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良き年を過ごされたでしょうか? 来る年も良き年でありますように祈る私たちの上に祝福がありますように。私の旅も続きます。人生の旅、そしてこの地上の旅も。また、3月から4月かけてニュージーランドへ行こうと思っています。今年の4月には、オークランドの空港で帰る搭乗の時間を待っているとき日本の旧友に会いました。そんなことがあるのですね。このページに訪問してくださったあなたと知らないで日本のどこかで、またニュージーランドで会うこともあるかもしれませんね。お互いに知らないですれ違うなど、天から見ているとロマンですね。案外私たちは、どこかで出会って声かわし会釈をし、握手さえしているかもしれません。また声をかけ合わずしても目と目をあわしているかもしれません。そして先祖のどこかでつながっていて、先祖の誰かが天国で私たちに幸せな生き方をするよう祈っている共通の父母をもっているかもしれません。私の先祖は秦氏だといわれています。特に秦氏の子孫の皆さん、連絡くだされたく心待ちにしております。もしそうでなくても仲良くしましょう。祈り合いましょう。祈りは人にできる最高の行為だと私は信じています。私はあなたのために、また私のためにさえ何もできない者ですが、毎日、祈ることはできます。名も知らぬ者のために祈る生涯、これに勝る生なし。
2003年12月30日
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彼、彼女が鏡を覗き込むとき、道端でガラスのショウウインドウに写る自分の姿を見るとき、自分がどんな姿や髪形をしているかをみるためではなく、他人からどんな風に見えるのかを確かめるにほかならない。 自分は自分のためにだけ存在するのであって、行動のモチベーションは人々の目である。自分の思想ではない。自分のために生きるのがなぜ悪いという思想は一つの思想である。だがそこからは、生きているという実感はわいてこないし、生きているという意味はない。人間はお互い重なりあって生きているからだ。ひとりでは生きられないのが人である。 赤穂の浪士たちのモチベーションは、時の幕府がどう思うかとか、民衆はどう感じているかなど心の片隅にもなかったに違いない。大石蔵之助の一念は、吉良上野介の首であった。山鹿素行の教えのひとつ:忠孝の義である。「士の道に志して、その志するところ確かに行い努めるもののことなり。」武士の魂のよみがえりであったに違いない。自分に死ぬことが生きることであるというその思想が、彼らをして主君の切腹から打ち入までのその期間をどんなに自分らしく生かせたであろうか彼らに問うてみたい思いに駆られるのはわたしひとりではないだろう。 我が親友のひとりが若いときに松下幸之助に仕えてこう言った。ひとりの人にでも良いものを安く手に入れてもらいたいためにボクはその商業道徳のために生きている。彼の思想は、彼をして世界を代表する会社のトップにまで昇らせている。尊敬する友人のひとりである。 最近、いやな話を聞いた。ある年輩の牧師の取られた行動である。テレビ局がそれも日本の代表するNHKだ。教会のクリスマス音楽演奏を撮影にきた。そのとき彼はその演奏に加わっていないのに、カメラが回ると途端に一番いい席に陣取り正装して楽器をもって吹いたというのである。しかし、私も同じことをしたかもしれないという恐れはあるのだ。 彼の環境に置かれてみたらやったかも、というその仮定はだれにでもある。 こんなことばが頭をよぎった。「人に見せるために人前で善行をしないように気をつけなさい。そうでないと、天におられるあなたの父から、報いを受けられません」野の花が、私はきれいに咲いていますよ、と人に見せびからす気持ちをもっているとするとそれだけでその美の美学を失うだろう。私の戒めは若いときからその点にあって今もそのことで苦心惨憺しているし弱点と心得ているので、他山の石、人の振り見て我が振り直せと言い聞かせなければならないと思っている。 大石はじめ46人は、報いを望まず吉良邸に討ち入った。人の目も気にせず討ち入った。その行動があまりにも純粋なので驚かされる。その思想はどこからきていたのか、探る旅はまだ続く。
2003年12月29日
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改革には思想が必要だ。刷新と名のつくものにはちゃんとした基盤がなければ絵に描いたもちとなること必然である。 新年にはタバコやめたい、とか家庭の断絶をなんとかしたいとか、新しい仕事をやって成功したい、などそれぞれの決意にはそれなりの思想の確固たるものなくしてそれは砂の土台に築かれた家である。ただの決意とか、神社に行ってお祈りして「どうぞかなえてください」などは、下の下である。なぜそんなに否定的にことばを使うのかとおっしゃる人にはそのように正月元旦神社に行ってお願いしたところでとうてい実現しないからだ。お百度参りも五十歩百歩である。滝に打たれるのも火渡りも同じだ。自分の体を傷つけても何も起こらない。やり方が間違っていると警告するのは親切心の親心である。 私の夢が実現した数々の実例には、私の気持ちがそのように願うからではなくその夢には私が信じる思想に添っているから、そのことのために他のあらゆることを犠牲にして突進したからである。他の何ものをもってしても、誰であっても反対するものを横にやって夢に向かって突き進んだから実現したのである。それには、思想があったからであって私の決意など二の次である。気持ちも、気分も二の次である。ましてや私の思想に逆行する他の人の意見や忠告も馬耳東風である。 人生に思想がなくして男の人生は灰色である。いや真っ暗である。女性なら思想のない男性などというものと一緒に生活するのは屋根裏のねずみのように夜寝静まったときに活動するうるさい風のようだろう。 いつの世にも日本史に色をつけて輝かせた人物には思想があった。吉田松陰は明治維新の原動力になった。その弟子、高杉晋作、西郷隆盛など顕著な働きをした人物もそうだ。その200年前、大石蔵之助の行動の基盤となった思想は、山鹿素行の武士道である。その思想は、赤穂浪士の討ち入りの原動力となった。 夢の実現ということのために、思想が必要であるという題材を探るために日本人の血脈に流れている武士道を掘り下げてみようと思い立ったのだが、これは案外的を得た視点のように思えてならない。いわゆる自画自賛である。自分で良いと思わないで旅をすることなど、私には時間の浪費なので止めることはなお出来ない。 その武士道の思想の源流はなになのか?そのためには、武士道とは何かを知ることから始めねばならない。 これは、長旅にならないとも限らない。 私も大変興味が深いのでこの旅に参加しながら一つ一つ掘り下げてみたい。 この私の夢の実現にもある思想的背景がなければ挫折の憂き目をみることになりかねない。誰かに読んでもらいたいから書くのではない。自分が喜んで書きたいから書くというのは、今述べている核心から反れている。その思想というのは、なんなのだろう?哲学?宗教?理念?信念?神の声?人生は、永遠に変わらない一つの思想に添って歩む長旅のようである。その旅をいっしょに歩む友が私の真の友なのである。
2003年12月28日
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このクリスマスになぜ赤穂浪士なんだ?と思われるかも知れない 2003年前(正確には2007年)の家畜小屋のクリスマスから今にいたるまで、途切れることなく祝われてきたこの日の継続、維持、存続はとりもなおさず、プロの分野別働きがあったからだ。 赤穂浪士のあだ討ちが成功裏に終わり、300年間の歴史で語り伝えられてきた土台には、47士のその立場立場でのプロがいたという点から分析する。 どんな団体でも、会社でもその立場での分野別プロがいるといないでは、天と地の相異の事業結果で見る。 華々しい働きをする大高源吾のような剣客だけではない、小野寺幸右衛門は、半弓が数十張も床の壁に立てかけられているのに気づいて、一気にそれらの弦を横に切り払った。 大高源吾は人間以外の敵には気にさえしなかってあろうし、彼の刀は敵の肉を切り裂くことのみに使われたであろう。 吉良邸の絵図面を手に入れた岡野金右衛門は、その美男子ならでの仕事をした。これをジョンウエインや三船敏郎にやらせることは出来ない。 忘れてはいけない、大石蔵之介の総指揮者たるもののリーダーシップは言をまたない。 武術指南役の堀部安兵衛は、過去に人を斬ったことのある経験を生かした知恵を義士たちに伝授したと言われている。 それぞれの47人がそれぞれの働きをすることによって事業の成功があった。 このクリスマスの時に、2000年もの長きにわたってその意義のなんであるかを、語り伝えられてきた歴史的意義を考える。 そのときに、人間業を越えたサムライの死を賭けたそれぞれの働きが2000年以上にかけて存在したということは知っておきたい。 サムライは死をもって生きるものだから。クリスマスおめでとう。 イエス・キリストの生誕と十字架の死は、日本サムライの鏡である。
2003年12月25日
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22日が30年間連れ添ってきた家内への朝一番にかけた声に家内は、「おめでたくないわ」と言う。歳をとることは、肉体が衰えていくことであまりおめでたくないことなのである。そのとおり、それでも顔は笑っている。 夕方、ニュージーランドから電話が鳴った。長男が「おめでとう」と言っている。家内は直に「ありがとう」と今回は応えている。 会社から帰ってきた次男は手に何かを持っている。家内は紙袋を開けて「ありがとう」と満面笑みである。中味は、案外高価なフライパン! 私の家内へのプレゼントは、朝駆け一番の声のみ。ことばこそ一番の贈り物と考えているからだ。なぜ? 一番安くつく!?
2003年12月23日
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たくさんの方が最近訪問してくださっています。感謝に耐えません。 塾生の中2の女子学生が私の励ましに応えて楽天広場にページを開いている。後輩の彼女につい最近、アクセスのところをクリックすると誰が訪問してくださっているかわかる、と教えてもらった。そんなことも知らずに書かせてもらっていたのだがクリックしてみるとなんとほとんどゲストばかりです。その方たちがどなたかは分かりません。どこからこのページにやってきてくださっているのかわかりませんが、うれしいです。感謝です。 できればなにかひとこと掲示板に感想など書いて置き土産をおいてくださればもっと幸せな気分になるのですけれど。 訪問してくださるだけでもありがたく思っています。 今日は、今からNZから久しぶりに日本に帰ってきておられる牧師に会いにいきます。 この先生にはわが息子が教会でお世話になっておりますが、初対面です。一期一会から、どんなビリヤード効果がでるやら今日は楽しみです。 毎日が、The Day that the Lord has madeです。 (12月22日午後6時30分)
2003年12月21日
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40年近くいつも横に車があったのにもう今はない。 昨日まで日本橋の街角でパソコン教室開いていたのだが昨日で廃業。 手広く行動して、事業を広げることより身軽になろう。革靴をスニーカーに履き替えて走るのをやめて、少々早めに散歩する生活パターンに切り替えるつもり。体にまとわりつくこの世の重荷をかなぐり捨てて余命を一心に一つのことだけ見つめて歩こう。 来年からは、電車とレンタカーで行動して、我が塾も縮小して本当にやりたいことだけに絞り込むことにした。 わが家計は、成り立たないからそうしなければならない、というのもその理由の一つ。 問題は、縮小すると家計も縮小しなければならないがどこからお金は降ってくるのだろう。 その秘訣誰か教えてくれませんか? そんな心配するなという声も聞こえてくる。誰ですか、そんなこと言うのは。
2003年12月20日
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皮むいてポリポリ食べるとおやつになるくらい甘い。しかしこんな贅沢な食べかたしているのは、収穫して山積みしているから。 阪神百貨店で1kg500円で買ってきたらこんな贅沢はゆるされない。 ポリフェノールが赤ワインに含まれているより多いのだ。天然オリゴ糖は、糖尿予備軍にはよだれがでる食材。 これだけの高級野菜がまだそんなに知られていないのは健康志向抜群の日本では不思議また不思議。 川西のスーパーの社長さんから電話で10㎏を店頭に置いてくださることになった。電話で受け取ったと言って下さったのは少しでも売れると栽培したものとしてこんなにうれしいことはない。 きんぴらにした家内は、おいしいから食べて!と差し出した。食べてみるとうまい! この二日間でヤーコンを食べまくっているせいか便がよく出る。なんだか腸がスカスカしているようだ。 塾のお母さんにパソコン教えているがその方に差し上げたら、「初めて知りました」と言われて「お友達に知らせてあげよう」と広告してくださることになった。 夕方、友人の牧師が来られたので、差し上げるとヤーコンの知識はもっておられたが、食べるのは初めてだそうで「私の教会の隣でレストランやっていて、私はシェフもしているのです。」 家内のきんぴらを少し差し上げて食べてもらうことにした。 自分が収穫したものが、まだ人々にあまり知られていないものならそして、それを知っていただいて喜ばれるものならこれこそ我が泥んこ体験も(ほとんど野良仕事をしたときが雨だったものだから)やった甲斐があったと言うもの。 後日、その食後体験談もここでお知らせしたい。ご期待を!
2003年12月17日
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体が痛いのは筋肉痛、心が痛いのはその収穫をもてあましていること。 なんのことはない、収穫後商品として販売できるはずがうまくいかないから。 だれか買ってくれませんか、と声かけたいが善意で友人知人に分け与えているが善意で私たちは、食っていけない。 この広場で声かけると買ってくれる人がいるかも?楽天で見ると1㌔500円で売っている。出来のいいやつだから500円、それは形がいいからだが私たちのは、形が悪いかもしれないが300円で売ると売れるよといってくれる人もいる。 それならやってみるか?今、URLをつくりはじめてみるか?悩みは、我が事務所と塾がヤーコンの倉庫になっている。 安くしておくので買ってくれる人、いませんか? もう来年は、自分たちの分だけで欲張らずに300坪だけにしておこうと話し合っている。 失敗は成功の元。
2003年12月16日
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(ロケ地写真あり)水曜日は女性が1000円なんだ。そこで家内を連れて私は前売り券1300円で見てきた。ハリウッドのサムライ映画だ。日本じゃない。そのスピード感とド迫力はただ感服!しかもその精神はちゃんと写っていたのが驚きだった。アメリカが日本の武士道を描いている。日本がないがしろにし始めているものを外国が憧れて写している。そのものはなんなんだろう? 日本人がもっているものを世界が振り返って見つめ始めているのだがそれを日本人自身が自分の内をまた改めて見つめ直そうとしていると私は捕らえた。 小泉首相がイラクへ派兵する苦悩の決断を国民がどう捕らえたらよいのかを暗中模索しているこの時期だからこそ、このタイミングは不思議だ。 朝の9時40分上映開始。私はオートバイで映画館にかけつけたのが30分前の9時10分。並んでいると思いきや、3名の女性だけ。20分に扉が開いたときは、20名くらいになっていた。40分の上映開始時には、もうすでに満員近かった。決して小さな映画館ではない。大阪の道頓堀、「角座」だ。 2時間のいかに死ぬかを見終わって外にでると行列。係員が怒鳴っている。「並んでください!」 それほどの人気は、何を意味しているのだろうか。日本人の中に忘れられない武士道が息づいている証拠だろうし、外側の目に見えるものを第一としない日本人気質の憧れを感じる。ただのエンタテイメントなら、並ぶ人が違う。わが同輩が多い。そして若者も多い。 これがその行列と連日満員と立ってみている人もいると映画館の係員がおどろきながら、私に語りかけていたことにも表れている。 今年の3月下旬、そのロケ地のニュージーランドのニュープリマス、友人に連れて行ってもらった。富士山もNZ製だが。ロケ地の中に入ることも許されないところを友人がそのエキストラで横浜の英国商人になっていたのでトムクルーズが乗っていた黒船(ペリーのではない)や商館、や電柱や電線などを見て周ったのが懐かしく思い出された。 その大掛かりの舞台装置を建設していたのに、そのほとんどが写っていない。立ちションするな、仲間と仲良くせよ、などの立て札が日本語で書かれてあった板などちゃんと明治の初めのもの、お店の看板などほとんどこの眼で見たものが画面に出てきているのかもしれないが、私の眼には残らなかった。 無駄なように見えてもそれが無駄ではないところが憎い。私の人生でも無駄に見えても、人も目に見えないところで隠れて存在していたところを人生の監督者は、ちゃんと作ってくださっているのだと思う。 映画を作る者たちでさえ、そうなんだから私の人生の些細と思われるところも人の目に見えないところもちゃんと作っていこうと思う。それが武士道なんだ。ラストサムライのページ
2003年12月10日
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腿も腰も体のあちこちが痛くてしゃがむと立ち上がるのに「ヨッコイショ」の声を上げなくて立ち上がれない。 若い者なら明日痛いが、あんたは明後日や、などとおっしゃる友人の言うとおり二日目の昨日(8日)はひどかった。 収穫したものを友人知人に分けるのは、うれしい。自分の台所も潤うが、他の人にもこの恩恵を分かち合えるのはなんとうれしい立場におることか! 早速家内はジュースを作って飲ませてくれた。「うまい!甘い!」濾した後のかすを見て、これが腸や胃に良いのかもしれないけれどもったいないなぁ。 他の人にも分け与えるこの恩恵のために来年、一緒に雑草を抜き、葉っぱの剪定をする仲間を今から10人くらいに、「この指とーまれ」と運動を起こそうか?
2003年12月08日
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体中がカダガタだ。スコップなど何年ぶりだろう。8ヶ月育ててきた野菜の収穫を7名の仲間と掘り出した。6日の土曜日。また雨が降った。1時間ばかりだったが地面はドロドロ。場所は奈良県と三重県の境。 出来の悪いものほどかわいいというが、そんなことはない。600坪の約1000本のヤーコンが成っているが1本の茎から4,5個のヤーコンが成る。その中で大きい小さいがある。指くらいのものは捨ててしまう。でかいサツマイモくらいのやつは大事にダンボールに入れて商品となる。 中くらいのものをみんなで分け合った。生れて初めての穀物の収穫の喜びは、種植えをし雑草を抜き、世話をした者でないと味わえないものだ。都会のジャングルで育った私には、この土曜日収穫日は人生最良の日の内に入った。泥まみれの喜びの日だった。 それでも5分の2が終わっただけで、14日の午後からみんなでまた集まって収穫をすることになったが、収穫は多いのだが働き手は少ない。なんとか14日には助けてくれる人を探さなくてはならない。ヤーコンを差し上げるので誰か名乗り出てほしいと数名の人々に声かけてみよう。 北側の3,4列が背丈もよく葉も立派に茂り、その葉からお茶用に摘み取ったのだがそこから掘り始めた。だが1本の茎から4,5個のヤーコンが地中に実るのだが立派に見えた茎からは案外小さく不作ヤーコンが多かった。南側の背丈もあまり伸びず葉もあまり茂っていなかった貧弱に見えた茎からは案外太い実がたくさん成っている。 これは驚きであった。人の世界でもこれは案外多いんじゃないか。スコップに力を入れていた中年の男性が「これはお天と様のおかげや」と言う。そこで雨男の私は「恵みの雨もなくてはならない。」これはこの1年の偽らざる雨男の感想。 収穫のよしもあしきも人が鍵を握っているのではないことをお百姓さんは一番よく知っている。そのために収穫祭は感謝祭でもある。みんなで感謝してドロドロ姿のまま車に乗って帰阪した。ヤーコンとは?は左のページ索引をクリックしてね。
2003年12月07日
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偏差値で高校を決めるな。どこへいけるかという質問するな。 自分のやりたいことが分からないということは、15歳の時では無理もないことかもしれない。だがしかし、人生で一番大切なことを教えてもらっていないと言うか、自分で学ぼうとしない姿勢というか、そんな君たちの態度や生き方を見ていると、もう塾長としては英語の文型を教えるとか、数学の図形の合同がどうのこうのとかいうことを教える気力が失せてしまうじゃないか。 そのために、授業の合間、合間に人生の何が一番大切かを話してきたつもりだが、私の話など君たちの心のひだにも引っかかっていないのか。 もう私は、教える気力を失いかけている。若者よ、君たちは何をしたいのだ? 野球をしたいといっていたのが、あそこの学校はアホやからいやや、とか 料理をするのが好きやから専門学校に行きたいと言っていた君は、サッカーをすると言っている。 それからA君は何になりたいのか、やはり料理人になるなら大学は行かなくてもいいんじゃないかというと今は情報関係のコンピューターをやりたいという。 将来店を出すにしても情報は大切だからと言う。 お母さんがやってきて、よろしくお願いしますと志望高校を決めて来られた。 塾長は、来週その高校へ行って塾生の成績を示してよろしくとお願いしに行く。 彼の成績は、抜群!その学校の偏差値をはるかに超えている。彼は、そこでは「鶏頭となるも牛尾となるなかれ」だ。そこで情報を勉強するという。 これは私の教えが少しは実ったケースだろう。何度も言うが、君たちの将来は君たちが決めるのだから偏差値で決めるなよ。
2003年12月04日
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「いったん勝利のいけにえになる決心をした以上は、何の手柄も立てずに死ぬことは恥」 これは、日本人を恐れさせる十分な要素であった。敵にとってこれほどの精神を持つ者との戦争はいやだったろう。いやと言うほどの生易しいものではなく、恐怖であったと当時のアメリカは感じていた。 あきらめるということなど、日本の戦闘員にはおよびもつかなかったのだ。降伏の恥辱などアメリカの戦争慣例とは相容れない行動であったのを日本人は当然としていた。 「アメリカ人捕虜がその名前を本国政府に報告して、自分たちの生きていることを家族に知らせてほしいと依頼したことを、さもさも呆れはてたこと、見下げはてたこと」だったと「菊と刀」は述べている。 これは、日本人が家族のことをアメリカ人以上にないがしろにしていたという理由にはならない。 私はそれ以上だったと信じている。それ以上だから家族の恥もアメリカ人以上であったのだ。 恥じの文化というこのすばらしきものの裏返しは、人としてまた家族のひとりとして、国家の一員としての自覚が生じて、それがゆえに私たちの精神構造が他国とは違うのである。 この精神構造はどこから来たのか、これは武士道であろう。両刀使いの武士は、自分を守る長刀、これは相手と戦うためのもの。そして短刀。これは自分の恥じをさらさないために使う自分に対して使うもの。 武士の家族として生れた者は、男女を問わずまず最初にいかにして“自分を殺すか”のその作法を学ぶのですよ、と私にご自分の生れた家の作法を教えてもらったを話された人の生き様を私は感動してみている。彼女は、まず短刀の使い方を学ぶのですよ、と言われた。それも幼い子どものときに。 日本人はこれを忘れることはない。どんな事件やどんな悲しいことが報道されても最後の最後はこの文化をもっているのが日本なのだ。 この精神をもっている教えはどこから来たのだろうと、武士道のルーツを探っているが、赤穂の47人に聞いてみたい。 案外おどろくべきルーツから来ているのかもしれない。
2003年12月03日
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物騒なタイトル?そうです。これは世界平和のための最善の武器です。ルース・ベネディクトはこう言っている。「私に与えられた課題は困難であった。アメリカと日本は交戦中であった。そして戦争中には敵を徹頭徹尾こきおろすことは、たやすいが、敵が人生をどんなふうに見ているかということを、敵自身の眼をとおしてみることははるかに難しい仕事である。」 これをルースはやったのである。そして日本を学んだアメリカの指導者はたいした連中であったと思う。このような者たちが日本の指導者の中におれば問題の多くは乗り越えられたかもしれない。しかし、これが日本人の日本人たる特徴であればこれはどうにもならなかったことなのだろうから、戦争は起こるべきして起こるという必然の方程式がここに成り立つ。 世の中が「民族は民族に敵対し、愛が冷え、戦争のうわさ」が絶えず、末期的症状を呈するのは避けがたいことなのかもしれない。 厭世観に浸っているのではない。時代を見極める眼をもって人生を生きたいだけである。 今日は、ちょっと硬派意見を述べている。やわらかい日記が多く見られる中でこのような日記に眼をお留めくださる御仁は、あなたくらいかもしれないと思いつつ書いているが・・・・。 さて、ルースは究極の彼女の原子力的パワーを言う。「私は日本人の戦争中の行動を、彼らを理解するに当たって、マイナスの要素としてではなく、プラスの要素として利用するように努めねばならなかった。私は彼らが戦争そのものを遂行するやり方を眺め、それをしばらくの間、軍事的問題としてではなく、文化問題として見なければならなかった。」 この文化的問題としてみる態度こそ、今のアメリカや日本に他国を見る目として養うことこそ、物理的原子力を使用するよりより偉大なパワーになることを、世の為政者は知るべきである。 しかし、この知恵を約60年前に適用した時代は過ぎ去り今21世紀のこのときには、もはや人は進化しているより退化している兆候が多く見られる恐れがあるために無理だろう。 日本人を正しく判断するために、日本人が他国人が見ている眼を意識する必要はさらさらないかもしれないが、他国人を理解する一つとしてルースの眼を知ることは何らかの助けとなることは確かである。 「平時と同じように、戦時においても、また日本人は、いかにも日本人らしくふるまった。」 日本人が二人イラクで殺された。それも日本人の代表である外交官が。日本人は今このときも、日本人らしく振舞うのだろうか。
2003年12月02日
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