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「猿の惑星:聖戦記」(原題:War for the Planet of the Apes)は、2017年公開のアメリカのSF映画です。ピエール・ブールによる同名のSF小説を原作にした「猿の惑星」シリーズを新解釈でリブートした新三部作の完結編で、高度な知能を得て反乱を起こした猿たちと人類の戦いのさなか、猿のシーザーがリーダーの使命感と家族を奪われた復讐心の狭間で葛藤する姿を描いています。第90回アカデミー賞で、視覚効果賞にノミネートされた作品です。 「猿の惑星:聖戦記」のDVD(楽天市場)監督:マット・リーヴス脚本:マーク・ボンバック/マット・リーヴス原作:リック・ジャッファ/アマンダ・シルヴァー(キャラクター創造) ピエール・ブール「猿の惑星」(原作小説)出演:猿(エイプ) アンディ・サーキス(シーザー) スティーヴ・ザーン(バッド・エイプ) カリン・コノヴァル(モーリス) テリー・ノタリー(ロケット) タイ・オルソン(レッド・ドンキー) マイケル・アダムスウェイト(ルカ) トビー・ケベル(コバ) ジュディ・グリア(コーネリア) サラ・カニング(レイク) マックス・ロイド=ジョーンズ(ブルーアイズ) デヴィン・ダルトン(コーネリアス) アレクス・ポーノヴィッチ(ウインター) 人間 ウディ・ハレルソン(大佐) アミア・ミラー(ノヴァ) ガブリエル・チャバリア(プリーチャー) ほか【あらすじ】復讐心に囚われた猿のコバ(トビー・ケベル)の反乱によって高度な知能を得た猿と人間の戦争が勃発して二年、地球の支配権と種の保存を賭けた争いが激化する中、シーザー(アンディ・サーキス)が率いる猿の群れは森の奥深くに潜んで人間に対する聖戦を画策していると噂されていました。一方、シーザーに粛清されたコバのかつての部下で、シーザーへの復讐に燃える赤毛のゴリラ、レッド(タイ・オルソン)を筆頭に、猿の中に人間側へと寝返る裏切り者も出始め、猿と人間の争いは混迷を極めつつありました。そんなある日、猿との戦いに敗れて囚われの身になったアルファ・オメガ部隊の人間が、シーザーと対面します。シーザーは噂に反して人間との戦いを望んではおらず、和平交渉の使者とする為に、敢えて人間の捕虜たちを無傷で送り返します。猿の集落に戻ったシーザーの前に、集落から離れていた側近のチンパンジー、ロケット(テリー・ノタリー)と、シーザーの息子にして後継者のブルーアイズ(マックス・ロイド=ジョーンズ)が現れます。安全な新天地を求めて旅に出ていたブルーアイズたちは、砂漠を越えた先に新天地とな安全な土地を見つけたと言います。翌日、新天地に向かうことにしてシーザーたちは眠りに就きますが、ふと目を覚ましたシーザーは、集落の中に人間の兵士たちが入り込んでいることを察知します。集落の内部での大規模な戦争は防いだものの、シーザーは息子のブルーアイズと妻のコーネリア(デヴィン・ダルトン)が、アルファ・オメガ部隊の指揮官である大佐(ウディ・ハレルソン)によって殺されてしまいます。翌朝、新天地に向かって旅立とうとする群れを尻目に、シーザーは大佐に復讐する為に単独で群れを離れます。古い仲間のロケットとオランウータンのモーリス(カリン・コノヴァル)、ゴリラのルカ(マイケル・アダムスウェイト)がこれを追い、シーザーと共に四匹の猿による決死の旅が始まります。旅の途中、シーザーたちはキャンプの跡地で人間の脱走兵と遭遇、銃撃しようとした脱走兵をシーザーが射殺します。跡地を調べたシーザーたちは、小屋の中で言葉を喋ることができない一人の少女ノヴァ(アミア・ミラー)を見つけます。シーザーはノヴァを置き去りにしようとしましたが、孤児になったノヴァを哀れんだモーリスが請願し、旅に同行させることにします。人間達のキャンプ地へ潜入したシーザーたちは、行方を晦ましていたアルビノのゴリラ、ウィンター(アレクス・ポーノヴィッチ)と再会します。ウィンターはレッドに脅されてスパイとなり、自らの身の安全と引き換えに猿の集落への襲撃を手引きしていました。大声を上げようとしたウィンターの口を塞いだシーザーは、誤ってウィンターを絞め殺してしまいます。「エイプ(猿)はエイプを殺さない」と自ら掲げておきながらウィンターを殺してしまった罪悪感から、シーザーは自身が粛清したコバの幻影に悩まされるようになります。人間たちの後を追うシーザーたちは、ノヴァのように言葉を喋れなくなった仲間の人間を彼らが処刑するのを目撃します。やがてシーザーたちは彼らを見失い、人間のように衣類を纏い、英語は喋れるが手話を使うことが出来ないという、動物園で育った変わり者のチンパンジー、バッドエイプ(スティーヴ・ザーン)が現れます。バッドエイプの話と人間のキャンプ地で聞いたウィンターの話から、猿インフルエンザ患者の隔離施設であったかつての「人間動物園」が、現在の大佐たちアルファ・オメガ部隊の拠点であることが推察されました。シーザーたちは、バッド・エイプの案内で大佐たちの拠点へと向かいます。雪山を越え、アルファ・オメガ部隊の基地へ辿りついたシーザーたちは、偵察の最中にルカを殺されてしまいます。自らの復讐にこれ以上付き合わせるわけにいかないと悟ったシーザーは仲間たちから離れ、単身、基地に乗り込もうとしますが、ゴリラのレッドに捕らえられてしまいます。シーザーは、新天地に向かったはずの息子コーネリアスや亡きブルーアイズの恋人レイクをはじめとする仲間たちと、アルファ・オメガ部隊の基地で再会します。新天地を目指していた猿の群れはアルファ・オメガ部隊に捕らえられ、基地を改築する強制労働に従事させられていました。仲間たちが劣悪な環境で働かされている状況を目の当たりにしたシーザーは、かつてのコバと同様に復讐心に囚われて判断を誤ったことを後悔します。猿達の労働環境改善を交渉する為に大佐と対面したシーザーは、大佐のアルファ・オメガ部隊が実は軍の本部に反逆しているいること、猿達に作らせているのは本部との争いに備える防壁であることを見抜きます。一方、大佐は、猿に知能向上をもたらしながら多くの人命を奪った猿インフルエンザが数年の間に変異を起こしたこと、新型の猿インフルエンザに感染した人間は言葉を喋る能力を失い、知能も退化して動物同然になってしまうこと、大佐のアルファ・オメガ部隊はその蔓延を防ぐ為、聖戦と称して新型猿インフルエンザの発症者を殺していること、この新型猿インフルエンザへの対処を巡って大佐の部隊は軍の本部と抗争を起こしていることなど、驚くべき事実を語ります。基地の外で、捕らえられた仲間たちを救う方法を模索していたロケットたちは、かつての猿インフルエンザ患者達が脱走の為に作ったと思われる抜け穴を発見します。ロケットは、わざと捕らえられて檻の中へと入り込み、仲間たちの脱走を手引きをします。シーザーたちは仲間の猿達を基地の外へと逃がしますが、そこへ、反逆者であるアルファ・オメガ部隊を抹殺しようと人間の軍隊が現れ、人間同士による大規模な戦闘が始まります。自らの復讐にケリをつける為に、シーザーは単身、大佐の部屋へ忍び込みます・・・。【レビュー・解説】名作SF映画「猿の惑星」シリーズをリブート、戦争と家族を奪われた復讐心に突き動かされる猿のリーダーを心情を革命的に精緻に表現、西部劇とキャラクター描写の魅力を取り込みながら種の歴史を一コマを記述する聖書的な叙事詩映画シリーズの完結編です。猿のリーダーの心情を革命的に精緻に表現する、聖書的な叙事詩映画シリーズ完結編高まる人権意識の中、白人のカタルシスとなったオリジナル作品オリジナルの「猿の惑星」シリーズ(1968年〜1973年)は、フランスの小説家ピエール・ブールが1963年に発表した同名のSF小説を原作にしています。ブールは第二次世界大戦時に自由フランス軍に加わり、アジアでレジスタンス活動を支援していましたが、この時に日本軍に捕らえられ捕虜になります。彼が1952年に発表し、映画「戦場にかける橋」(1957年)の原作となった同名小説は、この戦時体験に基づいていますが、猿が人間に支配されるというショッキングな設定の「猿の惑星」も、白人が有色人種に支配されるというアジアで体験した恐怖に触発されたものではないかと言われています。類を見ない設定とストーリー展開、人間社会への風刺が高く評価されており、それまでの西部劇で描かれてきたインディアンを悪者とする白人至上主義的勧善懲悪に代わって、白人の新たなカタルシスとしてシリーズ化された映画とも見られています。「猿の惑星」(1968年)「続・猿の惑星」(1970年)「新・猿の惑星」(1971年)「猿の惑星・征服」(1972年)「最後の猿の惑星」(1973年)知性を備えた猿の視点で種の歴史を描いた叙事詩的リブート作品映画化の権利を持つ20世紀フォックスには、その後、様々なリメイクの企画が持ち込まれます。紆余曲折を経た後、ティム・バートン監督、マーク・ウォールバーグ主演で、猿が人間を支配しているという基本設定以外は全くストーリーが異なるリ・イマジネーション(再創造)映画、「PLANET OF THE APES/猿の惑星」(2001年)が公開されますが、オリジナル映画シリーズを越える評価が得られず単発で終わります。その十年後、パフォーマンス・キャプチャーという高度な撮影技術で猿の豊かな感情表現が可能となり、オリジナル映画では語られていなかったストーリーを猿の視点から描いたリブート・シリーズが公開され、最も評価が高かったオリジナル第一作に匹敵する評価を得ます。本作は、そのリブート・シリーズの三作めの、完結編になります。「猿の惑星: 創世記」(2011年)「猿の惑星: 新世紀」(2014年)「猿の惑星: 聖戦記」(2017年)リブート・シリーズはオリジナル第一作に匹敵する高い評価を得る主人公の猿の内面まで踏み込んだ、革命的な感情表現猿に支配されるという設定があまりに強烈過ぎて、オリジナル・シリーズはあまりに好きになれなかったのですが、本作のリーダーとしての使命感と家族を奪われた復讐心の狭間で葛藤する猿のシーザーの内面まで踏み込んだリアルな感情表現に、思わず惹き込まれてしまいました。人間以外の生物をリアルで精緻な感情表現で擬人化し、その内面まで踏み込んで主人公に仕立て上げ、一本の映画にしてしまうのは、もはや革命と言えます。この革命的な作品は、主としてパフォーマンス・キャプチャーという撮影技術によって支えられています。これは、三次元空間における人間の動作に加え、表情の変化もデジタルデータとしてコンピューターに取り込む手法で、従来のモーション・キャプチャーよりもセンサーを大幅に増やし、専用のカメラで顔の表情をとらえることで、表情豊かな演技をコンピューターグラフィックスで再現するものです。さらに本作では、「キングコング」(2005年)のキングコング役、「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズ(2001〜2003年)、「ホビット」シリーズ(2012〜2014年)のゴラム役など、モーション・アクターとしても名高い俳優のアンディ・サーキスを主役のシーザー役に起用、迫真の演技を引き出しています。パフォーマンス・キャプチャによる革命的な感情表現西部劇やキャラクター描写の魅力を盛り込み、高い娯楽性を実現高度な知能を持つ猿に人間が支配される惑星は、実は未来の地球だったというオリジナル・シーリーズの基本設定を踏まえながらも、本作では猿と人類の戦いのさなか、猿のシーザーがリーダーとしての使命感と家族を奪われた復讐心の狭間で葛藤するという、オリジナルでは描かれていないストーリーを、種の歴史を描く聖書のように叙事詩的にに描いています。復讐を果たす為に単身、馬に乗って旅立つシーザーに、チンパンジーのロケットオランウータンのモーリスゴリラのルカといった古くからの仲間が追いつき、さらに言葉を話せない人間の少女ノヴァ動物園で飼育されたチンパンジーのバッド・エイプと個性豊かなメンバーが増えていく様は、さながら西部劇を観ているような面白さです。本作に影響を与えた作品本作の制作に当り、マット・リーヴス監督は、オリジナルの「猿の惑星」シリーズに加えて、「十戒」(1956年)「戦場にかける橋」(1957年)「大脱走」(1959年)「ベン・ハー」(1959年)「アウトロー」(1976年)「地獄の黙示録」(1979年)などを参考にしたと言います。仲間に支えられながら復讐の為に大佐を探すシーザーは、「アウトロー」のジョージー・ウェールズのようであり、施設でのシーザーと大佐の関係は「戦場にかける橋」の捕虜のニコルソン大佐と収容所の斉藤所長との関係のようであり、地下道を通って猿たちが脱出する様は「大脱走」のようでもあります。また、軍の本部から孤立、アルファ・オメガ部隊をカリスマのように指揮する大佐は、「地獄の黙示録」のカーツ大佐のようですが、本作の地下道のに浮かび上がる猿(Ape)を引っ掛けた「Ape-plocalyps Now!」という落書きは、「地獄の黙示録」の原題「Apocalyps Now!」の落書きを意識したものです。地下道に浮かび上がる「Ape-Pocalyps Now!」という落書き「地獄の黙示録」に映し出さされる原題「Apocalyps Now!」の落書き揺り戻す差別主義への鎮魂歌白人が有色人種に支配されるという恐怖に触発されたものが原作小説だとすれば、争いや裏切り、復讐、葛藤、友情、リーダーシップといった人間の世界にも猿の世界に共通することを描いているのが本作です。かつて西部劇ではインディアンが悪者で、白人至上主義的な勧善懲悪が描かれましたが、人権意識の高まりの中、オリジナル・シリーズは白人の新たなカタルシスとみなされました。そういう意味では、本作に西部劇の要素が取り込まれていることには興味深いものがあります。本作では西部劇の要素を取り込みながらも、猿と人間のどちらかが善でどちらかが悪ということではなく、各々が善と悪を内在し、両者の対立は互いの内部抗争によってもたらされています。反ポリティカル・コレクトネスや差別主義への揺り戻しの兆候が伺われる昨今ですが、本作はオリジナルの「猿の惑星」シリーズが浄化しきれない人間の心に潜む差別への鎮魂歌と言えるかもしれません。シーザー(アンディ・サーキス)モーリス(カリン・コノヴァル)ロケット(テリー・ノタリー)ルカ(左、マイケル・アダムスウェイト)スティーヴ・ザーン(バッド・エイプ)ウディ・ハレルソン(大佐)ノヴァ(アミア・ミラー) 【撮影地(グーグルマップ)】シーザーらが馬で駆け抜ける浜辺オリジナル第一作のエンディングの撮影に使用された場所で、原作へのオマージュととなっている。シーザーらが人間の兵隊を追う山中スキーリゾートを利用して撮影している。エンディングが撮影された場所 「猿の惑星:聖戦記」のDVD(楽天市場)【関連作品】「猿の惑星」オリジナル・シリーズのDVD(楽天市場) 「猿の惑星」(1968年) 「続・猿の惑星」(1970年) 「新・猿の惑星」(1971年) 「猿の惑星・征服」(1972年) 「最後の猿の惑星」(1973年)「猿の惑星」リ・イマジネーションのDVD(楽天市場) 「PLANET OF THE APES/猿の惑星」(1999年)「猿の惑星」リブート・シリーズのDVD(楽天市場) 「猿の惑星: 創世記」(2011年) 「猿の惑星: 新世紀」(2014年) 「猿の惑星: 聖戦記」(2017年)マット・リーブス監督・脚本作品のDVD(楽天市場) 「クローバーフィールド/HAKAISHA」(2008年):監督 「モールス」(2010年):監督・脚本 「猿の惑星: 新世紀」(2014年): 監督 「猿の惑星: 聖戦記」(2017年):監督・脚本本作が影響を受けた映画のDVD(楽天市場) 「十戒」(1956年) 「戦場にかける橋」(1957年) 「大脱走」(1959年) 「ベン・ハー」(1959年) 「アウトロー」(1976年) 「地獄の黙示録」(1979年) 「スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲」(1980年)
2018年06月29日
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「バーフバリ 王の凱旋」(原題:Baahubali 2: The Conclusion)は、2017年公開のインドの歴史スペクタクル&アクション・ファンタジー映画です。2016年にインド映画史上最高の興行収入を記録した全2部構成の叙事詩的な映画の第一作「バーフバリ 伝説誕生」の続編で、遥か昔に栄えた古代都市のマヒシュマティ王国で、英雄バーフバリの息子シヴドゥが父の命を奪った暴君バラーラデーヴァに挑む戦いを描いています。インド国内の興行収入記録を更新して歴代1位となり、全世界でも二作合計で500億円以上の興行収入を記録した大ヒット作です。 「バーフバリ 王の凱旋」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:S・S・ラージャマウリ脚本:S・S・ラージャマウリ/K・V・ヴィジャエーンドラ・プラサード原案:K・V・ヴィジャエーンドラ・プラサード出演:プラバース(シヴドゥ/マヘンドラ・バーフバリ、アマレンドラ・バーフバリ) ラーナー・ダッグバーティ(バラーラデーヴァ) アヌシュカ・シェッティ(デーヴァセーナ ) サティヤラージ(カッタッパ) ラムヤ・クリシュナ(シヴァガミ) ナーサル(ビッジャラデーヴァ) タマンナー(アヴァンティカ) スッバラージュ(クマラ・ヴァルマ) メカ・ラマクリシュナ(ジャヤ・ヴァルマ) プラージ・ラジ(クンタラ王国宰相) チャランディープ(カーラケーヤ族長の弟) ラケシュ・ヴァーレ(セートゥパティ) アシュリタ・ヴェムガンティ(クンタラ王妃) ほか【あらすじ】その昔、インドに栄えたマヒシュマティ王国。伝説の英雄バーフバリの息子シヴドゥ(プラバース)は、父の家臣カッタッパ(サティヤラージ)から、裏切りによって命を絶たれ、王座を追われた父の悲劇を聞きます。カーラケーヤとの戦争に勝利を収め、国母シヴァガミから王位継承を託されたアマレンドラ・バーフバリ(プラバースの二役)は、忠臣カッタッパと共に身分を隠して視察の旅に出ます。その途中、アマレンドラはクンタナ王国の国王の妹デーヴァセーナ(アヌシュカ・シェッティ)と恋に落ちます。一方、王位継承の争いに敗れたバラーラデーヴァ(ラーナー・ダッグバーティ)は、アマレンドラとデーヴァセーナの仲を裂き、王座を奪おうと陰謀を企みます。やがて、王位を奪ったバラーラデーヴァは、アマレンドラと生まれたばかりのその息子を亡き者にしようとします。父アマレンドラはなぜ殺されたのか、母デーヴァセーナはなぜ25年もの間、幽閉されていたのか、すべてを知ったシヴドゥは、マヘンドラ・バーフバリを名乗り、暴君バラーラデーヴァに戦いを挑みます・・・。【レビュー・解説】最初から最後まで上がりっ放し、普遍性のある神話的ストーリーにインドらしさを満載、リアリティよりも娯楽性を重視したCGの効率的な活用で、世界的に停滞感のある歴史スペクタクル映画に風穴を開けた、インド映画最大のヒット作です。インド的楽しみが満載描かれている人間ドラマが普遍的で共感度が高く、日本でも絶叫上映会が企画され、コスプレの上、掛け声を上げ、大声で歌いながら鑑賞する熱狂的なファンも現れるなど、インド的な楽しさが満載された作品です。「ラーマーヤナ」とともにインド二大叙事詩と称され、古代インドの宗教的、哲学的、神話的叙事詩である「マハーバーラタ」の登場人物たちの特徴を取り入れて創作された、神話的なスケール感を持つフィクションです。例えば、アマレンドラ・バーフバリは三本の矢を同時に射ますが、これは「マハーバーラタ」に登場するバルバリクの技を取り込んだものです。マハーバーラタに登場するバルバリク(ピンタレスト)三本の矢を同時に射るマヘンドラ・バーフバリインドらしさが溢れる、スケール感のある舞台設定美しい民族衣装こうしたキャラクター設定や、舞台、衣装に溢れるインドらしさは、それらにとどまりません。本作にはシヴァガミが何度か目を見開くシーンがありますが、これが歌舞伎の決め顔のように象徴的で、とてもインパクトがあります。シヴァガミを演じたラムヤ・クリシュナはインド古典舞踊の名手ですが、インドの古典舞踊では感情が九つの表情(ナヴァ・ラサ)で表現されます。インドの古典舞踊の九つの表情(ナヴァ・ラサ)シュリンガラ(恋情)ハスィヤ(気品、笑い、ユーモア)ラウドラ(怒り)カルナ(悲しみ)ビーバッア(嫌悪)バヤナカ(恐怖)ヴィーラ (活力、勇敢)アドゥブタ (驚き)シャンタ (平安、寂静)インドの古典舞踊におけるバヤナカ(怒り)の表現(ピンタレスト)目を見開くラムヤ・クリシュナ(シヴァガミ)このアイコニックな感情表現は、インド古典舞踊の名手であるラムヤ・クリシュナならではと思われます。限られた出演時間で、目の表情一つで強烈に印象づけ、言葉少なくして雄弁に語る彼女のパフォーマンスに目を奪われてしまいました。多様な言語、文化圏を持つインドインドの公用語はヒンディー語、準公用語は英語ですが、インドには憲法が認める言語だけで22と、数多くの言語圏、文化圏があり、映画も北インドのヒンディー語の映画、南インドのタミル語、テルグ語の映画、南インドのマラヤーラム語、カンナダ語の映画、東インドのベンガル語、西インドのマラーティー語の映画・・・などがあります。それぞれの言語圏、文化圏の規模を各言語の話者数で見てみると、ヒンディー語:2億5,800万人ベンガル語:8,250万人テルグ語:7,380万人 (ドラヴィダ語族)マラーティー語:7,170万人タミル語:6,070万人 (ドラヴィダ語族)・・・といった規模になります。俗に言う「ボリウッド」は、インド映画の中でも、北インドのヒンディー語映画を意味します。最近の日本のインド映画ブームは支えているのは主にヒンディー語映画ですが、タミル語映画の「ムトゥ 踊るマハラジャ」(1995年)がヒットしたことがあり、同じくタミル語映画の「ロボット」(2010年)や、テルグ語の「マッキー」(2012年)、本作のように、ヒンディー語映画以外にも強烈な個性が光る作品があります。日本で公開され、話題になった主なインド映画と言語(文化圏)タイトル公開年言語(文化圏)ムトゥ 踊るマハラジャ 1995年タミル語その名にちなんで(印米合作)2006年英語、ヒンディー語 恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム2007年ヒンディー語きっと、うまくいく2009年ヒンディー語マイネーム・イズ・ハーン2010年ヒンディー語マダム・イン・ニューヨーク2010年ヒンディー語ロボット2010年タミル語神様がくれた娘2011年 タミル語スタンリーのお弁当箱2011年ヒンディー語女神は二度微笑む2012年ヒンディー語バルフィ!人生に唄えば2012年ヒンディー語命ある限り2012年ヒンディー語マッキー2012年テルグ語PK2014年ヒンディー語バーフバリ 伝説誕生2015年テルグ語ダンガル きっと、つよくなる2016年 ヒンディー語テルグ語映画から、インド基準、そしてグローバル基準へ本作のS.S.ラージャマウリはもともとテルグ語映画で頭角を表した監督で、前作の「マッキー」(2012年)は同年に最も高い興行成績を収めたテルグ語映画となりました。この作品はヒンディ語に吹き替えられましたが、北インドでの興行成績はさして伸びませんでした。というのも、言語のみならず、文化も違うので、最初から双方を意識して制作しなければ違和感が出てしまうと、ラージャマウリ監督は言います。しかし、この作品でヒンディー語映画界にその実力を認められたラージャマウリ監督は、次の作品からヒンディー語とテルグ語での双方で、言語・文化によらない普遍的な映画を作ることを決意しました。子供の頃からインド神話のコミックに夢中で、映画監督になって以来、インド神話的な英雄物語を作りたいと思っていたラージャマウリ監督は、10年ほど前に父であり、有名な脚本家、作家で、本作の原案者でもあるK.V.ヴィジャエーンドラ・プラサードが出してくれたシヴァガミのキャラクターに関するアイデアに着想を得ます。監督の父が話してくれたのは、シヴァガミが自らの命と引き換えに幼な子を救う感動的な場面でした。それから、二人は「バーフバリ」に登場する様々な登場人物を創り出し、その登場人物たちが織り成す壮大な物語を組み立てました。「バーフバリ」は古代の王族と彼らの闘いの物語です。そしてそれらのハリウッド映画もそうです。そのため、キャラクター設定や衣装、そしてそこで繰り広げられる感情などは、まったく違う国の違う物語にもかかわらず、どうしても似てしまいがちです。それは、こうした物語が普遍的で万国共通のテーマを持っていることに他ならないからだと思います。 私が「バーフバリ」を製作した理由のひとつは、この物語がそうした世界規準の物語だったからです。「バーフバリ」というのはきっとインドだけでなく、国を超えた普遍的な存在なんだと思うんです。皆が統治者にも望むことは、まず正義をしっかり持っていること。そして身分を問わず、国民を尊重すること。そしてその統治者が男性ならば女性、つまり妻と母を尊重するということ。そして自分を犠牲にする覚悟があるということ。これだけの素質を持ったリーダーを望まない人はいないと思います。(S・S・ラージャマウリ監督)http://www.moviecollection.jp/interview_new/detail.html?id=757「バーフバリ」成功の要因インドでは必ずしも主流ではないテルグ語映画界から一躍躍り出て、インド国内の興行収入の記録をたて続けに更新、世界的にも大ヒットなった本作ですが、その大成功はインド映画最大の製作費(二作合計で70億円以上)を集めたラージャマウリ監督の類まれなる才能への期待とそれ応えた実力に加えて、以下のような要因が考えられます。王位継承、恋愛談、裏切り、復讐といった人間的ドラマをインド神話的世界観で描き、テルグ語圏だけではなくインドの多様な文化に普遍的な価値を持つ作品を狙ったこうした人間的ドラマを反映した神話的世界観は、インド国内のみならず世界に共通するものであり、普遍的な作品として世界的なヒットにつながった重厚長大な神話そのものの映画化を避け、インド神話のキャラクターの特徴を取り入れながら、コンパクトな神話的ストーリを創作した(最終的に二部作になったが、当初は一話完結の予定だった)歴史スペクタルは費用回収のリスクが高いが、いたずらにリアリティを追求せずに娯楽性を目的としてCGを活用することにより費用効率を高めた(ラージャマウリ監督はSFXの大家ではないが、逆にそれが合理的なディレクションを生んだ)余談:リスクが高い歴史スペクタクル映画1920年代から1940年代にかけて黄金時代を築き上げたアメリカの映画業界は、1940年代の白黒テレビの放送開始、1950年代の同カラー放送の開始に、大きな脅威に直面します。そんな中、テレビの脅威に対抗すべく、1950年代の映画界はこぞってワイドスクリーンによる映画の大型化に向かいます。20世紀フォックスのシネマスコープをはじめ,パラマウントのビスタビジョン,MGMのパナピジョン,さらに70ミリ映画などが次々と開発され、歴史劇などを題材に、著名な俳優のオールスターキャスティング、大掛かりなセット、膨大なエキストラ、長い放映時間などでテレビドラマとの差別化が図られました。1950年代から1960年代に制作された主な大作映画と製作費タイトル公開年製作費十戒 1956年 1350万ドル ベン・ハー1959年1500万ドルスパルタカス1960年1200万ドルナバロンの要塞1961年600万ドルエル・シド1961年620万ドル史上最大の作戦1962年1200万ドルアラビアのロレンス1962年1100万ドルクレオパトラ1963年4400万ドル大脱走1963年400万ドルサウンド・オブ・ミュージック1965年820万ドル*製作費は当時のベースで、現在の価値に換算すれば十倍近くなるこれらの大作は一時的に観客を映画館へと引き戻しましたが、独占禁止法による企業再編と赤狩りによる人材喪失に苦しむ制作会社に、膨大な製作費が大きな重荷となります。特に「クレオパトラ」で、主演女優のエリザベス・テイラーの破格の報酬を支払い、主演女優の度重なる病気、ロケーションのミスよるセットの造り直しと撮影の遅れ、スタッフやキャスティングの変更、度重なる撮り直しなどにより、製作費が4400万ドルにまで膨れ上がった20世紀フォックスは、深刻な経営危機に直面します。映画製作会社がリスクの大きい大作を敬遠せざるを得なくなる中、アメリカの映画界は低予算映画や、ベトナム戦争や公民権運動に揺れなど既成の価値観に反発する若者や厭世観を描いた、アメリカン・ニューシネマの時代へと突入していきます。もちろん、歴史スペクタクル映画が全くなくなったわけではなく、ベトナム戦争を反戦の視点から描いた「地獄の黙示録」(1979年)、「プライベート・ライアン」(1998年)や、清朝最後の皇帝で後に満州国皇帝となった溥儀の生涯を描いた「ラスト・エンペラー」(1992年)など、現代史、近代史を舞台にした名作がその後も制作されています。しかし、CGという製作費削減の手段が得られるようになったが、リアリティを追求すれば決して安上がりではない倫理的側面から、復讐や戦いを中心を据えた史劇は社会的受容を得にくい勧善懲悪や単純なヒロイズムなど、非現実的ヒューマニズムは受容されにくいなど、歴史スペクタクルは依然として厳しい状況にあります。ペルシア戦争のテルモピュライの戦いのほとんどをCGで描いた「300(スリーハンドレッド)」(2006年)や、シェイクスピア悲劇「コリオレイナス」の舞台を現代に翻案した「英雄の証明」(2011年)などの異色作はありますが、市場の受容は限定的なようです。そんな停滞感のある歴史スペクタクル映画に風穴を開けるかのように登場したのが本作は、委細構わず突き抜ける、成長著しいインド映画の勢いあるパワーが成せる業かもしれません。プラバース(シヴドゥ/マヘンドラ・バーフバリ、アマレンドラ・バーフバリ)プラバース(1979年〜)は、主にテルグ語映画で活動するインドの俳優。父が映画プロデューサーで、叔父が俳優。 2002年に映画デビューし、2005年にラージャマウリ監督の「Chatrapathi」で主演を務め、100日超のロングランとなる。以降、ラージャマウリ監督はプラバースと友好関係にあり、主人公バーフバリのキャスティングについて最初に思い浮かんだのがプラバースだったという。プラバースは本作で、南インドだけではなく国際的にも名前が知られるようになった。ラーナー・ダッグバーティ(バラーラデーヴァ)ラマナイドゥ・ダッグバーティ(1984年〜)は、テルグ語映画、タミル語映画、ヒンディー語映画で幅広く活動するインドの俳優、映画プロデューサー、VFXコーディネーター、カメラマン。祖父、父が映画プロデューサー、叔父、従弟が俳優という、映画一家に生まれる。右を失明しており、左目だけで物を見ているというが、それを感じさせない演技である。主人公を演じるプラバースより美形で、最初は悪人ではないが、父の影響により徐々に邪悪になり、最後には暴君に変貌する役を演じている。アヌシュカ・シェッティ(デーヴァセーナ)アヌシュカ・シェッティ(1981年〜)は、テルグ語映画、タミル語映画で活躍するインドの女優、モデル。2005年に映画デビュー、以降、インド国内で数多くの賞を受賞し、アヌシュカはテルグ語映画のスター女優の地位を確立している。本作で演じるデーヴァセーナは美しいだけではなく、強い女性。シヴァガミもそうだが、本作に登場する女性は美しいだけではなく、強いのが興味深い。サティヤラージ(カッタッパ)タミル語映画で「サティヤラージ 」名義で活動するランガラージ・スッバイアー(1954年〜)は、タミル語映画の他にテルグ語映画、ヒンディー語映画、マラヤーラム語映画、カンナダ語映画など200作以上の映画に出演するインドの俳優。悪役を演じることが多い。本作では重要な役割を果たす奴隷を演じている。ラムヤ・クリシュナ(シヴァガミ)ラムヤ・クリシュナ(1970年〜)は、テルグ語映画、タミル語映画、ヒンディー語映画、マラヤーラム語映画、カンナダ語映画など200作品以上の映画に出演するインドの女優。幼少期に南インドの古典舞踊バラタナティヤム、クチプディを習得し、数多くの舞台に立つ。1984年より女優としてのキャリアを始め、以降、インド国内で数多くの賞を受賞、「パダヤッパ いつでも俺はマジだぜ!」(1999年)ではラジニカーントと共演し、高い評価を得る。2003年に結婚、出産、女優を休業するが、「バーフバリ 伝説誕生」(2015年)で復帰、実際に子を持つ母として、威厳有る国母シヴァガミを見事に演じている。ナーサル(ビッジャラデーヴァ)ナーサル(1958年〜)は、南インド映画を中心に300作以上に出演する、インドの俳優、映画監督、プロデューサー、南インド俳優協会の会長。マドラス基督教大学で演劇活動を始め、困窮した生活を送りながら、演技を学ぶ。1985年にで俳優として映画デビュー、キャリアを重ねる。「フェア・ゲーム」(2010年)にも出演している。性格俳優として知られており、本作でも個性的な悪役を演じている。スッバラージュ(クマラ・ヴァルマ)スッバラージュ(1977年〜)は、テルグ語映画を中心に活動するインドの俳優。本作では、デーヴァセーナの従兄弟役をコミカルに演じ、映画のトーンにいい味をつけている。タマンナー(アヴァンティカ)タマンナー(1989年〜)は、テルグ語映画、タミル語映画、ヒンディー語映画、マラーティー語映画、カンナダ語映画に出演する、インドの女優、モデル、ダンサー。2005年に映画デビュー、以降、キャリアを重ね、テルグ語映画、タミル語映画のスター女優の地位を確立。非常に美形の女優で、二部作の第一作「バーフバリ 伝説誕生」(2015年)で注目を浴びたが、残念ながら、本作では最後に少しだけ姿を見せるにとどまっている。【サウンドトラック】 「バーフバリ 王の帰還」のサウンドトラック(楽天市場)【動画クリップ(YouTube)】三本の矢を射るシーン一見、荒唐無稽に見えるシーンだが、実は弓の達人であるデーヴァセーナは、日本の矢を同時に上手く射ることができないという伏線が張られている。マハーバーラタのバルバリクの如く三本の矢を同時に射るマヘンドラ・バーフバリがデーヴァセーナに三本の矢の射方を教え、共に戦うだけではなく、デーヴァセーナの耳飾りを射た矢で鳴らしてみせ、その心を射止めるシーンでもある。絶叫上映の様子みんなで掛け声を上げながる観る、なんとも楽しげな上映会である。声を揃えて歌っているのは、サウンドトラックの「バリ、バリ、バーフバリ」、テンポ良く、上がる歌である。インドの古典舞踊を踊るラムヤ・クリシュナ「Narasimha」(2001年)でラムヤ・クリシュナが見せる怒りの踊り 「バーフバリ 王の凱旋」のDVD(楽天市場)【関連作品】「バーフバリ」二部作のDVD(楽天市場) 「バーフバリ 伝説誕生」(2015年) 「バーフバリ2 王の凱旋」(2017年)S・S・ラージャマウリ監督作品のDVD(楽天市場) 「マッキー」(2012年)おすすめインド映画のDVD(楽天市場) 「ムトゥ 踊るマハラジャ」(1995年) 「その名にちなんで」(2006年) 「恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム」(2007年) 「きっと、うまくいく」(2009年) 「マダム・イン・ニューヨーク」(2010年) 「マイネーム・イズ・ハーン」(2010年) 「神様がくれた娘」(2011年) 「スタンリーのお弁当箱」(2011年) 「バルフィ!人生に唄えば」(2012年) 「女神は二度微笑む」(2012年 ) 「命ある限り」(2012年) 「めぐり逢わせのお弁当」(2013年) 「PK ピーケイ」(2014年) 「ダンガル きっと、つよくなる」(2016年)
2018年06月17日
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「夜明けの祈り」(原題:Les Innocentes)は、2016年公開のフランス・ポーランド合作のドラマ映画です。第2次世界大戦直後のポーランドの実話に基づき、アンヌ・フォンテーヌ監督、ルー・ドゥ・ラージュら出演で、赤十字で医療活動を行う若いフランス人の女医と、ソ連軍による占領下のポーランドの修道院でソ連兵に襲われて身ごもった7人の修道女の物語を描いています。第42回セザール賞で、作品、監督、脚本、撮影の4賞にノミネートされた作品です。 「夜明けの祈り」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:アンヌ・フォンテーヌ脚本:サブリナ・B・カリーヌ/アリス・ビヤル/アンヌ・フォンテーヌ/パスカル・ボニゼール出演:ルー・ドゥ・ラージュ(マチルド) アガタ・ブゼク(シスター・マリア) アガタ・クレシャ(マザー・オレスカ) ヴァンサン・マケーニュ(サミュエル) ヨアンナ・クーリグ(シスター・イレーナ) カタジーナ・ドンブロスカ(シスター・アンナ) ほか【あらすじ】1945年12月、ポーランド。ひとりの修道女が修道院を抜け出し、町の孤児たちの案内で赤十字の施設に辿り着きます。修道女は、フランス人女性医師のマチルド・ボリュー(ルー・ドゥ・ラージュ)に診察を頼みますが、マチルドはフランス人以外は助けられない決まりなので、他の施設へ行くようにと答えます。数時間後、マチルドは雪の降り積もる中で祈り続けている修道女の姿を見ます。心を動かされたマチルドは、修道女とともに軍用ジープで遠く離れた修道院へ向かいます。苦しんでいる妊婦を診察し、帝王切開で出産させたマチルドは、翌日、傷口の状態を診るために再び診察に行き、他の7名の修道女も妊娠していることを知ります。修道院長のマザー・オレスカ(アガタ・クレシャ)からソ連兵に襲われたことを聞いたマチルドは専門家による診察を提案しますが、「修道院が閉鎖され、恥を晒す」と、修道院長は外部の人間が関わることを拒否します。人の命を救うという使命感に突き動かされたマチルドは、ひとりでこの事態に対処しようと、赤十字の仕事の合間に危険に冒して修道院に通い続けます。ある日、敵兵を捜索するソ連軍の小隊が修道院に乗り込んで来ますが、マチルドの機転で追い払います。修道女たちの信頼を得たマチルドは、彼女らの希望となっていきます。ソ連兵に襲われ身ごもるという過酷な現実と、純潔であらねばならないという戒律の狭間で苦しむ修道女たちの姿にマチルドに当惑しますが、シスター・マリア(アガタ・ブゼク)は「信仰は24時間の疑問と1分の希望」と吐露します。やがて、マチルドは赤十字の上官から任務終了によるポーランドからの撤退を通告されます・・・。【レビュー・解説】第二次大戦後、ソ連軍占領下のポーランドで兵士の暴行により集団で身ごもった修道女たちと、それを救ったフランスの女性医師の実話を基にした、過酷ながらも美しく感動的なドラマ映画です。実在の女医マドレーヌ・ポーリアックがモデル本作は、実在のフランス人の医師、マドレーヌ・ポーリアックという勇敢な女性をモデルにしています。パリの病院の気管切開の専門医であった彼女は、1939年、27歳の時にレジスタンス運動に参加します。1945年、彼女はポーランドのワルシャワにあるフランス赤十字のチーフドクターに任命され、第2次世界大戦後のポーランド全土とソ連の一部地域でフランス軍兵士の帰還任務の為、女性で構成された赤十字のボランティア部隊を指揮します。このボランティア部隊は通称「青い騎兵隊」と呼ばれ、トータルで4万キロを走破、強制収容所を含む200以上の収容施設を回りました。彼らは、昼夜となく一日平均700キロを走り回り、あちこちではぐれたフランス人を救出しましたが、時にはソ連軍の病院にいるフランス人を奪還したり、ソ連軍に捕まって監禁されたりと、非常に危険な任務でした。そうした中、ポーリアックはソ連兵によるポーランド人女性への暴行事件の数々を知ります。彼女は被害に遭った女性たちを心身共に助け、その中には修道院に暮らす修道女たちもいました。本作はその修道女たちの救済を描いたものです。純潔を誓った修道女の葛藤カトリックでは、婚外性交渉はタブーです。人工妊娠中絶も殺人とみなされ、厳禁です。不幸にも婚外子を妊娠してしまった場合は、映画「あなたを抱きしめる日まで」(2013年)に描かれるように、人目を避けて修道院に収容され、生まれた子供は養子に出されました。ある意味、よくできた社会システムでしたが、修道院という閉鎖された社会で世間一般の意識とは乖離したことが行われたのは、「あなたを抱きしめる日まで」に描かれている通りです。修道女は母として生きることを捨て、神に使える為に生涯の純潔を誓います。そんな修道女が侵略して来た外国の兵士に襲われ、妊娠してしまうというのは、本当に大変なことです。自分の意志とは裏腹であっても、純潔を誓った修道女が妊娠してしまうのですから、これはたいそう人目をはばかる話です。本作で、外部の人間による妊娠した修道女の診察を修道院長が渋るのは、その為です。このようなカトリックの中世的世界観を現代化しようとバチカンが動き出したのは1962年以降ですから、この修道院長を一概に責めるわけにもいきません。一方、まだ若い修道女たちは、意にも、信仰にも反した妊娠に不安になりながらも、お腹の子供が育つにつれて信仰に生きるか、母として生きるか、葛藤し始めます。修道女の三つの誓いのひとつである「純潔」は、本作の信心深い修道女らの葛藤の源であり、本作の原題(Les Innocentes)となっています。女医と修道女の絆が生み出す変革を描く映画では描かれていませんが、マドレーヌ・ポーリアックは救護活動中に頭蓋骨を骨折、何度も手術を受けます。治療の為に病院に向かう途中に交通事故に遭い、1946年、彼女は33歳でその短い人生を閉じました。事故の原因は車がアイスバーンで滑って木に激突したとも、地雷を踏んだとも言われています。女医さえ珍しい時代に、自らの危険を顧みずに人の命を救い続けた彼女には本当に頭が下がる思いですが、実はこの作品では彼女は事故死せずに、任務を終えてポーランドを去るという展開に脚色されています。父親が教会のオルガン奏者というカトリックの家庭に生まれ、二人の叔母が修道女という環境で育ち、この映画の為に実際に修道院での生活も体験したというアンヌ・フォンテーヌ監督は、本作をポーリアックの伝記を超えたものとして描いています。フォンテーヌ監督は、マチルドを無神論者の共産主義者と設定、同僚との自由恋愛を楽しませるなど、信心深い修道女たちとの差を際だたせるように脚色しています。修道女が修道院の厳しい戒律を破り外部に助けを求め、女医のマチルドが業務の規律を破って修道女を助けることにより、信心深い修道女たちと進歩的なマチルドが互いに絆を深め、信念の異なる者同士がひとつの必然として修道院の変革を生み出す様を描いたのです。修道女たちにとっては過酷な状況ですが、経験豊富なカロリーヌ・シャンプティエが撮影した緊張感のある映像は静謐で美しく、暗さとは異なったトーンを醸し出しています。特に、雪の中に黒い修道服を着た修道女が映るシーンは、優れた構図と相まって素晴らしい出来映えです。また、画家のジョルジュ・ド・ラ・トゥールの光の捉え方を参考にしたという室内のシーンも、自然光をうまく使いながらコントラストがつきすぎないように美しく撮影されています。修道院の中は採光が必ずしも十分ではなく、ともすれば暗い映像になりがちですが、女性ならではの美しいトーンが主役の女性たちやテーマと良く馴染んでいます。バチカンとポーランドの聖職者の温度差本作はバチカンでも上映され、「教会にとってセラピー効果がある、重要な映画」と評されました。しかし、ポーランド聖職界の重鎮は、修道女や一般の信徒がソ連兵に殺されたり、レイプされたという事実を認めながらも、映画で修道院長がとる行動については「そのようなケースは知らないし、既に証人もなく、確かめようもない」とコメントしています。カトリック教会が閉鎖的であった時代の話で、何があっても不思議ではなく、またフォンテーヌ監督も撮影前にポーランドの歴史学者ととともに現地調査と事実確認を行っていますが、ポーランド聖職界の重鎮であるシスターはある意味、当事者であるだけに真に事実であるかどうかが、気になったようです。なお、映画の内容に関するポーランドの聖職者たちの事前の反応もあまり良くなかった為、撮影は現存する修道院ではなく使用されていない教会で行われています。余談:戦争犯罪と宗教の世俗化フォンテーヌ監督は、「戦争のある場所ではどこでもこうした性犯罪は起こっています。この映画は70年前の出来事を描いていますが、過去のことだと言えないのです。」と語っていますが、イラク戦争時の2006年にアメリカ兵が14歳のイラク人少女を暴行殺害した事件を、ブライアン・デ・パルマ監督が「リダクテッド 真実の価値」(2007年)で描いています。また、2012年のイスラム過激派のマリ共和国侵攻を題材にした「禁じられた歌声」(2014年)では、イスラム過激派組織に略奪婚(実質レイプ)された女性が描かれています。このように映画になるのは、恐らく氷山の一角でしょう。余談になりますが、私が子供の頃は、修道服を着たシスターはそれほど珍しいものではなかったのですが、最近では修道服は閉鎖的な印象を与えると公の場では私服を着るシスターが増えているそうです。本作で久しぶりに修道服を見たのですが、ふと、ヒジャブなどイスラム教の衣服と似ていると思いました。これらのルーツが聖母マリアの時代の衣装にあるとすれば、似ていても不思議はありません。また、衣装と関連性があるかはどうかは定かではありませんが、カトリック同様、イスラム教でも婚前交渉はご法度です。「裸足の季節」(2015年)では夫の親族に身の潔白を証明する為に、少女が病院で処女検査を受けるシーンが出てきます。また、「灼熱の魂」(2010年)では、イスラム教徒の女性と婚前交渉を持った異教徒の男性が女性の家族に殺されます。家族の名誉を守るための名誉殺人ですが、女性は辛くも母親に命を救われ、生まれた子供は里子に出され、女性は遠く離れた都会の叔父に預けられます。そんな厳しい面があるイスラム圏ですが、比較的女性の解放が進んでいるイランではヒジャブを着用しない女性が少しずつ増えており、直接的な反体制活動でない限り、政府も黙認しているようです。一方、500万人と欧州最大のイスラム教徒を抱えるフランスでは、治安維持や人々の共生を難しくする恐れがあるとして、公共の場所での顔を隠す服装を禁ずる、通称「ブルカ禁止法」が2010年に成立、2011年から施行され、一部のイスラム教徒や人権団体が信教の自由の侵害だと反発しています。民族主義、宗教的アイデンティティのアピールと言えば聞こえが良いし、また宗教的な衣装を見る機会が減るのは寂しくもありますが、閉鎖的な印象を与えぬようにと公の場では私服を着るというキリスト教のシスターの配慮は、さまざまな価値観の共存という点では正しいような気がします。イスラム圏には出生率の高い地域が多く、2100年までにイスラム教は世界最大の宗教になるとも言われます。勢いがあるだけに排他的なイスラム教徒もなかなか主張を曲げないのではないかと思いますが、様々な価値観の共存の為に、是非とも世俗化が進んで欲しいものです。ルー・ドゥ・ラージュ(マチルド)ルー・ドゥ・ラージュ(1990年〜)は、ボルドー出身のフランスの女優。2009年、コスメブランドの広告に起用されてデビュー。TV、映画、舞台と活動の幅を広げていき、2016年に若手女優の登竜門ともいえるロミー・シュナイダー賞を獲得。「呼吸 友情と破壊」(2014年)などに出演している。実在のマドレーヌ・ポーリアック医師がポーランドに赴任した時は32〜33歳だったが、本作では背伸びをせずに20代後半くらいの設定で演じている印象。アガタ・ブゼク(シスター・マリア)アガタ・ブゼク(1976年〜)は、ポーランドの女優、モデル。2010年、ベルリン国際映画祭でシューティング・スター賞を受賞している]。「ハミングバード」(2013年)に出演、アンヌ・フォンテーヌ監督の目にとまり、本作に起用された。なかなかの演技派女優である。アガタ・クレシャ(マザー・オレスカ)アガタ・クレシャ(1971年〜)は、ポーランドの映画、テレビ、舞台で活躍する女優。2008年、ポーランド版「ダンシング・ウィズ・スターズ」のシーズン8で優勝、賞金をチャリティに寄付し、マスメディアで幅広い人気を得る。「イーダ」(2013年)などに出演している。フォンテーヌ監督は当初、クレシャは修道院長役にセクシーすぎると考えていた。クレシャがヴェールを被り、ポーランドの作品の一部を演じてみせて、フォンテーヌ監督は考えを変え、彼女を起用した。キャリアが豊富な実力派女優である。ヴァンサン・マケーニュ(左、サミュエル)ヴァンサン・マケーニュ(1978年10月19日)は、フランスの俳優、映画監督、舞台演出家。「ソルフェリーノの戦い」(2013年)、「やさしい人」(2013年)、「EDEN エデン」(2014年)などに出演している。個性的な演技で観客の記憶にしっかりと残る俳優である。ヨアンナ・クーリグ(中央、シスター・イレーナ)ヨアンナ・クーリグ(1982年〜)は、映画、舞台、テレビで活躍するポーランドの女優。「イーダ」(2013年)などに出演している。妹も女優。カタジーナ・ドンブロスカ(シスター・アンナ)カタジーナ・ドンブロスカ(1984年〜)は、ポーランドの女優、歌手。演劇学校を卒業後、ポーランド国内で数々の歌のコンテストに入賞する。現在はワルシャワの劇場の女優。【撮影地(グーグルマップ)】修道院として撮影された場所 映画の内容に関してポーランドの聖職者たちからあまり良い反応がなかった為に、修道院の撮影は使用されていない教会で行われた。内装の一部は撮影の為にセットアップされた。 「夜明けの祈り」のDVD(楽天市場)【関連作品】マドレーヌ・ポーリアックの伝記本(楽天市場) Philippe Maynial著「Madeleine Pauliac : L'intrépide」アンヌ・フォンテーヌ監督作品のDVD(楽天市場)「ドライ・クリーニング」(1997年):VHS 「Comment j'ai tué mon père」(2001年) 「恍惚」(2003年) 「ココ・アヴァン・シャネル」(2009年)ルー・ドゥ・ラージュ出演作品のDVD(楽天市場) 「呼吸 友情と破壊」(2014年)アガタ・ブゼク出演作品のDVD(楽天市場) 「レンブラントの夜警」(2007年) 「イレブン・ミニッツ」(2015年)アガタ・クレシャ出演作品のDVD(楽天市場) 「イーダ」(2013年)ヴァンサン・マケーニュ出演作品のDVD(楽天市場) 「ソルフェリーノの戦い」(2013年) 「やさしい人」(2013年) 「EDEN エデン」(2014年)修道院を題材にした映画のDVD(Amazon) 「マグダレンの祈り」(2002年) 「大いなる沈黙へ グランド・シャルトルーズ修道院」(2005年) 「神々と男たち」(2010年) 「汚れなき祈り」(2012年) 「イーダ」(2013年) 「あなたを抱きしめる日まで」(2013年)
2018年06月12日
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「アノマリサ」(原題:Anomalisa)は、2015年公開のアメリカのストップモーション・アニメーションによるコメディ&ドラマ映画です。2005年にフランシス・フレゴリのペンネームで書かれた同名の朗読劇を、チャーリー・カウフマンが脚色、チャーリー・カウフマン/デューク・ジョンソン共同監督、デビッド・シューリス、ジェニファー・ジェイソン・リー、トム・ヌーナン出演で、カスタマーサービス界で名声を築き、本も出版、妻子に囲まれ恵まれた人生を歩んでいるかに見えるものの、実はすべての人間が同じに見え、同じ声に聞こえるという苦難を背負うマイケル・ストーンが、講演の為にシンシナティを訪れ、固有の顔と声を持つ女性リサと出会って共に過ごす特別な夜を描いています。第88回アカデミー賞長編アニメーション部門にR指定映画として初めてノミネートされた作品です。 「アノマリサ」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:チャーリー・カウフマン/デューク・ジョンソン脚本:チャーリー・カウフマン出演:デビッド・シューリス(マイケル・ストーン、カスタマー・サービスの大家) ジェニファー・ジェイソン・リー(リサ・ヘッセルマン、マイケルと同じホテルに泊まる) トム・ヌーナン(その他全員)【あらすじ】2005年、カスタマーサービスの専門家、マイケル・ストーン(デビッド・シューリス)は、新刊の著作を講演で宣伝する為にオハイオ州シンシナティのホテルに出かけます。彼には、妻も息子も周囲の誰にでも距離が感じられ、皆、同じ顔に見え、同じ声に聞こえます。到着したホテルで講演の練習をしますが、彼がその昔、突然捨てた恋人ベラ(トム・ヌーナン)からの怒りの手紙が頭に浮かんで離れません。彼はホテルのバーでベラと会いますが、ホテルの部屋に誘われた彼女は激怒して帰ってしまいます。子供へのおみやげを買う為に散歩に出かけたマイケルは、間違って大人のおもちゃの店に入ってしまいますが、そこで見たアンティークの芸者のからくり人形に魅了されてしまいます。シャワーを浴びた後、マイケルの耳に他の人々の声とは違う女性の声が聞こえて来ます。部屋を飛び出したマイケルは、友人とともにマイケルの講演を聴く為にホテルに泊まっていたリサ・ヘッセルマン(ジェニファー・ジェイソン・リー)と出会います。自らの容姿を自信を持てないと言うリサですが、他の人とは違う容姿と声に魅了されたマイケルは、二人をバーに誘います。その後、マイケルはリサを部屋に誘い、驚いたリサは自分は特別な存在ではないと言い張りますが、マイケルは彼女が髪で隠す顔の傷さえ称賛するほど、彼女に魅了されます。好きだというシンディ・ローパーの「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」を歌い、自分自身について語るよう、マイケルはリサを促します。マイケルはリサを「アノーマリー」(普通と違う)と表現し、彼女に「アノマリサ」というニックネームをつけ、親密になった彼らはセックスをします。眠りに落ちたマイケルは、リサと一緒になってはいけない、愛していると、同じ顔をした人々に追いかけられる悪夢を見ます。夢に触発されたマイケルは、一緒に逃げて新しい生活を始めようと、リサにプロポーズします。一瞬、躊躇した彼女はすぐに同意しますが、マイケルは彼女の朝食の食べ方が気になり、やがて彼女の顔や声が他の人々と同じになり始めます・・・。【レビュー・解説】世の中が平板に見え、他人と心が繋がらない苦しみを描きながらも、かすかな希望を感じさせる本作は、チャーリー・カウフマンの確かな才能と、ストップモーション・アニメーションの繊細な表現力に裏打ちされた、大人向け(R指定)のユニークな作品です。他人と心が繋ぐことができずに苦しむ主人公と、ホテルで出会った女性の一夜を描く15分間だけ俳優ジョン・マルコヴィッチの頭の中に入り込むことができるという「マルコヴィッチの穴」(1999年)嫌いになった恋人に関する記憶だけを手術で除去してしまうという「エターナル・サンシャイン」(2004年)など、奇想天外な設定で知られるチャーリー・カウフマンの脚本・監督作品です。本作では、他人が皆、同じ顔に見え、同じ声に聞こえるとという設定で、他人と心が繋ぐことができずに苦しむ主人公のマイケルが、彼にとって特別な女性であるリサと知り合い、心を通い合わせる様を、人間味のある繊細なストップモーション・アニメーションで描いています。例え、どんなに世の中がつまらないものに見えたとしても、たったひとりの女性の存在が人生を輝かせてくれる時があるかもしれないそれは一時の幻想かもしれないが、その幻想があるからこそ辛い人生を生きることができるのかもしれないなどと感じずにはいられない、感動的な作品です。 穴埋めの為に急遽制作された原作手間のかかるストップモーション・アニメーションで制作された感動的な作品ですが、実は本作はカウフマンが穴埋めの為に急遽制作した、同名の朗読劇が原作です。コーエン兄弟のすべて作品や、数々の名作映画の音楽を作曲しているカーター・バーウェルというアメリカの作曲家が、彼の映画音楽をイブニングコンサートで指揮して欲しいと、ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールから依頼を受けました。しかし、映画なしの映画音楽に魅力を感じていなかった彼は、朗読劇と音楽を組み合わせて上演すると面白いと考え、コーエン兄弟とチャーリー・カウフマンに話を持ちかけました。舞台の上にいるのは、朗読する俳優と音楽を指揮するバーウェルと音響効果のアーティストです。コーエン兄弟が一作、カウフマンが一作の朗読劇を作り、ニューヨークとロンドンで公演が行われました。しかし、その後のロス・アンジェルス公演でコーエン兄弟の作品がスケジュールの都合で上演できなくなり、カウフマンが穴埋めの為に急遽、制作したのが、本作の原作「アノマリサ」です。この頃、フレゴリの錯覚(誰を見ても、それを特定の人物と見なしてしまう現象)の本を読んでいたカウフマンは、少ない人数で演じなければならないこの劇に、フレゴリの錯覚を取り入れました。すべての人間が同じに見え、同じ声に聞こえるという設定の脚本を、彼はフランシス・フレゴリというペンネームで書いたのです。 カーター・バーウェルが音楽を手がけた主な映画ブラッド・シンプル(1984年) 赤ちゃん泥棒(1987年) ミラーズ・クロッシング (1990年) バートン・フィンク (1991年) ファーゴ (1996年) スパニッシュ・プリズナー(1997年) ゴッド・アンド・モンスター (1998年) ビッグ・リボウスキ(1998年) マルコヴィッチの穴(1999年) スリー・キングス (1999年) バーバー(2001年) アダプテーション(2002年)愛についてのキンゼイ・レポート Kinsey (2004年) ザ・ホークス ハワード・ヒューズを売った男(2006年) ノーカントリー(2007年) その土曜日、7時58分 (2007年) ヒットマンズ・レクイエム(2008年) キッズ・オールライト(2010年) トゥルー・グリット(2010年) セブン・サイコパス (2012年) キャロル(2015年) ヘイル、シーザー! (2016年) ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ(2016年) スリー・ビルボード(2017年)一夜限りの上演で終わった「アノマリサ」の原作ですが、カウフマンの友人で、主にテレビで活躍するアメリカの作家・プロデューサー・俳優のディーノ・スタマトプロスが、観客の中にいました。後に彼は、スターバーンズ・インダストリーというストップモーション・アニメーションの制作会社を起こします。朗読劇「アノマリサ」の脚本のコピーを持っていたディーノが、2011年、同社のデューク・ジョンソン監督とともにカウフマンに「アノマリサ」のストップモーション・アニメーション化をもちかけました。オリジナルの朗読劇では、例えば、数メートル離れた男女の俳優が真面目にセックスシーンを朗読するその真中で、音響効果のアーティストがシーツの擦れる音を作っているのが見えるという面白さがあったのですが、ストップモーション・アニメーションとなると、劇は全く別物になります。原作が一夜限りの上演の為の急ごしらえだったこともあり、カウフマンは面食らいましたが、彼が監督した「脳内ニューヨーク」(2008年)が興行的に失敗、その後もリーマン・ブラザーズの経営破綻に端を発する世界金融危機の影響で思うにように映画を制作できずにいたカウフマンは、「お金が集まればやるよ」とストップモーション・アニメーション化を受けます。かくしてディーノとデュークは kickstarter.com でクラウドファンディングを募り、目標の20万ドルに対して、40万ドルの資金を集め、本作が実現しました(映画製作には、他の資金も合わせ、約800万ドルかかっていると推定されている)。6ヶ月かけて丁寧に制作されたセックス・シーンこの映画には、マイケルとリサのセックス・シーンがありますが、これがこの映画のひとつの重要な山場となっています。二人が出会い、マイケルの熱心なアプローチに二人は徐々に親密になり、セックスに至るわけですが、その過程が自然であればあるほど、この映画がもたらす感動が大きくなります。人形劇でセックス・シーンを描いたのは「アノマリサ」が初めてではありません。マリオネット(糸操り人形)による映画「チーム・アメリカ ワールドポリス」(2004年)でもセックス・シーンが描かれています。この映画は政治風刺劇で、セックス・シーンも滑稽に描かれていますが、これに比較すると「アノマリサ」のセックス・シーンにどれだけ手間をかけて丁寧に制作されているかがわかります(後掲の動画クリップを参照)。本作では、しっかりとした脚本に基づいた上で、ベッドの凹み具合や、マイクとリサの体の動き、体の重なり具合、密着感などを、様々な技巧を尽くしながら自然に再現しており、わずか数分のセックス・シーンの撮影に6ヶ月もかけられました。通常はアニメーター自身がモデルになり、アニメーションの動きを研究しますが、さすがにベッドシーンのモデルは誰もやりたがらなかった為、男女のアダルト俳優を雇い、参照用のビデオが撮影されました。アニメーションはこのビデオを参考にしながら、緻密に再現されています。映画の中でリサがベッドに頭をぶつけるシーンがありますが、これはビデオ撮影時にモデルの女優が誤って頭をぶつけたのが面白かったので、そのまま映画に再現されたものです。衝撃の展開と物語の多層性他人と心を繋ぐことができずに苦しむマイケルが、特別な女性であるリサと心を通い合わせる夢のような一夜を過ごすのも束の間、マイケルは再び、心が繋がらない世界に引き戻されます。マイケルが認識する世界・・・人はみな同じ顔、同じ声をしており、心を通わせることができない一般の人々が認識する世界・・・人はそれぞれの個性を持ち、心を通わせることができる<ネタバレ>リサの朝食の食べ方が気になり、彼女の顔や声が他の人々と同じになり始めた後のマイケルの講演は支離滅裂なものになりました。誰も話し相手がいないと告白したり、アメリカ政府の悪態をついたりして、彼は聴衆をドン引きさせます。自宅に帰ったマイケルは、おみやげに買ったアンティークの芸者のからくり人形を当惑する息子に渡します。妻はサプライズ・パーティを企画していましたが、マイケルはパーティに来てくれた人々が誰なのか、全くわからず、妻に当ります。妻は、からくり人形から精子のようなものが流れて出ているのに、気がつきます。マイケルはひとり階段に座り、からくり人形が歌う「桃太郎」を聞きます。その頃、リサは彼に「またいつか、会えるといい」と手紙を書いています。その隣で車を運転する友人は、誰とも同じ顔ではなく、彼女自身の顔をしています。リサは実在の人物ではなく、からくり人形で、リサとの一夜はマイケルの幻想だったのか?という衝撃の展開ですが、それでは何故、最後にリサが登場してマイケルに手紙を書くのか、その意味が理解できません。実は、リサは実在し、マイケルと心の通う一夜は過ごすのですが、「フレゴリの錯覚」を病むマイケルは彼女を他の人間と同じと錯覚し始め、彼女との思い出をからくり人形との思い出と記憶してしまうのです。つまり、映画のラストシーンは、マイケルの錯覚・・・リサも他の人間と同じ顔、声をしており、心が繋がったのはリサではなく、からくり人形だった実在するリサの認識・・・マイケルが出ていったのは残念だけど、彼と過ごせて良かった、いつかまた会えると良いという、マイケルとリサの意識の二重構造になっているのです。孤独な世界から抜け出ることができないマイケルは絶望的ですが、そんなマイケルを受け入れるリサの存在が見る者にかすかな希望を与える、見事なエンディングです。因みにアノマリサは日本語で「天国の女神」という意味と説明されていますが、これは天照大神(アマテラスオオミカミ)のことでしょう。マイケルが住む、人と心の繋がらない世界は、まさに天照大神が大岩戸に引きこもった後の闇の世界の様です。悪夢から目覚めたマイケルがアノマリサと二人で迎えた朝、そしてエンディングで手紙を書くアノマリサが光で包まれているのは、太陽神である天照大神の恩恵を連想させます。なお、アノマリサが歌に歌う「桃太郎」も日本神話を起源とする伝説です。<ネタバレ終わり>フレゴリの錯覚は一般的なものではありませんが、世の中が平板に見えたり、人と心が繋がらない苦しみは決して珍しいものではありません。フレゴリの錯覚にヒントを得て、普遍的な含みのある脚本をにわか仕立てで書き上げてしまうカウフマンの天才ぶり、そしてその脚本を繊細で緻密なストップモーション・アニメーションで映画化したデューク・ジョンソンの力量に感服します。余談になりますが、マイケルの飯のタネであるカスタマー・サービスも、登場するホテルの支配人や従業員も、いわば心が繋がるフリをしてお金を稼ぐ商売です。リサもそんな業界の一員で、また顔に傷があるというハンディ・キャップも負い、少しばかり自信なさげですが、そうした現実を受け入れながらも深刻になることがなく、彼女が歌うシンディー・ローパーの「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」の様に、いろいろ楽しみたいガーリーな女性としてヴィヴィッドに描かれています。アノマリサ(普通と違う)というマイケルがつけたニックネームとは裏腹に、決して珍しくない女性として演出されています。マイケル・ストーン(カスタマー・サービスの大家、声:デビッド・シューリス)妻も息子も周囲の誰にでも距離が感じられ、何故か他人が、皆、同じ顔に見え、同じ声に聞こえる。デューク・ジョンソン共同監督の元の義兄弟である俳優ヴィクター・ガーバーが、マイケル・ストーンの顔のモデルになっている。リサ・ヘッセルマン(マイケルと同宿の女性、声:ジェニファー・ジェイソン・リー)カスタマーサービス業界の一員で、マイケルの講演を聴く為にホテルに宿泊。顔に傷があり、少しばかり自信なさげだが、そうした現実を受け入れながらも深刻になることがなく、いろいろ楽しみたいガーリーな女性。その他全員(声:トム・ヌーナン)飛行機で隣席する男、タクシーの運転手、ホテルの受付、ボーイ、ウェイター、支配人マイケルの妻子など、マイケルとリサ以外のすべての登場人物が、同じで顔と声で表現されている。ストップモーション・アニメーション会社で働く人々の顔から、男女共通の顔を合成している。【動画クリップ(YouTube)】「アノマリサ」のクラウドファンディングを募るプロモーションビデオ」kickstarter.com でクラウドファンディングを募集し、目標に20万ドルに対して40万ドルの資金が集まった。制作に6ヶ月かけたというセックス・シーンこの映画の最も重要なシーンのひとつであるセックス・シーンは、6ヶ月もかけて撮影された。男女のアダルト俳優を雇い、参照用のビデオを撮影、それを参考にしながら、ベッドの凹み具合や二人のの体の重なり具合、動き、密着感などを、様々な技巧を尽くし自然に再現している。「チーム・アメリカ ワールドポリス」(2004年)のセックス・シーン人形劇でセックス・シーンを描いたのは「アノマリサ」が初めてではない。マリオネットで描いた映画「チーム・アメリカ ワールドポリス」(2004年)でもセックス・シーンを描いているが、これと比較すると「アノマリサ」のセックス・シーンにどれだけ手間がかけられているかわかる。リサが歌うシンディ・ローパーの「ガールズ・ワナ・ハヴ・ファン」のオリジナル曲カスタマー・サービス業界の一員で、また顔に傷があるというハンディ・キャップを負い、少しばかり自信なさげだが、そうした現実を受け入れながらも深刻になることがなく、この歌で歌われているようにいろいろ楽しみたいガーリーな女性としてヴィヴィドに描かれている。アノマリサ(普通と違う)というニックネームとは裏腹に、決して珍しくない女性だ。 「アノマリサ」のDVD(楽天市場)【関連作品】チャーリー・カウフマン脚本作品のDVD(楽天市場) 「マルコヴィッチの穴」(1999年)・・・ 製作総指揮・脚本 「アダプテーション 」(2002年)・・・ 製作総指揮・脚本「エターナル・サンシャイン」(2015年)・・・脚本おすすめストップモーション・アニメーションのDVD(楽天市場) 「ファンタスティック・プラネット」(1973年) 「The Adventures of Mark Twain」(1985年):輸入版、Region 1、日本語なし 「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス 」(1993年) 「ジャイアント・ピーチ」(1996年) 「チキンラン」(2000年) 「ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ! 」(2005年) 「ティム・バートンのコープスブライド」 (2005年) 「A Town Called Panic」(2009年) 「メアリー & マックス」(2009年) 「コララインとボタンの魔女」(2009年) 「ファンタスティック Mr.FOX」 (2009年) 「フランケンウィニー」(2012年) 「パラノーマン ブライス・ホローの謎」(2012年) 「ザ・パイレーツ! バンド・オブ・ミスフィッツ」(2012年)、輸入版、Region 1、日本語なし 「LEGO ムービー」(2014年) 「ひつじのショーン バック・トゥ・ザ・ホーム 」2015年) 「アノマリサ」 (2015年) 「KUBO クボ 二本の弦の秘密」(2016年) 「ぼくの名前はズッキーニ」(2017年)
2018年06月07日
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「エル ELLE」(原題:Elle)は、2016年公開のフランス、ベルギー、ドイツ合作のサスペンス映画です。2012年に発表されたフィリップ・ジャンの小説「Oh...」を原作に、ポール・バーホーベン監督、イザベル・ユペールら出演で、瀟洒な自宅で覆面の男に襲われ、警察の手を借りずに自分で解決しようとするゲーム制作会社の敏腕女社長を、その両親、息子、別れた夫、親友、愛人、会社の部下、隣人とその妻など、彼女を囲む人々との関係とともに描いています。第42回セザール賞で作品賞と主演女優賞を、第74回ゴールデン・グローブ賞で外国語映画賞と主演女優賞をそれぞれダブル受賞、第89回アカデミー主演女優賞にノミネートされた作品です。 「エル ELLE」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:ポール・バーホーベン脚本:デヴィッド・バーク原作:フィリップ・ジャン著「Oh...」出演:イザベル・ユペール(ミシェル・ルブラン、ゲーム会社の経営者、父が連続殺人で服役中) アンヌ・コンシニ(アンナ、ミシェルの親友、ビジネスパートナー、夫がミシェルと浮気) クリスチャン・ベルケル(ロベール、アンナの夫、ミシェルと肉体関係を持つ) ロラン・ラフィット(パトリック、ミシェルの隣人、銀行員) ヴィルジニー・エフィラ(レベッカ、パトリックの妻、敬虔なカトリック信者) シャルル・ベルラン (リシャール・カサマヨウ、ミシェルの元夫) ジュディット・マール(イレーヌ・ルブラン、ミシェルの母親) ジョナ・ブロケ(ヴァンサン、ミシェルの息子、同棲する恋人ジョシーに振り回される) アリス・イザーズ(ジョシー、ヴァンサンと同棲する恋人、妊娠している) ルーカス・プリゾル(キュルト、ミシェルの会社の従業員) アルチュール・マゼ(ケヴィン、ミシェルの会社の従業員) ほか【あらすじ】ゲーム制作会社の敏腕女社長ミシェルは、一人暮らしの瀟洒な自宅で侵入してきた覆面の男にレイプされます。男が去った後、彼女は何事も無かったかのように掃除を始め、風呂に入ります。話を聞いたミシェルの友人たちは警察へ通報することを勧めますが、警察を信用しないミシェルは自分で解決しようとします。差出人不明の嫌がらせメールが届いたり、留守中に何者かが侵入した形跡が見つかるなど、その後も不審な出来事が続きます。自分の生活パターンを把握しているかのような犯人の行動に、ミシェルは犯人は自分の知り合いだと確信を深めます。さらに、モンスターがミシェルをレイプするCG動画が会社中に送信される事件が起こり、ミシェルは反抗的な社員カートを疑います。そんな中、自宅の前に不審な男がいることに気づいたミシェルは撃退スプレーで攻撃しますが、その男はミシェルを案じてやってきた元夫のリシャールでした。やがて、ミシェルは動画を作成した従業員を突き止めます・・・。【レビュー・解説】社会的に成功している敏腕な女性が経験するレイプの顛末を、彼女をとりまく様々な人間関係が織りなす日常的な現実感の中で描いた、示唆に富む異色サスペンスです。敏腕女性の日常的現実感の中でレイプに描くポール・バーホーベン監督が安易な感情移入を許さぬ様な撮り方をしており、また主演のイサベル・ユペールも内面の葛藤を表に出さないような演技をしているなど、解釈の難しい作品ですが、端的に言えば、社会的に成功した過去に傷を持つ女性がレイプされたら、警察に訴えその地位を危険に晒すだろうか?<ネタバレ>覆面のレイプ犯が、もし憎からず思っている男性ならば、それはレイプなのだろうか?<ネタバレ終わり>といった疑問を、女性視点で描き出した異色サスペンスです。レイプだけを切り出し、検事のような視点で事件を語るのではなく、女性の息子、母、愛人、元夫、部下、隣人など周囲の様々な人間との関係の中で描き出されるキャラクターの複合性に日常的な現実感が感じられ、また、犯罪者である父への強い忌避感元夫との関係親友とその夫との浮気娘に金をせびっては若い男と楽しむ母定職も得られず、恋人に振り回される息子血の繋がらない初孫性犯罪に対するキリスト教徒のスタンスなど、多様な人間関係と刺激的な示唆に富む作品です。エロティック・サスペンスとカテゴライズする人もいますが、レイプを女性の視点から現実的に描いた異色サスペンスと言ったほうが近いのではないかと思います。フェミニストの攻撃を受けやすい作品ですが、原作のしっかりとした構成、ポール・バーホーベン監督のソリッドな演出、イサベル・ユペールの敢然とした演技には、そうした批判を寄せ付けない頑健さが感じられます。男性が女性の視点で書いたフランスの小説が原作原作者のフィリップ・ジャンは、フランスの小説家、短編作家、作詞家で、「ベティ・ブルー」(1986年)の原作・脚本で高い評価を得るなど、映画との関わりも深い作家です。映画化された彼の作品は、「Bleu comme l'enfer」(1986年)・・・同名小説が原作「ベティ・ブルー」(1986年)・・・小説「37°2 le matin」が原作「Ne fais pas ça !」(2004年)・・・共同脚本「Impardonnables」(2011年)・・・同名小説が原作「Krokodil 」(2013年)・・・共同脚本「愛の犯罪者」(2013年)・・・小説「Incidences」が原作「エル ELLE」(2016年)・・・小説「Oh...」が原作などで、本作の原作となった「Oh...」は2012年に発表され、フランスの Interallied 賞を受賞した作品です。レイプで頬にひっかき傷を負い、子どもたち食事をしながら、密かに復讐を考える女性を描くと面白いと思い、書き始めた作品だそうです。男性特有の体育会的友情の世界が苦手で、秘密めいた女性の感性が好きなど、女性的な面があるという彼の作品には、女性の読者も多く、原作は女性の一人称で書かれています。<ネタバレ>女性の視点で語ってみたかったんだ。女になりきるのは不可能なので、私にとっては挑戦だった。女性がどのようにレイプを経験するか、それを訴えるのかどうか、それで落ち込むのかどうか、といったことを自問してみたかったんだ。ミシェルは力を持った女性で、多くの男性の部下を従え、家族も養っている。こうした社会的成功を無きものにしかねないリスクを犯して、彼女は警察に訴えるだろうか?馬鹿な真似をしかねない警官に話すだろうか?ってね。フェミニストに攻撃されるかもしれないと、忠告されたよ。女性にしか書けない話だったってね。おまけにこのミシェルは、彼女をレイプした男と寝てしまうんだ。「彼女は好きものなんだ」って思う読者もいるかもしれない。でも、彼女は自分をレイプした男と知らずに寝てしまうんだ。彼女は独り身で、彼女を喜ばせてくれる隣人と戯れるうちに寝るようになり、初めて自分をレイプした男だと気がつくんだ。そんなことはありえないと思っていた彼女は、その刺激的な快感に溺れてしまい、止めようと思うまで二週間もかかってしまうんだ。ミシェルは自由で、知的で、強いけれど、孤独なんだ。別れた夫は他人行儀だし、息子は悩みの種、愛人は馬鹿な男だ。狂気を纏った隣人が彼女にとって魅力的なのは、パラドックスだ。このパラドックスに直面した時、強いはずの彼女は脆くなる。男であれ、女であれ、私がキャラクターに魅力を感じるのは、強さと弱さが混在する時だ。でも、女性が性的な弱みを見せた途端、力関係で優位にあったとしても女性は不利に判断されてしまう。この女性の強さと弱さについて語ることができないならば、女性について何を語ることができるだろう?こうしたことについて、物書きが口をつぐまねばならないのは、今日の大きな問題だ。この問題を避けて、例えば小児性愛について書くのは許されるのか、大きな疑問だ。(フィリップ・ジャン)https://www.lesinrocks.com/2012/08/28/livres/philippe-djian-dans-la-vie-on-nest-jamais-loin-de-basculer-11288558/<ネタバレ終わり>ハリウッドでは女優も資金も集まらなかった原作を手にしたプロデューサーのサイード・ベン・サイードは、これをアメリカに住むオランダ出身のポール・バーホーベン監督に持ち込みます。「ロボコップ」(1987年)や「トータル・リコール」(1990年)で知られるバーホーベン監督ですが、「氷の微笑」(1992年)「ショーガール」(1995年)「ブラックブック」(2006年)など、善悪の彼岸を超えた女性の強さ、逞しさを描くことが多い監督でもあります。彼は、原作を英訳してアメリカの脚本家に渡し、シカゴやボストンなどアメリカを舞台にした脚本に書き換えました。この脚本は、ニコール・キッドマンシャロン・ストーンジュリアン・ムーアダイアン・レインなどに送られましたが、ことごとく出演を辞退され、制作資金も集まらなかったと言います。リスク含みの題材でキャリアを汚す恐れがあると捉えられたのでしょう(自分に主演のオファーがあれば出たかったと、後にニコール・キッドマンがヴォーグ誌のインビューで語っており、脚本がエージェントで止められ、女優本人に渡っていなかった可能性もある)。実は「ショーガール」の興行成績で大コケしたバーホーベン監督は、最低な映画に贈られるゴールデンラズベリー賞で最低監督賞など7部門で受賞しています。通称ラジー賞として知られるこの不名誉な賞の授賞式に、史上、初めて出席する懐の深さを見せたバーホーベン監督ですが、この作品の主演を務め、最低主演女優賞と最低新人俳優賞をダブル受賞したエリザベス・バークレーは、未だにその汚名を返上することができずにいます。その後、バーホーベン監督は母国であるオランダに戻り、第二次世界大戦時のナチス占領下のオランダを舞台に、女性が主人公の「ブラックブック」(2006年)を制作、高い評価を得て、汚名を返上しましたが、ハリウッドに広まった悪い印象を払拭するまでには至っていなかったのかもしれません。映画化を推したフランスのイザベル・ユペールの元にバーホーベン監督らはハリウッドでの映画化を諦め、舞台は原作の書かれたフランスに戻ります。フランスでは、マリオン・コティヤールカリス・ファン・ハウテン(「ブラックブック」の主役を演じたオランダ女優)らも検討されましたが、元より原作の映画化を熱望していたイサベル・ユペールが主演することになりました。読書家のユペールは原作者フィリップ・ジャンの知り合いで、ところどころ彼女を思い浮かべながら書いていると、執筆中の原作者に聞かされていました。ユペールはお世辞半分に受け取っていたようですが、最終的に発表された作品がとても気に入りました。監督はバーホーベンが良いと、彼の作品を手がけるサイードに映画化の話を持ち込んだのは、実はユペールだったのです。二人の男はアメリカでの映画化を夢見ましたが、厳しい現実に直面し、ユペールの元に戻ってきたわけです。バーホーベン監督いわく「僕が彼女を選んだのではない、彼女が僕を選んだのだ。」イザベルは恐れ知らずな女性だよ。彼女に関しては、問題なところは何もない。どんなことにも挑戦するし、並外れて勇敢な人だから。驚くべき演技をしてくれたイザベル・ユペールのおかげで、ミシェルの行動が完全に説得力のあるものになったよ。イザベル・ユペールに何やかやと要求を出すことはない。彼女は何をなすべきか知っている。私が生涯、出会った中で最も聡明な女優の一人だ。彼女は極めて特別で、どんな状況でも異なったやり方で常套的な表現を避けることができる。彼女は夢にさえ想像できないようなやり方をするんだ。彼女は偉大な女優であるだけではなく、キャラクターに対して想像力に富んだ独創的なアプローチをすることができる。ミシェルに関することは何一つ、彼女に話をする必要がなかった。どんな状況下であれ、ミシェルがどんな行動をし、どのように振る舞うかを、彼女は最初のショットから正確に把握していたんだ。彼女は非常に大胆で、脚本に何が書かれていようが全く問題ではなかった。とても彼女を尊敬している。(ポール・バーホーベン)http://www.webdice.jp/dice/detail/5456/https://www.filmcomment.com/blog/interview-paul-verhoeven-elle/ミシェルはユーモア溢れる複雑な女性。実をいうと私自身のドキュメンタリーのようだったわ。あんな状況に陥ったことは一度もないけれど、感情に溺れたりせず、毅然と立ち向かう性格は同じよ。フランス映画界の優れた特徴は3つの言葉で言えると思います。まず、豊かなこと。お金があるという意味ではなく、才能が豊かであるということ。2つ目は、思い切った作品があること。例えばこの作品です。モラル的にいろいろと言われることがありますが、フランス映画にはその限界をはずすような、勇気があります。そして、多様性。作家主義の作品もあれば、商業主義の作品も等しくある幅広い世界なのです。ミシェルは、思い切った行動に出る女性で、つかみどころのない、複雑な人物です。はっきり言って観客に受け入れられるような人物ではないと思うのです。私はこういったキャラクターをクロード・シャブロル、ミヒャエル・ハネケの作品でも演じています。私が理想化された人物ではない女性を演じることが、フランス人女優的だと見ていただけるようでしたら、それにはとても満足しています。(イザベル・ユペール)https://www.vogue.co.jp/celebrity/interview/2017-08-isabelle-huppert https://eiga.com/movie/86143/interview/60歳を過ぎてなお、レイプシーンのある問題作の主役に果敢に取り組むユペールには、頭が下がります。セザール賞に史上最多の14回ノミネートされるなど、特にフランスでよく知られた大女優ですが、自ら気に入った原作の映画化を働きかけ、ハリウッドが敬遠すると見るや否や、自ら主演を務めて極めて高い評価を得るという、フランスの大女優の面目躍如といった活躍です。第42回セザール賞で作品賞と主演女優賞をダブル受賞第74回ゴールデン・グローブ賞で外国語映画賞と主演女優賞をダブル受賞第89回アカデミー主演女優賞にノミネートと、本作が得た高い評価は彼女の果敢な挑戦がもたらした必然の結果と言っても良いかもしれません。因みに、彼女はヴォーグ誌のインタビューで「ウディ・アレンの作品に出てみたい」と、答えています。「あなたはウディ・アレンの映画にぴったりなのに」と周囲からたびたび残念がられるからというのがその理由ですが、アレン監督はパートナーだったミア・ファローの養女への性的虐待疑惑で激しいバッシングを受け、レベッカ・ホール、エレン・ペイジ、ミラ・ソルビノ、グレタ・ガーウィグ、マリオン・コティヤールなど彼の作品に出演した女優にまで反旗を掲げられています。そんな彼の作品に出演したいと平然と言ってのけるあたり、さすが大女優です。イザベル・ユペール(ミシェル・ルブラン、ゲーム会社の経営者)イザベル・ユペール(1953年〜)は、パリ出身のフランスの女優。フランス国立高等演劇学校で演技を学び、舞台やテレビを経て1972年に映画デビュー。1978年の「Violette Nozière」(1978年)、「ピアニスト」(2001年)でカンヌ国際映画祭女優賞を、「主婦マリーがしたこと」(1988年)、「沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇」(1995年)でヴェネツィア国際映画祭女優賞を受賞している。これまでセザール賞主演女優賞に史上最多の14回ノミネートされており、「沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇」(1995年)で主演女優賞を受賞している。本作では、第42回セザール賞で作品賞と主演女優賞を、第74回ゴールデン・グローブ賞で外国語映画賞と主演女優賞をそれぞれダブル受賞、さらに第89回アカデミー主演女優賞にノミネートされている。アンヌ・コンシニ(アンナ、ミシェルの親友、ビジネスパートナー)アンヌ・コンシニ(1963年〜)は、フランスの女優。高田賢三が監督した「夢・夢のあと」(1981年)で映画デビュー、「あるいは裏切りという名の犬 」(2004年)、「愛されるために、ここにいる」(2005年)、「潜水服は蝶の夢を見る」(2007年)、「クリスマス・ストーリー 」(2008年)、「ジャック・メスリーヌ フランスで社会の敵No.1と呼ばれた男 Part2 ルージュ編」(2008年)、「誘拐」(2009年)などに出演している。クリスチャン・ベルケル(ロベール、アンナの夫、ミシェルと肉体関係を持つ)クリスティアン・ベルケル(1957年〜)は、ベルリン出身のドイツの俳優。ドイツ映画アカデミーで教育を受け、1976年にイングマール・ベルイマン監督作品で映画デビューする。「ヒトラー 〜最期の12日間〜」(2004年)、「ブラックブック」(2006年)、「イングロリアス・バスターズ」(2009年)などに出演している。ロラン・ラフィット(パトリック、ミシェルの隣人、銀行員)ロラン・ラフィット(1973年〜)はフランスの俳優。「唇を閉ざせ」(2006年)、「 ある秘密」(2007年)、「麗しき日々」(2013年)などに出演している。ヴィルジニー・エフィラ(レベッカ、パトリックの妻、敬虔なカトリック信者)ヴィルジニー・エフィラ(1977年〜)は、 ベルギー、フランスの女優、フランスのテレビのアンカー。「ヴィクトリア」(2016年)ではヒロインの弁護士を務める実力派で、本作では控えめな脇役だがさり気ない存在感をしっかりと示している。シャルル・ベルラン (リシャール・カサマヨウ、ミシェルの元夫)シャルル・ベルラン(1958年〜)は、フランスの俳優。「夏時間の庭」(2008年)などに出演している。ジュディット・マール(イレーヌ・ルブラン、ミシェルの母親) ジュディット・マール(1926年〜)はフランスの女優。 「恋人たち」(1958年)などに出演している。生涯を通して、舞台女優と映画女優を両立させている。ジョナ・ブロケ(ヴァンサン、ミシェルの息子、恋人のジョシーと同棲)ジョナ・ブロケ(1992年)はベルギーの俳優。リュック・ベッソン作品などに出演している。アリス・イザーズ(ジョシー、ヴァンサンと同棲する恋人、妊娠している)アリス・イザーズ(1991年〜)は、フランスの女優。 「LA CAGE DORÉE」(2014年)、「Rosalie Blum」などに出演している。一見、可愛らしいが、本作では迫力のある演技を見せている。ルーカス・プリゾル(キュルト、ミシェルの会社の反抗的な従業員)ルーカス・プリゾル(1983年〜)は、ドイツの俳優。「17歳」(2013年)、「Diplomacy」(2014年)、「Un sac de billes」(2017年)などに出演している。アルチュール・マゼ(右、ケヴィン、ミシェルの会社の従順な従業員)アルチュール・マゼ(1989年〜)はフランスの俳優。「 ある秘密」(2007年)、「消えたシモン・ヴェルネール」(2014年)、「ヴィクトリア」(2016年)などに出演している。【撮影地(グーグルマップ)】ミシェルの家ミシェルがリシャールの車にぶつけながら駐車する通りヴァンサンが働くハンバーガーショップミシェルが母と訪れる船上のカフェミシェルが亡き母を散骨する公園ミシェルの父が服役する刑務所ミシェルの両親の墓がある墓地 「エル ELLE」のDVD(楽天市場)【関連作品】「エル ELLE」の原作本(楽天市場) フィリップ・ジャン「エル ELLE」ポール・バーホーベン監督作品のDVD(楽天市場) 「ロボコップ」(1987年) 「トータル・リコール」(1990年) 「ブラックブック」(2006年)イザベル・ユペール出演作品のDVD(楽天市場) 「甘い罠」(2000年) 「8人の女たち」(2002年) 「ガブリエル」(2005年) 「愛、アムール」(2012年) 「未来よ こんにちは」(2016年)
2018年06月03日
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