1

我が家には、外猫がいる。冬は、発砲スチロールの家に蓄熱毛布。カイロなどをあてがい、保温に務める。・・・今年は極端に冷え込む日がないので、湯たんぽまでの用意をしなくていいので助かる。 極寒の朝は、猫肌より少し暖かくした ちゅーるや湯冷ましを飲ませ、寒い夜はこれまたねこはだ より少し暖かくした缶詰を提供する。なので 夏に比べ、冬は にゃんげる係数が跳ね上がる。彼女らも高齢になってきたので、これまで以上に気を付けてやらなくては・・・。猫も私も・・・我が家の高齢化はどんどん進んでいる。 現在外猫3匹。全員女の子。基本的に増えてもらっては困るので、思春期に避妊施術済。うち、闘病中で 屋内で保護中の子 一匹。 縁のできた子は基本的に食事とねぐらを提供するが、増えてくれては困るので、可哀想だが、本猫らの同意を得ずこちらの都合で避妊もしくは去勢させてもらう。経済的にも環境的にも多すぎる数にならないように・・・。これらの手術は人間の都合以外の何物でもない。そのぶん、今いる子たちは絶対生きてる限りお世話するからね。。。と思うが。。。もし自分がまだ若くて妊娠できる状態なのに「かわいいから、ずっと大切にしてあげるからね。お金も時間も好きに使える生活をさせてあげるから、不妊手術をしてこの家の中だけで暮らしてね」と言われたら、発狂しそうだ。なのでその分自由に出歩くことは制限しない。(ちいこだけは完全室内飼いだったが、それが猫自身にとって本当に幸せだったのかは今もわからない) この女の子たちだけなら、トイレは市販のもの数か所だけでなく庭にホリホリしやすい土の部分もたくさん用意してある。女の子なので、マーキングなどで臭いにおいをふりまかないので、問題はない。 しかし、問題は、よそ通ってくるオス猫。もう子供を作れる子はいないし、フェロモンたっぷりの匂いも出していないはずなのに、いつも誰か彼かオス猫が切れ目なくやってくる。そして、たまに喧嘩して大騒ぎ。しかも、あちこちに「俺様のにおいを嗅げっ」とスプレーしてくる臭さといったら・・・もうキョウレツ。数年前には彼らのせいで、近所にご迷惑をかけ、うちの女の子たちまで犯人扱いされ始めたため、猫よけ道具セットをもって近所のアパート各戸にお配りしたり、まあ大変な時期もあった。 そんなオス猫は現在1匹が一年半くらい前からいついている。ちっともなつかないし触らせてくれないが、人をそんなに怖がらない。一メートルくらいまでなら寄ってくる。だからたぶん、元飼い猫。猫の恋による戦いに負け、縄張りから逃げ出し放浪の果てにたどりついたということのようだ。 が、こやつ、体が異常に大きい。メインクーンあたりが入っているのだろう。家の子たちの倍くらいある。しかも、食欲は3倍。さらに困ったことに、うちの子たちとそりが合わないようで、始終ちょっとした諍いを起している。なので、はっきり言って迷惑。しかし、食べるものもないというのでは可哀想だし。。。第一、女の子たちだけにエサをあげようとすると威嚇して横取りをする。なので結局オス猫にエサをあげないと彼女らに迷惑がかかる。エサはもらうし、寝どこも使う・・・けれど、こちらになんの得もない。なでなでなどで触らせてくれるでもなく、ただ飯ぐらいの居候。いいところといったら、マーキングをしないというか・・・匂いがない。多分手術をしてそういう機能を取ってしまっていのか、なんらかの異常で匂いかぜつかないのか。とにかく、それは、ご近所への迷惑にもなりにくいので、ありがたい。なので積極的に追い出すつもりはない。 まあ、なつかないので可愛くもない・・・ そやつだが。。。ここの2日ほど帰ってこない。オス猫は猫の恋や縄張り争いで遠出をして戻れなくなってしまうことが少なくない。 最後に会った時に、前足を傷めていたようなのが気になる。触らせてくれない子なので、病院にも連れていけないままだった。ひどくなってどこかに隠れているのだろうか・・・、お腹を空かせてつらい思いをしていないだろうか。 うちの子に威嚇するし、可愛げもない。食事代もすごくかかる・・・。 別に好きじゃないけど、もし、他にいいところができてくれたならいいのだけれど・・・と気をもんでいる。 これまでにもオス猫を飼っていたことがあるが、そのほとんどは、出ていったきり帰らないということが多かった。室内飼いなら、失踪の心配もない。喧嘩でケガをする心配もない・・・。でも、猫生、ただ食べて寝て可愛がられて。。。だけでなく、オス猫の野生を発揮して生きるのも幸せか・・・。それで命を落としても本望というところか・・・私ならそうだ。 人の生き方も幸せもそれぞれ、猫の生き方も幸せもそれぞれ。 でも。。。できれば、私の心の平安のために、オス猫よ、元気で戻っておいで。
2020年01月29日
閲覧総数 153
2

今週は火曜日の遠足に、水曜にグルタチオン点滴のための通院(往復時間をいれると2時間かかる)、そして今日は月に一度の診察(来月からのリハビリの治療前のレントゲンや心電図などもあり)と、母にとっては相当ハードな数日であったと思う。 昨日今日とほとんど声が出ず、しかめ面もキツく、顔の中心にぎゅとしわを集中させる感じで、それはそれはつらそうで、見ている方までつらくなる。 認知症ブログを参考に、私の独断で、初めはシンメトレルを朝100変更したもののあまり効果は出ず、夕方からあまりにシオシオになるので、朝50昼50に変更して数日。。。連日のハードスケジュールに妨害され、効果がまったくよく分からない。ただ、私の感覚としては、朝50昼50にしてからの方が、夕方以降の反応が少しましな気がする。なので、しばらくこれを続けて様子を見ることにする。 そこで、診察時に主治医にシンメトレルを朝50夕50から朝50昼50に変えてもらうよう頼んだ。しかし、主治医に頼むと、すぐに対応はしてくれない。たぶん次に薬局から薬が届くときからの変更になる。いつもながら、対応は遅い。診察も面倒くさそうで、ざっと胸の音をきくくらいですぐ「はいはい、もう良いですよ」という。ホントに何がいいのやら。 もっと真剣に治してやりたいという気持ちになってもらえないものか。自分の家族なら、こんなおざなりな診察や治療はしないだろう。 普通の医師ってこんなもの。期待をするから失望する。こんなものだと諦めて、自力でなんとか持ちこたえるしかない。 コウノメソッド実践医が近くにいてくれたなら・・・、巡回診療の制度でも作ってもらえたら母ももっと楽に生きられるだろうのに・・・。もともとグルタチオンの点滴は自由診療なのだから、高くても良いから、治してくれる、よくしてくれるブラックジャックのような先生がいたら良いのに。 はぁぁ・・・ため息交じりの秋の夜。
2015年10月23日
閲覧総数 124
3

お盆の三が日と明けの16日のおやつはこれだネッ 先日紹介した なんちゃって宇治金時 カップかき氷 にお抹茶とゆであずき さらに お供えのお団子をONして 白玉宇治金時~ ひゃあ、お安くてお手軽~ でも 満足感アリ~ お団子は我が家では 白玉粉と上新粉を半々くらいに混ぜてます ゆでたてをのせると氷が解けるし 冷やすと硬くなる なので、朝作ってお供えして 昼にはおさげして おやつに食べる この常温がちょうどいいっ かき氷が スーパーで70円から100円 お抹茶もお安い練習用でいい 10円以下 ゆであずきは はしもとの北海道産小豆のもの 1缶110円から120円でスーパーで手に入る 使うのは1/5程度 だから24円として計算 そこにお団子の材料費は一玉数円くらい? でも いうたら お団子はお供えのお下がりだから ある意味再利用だから経費0換算でもいいくらい 150円もあれば一杯食べられる 最高っ! カロリーも低め 罪悪感も低めっ(笑) 本当は。。。お墓参りのあと 帰りに エビスヤの宇治時雨(フワフワだよ)食べたかったんだけど。。。 お団子を家で食べないといけないから断念 お盆は お家で 宇治金時 これが定番 超ひえひえ 超美味しい 超お手軽 お盆の幸せの一つは 絶対これ のこりのお団子はかき氷のお代わりをするもよし・・・ そのまま 焼いたりして食べてもいいし 冷凍しておいて秋にお汁粉に入れるという手もあり ああ、お団子は母の好物 明日は多めに作ってみたらしにもしよう 曾祖母は黄な粉が好きだった・・・黄な粉がけも・・・ なので、冷凍に回す前にお腹に入ること多し(笑) 母と一緒に食べた日のこと思い出す 父も祖母も きっと曾祖母もご先祖も 母方のご先祖だって だって宗教やら概念なんて人が作ったもの あの世は多分 なんでも善なることはOK お盆の帰省?だっていろんなところにいろんな人が 同時にわんさか帰ってくる 一人で同時多発も可能だ・・・ いろんな方と一緒に今日も美味しく食べる だから お代わりもしちゃう・・・ 新型コロコロナ 緊急事態・・・ でも ま いいや お盆だから 仕方ないっ(笑) 昨日のお墓参りについては 後で書きますぅ
2020年08月14日
閲覧総数 92
4

今日は12日 祖母の月命日 そして お盆前日 朝一番 文字通り朝飯前に 仏壇掃除と仏具の手入れ お盆提灯の組み立て お盆提灯を飾るようになったのは父が亡くなってから 当初はまだ元気だった祖母が組み立てを担当してくれていた が、すぐ 95年ごろ 80歳になった頃から 異常に時間がかかるようになり 「組み立てられないから あんたがして」 と私に回してくるようになった。「組み立ての手順を書いた図があるから 見てやれば?」 と勧めても図解をみても理解ができなくなってきていて 「なんか読んでもようわからんなっとるんや」 といい、何度かは、頭の訓練だと言って一緒に組み立てたが、 98年に寝たきりになってからは完全に私がやっている 25年組み立ててきたんだなあと思う 今は手順書など必要なく、ものの10分もあれば 完成だ。でも いつか自分も歳を取ったら 組立てに時間がかかるようになって 祖母のように心細い気持ちになるのだろうか・・・ 仏壇の掃除は。。。結構細かくてめんどう・・・ 膝が悪く動くのが苦手になってきた祖母でも出来るからと 98年たおれる前の夏まではやってくれていた・・・手が臭くなるからと 薬を使ったおりんなど金属のお磨きは 私や母にさせるというズルをしながらだが・・・「私がおる内は私がお仏壇関係はやる」「私がこの家の家長」 そういう気概と言うか、プライドがあったようだ そういえば、服やシーツなどの洗濯は私たちに頼んでも 下着は必ず入浴時に手洗いしていた 明治女のプライドなのだろう だが、干しに行くのは膝がつらいので 「干しといて」と頼むのだから 別に洗濯も頼めばいいのに、とも思うが 彼女にとっては デリケートな問題なのだろう 逆に あまりにも大胆でガサツな部分もあるのが笑える 書けないようなこと・・・だが 布団の上げ下げや通院時のタクシーの手配、 部屋の掃除やこまごまとした雑用も 食事やおやつのリクエストなどなど なんの遠慮なく言いつける癖に その辺の恥じらいが 乙女っぽくもあって可愛かった そういえば、交通事故で80代前半で入院したとき 祖母が まず一番初めに持って来いと言ったものが 「口紅 と 眉ずみ」だったことにも驚いた 事故でそのまま入院 肋骨等を数本折り絶対安静 夜 化粧を落としてあげようと 化粧落として 暑いタオルで顔をふいて・・・ 化粧水 乳液などを持ち込んだのを見て 「化粧道具は?」 「化粧をしていない顔を人に見せたくないから 口紅と眉ずみだけは 明日必ず持ってきて」 と言ったのだ・・・骨折の痛みや動けない苦しみの中 化粧?理解に苦しむ。。。 病院で化粧はしなくていいと私が言っても 「女のたしなみ」だと譲らなかった 化粧など面倒くさい 肌が汚れるみたいで気持ち悪い できれば したくない というか、しないことが 普通過ぎて 今や化粧の仕方を忘れがちな孫娘。。。 いつも祖母にしかられていたなあ「結婚前なんやから、いつ誰に見初められるかわからんのやから」 いつもそう私に言っていた祖母・・・ 夢見がちな乙女の思考だ~ これまた理解不能~ ごめんね。期待を裏切って・・・ でも、大丈夫。。。。 きっと化粧をしていても見初められたりしなかった(笑) それに、この歳になれば 嫁きそびれも嫁き遅れも嫁く気がないも み~んな一緒 嫁かず後家 嫁がなかったからこそ 今は公私ともに完全フリー 自由なんだから・・・ こう書いてきて気づいた・・・ 父と母には 「お嫁にいきなさい」とか「お嫁に行った方がいい」 と 言われたことが一度もなかった・・・ 兄が関東に就職した時からは 父は「お嫁に行かなくてもいい」「近くで暮らせ」 と言うようにすらなった・・・ 愛だけど 呪縛だったのだなあ~ ま、どちらにしても自分が選んだ道 今 そして これからが幸せなら 結果 オ~ライ 父も 母も 祖母も ご先祖様も 我が家の生き方を守る私の幸せを願っていてくれるはず 今から お花や果物 お供えものの買い出しだ~ あちらの世界の皆様とともに・・・ たくさん食べよう ちょっと贅沢もしよう 明日は朝一で おむかえ団子作らないとね。。。 仏説阿弥陀経のテープもかけて・・・ 忙しいぞ~ 昨夜は曇りがちで 流れ星が見られなかったけど。。。 今夜は見られるかな?
2020年08月12日
閲覧総数 40
5

今日は昨晩の雨も上がり、快晴。昼前に行ったときは、それなりに元気で声も出て、自発的な会話もあったのだが、トイレで苦戦し、大物を出し終えた後は、ぐったりと消耗してしまった。元気だった頃の母は、便秘知らずだったが、パーキンソン症状がはっきりと出始めた2008年頃から母は便秘がちになり、今はマグミット 酸化マグネシウムなしでは定期的な排便が難しいだけでなく、イキむ筋力も落ちているため、自力ではなかなかうまく出ない。 ほとんど毎回、私がトイレの便器後ろにかがみ込み介助手袋をして、肛門周りを刺激してやってなんとか出るのだ。時間にして早くて10分、長くて30分。こちらもヘロヘロに消耗する。介護士さんも忙しいので母似ばかりついていてもらう訳にもいかず、私が施設に行った際に頑張ってもらうというのが定番になっている。 私自身も腰が悪いので不自然な姿勢は答えるのだが、腸に大きな病気をした過去のある母には浣腸は禁忌なのである。しかも、もし便が緩いときに、次の食事の際のマグミットを止めないと今度はすぐ下痢になるという薬剤過敏なお方なので気が許せない。 まあ、それでも、今日は10分でそれなりに良い状態の便が出たので一安心だ。 相変わらず目眩は続いているし、しんどさも続いている。 少しでも楽に快適に過ごしてもらいたいのだが、私の力では、ここまでが限界か?くやしい。せめて、目眩としんどさをとってやれないものか・・・。
2015年10月28日
閲覧総数 62
6

本日は立春。 朝食にお屠蘇飲んで、お雑煮とたつくりと黒豆と数の子食べて・・・我が家恒例、まるで正月のメニューを美味しくいただきました。へへっデザートは張りこんで甘王。10時のおやつに津弥栗でお抹茶、3時のおやつは粋甘粛で。。。 猫たちにもちょっと豪華なカリカリを、そしてお屠蘇代わりにちゅーるを一本づつ。放浪オス猫も帰ってきた。ひどくはないが、顔にけが。。。また負けたらしい。こいつにも一本。とにかく生存が確認できてよかった。 天気も良くて、気分も上々。氏神様へのお参りも完了。滞りなく、めでたいっでは・・・本題はぢ拾遺物語回顧編 第6弾 また 2001年に書いたものです。近所の病院での出来事・・・ まさか?性転換? 背骨が折れたのは、1998年の秋の事であった。 早朝、救急車で近所の病院に運ばれた。まことに痛かった。苦しかった。即、入院と言われた。しかし、その時、私は、仕事の都合で、休むためには、沢山の連絡や段取りをしなくてはイケナイ状況であった。病院からでは 無理だ。そこで、痛みに耐えながら、コルセットもせず、よろよろと松葉杖をついて家に自力で帰ったのである。(後で聞くと、もし、あの時、背骨がずれていたら、今頃、下半身不随になっていたとか・・・知らないって、恐ろしい) で、その日、後から母が、病院で新しく作ってもらった私の診察券を持ってかえってきた。受け取って財布に入れようとして、なんか、変、と言うことに気づいた。・・・よぉく見ると、性別の欄の丸が男性の方に付いているのである。 ワハハハ。爆笑した。 おいおい、「***子」などという、明らかに女名前なのに、ぶはははは。なんじゃコラ? 笑い声が折れた背骨に響き、痛みに悶絶しつつ、私は、笑った。化粧してないと男にみえたのかねぇ。まさかね。コレまでにも何度も行ったことがある病院なのにね。ああ、おかしい。男名前として読むなら「***コ」でなくて、「***シ」って読むのかね。愉快愉快。 他人の害の無い失敗は笑えて、楽しいモノだ。ネタにもなるし。 翌日、病院で、診察券を出しながら、受付の人に「診察券、性別が男になってタンですよね」と言うと、「あら、ホント」と、笑いながら受け取ってくれた。 で、帰りに診察券を受け取って・・・???んん? 私の診察券は、性別の欄の男ところに一度丸をつけてあった上からペケをつけ、女のところに丸が付けられてていたのである。・・・コレくらいのミスで、わざわざ新しい診察券を作り直すのは、無駄。というのは、わかる、よぉくわかるが、なんか、この性別の丸の付け方・・・気になる。まるで、「元は男だったけど、性転換して今は女なのよ」という感じで、なんだかなあ。 仕方ないので、背骨が回復するまで、数ヶ月、その診察券を使っていたが、見るたびに釈然としない複雑な想いが胸を去来したのであった。 ****2020年の私から これは、祖母がトイレで脳梗塞で倒れ、抱きかかえて起こそうとして、私も背骨を骨折。という悲惨な出来事のあとで起きた笑止な事件であります。 私はその頃、将来 祖母母と二人同時の自宅介護になる懸念もあったので、体をシックスパットとまではいかないが、お腹は触ると硬いくらいには鍛えていた。背筋なら、運動をしていない同世代の女性の平均をはるかに超えていたはずだ。 だから、そこそこのとこではびくともしないはず。。。・・・が、起き抜け。。。寒い朝。しかも、床に座り込んでいるような変な体制からの抱き起こし・・・さらに祖母はその頃実60キロを超える肥満。実のところすこし不安はあった。救急車がつくまで手を出さないほうがいいのではとも思った。が、下着を汚しており「男性救急隊員に恥ずかしいところを見られたくない」着替えさせてほしいという祖母の訴えを聞いてやりたいと手を出してしまった。で・うかつにも・・自分も腰椎骨折という惨事にいたった。この局面でも女としての恥じらいを口にした祖母はある意味すごい。はるかに私より女らしい。 さて当時の私の仕事は、自由業で主にご指名をいただいたもので、結婚式やイベントの司会などたくさんの人のかかわる仕事でもあった。なので会社勤めのОLさんのように「今日休みます」と簡単に言えるものではなかった。個人でやっているので、自分自身がすぐに代わりの人を調達し、相手先に事情を話して代わらせてもらうしかない。携帯電話が普及していなかった時代・・・即入院と言われたにもかかわらず這いずるようにして家に帰り電話をかけまくったあの日のことは忘れられない。痛くて、寒くて、つらくて、情けなくて、仕事を頼んでくれた人に申し訳なくて・・・。そして、もうすこしズレれば半身不随の危険もあるといわれた恐怖も。 思えば、あれから・・・私の本格的な介護生活が幕を開けたのだ。 私がようやく普通並みの生活ができるようになったと喜んだのもつかの間。翌年には母が大腿骨を折り入院。ダブル介護突入。 しかし、背骨を折って寝たきりを体験したことは、「介護される側」の気持ちを少しでも身を持って知ることができたのだから、それなりに意味のあることだった。でも、しばらくしたら ほぼ元の生活に戻れた(背骨にズレが残っているので無理はできないが)私と違って、少しづつ悪化していくのが当たり前の高齢者では、またその重さは違うかもしれないとも思うが。 まあ、いずれにしても、今は普通に暮らせ、それなりに幸せに暮らせているのだから、男に見られようと女に見られようと、どうでもいいわいな。ということで。***平成ずれずれ草*** 2001年に出したお笑い格言集 拙著 平成ずれずれ草 増刷しています ご購入希望の方は ご氏名 住所 電話番号 を 明記の上、下記アドレスにメールしてください価格は 一冊 1000円 消費税別 送料は一冊の場合 250円 合計で 1350円 郵貯振込 先払いですご興味のあるかたは是非!zurezurer@yahoo.co.jp
2020年02月04日
閲覧総数 180
7

庭の白木蓮は終わり、今はクリームソーダにクリームを沈めたかようにぶわっと湧き上がる感じでモリモリに雪柳が咲いている。庭全体ももはや雑草たちの天下、一面が緑のじゅうたんだ。 今日は地鎮さんにお参りに。 日中は20度を超える暖かさ、例年ならひと月以上後の気温だ。でも、まだ桜はつぼみ。 この神社は、桜ソメイヨシノがきれいだ。そのあと、一週間くらいすると黄色い御衣黄という桜も咲く。龍満池や空港公園ほどではないが、かくれた花見のスポットだ。 母とも何度も来た。歩くのが心もとなくなってからも、腕を組んで牛歩で歩いたり、老人車(手押し車)をおさせて歩いたり、車いすになっても介護タクシーで初詣でにもきた。 祖母が施設にいたころは、やれ桜の花見だ、新緑だと施設から車いすを押してサンボに来た。花見の季節でも肌寒くて、持ってきた暖かい甘酒を祖母の手に持たせると、太いストローで一気に飲み干して母と私は目をみひらいて驚いた。その頃の祖母は食欲が低下して、施設のものをあまり食べてくれず、家から持ちこむおかずをほそぼそと食べて生きている感じだったから。その後も桜餅を一気に食べ、あったかいお煎茶を飲み干した。 お施設の帰っての昼ごはんは、そのあとすぐだから、食べないだろうと思ったのに、それなりに食べ。今度は「食べ過ぎて調子が悪くなるのでは」と心配した。でも、ご機嫌で元気だった。 お出かけがうれしかったんだろう。気持ちの高揚が食欲を盛り上げたんだと思う。 母もお出かけは好きだったのでできるだけ車いすでも外に出掛けたり帰宅外泊はさせていたが、胃瘻になり、リクライニングの車いすになってからは、私だけでスロープを昇降させることや遠出が難しくなり、外出はしなくなった。施設のお花見や遠足も不測の事態を回避したいので遠慮した。寂しかったと思う。 でも、ありがたいことに、母の施設とその隣の病院の間に中庭があり、そこに見事な枝垂れ桜があった。毎年、見事にさいて、時にはライトアップしてくれていた。母もそれは毎年見ることができた。晩年も、一緒に少しの時間だが、花見を楽しめた。 花見は日本人の 深いところからの記憶に基づく季節の喜びだ。 今年は自粛ムードの中、集会や飲食の持ち込みを禁止するだけでなく、花見自体すらさせない、入園をお断りにするという公園すらある。栗林公園の夜桜のライトアップも楽しみにしていたが、中止になった。寂しいことだ。 若い者には「また来年がある」かもしれないが、高齢者にとって、一年がいかなる重みをもつか、また来年が来る可能性が低い人もいることを忘れないでほしい。若い者だって、いつ何時何があるか分からないこのご時世だ。花を見るだけくらいの幸せは奪わないで欲しいと思う。 話をせず、静かに、ゆくりと桜を眺めるだけでも、春の喜びは味わえる。 私は行くぞっ、お花見。何が何でも、お花見。大勢でなくて、人込みでないなら問題なしだ。 今年はひとりで自転車でまわろう、お弁当とお菓子をもってお花見ツーリングだ。 行きたいときに出かけられる贅沢、お弁当を自分で作れる時間の余裕、、、ありがたいなあ、幸せだなあとも思うが・・・でも、やっぱり、美味しいもの抜きでも母といったお花見の方がいい。だって、一番心に美味しいのは、好きな人の笑顔だもんね。 現実としては戻らなくても 心で一緒に出掛けよう。見送った大好きだった人たちとみんなで一緒にお花見だっ で、春の喜び、美味しい編・ お昼は、ビールに甘エビとワカサギのから揚げ。分葱の酢味噌和え。ぶっかけうどん、しょうが、ねぎ、大根おろしマシマシ。食後の甘味は おはぎ。 おやつは、ちょっと贅沢にハーゲンダッツ。ミニカップのバニラ。抹茶が欲しかったけどきらしてた。 夕飯は、日本酒に天然桜鯛のおさしみ、取れたてのわかめ、大根葉のおけんちゃん、分葱の酢味噌和えにゴマたっぷりかけ、庭でとれたつくしの卵とじ、糖しぼりだいこんの漬物(昔家でつけいてた沢庵にとてもよく似た味で美味しい~)。デザートは庭でとれた甘夏、甘味は干し柿。 今日も父をはじめご先祖さまもお好きそうなものを いっぱいいっぱい食べました。お彼岸だものね。 ひとりでは、食事ものどを通らなくなっていた昨年との違いは、記憶の中の家族と一緒に食べられるようになったこと。ひとりでも一人じゃない。 一人だけど一緒に食べる、一緒に生きる。 そういう実感をもてるようになった私は、強くなったな、幸せを感じて生きるための基礎体力が向上したなと感じる今日この頃。 というわけで、今日も元気にごちそうさま~ BGMは ふくい舞 の 「いくたびの櫻」でどうぞ
2020年03月22日
閲覧総数 472
8

亡くなった人が蝶になって帰ってくる そんな言い伝えがある 実は、私も父が亡くなったあとにそれをみた 母も一緒だった 葬儀が終わった その翌朝だった 庭に見たこともないほど大きな黒いアゲハ蝶が ひらりひらりと舞っていたのだ 私も母も同時に「あっ パパだ」と叫んで 庭に飛び出した その蝶はとてつもなく大きかった 羽一つの大きさが手の平くらいあったのだ 私も母もそんな大きな蝶を見たことがない 「絶対 パパだ」 そして 大きいだけでなく ひらりひらり と優雅に すい~すい~ と気持ち良さげに 庭を一巡し なぜか、網戸になっている裏口から 家の中を覗き込むようにして ヘリコプターのホバリングのように空中停止 1分くらい 名残を惜しむかのように羽ばたき それから 私たちの上を旋回した後 ゆっくりとゆっくりと 西に向かって飛んでいった そして、見ていた私たちは自然と手を合わせていた 父はとても体の大きな人で しかも、鷹揚な感じのする所作の美しい人だった 父の最後は心臓の発作でそばにいたのに 別れの挨拶一つできなかった。。。 そんな 父が蝶になって帰ってきて 自分が設計し(設計士さんや大工さんと相談しながら) 自分の力で建てた(戦争で家を焼かれ文無しになったところから再建) 生涯一番長く住んだ家 そして、後に残していく母と私に 最後のお別れの挨拶に来てくれたのだと 私たち二人は今も信じている 思い出した・・・ そういえば。。父の葬儀の夜に兄一家はお香典の中から「これは自分あてのものだ」といくつかのお香典を抜き取り さっさと帰っていったのだ 「これは当たり前のことだ」と言って・・・ 葬儀のあと 母は普段のようにふるまっているのに 目が泳いでいてとても尋常ではなかった・・・ 叔父(母の弟)が心配してその夜は家に泊まってくれたが、 母は夜 布団に入ってもずっと泣いていたのだ だから その夜は私は自分のベッドでなく 母の隣に布団をしいて 母の手を握って寝た 「私は大丈夫だから」という母の強がりが 痛々しくてせつなくて。。。 しばらくして母の寝息を聞いたとき やっと 私も安心して眠れたのだ そんな朝 あの蝶を見た もしかしたら幻かもしれない でも 二人同時に幻を見るとしたら・・・ それは、幻ではなく 異界の何かかもしれない でもね 友人の幾人かに 同じような体験をした人がいる 各地に亡くなった人が 蝶になって戻ってきたという言い伝えが残っている そして、その蝶は 西 西方浄土に向かうのだ また。。。 ギリシャ語のプシュケは魂と蝶という意味を同時に持つ・・・ プシュケの語源 プシュケーなら愛(アムール キューピッド)と 結ばれた娘の名だし 息を吐くという意味にもつながる 生きることと愛することがひとつであった人が蝶になれるのか 蝶を見ることができるのか・・・ 私はともかく。。。母もその蝶をみたという友人も 蝶になって帰った人も みな 愛を大切に正しく生きていた人ばかりだ そんな蝶を見られるのは、 空気のひだの中の細やかなものを感じ取れるものだけ 心が通じ合うものだけ 今年も庭にはたくさんの蝶が舞っている 父が亡くなって以来 黒いアゲハが多い気がする あれほどの大きさではないが 「パパ」と言って話しかけていた 今は一緒に「かあさん」もいるのだろう 祖母も曾祖母も・・・母方の御祖父ちゃんもお祖母ちゃんも みんないる そして、見送った犬や猫たちも・・・ そろそろ お盆が近づくと ペルセウス座 流星群の季節だ お盆前にたくさんの流れ星がみられるアレだ 母はこれを 「お盆だからみんな帰ってくるの」 「星になって帰ってくる。お盆だからあの世も帰省ラッシュ」 と笑っていた そして、8月10日11日12日13日あたりは 夜晴れていれば 元気なころは二人でベランダで寝ころんだ お風呂あがり夕涼みがてら 流れ星を数えるのだ 茣蓙ごしにベランダに昼の名残のぬくもりを感じながら 緑の多い我が家ならではの涼しい風をうけて 一時間くらい 毎晩星を眺めていた 母もまだお酒が飲めていたころは 母手作りの薄めの梅酒を飲みながら・・・ いつも二人で・・・ 幸せだったなあ・・・ さあ、また今年もお盆がやってくる 仏壇掃除、盆提灯 お供え お団子づくり 墓参り 送り火 やることはいっぱいだ みんな 今年も帰ってきてね まってるよ~
2020年08月09日
閲覧総数 1876
9
![]()
あ゛~づい゛~ 朝からあ゛~づい゛~ 愛用していた 昨年購入した ジェルいり保冷スカーフ ここのところ暑くて一日中 首に巻いていたら・・・ 昨夜 ジェルがとけだして出てきた・・・ のみならず。。。肌の弱い私は即 赤い湿疹に。。。ひいぃぃぃ でも、軽症で気づいたので すぐやめて 桃の葉エキスをぬる【決算特価】オリヂナル 薬用 桃の葉ローション 180ml 医薬部外品 無香料、無着色 ( 桃の葉エキス 化粧水 ) ( 4901180019409 ) ※お一人様最大3点まで タイプは違うが 母のあせも対策などに活躍してくれた あと、EM石鹸で洗うのもいい・・・これも洗うだけでよく効いた もう手元にはないので ローションだけだが 今朝はずいぶん落ち着いた よかった。 酷暑の中だが この調子では ポリマー入りの強力な保冷ジェルスカーフは使えない・・・ ベルオアシスという ツンドラ倶楽部 冷感バンドEX B ブルー 【TO-PLAN 暑さ対策/ベルオアシス】 補水繊維をつかったものに切り替えるしかない・・・ ちょっと 不安・・・なので これまで以上に 命を守る行動をする ありていに言えば・・・ 家事などの手抜きをして ダラダラ過ごす 免罪符だ ふっふっふ さて、本題 今日は 新型コロコロナ対策 の 夏のおやつのイロイロ 昨年の夏は・・・激ヤセの影響が残っていたので・・・ 食べたいものはいくらでも。。。が通用していた アイス 氷 一日に2.3個も許された・・・ というか。。。食べ放題だった・・・ 子供の頃にあこがれた アイス氷 食べ放題 アイスへの愛 燃え盛る夏であった。。。 が、今は違う。。。 この春からの新型コロコロナが 新しい 体格として定着し始めている・・・ヤバイ「夏ぶとり~はじめました~」♪ (泣) なので、アイス氷はいずれか一日に一個のみを死守 他のおやつで ごまかしごまかし 夏を乗り切る所存・・・ その 秘密兵器の品々を一部 ご紹介する★ 今 買いそろえたもの おやつおつまみ関係乾物 カロリーが低くて手軽で カミカミすることで満腹中枢を刺激してくれそうなもの かみかみ昆布 酢昆布 ドライフルーツ ナッツなど ナッツ以外はカロリーが低い ので安心 でも、昆布は長期の取りすぎ注意 これもヨードが多いからね~ ★ 先日の真夏のおやつとしても紹介した 八十場のところてん 創業二百年 昔からの伝来の手法で 霊水といわれる天然水と天草だけで作られる 香川の名物 これも カロリーゼロ 食物繊維やミネラル豊富でお勧め とっても体が冷えるだけでなくその効果が持続 しかも食前に食べれば ダイエット効果も大 お酢も取るから抗酸化効果もあるようだ これ、現地でも食べられる 霊験あらたかな湧き水の横で・・・ ところてんを突き器に入れて くっと押して ぬるん と出てくるあの感じも楽しい 私が幼いころ 我が家では家でところてんをたべたことがなかった 私が生まれて初めてところてんを食べたのは 高校1年か2年か・・・ 父が夏のドライブと称して 車でこの清水屋に連れていってくれたのだった 当時は 湧き水で冷やした自然の冷たさ 酢醤油とからしがさっぱりと美味しかったが 祖母だけは「こんなのところてんじゃない」と言い張った 祖母にとっては 子供の頃に食べた 黒蜜と黄な粉をかけた 甘いソレが本物なのだ お店の人に「黒蜜はないの?」ときき、 ないことが分かると ちょっとすねてしまった 父と母が「普通は酢醤油だから」と言ってもきかない なので、家で食べる時には 祖母用だけは黒蜜ときなこ・・・なのだった 甘いところてんを味見をさせてもらったことがある 確かに それも美味しい でも 私の中では やはりからし酢醤油が 本物のところてん ちなみ25年くらい前に取材で行ったときには 酢醤油 からし だけでなく 黒蜜も常備されていた 誰にとっても 思い出のあの味が一番で本物なのかもしれない・・・ 「うちはコレ」にこだわらず 黒蜜派の人を否定しない清水屋さんの優しさがうれしい★寄せ豆腐 もちろん玉川食品 絹よりひときわソフトなめらかな とろっとろ スプーンでいただくタイプ おいしい。ひんやり~ だし醤油でなくて麺つゆでお汁ものの代わり また豆腐を麺だいうことにして・・・主食代わりにも 薬味も生姜に限らず 山葵でもいける おやつじゃないけど 小腹にはいい。 豆腐にジャムや蜂蜜をかけてデザートにする猛者もいるが・・・ ちょっと私はそれは敬遠 水分塩分の同時補給 しかも カロリーゼロにちかい そしてこれも 食前に食べれば、食事の総カロリーが減らせて ダイエット効果も期待できるっ 嚥下に障害のある高齢者や 赤ちゃんでも食べられる もちろん歯が痛い人も安心 なので、新型コロコロナ対策だけでなく 食欲が落ちたときの対策にも使える★ 生野菜の酢漬け 蜂蜜いりのお酢 ショウガ酢などを少し薄めたものに 生の野菜を漬け込む キュウリ セロリ 人参 大根 イロイロイケル 市販の 万能酢?みたいなのでもいいと思う ほぼノンカロリー 食物繊維とビタミン補給に しかも、お酢で抗酸化 しばらくもつので 常備野菜としておかずにもおつまみにも小腹対策にも 夏には ヒエヒエのステッィクが体も冷やしてくれる★ キヌアクッキー 2016年の美食女子グランプリ受賞 どうしてもクッキーやビスケットなどが食べたいときは・・・ 食物繊維たっぷりミネラルたっぷりの注目の穀物キヌア使用 キヌアは近年注目されているスーパーフードのひとつ グルテンフリーなので小麦アレルギーの人も食べられる 添加物やショートニングやマーガリンなどは使われず 米粉 バター 卵 大豆 など 材料も厳選されている ちょっと 粉っぽい感じはするのだが・・・ 大豆のつぶつぶが 香ばしい なんとも素朴で美味しい あきないので 何度でも食べたい感じ 小粒で食べやすい やめられない止まらない 癖になる系だ 美味しすぎて止まらないのが問題 ただし、食物繊維も多いし。。。大豆入ってるし。。。 とイソフラボンも取れるかすら美容にいいしと 言い訳も可能(笑)選べるメッセージ!グルテンフリーキヌアクッキー★プレーン チョコ ほうじ茶 糖質低減 低糖質 ロカボ 米粉 大豆粉 ヘルシー お菓子 焼菓子 プチギフト 職場 会社 上司 退職 お礼 ブライダル 結婚式 引き出物 のし 誕生日 おめでとう ありがとう 400円 500円 製造元は以前はお味噌屋さんだったが 今は専門部門で会社化されている模様 また前は アマランスクッキーもあって レーズンだかプルーンだかの入ったドライフルーツ入りの 短冊状のものが売られていた 割高だったけど。。超絶美味しかった。。。 大好き 一押しだったが・・・ 今は製造元のサイトにも見当たらない・・・製造停止? そこは残念★こんにゃくきんぴら これは通年だが・・・短冊に切ったこんにゃくを炒り炒りして 甘醤油、鷹の爪で味付けしたもの おかずにもいいし、お酒のあてにも もちろん こんにゃくなのでほぼカロリーゼロ 食物繊維は豊富だし、腸の掃除もしてくれる カミカミするので満腹中枢も刺激するし あごのシェイプアップにもいい 問題は・・・農家の方の手作りこんにゃく これが美味しすぎて たちまち食べきってしまうこと ピリ辛ともちもち ぷりぷりがたまりませんっ まあ、でも、美味しいはしあわせ いくら幸せでも 欲張ってはダメ ほどほどに 美味しく。。。。 ああ 理論はわかるけど・・・ かき氷。。。おかわり ・・・したいよね~(笑) 夜も小さいアイスひとつくらいはデザート食べたいよね~ ちょっとだけ ちょっとだけでいいんだよね~ 幸せ実感は大事だよね~ 摂取 消費ともに 総カロリーを計算しなおして も 一回 考えてみよう~ 食欲に理性が押し切られる予感・・・大(笑) BGM は 打首獄門同好会の「なつのうた」をどうぞ~ 追記 諸事情でポリマー入りのジェルスカーフが使えず、 今日の猛暑に戦々恐々としていたが・・・ 今日は昼から曇り 午後2時くらいからは 何度も雨 先ほどは本格的な雨 今はあがって 涼しい~ 今午後5時 気温は30度を切っている しかも風がある ありがたい~ さあ、お盆準備 明日が山場だっ がんばっぞっ
2020年08月11日
閲覧総数 63
10

お盆のお花とお供え準備 完了 果物たっぷり と お菓子 お花(お墓参り用もあるのでこれも大量) 白玉粉の追加 ゆであずき追加 と お供えに香川の味 醤油豆も 醤油豆は讃岐の伝統おかず 炒ったソラマメを甘醤油につけてふっくらしたのを食べる 我が家では つけるだけでなく 少し炊いて柔らかくして食べる 以前は自分で作っていたが、母が施設に入ってからは 買うようになってしまった 作り方は覚えている ほうろくで 干したソラマメを炒り炒りするところから始まる 醤油と砂糖の入ったつけ汁をつくり鷹の爪の輪切りを少々 そこに熱々の炒り豆を投入 しばらく置くと汁がしみこみ 豆がしっとりする よそはここで 出来上がりだが 我が家は その後 すこしだけ火にかける 豆にに芯が残り ゴシゴシした歯ごたえだったりするのが嫌だからだ 少し炊くと中まで柔らかく歯の悪いお年寄りにも食べやすくなる ただし、炊きすぎると豆が煮崩れるし ととけてしまう 絶妙なところで火を止めるのがポイント 祖母と曾祖母が大好きだったので 母は良く作っていた 懐かしい味だ・・・ 市販のもので 我が家の味に一番近いと思うのは 黒川食品の醤油豆 最近は黒豆タイプやピーナツタイプがあるが 私はやはり 昔ながらのソラマメが好き 12日は祖母の月命日でもある なので、きょうの お昼は祖母の喜びそうなメニュー 「おまわりの載ったパン」にする 警官が乗っかっているわけではない 「おまわり」と言うのは副食 宮中で使われる女房言葉で おかずという意味だ なので ふつうに言えば おかずの載ったパン 祖母はサンドイッチはサンドイッチと言うのに・・・ なぜか ピザトーストやオープンサンド ホットドッグ ホットサンドなどのことは 「おまわりの載ったパン」と総称して呼んでいた 母は父のいない平日のお昼は大体パン しかも食パンで簡単なハムサラダと紅茶 果物程度で済ませていた 一緒に暮らしていた祖母も一緒にそれを食べていた 朝 おやつ 夜は手を抜かず日々頑張って手作りしていたから その分 お昼が手薄になったのだとも思う (真夏でも夕飯の手抜きはなかったし、、、 学校が休みの時はいろいろお昼もちゃんとしたものを 手作りしてくれていた・・・頭が下がる) 私がOL時代はそれが続いていたようだが自由業になり 母が入退院を繰り返すようになったことから 私が平日もお昼ごはんを作ることが多くなって お昼のその伝統は変化した 平日の昼は基本 パンは抑えつつ バラエティーを増やしていった 祖母は 新しもの好き 美味しいもの好き なので とても喜んだ とくに好きなのが ピザトースト と 卵のペーストをのせたオープンタイプのホットサンド「これ、好いとる~」と 食が細くなってもふつうに一人前食べてくれた 母も食が細くなってきていたし、 持病があるので食事の配慮や栄養の計算が必要だった だから、お昼もできるだけ手を抜かず、 バランスよく栄養を取らせるように気を付けていた その辺のこともわかってくれていたようで 祖母は デイサービス先で 「うちは若いもんが一緒に住んどるから 栄養もちゃんと考えてしてくれとる うちのご飯は いつも美味しいんや」 と自慢していたと聞いて、とても嬉しかった そういえば、祖母はお友達を家に招くのが好きで そんなときには 必ず母に料理をふるまわせた アレコレ メニューに注文をつけて・・・ で 友人たちに美味しいと褒められると 「この子 料理だけはうまいんや 私がしつけたから」 と母を自慢していた。間接的に自分の自慢(笑) 料理だけって。。。失礼な(笑) でも 身内だから 謙遜のつもりだろう 「この子はもうずっと一緒に暮らしとるから実の娘みたいなもんや 何を言うてもいいんや」とも言っていた 母に対する祖母の我儘は私からみても度が過ぎていた 祖母方の親族が見ても驚くほどのすごさだったというが・・・ 今思えば。。。姑の「嫁は私に尽くせ」という考えだけでなく 母に対する甘えでもあったのだと思う 父が生きていたときも何かあれば一番に助けを求めるのは母にだった ・・・やっぱり ちょっと可愛い あんな仕打ちを受けても祖母に尽くす母は甘すぎるんじゃないか? 私はあんな風にはなりたくない・・・ と思ったこともあるけれど 母は祖母のそんな甘えを感じていたから許していたのかもしれないな お母さん よくがんばったなあ~ そして その忍耐の底にあるのは父への愛・・・ 死ぬまで どころか死んでも変わらなかった いかんいかん 話がそれてしまったが・・・ ここから本題 なんちゃってカレーパン 今日のお昼ごはんの話 今日は昨夜 マツコの部屋でカレー特集を見て食べたくなった カレーパン 揚げているから カロリーが容赦なく高い 美味しいけど 食べる時に罪悪感が・・・ なので今回手作りする カロリー重視で揚げない ヘルシーな奴を作ってみる しかも超簡単なヤツ 母が中学高校時代に ハムとキャベツ人参玉ねぎを千切りにしてカレーで炒めて 食パンに挟んでくれた なんちゃってホットドッグ あんな感じで・・・新作アレンジに挑戦 冷凍の味付けミンチ(先日紹介したミンチと人参玉ねぎを炒めたもの) をフライパンに入れて火にかけ カレー粉とチャツネとケチャップを少々 ジャガイモフレークにミルクをいれてふやかしたものを加えて ネリネリ 粒コショウを+ イギリスパンをトーストしてその具を挟むだけ 今回はブロッコリーの茎が残ったので それをゆでたものももったいないから刻んで入れた なかなかのいいお味 サクサクでヘルシーでいいっ 美味しい~ マッシュポテトがいい感じで調和させてくれてる~ もっと具が多くてもいいかも~ カレーパン好きだけど。。。揚げてるから カロリーが超過するなあと思って。。。 食べる時に後ろめたい気持ちだったんだけど・・・ この なんちゃってカレーサンド ならいい感じ~ もう一個食べても 本物のカレーパンひとつのカロリー ふっふっふ 新しい好物の誕生だ~ 祖母にも カレー好きの父にも ホットサンド好きの母にも 食べさせたかったな~ 私が食べれば一緒に食べたことと同じ 美味しく食べれば みんな一緒 おいしい記憶がこうしてまた一つ増えた また作ろっと 今日もおいしくごちそうさまっ 酷暑でも 新型コロナ禍の最中でも 美味しいは しあわせっ 追記 なんちゃってカレーパン 美味しすぎっ お代わりをしてしまったので 夕飯を軽めに・・・ 観音寺 福弥の たこ天 エリンギしし唐炒め ナス炊いたん と 食前に 寄せどうふをトゥルトゥッとそして シメはおそうめん 頂き物の小豆島そうめん はるゆたか 北海道産小麦ハルユタカ のみ使用の高級品らしい はじめて食べたけど 島の光よりやや細い でもコシがあって美味しかった~ 極細は敬遠していた私だが・・・ 酷暑の日は 極細もイイネ島善 小豆島 素麺 はるゆたか 彩仕立て そうめん 贈り物 産地直送 送料無料 26束讃岐 しょうゆ豆 味くらべ 3種セット(そら豆 ピーナッツ 黒豆 )醤油豆 空豆 南京豆 ぴーちゃん豆 落花生 黒大豆 香川県 土産 黒川食品
2020年08月12日
閲覧総数 79
11

さきほど 紹介した新玉ねぎのシャキシャキあえ血液サラサラ効果も高いし、さらさなくてスライスしてそのまま食べられるしもちろん 美味しいから 超おすすめ 母から教わった簡単料理 新玉ねぎをスライスして器に盛り その上から オカカをかけて スダチ 橙などの柑橘をひと絞り だし醤油をたらす それだけ もちろん ポン酢でもだしぽんでもOK 水にさらさないから、 抗菌や血液サラサラ成分の辛み成分 アリシンをしっかり食べられる 飾りに カイワレを散らすと見栄えもいい感じ もちろん たっぷりカイワレを入れれば ビタミンCもタップリに・・・ 新玉ねぎはそのままでも 辛くないからね すぐ作れるし、おかずにもお酒のあてにもいい感じ 新玉ネギの出るこの季節限定の美味しさ 超簡単 超時短 是非 ご賞味あれ~
2021年03月16日
閲覧総数 66
12

先月取ったけれど アップできなかった 季節の花々たちです そして オマケ 熟れきったゴーヤ 味は甘ったるくなって 種は真っ赤になる香川の稲穂は これから 収穫期 猛暑の影響が心配です 豊作だと いいな・・・
2025年10月03日
閲覧総数 450
13

本格的に春 花盛りである庭の水仙も 三品種目 しんがりに咲くタイプが満開花びらが コロッとしていてかわいい たった一本だけど ムスカリも健在 花ニラも可憐ツクシも顔を出し始めた 食べごろまでにはもう少し この冬はミツバが元気でずっと枯れずに 生息していた いつもなら 枯れて見えなくなるのに、、、温かかったってことかな そんな ミツバも 春を迎えて ぐんぐん成長中 親子丼にしようかな? お茶碗蒸しもいいし 鯛の潮汁もいい自宅で収穫する 春の味覚 最高💓 近所のため池の土手にも 水仙満開・・・コレって 交雑・・・なんか凄いのも チラホラモリッモリ獅子頭みたいになっちゃって・・・重そうで 気の毒桜 ソメイヨシノは まだ 三分咲き位?サクランボが実る品種は 満開 ピンクが濃い一面の菜の花も 見応えあり買い物の往き帰りに見る 植え込みや 庭先の花もかわいい ミモザも 花盛り ぶわ~っと 咲くのがいいねミモザサラダ 炒り卵かけの三色丼 食べたくなった(笑)我が家も その周辺も 花にあふれている花は春が来て咲く・・・でも年々 その暦がはやくなって来ていてえっ? こんな時期にもう咲くの?と驚くことが多くなった・・・いや 「昔とは違うよね」花の季節は子供の頃より一週間は確実にはやまっていると思ってはいたが・・・今日の最高気温。。。驚きというより 恐怖・・・・ 高松の最高気温が25度 高松空港では28度越え 我が家は空港に近いから きっと27度くらいにはなっていたはず まだ三月なのに・・・ 世界情勢も限界 沸騰に近づいている感じで不気味・・・ 三月三十一日の高松の平均最高気温は 16.6度らしいから 10度以上高かったってこと・・・・これは五月末から6月初めの気温 この調子では 今年の夏は 連休前から始まりそうな気配 私の子供の頃は春休みの三月末なら雪が降ることも珍しくなくて 入学式に桜満開が定番 でも 今は入学式は すでに葉桜が普通 大学の入学式の前々日 高松から京都に向かう新幹線が雪で遅れて 冷たい雨の中 一人で濡れながら下宿に向かったこと・・・ 入学手続きの時も寒くて トレンチコートを羽織っていた 入学式のあと 円山公園にお花見に行ったけど 夜は花冷えで ジャケットの上からコートを羽織っても寒かった 社会人になってからは このの時期にだけ着る 薄手でサテンのおしゃれな お気に入りのスプリングコートもあった・・・そう言えば。。。もう ずっと着てない・・・着る機会が無い 母が沢山 編んでくれた 可愛い機械編みの サマーセーター 半袖や七分袖も 出番が無いままに もう デザインが若すぎて似合わなくなった 哀しい 。。。。でも 捨てられない・・・ そんな 若いあの日が懐かしい・・・でも もう戻れない世界情勢も限界 沸騰に近づいている感じで不気味・・・ もう もろもろ変わって終わって・・・どこに行き着くんだろうね
2026年03月31日
閲覧総数 148
14
![]()
5年ほど前に描いたものです。読みにくいかと思いますが、一ページづつ拡大してお読みください。明日の後編に続く・・・
2015年10月04日
閲覧総数 649
15

母は元気なころ、毎年宝くじを買っていた。 「当たらなくてもいい。夢を見るのが楽しい」と。 私も時どき買っていたが、阪神大震災以降は、毎年、年数回、必ず買うようになった。 当たってほしいのももちろんだが。。。募金だと思って。 大きな災害のあとは、報道が毎日のようになされて「大変だ、今すぐなんとかしなくては」「自分にできることはないか」と募金や支援も増えるだろうけれど。。。時がたつと忘れがち。自分の生活が中心で、まだ支援が必要な人がたくさんいることすら忘れてしまう。テレビなどで見たら、「ああ、大変だなあ」とは思うものの、もう終わったもののように感じてしまう。さらに結構自分の生活自体も大変だったりすると、それどころではなくなってしまう。 で、コンスタントに手軽に寄付できる方法、づっと続けたくなる方法、しかももしかしたら、ラッキーな出来事もあるかも。という、一石二鳥な方法として、宝くじを買うことにしたのだ。年数回、ジャンボなど大きいものだけ。 本来は寄付なのだと思うと、当たらなくても残念な気はしないし、もちろん当たる可能性はあるから、「もしお金が当たったら」夢も描ける。末賞しか当たらなくても、それをまたくじにしてもう一度チャンスも楽しめる。大金の寄付ができる経済状態ではないし、現地でボランティアできるだけの時間も体力もない。でも、少しは役に立てているかな、忘れずに何かできてよかったという、自分に対する「いいね」感も高まる。なのでお勧めだ。 それを母に話すと、「その考え方いいね」と自分もそうすると言い出し、また半分寄付した後、その半分は貴方に上げると笑っていた。もちろん、こちらも当たったことはなく、母の場合は末賞300円を数枚ためて年末に換金し、豪遊といって、高級アイスやらを買ってくれ一緒に食べていた。 その元気だった母は、次第に体調を崩すことが多くなり、介護が必要になり、2011年東日本の大震災のころには、私も介護に振り回されるようになっていた。申し訳ないが、自分自身も思いがけない大変な状況になってしまい、心の余裕はなかった。でも、宝くじは欠かさず買った。私の決まり事として、10枚づつだけれど、必ず買った。どんなに大変でも、家があって、食べられて、寝られて、母が生きていてくれることへの感謝の気持ちをこめて。 今年も恒例の年末ジャンボを買った。今年は母の分もといつもの二倍、といってもたったの20枚だが。大賞が当たったら、まず、自分に今後必要な額だけ取り置いたら、残りは寄付する。人間も大事だが、物言えぬ犬猫を助けてくれている団体に。もし10億なんて当たっても使う方法が分からないし、無駄遣いはきらいだ。 でも、いろいろな意味でいろいろな面で、これまでただ働してきた分くらいは、宝くじ、当たってくれないかなあ。そんなに大金でなく、ほとほど高額があったてくれれば、半分寄付で、半分をぱぁっと使ってしまうのもいいなあ。。 とこんな、ふわふわしたことを考えられることに感謝。今年も元気で宝くじが買えたことに感謝。
2019年12月13日
閲覧総数 81
16

ここのところ 天気予報の暑さのピークが後ろへ後ろへとずれこんで・・・あ゛づい9月一杯 暑いと聞いて、脳の中で汗が 吹き出る感じ あ゛づい゛の無限ループ状態 秋はいつ来るの? 朝方のセミの声は静かになって 夜は微かに虫の声が響き始めている 秋の気配は感じられる・・・ でも あ゛づい゛~ せめて 夕立の一つでも降ってほしいのに。。。それもない 雨の予報も先週末。。。空振り 7月8月ひとつも台風が来ていない こんなの・ かすりもしない夏なんて初めてだ・・・気持ち悪い 早くまとまった雨 降ってほしいなあ。。。 夕立と聞くと思い出す出来事・・・ 愛のすれ違いの話。。。「君の名は」などのメロドラマの話ではない私と母の思いのすれちがいの話である まずは状況の説明から。。。私は家からすぐのところにあるスポーツクラブに入っている当初 時間にゆとりがあったころはプールで泳いだりルームアスレチックでトレーニングしたりできていた1999年に母が大腿骨を骨折して足が上がりにくくバランスを崩しやすくなってからは母の入浴の介助をしていた。 その頃はまだ 浴槽に大きな段差があったので 浴槽の出入りの時に手をかしていたのだ。 出る時はともかく 入るときは私が入って支える方が 安心なので 結局 私も服を脱いで浴槽に入ていた 2002年ごろからは心臓の発作も多くなったので 目離しならなくなり お風呂上りも体を拭いた後 布団に入ってくれるまで気が抜けなくなった 2004年に両手を骨折してからは、タオルもうまく絞れなくなって。。。ドライヤーを上げているのもつらいと言いだして。。本格的な入浴介助も必要になった。・・・その後少し良くなったのに2006年くらいからは体や頭を洗うのすらしんどいと言いだした母の入浴介助のあと もう一度自分のために入浴するのも面倒で・・・自分は昼間、20分ほどスポーツクラブに行って ささっと入浴しておくというのが定番になっていた要するに外風呂的使用 そんなころの話。。。。2007年ごろだったと思う夏 暑い日の昼間 急に夕立が激しく降り出した私はジムでお風呂から上がったもののあまりに激しい雨だけど夕立だから じき止むだろうとスポーツクラブの玄関で雨が上がるのを待っていたそんな土砂降りの雨の中さした傘を右に左にふらりふらりと揺らしながらこちらに 歩いてくる人がいた こんな雨の中。誰だろう?私は目が悪い目を凝らしてみた母だった・・・ 傘をもって こちらに向かって歩いてきたのだ普通に歩いていてもバランスが悪くなっていたのに傘を差し 手にもうひとつ持っているものだから 一段とヨロヨロと危なげに・・・その人が母だと分かった瞬間、ぎょっとした。心臓が止まりそうになった。私は雨の中に飛び出した。「何やってんの!」私は大声でどなりつけた「家で寝ててって言ったでしょ?」「雨降ってきたから、、、傘持ってきた」 母はちょっと微笑んで私に持ってきた傘を差しだした。 そうでなくてもふらつきやすく転倒しやすくなっていた母なのに彼女は片手に傘をさし、もう一方の手には私のための傘を持っていたのだ。普通に手ぶらで歩いていても危険なのに!私は家に急いで連れ帰りながら言った「転んだらどうするの? 家から出ないでっていったのに」「でも。。。」「でも じゃない。こんなに濡れて何やってんの?」私の怒りは沸点に達していた。いらんことしてくれて・・・いつもいつもこうだ 私は頭に来ていた。 母はその頃 夏になると体調を崩しやすくなっていて歩くことはできたけれどふらつきがひどく 外出は通院以外は 自粛 どうしても必要な時は私が付き添うが あの日は ふらつきが特にひどく 寝たり起きたりの日々だった 「お風呂行ってくるから、すぐ帰るからね 気をつけてね」そう言って 出てきたのだ。家の中でも転倒しやすいので トイレに行くだけでも 十分な注意が必要だから 気を付けてと・・・ そんな フラフラの母が雨の中 家から出てくるなんてっ! これまでも 何度も止めているのに 勝手に ふらっと家の外に出ては玄関先や庭先で転倒しているのだ 何かあったらどうするのだ? 大腿骨は人工骨頭だ、これが破損したら・・・骨粗鬆症で何度も圧迫骨折している背骨だって怖い・・・本当に 何かあってからでは遅いのだ。。。 そして 転倒して動けなくなるたびに痛い痛いという母を世話をするのは私 これまで何度繰り返したか?これ以上 私の時間を 人生を侵食しないで恐怖が怒りに変わっていた腹は立つけれど、怒らないように母を傷つけないようにふるまってきたつもりだが、もう限界だ 家に帰り着いてから私は 母をきつく叱った母の目に涙が浮かんでいた「**ちゃんが 雨にぬれたらいけないと思って。。。ごめんなさい」 はっ とした母は自分勝手で家から出たわけではないのだ私のために・・・ 体調の悪さを押して・・・ふらふらして危ないことは分かっていても出かけてはいけないと分かっていても「傘をもっていってあげたい」という思いがまさってしまったのだ。「かあさん ゴメン。きつく言いすぎた」「ううん、私が悪い。困らせることばっかりして・・・」そのあと、二人でごめんを繰り返して泣いた。 それから、私はスポーツクラブに通うバッグに 折り畳み傘をいれておくようになった 「傘は持っているから、雨がふってもお迎えはいらない」 雨の降りそうな出がけには 折り畳み傘を見せながら 母と一緒にこの言葉を唱じて笑い合うことが習慣になった 母の愛 娘の愛を 確かめながら 外出をしない約束を交わす 今もバッグには折り畳み傘がいつも入っている でも もう 夕立が降っても迎えに来てくれる母はいない・・・ あの時 体調不良を押して 私に傘を持ってきてくれた母に 「ありがとう」を素直に言えなかった私・・・ 母のことも心配だったが。。。あの時 自分がしんどくなることを考えて叱っていなかったか・・・ 自分可愛さがまさっていなかったか。。。 叱る前に なぜ 「ありがとう」を先に言えなかったか・・・ 母の愛 娘の愛。。。やはり 母の方が大きいのか・・・ 大好きなのに大切なのに 心配で不安で いっぱいいっぱいで優しくできなかった当時の私 おかあさん、ありがとう きつく叱って ごめんね 今も後悔が残って 思い出すとちょっと切ない 私の精いっぱいの愛は 母の愛にはかなわない
2020年08月26日
閲覧総数 509
17

睡眠不足が続いている。 寝つきがもともと悪いのに 4時とか。。。早朝に目覚めてそれから寝られない ストレスが続くといつもこんなだ・・・ こんな時は自然の中へ・・・ 塩江に出掛けた 道の駅に併設されている行基の湯 家からバスで30分 できたばかりの頃に母と一緒に下見に行った 露天とサウナのある 昔懐かしい感じのいいお風呂だ 改修されて今は総ヒノキ造り・・・ でも桶や椅子はプラスチックになってしまったのは残念 日曜の昼だけあって駐車場はすごい人。。。 密 密 密 と警戒したが・・・ お風呂は比較的すいていて 洗い場もひとつ飛ばしで大丈夫だった 一安心 一番のお気に入りは ここの露天風呂 岩作りの湯船の中で 上向きに寝そべれば・・・ 空を泳いでいるような・・・ 空に溶けていくような不思議な感覚で ご機嫌な超絶リラックス体験 身も心も ほぐれていく・・・ 今日は すこし風があるのに 雲の動きは遅い・・・ この写真はお風呂から上がって撮ったものだが・・・ こんな電線や建物でで区切られない 空を見上げて お湯、、天然のくみたてのお湯に手足をのばしてつかる 贅沢 ご想像いただきたい つづいての楽しみは やはり 手打ちそば かけの大と 天麩羅もりあわせ小 いつもの定番をセットで注文 春は屋外で提供されていたが、今はお店に中で食べられるようになっていた 卓をすべて壁きわにつけ 向かい合わないよう、距離を置くようセットされている 隠し持ったる マイばいしん(柚子唐辛子)を 投入 昔は店にも用意されていたが、今はないので。。。持ち込みだ。 やっぱり 温かい汁そばには ばいしんがないと ・・・ね ああ、完璧な そば・・・美味しゅうございましたっ もうひと風呂いただく前に その辺をお散歩 もう萩が咲きだして・・・甘いいい香りが漂っていた 彼岸花は満開・・・今年はすこしいつもより遅い感じ 気の早い 紅葉は色づき始めている 川の流れる水音・・・ 最後の踏ん張りを見せる 夏のセミが一匹 涼しさに似つかわしくない声を上げている もう秋だ・・・すっかり もう一風呂いただいて、藤川牧場のソフトクリームを食べて・・・ 塩江 フルコース 完了 20年くらい前 一番初めは母と来たのだ・・・ できたばかりのころ 取材の下見がてら。 その頃はまだ元気で普通に歩けていた。。。路線バスに乗っいった。 ソバもあの頃人気メニューだった 行者定食 そばと天ぷらと ゴマ豆腐と むぎとろ わらび餅のセットを ちゃんと一人で 全部食べられていたのだ・・・ ほぼ毎年 ふたりで 初夏の新緑と 秋の紅葉を楽しみに通ったけれど 年々手がかかるようになり・・・行き帰りがタクシー利用になり。。。 入浴に介助が必要になり。。。連れてくる私は・・・ そのうちに楽しみよりも苦労を感じるようになっていった そんなことを思い出すと ちょっと切ない それでも やっぱり母の笑顔が一番の喜びだった そんなに思い出があるだけでも 幸せなのだ バスを降りての帰り道・・・ 田んぼの稲はもう収穫間近 黄金色 いつも母と歩くときは 道端の花や虫を愛でていた センスオプワンダー・・・な人だった ちいちゃんが大好きだった 猫じゃらしも発見 お尻フリフリ とびかかっていた あの子を思い出し くすっと笑うと 「**こ」と私を呼ぶ母の声が聞こえた気がした 空を見上げると・・・?? こ の文字が 浮かんでいた 母の暖かい声の余韻が心の中で響く 空も笑っている(笑) いや 私を笑わせようとしている? 庭にも 野草が咲き誇っていた イヌタデ ミズヒキソウ キンミズヒキ ヤブランやツユクサも大繁殖・・・ 俳句をやっていた祖母が友人からもらい集めた野草たち 秋の花は もう まっさかりだ・・・ 今年もシュウメイギク ヨジソウは咲くだろうか? お夕飯は 大根の間引き菜で おけんちゃん 筑前煮と醤油豆の残り 鯛ちくわの のこり一本を 豪快にまるかぶりっ ビールが美味しい~ そして 納豆ご飯 デザートは 今時 反って珍しくなった 種アリの巨峰・・・濃厚な甘さ 今日も美味しくごちそうさま~
2020年09月27日
閲覧総数 311
18

今朝 月初めの一日に、奇跡がおこったよ びっくり、で笑顔になった 今、玄関から出ると、もう トンボが飛んでいた 今日から、6月・・・とはいえ、随分早い気がする トンボは武家にとっては、縁起のいい虫 うれしいので、「この指と~まれ」と人差し指を立ててみた すると、 ごく自然な感じで「は~い」と 私の指に とんぼが停まった 自分で指を立てて置きながら 私は、びっくりしてしまって「えっ? えっ? いいの?」 と、どぎまぎ すると、トンボは大きな目のついた頭を 「ん? なんで?」と なんども傾げている それを繰り返して なかなか飛び立たない こんなこと初めて・・・ たまに、蝶々が帽子や上着にとまったことはあるけれど。。。 トンボ それも立てた指に すぐに停まってくれることなんてある? 奇跡だ・・・なんか、すごい え? 奇跡ーーきせき。。。鬼籍からのメッセへージ? 何かを私に伝えようとしてくれている気がする 「嬉しいよ。ありがとう」 心で強く念じたら トンボはうなずくように頭を動かして ふわっと 青空に舞い上がって 西の方へ帰っていった 何? 何? 嬉しい、ドキドキする 月初めの一日の朝から、こんないいことがあるなんて・・・ 思いがけない幸せの予感 そして、トンボは勝ち虫 古くから武家が好む虫 一歩も後ろに引かず、前にだけ進む勇猛果敢な虫 そして、勝利し、空高く舞い上がる そのことから、武家の間では「不退転」「勝利」の象徴であり 甲冑など身近なものの装飾デザインとして好まれていた それに考えれば、 、、、蚊ハエなどの害虫を食べてくれる益虫でもある 英語だと、ドラゴンフライ・・・私の柱、龍にもつながるし 水辺で育ち、地中深く眠ることも 共通項がある 多分、父や母、ご先祖様からのメッセ―ジ 虫や自然が大好きだった母からの強い想い 「それでいい このまま まっすぐ進め」 もちろん、そうする ありがとう ほんとに勇気づけられる うれしい朝でした追記 5月30日のブログ 照り焼きチキンの写真をアップし忘れていたみたい 遅ればせながら、アップしましたっ
2021年06月01日
閲覧総数 117
19

我が家では 体調管理の一貫として 猫には 朝の挨拶としての 鼻キスを奨励している 鼻の頭同士をかるく突っつけるアレ 猫同士で行う 親愛の意味の 普段の軽い挨拶 ちいこの代から 習慣化して私とするようにさせたのだが きいこは持病の関係で 口が臭い・・・ 臭いので、結構・・・アレだった でも、鼻が弱ってきたことで 抵抗がなくなり 私も安心して 鼻キスを交わせるようになっていた が・・・・ 今朝 鼻キスをするときに 踏み込んで、きいこが 私の鼻の頭を舐めてくれた 「一層の愛情表現」 ・・・・ありがたさに あまりあれども~ 予想以上に臭かった~ 臭いが わたしの 嗅覚を直撃 あっ くさ~ ダイレクト 鼻の調子が戻ってきた事による 幸せに付随する 小さな不幸・・・・ が、しかし、臭いくらいがなんだ 愛よ 愛 臭くても愛してる 嗅極の愛 ふたたび💓(笑) 追記 究極の愛・・・ならぬ 嗅極の愛 は こちらにも 2020/02/06 きゅうきょくの愛
2024年02月25日
閲覧総数 238
20

バチカン の あの広い場所で ゼレンスキー大統領とトランプが至近距離で 膝をつきあわせ 顔を寄せ合い・・・ どんな話が なされたのか? 前回の大口論 批判の応酬 絶望的な展開からの~ あの親密げな感じ?? 「プーチンは戦争を止めたくないのかも」と トランプも気づき始めた? まさか まさか ではあるけれど 善い方向に進んでくれるかも? いやいや 取引 ディール念頭のトランプ 油断は出来ない まずは クリミアを含め ウクライナの領土の保全 そして 安全保障は 確約してほしい トランプが 劇的に改心 もしくは心変わりして まともな民主的な国々と協調して ことに当たってほしい 北朝鮮とロシアの蜜月 中国は・・・ 武力による 侵攻をみとめたり 見逃しては 今後のためにならない。。。 アメリカも 過去の栄光の幻想に酔いしれず もう少し 広い視野 遠くまでの視野で考え 足元 ちゃんと見た方がいい・・・ トランプの関税に関する発言の度に 株価が上がったり下がったり 為替も大変動を繰り返す これも おちつかない 予想がつかない と 言うけれど・・・ もしかして 分かってて言ってたら? 言う本人は 何を言うか分かってるんだから 簡単に 操作できちゃう訳でしょ? 国益よりも 自腹を肥やす? どこかで たれかが 大儲け? いやいや まさか・・・ね そして、私の身近にも まさかの坂が・・・ もちろん 老いの坂 容色の衰えも厳しいんだけど 中でも 特に ヤバイのが 物忘れ 先日は 買い物をして 冷蔵庫に品物を入れようと思ったら 無い・・・ 確かに買ったし レシートにも書かれている でも バッグに無いし 台所のテーブルにも無い 果物を仏壇にお供えしたから そこかも?と見たけれど無い ・・・ああ カゴからマイバッグに入れ忘れたのだ きっと スーパーに戻って聞いてみようか・・・いや もう無いだろう たかだか 150円ほどのもの 諦めよう と くだくだ思いつつ ジムにでかける時間になったので 玄関に行くと・・・ かまぼこが 小物皿の上に鍵と一緒に入ってる?? まさか? 何で? 不思議だけれど 見つかって良かった まだ冷たい内だったので 直ぐ冷蔵庫に入れた まあ 無事 見つかって良かったけど・・・奇妙な感じ まさか? としか言えない そんなところに バッグから出しておいた記憶が無い 相当 やばいのか?? まさか・・・ そういえば 先週は 丸二日ほど 捜し物に費やした 愛用の長湯たんぽ ゆ~ゆ~ の栓が紛失したのだ もう温かくなってきて 仕舞おうと思い 中をよく洗ったあと 乾燥させるために サンルームにつるしていた ソレを二階の押し入れに入れる際に持って上がった で 気がつくと 蓋がない??! あれ?一階に置いたままだったっけ? と まず 数日前に中の水をすてた台所の流しを探した 絶対 に ここにあると確信していたのに・・・ないっ 流しにもない なら落ちてどこかに転がっていったのか? 台所の床を這いつくばって探したが やはり ない では まさかと思うが 一番初めにつるしていたサンルームか? サンルームにもない、台の上にもない サンルームの床も這いつくばって 籐椅子の下やミシンの下もみたけれど やはりない もう一度 二階に上がって 湯たんぽ本体の周りを探すが 無い もしかして 落ちた拍子に遠くまで行ったか? と 台所の冷蔵庫の下 ワゴンの下 隅々まで探したが 無い 友人から貰った プレゼントでもあり お気に入りの大切な大切な 冬の愛用品 新しいものを買い換えるしか無いのか・・・・ いや 待て もしかして 栓だけ 売られているかも? 以前 ホームセンターで 湯たんぽの栓を見かけたことがある で ホームセンターに行ったけど サイズが合わない 。。。でも ネットなら見つかるかも が・・・探しても探しても 見つからない 楽天も アマゾンも 何でも見つかると直ぐ届くと謳う あのサイトにもない 栓はいくつかあるのだが サイズが合わない 諦めるしか無い・・・ 再び 時間をかけて 丁寧に台所 サンルーム 二階の廊下 這いつくばり ものをどかして 探しまくったが見つからず もういちど 合うネットに栓が売られていないか 探す・・・が見つからず オーンションサイトまでのぞいて 見つかったのは 栓をなくした 我が湯たんぽと同じ ゆ~ゆ~ 相当安くしているけれど 買い手なし それで 理解しました 栓は 購入できません そういうことです なので とうとう 諦めることに ゆ~ゆ~ 新しいものを買うしか無いと決心 「明日 0と5のつく日のポイントデーだから明日買う」 と揺れていた心が定まり 別の事が出来る心持ちになった で、二階のソックスの引き出しの冬物を夏物に入れ替えていたら ??? なぜか 湯たんぽの栓が!? 確かに その棚の上に 湯たんぽを置いた その時に 栓が無くなったことに気づいた でも その時に 引き出しは開けてなかったはず まさか なんで 引き出しの中に?? 見つかったことは嬉しいけれど まさか なんで・・・ かまぼこ事件も 湯たんぽの栓の紛失も 犯人は 私しかいない まさか 何で?? 記憶が無い 今度は 自分が信じられない ものは見つかったのに このモヤモヤ この 気味悪さ・・・まさか・・・・ 老いの坂って こういうのが続発するものなのね・・・ ああ、 まさか・・・・ いや もう まさかでなくて まっ いいか でいこう いくしかない 落ち込んで 気分まで滅入ると それこそ 認知症まっしぐらだ 他人様の迷惑にならないなら 失敗なんて 笑い飛ばしてなんぼじゃい ああ~出てきて 良かった ちゃんと 出てくるなんて 私ったら 神様に愛されてる~♪と 意地でも喜び感謝して(苦笑) 何かあっても こんな感じでなんとかなるさって 人生 もっとお気楽に生きた方がいいよ ね(笑)
2025年04月26日
閲覧総数 327
21

先週なかばから 楽天ブログが不具合でここにも行き着けませんでしたココに来ようとして表示されず イライラさせられた方もいらっしゃったかと思います申し訳ないです私も 寒くなってきて保温対策でさらに手がかかる猫だけでも大変なのにこの状況が続いて 私も 相当 ストレスたまりました(笑)いえね。。。なかなか まとめて書き込める時間も無いのでとにかく、少しづつでも下書きを進めておこうとやってきたら全然 サイトに行き着けないので 読むこもアップすることも出来ないそんなことが繰り返されていましたまあ 時々あることアクセス集中や何かの簡単なトラブルだからそのうち直るっしょと タカをくくって 気楽に構えていたら2日たっても3日たっても 直らない?! で、これはおかしいっ と楽天ブログ不具合 で 検索したらなんと 「楽天ブログは2024年12月31日をもってサービスを終了します。サービス終了の詳細終了日: 楽天ブログは2024年12月31日にサービスを完全に終了し、全データが削除されます」等と書かれたサイトがトップに表示されたビックリしたなんですと~そんな話聞いてないぞこれまで書きためてきたモノが消去される??早く言ってよ~(以前母の介護で手一杯の時にインフォシークのブログが閉鎖されていた あの苦い記憶が蘇る・・・・)血が逆流しそうな ぞわぞわ感どうしよう~いや?でも これまで そんな連絡は来てないし 閉鎖されているはずの期限から11月もの間普通に使えていたって・・・おかしくない?もしや楽天ブログのスタッフルームに何か書かれていないかと サイトを開けようとしても ここも行き着けず表示されないので分からない楽天ブログ不具合で検索して 表示されたモノをみても楽天の正式な発表はなく 楽天ブロガーの困惑コメントばかり新聞や情報機関に掲載された正確な文章記事はないかさがしたがなく楽天からみの記事では「楽天ブログアプリの終了」との記事に行き当たったアレ? これのこと? ブログ自体では無く 携帯のアプリの事?そのアプリだけが使えなくなるってこと?よくわからないならばと パソコンの中の 生成AI copilot ちゃんに尋ねてみたら「楽天ブログ2024年12月に閉鎖されるけどまだひと月あるから大丈夫」との回答??「えっ?今 2025年だけど」と返すと「そうだね。2025年だね。じゃあ もう閉鎖されて11月もたっているけど使えていたんだね」との 返答 さらに続けて 「これまで書いてきたモノが消えるのは寂しいね。 ブログにはどんなことを書いた来たの?教えて」などと 無駄な会話を続けてきたので 放置とにかく 閉鎖の可能性があるとの認識のもと まずは膨大なコレまでの アップ記事を 保存にかかる楽天ブログは いろいろな機能が余り揃っていないのでとりあえず、間違いの無いよう 自力手動だ・・・サイトには 時々 つながる状態なので一日がかりで なんとか アップ記事はすべて保存できたが下書きに行き着けない いくら頑張っても管理画面が なかなかまともに動かなくて変な汗だくだくで くったくたもう断念 終了とする・・・で 再び 楽天ブログのスタッフルームをみると今度は表示されて11月6日頃より断続的に楽天ブログへのアクセスや表示の遅延など、不安定な状態が続いております。復旧までお待ちくださいますようお願い申し上げます。最終更新日 2025.11.07 18:12:14あれ? じゃ やっぱり ブログは生きてる閉鎖じゃ無いってことみたい 胸をなで下ろすで 生成AIちゃんに「楽天ブログはまだ生きてるみたいだよ」と尋ねると「そうだね。楽天から正式な閉鎖の発表は無いね よかったね」とのこと・・・ しれっと答えよりますわ(笑)頼りにならね~ やっぱり使えね~まあ すったもんだはあったけどとにかく 検索で1番上に表示されていたサイトの記事先出の青文字の内容は ガセでしたああもう 振り回されました猫優先の生活の中 私の生理的な必要時間 睡眠や食事を削って 馬鹿みたいあったまくるなんで あんなガセが トップに出てくるかな?なんで それを見逃しているかな? 野放しにしてるかな?だから 多分 私の様に ガセ記事を見て焦った人がサイトに集中して アクセスして さらに大混乱になったのでは?楽天ブログ側はきちんとブロ具の利用者に一斉メールでもして状況を説明してほしかったなと思って 楽天ブログスタッフルームのコメントを見ると先のコメントは削除してあって2025.11.07XML【解消済】楽天ブログのアクセス遅延に関して カテゴリ:楽天ブログからのお知らせいつも楽天ブログをご利用いただき、誠にありがとうございます。一部の環境におきまして、11月6日頃より断続的に楽天ブログへのアクセスや表示の遅延など、不安定な状態が続いておりましたが、現在解消しております。この度は、ご利用のユーザ様にご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした。引き続き、楽天ブログをよろしくお願いいたします。なんて こちらも しれっと 書いてるわけですよ。11/7付けで。でもね 更新日時は 最終更新日 2025.11.11 09:18:19117/7に 解消って一日で直ぐ解消したみたいに書いてあったけどいんや 11/10夜 までは 確かに バリバリ不具合でしたよ私が証人です(笑)なんなんだろうな~みんな嘘つき・・・ごまかして 都合の悪いことは無かったことにする嫌な気分ですわ~私の不詳の身内や政治家さん達だけでは無いもう あちらこちらにはびこってます・・・というか もはやソレって 普通なの?そんなこんなで なかなかアップできずすみませんでしたまた 少しづつ書いていきますので・・・よろしくお願いします。寒くなってきましたしインフルエンザや0157まではやっているらしいので皆様も くれぐれもご注意の上 ご自愛くださいねでは また
2025年11月11日
閲覧総数 376
22

友人の花展を見にいった。 古い民家を会場にした こじんまりしたものだったが、花だけでなく野菜や果物、ちょっとした小物をうまく使って、暖かくも楽しく幸せなぬくもりにあふれた展覧会だった。まさかという組み合わせ、遊び心、生活を楽しむアイデア、幸せを感じるヒントがたくさんあった。 母の施設の部屋をいつも季節ごとにいろいろ飾ったり、花や果物を置いて、少しでも居心地よく、明るい雰囲気を作ろうとしていたことを思い出した。季節の行事の描かれた かわいい絵柄の手ぬぐい、動物の写真、今の季節からなら、クリスマスの飾りつけ。忙しくて、時間がなくて、家の中は荒れ放題になっていたけれど、母の部屋の一角は、必ず、可愛く飾り付けた。最後の砦のように。 そんな、何気ないことでも。。。ささやかな幸せだったなあと懐かしい。 そんなことを考えながら、レインボー通りまで足を延ばしてお買い物をと思った道すがら、JAでお祭りらしきイベントが開かれていた。ちょうど昼だし。。。と バザーのおうどんを食することにした。 イベントは大盛況、人にあふれ、仮設テントの中にびっしり並べられたテーブルにも人がいっぱいだった。隅の開いている席を確保し、隣の席に座っている老婦人に会釈して、座る。おうどんはごくごく普通のうどん。それもまたイベントのおうどんという感じで悪くない。 こういうイベント、母が大好きだったなあ。お祭りや文化祭、地域のイベント、祭り系の何かがあるとすぐに行きたがり、一人で行かせるのは不安なので、私が付き添うことになる。一緒におうどんを食べたり、フリーマーケットをのぞいたり、綿あめやアイスを食べたり、、、嬉しい楽しいが大好きな母は、いつも上機嫌だった。季節のやさいや果物、加工品、一杯買い物もして、楽しかったなあ。 おうどんを食べ終えて、ふと隣を見ると、件のご婦人はさっきからずっと湯呑を持ったまま、全然飲んでいない。目が合うと「このお茶、熱い。全然飲めんの」と笑う。私がおうどんを食べている間ずっともっていたのだから、少しは冷めたと思うのだが。よほどの猫舌のようである。テーブルの上に、お茶と籠に積み上げた湯呑がある。湯呑を一つとって「ここに移したら冷めますよ」というと、「そやの」と移して用心しながら一口飲んで「あら、飲めたわ。ありがと」小柄な老婦人が笑顔を私にむけた。その笑顔が母にちょっと似ていた。 「ああ、お母さん、ここにいたの」と心の奥で声がした。 母も猫舌で、熱いお茶を飲むのに苦労していた。水を加えて薄めたり、湯呑を移し替えたり。私が飲める温度にさまして渡すといつも一口のんで「やっと飲めた。ありがとう」とにっこり笑った。 母の肉体はなくなったけれど、魂は心はどこに行くのかなあと・・・私の心の中にも、親しかった人の心の中にもいるのだれど。。。それ以外のいろいろなところでこんな風に出会えるのかもしれない。 一つの命が消えてゼロになってしまうのではなくて、数えきれないほどのたくさん・・・無限、あるいはすべてに溶け込むのかもしれないと思っていたが、、、こういうことなのかもしれない。すべてになるから、ないと勘違いする。すべてにあるから、あることに気づかない。ない人もいるのかな?いるかもな。濃淡があるのかな? その老婦人は、もう一口お茶を飲むと「飲めてよかった。ありがとう」といって、老人車(手押し車)を押して帰っていった。「いえいえ、どういたしまして」と言いながら、私もとても嬉しくなった。お母さんに会わせてくれてありがとう。どうか、お元気で。 今日は、いろいろな幸せのヒントを手に入れられた一日だった。勤労感謝の日だから、これまでの「勤労」を何かがねぎらってくれたのかな。
2019年11月23日
閲覧総数 91
23

確定申告のシーズンである。自由業の私は毎年、これに煩わされる。 今年は、電波を出しているせいか、パソコンプリンターも絶不調で、冷や冷やしながらやっていたが、なんとか、めどはついた。 しんどいことが多すぎて、しかも、相続の件で気分が悪いことが多く、胃はいたくなるし、不整脈も気になるし、滅入るが・・・とにかく、「汚いもののことを考えて嫌な気分にならないように・・・」明るく楽しいこと美味しいこと、美しいこと、気分が上がることに焦点を当てていこう。 で、最近のマイブーム、ダーニング。 先日に続き、黒のカシミヤセーターの猫爪による穴を金のレース編み用の糸で補修、一か所では穴ふさぎとばれるので、少しデザインっぽく数か所に。 ベージュのセーターはなぜか袖に小さな穴・・・これも多分猫をだいたときのもの。。。きっとちいこの時だ。懐かしい。で、赤、こげ茶、黒で四角い模様にしてみした。これも色合いは、大学時代に母が作ってくれたセーターの色合わせだ。もう少し淡いベージュだったが、黒と赤のチェックの模様が前見頃についていた。そして、手袋と帽子とマフラー、そしてあの頃としてはまだ珍しかったレッグウォーマーを揃いで作ってくれた。黒のスリムパンツとショートブーツに合わせてよくきていた。リクエストした通りに作ってもらえるので、母のお陰で他の人とひと味違うおしゃれが楽しめていた。機械編み、模様編みの所は二重になるからとても暖かかったなあ。 で、こちらは、10年近く来ていたお気に入りの中フリースの作務衣。暖かいだけでなく、着心地もいいし、動きやすし、しかも洗濯もしやすい。もはや、私の真冬の定番普段着だが・・・。いかんせん、経年劣化で、袖のあたりの布が擦り切れてきた。他は全然まだ大丈夫。お気に入りなので捨てがたい。なので、補修。ちょうどいい感じの和物の古いはぎれを百円ショップで入手。ぐるっと袖口を覆うように当て布した。ついでに緩くなったゴムも入れ替え。一時間ほどで簡単にできあがり。見栄えも悪くないし、これでまだまだ着られそう。気をよくして 紺色のフクロウ柄のも直した。上出来上出来。 こういう風に手仕事をして 「うまくできた」時の嬉しさは格別だ。新しいものを手に入れたとき以上に幸せかもしれない。 私は、いつも兄のお古やいらなくなったもので我慢してきた。でもだから子供のころから今あるものや少ないお金でなんとかする工夫が身についた。そのまま使うのはみじめだから、くやしいから、ひと手間かけてなんとかする。兄と違い、新しいものはなかなか買ってもらえなかった。だから気に入ったものは、ちょっとやそっとのことでは捨てない。愛着をもってできるだけ補修して最後まで使う。 その習慣や考え方は今も根っこのところに沁みついているようだ。。。。節約術はたけているのかもしれない。こういうことで幸せになれるように育ててもらえたのだと思えば、ちょっと嬉しい。 そして、母の介護で 忙しいから、つかれているからと、メンテナンスを怠ってきた家に自分に傷みがひどいことに思い当たる。セルフネグレクト・・・はいっているよね・・・。 これからは、もっと自分やその生活を大切にしていかなくてはね。反省。
2020年02月20日
閲覧総数 133
24

母の写真を誕生日の時にアップしようと思っていたのに忘れた・・・なので 母の誕生日のページにも さらにここにも母の写真をアップ 右は お見合い用に 二十歳の頃に撮った写真写真館の人が勝手に店頭に飾るようになって恥ずかしかったという・・・あの頃は肖像権とか・・・なかったのかな? 今なら大問題。 左は新婚ホヤホヤの時期に自宅で撮ったもの 撮影は父。すんごい量の母の写真。。。二人のラブラブ写真・・・が残ってるんまっ うらやましいっ 貧しくても幸せだったんだろうな~ というか貧しかったはずのに・・・あの頃現像代なんてホントに高かったはずなのに・・・よくも こんなに写真をたくさん撮って残したものだ・・・(笑) 若かりし日の父の母への想いがあふれてる~ 我が母ながら、美しい 若さも相まって 輝いてる 光と影を生かしたテクニックもいい 親バカならぬ 子バカ? 子の欲目かも知れないが・・・ いい写真 顔。。。母に似たかったのに・・・私は似ていない 体形は父に似。。。顔が母に似ていたら人生少し変わったかも。。。 声は似ているんだけどな~ 膝の形が悪いところも 色黒なところも。。。 と思っていたのに母は外出しなくなってふつうに白くなった 私たちはただ 「紫外線の吸収率が高い」だけかもしれない 今の私はやはり地黒 残念である さて、話変わって・・・ そろそろ ムカゴの季節だなと収穫を試みたが・・・・ もうすでにほとんど落ちて雨に濡れてしまっていた・・・残念 ムカゴって何?という方もいらっしゃるかと思うが・・・・ 自然薯の実 です。普通は根 芋の部分を食べますが 秋に地上の茎になる実も食べられます。これが ムカゴ 秋になると こんなムカゴが庭になる ちょっと今年はタイミングを逃したみたい・・・ 大きさは 小さいもので大豆 大きいものでソラマメくらい ゆでて食べると 里芋のような味と食感 なので 母と私は 「ねずみちゃんの里芋」と呼んでいました だって・・・このサイズのさといもの煮っ転がしを作ったとして その大きさにちょうど合う ねずみちゃんたちが食卓を囲んだら・・・ 想像するだけで楽しいでしょ? 母はいつも そんな風に私を楽しませてくれた そして これ な~んだ? 正解は カンナの花のあと・・・変な実のようなものができる あんまり 見たことがないと思う・・・植えてないと見られない。 でも、このあとそのまま枯れる これは食べられない(笑) カンナは 花の時期が終わり 冬には全部抜いてしまうのだが 次の春にはかならず芽をだし、夏には鮮やかな赤い花を咲かせてくれる 季節は廻っている 命も巡り 再生していく あちらの世界でも こちらの世界でも・・・ 目に見えない何かで満たされている 目に見えるものがすべて失われても 消えずに残り続けるものがある
2020年09月18日
閲覧総数 227
25

先日 美容院に行ってきた 20年ぶりにパーマをあてた母の介護の合間に行くのでいつも気がせいていたから時間がないから、長年いつも「ちゃちゃっと手早く」カットだけ頼んでいた 久しぶりにパーマあててみたら?と勧められたで、パーマをかけるのに時間がかかるのでその間、美容師さんといろいろ話した母と私はその美容院のの同じスタイリストさんに頼んでいただから、母のこともよく知ってくれているそれまで母が利用していた美容院では「ありがちなオバサンパーマ」か「貧相な短髪」にされがちだったが、その 美容院では、今風な感覚であまり手をかけていないのにオシャレな感じに仕上げてくれることが嬉しかった子供のころから美人の母は私の自慢だった年をとってもそれは変わらなかった「おかあさん、美人で優しかったよね~」などと言ってもらえるととても嬉しいあんな話をした こんなことがあったなどなど母の思い出話を出来る人がこんな所にもいたのだなと思うその美容院を利用するようになったのは2004年くらいからだが祖母と母と二重介護時代は、情けないことに年に2回くらいしかまともに美容院に行く時間が取れず 時短のために 1000円カットを利用したときもあったし前髪だけじぶんでカットしたときもあったはさみだけはそれなりのものを買ったのだが・・・みすぼらしく雑な仕上がりに後悔した(笑)こういう節約は安物買いの銭失いになりがちだ2007年くらいからは私が送り迎えして母を美容院に連れていっていた私の都合が悪い時や体調を崩しているときはタクシーで送迎してもらっていたそういえば、近距離だから嫌がられそうなものだが一度も 断られたことも嫌な顔をされたこともないことに気づいたどころか、今でもその会社のタクシーに乗ると「おかあさん、亡くなって寂しくなったやろ」と心配してくれる・・・有り難いことだと思う母は誰もに好かれる人だったそして、誰にでも親切で朗らかな態度で接していたそんな優しさや思いやりのお陰で今、私は多くの人から優しくしてもらえているのだと思う母の優しさが違った形で多方面から戻ってきているそんな気がするこう愛情のやりとりや循環?みたいなものを 恩送りというのだそうだ 受けた恩や優しさに感謝して その相手だけでなく他の人にも回していく 常に惜しまずに・・・そうやって 温かな感情や愛 喜びの輪を広げていく母の一番の遺産は この 恩送りの姿勢かもしれない私もその緩やかで温かな循環を止めないようにサラサラと流れる水のようにありがたく受け取り、心をこめて 回していきたいそういう 生き方を目指したいそしてその 逆となるのが 罪送り 恩や優しさに感謝もせず 自分の強欲を満たすためにまた独り占めするために 嘘をついてでも 自分のところに堰き止め、貯めこもうとする態度 愛情も気持ちも・・・ 欲にまみれて貯めこむうちに 淀み澱ができるそして、腐り、毒となって自分だけでなく周囲に迷惑をかける要するにそこから腐っていくのだ周りにどう思われているかも気づけない嫌われ、警戒して、反応がないことを「自分が強いから口を出せない みんないうことを聞いている」と勘違いしている汚いから臭いから近づきたくないだけなのにその背中を子供が見、これからそれに倣うだう強欲や怒りや妬み嫉みの悪循環の連鎖だ朱に交われば・・・ということだ恩送りの世界に生きる人と罪送りの世界に生きる人がきちんと分かれて暮らせる世の中であってほしいでも そうはいかないどんなに気をつけていても、罪送りを常とする人と交わることになる同じこの世に生きている定めだしかも、理不尽をごり押ししてくるものが権利を隠れ蓑に好き放題をしたりする不当に傷つけられるものが出てくるしかし、巻き込まれないように自分の所で食い止めたいぐっと我慢するだけでは、相手になめられるだけ増長させるだけになるだから 反撃もする 闘うことも必要だとも思うドラマなら 勧善懲悪で 最後に悪者が懲らしめられて強く美しいものが勝利して めでたしめでたしだがなかなか 現実はそうはいかない勧善懲悪は いいことのように思えるけれど本当は、そんなことをしなくても「無理せずそのまま 正しいものが報われる」そうあるべきなのだ 最果タヒさんが以前書いていたようにそういう輩が「周囲から大顰蹙を買って一気に露骨に軽蔑されるよう流れがあれば、闘う必要などないのだ」「日常の理不尽こそが悪だ」「強くて美しいことが理想なのではない。強くも美しくもないままで理不尽が勝手に自滅して目の前から消えるような社会が必要」 という言葉に 心から賛同する 理不尽がまかり通る世の中でありませんように微力ながら 今後とも闘う所存です みなさま、応援 ありがとうございます そして、愛や優しさを循環させるだけでなく自分から温かな熱を周囲に広げて 母から教えられた 恩送りの考え方も 広げていけるといいな 私の幸せを願ってくれる人達への感謝の気持ちで もういないけれど、幸せを願っていてくれた人達への感謝もこめて そんなに生きたかこそが 幸せへの一番の近道のような気がする・・・追記 恩送りというのは、昔から日本にあった考えかただ 江戸の時代いや もっと昔からあったのかもしれない 古き良き 日本の心だ 環境問題だって。。。考えれば ネイティブアメリカンのように 「6代後の子供たちのために」という視点があれば こんなことにはならなかったはずだ・・・ 身勝手を慎む 恩送りの心はこれからますます大切だと思う
2021年04月30日
閲覧総数 277
26

昨夜の皆既月食 みなさまはごらんなったでしょうか?きっと 綺麗だったでしょう夜中の12時にベランダの水を撒いたときにはそれはそれは見事な くっきりとした満月が出ていましたからええ、3年ぶりに 8日の未明に皆既月食があると知っていましたとも・・・楽しみにしていましたとも・・・天体好きの母なら 絶対に忘れない だからきっと私も 忘れないと 過信してあえて カレンダーにも書かなかった・・・過信していたら・・・逃したニュースでも言うだろうと思っていたけれど昨日は午後からはもうもうもう石破首相 辞職の表明で もう皆既月食の話なんて飛んでました祝日なのに 報道特別体制で そのニューズで持ちきりでも 夕方までは ちゃんと 覚えていましたああ 今夜だな と 思いながら 猫にご飯をあげ自分もご飯を食べ デザートを食べ 片付けパソコンでいろいろ作業をし猫の夜食をすませ ベランダや庭に寝る前の打ち水をと・・・その時に 月を見上げたときには「今夜皆既月食」という記憶がどこかに抜け落ちてしまっていて丸く綺麗な満月を観て なぜか 「今夜(朝が明けてから9日の未明)だな、楽しみだな」と思ったのでした なぜ? 何で? 理由は分からないけれど 8日未明 と 覚えていたはずの日時が 8日の夜9日の未明 にすり替わっていたのでした昨夜は 久々にぐっすりよく眠れて 今朝は良い目覚め「さて今夜は皆既月食 楽しみだ」と思いつつテレビをつけるといきなり 大きなオレンジ色の皆既月食の映像はあ?? 一瞬 何が何だか分かりませんでした・・・がああ・・・と 直ぐに理解しました皆既月食は夕べ 8日未明であったこと私はなぜか 翌日だと 勘違いしてしまったことに気づいたのでしたショック ショック自分のボケっぷりに愕然としましたああ・・・順調に衰えている 老化している・・・となんかココ目の中の母とみるつもりでいたので何か 申し訳ないような 残念な気持ち・・・ではあるのだけれどこれだけ大きな失敗なのに精神的なダメージがあまりないのはなぜ??ああ ボケてきたのかな?と思いつつまあ仕方ないかな・・・となんというか・・・こういう類いの失敗の経験値が・・・アレしてまして 慣れてきたというか 当たり前になってきたというか・・・少し前までは こんな失敗したら 凄く落ち込んだのに受け入れるというか やり過ごすというか私のなかの想定内・・・というか そんな感じになってきたのでは?でもって さらに母譲りの「~で良かった」発送で補うもう若くないんだから夜中に長時間 月食を観ていたら絶対睡眠不足になって体調を崩すはず観なくて 良かった久々に熟睡出来たんだから それでHAPPYま 別に損害があるわけでも他人に迷惑かけるわけでもないし まっ いいか と 言える自分がいるのですこれは・・・心の安定という観点では それはとてもいいしかし こんなに老いを簡単に受け入れ自分を甘やかすのもどうかと・・・・もうちょっと 老化に対抗した方がいいかもね・・・年頃の女心は千々に乱れるのでありました追記 悔しいので 3年前の皆既月食の記事をのせてみる・・・ 皆既月食 天王星食 442年ぶり 2022/11/09 皆既月食天王星食 怪奇? 不思議な出来事でも やっぱり 皆既月食観たかったな・・・
2025年09月08日
閲覧総数 281
27

ジョジョ達や 完全家猫女王さま チイコなどのことを書いた落書きが出てきたので アップしてみる2009年頃のものと2010年のモノこの前にも 半家猫の 千代喜とか 筋肉質 猫飼いの千代の冨士? ニャンシーなどいろいろいた・・・猫だけでなく 犬も飼ってた・・・みんないい子達だった 可愛かった大好きだった・・・・と 想い出すだけでも温かな回想には オキシトシン ドバドバ効果があるらしい皆さんも 今いる子達にはもちろんもう目の前にはいないけれど 心の中に住んでいる子達にも想いをかけて言葉をかけて心温かく 健やかに 幸せに過ごしてくださいね
2026年05月01日
閲覧総数 119
28

はぢ拾遺物語 回顧シリーズ 2001年に書いたものです。 兄さん車いす押して 祖母の入所している施設には、週2、3回通っている。最近は、(では、昔はどうかと言われれば、まあ、無くも無かった位の頻度ではあったが)年齢のせいか(他にもっと大きな問題があるのかもしれないが)、滅多に「かわいい」などとは、他人様に言ってもらえないが、祖母のいる老人保健施設ともなると、入所者から見れば、私は、娘や孫の世代。入所者であるお年寄り達から、時々「かわいい、お孫さんやね」などと、言われたりして嬉しがっていたのだが・・・。 ある日のこと、祖母の乗った車椅子を押して廊下を歩いていると、背後で、おじいさんが、誰かを呼んでいる。「にいさん、車椅子押して」 ああ、施設の人を呼んでいるのだなと思いつつ、そのまま行こうとすると、なぜか、さっきより声が大きくなって、しかも、どうもこちらに向かって叫んでいる気配なのである。「にいさん、車椅子押して! にいさん!」 まさか、私? と振り返ると、ずばり、おじいさんの懇願の視線は、まっすぐ私に注がれていたのである。 げっ、私だよ。またかよ。最近は、がーんとショックすら感じない。 そう、私は、がたいがでかい。元から肩幅が広い上、ここのところ肉付きがよくなって、逞しい系の体つきになってしまったせいか、よく男の人に間違われるのである。しかもスカートをはかない、化粧をしない。ジーンズにだぼシャツ、テンガロンハット・・・間違われて、当然かもしれない。いいさいいさ、別に男に見られても困んないし。 施設の人に「男の人に間違われちゃったよ」と言うと、「ええっ? ホントに? もう、どこ見とんやろね。訳わかっとらんのやから」と、笑って、「大丈夫、ちゃんと女の人に見えるからね」と慰めてくれた。 が、しかし、ちょっと待てよ。訳わかっとらんとしたら、時々「かわいい」と誉めてもらえる入所しているお年寄り達からのあの言葉も・・・もしかして、訳わからんままの発言ってこと? いやんいやん。 そんなのいやぁん。 真実を知るのが、こわい 今日このごろである。*****2020年の私から・・・ 男に見えようが、どうでも良くなっているから、今読むと ♪そんな時代も あったねと~ ですわ。まだ、可愛いと言われたいとか、女の人として見られたいという、色気が残っていたのね。 近年は、一応、街中などで人に会う予定がある場合はやむを得ず、化粧をするが、その方法すらあやふやになっている今日この頃。もちろん白髪なんて気にしないので・・・増え放題。でもね。このままでいいのさ。 年取って「どのタイミングで白髪染めやめようか」なんて悩む必要もないしさ。 ただねえ。久しぶりにあった相手に「誰?」と言われたり、老け込んで「大丈夫?」と心配されるのがつらい。優しい人は「ずいぶん 老け込んだ」と思っても「全然変わらない」なんて言って気を使われそうなのも申し訳ない。なので、健康には気を付けるようになった。 で、美容器具等に挑戦するものの、全滅とほほ体験はまた別の機会にご紹介する。
2020年01月27日
閲覧総数 183
29

はぢ拾遺物語 回顧編 これも2001年に書いたものです。 人間スプリンクラーの作り方 ずっと前。我が家の周りのほとんどが田圃だった頃の話である。 そのころ、大きな道路から少し入った我が家の周辺は、閑静で、家も人通りも少なかった。そのせいか、通りすがりのドライバーが車を止めて、よくやってくれちゃっていたのである。アレを。そう、男性の特権、立ちションを。 当然、我が家からは、丸見え、気分のいいモノでは無い。不愉快である。 警察を直ちに呼んだとしても、小用にそんなに長く時間がかかるわけもなく、現行犯逮捕は無理。口惜しい。 なんとか、上手くやめさせる方法は無いモノか・・・。私は考えた。 「よし、とにかく、まずは怒鳴ってやめさせよう」 自分で言うのもなんだが、私の怒鳴り声は相当でかい。その上、野太い。顔を見なければ(見てもかもしれんが)男の声に聞こえるのだ。相手はビビルに違いない。ふっふっふ。 手ぐすね引いて、敵の出現を待つこと数日。とうとう、やって来ました。 何も知らない、きゃつは車から降り、おもむろに股間のチャックに手をかけ・・・、じょじょょぉぉっと気持ちよくやりはじめたその瞬間。 「こおらぁっ、なにしょんじゃあ!」 私は、二階から声を限りに叫んだ。 突然の怒声に、びっくりしたに違いない。しかし、***は急に止まれない。 彼は、一物を手に、放尿を止めることなく、おびえた顔で、そのまま、円を描いてぐるっと一回転。その姿は、ま・さ・に・人間スプリンクラー。 私は、双眼鏡片手に、してやったりと満面の笑みを浮かべたのであった。 そして、ソレを繰り返すこと、数回。次々に敵をしとめ、人間スプリンクラー化させることに快感すら感じ始めた私であるが、立ちション愛好家の間で、”危険地域”に指定されたのか、それ以後、敵の出現はめっきり少なくなった。いまやその場所にもアパートが建ち、今後も敵の出現は望めそうにないというのは、ちょっとばかり残念な話ではある。****2020年の私から あれから20年くらいたつ。自宅のまわりは民家やアパートが建ち、さすがにああいうことをするひとはいなくなっかと思っていた。私自身も警備に手が回らなくなっていたのだが、・・・まだいた。 道に車を止めてアパートの駐車場に入り込んでやる奴や、アパートの影に入り込んで畑に排せつするひとが・・・。中国人が観光地を汚すと問題になっているが、残念ながら日本人にもそういう輩はいるのだ。だからといって・・・見ず知らずの人が、しかも男性がピンポンならして「トイレ貸してください」と言われても・・・防犯上も危険を感じるので、貸してあげようとも思えなくなっている自分・・・。 でも、すぐ近くにはコンビニもマーケットもあるのだから、ちょっとしたものを買い物して使わせてもらうという発想が欲しいところだ。
2020年01月28日
閲覧総数 177
30

バレンタインである。 私の子供時代に世間に広まり、小学時代中学時代と盛り上がった。 中学時代に一度渡したことがある。卒業まじかの先輩で受け取ってはもらえたが交際には至らなかった。・・・私は、転校してきてすぐなのに。。。私は気が多い方ではないのに。。。すぐに好きになるタイプでもない。。。だが、その人とはずっと以前にもあっていて、その記憶がそうさせたのかもしれない。高校時代は女子高だったのであげるのではなく、もらう側だった。ははは。これはこれで困りもの。今は友チョコも多いが・・・そのころは珍しく。驚いた。下級生にとても豪華なものをおくられて困惑したこともある。これもモテていると考えていいのか・・・。よろこんでいいのか。もちろんこれも交際には至らなかった。当たり前だ。 大学時代は特定の彼氏がいたので、その人に手作りした。その人の下宿で本格的に作った。クーペルチョコをテンパりんぐして、片に入れたりビスケットに乗せたり。。。それはそれは大量に。ナッツやスプレーチョコ、アラザンでかわいく仕立てた。美味しかったが。。。それからしばらくチョコのにおいが抜けなかったという。 彼氏が甘党でチョコ好きだったから いいものの。。。もしそうでなければ、拷問のような愛情表現。 「ふかい愛情」不快な愛で、ドン引きされていたことだろう。 社会人になってからは、会社で配ることが普通で、、、大量に買い配った。もちろん、日ごろお世話になっているお礼も込めて、ささやかながらも気持ちは込めていたが・・・、お礼が豪華すぎで恐縮することも多かった。今は義理チョコは減っているらしいが、いいのか悪いのか。 そんな中、父にも必ず、チョコを贈っていた。 「パパへのが一番豪華なやつだからね」と一言添えて。・・父はいつも、「おお、ありがとう」と嬉しそうに受け取ると、ひとつだけ食べてあとは「みんなで食べなさい」と私に御下げ渡しであった。そして、それを祖母母私の女三人で美味しく食べた。だから、私にとって、父へのバレンタインチョコは家族みんなでたべるチョコ。これが、恒例。なので、自分が食べたい いつもなら手が出ないお高めのチョコを買う。 彼氏にはそれよりすこし小さめのものかうが、、、、他にセーターなどメインのプレゼントがあるから問題なし。もちろん「父へ送ったのが一番高価」であることに嘘はない。 父が亡くなってからも、必ず高級なチョコを買い、仏壇にそなえみんなで食べた。そして、2/9のフグの日にちなんで・・・と ふぐ料理に招待した。これが、祖母 母 私の恒例の行事になった。 彼氏に 「貴方と一緒ならふぐに当たってもいいわ。死ぬときは一緒よ」なんて言ってみたいものだが、、、そういえば彼氏とフグを食べた記憶はない。多分 これからも一生ないだろう。(笑) 祖母がなくなっても 母と二人その行事はつづいた。。。が、そのうちに それもできなくなった。今は仏壇にチョコを供えるだけだ。さみしくなった。 でも、今年も 父、祖母、母の順で食べてくれていると信じて、チョコを仏壇に供える。そして私は「ははあ」とお下がりをいただく。今年は、シャンパン入りの生チョコ。美味~ひとりじめだあ。食べ過ぎちゃう、困るう。(困ってない笑) 美味しい記憶は 家族と共に・・・今日も幸せ。
2020年02月14日
閲覧総数 160
31

ここのところ、いろいろ作業が続いて気ぜわしい。 昔の思い出すとつらい過去や忘れようと思っていた怒りが再燃するから精神的にもきつい時がある。でも歩みは止めない。 ようやく睡眠障害も克服。。。 毎晩ちゃんと数時間続けて眠れる状態に戻った いろいろな工夫や努力が功を奏した・・・ 母の時にいろいろな工夫や技術を学んだのも 良かったのかもしれない 自力で治せると気分もあがる 何にせよ 逃げずに自分の力で乗り越えたからこその結果が 一番 自信につながる 自分を好きになれる それにしても 不思議な力を発揮したのが・・・鼻唄♪ ストレスがかかるといつも食欲が落ち、眠れなくなるのだが・・・今回は違った。 食欲は。。。普通レベルは確保できた 心のベースが安定していたようなのだ・・・ 掃除や片付け・・・買い物で自転車を走らせているとき・・・ 無意識に鼻唄がでてくるのだ・・・ もう ずっと歌っていなかった むかしの歌・・・ 私の好きな歌・・・というより 母の好きな歌。。。もしくは母と一緒に歌っていた歌 それも懐かしい歌ばかり・・・ 春の日の花と輝く とか 音楽に寄す とか おおブレネリ みたいな 外国民謡とか あとは 子供の頃に母が歌ってくれたフォスターの曲 歌詞が分からないものは ルルルとスキャットで歌ってくれたやつ 草競馬 おおスザンナ 故郷の人々 夢路より どれも 明るくて幸せな響きの曲 ここのところ 気が付くといつも鼻唄を歌っている自分に気づく 介護は「子育ての逆回し」だと感じていたけど・・・ 全力だったから・・・出産 妊婦状態も経験したのかも。。。 すんごい難産で・・・心身ともに疲れはてたけど。。。 最近 すっかり つわりもおさまって 元の元気な私に復活 しかも、どうも私の中に母のエキスというか想いというか そんなものが血となり 肉となりつつ ある気がするのだ「元気だせ」「もう一息だ、頑張れ」 そんな母の気配すら感じる 意識上の一体化? 落いつめすぎないように。。。 ちゃんと食べて寝て。。。生きていけるように 母が私の体に歌わせている・・・ 母がな中からも 守ってくれている気がするのだ 誰に否定されても平気 気のせいでもなんでもいいの 自分自身がそう感じるのだから・・・ 幸せ気分なったもの勝ち 色々 大変にこともあるけれど。。。 まだまだあるだろうけれど・・・ 全部これでよかったと思う かあさん ありがとう 一緒にいきて行こうねっ さあ、明るい鼻唄をBGMに前へ一歩! 追記 本日の夕飯 いただき物のレトルトカレー エスビーの白銀亭 大阪甘辛ビーフカレーなるものフルーツの味が甘いっ 辛味も強め でもちょっととがった辛味かな? 私はもうすこしマイルドなのが好きだが キリッと舌に残る辛みを感じるのが好きな方にはお勧めだマイルドに食べたいならすこしヨーグルトをたすといいかも・・・ カレーは当たり外れがあるから 買う時は「いつもの」以外は買わないので 人からもらうとチャレンジできるのが楽しい これまでで一番おいしかったのは 豪華客船飛鳥 のカレー 超絶美味しかった。。。 お土産としてレトルトをいただいたんだが。。。 レトルトとは思えない美味しさ テレビでタレントが「レトルトとは思えない~」とか いうのを信じて何度か買ったが・・・それはそれは「レトルト」な味だったが・・・ 飛鳥のカレーは違った・・・美味しすぎた ボルツ デリー 細井 ・・・ホテルオークラのレストランのカレー 私の好きだったカレー店の味とならんで遜色ない本格的な味 今も チャンスがあれば なんとしても食べたい味だ・・・ これもまた 強烈なおいしい記憶 自分がつくるスパイスやニンニク生姜入りのものも好きなんだけど・・・ 母が作ってくれた ハウスバーモンドカレーをアレンジした 優しい味のカレー・・・食べたいな~ でも あれは自分では 作りたくない・・・ 自分で作るなら 本格カレーだ・・・ ああ、美味しいは幸せ でも 悩ましい(笑)噂の名店 大阪あまからビーフカレー 鮮烈な辛口180g【辛口/白銀亭/大阪/あまから/ビーフカレー/SB/S&B/エスビー/楽天/通販】【05P09Jul16】
2020年09月30日
閲覧総数 222
32

先日 母の箪笥から あて名書きの書かれた封筒が出てきた 叔父に当てたもので、母が在宅していた頃のものだ 実は ほかのものを探していたのだが 思いがけず出てきた母の筆跡に嬉しくなり手元に置いていた 今度、叔父さんのところに送ろう。。。そう思って・・・ というか、封筒?母の文字?が 叔父さんの所に行きたそうにしている気がしたのだ すると、すぐに叔父からメールが届き、 叔父に届けたいものができて届けることができた 母の文字を「懐かしい」と とても喜んでもらえて、私も嬉しくなった 不思議 そして 心温まる それにしても なんというタイミングの良さ 最近。。。私の周りではそんなことが続いている ありがたいし 嬉しい 私だけでなく 相手にも喜んでもらえるので 嬉しさ倍増だ 嬉しい気持ちが ぐるぐる循環 幸せの循環 そんなときに、 ああ、私の中に母が生きていると感じる 一緒に生きているなと感じるのだ さらにいえば、私はこの世に生きていながら あちらの世界の母に寄り添われている? 見えない空気のヒダの奥に母がいる? そんな感じ 一人じゃないんだなと実感するのだ ええっと 言葉にしての説明は難しい 体は、今 三次元の中で存在して生きているのだけれど 今ここの空気の中には 実は目には見えないけれど 層のようにいろいろな過去や未来が潜んだヒダが 数えきれないくらいの多重に連なっていて その一つのヒダに母がいる・・・ うまく伝わるだろうか・・・ ようするに 四次元的なアレです まあ、普通の感覚からしたら 信じがたい話なので・・ 頭がおかしいと思ってくれても まったく結構 心の幸せに他人の評価は必要ない 幸せ気分 なったもん勝ち 💛(笑)結局のところ 理論も裏付けも必要ない心の奥底に すとん と腑に落ちればいいのだ幸せの感受性が高いものこそが幸せなのさ ♪老人介護は子育ての逆回し・・・という話を以前書いた 介護は子育ての逆回し? 介護は子育ての逆回し?2 老人介護の終着点は 看取り 看取りの後に葬儀、四十九日、一周忌 そして 遺品整理や遺産分割 ・・・今、私はその続きの時間を生きている その中で感じたのは 看取りとその前後の時期は分娩と妊娠期間のようだと・・・ 分娩は楽な人もいるし、難産で妊婦や胎児が命を落とすこともある 看取りも自然死で楽に眠るように逝く人もいれば 長い期間寝たきりになり、 あるいは多くの管につながれたり、もがき苦しむこともある そして、本人ではなく介護する家族のほうが疲弊し、 自死を選んでしまうことすらある また、親を見送り、法要をすませたあと ひっそりと自死をえらぶこともある 分娩も看取りも心身の負担になり、 命のやりとりになることがあるのだ 他人はどうか知らないが 私にとっては母は娘のような愛情の対象だったから 何かあって私のせいで命を落とすようなことがあれば ひとりでは逝かせない 後を追う覚悟だった 異常と思うかもしれないが 他に家族がなく 母親がただ一人の子供を失うとしたら 不思議はない心理だと思う 妊娠中は マタニティーブルーに代表されるように 心身のバランスを崩しやすくデリケート 周りも配慮をすることが必要だが・・・ 多分、老人介護のあと看取り直後も そうではないかと思う 介護による心身の疲労に大切な親の喪失によるストレス 一生懸命に介護していればしているほどその哀しみは深い 周りの配慮が必要だ・・・ 介護は全力でやれたから悔いはなかったけれど、 母がいなくなると何のために生きているのかわからなくなった 今回の遺産相続争いで「死んだら相手の思うつぼ」「都合のいい嘘を真実のように伝えられたくない」 母の無念をはらしたい 今 死んでたまるかっ と思いなおし生きる方向に舵をきった はじめは精神状態も不安定 体調も最悪で 辛くて辛くて なんで私がこんな目にあっているのかと思ったけれど それは母を身ごもっている期間だったからかもしれない 長い 命がけの分娩 妊娠のような期間をすぎ 今は、母のエネルギーやブラックマター的なものが 私の体や心の中に浸透している・・・というか充満している 限りなく沢山 まるで「ない」と思うくらい沢山無限に存在している そんな気がするのだ 母を身ごもり 体内に受け止め抱きしめて生きている 私の中で母と私が融合している そんな感覚がするのだ 「生きていてほしい」「幸せになってほしい」 そんな母の気持ちが心になだれ込んできて 今 生きている そして 幸せだ ありがたい ある意味、この争いが かえって 私の生命に生へのエネルギーを与えてくれたのかもしれない だから 遺産分割の調停も それが長びいていることも 全く後悔していない いろいろなことを考え、 母を十分に胎内に取り入れる時間が得られたのだから むしろ お金のことばかりでなく 私がやって来た介護について精査してもらえることは 幸いでありがたい 今の私に援護射撃をしてくれている 過去の自分の頑張りにも感謝 これからを生きる自信になった そして、これまで家で強いられてきた「妹なのだから遠慮しなさい」「我慢しなさい」 そういう教育を施してしまった母の後悔も理解した もう 押し付けられた価値観でなく 自分の価値観に基づいて生きる 他人に求めず、自分自身を愛す 自分自身を母のように愛し大切にする 喜ばせる 楽しませる 悲しませない 他人にぞんざいな扱いをさせない 私はこれから自分を大切にして生きる 母と生きていく 母だけでなく父や祖父母 曾祖母 犬や猫たち あったこともない ご先祖様も一緒に生きていく 母とみんなと そしていま現存する大切に思う人々と 一緒にご機嫌で生きていく それこそが 母の一番の望み 私のなすべきことはコレ そんな気が 今はしている 追記 ダークマターとは天文学的な現象を説明するために 考え出された架空の物質というか仮想上のもの この宇宙空間に広く存在するとされており その存在が「ある」と考えて矛盾のない観測事実は存在する その割合は、 実存がはっきりとわかっている原子が5%ほどに対して ダークマターとそのエネルギーは95%・・・・ なんだか、「私たちの脳の中で使われているのは一部 そのほとんどは 使われていない・・・。未知のがあるかも?」 などという ワクワクする話とも似ている 見えないものの力、計ることができないものの力 無限の力 ダークマターの話は 私の「ありすぎれば ない」という根拠の一つ ダークマターは 想いかもしれない 愛かもしれない これもまた 不思議で 楽しい話
2021年03月15日
閲覧総数 379
33

今日は久々に いいお天気 青空率が高く すがすがしい でも まだ夏の名残の積乱雲も・・・ 最近の出来事を書く 彼から~ずっと前から逢いたいって連絡が入ってるけど~待たせてる~💛 別の彼とは~ 頻繁にメールしてる~💛 また別の彼とは~ 懐かしい話で盛り上がった~💛 新しい彼、若い子に褒められた~💛 別の新しい彼は、どうも私に気があるみたい こまっちゃう~💛(まったく困ってない) これ、全部事実 いやいや こう書くと私の私生活はずいぶん華やぐわ~(笑) ええ? その年で新しい彼氏ができたの? しかも 何人も? モテモテじゃん? なんで? どれ一つ 嘘ではない しかし、私に、今、交際している男性はいない もちろん 女性もいない(笑) すがすがしいほどに 公私ともにフリー ものは言いよう ものは書きよう 彼は 彼氏(恋人)という意味ではなく 単なる三人称単数の男性を示しているから 嘘じゃないけど、そんな風に聞こえるニュアンスがある これぞ、魅惑の言い替えマジック 上から 注釈をいれると・・・ ⒈ 歯医者さんからの定期検診のハガキが来ているけれど ワクチン接種が終わるまではと思い思案中 ⒉ 弁護士さんとメールのやりとりをしている ここの所 毎日のようにだ ⒊ 電話やメールで親族と母や祖母の話をした ⒋ ジムの新しい入会者に「お若いですね」と褒められた ただ、の社交辞令だ ⒌ 新顔のオス猫が到来、私に目配せをしてくる ふっ 人好きとみた 新しい猫恋人ゲット? へへっ すみません 言い方をかえてみただけで、孤独な初老女の日常もはなやぐわ~♪ 物事は、いろいろあるけど見方次第ってこともある。 例えば、さきはじめた彼岸花 歩いている道から撮ると・・・アップにしても こんな感じ近くに行って別の角度から撮るとこんな感じでもね花の高さになって空を仰ぐと大空の下 二本の彼岸花が寄り添うなんだか、幸せそうな、物語性のある姿に 母が施設にいたころにもいろいろな言い替えをして 笑い飛ばした 「施設に入っている」は、お世話してくれる人を付けて 離れにいる ジムにお風呂に通うことも「離れにお風呂にいく」「屋敷が大きいから、離れが遠くて大変~」 などと 言い替えて笑って見せた ホントはね、ちょっとしんどかった 体調が悪くて はいずるようにして通った時もある でも、歯を食いしばってでも笑う 笑い飛ばした それも、母がいたから・・・ 母さえいてくれたらよかったのだ 後悔はしていない 思い出も現実も切り取り方次第・・・かもしれない もちろん、身勝手な嘘で塗りつぶすことはまったくの別だが 辛かったことも苦しかったことも忘れない でも、キレイな形で、幸せな形で 優しい言葉で 大切に残していきたいと思う
2021年09月19日
閲覧総数 331
34

先日 自転車のチェーンが外れたので 自分で直した 2012年に母が施設に入ってすぐのころに チェーンが外れやすくなって難儀した 自分で何度も直し直し使っていた・・・ あまり頻繁に外れるようになったので しばらくしてタイヤ交換の時に チェーンを締めてもらった それ以来ずっと快調で問題はなかったのだが・・・ あの当時ですでに我が愛車(自転車)のびゅんびゅん号は 購入から15年たっていた・・・ 街中の自転車さんには「もう買い替えの時期です」 といわれたものの。。。 サスペンション付のものはもう販売されていないので しかたない 近所のサイクルショップの人は「使いこんでますね。でもまだしばらくは大丈夫」 と言ってもらえたのを信じて・・・ あれから10年・・・ 今日まで一緒に過ごしている 何より 祖母や母の介護をずっと支えてくれた相棒でもある なんとか使える内は最後まで寿命を全うさせたい なので・・・頑張って自分でまた直した 今回は、歯車の中ほどの挟みこみの部分に チェーンが食い込むようになってしまい なかなか 外れてくれない 難航したが、なんとか30分ほどでお直し完了 でも、、、もう寿命が近い 多分さすがに、近所の自転車さんも そろそろ買い替え とか言うだろうな~ 老体を酷使しつづけて、申し訳ない「いつもご苦労さん、もうすこし一緒にがんばろ」 そんな気持ちで 久々に自転車をふき清めた ・・・そういえば、母はいつもお正月とお盆の前に 自転車を拭き清めていた「ご苦労様。いつもありがとう」そう言いながら・・・ 人だけでなく物にも優しい母だった ・・・私ももっと物も大切にしよう 感謝しよう ところで 先日 テレビで笑える話を聞いた・・・ 若いご夫婦のすれ違いの話 奥さんが「明日までに子供のシャツに名前をつけないといけない」 とあわてていると ご主人がこういったという「何がいいかな? なんてつけようか?」 奥さんは 子供が学校もしくは幼稚園で着るシャツに 名前のついたフダ もしくはゼッケンをつけないと という作業の話をしているのに 旦那さんは お名前をつける 命名すると勘違い・・・「普段、しないから、勘違いしたのよね~」「だんなさん 天然~」と スタジオは大爆笑 あっはっは ああオカシイ・・・ が、しかし、私 ヤバイ かもと思った 実は・・・私 「名前をつけないといけない」と聞いた瞬間 「え? お名前をつけるの?なんで?」と思ったのだ もちろん、すぐに「いやいや違うだろ。名札だ」とは想像できたけど ほんの一瞬・・・ 祖母や母の施設入所や入院の際に、嫌と言うほど 名札付や名前書きをしていたにも関わらず・・・だ そして、自転車には 前々から名前を付けている びゅんびゅん号(本名は別にある)とか。。。 家や樹、花にも名前までは付けないが毎日 声をかけている 多分、その旦那さんと私は似ている・・・ 母がそうしていたから 普通だとおもっていたけれど 多分、すこし変わっているのかもしれない でも、まっいいか 他の人に迷惑をかける訳でなし・・・ ねっ と 今回まさに使っているパソコンのパソコに愚痴る「いいんじゃない?」と 代わりに膝の上の猫がゴロゴロ喉を鳴らす ゴロゴロ グルグル 対人でなくても 対物であっても 優しさや想いやりを・・・ 愛をのせて回すことはできるんじゃないかな? ちょっと そんなことを考えた・・・・ そして、この部屋の散らかり方は・・・ セルフネグレクト系の心の乱れもあるけれど 物や自分を大切出来ていないから・・・ 整理整頓ももうすこし頑張ろ~(汗) 追記 猫耳ずきん と なぜ名乗っているかと言うと 言葉以外のコミュニケ―ションで 親しい犬や猫の 「言わんとすること」が どうもわかる気がするから・・・ 言葉ではないけれど しぐさや表情 眼差しはとても饒舌 母が声が出にくくなっても 十分なコミュニケーションが取れたのは 犬や猫との付き合いで 言語だけに頼らない意思疎通力 相手の気持ちを汲み取る力が鍛えられていたからだと思う さらに母とは対人間なうえ、積み重ねてきた歴史が違う 唇の動き、指や手のサイン、文字盤の指さし 細やかなことも声でなく会話できた 老夫婦の「あれ」「はい」で通じる感じだ お互いを信頼し、心と体をゆだねあう 何より気持ちを伝えたい、汲み取りたいと思い合う しっかりつながっているという安心感 それが長く介護を続けられたモチベーションだった 介護士さんや看護師さんも 能力の高い人ほど、 母の意志や感情を理解しようとしてくれたし 理解し思いやりのあるふるまいをしてくれた その温かいやさしさで 私も母も何度も救われた・・・ 物も人も…無限の愛のぐるぐるの中で循環・・・ それが 幸せなんだと思う きっと
2022年04月14日
閲覧総数 382
35

今日は、昼前から日差しが降り注ぎ良い天気になった 洗濯物もよく乾いてありがたい 明日は雨らしいので今日のうちに先取りで 明日の分まで歩いておこうと、すこし遠くのスーパーに行った 片道およそ1キロ ちょうど良いウォーキングコースだ ついでなので 回り道して もう一つのスーパーものぞき、 その帰り道、毎年、蝋梅の花が楽しめるところまで足を伸ばしてみた もう花は終わってしまっているだろう と あまり期待しないようにして のぞいてみたら 少しだけまだ花が残っていた ほとんどの花はここ数日の雨に洗われて 色も香りもあせていたけれど ほんの数輪だけど 咲き始めの花があった 香りは。。。大好きなあの甘く優しい香りは・・・ 花を近づけると 微かだけれど感じることかできた あ~いい匂い 鼻福ですわ~♪ 私の今の嗅覚は 輪郭も色もコントラストもくっきりだった若い頃とは違い 朦朧体って感じ(横山大観で有名な絵画の技法) ぴしっと分かるというのではなく 輪郭線ははっきりしなくて でも雰囲気で形が分かり 色や陰影 空気感みたいなものが感じられる そんな 認識の嗅覚 今年は 花と香りの時期を逃したと思っていた蝋梅の あの 馥郁として甘やかな香りを 感じることが出来た ありがたい ついてるな と思う で、明日の分のウォーキングを済ませ 今日の分の運動を とスポーツジムに出かけたら ドリンクを忘れたことに気づき ええい、準備運動代わりよっと自宅まで往復をジョギング で、スポーツジムで着替えようとして水着を忘れていることが発覚 仕方ないので、また走って自宅まで往復 二度も忘れ物をした自分にがっかり ああん もうっと 腹立ち紛れに全力疾走 ジムに戻ったときは 汗だっくだく 十分な準備運動・・・いや すでにやり過ぎ? 息があがって 着替える前に一休み プールが使える時間がギリギリになったので ノルマをこなすべく 短時間にバリョバリョ全力で泳いだら もう へろへろ 思考停止の疲れ具合 意識朦朧? ちょっと前までは こんなじゃなかったな~ ・・・もう若くないな~と・・・ こっ これは・・・ 嗅覚だけでなく 体も・・・ もう老体? (苦笑) おそまつさまでしたっ
2024年02月24日
閲覧総数 283
36

ああ・・・ニュースを見ていたら また「幼児がベランダに閉じ込められ」などと・・・・書いた記者もひどいが チェックをするはずのデスク読み手のアナウンサーも 全く違和感を感じなかったのか?こんな程度がもう普通??閉じ込められる・・・というのは閉鎖空間に入れられ出られなくなることベランダは どう考えても 開放空間内側の室内にはいれない状態にされた場合は閉じ込められる ではなく 閉め出される だそして 別の番組では盗難の被害をリポートした後犯罪者側のやり口について「盗難の手口」??と言いおりましたいやいや 窃盗や空き巣の手口なら分かるが・・・盗難の手口って???被害者側の手口??どうしちゃったのかな?これって 普通に伝わっているの?この雑を通り過ぎて ぐにゃりと歪んでいるのに私は耳にするだけで ぞわりと気味が悪いのに平気で全国放送にのせる 雑で鈍感な感覚・・・・言葉のセンスだけではないのかもしれない・・送り手も受け手も 気にならないのか?みんな平気なのかな?このままコレが普通になっていくのかな?ああ 気味が悪い
2025年07月15日
閲覧総数 303
37

10月に入り随分秋めいてきたようやく朝晩だけでなく日中も30度を下回る日が続くようになった昨秋 取り逃したミョウガ 今年はこまめにチェックで よいタイミングで なんとか収穫できた 自分用にに2.3個とりおいて後はジムのお姉様方に差し上げたぬかごも大豊作 キンミズヒキ 秋咲きのジャスミン も咲き始め 酔芙蓉も そろそろ満開だ 母が施設にいた頃は 酔芙蓉が咲き始めると自宅外泊の秋の始まり 遠くから見える自宅の満開の様子を見ながら 母の車椅子を押して 家に帰ってきた 大変 過酷な重労働だけれど 幸せな一時だった 今 ソレにも勝るとも劣らぬ 時間拘束と過酷な 老猫介護が続いているが キイコの 奇跡の回復が凄いことになっている(とうとう座位が保て よたよた歩行も出来るように) もりもり食べてモリモリ出して オムツや洗浄清拭をいやがる 介護拒否もいっちょ前にしてきて 嬉しいやら 大変だわ 困惑と幸せがない交ぜです まあ この苦労も生きていてくれればこそ 神様が 望み以上の回復をさせてくれればこそ 幸せだと感謝して・・・ とまあ、おむつ替えの事もあって 食事や水分栄養補給意外に 4時間後のおむつ替えで 振り回されつつも その合間を縫って お彼岸にはちゃんとお墓参りも果たし この季節恒例の デパートやショッピングセンターの 北海道うまいもの市にもいってきた いつもの定番の 銘菓など いろいろ 上の毛蟹の他 ほんもののシシャモ いかやき シシャモのわさび漬け 今回嬉しかったのは ゆめタウン で カールレイモンのソーセージやフラノデリスの牛乳プリンがあったこと 狼スープのラーメン まで 入手出来て 本当にうれしい ゆめタウンのバイヤーさん ブラボー💓 三越では 定番の海鮮ちらし 今回は三色ちらし 蟹クリームコロッケも 美味しゅうございました♪ゆっくり外食する余裕も無いから 美味しいものは買って帰って自宅で楽しむ ・・・ その時間も限られていてアルコールを楽しむ余裕が無いのが辛いけどささやかながら 頑張る自分にご褒美です♪ 時間が無いので自転車で最寄りの駅まで行って電車利用 いつものように 快適なサイクリングではないので 運動効果やストレス軽減効果は無いけれど 猫が幸せで 介護にしわ寄せが行かないことが大事 過酷な条件だけど 長期戦は確実な 猫介護 なんとか 折り合いをつけて 自分がダウンしないよう 乗り切っていきたい 世話される側では無く してあげられることこそを幸せだと 噛みしめて・・・
2025年10月01日
閲覧総数 395
38

きいこはますます元気。食欲もモリモリ 排泄もモリモリ(苦笑)前足で這いずるだけで無く、一瞬立ちあがったりよろけつつ一二歩歩くほどにまでなったしかも、寝ているときは機嫌良く 後ろ足をびょ~んと伸ばしたり前足が届きバランスが保てる上半身に限られるが毛繕いも再開声をかけると朗らかに いいお声で挨拶も返すし撫でたり近くに行くと ゴロゴロとのどもならす 体はますます不自由になったものの それなりに 受け入れ 今の状態でも幸せを謳歌している様子 体調的にも精神的にも落ち着きが出てきた感じで生きているのが精一杯 から 余裕が感じられる状態になった美味しそうに食べたり 機嫌良くお昼寝していてくれるだけで本当にありがたい 胸が熱くなるまあお陰で 清拭やシャンプー おむつ替えの際の介護拒否も ますますお盛んな暴れ方で 大変だけれどまあ 元気があって よい・・・ということにする ここまで くれば一安心とは言えるが・・・・これから寒くなるから いろいろ保温対策に心を砕かねば ということで 相変わらず猫介護ファーストな日々ではあるけれど 今日は 久々に友達が帰ってくるのでランチをした美味しいお寿司と美味しいケーキと珈琲気兼ねのないおしゃべりと大笑いもうここのところ 頑張って無理しても無理してもさらに大変になってきて 体力的にも気持ち的にもギリギリだったけど楽しいおしゃべりと美味しい食事 おやつで 元気回復お土産には 大好物の 白十字のワッフルまで頂いてもう なんという幸せ💓会いに来てくれてありがとう誘ってくれてありがとう猫のお世話時間の合間をぬっての 3時間の逢瀬だったけど本当に ありがたい 幸せな一時を過ごして 元気回復💓食事の後にはお店の大将から ちっちゃいアクエリアス貰ったり途中のお買い物で アサヒのノンアルが売り切れで残念と思ったら キリンのノンアルが一本サービス付き最後の1セットをGET出来たり オマケが次次なんかツイテル♪まるで この夏から秋の頑張りにたいしてご褒美をもらったような一日でしたああ 大変な中にも キイコが回復した上に こんな楽しい一日まで私は 恵まれている 感謝多謝💓💓
2025年10月08日
閲覧総数 382
39

今日は立春 春を思わせる温かな一日でした もちろん 我が家の立春の朝は お雑煮 お屠蘇も 祝い肴三品もちゃんと頂きました ちょっと 贅沢に果物 モリモリ💓タンパク質やビタミンも豊富 栄養バランスも良し♪ このブログにはご無沙汰が続きがちですが、それなりに元気です 毎日 美味しく きっちり食べています 寒の間も 我が家のしきたりや習わしをきっちり 踏まえて 過ごしました 寒の水を汲み替えたり、小正月にお雑煮を食べたり寒餅を食べたり いつもの通り ちょっとばかりの変化は。。お鏡さんの残りで揚げ餅あられを作っててみた味付けは 塩だけでは物足りなかったので金比羅さんのお撤饌でいただいた昆布茶をかけたら旨味ものって いい感じ♪昨日の節分にはお昼に ちょっと手抜きで 買ってきたものだけれど恵方の撒きを南南東に向かっていただき夕飯には 節分蕎麦を頂いたお正月の小エビの天麩羅の残りと車エビの残り入りさらに 蓮根しんじょもはいって ちょっと楽しいスーパーに あまり良い蕎麦が無かったので乾麺の出雲蕎麦にしたけれど 小麦メインの偽物よりも蕎麦粉の分量が高い方がやはり美味しい大正解でしたもちろん 豆撒きも イワシの頭のヤイカガシも立春大吉の張り紙も 抜かりなく・・・・そして極めつけは信州松本の飴市の 福あめ 今年も どお~ん とお取り寄せして 皆さんと分福 お福分けを楽しみました♪ 新橋屋さんからも りんご 飴のサンブルなど 沢山 オマケを頂いて 幸せ マシマシです💓 福あめを 差し上げて 「いつものや~」とか「美味しいからコレすき」 とか言ってもらえると ホント 嬉しくなる福がいっぱいの いい年になるといいな~コレを読んでくださる皆さんにも 沢山の福が来ますように♪ 追記 福あめに ちなんだ 子供の頃の 節分の飴の想い出は こちら・・・2021/02/2 節分の思い出
2026年02月04日
閲覧総数 200
40

テレビを見ていたら 関東で もう藤が満開らしい私が高校時代 連休明けに母校の藤棚が満開だった社会人になって 直ぐのころ 大叔母が来てくれた時ゴールデンウィーク最終日 みんなで藤の寺にいって満開だった今は もう連休に入らない前から 満開・・・年々 花の暦の巡りが早まってきている・・・徐々に・・・ではなくて がんがんに・・・恐ろしい気がする私の庭も 昔にくらべ どんどん早くなって 春というより すっかり初夏我が家のジャスミンは満開、甘い香りが漂うハコネウツギやツツジも咲き出したツユクサも 盛りを迎えたこれは ツクシ?それとも スギナ?ツクシなら もっと茎が太くて 肌色・・・のはずがなんかとても細くて 緑が濃い どちらともつかない 不思議な子ショッピングセンターの桜は 完全な葉桜買い物の道中も花一杯我が家にも あった 黒いビロードの様なチューリップ50年前は珍しかったけど 今はよく見かけるこちらも 昔 庭にあった ライラックご近所にあるので 毎年嗅がせて貰っている甘ったるいような香り 札幌大通公園の初夏の香り凜々しい アオサギくんも 発見よく 野菜を下さった 農家の畑以前は 温かくなると 農家の方が畑の手入れや収穫をしていてこの季節なら ブロッコリーや葉ゴボウを下さったもう 亡くなってしまった 今は 使わないので 雑草の小花が盛り畑全体が花だらけなのに ひっそりと寂しげ主がもういないことを知っているのだろうか収穫時期をのがした大根の なれの果て後継者のいない農家の畑がこのあたりも増えた私の食卓は 今年も旬を美味しく食べ進んでいるこの季節 外せないのが サワラの真子20日に解禁 それいららい ちょうどいい真子に巡り会いたいとなんども スーパーの鮮魚コーナーをパトロールやっとかめ 出会えました💓もうもうもう 美味しいったら~♪この季節にしか出会えない 我が家の季節の定番そして こちらは イカナゴ天麩羅にして ビールととともに♪あとは サワラの切り身で 味噌漬けをつくればコンプリート💓想い出の美味しい味覚を 父母らとともに舌と心で味わって 幸せ満喫♪季節は巡る 終わるモノ変わるモノもあるけれど想い出は変わらない いつまでも一緒今日も 美味しく ごちそうさま~♪
2026年04月25日
閲覧総数 153
41

以前は すぐ近所のショッピングセンターの駐車場に沢山のツツジが植えられていたが刈り取られてしまい残念なので もはや毎年恒例になった いつもの仏生山公園へツツジを見に行ったショッピングセンターのツツジは母との記憶は車椅子だがここは まだ母が歩けていた時代に何度も来ているので想い出の中の母は私の腕につかまって歩けている・・・母が元気だった頃は この公園ではGW中は様々なイベントが行われていて賑わっていたあのころは 派手な音楽がかかって出店が立ち並んですごい人手だった母と焼きそばやアイスクリンを食べたり 産直市や蚤の市を楽しんだひとりで歩けなくなっても母はお出かけが好きだった何でも 目をキラキラさせて楽しんでいた今は 家族ずれが訪れているが混雑はしていないツツジは盛りを過ぎているモノも目立っていた公園と道路の境の池には カキツバタ?ショウブ?奥の芝生公園に進んで その一鶴にあるバラ園を覗いた満開 というか 見頃ではあるが 全然手入れしていないので荒れ放題のパラ 寄せ植えって感じ どの花も香りが薄いバラの他にも いろいろ ジャスミンや クロマチス アイリスなんかもそのまた奥には シャクヤク園ここは これから見頃2分咲きというところかそして その奥に? なぜか ジャガイモ畑・・・なぜ?この花は 間違いなく ジャガイモ・・・いつから こんなことに?近く訪れるであろう食糧難に備えて?ご先祖ゆかりの 法然寺のお参りもすませて 心安らか山上の緑陰涼し 趣があるなあただ 階段は昔のままの石段 角がまるくなり風雪や人の足ですり減り変形しまくり 結構危険恒例のひみつの幸せ探し 四つ葉のクローバーはなんと 1分もしないで見つけられた💓 御先祖さまのご加護?帰りの道中も花いっぱい 眼福眼福ほんの小さな区画だけど 久々に 蓮華が見られて 嬉しい甘い香り 懐かしい香りに 和む我が家が新築の頃周りの田んぼはこの季節 一面が蓮華畑で家の中にまで甘い香りが漂っていた あの頃 母も父も みんな若かった ノスタルジーかき立てる香り蓮華の香りは 懐かしい香りうちの蜂蜜の定番も 蓮華だったし・・・大好きだけど レンゲの花は年々 稀少になってきた去年まで 咲いていた田んぼも いつの間にか更地になったり家が建っていたり 駐車場になっていたりレンゲ 来年も ここで出会えるといいな体調不安とか いろいろあるけれど花を見ると 気持ちがほぐれるね帰宅して木守り 最後の甘夏を収穫 四つ葉は プラコーティングして お守りに♪やるべきことは山積なののに やる気が出ず困りものでも 初夏のお花見できたし 法然寺にお参りも出来た例年通りの流れは 守れたので ちょっと安心もうひと頑張り と 以前なら思う所だけれどこれからは 体力温存をこころがけて・・・ぴんぴんコロリ ならぬふにやふにゃぬるりで生きていく(笑)
2026年04月29日
閲覧総数 115
42

憲法記念日 他の記念日はその年によって色々変わるけど これは変わらない 必ず 5月3日みどりの日なんて 以前の昭和天皇の誕生日4/29だったのにいつの間にか 4月29日は昭和の日になってみどりの日が5月4日になった なぜ? アレコレ 日付に意味があった記念日も週休3日風にすべく 敬老の日やら体育の日やらも月曜にされ毎年変わるから 変な感じ・・・まだなじめないで 憲法記念日 なので 久々に前文だけでも読んでみた素晴らしいですね・・・そうだといいですねでも 絵空事っぽいなかでも 日本国民が戦争を放棄し、戦力を保持せず、交戦権を認めないことを定めた平和主義っての大丈夫?・・・崇高な理念だけど・・・その大前提が 諸国民の公正・・・他国の正義と誠実さを信頼しってのは??われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずるってこの物騒で いくつものヤバメの大国がオラオラやってる時勢に アリ?っていうか この憲法を押しつけてきたアメリカが反しまくってますでも 第九条によって 派兵や戦争への加担を免れている事も事実どうあるべきなんだろう?これから コクコクと世界情勢も変わりそうな中日本は 国として どうすればいいのか本来は国民ももっと問題意識をもって真剣な勉強や議論をすべきなんだろうけれど・・・・ワイドショーのみならず 報道番組も この問題には焦点をあてない・・・視聴率がとれないから事故や事件 の周辺の三面記事的な話題が大きな割合をしめているみんなわかりやすくて感情が大振れするニュースばかりがメインじっくり考えたり 議論を深めたり そういうのはお嫌いのよう難しい問題は 先送りか見ない振りじゃ ヤバイよね正当に選挙された国会における代表者といっても 投票自体も この人と託したのでは無く消去法でしかたなく選んだり政党も 全部自分の考えと一致する党など無く・・・・・・・ここからは全然見えない国をよくするための選挙では無く 自分が当選することが一番の大事だったりする・・・訳分からん憲法改正っていうけど 何をどう変えたいのかあまりの取りあげられていない みんな考えている事がそれぞれ違う・・・みたいここからは 全然なにも見えないでも 世界情勢が きな臭くなってきてからというもの国民の中でも 自衛隊の軍事力の強化や専守防衛の解釈を広げようという意見が多くなっているそうだでもって 防衛装備移転三原則の改定を行い、殺傷兵器の輸出を原則解禁分かるんだけどねアメリカももはやアテにはならないし・・・オーストラリアなど 他の国とも連携していくべきだそれは分かる・・・けど なんか あれ?いつのまに?って気がするもっと 国民に分かるような議論して欲しいいや これはこちらの勉強不足か・・・新聞を取らず、ネットニュースの主な項目しかチェックしていない自分の毎日の生活で精一杯・・・だけど私達 国民ももっと持って考えるべきなんだよね最近 急に右翼の皆さんが元気になってるのも気になるもう何年も 町中で大音響の軍歌など耳にしなくなったのにここのところ、右翼の街宣車が目立つ鷹派のみなさんが元気だと右翼も元気って・・・ホント?と いくら気をもんでも世界情勢も安定しないし世相も良くならない・・・本当に・・・日本国憲法の前文にあるような崇高な理想が実現するような世界 なんてあり得るんでしょうか?いやいや 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふでしたね追記 正しければ 絶対に守ってくれると思っていた司法に 明らかな裁判官のミスで損害を受け、訂正も賠償もされなかった私 訂正するための法律が無いからって理由で・・・ 信じられなかったけど それが法律 司法 国会議員になって 「裁判官のミスを訂正できる」という法律をつくらないと 明らかな裁判官のミスすら 訂正できないんだと・・・ だから この場合 泣き寝入りが普通なんだそうな 変すぎ・・・ 天網恢々粗にしてタダモレ だよな~ 結局 憲法も法律も・・・
2026年05月03日
閲覧総数 80
43

母の調子が思わしくない。今週もまた自宅外泊させられなかった。 目眩も続いているし、胸が苦しいと言うので張ってもらうプラセボのシールも欠かせない。目はほとんど開かない。自分の手で押し開いても10秒と持たない。すごいしかめ面で眉間にきつい皺をよせる様子は、見ているこちらまでつらくなる。促せば、声自体はそれなりの大きさで出るのだが、反応は遅く、問いかけに答えないことも多くなっている。 シンメトレルを朝昼に変えてもうずいぶん立つがあまり母には効果がなかったようだ。 こんな調子が続いていては、お正月に連れかえることも不安だ。 つらいとき、キツいとき、「これをなんとか乗り越えられれば」と以前は思っていたが、ここ数年は乗り越えることなく、ずるずると落ちているというのが現状だ。この後、もう少しマシになる。。。なんて保証はなく、どちらかというと、ますますしんどくなることの方が断然多い。 どんどんしんどくなって、最後に自分の死を迎えることで やっと楽になるのが私の人生かもしれないと思う。 置かれた場所で咲きなさい・・・か。咲く気力も残ってないわ。咲く気力体力時間があるなら寝たい、休みたいわ。不幸を誰かのせいにせず、自分の気持ちの持ちようだ・・・とか、周りが変わるよう望むより自分が変われば幸せになれる・・・・とか、ね。理論的には分かるけど、そう簡単な問題じゃないよ。自分の気持ちを変えるのはとても難しい。しかも、もし、心の持ちようが変わっても客観的に見て状況が変わるわけではない。何かに残りの エネルギーをつぎ込むより、ただ休みたい。 楽で幸運な人はずっと幸運で、苦労ばかりでしんどいひとにまたさらなる不幸が降りかかり、なんて事も多い。夢をもたず、希望を持たないことが失望や絶望の予防になる。 心身ともにぎりぎりでダウン寸前だけど、なんとか持ちこたえているこの状況で、、、「一億総活躍」なんて聞くと、ちゃんちゃらおかしい。もう、休ませてほしい。仕事もできないと悩んでいたあの頃の状況じゃない。仕事すらしたくない。ただただ休みたい。よこになる時間がほしい。 ほんの一日でいいから、思い煩うことなく、静かにゆっくり休みたい。この後のためにも・・・。 母を見送るその日まで、私に安楽な日はなく、亡くなったらその日からまた後悔と悲嘆の日々が続く。それは、これからいつか、必ず来る避けられない未来。咲くとか活躍とか、そんなのいらないから、母と私に安楽で安らかな最終章を・・・というのがただ一つの願い。政治家が思う幸せなんていらないから。 どうしようもない未来だから・・・泣くしかないよ 「置かれた場所で泣きなさい」 これが私にとって一番ふさわしい言葉かもしれない。
2015年11月01日
閲覧総数 266
44

母の調子がいまいち良くない。 ますますまぶたが自力で開けにくくなり、手で開けてもすぐに閉じてしまう。頭振りもひどいし、反応も鈍い。さらに、しんどいという訴えが多くなっている。しかめ面はすさまじく、般若の形相だ。 実は先月末でこれまでお世話になっていたマッサージの先生が退職してしまい、今日から新たに入ったリハビリの先生にお願いすることになっていたのだが・・・(本当はマッサージを続けて欲しかったのだが、今通っている病院ではマッサージの先生がいなくなり、リハビリの先生だけになるのだ) 「体に負担の少ない形で、関節や筋が固まらないことを目的に無理のない形で」とは、お願いしていたが・・・、母は今日午後、先生のところに行ってすぐ「しんどいから帰る」と言って帰らせてもらったらしい・・・がっかり。少しでも体を動かして血流が良くなれば体も活性化して少しは症状も改善するかと期待したのだが。本人は全くやる気がないようだ。頑張れと励まされるとプレッシャーになるからいやだと言うし。。。 しんどい、と言いつつ夕飯も夜食もいつも通り食べられているあたり、リハビリはしんどいと予想して ズルしたのかもしれない。 なんとか、すこしでも良くなって欲しいといろいろこちらが頑張っても、どうしようもなく、無力感でどんより。 若いころの母は元気で明るくて、いつも笑顔で朗らかで、「健康美人」という感じの人だったのに。優しい目で笑いかけてくれる暖かな人だったのに。大好きだったのに。自慢の母だったのに。今の母はまるで別人だ。硬く目を閉じ、眉間にしわを寄せ、周りを拒絶するような表情をいつも浮かべている。もちろん本人がそうしたいわけではないのだが・・・。 若い頃の面影も今はほとんどない。そのへんの女優なんかよりきれいだったのに・・・ 「これは、いったい誰だろう?」と思うときがある。酩酊した酔っ払いが絡んでくるような目つきに ぞっとすることがある。逃げ出したくなるときがある。家で介護していた頃に、薬の影響で感情が荒れ、何度も暴言を吐かれ、「私なんか死んでしまえばいいと思っているんだろう」とすごまれた時も、私の言いつけを守らず入院沙汰になったときも、・・・それでも我慢できたのは、その後で「ごめんね」と笑顔があったから。。 笑顔がないというのは、暖かなまなざしがないというのは、相手の心をこんなにも荒ませるものか。 祖母の時は、要介護になってまもなく幸せに笑顔いっぱいな人になったから、いくら大変でもいとおしい気持ちがわいてきたのに・・・ 何で、母はこんな事になってしまったのだろう。苦労して、我慢して、でも周りの為にいつも全力で生きてきた人なのに、みんなに優しい暖かな人だったのに。なんで、最期にこんな事に? かわいそうなのに、・・・なんとかしてあげたいのに、うまくいかない。もう手立てが分からない。 大好きだった母なのに、自分がしんどくなると、どうしようもなく、嫌になる。つらくなる。つらさの原因が母のように思えてくる。でも、母が悪いんじゃない。悪いのは病気・・・ 母を嫌いになるまい。なんとか好きでいたいと思う。嫌いになってしまいそうな自分が怖い。 最期の希望は、コウノメソッドによるシチコリンの点滴・・・でも、母に点滴してくれる医師はいない。 この調子では、もう間に合わないかもしれない。 どなたか、シチコリンの点滴をしてくれるお医者さまはいないだろうか。旅行がてら、こちらまで出向いてくださるお医者様はいらっしゃらないだろうか? お金はいくらでも出したい。限りはあるけれど、出せるだけは出していい。 コウノメソッドによる実践医の方の出張治療求ム 自由診療上等! 治療費に加え顎足枕(食事 交通費 ホテル代)も付けます。 こんな広告を出したい気持ち・・・ 症状改善の可能性がある治療が分かっているのに、それを受けられない悔しさ。わかるだろうか? 高齢者は 残された時間は短い、待ったなしなのだ。 誰か・・・助けてください。
2015年11月04日
閲覧総数 204
45

やばい・・・50代に突入した時に、 十の位を四捨五入すれば 50以上はみな100歳 などと笑っていたが・・・ 10年もしないうちに 65歳・・・ 憂い者の仲間入りだ。 還暦が ひたひたと近づいてきている。 若いつもりでいたけれど、、、本人だけがそのつもりで・・・友人に孫が生まれ始めると。。。あああ、もう若くないっ でも、今が人生で一番若いっ のはざまに揺れるお年頃。 介護が本格的になった2002年ごろから、更年期の揺らぎがではじめ、母が急激に悪くなった2011年は私自身の更年期もピーク。言葉の綾でなく、生物学的にも 命がけ状態。。。その更年期も過ぎ去り、今は老年期の入り口・・・。ホントにいろいろありました。 そして、養殖の衰えといったら、もうもうもう。なにかとストレスで食べられなくなるタイプなので、介護がきつい時、母の死後には40キロ台前半(身長は高い)で推移。即身成仏寸前だったのに・・・これまた、今は、ものが美味しくて食べる食べるで、体重は生涯最高記録を更新中。育ち盛りふたたび・・・縦でなく横にですが・・・。 とまあ、いろいろありましたが、在宅介護していた2011年当時、母がすこし落ち着いていた夏に、夜中に少しづつ書いていた漫画がありましたので、今回、それをアップします。 拡大してお読みください
2020年01月04日
閲覧総数 389
46

この漫画は11枚ものです。 前編 中編から 順にお読みください。 ふっ 10年近く前に書いたもの。。。。若かったわね。私。 今や 居直りの境地・・・
2020年01月04日
閲覧総数 491
47

マスクの売り切れが 相次いでいる。マスクを買えない。足りないという声が多く聞かれる。 テレビでは、使ったらその日のうちに捨てるべきだ。再利用はいけない。出来れば、一日に何度も外出するたびに替えた方がいいとも。。。言われている。 本当に そうだろうか? 実は私は前から 再利用をしているし今後もするつもりなのだ。 なので、今回は 再利用について書いてみたいと思う。 私が今 使っているのは、アメリカNELSON検査研究所 検査適合品 WHO推奨基準クリアと書かれたものだ。ずいぶん前に買ったもの。施設で配られるもので不安なので、母がほかの病院などに診察や胃瘻の交換に行くときに使うように入手しておいたものだ。だからといって そんなに高価だったという記憶もない。 で、そこの商品説明に書かれていた。「繰り返し 使用可能」 そのやりかたは、使用後に風通しのいい屋外で陰干し48時間。 ウイルスはたんぱく質のない状態なら12~48時間で滅します。とのこと。 で、私の場合、マスクを外す時にまず全体に アルコールスプレー。このマスクは陰でと書いてあるから陰に干すが、、、通常は日影でなく日の当たる風通しのよい場所で干す。紫外線にも殺菌があるからだ。以前 新型インフルの流行が懸念された時期にこのやり方でしのいだ。 ないない手に入らないと焦ることはない。何枚かを使いまわし、捨てずに何回か使ってから廃棄する。 マスクを触るときは 耳ゴムの所をさわる。 一度で捨てるとなると もったいないし、膨大な費用がかかる。得に今のようなマスクが高騰してしまった場合は・・・こういうアイデアもテレビで紹介すべきではないかと思う。 消毒用のアルコールについては、これもまた母につかっていた残りの大ボトルが2ℓある。小分けしてスプレー容器に入れて、玄関とバッグに。 とにかく、元気にみえる人でも感染している危険性があるというのが怖い。今受験シーズン待っただ中。都会にでた受験生が一斉にウイルスを全国に運ぶ危険がある。インフルエンザの例年の傾向は、お正月の帰省時に全国に広がりピークを迎えるというのだから。ピークは今からさきら なるだろう。 乗客やスタッフが留め置かれている豪華客船では、検疫検査官にも感染がひろがったという・・・・検査をする際 お互いにマスクはつけていたはずだろうのに・・・より一層の警戒が必要だ。 自分がかからない。持ち運ぶ者にもならない。この努力はとても大切だと思う。自分も感染しない。努力が大切だ。
2020年02月11日
閲覧総数 134
48

2001年に書いた はぢ拾遺物語 回顧編 第10弾 挿入部 の 「かけっこ」は 四国作家 に掲載されたものの引用です。 ラストランナーは今 十年ちかく前、「かけっこ」と題したこんな雑文を地元の同人誌で発表した。” 幼稚園時代、かけっこはいつもビリだった。 走るのが遅かった訳ではない。どちらかといえば、速かった。でも、運動会のかけっこは必ずビリだった。 理由はカンタン。二つある。まず、かけっこが足の速さの競争だとは知らなかったから。もう一つは、旺盛すぎるサービス精神。 運動会は、幼い私にとっては、晴れの舞台、ショーのようなモノ。中でもかけっこは注目を一身に集めることのできる見せ場だ。ヨーイドンで飛び出せば、観客からはやんやの声援。「がんばれ、やすこちゃん」「負けるな!」こんな声が聞こえたら振り返らずにいられない。ニコッと笑って手だって振りたい。なんでもかんでもやっていると、見る間にダントツビリッケツ。 でも、十分満足だった。「なりふり構わず走る他の子に比べ、私はなんて優雅なんでしょう。一番可愛く走れたわ」と喜んでいた。だから、小学生になって、かけっこは速さの競争だった事を知って心底驚いた。 それにしても、三つ子の魂百までとはよく言ったもので、友達が次々と結婚のゴールを切る中、私は未だ嫁き遅れのたすきをかけて、悠然とビリを走っている。 このレースは、「速さが勝負じゃない」と強がりながら、内心ちょっと穏やかではない今日この頃である。” という文章を書いてしばらくは、「そのうち、いいご縁があれば、結婚することもやぶさかではない」「素晴らしい相手からどうしてもと望まれれば」・・・などと(「何様のつもり? 高飛車な! 寝ぼけてんじゃねぇ」とつっこんで頂いて結構です。すみません。夢見がちな性格なんですぅ)気楽に構えていたのですが、その内、「年々目は肥え歳はとり」(拙著平成ずれずれ草参照)すっかりさっぱりご縁が遠ざかってしまいました。そんなこんなで、数年のちには、女らしくあることすら面倒になり、結婚をしたくなるような出会いの陰もなく、結婚する気は全く失せ、 現在に至っております。 命を懸けてもいいほど生き方に惚れられる相手となら、一緒に生きていきたいけれど、そういう人には巡り会わず、出会ったとしても、そんなすばらしい相手が私を気に入るとは思われず(若い頃より数段まともな客観性が養われたので)、自分の事は棚に置き「まあいいか」で手を打つことのできないこの性格では、一生このままだろうし、無い物ねだりをして暮らすより、その方が幸せではないかと考えるようになった次第であります。それに、いざ結婚となるといろいろ背負わなくてはイケナイモノが多すぎるのも面倒で、若い頃ならいざ知らず、いまさらより一層の苦労などまっぴらごめん。 ほおっほっほっほっ、私は今や立派な正真正銘、堂々たる嫁きおくれ。 その上、この頃は、ただの嫁き遅れだけではモノ足りず、つとめにも出ず、この年でありながらよっぽどの理由が無い限り化粧もせず、日々家にこもりパソコンのキーボードをにやにやしながらうち続けている・・・という世間様の常識からは、ずれまくりの怪しい半隠居に至っております。 この状態をかけっこのレースにたとえれば、コースを外れ、校庭すら飛び出し、みんなとは違った方向にたった一人でどんどん走り続けている、そんな感じ。トラックで現役で走っているのはもう私より十も若い人たち、私を応援してくれる観客はいない。見てくれていた人は心配している・・・いや、きっと、あきれているにちがいない。でも期待されるより気が楽だ。同じところをぐるぐるずっとまわっているより気持ちいいし、楽しい。内面外面ともに、まさしくずれずれを体現している私。 このままどこへ行くんでしょう? どうなってしまうんでしょう? 自分でもよくわからない。分からないけどソレもいい。わかっているのは、もはや、私が走っているのはレースでは無いと言うこと。スピードや距離を競うものではない。どこに向かうのも自由、走ること自体を楽しんでいいのだということ。 今のところは、校庭を飛び出し、トラックの輪から飛び出したつもりの私。もはやスピードも気にせず、歩いたり道草をしたりも自由な日々なのだが、不安もある。もしかしたら、世間の常識から遠くに走り去っているつもりが、タヌキにバカされたように実はいつまでも同じところをぐるぐる回っているのかもしれないのだ。自由という道路標識にだまされて・・・。 まあ、しかし、自分がバカだと気づかないうちは幸せって事で。***2020年の私から あれから 凡そ20年・・・ずれずれの道まっしぐら。 未だ独身。もはや結婚するかも とは皆思わなくなった。その分生きやすくなったような気がする。女性としての賞味期限は切れ、人間としての品質保証期間もやばくなってきた。 2000年秋に レギュラーの仕事が終わり、続けて別の仕事を紹介されたが 次はいれなかった。 祖母の看取りの時期にさしかかると思ったからだ。母は難病を抱えていて心身ともにストレスは厳禁。母に負担はかけたくない。だから私が家に入って頑張ろう・・・家でできる仕事に切れ替えればいいのだと思ったのだが、すぐに母が心臓の発作を起こすようになり、二人同時介護に突入。その前から母ケガや病気の入院が絶えず、祖母の介護中に私自身も腰椎骨折をして古傷を抱えているため、その過酷だったことといったら、もうもうもう。・・とまあその話は以前 簡単にマンガにしてご紹介しているので割愛。2020/1/9 介護漫画 日々是口実 ご参照あれ。https://plaza.rakuten.co.jp/necomimiyan/diary/202001090000/ まあそんなこんなの、おかげでなのか、たんなる経年劣化か・・・外見はしっかり老け込んだ。 でも、中身は少しは成長した。特にメンタルが強くなった。 昨年の今頃は、母の死や介護疲れのダメージがつよく、周りを心配させるほどの よれよれのボロボロだったが・・・今はほぼ復活。本来の私が戻ってきた感じだ。いや、もしかして前よりさらにパワーアップしているかも。 さあ、ゴングが鳴った。幟を立てた。モード入ります。 嘘や理不尽、特に他人を踏みつけて自分の欲を見たそうとする輩が許せない。相手を陥れるために 嘘をついて被害者ぶったりする態度も許せない。そういう輩にかかわりたくなくてもかかわらざるをえないときがある。法律は弱者を守らない。法を逆手にとって卑怯な手で勝てるなら、こちらは負けても構わない。。ならその理不尽、法の不公平は世に問おう。誰もが泣き寝入りすると思うなら大間違いだ。 自分がまけても、後の続く人ための参考や一里塚になるなら意味はある。 「そっちは危険」「まきこまれ注意」そんな標識があっても、突き進んでしまう自分の性格を「仕方ないなあ」と受け入れて、・・・まだまだ、ラストランナーは走り続けますっ まあ、その道には はぢ拾遺のネタが ゴロゴロ・・・だしね。・・・、お愉しみに(笑)
2020年02月12日
閲覧総数 323
49

昨日今日は一気に最高気温が20度を下回り 本格的に秋の冷え込み 衣替えがまだなので、いろんな手近にある服を重ね着・・・珍妙である(笑) 誰に見せるわけでもないから いいんだけどね~ こんな姿勢が 祖母にいつも叱られていた・・・私も母も(笑)「もっと おしゃれしまい。お化粧ぐらいしまいっ」 母も私も 「別にいいじゃん 見せたい人いないし~」「そんないわんと、口紅だけでもひきまい」「ノーメイクで口紅の方が 怖い~」 そういうところ・・・似てたなあ~ なのに。。。母は実年齢よりずっと若く見えた・・・ いいなあ~ 私もそうだったらよかったのに・・・ 今回は。。。そんな私と母がまだ若かった頃、20年くらい前のお話 2001年に発表した はぢ拾遺物語 の 第15弾 「いったいいくつに」です。*********************** いったいいくつに 最近、若く見られた。とてつもなく若くみられた。見られすぎたといっても、過言ではあるまい。しかし、全然嬉しくない。つねづね若く見られたいと願っている私だが・・・今度のケースは、手放しではよろこべないものがあったのだ・・・。 それは、初めての著書、平成ずれずれ草の校正が佳境に入っていた3月のある朝の事であった。 私は、その前の晩、3時頃まで校正で苦労をし、気力体力を使い果たし、その日は午前8時頃まで、熟睡していた。私は、低血圧のせいか、朝は苦手である。夜更かしをした朝は、なおのこと辛い。目覚めても起き抜けの意識は、しばらくはあってないようなもの。二階の寝室を出、ふらり、ふぁらりと手すりにつかまりながら階段を降り、ようやく、トイレに入って用を足し、ほっと人心地。 トイレから出て引き戸を閉めようとしたその時であった。 ちいさな声が聞こえた。「おトイレ」 ん??? 幻聴だろうか? 「おトイレ」 今度はさっきよりもうすこし大きな声でまた聞こえた。 ??? 声のする方を見ると、玄関のドアがかすかにあき、その隙間から、見知らぬ男の人がのぞいている。そして、私を見ながらもう一度言った。「おトイレ」 なんなんだろう? 彼は、ナニを言わんとしているのだろうか? おトイレを貸して欲しいのか? それとも、私がおトイレから出てきたという実況をしている? なんのために? 彼はいったい誰? ・・・いや、それにしてもこの状況は変過ぎる。もしかして、私の幻視幻聴幻覚のたぐい? もしかしてシュールな夢? えっ私まだ寝ぼけてるの? ・・・彼の言わんとする事、どころか、状況もつかめぬまま、私は、ぼぉっと立ちつくして彼を見ていた。 その男は、ちょっと困ったような笑いを浮かべ、今度はいたわるように私に言った。「ママ、呼んできて」「はぁい」 私は、母のいる台所へと向かった。 ・・・この時点でやっと、彼の言わんとしていたことが分かってきた。「かあさん、くみ取りさんがきた」「あっそう? 早いわね」 母は、財布を持って出ていった。 意識がはっきりしてくるにつれ、だんだん状況がはっきりつかめてきた。 我が家のトイレは、未だに古式ゆかしいくみ取り式である。 彼は、「くみ取りさん」なのだ。「トイレのくみ取りに来たぞ」という意味を短略して「おトイレ」を連呼していたのである。・・・そして、もうひとつ、気づきたくも無かったことだが、気がついてしまった事がある。悲しい事実。 なぜ、その男は「ママ呼んできて」と私に言ったかということ。 とっても情けないその理由。そう、多分、彼は、私では、話が通じないと思ったから・・・。身体は大きいけれど、まだ子供・・・というか幼い子供の思考力しかない、発達障害・・・コイツに言っても無駄と思ったのではないかと・・・。がぁぁぁぁぁん。大ショック! たしかに、ぼぉっとしていた。起き抜けなので(いや、いつもか)髪はぼさぼさ。その上、面倒なので、耳のしたあたりで二つにくくっていた・・・。ぶかぶかのスェットの上下をよれっと着こなしていた。さもルーズな雰囲気で。もしかしたら、ズバリ、そんな外見だったのかもしれない。その上、何度言っても、意味が通じない。・・・「この子はおかしい?」と思われたのかもしれない。 たぶんそうだ。ショックだ。 しかし、反論をさせてもらえば、「おトイレ」としか言わなかった彼にも誤解を招く大きな原因がある。・・・というか、正確には、理解しがたいはっきりしない表現をしたから、私の不理解を誘発したのだ。 ちゃんと「くみ取り」というか、「おトイレのくみ取り」と言ってくれれば、そんな誤解は生じなかった。いくら寝ぼけた頭でもすぐに対応できたはず。「私は低血圧なだけなんです」「誤解を招く言い方はダメです。ちゃんとくみ取りといってくれれば、私だって・・・」 ・・・などと、反論する気も、もはやなく、私は、ぼおっと、誤解されたショックに浸っていた。 いくつに見えたんだろう、やっぱり知恵遅れってか? があああああん。 くみ取りさんにお金を払い、台所に戻ってきた母にその話をすると、一言。「きっと、若く見られたのよ。それにしてもママだなんて、私も随分若く見えるって事じゃない?」などと、まんざらでもない様子。 なんで? なんでや? 娘が、こんなに傷つきショックを受けているというのに、この揺るぎ無いたいした楽天思考。物事を、・・・我が子の傷心までも自分に都合よく解釈し、ごきげんな母を見つつ、なぜか「この母にしてこの子」という言葉が、ふと頭のすみをよぎる私であった。 なんでや、ほんまに。******************************* 2020年の私から・・・ 懐かしい。。。明るく元気に家事をこなしていたころの母が浮かび上がった。 あのトイレも2012年に車いすを使う母のためにリフォームするときに水洗にした。 本当はもっと早くにしたかったのだが、家で見ていた頃 母の体調が安定せず、リフォームどころではなかったのだ。廊下の動線や、車いすだけでなくストレッチャー(救急車の対策)も通りやすいように二方向から出入りできるようにしたり、工夫タップリ、広々とした公共施設並みのいいものができた。 だけど、結局 52回延べ55泊しか自宅外泊をさせてやれなかった、、、ああ、外泊でなくて ちいことのお別れのために夕飯時だけ帰宅させたこともあったか・・・ でも、2016年のお正月を最後に連れ帰れなくなった。。。 寂しくなったけれど。。。施設に入り、外泊もできなくなり、、、少しづづ距離を取りながらお別れに向かえたことは、心の準備という面でもよかったのかもしれない。 何より新型コロナで面会すらできなくなっている今を思えば、あの苦労は幸せだったのだ。 感謝して。。。そして 今 会えないでいる人達が、はやく以前のように面会できるようになりますようにと祈る 新型コロナの影響による この辛い「会えない」経験を通して より一層 心を寄せ合いお互いを想い合う幸せを大切にできる 穏やかで暖かな日々が訪れてくれますように・・・************************** 2001年に出したお笑い格言集 拙著 平成ずれずれ草 増刷しています ご購入希望の方は ご氏名 住所 電話番号 を 明記の上、下記アドレスにメールしてくださいずれずれ書房 zurezurer@yahoo.co.jp価格は 一冊 1000円 消費税別 送料は一冊の場合 250円 合計で 1350円 郵貯振込 先払いですご興味のあるかたは是非!
2020年10月09日
閲覧総数 293
50

小林製薬があたらしい認知症対応のサプリメントを発売した。 テレビで大々的に宣伝しているから目にした人もあると思う 健脳ヘルプという名なのだが その中に、母が飲んでいた米ぬか由来の抗酸化物質 フェルラ酸が入っている ああ、あのフェルラ酸に いよいよ大手製薬メーカーも手を出してきたか・・・ 認知度が高まってきたな。。・・と感慨深い 実際、母には良く効いたと思う 母のために購入したものは、 クルクミンなどの他の成分は含まれておらず フェルラ酸とビタミンC、クマリンくらい・・・ この3倍くらいの値段で しかも増量して飲まないときかなかったため 数倍の費用がかかっていた 値段が安いのはいいのだが、 クルクミンなど入るがと心臓の薬と飲み合わせずが悪かったり ウコンも合う合わないがある・・・ 投薬治療中の人には使いにくいかも、、、 でも、投薬に差し支えない人には、きっと朗報だとおもう これから、このフェルラ酸で多くの人が救われると良いな 治療に効果が高い成分として認知されて 医療現場でも保険適応で使えるようになるといい・・・ この調子でコウノメソッドの正しさが明らかになるといい・・・ コウノメソッドをつかい 保険適応で治療・・・ 母と私がずっと 夢似てきたことだ・・・ 多くの高齢者が認知症の問題症状から逃れることができれば、 介護をする負担もへる 介護保険の負担もへる これは、これからの社会を明るくする嬉しい話題だ ただ、、、母には間に合わなかった・・・ でも、母の介護の記録はのこっている 効果の記録だ フェルラ酸の効果の実例であることも事実だ レビーがあそこまで進んでも意思疎通ができ、 体調が安定しているときは、常に優しい思いやりをみせてくれた 体が思うようにうごかず、声も出にくくなって会話が難しくなっても 母は母であり続けることができた 私にとっては、母と心の触れ合いを持ち続けられて幸せだったが 母にとって、動けない不自由な体、話すことも難しい状態で 意識がはっきりしていることは。。。幸せだったのだろうか 私にとっては、命がけでできるだけのことをしたつもりだが 母の本当の気持ちはわからない でも、私を喜ばせたいという気持ちは間違いなく本物だ 感謝しかない 効果のある薬や治療法がどんどん明らかになって 認証されれば、私や母のように辛い思いをする人は 絶対に減るだろう そうあってほしい 認知症に限らず、どんな病を得ても 本人やその周りの人が、心穏やかに生きられること 温かな気持ちで寄り添い合えること これが一番大切なのだと思う
2021年06月15日
閲覧総数 213