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二学期が始まり、張り切って頑張っていた三男こんぶが、とうとう調子を崩してしまいました。表面上のきっかけは、他学年児童との遊びの中でトラブルが多い、と児童館利用を断られたことでした。こんぶは、曲がったことや、ズルが大嫌い。だから、それがルール違反だと思えば、相手が上級生であれ、はっきり伝えてしまいます。かといって、ルールそのものを思い違いして覚えていることもあり、そのあたりの行き違いもトラブルの元となっていたようです。自閉症スペクトラムの中でも積極奇異型に属するこんぶは、お友だちと一緒に遊びたい気持ちがとても強く、でも、その場その場での反応が過度であったり、周囲には理解しにくいものであったりということもあり、集団からはみ出してしまうことが多くありました。何度も何度も、時間を見つけてはこんぶと児童館に足を運び、実地でルールを教え、場の雰囲気でルール変更があるということを教えてきました。児童館職員の方々にも、場合によっては、トラブルに発展した時にはクールダウンに行くよう、本人に声掛けしていただけると、必ず子どもたちみんなや、職員の方々の負担が減るから、とご協力をお願いしてきました。でも残念ながら、本人への声掛けができる人的余裕はないとのことで、本人が楽しみにしていた児童館でしたが、利用が難しくなってしまいました。大好きな場所に行けなくなってしまった本人のショックはかなり大きく、「ぼくが悪い子やから、児童館に行けなくなってしまったんやろ?」と、泣き伏して、すっかり自分に自信を持てなくなってしまったようでした。学校から帰宅後は、友人宅へ遊びに行く元気もなく、一人きりの留守番の淋しさや心理的不安からか、仕事中の母の携帯に、度々、着信がありました。数日間は、「ぼく、死んだほうがいがやろ…?死にたいよ…」と、背筋が寒くなる発言が続き、人と関わることで、またいつなん時、自分が『悪い子』になってしまうかもしれない、という恐怖から、その後、学校へも行き渋るようになりました。今までかなり頑張ってきた疲れも、裏のきっかけといえるでしょう。そこまで頑張らなくても…と思うほど、お行儀よく、真面目に学校生活をおくっていました。疲れに引き続いて、様々な学年児童の交わりのなかで繰り返される人間関係トラブルにも疲れはて、楽しみにしていた児童館利用もダメになり、注意を受けても、治そうと努力しても、できない自分が悪いのだととことんまで自己否定してしまったたことが総合的要因となって、登校渋りにつながりました。しばらくは、しばしば朝の目覚めから情緒不安定な様子が見受けられたので、学校は本人に選ばせ、行きたいときには行き、教室には入れないときには相談室の利用をお願いし、休みたいときには休むようにさせました。担任の先生も本人の不安感、恐怖感をご理解下さり、こんぶが学校に来ている時にはかなり頑張って下さって、個別的な遊びの関わりや、時には幼児をあやすような優しさで関わって下さり、そのおかげもあって、二週間が過ぎた頃には『学校行くの、怖い』とは言わなくなりました。家庭では、あっという間に低下してしまった自己肯定感を上げるため、常にスキンシップとポジティブな言葉を繰り返しました。正直、完全褒め育てしてきて、自己肯定感がありすぎる感のあった三男が、こんなにもあっけなく、こんなにも短期間に『死にたい』と言いだすまでに落ち込んでしまったことは、親としてショックでした。長年に渡って、コツコツと積み上げてきた自己肯定感だったのに、場合によってはこんなにももろく、簡単に崩れ去ってしまうほど繊細なものだったことを、今回、思い知らされました。担任の先生のおかげで、教室に戻れるようになった時には、三男自身が自分の困り感を自覚して、自分の言葉で伝えられるようになりました。もちろん、それを受け止めてくださる先生あっての行動です。「イライラ虫が増えてくると、他のことが何も考えられなくなる」という焦りが再び本人の情緒的安定を脅かしはじめたので、いい機会だと思い、診断の際にお世話になっていた児童精神科医に相談に行きました。初めて、投薬も視野に入れた受診でした。本人が自らの衝動性に苦しんでいることを医師も察して下さり、こんぶに「一緒にイライラ虫退治を頑張ろう」と伝えて下さいました。それから、こんぶは、「この薬を飲むと、イライラ虫がいなくなるんだよね?」と、すがるような気持ちで毎日、コンサータを飲み続けました。「この薬があれば大丈夫」というお守り的効果もあったのでしょう。「このお薬を飲むと、前よりイライラ虫が少なくなったような気がする」と、言うようにもなりました。低量のせいなのか、本人の行動や態度にはあまり変化は見受けられませんでしたが、何よりもまず、本人が安心感をもって学校にいけるようになったことは、薬がもたらしてくれた最大の効果でした。授業中はもともと最後まで座って真面目に勉強するようなタイプでしたし、勉強の面では担任の先生からもお褒めの言葉をいただいていたようです。『薬を飲めば、イライラ虫が出てこない』と信じることで安心感を得ているようなので、本当の薬の効果はまだわからないのですが、今後、薬量の調整もしつつ、極力、本人が安心できるようなサポートを、先生方と共に作り上げる必要があることを感じました。今はまだ一年生で、先生方も『柔らかい対応』を受け入れやすい土壌があるので、この機会を三男を理解してもらうチャンスへと変えていきたいと思います。最近、聴覚過敏が強くなってきている三男は、自分で先生に、給食時間の耳栓の使用許可をもらってきました。こういうことも、子どもの心情に寄り添って聞いていただける先生のおかげで、三男は薬を使いつつも、『学校、楽しい!!』と言うまでに元気になりました。この連休中に、自分で耳栓を入れる練習を頑張ってます♪
2009年11月22日
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大変、ご無沙汰いたしました。更新を待っていて下さった方には、本当にごめんなさいm(__)mお休みさせていただいた間に、いろいろなことがありました。そして、人の暖かさ、いろんなご縁について、深く考える機会を得ました。世の中の社会情勢は変わらず厳しいものだけれど、世の中って、やっぱり捨てたもんじゃないな~、と嬉しくなりましたそんなことの事例を、少しずつ、ゆっくりと思い出しながら、書き残していきたいと思っています。どうぞのんびりペースで、お付き合いください。二学期開始してしばらくの頃、私を先輩お母さんと見込んで下さった、ある一年生のお子さんのお母さんから、ちょっとしたご相談をいただきました。「子どもが学校へ送って欲しいとばかり言う。甘やかしにならないか?」というものでした。夏から秋にかけて、気温も不安定な時期、今まで新一年生として頑張っていた子どもたちも疲れがでてきて、情緒的に不安定になるのはよくあること。ついこの間も、先生方との雑談のなかで、「登下校時間になると、校門前にズラーっと車が並んでますよ。疲れてきてるんですよね」と、先生方ご自身が子どもたちに好意的な受け止めをしておられる発言を伺ったばかりだから、時間が許すかぎり、付き合ってあげてね。できないときは、できない理由を添えてことわって構わないから。幼いように見えて、子どもはきちんと親の理由を理解してくれるから。ある程度、わがままを聞き入れてもらったら、子どもたちも安心して、また自力登校するようになるから。そうお伝えすると、お母さんからの信頼をいただけたのか、さらにいくつかのことについて尋ねられました。親に対する言葉遣いが荒いことが心配。他の大人に対してもそういう言い方をしているのではないかと心配になって、ついつい叱りつけてしまう。お母さんは下の子ばかり大事で、自分のことはどうでもいいんだ、というようなことをよく言うようになり、下の子に対する態度が冷たいときがある。家で、お友だちの文句ばかり言う。本当かどうかはわからないが、「○○された」という子どもの訴えを、どう受け止めればいいのか…?私自身も長男が一年生になったばかりの頃、同じ心配をした覚えがあります。その時には子どもの気持ちを全て受け止めた対応ができなかったけれど、様々なことを子どもたちに学ばせてもらった今ならば、どうすればいいのか、いくつかの対応が浮かびます。言葉遣いは子どもたち自身が『カッコいい』という気持ちだけで深い意味まで考えずに使っていることがあるから、あまり真面目に受け取らないこと。特に、お子さんは、私がボランティアで小学校に行っても、必ず丁寧な言葉遣いで返してくれる真面目な子だから、尚のこと心配することはないと思う。だから、悪い言葉遣いをした時には、「本当は○○って言いたいんだよね~?」って、ポジティブな受け取り方をして欲しい。普段の生活の中で、その子の行動のひとつひとつを賛辞してあげて、「ありがとう」をいっぱい伝えていくなかで、下の子への態度は必ず暖かいものに変わっていくから、今日からは子どもの『良いところ探し』するようにしてみて欲しい。お友だちの文句は、その時、自分が感じた『嫌な気持ちの発散』でもあるから、「嫌だったんだね」っていう共感姿勢で聞いてあげて欲しい。子どもは、親が自分の気持ちをわかってくれたと思うと、嫌なことも少し我慢してやってみよう、と考えるようになるから。親が子どもの気持ちに共感してくれることこそが、子ども自身が忍耐力を養う原動力だから。学校での気になる出来事については、今の学校の先生方ならば必ず聞く耳を持っておられると思うから、情報提供でもするような軽い気持ちで、一度、個別懇談の時間をとっていただいて、相談してみるといいかもしれない。どんな出来事も、まだ小さな火種のうちのほうが対応しやすいのは先生方も同じだから。個別懇談をお願いしたら『煩い親だ』と思われる心配をしているなら、それは杞憂だよ。先生にとって無理のない時間での個別懇談であれば、きちんと受け止めて下さるし、子どもたち同士の関わり合いの中で、方向がずれてきていると感じられたなら、必ず真摯に対応していただけるから。思いきって、いろいろなことを発信していくなかで、子どもにとって最善の対応策が生まれてくることもあるから、先生とのコミュニケーションをとる工夫というのも、親には必要なことだと思う。私たち親が先生方を信頼している限り、先生方はその期待をきっと、子どもたちに還元してくださるから。そのお母さんは重荷を降ろすことができたのか、泣き出してしまわれました。傍にはお父さんもおられて、我が家の三男を含めた子どもたちの相手をしてくださりながら、しっかりと聞いてくださいました。お母さんの泣き顔を見たお子さんが心配そうにお母さんを見つめ、その視線に笑顔で答えるお母さんとの心の交流に、暖かい絆が生まれたのをみたような気がして、私まで幸せな気持ちになりました。長年、共に育ち合いしてきた子どもたちです。今後、さらに育ち合いしていく子どもたちも含め、まず親たちがこうして支え合いしながら良い関係を広げていくことで、もしかしたら社会全体が優しさに満ちた暖かいものになるかもしれない。本当に心から、そうあって欲しいと願っています。
2009年11月19日
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