟約集団か。そこに“革命のロマン”を感じる人も、今なお少数ながら世の中にはいるようだから、困ったことだというか、面白いというか。・・・面妖ざんすね。公安調査庁の元長官と、日本弁護士連合会(日弁連)の元会長が北朝鮮の協力者(平たくいえば、スパイ)であることが、このほど明らかになったわけだが、これほどまでにこの国のセキュリティ・システムは箍(たが)が緩んでいるということだ。そういう意味でも、安倍総理の掲げる「美しい国」路線は正しいと信じるが、それとは別に、個人個人は一段と警戒してリアルな自己防衛を図らねばなるまい。全く、息苦しく、難しく、面倒くさい世の中になったものだね。親の理不尽な要求、抗議に学校苦慮 読売新聞調査 子供の通う学校に理不尽な要求や抗議を行う親に、全国の公立小中学校や教育委員会が苦慮している実態が、読売新聞の調査で明らかになった。 ◆18教委、クレーム対策 調査に応じた67の主要都市の教委のうち、40教委がこうした親の実例を把握し、18教委はクレームに対応するための専門職員の配置や教員研修といった対策を実施していた。政府の教育再生会議も第2次報告で、専門家チームを設ける必要性を指摘しており、親のクレーム対処が教育現場の大きな課題となっている。 調査対象は、全国の道府県庁所在地と政令市、東京23区の計73市区の教育委員会。公立小中学校における親のクレームについて尋ねたところ、67教委から回答があり、40教委が身勝手な要求や問題行動に「苦慮している」と回答した。 具体例の中では、「自宅で掃除をさせていないから、学校でもさせないでほしい」「(子供同士で小さなトラブルになった)相手の子を転校させるか、登校させないようにしてほしい」など、我が子かわいさから理不尽な要求に至るケースが目立った。 また、勉強の進み具合が遅れている中学生に小学生の問題を解かせたところ、「子供が精神的に傷ついた」と抗議したり、子供が起こした自転車事故なのに、「学校の指導が悪い」と主張したりする例もあった。 親が学校現場を飛び越して、教育委員会や文部科学省に、メールや電話で苦情を持ち込むことも多く、ある教委では、抗議の電話が6時間に及んだという。暴力団とのつながりをほのめかし、圧力をかけようとするケースもあった。 親からの継続的なクレームに対応するため、教師が部活動の指導やテストの採点作業の時間を奪われたり、精神的なストレスを抱えたりすることも多く、「教育活動に支障を来している」との声が出ている。 今回の調査に対し、「事例を公表することで当事者が再びクレームをつけてくる恐れがある」との理由から回答を避けた教委もある。 一方、18教委では、クレームを想定した対策を実施。「管理職と教務主任を対象に研修を実施」(佐賀市)、「教委に親対応の専門職員を置いている」(奈良市)、「目に余る時は警察と連携する」(名古屋市)といった取り組みのほか、問題行動を起こす親を精神的にサポートする必要があるとして、「臨床心理士と協力して対応する」(東京都江東区)という教委もある。また、東京都港区では今月から、クレームに対し、学校が弁護士に相談できる制度をスタートさせた。 教育再生会議も今月1日に公表した第2次報告の中で、精神科医や警察官OBなどが学校と保護者の意思疎通を手助けする「学校問題解決支援チーム(仮称)」を各教委に設置するよう提言している。 (2007年6月18日付 読売新聞1面トップ)
2007年06月19日
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勝手ながら、都合によりペースダウンしているこのブログですが、個人的な小さな出来事はいろいろと起こっています。きのうは父の日だったざんすか?そんな欧米な習慣は、僕の生まれ育った家では知られていなかっただす。結婚してからも、そんなの祝った覚えはないような・・・。昨夜うちへ帰ったら、妻からの贈り物があって、父の日のプレゼントだという。一瞬いやな予感を覚えつつ、「あれ、母の日ってのはいつだったっけ?」と念のため聞いたら、「そんなもん、こないだ終わっちまっただよ!!」と怒声を含んだ声で言われただよ~。すんまそん。中身は、地元のデパートで買ってきたベージュのネクタイと、ワイン、およびそのおつまみのイカの珍味ざんした。店員の女性たちと、あ~でもないこ~でもないと選び抜いたというだけあって、派手過ぎず地味過ぎず、実にセンスがよくて、もったいなくて使えない!(・・・それじゃ意味ないか)・・・なんか、突然慣れないことをされて、ちと面食らったけれども、もちろんすごくうれしかったざんすよ。ありがとう、・・・とここに書いても、僕がブログをやっていることは妻は知らないので、これまた意味がないかも。とりあえず昨晩、くどいぐらいに感謝しときましたよん。ところで、なんか梅雨とは思えぬ暑さのせいか、変な人が出没するらしい。また、車のタイヤをパンクさせられた!!!これで2度目であり、もはや立派な事件である。左サイドバーのキーワードサーチに「タイヤ パンク」のキーワードを入力してこのブログを検索したら、前回は5月12日であった。さすがスグレ物の検索機能ざんすね。今回は警察に被害届を出し、けさ1時間かけて現場検証も行われた。お忙しいところ、ご苦労様であった。鋭利な刃物、それもかなり特殊な刃物(彫刻刀のような?)でえぐられ穴が開けられており、明らかに悪質な犯意が感じられる。ただその他、ボディなどには一切傷はなかった。ちょうどそこに顔を見せたお隣さんと話していたら、お隣さんも先月やられたのだそうだ。僕も隣も、およそ恨みを買うような覚えはないし、犯行の状況・様態などからも、おそらく無差別的な悪質ないたずらであろう。たぶん常習犯っぽいから、そのうちヒョイっと捕まるのではないか。全く気分が悪いことである。
2007年06月18日
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正岡子規もろ人のもろ吐きうつる歌玉といちごの玉とかずを争ふ枇杷びは黄玉きたま覆盆子いちご赤玉あかたま何はあれど光を放つ歌の白玉しらたま歌玉は色々あれど秀真ほづまのは白く左千夫は黒くしありけり格堂かくだうはルビーか巴子はしはトパッツかあるじ麓ふもとは出雲青玉いづもあをだま茂春もしゅん、節たかし、一五坊いちごぼう、不可得ふかとく、四よつの玉飛びてあたりて砕けて散りぬのみこみし団子の玉は歌玉となりて出でけり神わざなるらし明治33年6月3日、岡麓宅にて註この日、東京市内在住の門人・岡麓(おかふもと)宅にて歌の会を開いたらしいが、何を詠んでいるのか、正直今ひとつよく分からない。・・・すんまそんただ、短歌形式の醍醐味の一つである「言葉遊び」の側面が如実に現れていることは確かだ、といって差し支えないだろう。おそらく茶菓などで出された黄色いビワや赤いイチゴの実や白玉の団子を、美しい宝玉に見立てたりしつつ、短歌作品にも擬(なぞら)えている。ある意味、子規の持つ無邪気(イノセント)な面白がり屋の感覚が、素直に出ている。イノセントさ(無垢、純粋さ)は、偉大な芸術家にしばしば見出される資質であろうと思う。香取秀真(ほずま)、伊藤左千夫、長塚節など、のちに日本歌壇をリードした錚々たる弟子の面々の歌風を、色々な玉(宝玉)に擬えて、ユーモアたっぷりに評している。親愛・友愛の情あふるる楽しい連作。なお、五首目は、明らかに源実朝の歴史的名歌「大海の磯もとどろに寄する波割れて砕けてさけて散るかも」(金槐和歌集)の本歌取り。子規は、この悲劇の貴公子の万葉調“ますらおぶり”の和歌を非常に高く評価し、再発見していた。
2007年06月12日
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自宅にて、けさ写す。プランターで栽培しているトマトの花が、いつのまにかトマトの赤ちゃんになり、すくすく育っています。・・・青いけど、「赤ちゃん」です それからは薔薇をあきらめひたぶるにトマトを植ゑて妻を愛して鮮あざらけき黄色の花が下向きに恥づかしさうに咲きたりトマト(拙作)・・・もらい物の苗だったのでよく分からないのですが、たぶんミニ(プチ)トマトではないので、大きくなるのかも知れません。熟れるまでに、どこまで育つんでしょうかねえ~。子供たちも大喜び。ワクワクです。余談ですが、PCを使うようになってから(・・・寄る年波もあいまって?)、漢字をどんどんどんどん忘れておりまして、こないだ、この「熟」という字が書けませんでした。・・・かなすぃ~
2007年06月11日
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俵万智咲きおえし花のごとしもゆく春の乳房はすでに張らなくなりぬ何度でもぴょんぴょん跳ねる膝の上ここからここから始まってゆくみどりごは野から来たれりつゆ草の青ほのぼのと体に残しツユクサ(自宅にてけさ写す)初恋の人に似ているミュージシャンかさぶたをまだ残したままのびっくりとブロッコリーは似ていると子の発音を聞きつつ思う歌集「プーさんの鼻」(2005年)
2007年06月11日
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野いちごを食べてみた。(ばら科クサイチゴ・草苺の果実。写真は前エントリー参照。)意外に美味しかった。イケる。・・・というか、意外に、八百屋やスーパーで売っているイチゴ(オランダいちごの改良品種)に、味と食感は近かった。けっこうビックリ。違うのは、改良された農業品種のイチゴに比べて、ずっと甘味も酸っぱさも薄く、淡白な味だということである。意外にも(「意外」が多いが)、青臭さとかは全くなく、野生という感じはそれほどしない。強いていえば、表面のツブツブが、市販のものよりはっきり感じられるという点が違う。この粒々こそが果実であり、その中にタネ(種子)があるわけだから、「繁殖」への意志表示が、ハッキリと感じ取れて、好ましい。ちなみに、イチゴの、いわゆる実(果実)は、たくさんの果実の集合体であり、我々が食べておいしいところは、その土台みたいなところ(花托が発達したもの)である。こういう構造の実のつき方をする植物は、決して珍しくない。「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」の繁殖戦略を採用した多くの草本(草の形態)の植物に見られる。タンポポ、ヒマワリを含む多くのきく科植物の花は、多くの小さな花の集合体であり、種子(果実)は多数がビッシリと固まって成るのは、ご存知の通りである。これとイチゴの実の構造は似たようなものである。なお、タンポポのあの可愛い綿毛(ほわた)は、花のガクが変化したもので、自然の驚くべき造化(進化)の妙である。この野いちごは、小鳥や小動物が食べれば、フンと一緒に種がいろんなところにバラ蒔かれて繁殖できたわけだが、人間さまに食べられてしまって不本意だったろう。お生憎様でした。・・・まさか、いい年をしてNogusoをするわけにもいかないし(爆)合掌
2007年06月10日
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きのうの夕方5時前後、約1時間ぐらいにわたって、当地・栃木県宇都宮市ではバケツを引っくり返したような猛烈な雷雨に見舞われ、比較的排水のいい大通りを除きほかの道路は水浸し、一時はほとんど川になった。それもそのはずで、あとで聞いたら、気象庁のレーダー解析結果では、1時間に110mm(!!)という“記録的短時間大雨”が降ったそうで、NHKの全国のニュースでも上位項目で伝えられたのは、ニャンとも晴れがましいことであった(??)「雷都(らいと)」を標榜するわが宇都宮市民および栃木県民は、夏の激しい雷雨や落雷には馴れっこで、むしろこれが来ないと夏が来た気がしない。日本の猫は魚で育つ。・・・マルハペットフード。栃木の子供は、夕立に降られてずぶ濡れになって育つ。――♪雨に濡れながら~、僕らは大人になって行くよ~(山下達郎「さよなら夏の日」)・・・なのである。僕などは、東京に住んでいた若い頃は、夕立がほとんどなくてモワ~ッと蒸し暑いばかりの平板な夏にウンザリしたものだ。三人娘のうち次女は、一番おりこうさんなのだがいささか気が弱いのか、カミナリゴロゴロにおびえて顔面蒼白になっていたが、長女と三女は窓に張り付いて、「見て見て~!ピカピカ光ったよ~!」などと大喜びでハシャいでいた。僕が子供の頃には、近所の乾物屋さんのテレビアンテナに落雷があり、火事になったこともある。これはお気の毒であったが、この乾物屋さんはその後非常に繁盛して、地場産業の中企業にまでなったのだが、手を拡げすぎたのか、バブルの崩壊であえなく倒産してしまった。いずれにせよ、夏のカミナリさま(当地の方言では「雷様(らいさま)」)にビビっているようでは、栃木県には住めないと思うピカピカゴロゴロを楽しむぐらいじゃないと・・・とはいえ、やはりちと季節はずれではあった。まだ梅雨にも入ってないうちからこれでは、フェイントにも程があるよね。
2007年06月08日
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八百屋さんやスーパーの店頭では、「とちおとめ」などの、いわゆる苺(オランダいちご、ストロベリー)が旬を迎えているようだが、道端では野イチゴもたわわに(?)実っているよ~ん。これは野イチゴの一種、クサイチゴ(ばら科)らしい。食べられるそうだし、見たところけっこう美味そうである。ばら科植物は、ご存知の通り、林檎、梨、梅、桜、桃、アーモンドなどを含み、花がきれいで実もおいしいものが多い、見てよし食べてよしの、すごく役に立ってうれしい草木の大集団。・・・今度、これ食べてみようっと。近所の公園にて、けさ写す。
2007年06月05日
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正岡子規ガラス戸の外の月夜をながむれどラムプの影のうつりて見えず照る月の位置かはりけむ鳥籠の屋根に映りし影なくなりぬ浅き夜の月影清み森をなす杉の梢こずゑの高き低き見ゆほととぎす鳴くに首あげガラス戸の外面とのもを見ればよき月夜なり月照す上野の森を見つつあれば家ゆるがして汽車行き返る明治33年6月7日
2007年06月05日
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正岡子規ガラス戸の外に据ゑたる鳥籠のブリキの屋根に月映る見ゆガラス戸の外とは月あかし森の上に白雲長くたなびける見ゆ紙をもてラムプおほへばガラス戸の外の月夜のあきらけく見ゆ夜よの床に寝ながら見ゆるガラス戸の外あきらかに月ふけわたる小庇こびさしにかくれて月の見えざるを一目を見んとゐざれども見えず明治33年6月7日
2007年06月05日
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正岡子規松の葉の細き葉ごとに置く露の千露ちつゆもゆらに玉もこぼれず松の葉の葉毎に結ぶ白露の置きてはこぼれこぼれては置く緑立つ小松が枝にふる雨の雫こぼれて下草に落つ松の葉の葉さきを細み置く露のたまりもあへず白玉散るももろ繁る松葉の針のとがり葉のとがりし処白玉結ぶ庭中にはなかの松の葉に置く白露の今か落ちんと見れども落ちず松の葉の葉なみにぬける白露は吾子あこが腕輪の玉にかも似る明治33年5月21日
2007年06月04日
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さうかうしてゐるうちに、結社誌「短歌人」8月号の締め切りが迫つてきてしまつたよ~ん原稿は郵送で12日必着といふことなので、遅くとも9日あたりには出したいところです。これから毎月上旬は、気楽なブログどころではない緊張感に包まれるのが恒例になりさうざんす。頭の中は、ご覧の通り旧かなづかひモードにシフトし、脳内快感物質ドーパミンがドパドパ分泌されまくりである。・・・とはいふものの、楽しいといふことと、短歌の出来不出来とは、また別問題である。アートの道は厳しいのよんとりあへず、最近詠んでゐる詠草(草稿)はこんな感じです(未推敲、未整理、順不同)。・・・なお、自分なりに傑作と思ふ歌は、同人誌発表まで出し惜しみしまして、当分の間伏せさせていただきますそれからは薔薇をあきらめひたぶるにトマトを植ゑて妻を愛して紫陽花(あじさゐ)と青梅の実と蝸牛黴のはびこる梅雨とはなりぬ石立鉄男氏を悼む「チー坊」に瓜ふたつなる我が娘杉田かをるになるのだらうか日月星しみじみ見し日そよ風の吹きこむ風呂にうたた寝しをり蒸し暑きゆふべなれども涼風(すずかぜ)にあゝ気持ちいい日本のぼくら行く春を惜しみて部屋にいざなひし風入る窓に蜘蛛の肥えをり「あの頃」はもういいやけふこの頃はしあはせすぎて詩さへ浮ばず眠る子の手を擡(もた)げれば微笑みぬ不思議の国のをとめなるらし春泥といふ言葉より立ち上る詩あらむ未だ意味を知らずも鮮(あざ)らけき黄色の花が下向きに恥づかしさうに咲きたるトマト胡瓜棚風吹き抜けて果つるなきお喋り聞きつ梅雨の晴れ間に孕(はら)み女(め)のうつくしき夏削氷(けづりひ)に銀(しろがね)の匙挿して抉りぬ削氷(けづりひ)に甘葛(あまづら)かけてギヤマンの器に盛れば夏は来にけり蝶の吻(くち)薇(ぜんまい)伸びて蜜吸ひついとどはかなきいのちなりけり蛾の骸(むくろ)蟻ら運べりパセリの葉縮れて萌ゆる木(こ)の下闇に削り節、アミ与ふれば忽ちに蟻集りて疾(と)く運びゆく撫子が夏の日差しをうまさうに受けてゐるなりすつくと伸びて曝(さら)け出す自分が君を傷つけることに気づいて口を噤みきをりふしは君の裸身がちらつきぬセックスレスはをはりにしない?今しがたクロード・モネの汽車はサン・ラザール駅に着きにけるかも睡蓮の花が水面(みなも)に耀(かがよ)ひて表現(エクスプレッション)印象(インプレッション)どうしても君の話柄に乗り切れず苛立ち初めし我がもどかしさそれは姫踊子草といふのだと噛み合はぬまま会話続けり春植ゑし阿蘭陀芹に蝶々の幼虫(をさなむし)這ふ殺すべかるや知久といふ苗字の由来風発し諏訪一族の旧友(とも)と語りぬ著作権を保有します。無断転載、引用、改変等は禁じられています。© Yoshiaki Nosho ‘Nohara’ Sakamoto 2007
2007年06月04日
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このネタは、書こうか書くまいか約一年間ぐらい迷ったが、ちょっとネタ切れの感のある今、大盤振る舞い、出欠大サービスということで、控えめに大放出する皆さんの住む街や最寄りの地域にも、評判のラーメン屋さんの一軒や二軒はあるだろうが、田舎とはいえ人口45万の中都市である我が栃木・宇都宮市の下町地区の住民に選ばれたピカ一の店といえば、ここ。この店を知る誰もが絶品だと絶賛する。昼は近くのサラリーマンが並び、夕方以降は大盛況、タクシーの運転手がずらりと車を並べる。妻が妊娠し、今は3歳になった可愛い三つ子の娘を生んでくれるまでは、夫婦でイタリアン、フレンチからステーキ、焼肉、寿司などなど、ずいぶんいろんな店を食べ歩いていたのだが、高リスク周産期、すなわちほとんど病人扱いで、いよいよ半年もの長期入院を強いられることになった時、かわいそうな妻が娑婆(世間)の見納めにと選んだのは、実にこの店のラーメンだった!!!・・・しかも、僕も思わず完全に納得、同意していた!!妻は満足して、この世に未練を残すことなく、従容として長い長い大学病院生活に入ることができたのである。・・・とは、ちと書き方が大げさか――ご覧の通り、実にうらぶれた、薄汚い、一見やる気の見えない店構えである。内部も脂ぎってるので、あんまりいい洋服は着ていかない方がいいだろう。しかし、ラーメン屋に限っては、外見と実質の間に何らの相関関係がないことを、これほど痛切に感じさせる店も稀であろう。現在私は妻ともども子育てに忙殺され、公私ともに非常に忙しく、ラーメンを食べに行く暇さえないので、値段がいくらかも正確には書けないのであるが、もちろんきわめて常識的な価格である。大人気の「半チャーハン・ラーメン」で、¥1,000未満だと思う。栃木県宇都宮市天神1丁目交差点すぐ南。JR宇都宮駅より徒歩7~8分。NTT中河原ビル(NTT栃木ネットワークセンター)南東側向い、宇都宮市立旭中学校正門前。駐車場7~8台分あり。
2007年06月03日
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近所にある、高級感あふれる瀟洒な外観の酒店「目加田酒店」さん。(栃木県宇都宮市一番町、旧・大町通り)取り扱い品目も高級日本酒などに特化しており、全国蔵元と直接契約して、なかなか手に入らないようなプレミア物の日本酒が入手できます。若旦那は日本酒について非常によく研究しており、地元紙「下野新聞」にエッセイを連載していたほど。いわば日本酒博士・カウンセラー。在来型の酒店が苦戦している中、通が集まるお店を構築しています。・・・まさに、商人の鑑です。
2007年06月03日
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