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(今回は義母の生前に書きかけていた日記をアップします。)最近憂鬱だ。まず、日ごとに陽が少なくなってきている。ディノがパリに居ないから、私のやるべき雑用が増えすぎた。私自身の課題も元々たくさんあったと言うのに。ディノと夜電話をしても義母の容態がよくないので悲しい気持ちになるし、会話全体が全体が重苦しい。生まれて初めて、もう秋なんて好きではないと感じ始めた。さて、毎晩の様にディノとの電話で話題に上ったのが社会保険(Securite Sociale=セキュリテ・ソシアル)の事務所へ提出すべき書類のことだった。パリに居る間にとっとと済ませておいてくれれば良かったのに調べなくてはいけない事があるからと言って、問題を保留にしたままノルマンディーへ行ってしまった主人。彼の調べごとが終わり、その書類が私宛てに発送されたのは提出期限当日(!!・・・この件は次回)だった。なぜか今回に限って届くのに3日もかかったのだけど、発送する前から届くまで毎晩毎晩ディノは「もうじき書類がそっちに届くから事務所に持って行ってね」の言葉の後に、必ず「みにかーは書類に『配偶者』としてサインをしてね。自分の滞在許可証と保険カードの証明書のコピーを添付するのも忘れないでね。ほんと、忘れないでね」と繰り返していた。あ~~~うるさいなぁ!!一体何回言えば気が済むのよ!!そう、ディノは自分がおっちょこちょいだと自覚してるから何かをするとなった時に異常なまでに慎重になるという一面も持っているのだ。そんなこんなである日ようやく、書類が私の手元に届いた。そこで会社の帰りに直接社会保険事務所に寄ろうと思い、書類一式を持って出社。記入漏れや添付し忘れの書類がないかと急に心配になってお昼休みに目を通してみると・・・無い!!無い!!無い!!何が無いかって、ディノの身分証明書や保険カードの証明書のコピーなど、彼の用意すべきものが一切添付されてない。あの人・・・私にあれだけ「忘れないで」と言っておきながら、自分こそ思いっきり忘れているんじゃない!!怒る気もしないほど呆れつつ慌てて電話し、仕方がないので家にFAXしてもらう事にした。あ~あ、1回帰宅してから出直しかぁ。(我が家と社会保険事務所は徒歩圏内なのが救いだけど。)・・・とまぁ、呆れる事しかできないハプニングはあったものの私の名アシストのおかげで(自画自賛)何とか書類は揃ったのでした。(私の苦労は残念ながらこれだけでは終わらず、続く・・)ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。写真は灰色のパリ・・教会ももの哀しく見える、雨の日・・。
2008.09.30
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1つ前の日記に書いたゴーモン・アクアブルバールで観て来た『ウォーリー』、実はもうずい分と時間が経ってしまっているのでさらっと感想を書きたいと思います。(日本ではまだ公開されていないので日本版の予告編で分かる事にしか触れない様にしますね。)予備知識がほとんどない状態で良い評判だけを聞きつけて観に行ったので最初はストーリーが掴めなかった。イヴを見てごく自然に男だと思っていたので、ウォーリーが彼女を見つめるシーンで一体なんで『愛の讃歌』が流れるのか分からなかったし・・。でもイヴ、ほんと最初っから最後までかっこいいよ!私も惚れた!(かも)表情と言えばあの一見無機質な目しかないのにそれでもかわいかっこいいなんて凄すぎだし。ウォーリーとは雰囲気も好対照をなしているからお互いを補い合える事でしょう。(なんか占い師みたいなフレーズだ・・・。)ストーリーを知らなかっただけに、筒井康隆の短編を2つくらいくっつけて面白いエピソードで肉付けした様なあらすじが一層面白く感じられた。そして、もちろん実写映画ではないのだけど従来のアニメーションとも違っていて画のあちこちに本物らしい質感が感じられるので、アニメ映画に慣れていなくて宮崎映画が時々受け付けられない私でも難なく鑑賞でき、大満足で家路に着いたのでしたストーリーに大きな矛盾があったと思うんだけどね・・・そんな事気にしない気にしないっ。それでもお釣りが来るのだから。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。初めてみたPixar作品『レミーのおいしいレストラン』が良かったのも『ウォーリー』を観にいった理由のひとつです。(『レミー』のキャラクター達はどうしても可愛く見えないけど。)今回の映画の冒頭でゴキブリを見て「ネズミが主演の作品の次は、これが脇役か・・・」とちょっと、いや、かな~りヒいてしまった。だってその直前に行ったレストランで見ちゃったばっかりだったんだもん・・。次の作品では一体どんなグロいキャラクターが来るんだろう?
2008.09.29
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特にお気に入りになった訳ではないのだけど、『ウォーリー』を観にたまたま出かけた大手映画チェーン・ゴーモンの映画館も入っている「アクア・ブルバール」という建物が妙におかしかったので写真をアップします。(上の写真がアクアブルバールの外観です。左下の青いネオンの部分が入り口。)メトロ8番線の終点Balard駅を降りるとなんとなく殺風景な世界が広がっています。そんな中をアクアブルバールに向かって、工場っぽい設備の前などを少しだけ歩きます。私は今から5年半前ぐらいにも、007を観る為にこのアクアブルバールに来た事があります。映画館にたどり着くまでしばらくアクアブルバール館内を歩くのだけど、その装飾がやたらキッチュだったのが印象に残っていました。さて、今はどうなっているのでしょう。・・・入ってすぐのゾーンは天井も低くてなんだかもの悲しい。(この辺、記憶通り。)そしてその先には・・さっそく来ました!!壁に固定されている、キッチュで哀れなお人形さん達。そう、ここは名前に入っている「アクア」にも象徴される通り大きなプールが名物。そのせいなのか、館内のあちらこちらいたるところに海を意識した装飾が施されているんです。一昔前のセンスでね。(この点においては現在も、記憶と全然変わっていませんでした。)廊下をしばらく歩くと一見突き当たり。船のデコレーションの左下部分にある入り口に入らなくてはなりません。その中にはこんなエレベーターがあります。私は前回も今回もつい「あら?水族館みたい!」なんて思ってしまったのだけどガラス越しに見えるのは・・・プールです。ここまではつい笑いそうになってしまうちょっとおかしな雰囲気だったけど、プールは優雅で素敵。しかも写真の左側に黒く写っているのは、日本の豊島園にもある(というか「あった」?)ハイドロポリスそっくりな滑り台だし。(水着が擦り切れて穴が開くイメージが拭えないけど、気持ち的にはまた滑りたい!!)エレベーターを登りきったところにもこんな窓があって、中を覗くとやっぱりプールが見えます。そして窓の向かいにある総合案内所らしきコーナーも上にサーフボードを乗っけて、その更に後ろにはさりげなくも沢山のサーフボードを飾って、頑張っています。うん、ほんとに頑張り過ぎ・・。さてその案内所の横にはファーストフードのコーナーがあり、そのまた隣が(やっと!)目的の映画館です!!(ここまでが長かった・・・映画館ではなくて建物の紹介になっちゃってるし・・。)上映室が14もあるので映画の看板がずらりと並び一見普通のシネコンの雰囲気だけど、ゴーモンのロゴの上にはやっぱり波が立っていてその手前には扇風機があります。あぁ・・・とことんこだわってるねぇ・・・・。これ、写真で見ると意外にも違和感がないけれど肉眼で見ると結構印象的で「このゴーモンはよそのゴーモンとは違うのかかな」と、想像させられます。そして、ゴーモンの斜め向かいはこんな感じ。上の方に掛かっている白浮き輪やその下にある船の窓に似た丸、道端の標識そっくりの案内板が可愛いと言えば可愛くない訳でもない?(写真で見る限りでは、ですが本音)そんな事はさて置いておいてゴーモンの正面看板の後ろに入っていくと、ようやくいつものゴーモンらしい風景です。下に見渡せる映画館内部は特にゴーモンらしいかも?ゴーモンは赤が基調だもんね。さて肝心の映画館内なのだけど映画に遅れて到着し、上映が終わってからは裏口みたいなところから出てきたので、他には写真がありません。(実はここまでの写真もほとんどは、映画を見終わってから撮ったものです。)もちろんゴーモン内には海をモチーフにした物なんて無いしまぁよそとさほど変わらないから赤がメインの無機質な廊下を写しても面白くないのだけど。アクアブルバール内の方が笑えるので、これでまぁいいか。ちなみにこの「アクアブルバール」という建物、大きいのにプールと映画館以外に何があるのか全然知らなかったけど、今ネットで見てみたらプールを使ったスポーツ以外にもテニスとかヨガとかダンスとか、色々習えるみたいです。でも、私が1番興味あるのはなんと言ってもあの滑り台・・。映画を観終わった22時過ぎになってもプールにはまだ数人が残っていて、あんなに広い空間を占領しているのが何とも優雅でした。ホームページを見た限りでは一般の人も入れそうだし(気になる価格については一切言及されていないけど)私もいつか夜に遊びに来てみたいです。以上、ゴーモンの映画館というよりも、それを内包している野暮ったくも愛らしい(?)アクアブルバールの紹介でした。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。アクアブルバールのサイトです。どうやらよその場所でもアクアブルバール主催のスポーツ教室(?)があるみたい。http://www.forest-hill.fr/aqb/ACCUEIL/tabid/234/Default.aspx
2008.09.28
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日本文化会館の松竹特集で『二十四の瞳』を観た。実はもう観てからかなりの時間が経っているしその頃立て続けに映画を観たせいで記憶が曖昧になってきたけど、あれだけ感動したのだから覚えている範囲で感想を書いておこう。(もしかしたらどこかに思い間違いがあるかも??かなり長く書いてしまったので、ストーリーバレがあります。)冒頭では子供達の歌声に合わせて瀬戸内海のものと思われる美しい風景が映し出された。あまりにもな演出に私は内心しらけてしまう。大石先生が自転車に乗って村の学校に出勤するも、「高峰秀子はあくまで高峰秀子でしかないな」なんて、つい考えてしまう。正直な話、高峰秀子がうまいのは間違いないけれどこの映画が始まった段階ではどうしてか今まで観てきた彼女の出演作のうち私が気に入らなかったものばかりが頭にちらついていたからだ。ほどなくして登場する笠智衆、ぼーっとしていたせいか最初昔でいうところの「小使いさん(だっけ?)」に見えた。でももしかして彼、校長先生なの??古臭い校舎をバックに校庭で演説をかましている彼を見ると『カルメン故郷に帰る』を思い出す。(校舎の壁なんかそっくりだったし。)あぁこれは、実は反戦のメッセージがあったっぽいカルメンを白黒にして、かつ真面目にさせたバージョンなのかな、と余計な事ばかり考えてしまってなかなか映画世界に入り込めない。実は私は大昔に原作を手にとった事があるものの好きになる事ができず、しかも消化すらできないまま読み終えてしまった。だからこの映画にはあまり期待していなかった。そしてその一方で、この作品を観れるのが嬉しくもあった。というのも留学生時代はフランスにおいて日本映画がどの様に普及されてきたかを調べていたのだけど、70年代や80年代に行われた日本映画フェスティバルのパンフレットを見せてもらったり譲り受けたりした時、この映画の写真もどれかに載っていたからだ。それ以来ずっと、なんとなく関心を抱いてきた映画。2時間の作品だけど最後まで飽きずに観れるかしら。映画を観始めてからの10分は辛かった。ちょっと面白いシーンで予定調和的に笑う人々の声にイラ立ちを覚えてしまったから。この、自分が笑えないシーンで誰かに先に笑われた時の(場合によっては)置いてきぼりにされた様な悲しい気持ちや、(今回に関しては)腹立たしい気持ちは一体なんなのだろう??本を読んで覚えている事といえば小学一年生の子供達が大石先生のお見舞いに行こうと思い立ち何キロも延々と歩いていくシーン(&それに付随するバス移動の回想)、アカ狩りがあったという事、ユリのお弁当箱というモチーフ、大石先生に息子が出来るという事、そして最後に同窓会を開くという事だけ。その中でも1番最初にやってくる、子供達と大石先生が再会するシーンでは鎮まっていたはずの私のイラ立ちが目を覚ましてしまった。だってさ・・・何もここで笑わなくてもいいじゃーーーん!!フランス人っていつもやり過ぎなシーンで失笑するんだけど・・・・私はいま感動してるところだったのよ!!とまあ、最初の方は心理的にも環境的にも良好とは言えない中での鑑賞だったけど、ちょうどその後ぐらいからぐっと映画の中に入り込む事ができた。結論を言うと、高峰秀子は私が今まで観た数本の中で1・2を争うぐらい、彼女にしっくりくる役を演じていた・・・・いや、演じていたというより引き受けていた。顔に華やかさが足りないと勝手に感じてきたけどそれが孤島で人気のある教師という役に合っていたと思う。私が今まで観てきた高峰秀子の映画のうちの数本には「名女優・高峰秀子が○○の役を演じている」という印象の拭いきれないものもあってそこが好きになれなかったのに、今回は文句なしに大石先生そのものに見えた。当時としてはかなり大掛かりだったのではないかと思われるロケも功を奏していて、修学旅行で乗った船とフェリーがすれ違うシーンの風景からは空の色が見えそうだった。これら全てがいい方に作用したのだろう。さすがのフランス人もいつの間にか例の「失笑」をしなくなった。そして、日本人かフランス人か分からないけど、誰かが鼻をくすんくすん言わせている様な音が聞こえてきた・・・・泣いてる??子供達の唱歌が何度も流れるのに少々のあざとさを感じずにはいられなかったけど(「仰げば尊し」を子供達に歌わせるだけで多くの日本人の涙を誘えそう)、それでもそれがとても心地良くて2時間じゃなくて3時間ぐらい観たい作品だった。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。ところで帰り道にふと思ったんだけど『カルメン故郷に帰る』の初めの方で取り上げられたハルオさんのピアノはどうなったんだっけ??取り返したんじゃないかと思うけど一体どうやって???気になる・・調べてこよっ。
2008.09.27
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最後に、内容的にはおまけ程度にしかならないのだけどDoctoratに1年だけ在籍していた時の事、というよりもLMD改革後の個人的感想を書いておきましょう。何度かちらちらっと書いてきた通り、フランスの大学システムが2005年秋から変わりました。私にとってはDEAを修了した夏までが旧制度の時期で、Doctoratに登録した同年の秋以降からが新制度のLMDに切り替わった時期です。詳しくは知りませんが、それまでフランスの大学制度(学年の数え方)が他国の大学制度と異なっていたので足並みを揃えたい、というのもLMD制度導入の狙いの1つ・・なのだと思います。なのでLMDになってからは学年の呼称や要綱があちこち変わりました。月並みな事しか書けないけれど、LMDになってから学生は一層大変になったな~という感じです。たとえば、私の場合。私達の学年はLMD制度が導入されてから初めての、Doctorat1年生でした。前年度までの同学部のDoctoratの学生は授業やゼミを履修する義務が一切なく、最後に500枚前後の論文さえ提出して試問を受ければ博士号が取れたというのに、私達は初年度に25時間分のゼミに出席する事が義務付けられました。そこで映画学科では週2時間のゼミが12週に渡って行われる事になったけれど、これはDoctoratの学生にはキツかったんじゃないかと思います。平均年齢が上がってきているだけに昼間はお勤めをしたりで2足のわらじを履いている人も居たはずだし、人によっては論文のために旅行に出かけたり研修を受けたりしているんじゃないかと思うのに・・・。もちろん他の学部のゼミに出席するのもアリだったので、こちらのゼミでは都合がつかないという人はよそのに行けば時間調整を出来た訳だけど・・・研究重視の生活を送るべきDoctoratの学生を縛るこの制度に私は内心驚きました。(別に、実際に身近に困っている人が居たわけではないのだけど、ね。)あと、日本的な私は最初から気になっていたんだけど、「2時間×12回」だとどうしても規定の「25時間」に満たないんですよね。この話は年度末あたりにようやく(ゼミの担当教授も含めた)みんなの前で大々的に話題に上ったものの明確な回答が公表される事はなかったし、その後どうなったのかはDoctoratを1年で辞めてしまった私には分かりません。とにかく新制度導入直後で学校側の対応が追いつけていないのかもねという印象が残りました(^^;話は変わるけれど、2004年の秋に文学部のMaitriseに編入した知人が居ました。今まで語学学校で勉強してきたのに急にパリの大学に編入したのでとっても大変そう。それでもものすごく頑張って、見事その1年後の秋(=2005年の秋)にはMaitriseのディプロムを取得しました。それからしばらくして彼女から聞いたのが、こんな言葉です。「やっぱり頑張って、大学のシステムが変わる前にMaitriseのディプロムを取っちゃって良かったわ。だってLMDになってからあの学年の必修科目数が増えちゃったから、もしも今年もあの学年にいたなら今年は追加分の単位を取得しないといけないところだったのよ」えええええーー!!同じ2004年の秋にスタートしても、2005年の秋に終えるかそれとも翌年に回すか、で必要授業数も変わっちゃうんですか!!だったらほんとに、LMD導入前にディプロムが取れてよかったですね。・・という訳で、前回までつらつら書いてきた私の個人的体験と2005年秋のLMD導入以降の状況は随分と異なっているんじゃないかと思います。なので私の体験談はあくまで参考程度にしてくださいね。フランスの大学に編入するならMaitriseかDEAからにした方がまだ少しは楽なんじゃないか(思い返せばその中でも、MaitriseはDEAに比べると楽でした)、パリの大学と地方の小さな大学だったら(刺激や満足度が下がるかもしれないけど)後者から始めた方が着実なんじゃないか、などと言う事を具体的に書こうとしたらどんどん長くなってしまったこのお話、これにておしまい!ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。写真は秋の並木道。これはちょっと前に撮ったもので最近はもっと散っています・・・。
2008.09.26
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3つ前の記事の続きでパリの映画学部のDEA在席時に受けた感触を書きます。(注:学年名の表記に関する注意書きはこの日記の最初の部分を読んでください。)1年目でレポート群をこなした後は2年目をゆったりと論文にかけるつもりでいたのに、はっと気づけば大誤算が起きていました。話が逸れるので理由は割愛するけれどこの時も結局、夏休みが近づいているのにまだまだ論文が書けていない状態に陥ってしまったのです。精神的により追い詰められたのは初めてフランス語で論文を書いたMaitriseの時の方かもしれないけど、この時は肉体的にもっと辛かったかもしれません。(トシも余分に2つ取ったしね・・。)それでもまたもや苦しみながら何とか完成させギリギリに提出しました。(この表現を書くの、一体何回目なんだろう???ちなみに、その時に教授が利かせてくれた機転とフランスの大らかさについては、こちらに書いてます。)論文を提出したら、今度は試問。Maitriseの時は指導教授と副査の教授の前で行われた試問も、今回は6・7人の教授陣の前で執り行われました。(横で見守ってくれたディノとK子さんには感謝!この時の様子もいつか詳しく書けたら・・と思います。)笑いあり、冷や汗ありだった試問はなぜか私とディノの思っていたよりも高い評価を得る事ができたけれど、残念な事にDEA論文自体の評価はMaitrise論文の時よりも少し(20点満点中、0.5点)下がってしまいました。電話で点数を教えてくださった指導教授の説明によると前学年度よりも点が落ちてしまったのは、副査の先生が「第一章の内容の一部が、前回の論文と重複している」と言って、譲らなかったからだそうでした。(確かにあの教授は試問の時もそこを指摘していました・・。)Maitrise論文で書いた歴史的側面をDEA論文で掘り下げたいと思っていた私は、いざ論文を書いているとどうしても前回書いた事をもう1度なぞるところから始めなくてはならない事に気づきました。それは良くないのではと思い指導教授に相談すると「Maitrise論文と重複する部分があっても、むしろそこから引用する事になっても全然構いません」とおっしゃってくださったので、私は第一章の中の各章の最初の部分でまず前回書いた事をもう1度おさらいするカタチにして筆を進めていました。・・・あぁ・・・。・・・指導教授と副査の先生の主義が全然違っていたのね・・・。副査の教授も全体的には褒めてくださっていたのに、これだけが凶と出てしまったなんて・・・。惜しいけど、もう仕方ありません。本当は執筆時にもう少しだけ頭をひねって、「繰り返し」に見えない書き方を目指せば良かったのでしょう。だけどその技量が無かったのも時間が無かったのも、私の落ち度。「あの教授は評価に厳しい」という噂は本当だったのかもと最後の最後になって気付いた感じだけど、それでも総合点ではディプロムを取った学生達の中では上位3分の1以内には入れた事が分かったので、留学1年目のLicenceがギリギリでの及第だった私にしては快挙だったと思う事にします!!(ちなみに、Maitriseの時は総合得点が何人中何位だったのかは分かりませんでした。DEAの時は偶然掲示されていたので、知る事が出来たけど。いい加減な事務室・・・。)そんなこんなで、DEAで受けた授業はMaitriseと同じものだったけど時間数は倍だったし、レポート数も倍に近かったし、DEA論文への評価もMaitriseに比べると厳しかったし、私自身の経験としては、DEAはMaitriseと中身はほとんど同じでただ大変さと求められる水準だけが違うのだなという印象でした。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。次回はおまけとしてLMD導入直後にDoctoratに1年だけ在籍して感じた事を書いて、このシリーズを終わりにしたいと思います。
2008.09.25
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ブログ更新をしていなかった数日間、実は主人の母のお葬式のためにノルマンディーまで行っていました。1年ぐらい前から闘病生活をしていた義母が自宅で亡くなったのが先週半ばの夜中。私は深夜1時に、実家に帰っていたディノからかかってきた電話で知りました。「もしかしたら・・」という事態になってきていたので週末には私もノルマンディーまで会いに行くつもりでいたのに、結局そのおなじ週末、同じノルマンディーの実家に、お葬式出席の目的で行く事になってしまいました。生きている間にもう1度会いたかった・・・。ものすごく頑固で困ったところもあったけど、心はいつも慈愛に満ちていたお義母さん。衝突した事もあったけど、励まされた事の方が何倍も多かった。貴女への気持ちを一言では言い表せないけど、まず何よりも、ありがとうございました。残されたみんなで力を合わせて生きていくので天国から見守っていてくださいね。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。次からまた、フランスの大学編入の話の続きを書きたいと思います。(あと2回ぐらいなので終わらせないと!!)
2008.09.24
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留学時代の話を書きかけなのですが数日ブログをお休みします。でも私は元気ですのでご心配なく・・。また来週の火曜ぐらいから更新すると思うので覗いてみてくださいね。
2008.09.24
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Maitriseとあまり代わり映えしないのだけど一応DEAの感想も書いておきます。(ここで私が使っている学年呼称についての説明は2つ前の記事の初めの部分を参照してください。)私はDEAまで来て初めて、「今回はディプロム取得に2年かけよう」と決めました。それまでのLicenceとMaitriseはどちらも最短の1年で修了させてきたけれどそろそろ息切れが・・・。せっかくパリに住んでいるのだからもっともっと毎日を楽しみたいし、2年かけた方がMaitriseの時よりも楽にしかも良い論文が書けるはずと、踏んでいたのです。さてこのDEAの時も前年同様まずは講義に出席してレポートを提出する事によって必要単位を取得するのが、論文を発表できる前提になっていました。・・・ただし必要単位数はMaitriseの時の倍になっていて前期と後期で各4科目ずつ履修しなくてはいけない事になっていたけれど・・・はぁ・・。よし!慎重に授業を選ぼう。私は少し考えて、8教科のうち2教科分をLicenceの科目から取ることにしました。(Licenceの授業は「1つ」しか履修しなかったけど、その講義が通年コースだったので「2科目」として換算されたのです。)なぜ今頃Licenceの講義を受ける事にしたかと言うとMaitrise論文の試問の際に副査を引き受けてくださった教授がLicenceで日本映画をテーマにした講義を行っていらして、私にはそれが自分の論文に1番役立つ(かも?)と考えられたからでした。この大学の授業案内には、MaitriseやDEAの学生は教授達の承認さえ得られれば他学年や他校の授業を受けそれを単位として認定してもらえる、と明記されていたのでそれの制度をうまく利用したカタチです。木曜の朝8時から始まるそのLicenceの授業、冬は特に辛かったです。まだ暗い中毎回ギリギリに駆け込むと(有り難い事に先生もギリギリで来てました^^)まだ朝早いのに教室はもう混みあっていて、熱気を感じます。眠気と闘っている人も居たに違いないけれど・・・でも大半が真剣なのが伝わってきたのです。だってこの学校でうかうかなんてしていられないもんね・・・。事務室の前に時々Licenceの学生達の採点済みレポートがどーんと無造作に積んである事があったけれど(これってひどいと思う)、人目が無い時にこっそりと見てみたら教授によっては容赦無い赤点を付けたり批判を書き残している事があるのが分かって、去年の自分はよくまぁ及第点が取れたものだと感心してしまったぐらいなのです。毎回毎回ギリギリまで苦しんで書いていたけれどそのぐらいでちょうど良かったのかも・・。(ま、時にはすごく頭の良い子が居てそんな人はいかにも授業にあまり出ていなくても要領よくサラサラッといいレポートを書けそうな印象を受けたけれど。また逆に、「アナタさぁ、この状況からして、もう少しだけマジメにやったら単位なんて簡単に取れたんじゃないの?」と突っ込んでしまいたくなる輩もいましたが・・。)あっ、話がズレたのでDEAに戻しましょう。この日本映画の授業は本来Licenceの学生向けなので私以外はみんなペーパーテストの出来に応じて点や単位がもらえる事になっていました。でも私はもちろん、レポートを出す様に言われました。前期と後期で計2つのレポートを提出するつもりだったのに教授は前期が終わる時点になって初めて、しかも急に「後期分は出さなくていいです」と言ってくだったのでラッキー!(私の前期のレポートが長くなりすぎたから、先生も読むのが嫌になっちゃったのかしら・・なんてね。)これ以外の科目には授業中のエクスポゼ(みんなの前での発表)が採点対象の一部になっているものもあったけれど、それでもやっぱり最後には必ずレポートを出す事になっていました。授業数がこれだけあると、まぁ大変。うまい具合にそれぞれの提出期限がズレていたり、私もこの頃にはこの学校特有のやり方に慣れて教授の事前許可もなしに(!)オフィシャルの期限より2週間も後にレポートを提出したりで何とかやりくりしていました。それでも最後の課題を完成させたのは夏休み明け。(・・・だってたった1年で合計150ページぐらいのレポートを書いたんだもん・・・。)あれ、もう既にDEAを開始してから1年経っちゃってるじゃない!!確かに今までの留学生活の中では1番のんびりした瞬間の多かった1年かもしれないけど、「2年かければ余裕」という読みが見事に外れたのに気づいた状態で、私はDEA2年目に突入したのでした。さぁ論文こそは、少しでも前回よりうまく行くかな・・。(ちなみに、この続きはこちらです。)ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。パリはもうすっかり秋。二週間ぐらい前からこんな感じです。
2008.09.23
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今回は2002年秋に開始して2003年秋に取得したMaitriseで感じた事を書きます。まぁ、私の場合Licenceのみを地方大学でそしてそれ以降をパリで修了したので所属していた学校が異なっている以上、LicenceとMaitriseの単純比較はできないのですが。(注:この時にはまだLMDが導入されていなかったので学年の名称が現在のものとは異なっています。この点については1つ前の日記の初めの方を読んでください。)私が通っていた大学のMaitriseでは前期と後期で2科目ずつ好きなものを選択できる様になっていました。映画学部と一口に言っても、学校によって特色があります。私の行っていた学部は(製作などではなく)評論や分析がメインでバリバリ文系。なので単位を取得するには1科目につき週2時間の授業に出席し、学期末にレポートを提出する事が前提になっていました。(そういえば、出欠を取る先生とそうでない先生とが居たなぁ・・。)前年度とは違ってペーパーテストが無いのは嬉しかったけど慎重な私は事務室に行き、「もしもレポートの点数が悪くても、再提出の機会はない」という情報を得て震え上がりました。どう見ても去年の大学よりも高い水準を要求されるこの学校で私の書くレポートって一体何点ぐらいもらえるのだろうと不安に思っていたのに、失敗が許されないなんて!!(今になれば、あの全てが適当な大学ではもし悪い点を取ってしまっても先生とうまく交渉すれば、そして本当に運が良ければ、2回目のチャンスぐらいはもらえたのかもって気もしないではないけれど。)こうなったら、まずは授業命!!授業で教授の言わんとする事を理解してこそ的外れでないレポートが書けるのだから一生懸命聞きます・・・が、科目や先生によっては全てを理解するのが苦しい授業もある。「仕方ない、去年同様に誰かからノートを借りよう」と思っても、前年度よりも学校に居る時間が短くて顔見知りが少ないのでいい人(ノート内容のポイントが分かりやすくて字もキレイな人)が見つけづらい・・・。何度か試みたけれどせっかく借りたノートが役に立たない事が続き、去年の作戦を諦めるしかないのに気づきました。そして結局この年からはノートを借りずに自力で対応せざるを得なくなりました。科目数が少なくて本当に助かった・・・。自分なりに授業を消化して、参考文献も読んで、パソコンで文章を何度も推敲し、10~20ページのレポートを書くのに毎回とてつもなく時間をかけていたあの頃。Maitrise取得のためにはレポートだけでなくて80ページ以上の論文も書かなくてはいけないというのに10月から5月あたりまでは(一応調査はしていたものの)、論文を書き進める事がままなりませんでした。という訳で、この年は地獄の夏!!とにかく毎日必死必死でしかもこの年フランスは記録的な猛暑にも見舞われ提出する頃には体のあちこちが不調になっていました。それでもディノに励まされて論文も試問も無事終了させ(試問に関わる逸話はこちら)、教授からはDEAも期待していますとの言葉と心からの笑顔をもらい、苦しい日も多かったMaitriseも大団円。心身ともに最後が辛かったけど満足いく論文が書けた私は希望に燃えるとともに、「今回は初めての論文だから大変だったんだ。DEA論文は今回と同じ長さなんだし、次こそはきっと楽にそしてもっともっといいものが書けるに違いない」と、思っていたのです。その予測は2年後に裏切られるのだけど・・・。私は前回、日本人がフランスの大学に編入する場合は学年が上になればなるほどいいのではないかと書いたけれど、今ここまで回想して、ちょっと分からなくなってきました・・・。だって、体調不良になるまで頑張らざるを得なかったのはLicenceではなくて、Maitriseの方なんだもの。だけど私の場合は上の方にも書いた様にLicenceとMaitriseを違う学校で修了した事や、(良くも悪くも私らしく)レポート準備に時間をかけ過ぎたり、論文に気合を入れすぎたのも原因だと思います。う~ん・・・やっぱり・・・Licenceから編入するよりはディプロム取得の観点から見ると難度が少し低い上、勉強も本格的になってくるMaitriseから編入する方がいいんじゃないかなぁ・・・・・。じゃあMaitriseとDEAを比べたらどうなのか、という話だけどこれは正直、私の場合あまり変わらなかった気がします。あまり参考になる話は出てこなそうだけどDEAの体験も一応次回書きますね。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。今思えば、Mairiseに2年かけたならもっともっと余裕を持っていられたのでしょうね。ま、いいか。
2008.09.22
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(1つ前の日記の続きです。)さて、もう1つの問題『どの学年から編入するのがベストか』、これは答えを簡単に出せないので個人的経験と感想を数回に分けて書いてみます。(ちなみに私が留学生だったのはLMDという教育改革がなされる前の事なので、私がここで使っている学年の呼称も旧制度のものです。旧制度とLMDの互換性は私が偶然見つけたこのページで確認できますがLMDになってからはもちろん学年名だけでなく、ディプロム取得条件《必要単位数など》も変わっている様です。なので私の経験はあくまでも参考程度にしてください。)私はLicenceとMaitriseとDEAとDoctoratに在学してDEAまでのディプロムを取得しました。当時の「Licence(リサンス)」とは今で言う「Licence3」、学部生にとっては最終にあたる学年です。2001年9月にスタートした私のLicenceでは前・後期とも9科目ずつが必須でした。ものすごく大まかに言えば1科目=週2時間の授業という感じだったので授業時間が多いのがとにかく大変。(DEUG《現在のLicence1とLicence2》に比べたら少ないのでしょうけど・・・。)単位のためにレポートや作品の提出を要求する先生も居れば学期末のペーパーテストを課す先生も居ました。当時はどれもこれもがものすごくプレッシャーだったけどこの学校の方針なのかそれとも他の大学でもそうなのか、もしペーパーテストで基準点をクリアできなくても夏休み明けに追試をしてくれるという事だったのである意味安心でした。でもやっぱりLicenceで1番の難関だったのは時間もかけながらゆったり書き、しかもネイティブチェックを受けられるレポートとは違って、短時間・実力勝負のペーパーテストです。私の通った大学はかなりユルかったしアットホームだった上外国人もほとんど居なかったので何とか及第点をもらえたけれど(当時の私は絶対に「外国人」としておマケしてもらってたと思う!)厳しいパリの大学でLicenceを取る日本の人って本当にすごいなって感心します。逆に言うと私にも、パリの大学のLicenceに登録したもののディプロムを取得できなかったらしい知人がいるし似た様な話をよそでも聞いた事があるのだけどたぶんこういう人って多いんじゃないかなっていう予測が簡単に立っちゃうんです。だってパリの大学って外国人が多くて、その中にはフランス語がものすごく上手な人が結構いるから。(私には、誰がフランス人で誰が外国人なのか分からない事も多々あったぐらい・・・。)「外国人だから」という事を理由に(語学ハンデを考慮して)内容を重視して採点してもらえる事なんて無数の留学生の集う都会のLicenceでは、かなり少ないのではないでしょうか。一見ネイティブにすら見える外国人と同じラインに立ってペーパーテストを受けたら・・・フランス語とは全く異なる形態の言語を話す私達日本人はものすごく不利なんだろうなと思います。それに文系要素の強い学校にはただ「意味が通じる」文章では物足りず「綺麗な」文章を求めている先生も居るし・・・。(これほんと大変でした。)なので私は、日本人がフランスの大学に編入する場合はある程度上の学年から始める事を勧めたいと思います。(または、私の様にまず地方で学んでからパリに来るのも場合によってはいいかもしれません。)おそらく学年が上がれば上がるほど専門性が深まって授業数も少なくなり、ペーパーテストの数もグッと減るはずなのでレポートや論文をじっくりと用意すればいいのです。(特に、「編入」ではなくて1年次からフランスの大学で学びディプロムを取得するには日本人離れしたフランス語能力と根性と運が必要なのではないかと・・。)もちろんその分野における基礎がないまま高い学年に編入する事も良くはないのだけどそこは事前に専門書を買うなりして予習しておきましょう!!(私は・・そういえば初年度にはこの作業をしていなかったかも・・。)次回は、Maitriseの感想を書いてみます。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。
2008.09.21
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フランスの大学に編入準備中の方から質問をいただいたので結婚準備の話はいったんお休みにして、こちらに関する私見をのべてみます。当たり前といえば当たり前だけど日本の大学を卒業していれば「1年生からの入学」ではなくて「編入」をする事が可能です。その時に問題になるのはどの学年に編入できるのか、また、どの学年に編入するのが自分にとってベストなのか、という事でしょう。まず最初の『どの学年に編入できるのか』についてですが、もしも今までの勉強を継続したい場合(たとえば日本で仏文科を出た人が今度は現地でフランス文学を研究したいケース)には日仏間で決まっている互換性に従えばいいのだろうからあまり悩まないで済むんじゃないかと思います。けれど、私みたいに『日本では仏文科(に近い学科)を出たけれど、フランスでは違う学部(=映画学科)に入りたい』という場合どの学年から入れるのか、正直推測不能です。というのはここがとてもフランスらしいところで、その辺の基準が学校によって異なるから・・・。これはもう、めぼしい大学1つ1つに問い合わせたりとりあえず願書を送ってみるしかないですね。(私は後者の方で試しました。)同じ学部でも、学校によって違う学年を提示してくる事ウケ合いです・・。・・・この続きを書いていたのだけどかなり長くなりそうなのでもう1つのテーマ『どの学年に編入するのがベストなのか』は、次回以降数回に分けてアップする事にします。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。私が2001年に編入準備をしていた頃のことはこの日記から始まる一連の記録を読んでくださいね。それから私の考える「映画学部」の定義はこの日記を参照してください。写真は相変わらずセーヌ沿い。空の青さが大好きです。歌詞は忘れたけど、かつてよく聞いたフランソワーズ・アルディのアルバムの中に「L'heure bleue」という曲があったのを思い出します。
2008.09.20
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・・・なので、選んだものとその感想を書いておきたいと思います。指輪自体はこんなです。プラチナ製で極小ダイヤが入っていて厚みと太さが控えめで・・・という、日本でならごくありがちな条件で探していたのにフランスではそれがなかなか見つからず苦労しました。(ネット等で購入するのも手だったのかもしれないけどやっぱり試してから買いたかったし。)なので、これを見つけられてとても満足しています。さて、私が最初に抱いていた「結婚指輪の様な動きのない形の指輪をはめると指が余計に太く見えるのではないか(=しない方が美的にはいいのでは?)」という懸念がどうなったかを見るために、指輪なしの状態と指輪ありの状態を見比べてみましょう!何もつけていない時指輪をした時!!今回写真に撮ってみて初めて気づいたけど、指輪をしている時の方が全体のバランスはいいみたいですね。実は肉眼で見ると、指輪のない状態の方が薬指が少々長くそしてキレイに見える気がするのです。(あれだけ慎重に選んだ甲斐あってそれもほんの僅かな違いだけど。)まぁとにかく、良かった良かった!長々と書いてきた通り、探し始めた時はV字型だったりカーブした形の指輪だったら指が短く見えるのを避けられるのではないかと考えていました。だけど上述の条件(プラチナ製で・・・etc)を満たす事すら大変な状態だったので仕方なくこういう水平な形の指輪にしてしまったのです。でも、今はこの形でよかったと思っています。だってまっすぐでシンプルだから、他の指輪と重ねづけできるんだもん歳をとるにつれてアクセサリーも少しずつゴツくしていった方がいいのかなと最近やっと感じ始めたので数少ない手持ちの指輪と重ねやすいこの結婚指輪は重宝しています。そう、結婚指輪をきっかけに最近は前よりも指輪というものをつける事が多くなった気がします。これからも大事にしよう、結婚指輪。(図らずも五・七・五)ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。結婚指輪といえば式の翌日、グラスを洗っていたディノが私を呼んで真剣な顔で「このグラスをスポンジでこするとから変な音がするよおかしいなぁ。割れかけているのかな」と言ってきたのが忘れられません。だって彼、その音というのが自分のはめている指輪がグラスに当たる事によって発生しているのに気づかないで、本気で心配してたんだもん・・・。結婚準備の話、この続きはこちらからどうぞ。
2008.09.19
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引き続き当時の日記をアップします。 この間の日記を書いてしばらくしてからディノが帰ってきてやってくれました。 私の一番嫌いなギャグを・・。 家に着いてから 「あ、カバンがない!忘れたかも!」 とか言い出す彼。 TPOによっては言ってはいけない冗談があるのでは?とかなり頭にきたけど、自分の指輪をはめてもらったら(当日の為に少し練習してみた)やっぱりとっても良かったので、満足して機嫌を直しました。 ただ、購入した日に私はちょっと舞い上がっていたけど(なにしろ買うまでに何往復もして大変だったし)実は彼の指輪が大きめなのでちょっと焦りました。 そんなに簡単に抜ける訳ではないけれど思いっきり力を加えれば、ねじらなくても抜けてしまうのです。 彼は指輪に慣れていないし石鹸で手を洗った時になくなったりしないのかなぁ・・なんて心配になってしまいました。 かといってサイズを直してもらうほど大きい訳でもないので中途半端です。 しまったなぁ・・。 それにしても、お店の人がサイズを念入りにチェックしてくれなかったのが不満です。 ばかぁぁぁ! 15%還元につられてここで買っちゃったけどデパートのテナントはだめね(って書くと、どこかのブルジョワの台詞みたいだけど。)それでも嬉しくて、その日は記念写真を撮りましたとさランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。次回は指輪話の最後として、選んだ指輪の感想を書きますね。
2008.09.18
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2つ前の日記の続きで、当時の日記の抜粋です。 独身期間も、あと1ヶ月ジャストになりました。 刻印が終ったという連絡が入ってから3日ほど経つのに実はまだ、結婚指輪を受け取りに行っていない。 私としては早く指輪に再会したいのだけどなんとなくディノに持って帰ってきてもらいたくて(それに今週は本当に忙しかったし)自分では取りに行かずでも珍しくもディノを急かす事もせず、ただじっとその日が来るのを待っていた。 そしたらあげくの果て(?)昨日は夢に指輪が出てきてしまった。 どうも願望と夢が直結してるのね・・。 またもやそんな事を考えながら目覚めたのが今朝。 今日は自宅で片付けものをしていたら、ディノが 「お芝居を見る前に指輪を取ってくる」 と言って出かけていった。 でもその後電話があってお芝居には間に合わなかったので今から帰るという事だった。 もしかしたらまた出直して映画を観にいくのかもしれないけどまずは私の手元に指輪を届けてくれるそう。 なので今、帰りを待っている。 楽しみだなぁ! 自分で選んだ指輪だからどんなものだか知っているんだけどね。 ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。結婚指輪の話は、これまたとっても私らしくここから長々と書いてきたので興味のある方は読んでみてください。
2008.09.17
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だいぶ以前に留学生時代の思い出を書いていましたが(分かりにくいけどスタートはここから)掲示板にいただいた書き込みを読んで頭の中でごっちゃになってきた事があるのに気づいたのでここに補足しつつ、自分の頭も整理したいと思います。(フランスの映画学部に留学したいと思っている人にしか興味の沸かない話だけど必ず誰かしらの役に立つと思うので。結婚準備の話は、次回から再開しますね。)私が大学で真面目に勉強していた4年の間には、学生証に書いてある学部名と時間割やカリキュラムに書かれている学部名が一致していない事が多々ありました。そこをしっかりと突き詰めるのが面倒でそのままにしていたら今や全てが曖昧になってきてしまったのでまずは、過去にもらったディプロムを参考に各学年の正式名称を書き並べてみます。Licence(当時は《注・参照》学部生として最後の学年でした。) Arts du Spectacle mention Etudes Cinematographiques et AudiovisuellesMaitrise(当時は、日本でいう修士課程に該当すると言われていました。) Arts du Spectaclemention Etudes Cinematographiques et AudiovisuellesDEA(当時は、日本の博士課程第一学年相当とみなされていました。) Recherches Cinematographiques et Audiovisuelles(注:私がこれらのディプロムを取得してからフランスの大学のシステムが変わったため、今なら日本の大学の学年とフランスの学年をどう対比させているのかは分かりません。)・・と・・・あ、あれれ??今これを打っていてすっごくびっくりしたのですが、地方大学で取得したLicenceの学部名称とパリで取得したMaitriseの学部名称って同じだったんですね・・・。あんなにも専門色の強い授業ばかりで一般的に言えば権威がある方のパリの大学のあのMaitriseの名前ではてっきり、もっともっと「CINEMA」という言葉が前面にでてきていたのではないかと思っていたのだけど??私の経歴の場合、あの地方大学とパリの大学を比べるとどう見ても勉強内容に雲泥の差がありました。まず、私のとったLicenceではArts du Spectacleという1つの学年(というか全部で40人ぐらいしか居なかったので「クラス」と言った方がいいかも)の中に「映画専攻」の人と「演劇専攻」の学生が混じっていました。そして一週間9コマ程度の授業があるうち6コマが合同で、残り3コマが「演劇」と「映画」に分かれて行われていました。合同の授業の中には「演劇史」など映画と全く関係ない訳ではないけれど専門外なものも含まれていたし、なぜか社会学的なものもありました。(Licenceと言えば「学部生」なので一般教養の一環なのかなと軽く受け流していましたが。)それに対し、パリに来てから履修したMaitriseには演劇専攻の人達と合同の授業は一切ありませんでした。(たぶん演劇の人達とは校舎自体が違っていたのではないかと思うけれどそれすらも未確認の状態です。)その理由はまず何と言っても、その大学の「Arts du Spectaclemention Etudes Cinematographiques et Audiovisuelles」の学生数が、全世界から留学してきた学生で膨れ上がっているからだと思います。(人数的にパンク寸前なのに演劇専攻の人と「合同」なんて無理無理!!)そのぶん、好きなものを選択できる講義は多種多様で著名な教授のもとで興味深い授業を受ける事ができました。それから、Licenceに比べてMaitriseでの専門性がぐっと増した2つ目の理由としてはもちろん、ただ単に学年が上がったからというのもあると思います。日本の大学でも学年が進めば進むほど一般教養などが減ってその学部ならではの研究がメインになる訳だし。そしてその3つ目の理由はただ単に、勉強内容はその学校の規模やカラーにもよって相当左右されるのだと思います。なぜかというとパリの大学のMaitriseに入ってからそれまでもこの大学の同学部で勉強してきたという友人の話を聞くと私の前年度とは比べ物にはならないぐらい、映画の勉強をたくさんしてきている事が分かったからです。「私も去年から専門的な勉強をたくさんできていたなら良かったのになぁ」と羨ましく思い、私がしてきた勉強を他の子に話すとその子は少し驚いて「あら、私も去年は地方の大学で同じ名前の学部にいたけど映画の勉強をいっぱいできたよ」と、言っていました。なので今思うに、「Arts du Spectaclemention Etudes Cinematographiques et Audiovisuelles」などと言う曖昧な名前の付いている学部の中には(パリの大学の様に)極めて特殊な勉強をできるところもあれば、(私の最初に行った大学の様に)専門性の低い勉強しかできない学校もあるのだと思います。そして、この「Arts du Spectaclemention Etudes Cinematographiques et Audiovisuelles」の1行目の部分は非常に訳しづらいし全体としては異常に長いのですが、日本の書物などでは私が出たパリの大学のこの学科も2行目だけをいかして「映画学科」と訳されている事もあればもっと厳密に「映画・視聴覚学科」と訳されている事もある様です。ちょっとややこしいけれど結局のところポイントは、いずれにしても訳された際の学科名に「映画」が付く事と勉強内容がバッチリ映画である事だと思います。(確か当時のパリ第八大学にはその名もずばり「Cinema」という学部があったと記憶しています。こういう分かりやすいネーミングだと解釈も楽なんですけどね)映画の勉強を重点的にしたい場合はきっとその名もずばり「Cinema」の学部を選べば1番間違いがないのでしょう。だけどそれだけだと選択肢が減ってしまうので「Arts du Spectaclemention Etudes Cinematographiques et Audiovisuelles」という学科のある大学にも資料を請求して時間割表を見て映画関連の授業の占める割合をチェックしてみてもいいのではないでしょうか。ちなみに私は適当に選んでしまったあの最初の大学に1年弱通った事は後悔していないし、自分にとっていい選択肢だったなと思っています。映画以外の勉強も多かったのは残念だけど人間関係も家探しも全てがパリに比べて容易くて求められているレベルも生活費も低くて済んだので、翌年からの本格的な勉強に備える入門編としてはとても良かったからです。なにしろパリはほんと厳しかったので・・・やりがいも大きかったけど、かなり緊張した日々を送っていたものです。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。書き込みをもらってから頭が混乱していたけれど、この記事を書いてみてスッキリしてました。良かった・・。1番上の写真は2日前にアップしたものの、アングル違いです。追記『どの学年に編入するのがベストなのか』をテーマにこちらで書き始めたので、興味のある方はどうぞ。
2008.09.16
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引き続き、当時の日記の抜粋です。(日記自体がメールの抜粋になっているので一見ややこしいですが・・。) 今日はとっても珍しい事に母方の祖母へメールを書いてみました。 近況報告が入っているので一部を抜粋してみます。 **************************** 私は忙しくも元気に、楽しい毎日を送っています。 ここしばらく色々と忙しくて結婚の準備が遅々としてなかなか進まなかったのですが、今週に入ってからようやく結婚式当日のレストランが決まり、招待客に正式な連絡をできる状況まで来ました。 先日買った結婚指輪の刻印が終ったとの連絡も昨日入り、今日は日本帰国の為の航空券の値段を調べたり、ウェディングドレスに合わせて履く白い靴に慣れる為に家の中を靴で歩いてみたり(元々土足の家なので)(注1)、私達の結婚もどうやらなんとか形になってきた気がします。 とにかく毎日本当に慌しいですが、ディノがいつもやさしく気を遣ってくれるのでこの忙しい日々すらも結婚準備のいい思い出になりそうです。 **************** (注1) 結婚式当日、お客様に家に寄ってもらう予定になっているのでこのままではまずいと思い、最近拭き掃除を始めました。 そして今日なんて、白くてヒールが5cm位ある靴を履いて掃除をしました・・。 そういえばこの頃の私は結婚準備に関係ないところで色々と忙しくて、ゼェゼェしていたなぁ・・・。そこに加えて、式後の日本一時帰国(ディノ同伴)のための下調べも(この直前になって)初めたので本当に慌しかったです。今思い出すと(ちょっと残念な事に)「楽しかった」よりも「大変だった」記憶の方がちょっとだけ大きいかもしれない。式当日が幸せいっぱいだったから構わないんだけどね。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。結婚準備時の話は、こちらに続きます。上の写真は昨日のにもちらっと(奥の方に)写っていたサマリテーヌです。数年前からデパートとして機能しなくなったまま、一等地にあんなに美しい建物が眠っているなんて勿体ない!!
2008.09.15
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引き続き、当時の日記です。 ようやく、長い間の懸念だったパリでの結婚式当日の食事場所が決まりました! 昨日の日記に(確か)書いていた通り、ここ10日ほどあちこちのレストランを下見して回っていたけれど、最終的に昨夜食べたレストランに決定したのです。 そこは結婚専門ではない普通のレストランだけどお店の一角を私達だけで占められる点や、割合に広々とした空間を提供してもらえる事が大きな決め手になりました。 (もちろんお料理も先週の土曜に行ったところとは違って美味しかったし。) 当日はまずウェディングドレスを着て昼間に(もし天気が良ければ)街角で記念撮影、16時に区役所でサインの儀式、その後我が家でシャンパンタイム、その間に私は着物に着替えて20時頃からレストランでの食事開始の予定です。 着物は淡い黄色なのでオレンジ色の光を放っているレストランに合うのではないかなと思っているんだけど、どうだろう?(まぁ、少なくとも合わない訳はないから、どうでもいい事だけど。) 実はレストラン選びだけはかなり失敗だった事が当日になって分かるんですけどね・・。・・あちこち回って、選ぶ前に試食もしたのに・・。しかも実はレストランだけでなく、私達のせいでイベントとしてもかなり滑った企画になってしまったのです。でもそれはまたいつか・・・たぶん書きますね。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。写真は昨日・一昨日とアップしたお店の向かいのポン・ヌフ橋です。
2008.09.14
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1つ前の続きで、当時の日記です。 今朝教授の家に行って、結婚を報告してきました。 先生は私を一切咎める事なく「そうですね、確かに500枚は大変ですよね。あなたの場合(私と違って)それでお金をもらっている訳ではないし」と、納得してくれました。 先生も奥様もビズ(ほっぺのキス)をして祝福してくれ、「結婚式には行ってもいいの?」という質問が来たので、待ってました!とばかりに式にも招待しました。 博士論文は書かないけれど今後もきっと今までの研究分野には感心を持ちつづけていくし、(先生が3年来言い続けていながら実現の見通しの全く立っていない)プロジェクトが実現する時がもしも来たら助力は惜しみません、という話をしました。 中退報告があっさりと受理され、しかも思いっきり祝福までされて、不思議な位です。 先生、後になって我にかえって蒸し返してきたりしないよね?? 結婚の報告を聞いて「おめでとう!」と言いながら両手を叩いてまさに手放しで喜んでくれた教授を見て気まずくなってしまった私は、すかさず「博士課程は中退します」と言ってしまったんだけど、その瞬間はさすがにびっくりしたみたいで手の動きが止まってしまっていたよね。 せっかく祝福してくれていたのに、中退の事を思いっきりたて続けに言わない方が良かったのかな? ごめんなさい! でも私はちょっと緊張していたし、昨夜飲み過ぎたワインが残っていて頭がちっとも働かなかったの・・。 その後ディノと待ち合わせてレストラン巡りを2軒こなした後、ようやく結婚指輪を買いました。 指輪を買うまでが大変だった分、やっぱり感激! (彼はやっぱりゴールドにしたけれど、似合っていたのでいいと思う。) 今日は結婚準備が結構進んだ1日でした。 一番報告しにくかった人とも腹を割って話が出来たし指輪も買ったし、結婚が近づいているのを実感しました。 ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。写真は、1つ前の記事の写真と同じお店のものです。
2008.09.13
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中断したままだった結婚準備の頃の思い出を(この日記で最後になっていました・・)しばらく書いていこうと思います。まずは、9月18日付けの当時の日記から。 明日の朝11時に今まで4年間パリ大でお世話になってきた指導教授に会う事になっている。 実は、教授にはまだ結婚の報告をしていない。 (式は来月末に迫ってきていると言うのに!!)というのも、結婚の報告だけならしやすかったけれど、同時に勉強をやめてしまおうと思っているのでとても切り出しにくかったから。 周りの人にこの話をすると 「博士課程の学生が中途退学するのなんてザラなんだから気にする事ないよ」 と言われる。 でも私の教授は論文指導をしている学生がとても少ないせいか 打ち合わせも毎回先生の自宅だったり、私も奥様と顔見知りだったり、他の教授に比べるとずいぶんとアットホームな師弟関係だった。 それに先生は私の論文テーマを気に入っていて、いつも応援してきてくれた。 私だって本当は博士論文を書ければ1番いいと思っているし書こうと思っていた時期もあったけど、今までに100ページの論文を2つ書いて死にそうになっているのでやっぱり500ページは書けないのだ。 これからは仕事も探して兼業主婦になり、ストイックでバンカラな学生生活にピリオドを打とうと思って決心したんだけど・・・やっぱり言いにくいなぁ・・。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。写真は、この間セーヌ沿いで目をひかれた美しいウェディングドレスです。もう着る機会はないのに、ついうっとりしてしまいます。よく考えれば私の場合、ドレスを着てから「憧れ」の気持ちが出てきた様な矛盾した感じです
2008.09.12
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2年ぐらい前からずーーーっと食べたかったワインビストロへ、やっと行く事ができました。(あまりいい写真が撮れなかったので、お店の様子は下に貼るリンク先で見てみてくださいね。)このお店に行けずにいたのは、私達に計画性がなくて前もって予約を入れるという作業ができなかったから。でも、今回友人と久しぶりに再会する事になったのをいい機会に、ようやく訪れる事ができたのです。せっかく張りきってきたのだし、リーズナブルなお店だし、今夜は前菜・メイン・デザートの3つを頼もう!!まずは、好奇心半分でオーダーしたサーモンの生姜和えです。真ん中には茄子が乗っています。サーモンからは本当に生姜の味がして、茄子からは何故か、いぶされた様な香りが???最初口に入れた時は少々の違和感もあったのだけど、このたっぷりの量を食べているうちにだんだんハマってきました。ちょっと癖があって、そこがお酒に合うみたい。友人は「日本人の口に合う味だと思う」と言ってました。(ちなみに彼女も日本人です。この前菜が気に入ったそう。)さて、今度はメイン!!黒板(上の写真参照)に書かれたメニューでは私の好きな肉料理が中心だったのでなかなか選べず迷ったのだけど、今回は今まで名前しか聞いた事のなかった「cochon de lait(コション・ドゥ・レ)」を使ったお料理にしました。コション・ドゥ・レというのは、まだお乳を飲んでいる子豚の事なんだそうです。フラッシュ無しで撮ったこの写真だとよく分かりませんが豚肉とキャベツに、こっくりした味のソースがかかっています。(ソースの名称は忘れました・・。)お肉は豚だけあって、チャーシューに少しだけ似ています。そう、ラーメンとかに入っているチャーシューをもっと硬く大きく、そして身を密にさせた感じ。(これは人によって好き嫌いが分かれるかも?私は好きだけど。)ただ、ソースの味がとってもしっかりしているのでお肉自体の味は極薄です。ソースは乳脂肪と塩分が高そうなところがフランスっぽいけどなぜかダシ(?)も効いていて最高!!気づけば私はスプーンももらっていたので、スープの要領で飲んじゃいました。旨いっ。・・・ただ1つ残念だったのは、この日の私の胃の調子が悪かった事。日本人女性にしてはよく食べる方の私なのにどうもこの日はお腹の調子がイマイチだったので、(このお料理の量が多かった事もあって)最後は胃が苦しくなってしまったのです。美味しいのと話に熱中していたのとでいつの間にか大食い大会のごとく機械的にフォークを口に運んでいたけれど(どこまで食い意地が・・私って・・)結局完食できませんでした。でも、気を取り直して(?)デザート代わりにチーズをオーダー・・・のはずだったのに、出てきたのはこれでした。(一口食べてからの写真でごめんなさい。)ヨ・・ヨーグルトっぽいチーズを使ったデザートーー???ソースは赤い色のフルーツーー??しまった・・間違えた・・・。ヨーグルトやヨーグルトに近いチーズ、それから赤い果物も苦手な私なのに、どうしよう。どうしてこんな事になってしまったのかと、黒板を見て慌てて確認して虚しくも納得しました。なるほど・・・「fromage frais(フレッシュ・チーズ)」って、こういうチーズの事だったのね・・。(ただ単純に、「新鮮な」チーズの事なんだと思ってた。一体何年フランスに住んでるんだって感じだけど。)で、それに「Betterave(よくサラダに入っている、甜菜という名の甘くて紫色の野菜)」で出来たソースがかかっているのか・・。(実は選ぶ時に「甜菜」という単語だけをさっと読んでいたので、まさかいつものサラダ素材が甘いソースになって出てくるとは思ってもいませんでした。えらく適当にメニューを読んでたのね・・。)色々な意味で全くもって私の好みではないデザートをオーダーしてしまったけれど一口も食べない訳にもいかないし、と(たぶん)まゆげを八の字にしながら食べてみると・・・・美味しい。チーズは口当たりが軽くて全然すっぱくなくて、クリームみたい。その上にかかっているクランブルとは相性抜群だし、程よい甘みのソースもいい。私にとってはたぶん約7年ぶりの生チーズを使ったデザートだけど、とっても美味しくいただけました。(上に乗っていたサラダの葉っぱみたいなのだけは、存在意義が理解できなかったけど。飾り?)余談になってしまうけど、このデザートをものすごくゆっくり食べている途中でお腹の苦しさが鎮まってきたのは偶然でしょうか?それとも日本の友人が大昔に言っていた通り、ヨーグルトには消化を助ける機能があるの??ま、そんな余談はおいておいてご飯は美味しいし、友人に選んでもらったワインも良かったし(名前忘れちゃった)、お店は可愛いしサービスは早いしで、話に花を咲かせつついい時間を過ごせました。今のパリでこの味と立地なのに3品を27.5ユーロで食べれるお店って思い当たらないので、今度は主人と来たいと思います。もちろん、予約をしてからね。(上の写真は早めの時間に撮ったので閑散としているけど、ある時間からお店はとても混雑していました。HPにも書いてあるけど、確かに予約しないとダメですね・・。)ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。お店の住所と雰囲気(写真)は、こちらで見てくださいね。今回行った、カルチェ・ラタンにあるお店のページhttp://www.lepreverre.com/ja/resto.htmlそれから、表参道にもこのル・プレ・ヴェールの支店があります。今回一緒に出かけた友人は東京支店にも行った事があってとっても美味しかったそうです。近くにお住まいの方はぜひどうぞ東京店のページhttp://www.lepreverre.com/ja/tokyo.html(ん?ユーロ換算すると、意外にもパリ店よりも安めだ。今はユーロが高いもんね。)あぁ、書いているうちにまた昨夜の豚肉が食べたくなってきちゃったよ・・。
2008.09.11
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パリ日本文化会館で「日本映画史を作った大手映画会社シリーズ2:松竹の歴史」と題された映画特集が始まったので、早速『乾いた花』を観てきました。(写真は、日本文化会館のプログラムです。)映画が始まってほどなく写るのは賭場。この作品によく出てくるのは花札(?)なのだけど、ここではちらっと、マージャンをやっている人達も写ります。その光景には適度な活気があって、「あぁ、『東京暮色』(小津、1957)のマージャンシーンもこのぐらい出来ていれば、さぞ良かったのに・・・」なんて思ってしまった。池辺良って『早春』(小津、1956)ぐらいでしか見た事ないけどそういえばこういう顔だったなぁ。あれから少しだけ顔がごつく、そしてふてぶてしい感じになっていて出所したばかりの男の役が似合っている。いかにも武満徹的な音楽からもいい予感を抱かされながら映画は始まったのだけど・・・ごめんなさい、実は途中で寝ちゃいました。甚だしく寝不足というのもあったのだけど、私はやっぱりどうもこのジャンルの作品が好きではないみたいで・・・。同じく石原慎太郎が原作の『処刑の部屋』(市川崑、1956)も楽しめなかったもんなぁ。太陽族映画とか、和製ヌーベルバーグ映画によくある、ワルイ男が出てくる作品は先が読めてしまいがちな事もあってあまり素直に楽しめません。モノクロはモノクロでも黒を基調にした映像はいかにもカッコよかったし、主人公の夢のシーンの合成なんか、好きかどうかは別として頑張っているなぁと感じていただけに残念です。映画に、共感できる何かがほしいなんて思ってしまうのは幼稚なのかもしれないけど・・・人には好みってものがあるのだから仕方ない。あ、ちなみに『悦楽』(大島渚、1965)でとっても大根でがっかりさせられた加賀まりこはこの中で、ミステリアスで危なっかしい女をきちんと演じてました。(下がり来る上まぶたと下まぶたの隙間から見た感じでは)かなり痩せていて和製べべという感じではなかったけどね。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。
2008.09.10
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割とシードルが好きらしいディノがこの間買ってきたお酒です。ラベルには「厳選したリンゴの果汁をブルターニュのシードルの蒸留酒(?)と組み合わせ、最低14ヶ月間樽の中で発酵させました」と書かれています。早速注いでみると・・シードルと縁があるとは思えないぐらい濃い色をしているなぁぁ・・・。実際の味も、シードルに比べるとかなり強いです。(アルコール分17%だし。)初めて飲んだ時は、リンゴ特有の後味が苦手なもののワイン好きの私にもそれなりに飲みやすい気がしていたけれど、今は開けてから時間が経って味が変わってしまったのか、私が苦手な、シードルにありがちなリンゴの臭みが強くてそんなに好きではありません。ワインや焼酎の様に「何杯か続けて飲みたい」という気になれないのです。でもアペリティフだから、これでいいのかな?「バカ」がつきそうなぐらい赤ワインが好きな私なので(でも本当の意味でおバカなのか、種類が覚えられない)自らワイン以外のお酒を買う事はほとんどないのだけど、世界には、いや、フランスだけでも、本当にまだまだたくさんの種類の飲み物があるんだなといい意味で思い知らされるここ最近です。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。
2008.09.09
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それは・・・EMS(エムス)を使わない事です!!決してEMSが悪い訳じゃないのだけど・・日本の郵便局からEMSを経由して物を送ると、それはフランスでは「クロノポスト(=Chronoposte)」という配送会社に委ねられるんです。これがもう在仏日本人の間で評判が最悪な会社で、私も今まで何人もの人から愚痴を聞いてきました。私自身はと言えば、家族が普段はSAL便を使ってくれるので今までノートラブルだったのですが・・・この間会社から帰ってきたらクロノポストの不在通知が郵便受けに入っていてぞっとしました。私の「急いでね」の言葉に反応した妹がよかれと思って、あえて高めのエムスで送ってくれたに違いない。「EMSはやめてね」と言っておくべきだった・・・しまった!!不在通知を手にするとあの悪評を思い出し、嫌な予感でいっぱいになってくる。実際、今回の荷物をゲットするまでの道のりは面倒でした。だって・・・1結局むこうの不手際で3通の不在通知をもらう事になったけど、そのうち2通は手書きの追跡番号が間違っているし(妹にメールして正しい番号を教えてもらいました・・。配達員よ、見直しってものをしないのかい?)、2最初の2つの不在通知に書かれていたメッセージは前後が矛盾していて意味不明だったし(「明日再配達します」という欄にチェックマークが入っているというのに、その近くの「最寄の郵便局にて保管します」という欄の真下に「9時以降受け取り可」と手で書き込まれている。一体どっちなの??)、3「会社に行っている間にまたうちまで来てもらっても意味がないから連絡を取らないと」と、伝票の裏に書いてある番号に電話しても全然繋がらないし(10回以上かけて、1回だけ通じた。)、4電話に出てくれた人が無能だったのでその翌日にもう一度かけ直そうとしたものの今度は全然通じずネットで別の番号を調べる羽目になったし、5このとき電話に出てくれた人は親切だったけど最後まで受取人と差出人の名前をごっちゃにしていたし・・。ま、いいんです。労力がかかったけど結局は無事に荷物を受け取れたから。他の人が被った災難に比べたらなんでもないし。だけど私には今から数年前、フランスを一時的に離れていた友人の代理で荷物を受け取ろうとあれこれ手を尽くしたのに、なぜか荷物が日本へ勝手に返送されてしまったという苦々しい記憶があったし、以前情報誌で「パソコンが行方不明になったまま戻ってこなかった」という投書を読んだ事があるので、小包を手にするまでは気が気ではありませんでした。クロノポストのひどさを私1人で呟いてみても説得力に欠けるので、OVNIのクロノポストのスレッドをリンクしますね。興味のある方はのぞいてみてください。運良く「クロノポストがまともに機能している地域」に住んでいれば苦労知らずでいられる様だけど、いかに多くの人が困らされてきたかが分かるから・・・。http://www.ilyfunet.com/debat/test/read.php/bbs/1115114711/(最初の方はまだいいけど、途中から被害談の嵐・嵐!!)私は個人的には、年末年始以外は10日前後で着くSAL便をおススメします(追跡ができなかった気がしないでもないので《今までトラブルが無いので、私にはこんな基本的な事もわかりません》、高価なものを送るにはふさわしくないのかもしれませんが。)ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。写真はサン・ラザールとオペラ地区の間で撮りました。いつもこの青空の様な心でいたいけど、こういう出来事があると私は瞬間湯沸かし器みたいになってしまう・・。
2008.09.08
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映画の感想というよりも、ある憂鬱な人間のひとり言日記です。(たまにはいいよね。あ、ネタバレします。)なんだか憂鬱な日曜。別に主人が居ないからじゃない。そんなの慣れたし。最近、何にも熱中していない自分に気づいてしまった。(実は長い間そうなんだけど・・・。)しかもやらなくてはいけない事がたくさん溜まっていて「誰かに会おうかな」とか「映画を観ようかな」と思っても「いや、あれとこれをやらなきゃだから」とつい、1人で家に残ってしまう。時間があっても雑用はいつも後回しにしているのだから、どうせ何も片付けやしないのに・・・。平日は時間が短いながらも会社があったりで忘れているけれど、人に会う心の余裕すらない週末を迎えると急に落ち込んだ。この日こそ色々片付けるべく頑張らないといけないんだと思ったけど「もういい!」と家を飛び出て向かったのは某名画座。気持ちが沈んでいるならいっその事陰鬱な映画を観てやれとばかりに、『ベニスに死す』を選んだ。(以前大学で、あのとんでもないラストシーンを観た事があったので・・・。)映画館はパリでのリバイバル上映の割に混んでいて半分以上の席が埋まっているのにびっくりした。私はうっかり室内用眼鏡で来てしまったのだけど、こういう時に限って字幕の字体が小さくて読みづらい。しかも、文字が常に真っ白なので背景も白い時なんて全くもって読めない。(字幕が出る度に心の中で「そこの色つきの服を着た登場人物よ、どうか手前までやってきて!!」と祈っている状態・・・。)その上、どういう訳か上映中に映画館のスタッフが何度も出入りしたので最後列に居た私の集中力はたびたび途切れ、最初のうちはもう帰ってやろうかとすら思っていた。でも憂鬱な日に陰鬱な映画を観て途中退室したら哀しすぎな週末になりそうだったので我慢して観続ける。最後10分のところでフィルムが途切れて室内に明かりがつき、その隙に私の近くまで移動してきた見知らぬ男はピーピーと音を立てながら鼻呼吸をし続けるという最後の最後まで悲惨な状況の中での鑑賞だったけど、ただでさえ少ない台詞も字幕のせいでよく分からなかったというのに、それでもあっと言う間に終わってしまった映画だった。ダーク・ボガード演じたアッシェンバッハは静養に来たはずのヴェネチアで自分よりも数回り以上若い少年に恋してその地を離れられなくなり、無残な姿で死んでしまう。映画が進むにつれて疫病と恋の病にやられた彼の姿はやつれ出し途中ではカムフラージュのためなのか何なのか化粧までされて滑稽極まりないんだけど、人生の最期になって何かに夢中になれた彼がこの日の私には羨ましく思われた。人間は年取ると赤ん坊に戻ると聞いた事があるけれど、タジオ(ビョルン・アンドレセン)を前に初恋の様にとまどうアッシェンバッハは死を目前に少年に戻っていたのかな。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。数年前にパリのフォーラム・デ・アルで観た柳町光男の『カミュなんて知らない』が結構好きだったんだけど、先に『ベニスに死す』を観ておけば本田博太郎演じる教授と黒木メイサの関係がもっと面白く見られたのに、と映画の途中で何度か悔やみました。本来は反対の方向から観るべきなんだろうけど・・・。
2008.09.07
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同じ音でも、民族によって捉え方が違ってくるものらしい。たとえば「トウキョウ」という単語。私達日本人から見れば(聞けば?)、この中には「ト」「ウ」「キョ」「ウ」の4つの音が入っている。(少なくとも、そういう事になっている。)だからこそ日本語では「ウ」の音まで律儀に表記するのだけど、フランス人(というよりも欧米人?)は「トウキョウ」を「Tokyo」と書く。私達からすれば2つの「ウ」が消えてしまっている様に見えるけど、彼らがそう思うのなら仕方ない・・・。ローマ字は彼らのものなのだから、好きにさせておこう。ところでうちの主人は、この消えた「ウ」の代わりにアクサン・シルコンフレックス(^)を付ける傾向がある。さすがに「Tokyo」にはアクサンを加えずこのままにしているけど、たとえば「キョウコ」という名前を書く時も「Kyoko」の1つ目のO(オー)の上にアクサン・シルコンフレックスを付けるといった具合。どうやら彼には、「(日本語単語の中のある文字に)アクサン・シルコンフレックスが付いていたらその音を伸ばす」という認識があるみたい。(フランス語単語にアクサン・シルコンフレックスが付いていても伸ばす訳じゃないのに、なぜ日本の固有名詞にはこういうルールがあるの??)他のフランス人にもこういう傾向があるのかどうかは知らないけど、少なくとも映画字幕では何度かこういった表記を見た。私たち日本人は「トウキョウ」とか「キョウコ」の「ウ」をあくまで1つの音としてとらえているけれど、彼らはこの「ウ」の部分を「前の音の延長」と考えているみたい。ふーん、面白いね。こんな風に日本人とは音の聞き取り方が違うからだろうか?ディノには、ふだん冗談でよく使うのにどうしても混同してしまう2つの言葉がある。この間も電話が鳴ったので出ると、受話器の向こうから変な外国人の日本語が聞こえてきた。3週間の予定で、今パリを離れているディノだ!!彼が開口一番に言ったのは、「キテクダサァイ」だった。私は仕事も始めたんだし、そっちまで行ける訳ないでしょ!とちらっと思いつつも、ははぁ、また間違えているなとも考える私。そんな私をよそに聞こえてくるのはピチカート・ファイブの音楽。ほら、やっぱり今回も「聞いてください」の代わりに「来てください」って言っちゃったんだね・・。そう、主人はいつまでたってもこの2つの言葉を区別できないのだ。混乱するのは分かるけど、決まって間違った方を言ってしまうのはどうかと思う。たぶんこれは、一生直らないんだろうな・・・。でもありがとう。ドライブ中に私を思い出して電話してくれて嬉しかった。(ふだんは電話もらうのあまり好きじゃないんだけど・・・。これまたごめんね。)実はわたし落ち込み気味だったんだけど、少し元気が出たかな。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。上の写真は、主人が自分の出発時に買ってきてくれたバラ。倹約家夫婦なのでいつもなら1本なんだけど、この時はケンカしたまま別れそうな勢いだったので3本買って来てくれました(^^;
2008.09.06
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(写真を撮るのが飲み切った後になってしまったので、今回はラベルだけ写しておきます。)私の主人はスーパーへ行くのが結構好きみたい。私が「買い物に行かなきゃな~、でも面倒くさい」と思ってうだうだしていると、それを察してなのかそうでないのか「スーパーへ行ってこようか?」と言い出してくれる。しかも彼は健康上の理由からアルコールを控えているというのに私のために、といつもワインを買ってきてくれるで、この間はこのフランス南部オック地方のカベルネ・ソーヴィニョン(Cabernet Sauvignon)のワインを「みにかーのために」と言って買ってきてくれた。私が「ありがとう」と言うと「安いやつだけど・・・悪いねぇ」ともじもじしながら言う彼。私が「ワインなんて安いのでいいのよ!」と答えるのもいつもと同じ。いざグラスに注いでみると、いい香りがする。飲んでみても口当たりがやさしいのにフルーティーな感じで美味しいこれ、いいなぁ。少し飲んだディノも「この間ジャックからオック地方のワインはいいって聞いたけど本当だったね」と、嬉しそう。ただ私は、その後の一言を聞いてちょっとびっくり・・・。だって「2.88ユーロだったんだのに」なんて、言うんだもん。いつもの半額以下だね・・・。私がまだ貧乏学生だった頃、その価格帯のワインを買っているのを見て苦笑いしていたアナタは、一体どこに行ってしまったの??てっきり「愛する妻」のために、買ってきてくれたワインだと思っていたのに・・・。私は贅沢嗜好じゃないし、ワインとかお花とか、消えてしまうものにお金をかけてほしいなんて思ってない。だけど、当時あなたに「そこまで安いワインを買うのはやめたら?」って言われてもう少しだけマシなものを買う様になった私としては、この価格には納得いかないよ・・・!くだらない事で勘ぐったりはしたくないけど、あまりにもいつもと違う事をされると、つい思ってしまう。もしかして、結婚してもうじき2年経つから私への愛情もさめてしまったの???そんな言葉をちょっと漏らすと、ディノは慌て気味に「違うよ、レジに並んでいる最中に急に『あっ、ワイン買ってあげなきゃ!』って思い出したから、ワインコーナーに走って行ってものすごく急いで適当に選んだんだよ」だって。そういう事情なら納得。しかもこのワイン美味しいしなんだかんだ言いつつも、次にスーパーに行った時に私がこのワインを探し求めたのは言うまでもありませんでしたとさ・・。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。
2008.09.05
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今からちょっと前にモンソー公園(Parc de Monceau)へ行ってきました。(間があいてしまったけど、実はこの日記の続きです。)意味もなく乗ってきてしまった車を道端に停めて、みんなで公園まで歩いていきます。(上の写真参照。)実はこのクルセル大通り(Boulevard de Courcelles)の片側は8区、もう片側は17区。公園はかろうじて8区にあります。その8区を体の右側にして歩きつつ左を見上げれば、街路樹の向こうに高級アパルトマンが。この、絵になる様はさすが(8区にくっついている)17区公園の正門をくぐってから振り返るとゴツイ建物が見えます。実はこれの一部は、公衆トイレ。向かって左側に男女共同トイレの入り口があり、その前にはお掃除の人っぽいおばちゃんが巨大なトイレットペーパーのロールを手に、座っています。どうやら、トイレットペーパーが欲しい人は(各個室には備え付けられていないので)おばちゃんにチップをあげて、それと引き換えにペーパーをもらえるみたいです。すごい発想だわ・・。さて、この小さめの公園を歩いていると(確か)モーパッサンの世界をモチーフにしたという像と遭遇!「キッチュだ」と言いつつも、この像を偶然発見できて嬉しそうなディノ。この文学オタクめ!しばらく歩くと、ベンチが並んでいたので座りました。そこから撮った写真がこれです。お天気のいい日曜なので、芝生の上でひなたぼっこしている人がたくさん見えます。ほんと、のどか~。小さいけれど手入れが行き届いていて可愛らしいモンソー公園はこの界隈にふさわしいスポットだと再確認しました。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。
2008.09.04
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1つ前の日記(こちら)に、ディノが以前描いた私の似顔絵をアップしたので、今度はもう1つ(?)を載せてみます。彼は私の事を「ねこ」とか(可愛い動物でうれしい)、「リス」とか(これは可愛すぎじゃん!!)、「あらいぐま」とか(そうかも・・)呼んで来る事がある。その他に「あひる」とか「カエル」とか(なんで??)呼ばれる事も。カエルと呼ばれて嬉しい女性なんていないと思うんだけど、ディノに言わせるとこれら全ての呼び名には「affectueux(愛情がこもっている)」のだとか・・。ま、そんな事はおいておいて1番ひどかったのは、ある日眼鏡のまま寝ぼけまなこでぼーーっとしていた時にディノが言ってきた言葉。だってなにも・・・私を捕まえて「モグラみたい!」なんて言わなくてもいいじゃない。私とモグラの共通点は眼鏡だけでしょう???(誰かそうだと言って!!)納得のいかない私は、もしや「モグラ」の認識が日仏で違うのかもしれないと思った。だって日本人のイメージするモグラが頭にあるなら絶対に愛する妻に「モグラみたいで可愛い」なんて、言わないでしょ?ところが・・・話し合ってみるとディノの「モグラ」のイメージは私達日本人の抱いているものとそう変わらないみたい。納得いかないので、彼の想像する「モグラ」を絵に描いてもらいました。眼鏡をかけている私を見て、彼が連想した「モグラ」の実態とは?本っ当に、思いっきり、普通にモグラです・・・。これが私なのか・・・???それにしてもこの絵結構うまいなと思っていたら、実は元ネタがあるらしい。このCDを思い出しながら描いたんだって。なるほど・・・頭の大きさは全然違うけどガウンを着て穴から顔を突き出している構図は一緒だね。でもそれにしても(しつこい様だけど)これが私なのか・・・。「ヴィーナス」と言われたのは例の絵を描いた時のみだったけど(しかも別に言われた訳ではなく、妙なひらがなで書かれただけ)実はこの「もぐら」はその後もしばらく続いたのでした・・・。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。
2008.09.03
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初公開しちゃいます、これが私です!(by ディノ画伯)探し物をしている時って、どうして要らないものばかりが発見されるんでしょう。以前ディノが描いた私の似顔絵が出てきました。似てないよ・・。(髪の毛のぼさぼさ具合と、顔の側面の広さはうまいけど。)上の方に書かれている「わたしのべにゆす」はディノの字。(幾つか思い出せないひらがながあって、私に質問しながら書いてました。)「ヴィーナス」という意味のフランス語「ヴェニュス(Venus)」を、ひらがなで書いたので訳の分からない事になっています。(ちなみにヴィーナス扱いしてくれたのはこの時が最初で最後。)これは、ある記念日にある日本食レストランでお料理が出てくるのを待っている間にお店がガラガラなのをいい事に悪ふざけしてテーブルに敷かれていた紙に描いたものです。その後ディノはこの上でお刺身を食べたので、お醤油が私の顔まわりにとんでます・・・。ま、この似てなさ具合や間抜けなひらがなとかが面白いから取っておこう。そして実はこの時、私もディノの似顔絵を描いたんだけどこの絵に輪を何重もかけてひどいので、アップはしないでおきますね。(私ってズルイな・・・。)ディノが描いた私の似顔絵はもうひとつ全然違うのがあるんだけど時間がなくなってしまったのでそれもまた今度にします。ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。この絵を描かれた3年前には「全っ然似てない!!」と思っていたけど、今日まじまじと見ていたら初めて「結構似てるところもある??」と思ってしまいました。私が絵に似てきたのかしら?ううんそうじゃなくって、この絵って肉眼で見ると変だけど(歯まで描かれているし)、小さな画像で見ると案外まともに見えるのね。
2008.09.02
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シャンゼリゼにあるPublicis Drugstoreという建物の中の映画館(その名もずばりPublicis Cinema)で『さくらん』を観た後、その同じPublicisの中のカフェみたいなところに初めて寄ってみました。Publicis Drugstoreは(その名の通り)遅くまで開いているドラッグストアや、軽食を買えるお店や、お洒落な書籍の多い本屋さんなどが入っている今風な建物。だからシャンゼリゼ通り沿いのカフェも素敵で、ちょっと凝っています。だって上の写真と、この写真とこの写真を撮るのに、私がトータルで90度しか体を回さずに済んだなんて信じがたいでしょう?それだけ、1つのお店がたくさんの表情を持っているんです。(ちなみにキレイに写せなかったけど、3番目の写真はガラス張りのテラスみたいなところで奥に凱旋門が見えます)この日は映画に来る前に、家でむしゃむしゃと夕食相当の間食をしてしまっていた私たち。ここでは軽くしかつままない事に決め、ビール2つとディノが餃子を、私が野菜の何か(もう忘れてしまった)をオーダー。出てきたのは・・・・うーん・・・。どっちも美味しいんだけど、あえて所帯じみた事を言わせてもらうよ。これでそれぞれ9ユーロ(1400円ぐらい?)するのは高いっ!!私のなんて野菜スティックの足元にソースが付いているだけだし。(メニューには、もっと魅力的に描写されていた気がするんだけど。)でもビールは美味しいし店内が綺麗で、一等地のカフェなんだからいいとしましょう。カウンターの内側に積まれているボトルを眺めつつ(ワインが1番好きな私には関係ないはずの画像なんだけど・・・)次回は、久しぶりにカクテルでもいいかななんて考えてしまいました。お店もお酒も、たまには雰囲気で酔いたいもんねっ!!ランキングに参加しています。投票(をクリック)していただけると、嬉しいです。Publicis Drugstoreのサイトです。http://www.publicisdrugstore.com/Website/site/fra_accueil.htmこのサイトにはこれと同じカフェは出てない気がするんだけど私の探し方が悪いのでしょうか?それとも写真の写りでイメージが違うのかな?
2008.09.01
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