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変ですね、ダジャレばかり言ってる!?
2008.03.30
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いちばん大きなものは、ザボンです。まろやかなミカンは方円流の円を象徴しているようです。
2008.03.30
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むつのをコンサートの催しの一つですが、ホールで煎茶の席がもうけられました。方円流長野支部の方々がお点前のサービスを行っていました。写真は、野立の飾りです。
2008.03.30
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はじめの山門を出たところで、どこかの土産物の女性二人がおいかけてきてサインを求められました。
2008.03.30
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ご主人が転勤なのか、長野とも今月一杯でお別れだそうです。[いまが出発点]という言葉を書いたら喜ばれました。
2008.03.30
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はじめの山門を出たところで、どこかの土産物の女性二人がおいかけてきてサインを求められました。
2008.03.30
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いや、立派なもん[門]ですね。ハハ、下手なシャレですみません。
2008.03.30
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いや、立派なもん[門]ですね。ハハ、下手なシャレですみません。
2008.03.30
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全匹、どう方向を向いて首を伸ばしています。微動だにしません。まるでメドゥーサの顔を見ていし石になってしまった勇者のように。
2008.03.30
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甲羅をからからに乾燥させたのに、動く気配も見せません。
2008.03.30
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参道にある山門をくぐると、またもっと大きな山門が見えてきます。最初の山門を背にしているのは、カミサンです。
2008.03.30
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琴、十七弦、尺八など数種類の和楽器を伴奏に童話を語る出番までかなり時間が空いたので、善光寺見物をしました。善光寺は過去、数回、訪れており、本音はソパが目当てでした。ウィークディとあって観光客も少なく、散策に好都合でした。
2008.03.30
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三日目の夜、宿泊中のホテルの展望ルームに、 夕食後、今井さんと二人で行きました。 1時間に1回転する仕掛けですが、このホテルも 周りのビルもみんな摩天楼と言ってよいほどの 超高層、しかも夜とあって展望どころではなく、 ただひたすら、赤ワインを飲みまくりました。 でも、2回転目に入ったとき、いい見ものが ありました。 回りのビルのひとつの、明かりがついている フロアで、ナイスバディの黒人のOLが、 展望レストランから見られるのを充分意識して パフォーマンスをはじめたのです。 腰をくねらせて行ったりきたり、物陰に隠れたり すぐに出てきたり、と。 まるでブロードウェイの小劇場で、ニューヨーク風の コントを見ているような眺めでした。
2008.03.30
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ここがニューヨーク歴史学会です。 調査に先立ち、ニューヨークの歴史が 具体的に頭に入るさまざまな展示物を 見て回りました、 乗っ取られた旅客機が国際貿易センターにつっこんだ、 あのテロ事件の犠牲者の写真をずらりと展示した 部屋もありました。 胸を衝かれて長居はできませんでした。 ここでの収穫は、コロンビア大学でも特定できなかった 当時のコロンビアロースクールの正確な所在地が特定できたことでした。 1世紀以上も前の水道工事用の地図に、 コロンビアロースクールの名が記入されていました。 そして、当時の建物がそのまま残っていることも 判明しました。
2008.03.30
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コロンビア大学をあとにして ニューヨーク歴史学会に向かいました。 ニューヨークの街を歩いていると、 1世紀ぐらいタイムスリップしたような錯覚に しばしば襲われます。 1世紀前の街並みを切り取ってきたのではないか、 と思わせるような街並みがしばしば出現するからです。 写真の建物は美術館ですが、この通りも そんな街並みでしたね。 専修大学の創立者の一人になった気分でした。
2008.03.30
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コロンビア大学には図書館がいくつもあります。 わたしたちが訪れたところは、 アーサーWダイアモンド ローライブラリーです。 所長のケント マッケバーさんは、事前に わたしたちが必要とするだろう資料を選んで そろえておいてくれました。 百数十年前のコロンビア ロー スクールに学んだ 日本人留学生にかなり関心をそそられたようでした。 通訳のNさんは専門用語を的確に通訳するばかりか、 積極的に資料と取り組んでくれました。 写真は資料に取り組む今関さん(左)とNさん(右)です。
2008.03.30
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名前はマユミさん。出勤途中のようでしたが、今日もお仕事、頑張ってください。
2008.03.28
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と、車をとめて降りてきた女性に[本物ですか?遊びにきたんですか?]と話しかけられました。ついでに、写真を撮ってもらいました。
2008.03.28
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2008.03.27
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車のわだちの跡の間に雑草がしげり、水溜まりもある。ウォーキングシューズも喜んで弾んでいます。
2008.03.27
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手前はアシモ君の縫いぐるみですが、なぜか足に軍手を履いています。裾花川の土手でみつけました。
2008.03.27
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東京は桜がちりはじめたというのに、ここでは桜ではありませんが、まだ固い蕾です。相生橋という橋を渡って対岸に出ると、桃源郷のようにのどかです。
2008.03.27
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まず出会ったのは、濁流渦巻く川でした。裾花川という名でした。上流のダムが放流したので、濁流になったようです。
2008.03.27
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中心街ではなく、住宅街ですね。真下の赤い屋根は、山王小学校です。
2008.03.27
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書の先生です。戸隠に魅せられて東京から移住して11年になるそうです。独特の味わいを放つ書画で米軍基地の軍人の間でも好評を得ています。ヤギヒゲに花飾りをつけているのが可愛らしい! 昨夜、リハーサルが終了後の前夜祭飲み会で紹介され、大いに飲み語り、意気投合しました。
2008.03.27
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楽屋へ表敬訪問してくれました。左の女の子は、やはり川村一門の能地雅代さんの上の子です。
2008.03.27
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乳のみ児を背負ってステージの出演者にアドバイスを行っている川村晴美さん。二人の子がいるママさんです。
2008.03.27
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川村一門の若手の方々です。
2008.03.27
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くつろいでやってますね。
2008.03.27
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邦楽器多数の伴奏で、童話の語りを行います。
2008.03.27
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明日、長野県県民文化会館で行われる[むつのをコンサート]に出演するためです。楽屋に落ち着いたところです。これからリハーサルがあります。カミサンは、悠然とお茶を飲みはじめました。
2008.03.27
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魚藍坂にある魚藍寺境内の桜です。
2008.03.27
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珍しく桜木のない寺でした。
2008.03.27
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三田、高輪、八ッ山の丘陵部を割いて貫いている古奥州道。その三田部分の道筋にある亀塚公園の桜です。、
2008.03.27
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早朝で人っ気のない歩道で、カラスがこの箒の穂を夢中でむしりとっていました。近づくと、くちばしにいっぱい穂をはさんで飛びさりました。巣材にするためにどこからか盗みだし、むしりとっていたのでしょう。ちなみに、都会のカラスは針金ハンガーで基礎を構築し、その上に箒の穂や、枯れ小枝を敷き詰めるのが普通です。カラスが巣作りに励む時期は、ベランダか針金ハンガーがなくなる時期でもあります。
2008.03.27
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桜が咲き誇っているときは、他の花も負けじと美しいんですよね。
2008.03.27
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2008.03.27
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両者が左右から小枝を張り合っています。僕はヤマザクラの控え目な色合いが好きですね。
2008.03.27
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2008.03.27
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夜明け前にお湿り程度の雨が降ったようです。それが桜の花に、そこはかとない憂いと艶を与えたようです。
2008.03.27
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東京都内の桜は、満開の木も多く、今週末が見頃ですね。来週末は、すでに散っていると思います。例年に比べ、咲くのも散るのも早いですね。
2008.03.27
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コロンビア大学の図書館の特別閲覧室で 貴重な文献から相馬永胤に関する記述を 探している今井さん。 貴重な文献、史料はこの部屋以外では 何人も閲覧できません。 それにしても、真剣な顔だぞ!
2008.03.27
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コロンビア大学の構内には合衆国の史跡に指定されたものを はじめ、文化財、史跡がごろごろしています。 これはメインキャンパス内では有数の歴史を誇る チャペルの正面玄関脇の照明灯です。 でも、照明台らしきもの、と言いなおしておきましょう。
2008.03.27
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これが1870年代にはあった校舎です。 なんでもこの建物の建設には日本人篤志家も寄付をしたそうですが、 その当時、どんな立場の日本人が寄付をしたのでしょう。 興味は尽きないですね。
2008.03.27
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ザステップス(階段広場)です。 ヴァチカンにあるラファエルのフレスコ画をモデルに 造られたようです。 中央に見える赤レンガ壁の施設と、その後ろに建っているチャペルは、 相馬が留学した頃には、とっくにありました。 しかし、ロースクールは別の場所にあったので、相馬が その施設や、チャペルに入ったことがあるかどうかは 定かではありません。
2008.03.26
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コロンビア大学は、アメリカで6番目に古いカレッジとして 設立され、当初はキングスカレッジと呼ばれていました。 専修大学創立者4人のうち相馬永胤は、ここのロースクールを 卒業しています。 写真は、ザステップス(階段広場)を前にしてそびえるローメモリアル ライブラリです。 合衆国に残るドームを持つ大理石造りの建物で、最大規模のものです。 相馬が留学していた時期より、少し後に建設されました。 ちなみに、相馬が留学していた時期のロースクールの建物は、 現存してしています。 しかし、場所は別の日に訪れますが、ここではありません。 同じマンハッタンにあっても、当時はもっと下町にありました。
2008.03.26
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3月9日、成田空港近くのホテルに前泊した僕、 今井鎮夫さん(編集者)、今関進さん(専修大学職員)の 3人は、10日朝、全日空010便でニューヨークに 旅立ちました。 現地時間で同日昼過ぎに、マリオットマーキースに チェックイン。 マリオットマーキースは、ブロードウェイの最繁華な タイムズスクェアにあり、この一帯は、深夜早朝を除いて 洪水のような人波が途絶えることなく、 ただただ呆然とするばかりでした。 翌11日、朝食をすませて地下鉄でコロンビア大学に向かいました。 100年を超える歴史を持つニューヨークの地下鉄の 頑丈な構築と、駅構内、車両内の暗さに驚嘆、唖然。 コロンビア大学のメインキャンパスは、マンハッタン区モーニングサイド ハイツの高台にあります。 正門のあるところは、ブロードウェイ116丁目だそうです。 写真は、正門に近い大学街の道筋です。
2008.03.26
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雑草に混じって一輪ひっそり朝の光に輝いていました。
2008.03.25
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充実した時間をありがとうございました。 今回の取材旅行は、常に3人以上で行い、現地の運転手兼ガイド、通訳の 人を含めると、4,5人で動いておりました。 こちらを出発したときのメンバーは、僕、編集の今井さん、専修大学職員の 今関さんの3人でしたが、1週間後、今井さんが帰国し、入れ替わって 飛んできたやはり編集の佐藤さんと交代しました。 帰国3日前には出版プロデューサーの米津さんも駆けつけました。 用意周到に準備され、綿密な取材ができたので新事実をいくつも 発掘することができました。 むろん、のんきな僕をそっちのけに、同行スタッフ方が知恵と情熱の 限りを尽くした結果でした。 感動的な作品になる予感があります。 ほんとうに濃密な時間をありがとうございました。 左、佐藤さん。中央、米津さん。右、今関さん。
2008.03.25
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2週間のアメリカ取材旅行は収穫大でした! 一昨日、午後三時過ぎ、無事帰国しました。 通関手続きをすまし、南ウイング到着出口を 出たところで、出迎えにきてくれたスタッフから ぱちりと撮られました。 13時間の搭乗、洗顔髭剃りもままならずの表情ですから 覆面をしていたかったんですが・・・ それはともかく、収穫の多い旅でした。 それがどんなものかは、おいおい報告記のかたちで アップしていきます。 ところで、時差ぼけはあまり感じていません。 東京とニューヨークの腕時計上の時差は、 たった1時間でしたので、僕は腕時計をそのままに して過ごしました。 1時間引けばニューヨーク時間ですから、 不自由しませんでしたよ。 それで時差ぼけもなかったのかなあ。 機内では、メニューにトマトジュースとウオッカが あったので客室乗務員嬢にブラディマリーを作ってもらい ジャンジャン飲みました。 眠くなれば眠り、眠くなければマークトゥエンの「金メッキ時代」を 読んでいました。 南北戦争後の1970年代のアメリカを舞台にした 小説で、当時のアメリカ社会が活写されているので ワクワク楽しみました。 今回の旅の目的は、その時代にアメリカに留学した 4人の日本人若者の足跡を調べるものだったので、 大いに参考になりました。 しかし、この時代、すでにアメリカでは、ガスが引け 水洗トイレがあり、新しいビルにはエレベーターが 設置されていたのですから、その4人の若者は目が点に なりっぱなしだったでしょうね。
2008.03.25
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