成定 竜一~高速バス新時代~
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最近、ある方から、「欧州におけるユーロラインズや北米大陸におけるグレイハウンドの市場シェアを知らないか?」とご質問をいただいた。それらの国々では高速バスの事業者(厳密にいうとブランドや予約方法)が統一されているため、我が国の高速バス事業が目指す方向性の一つになりうるのではないか、という仮説であった。たしかに、特に前者など欧州36ヶ国をまたいで単一ブランドの下で一元的な予約取扱いがなされており、理想的なネットワークに見える。以前、「バス屋の夢」と表現したものがそこにある気がする。正確なシェアがわかる文献は見つからなかったが、両者の公式サイトによれば年間輸送人員が前者は400万人、後者は1800万人。日本の高速バスの合計値は1.2億人だから、輸送量では圧倒的に日本の方が大きく、シェアにおいても同じだろう。私は日頃より日本の高速バスの成長余地(伸びしろ)の大きさを語るが、一方で現在の規模感は、欧米各国よりは相当大きいはずだとも認識している。なので、単純に「欧米をお手本にする」という状況ではない。ではなぜ、日本において、それほど高速バス事業が成功したのか?唐突だが、日本は「コメ」(稲)文化だ。稲は、例えば麦と比べると、一粒の種籾からの収量が多い。土地生産性が大きいのだ。そのため、狭い土地で多くの人口を養える。日本で稲が育つのは、ひとえに温暖で雨が多い気候のためである。だが世の中よくできたもので、稲を育てるには、麦よりも多くの労働力が必要だ。したがって少し前までの日本社会では、欧州と比べ初婚年齢が低く子供をたくさん産み(多くの子供を養うだけの収穫が期待できた)、その代わり子供達を含む家族が総出で生産に励んだ(子供も労働力としてカウントされた)。近年、江戸時代は(教科書で学んだのとは逆に)意外と庶民が豊かだったという説が定着しているが、たしかに、戦争のないこの200年余の間に日本の人口は大きく増加した。その人口が、明治以降の近代化、戦後の高度経済成長の中で、さらに膨らみつつ重心を農村から都市へ大きく移した。太平洋ベルト地帯のような大人口の地域は欧州や北米にほぼ存在しない。脊梁山脈を背にした狭い可住地に多数の人が肩を寄せ暮らす、というのが日本の姿だ。公共交通を営む上で極めて効率がいい市場といえる。加えて、農村から都市への人口移動と、戦後の中央集権化は、「帰省」に代表されるさまざまな移動ニーズを生んだ。さらに、明治期に鉄道が比較的早く整備された分、新幹線以外の鉄道の線形は悪い。それに対し高速道路が「後出しじゃんけん」で山脈をトンネルでくりぬき直線的に整備されたことは、高速バス事業に有利に働いた。東京や京阪神、福岡といった大都市、地方中核都市と全国津々浦々を結び、網の目のように高速バス路線網が整備されたのは、まず、このような我が国の環境によるところが大きい。日本の高速バス事業と比較するとすれば、だから、同じアジアモンスーン地帯に位置しコメ文化で暮らす韓国や台湾の高速バス事業である。また、バス業界内部では、1980年代半ばに定着した「共同運行制」が果たした役割は大きかった。上記に述べたように元々大きかった日本の人口が、戦後、さらに急増しつつ農業から通勤通学へシフトした。鉄道網整備には時間が必要で、自家用車が普及する前だから、(平場の)路線バスの存在感は大きかった。いわゆる戦時統合の形態を戦後も維持した各地のバス事業者は、多くの事業(とそれを支える利権)を傘下に持つ地元の名士企業となっていた。そのバス事業者が(大都市側事業者と共同運行ながら)自らのフラッグシップ商品として大都市へ高速バスを運行した。地元の人たちにとって、重要な「都会への足」として定着した。しかし、物事にはオモテとウラがある。民間事業者がそれぞれ高速バス事業に参入したことで、プロモーションから現場のオペレーションまで、地域ごと(しいて言えば、大都市側のハブ型事業者単位)で個別に進化した。その結果、海外からの観光客はもちろん、東京や大阪など大都市在住の日本人にさえ高速バスの認知は進まず、かつ、いざ利用しようと思っても極めてわかりづらい乗り物になってしまっている…結果としてほぼ全路線で利用者は地方側在住のリピータの比率が大きく、彼らに特化した商品作りがなされている。だからこそ私は「大都市側に大きな潜在需要」と訴え続けている。と、こんなことを書いたのは、「既存組」の間で、この新しい市場に対するアクションがようやく見られるようになったからだ。まず、その点には大いに感銘している。一方、意識が新規市場に向きすぎて、現有市場における事業の最適化を忘れてもいけないとも思う。現有の顧客基盤において収益性を高め、それを(安全性や車両を含む)サービス改善に投資しさらに固定客を増やすことで「筋肉質の高速バス事業」を作る…それはそれで継続してほしいのだ。その先に、ようやく、そこで得た新しい収益を新しい市場に投下するという挑戦が待つ。いざ新しい挑戦となればそちらの熱にかかるのではよろしくない(そうけしかけている立場で言うのも複雑だけど、何社かのためにいちおう釘を刺しておきたい)。クルマの運転ではよく「視点をカーブの先に」と言われるが、事業の視点を3年後くらいに置いてほしい。3年後は、明らかに現在の延長である。現状と全く異なる事業にはなっていまい。だからこそ、何もチャレンジしなければ今日と同じことを繰り返し何の成長も遂げていないことになる。未来をつかもうとする熱い思いと、本質を見極める冷静な目のバランスが重要だ。あらためて感じることがある。IT化進展や国の制度改正、さらに、旅行形態の個人シフト(FIT化を含む)そして観光立国というこの国の新しい生き様…多くの環境変化が、現有顧客基盤、そして新しく挑戦する市場の両方に大きな成長余地をもたらしてくれる私たちは、本当に恵まれているのかもしれない(今日は、違う結論を書こうと思い画面に向かったのだが、いつの間にか、今いま気になっていることが結論にすり替わっていた気がする…)
2016.07.11
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