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「リトル・チルドレン」(原題: Little Children)は、2006年公開のアメリカのヒューマン・ドラマ映画です。2004年の発表されたトム・ペロッタの同名小説を原作に、トッド・フィールド監督・共同脚本、ケイト・ウィンスレット、パトリック・ウィルソンら出演で、ボストン郊外の住宅地を舞台に、大人になれない大人たちに起こる日常を描いています。第79回アカデミー賞で、主演女優賞(ケイト・ウィンスレット)、助演男優賞(ジャッキー・アール・ヘイリー)、脚色賞の三賞にノミネートされた作品です。 「リトル・チルドレン」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:トッド・フィールド脚本:トッド・フィールド/トム・ペロッタ出演:ケイト・ウィンスレット(サラ・ピアース) パトリック・ウィルソン(ブラッド・アダムソン) ジェニファー・コネリー(キャシー・アダムソン) ジャッキー・アール・ヘイリー(ロニー・マゴーヴィー) ノア・エメリッヒ(ラリー・ヘッジス) グレッグ・エデルマン(リチャード・ピアース) フィリス・サマーヴィル(メイ・マゴーヴィー) セイディー・ゴールドスタイン(ルーシー・ピアース) タイ・シンプキンス(アーロン・アダムソン) レイモンド・J・バリー(ブルホーン・ボブ ) メアリー・B・マッキャン(メアリー・アン) トリニ・アルヴァラード(テレサ) ジェーン・アダムス(シェイラ) サラ・バクストン(ケイ) ほか【あらすじ】成功したビジネスマンの夫リチャードと3歳になる娘をとともに、ボストン郊外の閑静な住宅街ウッドワード・コートに引っ越してまだ間もない主婦サラ・ピアース(ケイト・ウィンスレット)は、近所の公園でいわゆる「公園デビュー」をしますが、郊外の典型的な主婦の集団に肌が合いません。そんな主婦たちが関心を寄せ、「プロム・キング」と呼ぶ若い父親が、子供を連れて公園へやってきます。彼はブラッド・アダムソン(パトリック・ウィルソン)といい、ドキュメンタリー作家として成功した妻を持ち、司法試験合格を目指している主夫です。サラは公園の主婦たちをからかうつもりで、初対面のブラッドとハグをしてキスを交わします。ほんのイタズラのつもりが、このことをきっかけに、ふたりはお互いの存在に興味を抱きはじめます。子供をダシにして毎日のように市民プールで落ち合うようになり、ある日の午後、ついにサラの家でふたりは関係を持ってしまいます。そんな中、子供への性犯罪で服役していたロニー・マゴーヴィー(ジャッキー・アール・ヘイリー)が帰ってきたことで街は騒然となっていきます。ブラッドの友人で元警官のラリー(ノア・エメリッヒ)は、ロニーを糾弾するビラを街中に貼るなど、ロニーと母親のメイ(フィリス・サマーヴィル)に対しての執拗な嫌がらせを始めますが、母親はロニーを暖かく見守り続けようとします・・・。【レビュー・解説】ボストン郊外の閑静な住宅街に住む、あけすけでストレートな主婦たち、社会的に成功した夫と大きな家と幼い娘に恵まれながら幸せを実感できないかつてのフェミスト、ハンサムでスポーツが得意だが司法試験を突破できない主夫とその美しい妻、心に傷を追う元警官、性衝動のコントロールに苦しむ前科者とその母に起こる出来事の悲喜劇を群像劇風に描き、人間味のある人物描写で暖かな眼差しが感じられる独特なトーンを持った秀作です。冒頭、未成年への公然わいせつ罪で2年間服役した48歳の男が仮釈放され、地域に波紋を投げかけている様子が報道されます。続いて、カメラは公園で子どもたちを遊ばせるママ友たちの会話にカットインします。夫とセックスの最中に眠ってしまって・・・、あわてて謝ったら、「気付かなかった」だって。セックスをする曜日と時間を決めたらどう?うちは毎週、火曜の夜9時よ。(仮釈放された男は)去勢してしまえばいいのよ。と、彼女らはあけすけでストレートです。かつて自立した女性を目指し、英文学の修士号と、自分だけの部屋、時間を持つサラは、社会的に成功した夫と大きな家と幼い娘に恵まれながらも幸せを感じられず、こうした典型的な郊外の主婦たちにも馴染めずにいます。近所の年配の女性に誘われて出席した「ボヴァリー夫人」の読書会で、ママ友の一人がボヴァリー夫人を「淫乱な女」とストレートにこき下ろしますが、意見を求められた彼女は、サラ:「彼女には選択肢があった。不幸を受け入れるか、もがいて戦うか。彼女は戦いを選んだ。結局は敗れるけれど、彼女の戦いは美しく、勇ましいわ。こんな言い方をしたら教授に怒られるけれど、 独自の生き方をした彼女はフェミニストだった。夫への裏切りではない、渇望、渇望よ。別の人生への渇望、不幸な生き方への拒絶なのよ。」と答えます。これは、幸福を感じていない現在の彼女自身を語る言葉でもあります。一方、公園に子供を連れて現れ、ママ友たちに密かに「プロム・キング」と呼ばれる、美男子のブラッドは、無名ながらもディレクターとして成功している美しい妻の夫で、司法試験を受ける為に勉強中の主夫です。仕事を持つ妻の代わって、日中は子供のお守りをしていますが、妻が帰ると子供は妻の元に飛んで行ってしまいます。しっかり者の妻は、彼が子供に日焼け止めを塗るのを忘れたことに気づき、やりくりの為に彼が購読する雑誌をチェックし、彼が携帯電話を使用することもなかなか許してくれません。夜になるとブラッドは勉強する為に図書館に外出しますが、かつてスポーツマンだった彼は図書館に行かず、若者たちがスケートボードをするのを漫然と眺めるような生活を送っています。他にも、誤って無実の少年を撃ってしまったことが心の傷になっている元警官、うまくコントロールできない性衝動に苦しむ前科者とその母などが登場します。一見、幸せそうな中流家庭の住宅街ですが、蓋を開けてみると、人生に渇きを覚えている人、心に傷を負う人、病的性癖に苦しむ人などが暮らしています。例え不幸だとしても、それを受け入れて周囲とうまくやっていくことが「大人」なのでしょうが、不器用でうまくやれず、「過ち」を犯してしまう人もいます。本作は、そんな「過ち」が引き起こす悲喜劇を群像劇風に描いています。原作者と監督が共同執筆した脚本を元に、全ての登場人物に人間味をもたせており、悲喜劇を描きながらも人間への暖かな眼差しが感じられる、独特のトーンを持った作品です。一種、喜劇的な語り口も、本作の大きな魅力です。例えば、サラとその夫を食事に招待したブラッドの妻キャシーは、夫とサラの会話から浮気を確信、二人がテーブルの下で足を絡ませているのではないかと妄想し、わざとフォークを落としてテーブルの下に潜って確かめたりします。また、浮気対策として実母を呼び寄せ、お目付け役として常時、夫に貼りつかせます。いずれも現実にありそうなことでもありますが、喜劇的な語り口が秀逸です。「不幸」や「過ち」と必ずしも無縁ではない人生、いたずらにシリアスに捉えるよりも、喜劇的に捉えた方が良いのかなとさえ思わせる、ユニークな作品です。ケイト・ウィンスレット(サラ・ピアース)ケイト・ウィンスレットは、7度のアカデミー賞ノミネート経験を持つイギリスの実力派女優で、「愛を読むひと」(2008年)で主演女優賞を受賞しています。本作では、社会的に成功した夫と大きな家と幼い娘に恵まれ、英文学の修士号と自分だけの時間と部屋を持ちながらも幸せを感じられず、典型的な主婦であるママ友たちにも馴染めず、不倫に走るサラを熱演しています。怖かったという全裸のラブシーンにも果敢に挑戦し、サラでキャラクターになりきって全編を自然に演じきっているのは、さすが大女優です。本作でも、アカデミー主演女優賞にノミネートされています。グレッグ・エデルマン(リチャード・ピアース)グレッグ・エデルマンは、舞台、映画、テレビで活躍する、シカゴ出身のアメリカの俳優です。本作では、サラの夫で、ブランディング担当重役と社会的に成功しているが、オンラインポルノに耽る、風変わりな男を演じています。パトリック・ウィルソン(ブラッド・アダムソン)パトリック・ウィルソンは、ヴァージニア州出身のアメリカの俳優です。本作では、「プロム・キング」とあだ名されるスポーツ好きの美男子で、しっかり者の妻とは対象的にどこかしら甘いところのあるおおらかな性格で目指す司法試験の為の勉強に身が入らない主夫、ブラッドを好演しています。ジェニファー・コネリー(キャシー・アダムソン)ジェニファー・コネリーは、「ビューティフル・マインド」(2001年)でアカデミー助演女優賞を受賞しているアメリカの女優です。本作では、ブラッドの妻で、無名ながらもドキュメンタリーのディレクターとして成功している、美しくしっかり者のキャシーを演じています。ノア・エメリッヒ(ラリー・ヘッジス)ノア・エメリッヒは、ニューヨーク出身のアメリカの俳優です。本作では、心に傷を負った元警官という、まさに彼のはまり役を演じています。ジャッキー・アール・ヘイリー(ロニー・マゴーヴィー)ジャッキー・アール・ヘイリーは、ロサンゼルス出身のアメリカの俳優です。本作では、未成年への公然わいせつ罪で2年間服役し仮釈放されたアブナイ48歳の男を好演、13年のブランクをものともせず、アカデミー助演男優賞にノミネートされています。フィリス・サマーヴィル(メイ・マゴーヴィー) フィリス・サマーヴィルは、アイオワ州出身のアメリカの女優です。舞台、映画、テレビと幅広く活躍し、本作では、公然わいせつ罪の前科を持つ息子をなんとかまともにしようとする、老いた母を好演しています。サラとブラッドはママ友が集う公園で知り合う二人は、子供を連れて同じプールに通うようになる【撮影地(YouTube)】設定はマサチューセッツ州ですが、撮影は主にニューヨーク州で行われています。サラとブラッドが子どもたちを遊ばせる公園ブラッドが若者たちのスケートボードを眺める場所サラとブラッドが子供を連れて通うプールサラの住む家ブラッドの住む家ブラッドが乗り降りする駅ロニーが住む家ブラッドのフットボールチームがナイトゲームをするグラウンド 「リトル・チルドレン」のDVD(楽天市場)【関連作品】「リトル・チルドレン」の原作本(楽天市場) Tom Perrotta "Little Children"【電子書籍】読書会の題材になる「ボヴァリー夫人」(楽天市場) ギュスターヴ・フローベール著「ボヴァリー夫人トッド・フィールド監督作品のDVD(楽天市場) 「イン・ザ・ベッドルーム 」(2001年)ケイト・ウィンスレット出演作品のDVD(楽天市場) 「乙女の祈り」(1994年) 「いつか晴れた日に」(1995年) 「ハムレット」(1996年) 「タイタニック」(1997年)「アイリス」(2001年)「エターナル・サンシャイン」(2004年) 「ネバーランド」(2004年) 「愛を読むひと」(2008年) 「コンテイジョン」(2011年) 「スティーブ・ジョブズ」(2015年)
2017年01月30日
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「エクス・マキナ」(原題: Ex Machina)は、2015年公開のイギリスのSF心理劇映画です。アレックス・ガーランド監督・脚本、アリシア・ヴィキャンデル、ドーナル・グリーソン、オスカー・アイザックら出演で、人間と人工知能の関係をめぐる心理を、斬新なビジュアルでスリリングに描いています。第88回アカデミー賞で視覚効果賞を受賞した作品です。 「エクス・マキナ」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:アレックス・ガーランド脚本:アレックス・ガーランド出演:アリシア・ヴィキャンデル(エヴァ、女性型AI) ドーナル・グリーソン(ケイレブ・スミス、検索エンジン「ブルーブック」のプログラマ) オスカー・アイザック(ネイサン・ベイトマン、「ブルーブック」の社長、天才プログラマ) ソノヤ・ミズノ(キョウコ、ネイサンの研究施設で働くハウスメイド) ほか【あらすじ】検索エンジンで有名な世界最大のインターネット企業「ブルーブック」でプログラマーとして働くケイレブ(ドーナル・グリーソン)は、巨万の富を築き、滅多に姿を現さない社長のネイサン(オスカー・アイザック)の別荘に一週間滞在する機会を得ます。人里離れた別荘にヘリコプターで到着したケイレブは守秘契約に署名、ネイサンは別荘が人工知能の研究開発施設であることを明かします。ケイレブは、美しい女性型ロボット「エヴァ」(アリシア・ヴィキャンデル)に搭載された世界初の実用レベルの人工知能の試験に参加することになります。透明な壁に囲まれた空間の中で暮らすエヴァは、顔と手、足先のみが人工皮膚で覆われ、残りの部分は機械の内部構造が透けて見えます。チューリング・テストは相手の姿が見えない環境で行うものでは?と問うケイレブに、エヴァの姿を隠して声だけ聞けば間違いなく彼女を人間だと思うだろう、ロボットの姿を見ても彼女に意識があるように感じられるかが本当のテストだとネイサンは答えます。次の朝、ケイレブはハウス・メイドのキョウコに会います。ネイサンには、キョウコは英語が話せないため、機密保持には都合が良いと言います。ケイレブとエヴァの面談中に停電が起こり部屋の照明と二人に向けられた監視カメラの電源が落ちます。その時、エヴァはケイレブに「ネイサンは嘘つき、彼の言うことは信じてはいけない」と忠告します。その夜、ネイサンは停電の原因は不明だが、調査はしているとケイレブに説明します。エヴァとケイレブは面談を行う度に親密になり、エヴァはウィッグと服を着け、描いた絵をケイレブに見せます。面談の最中にまた停電が起こり、エヴァは停電は自分の仕業で、ネイサンに監視されずにケイレブと話がしたいのだと言います。彼女はケイレブを誘惑するような態度を取り始め、二人で外の世界に出たいと言います。ケイレブは彼女の誘惑はプログラムではないかとネイサンを問い詰めますが、ネイサンは彼の疑いを退け、誘惑されそうなケイレブの弱さを批判、また最終的に彼女のAIを初期化、次の革新的なAIにアップグレードすると告げます。ケイレブはその晩、酒に酔ったネイサンを自室まで担いで運ぶと、全裸のキョウコが横たわっています。彼女はケイレブの前で皮膚を引き剥がし、自分もロボットであることを示します。ケイレブはさらに、ネイサンのパソコンに保存されていた映像から、エヴァ以前の女性型ロボットの多くが、監禁を苦にして自壊する様を目の当たりにします。エヴァを施設から逃がそうと決意した彼は、次の面談の際、ネイサンを酒に酔わせてキーカードを奪う計画をエヴァに話します。ケイレブの滞在最終日の朝、ネイサンは彼を呼び出し、前日のエヴァとの面談を停電でも動作するカメラで撮影していたと明かします。テストの本質はエヴァが人間の感情を操作し、この施設から脱出できるかを試すもので、彼女は見事にそれを達成したと言います。ケイレブは彼女に利用されただけとネイサンが揶揄した時、再び停電が起きます。電源が復帰すると、部屋から出られないはずのエヴァが廊下を歩く姿が映し出されます。ケイレブが脱出に備え、停電時に全ての扉のロックが解除されるようプログラムを書き換えていたのです。激怒したネイサンはケイレブを殴り、ダンベルの芯棒を手にエヴァと対峙します・・・。【レビュー・解説】ラテン語のタイトルや、旧約聖書の登場人物の名前を引用しながら、人工知能の誕生を描く本作は、その秘密と意識の有無を探るかけひきがスリリングで、また、最初にロボットの体を見せ、徐々にそれに意識があるように見せていく演出が見事な、SF心理劇です。ラテン語のタイトルや、旧約聖書の登場人物の名を引用しながら、美しい女性型人工知能の誕生を描く本作は、ロボットの視覚効果と、その知性の秘密、意識の有無を探るかけひきがスリリングで、ロボットに徐々に生気を与えていく演出が見事なSF心理劇です。昨今の急速な技術革新に伴い、人工知能が人の仕事を奪うのではないかとか、技術が人間の能力を越え、人間は人工知能に支配されるのではないかといった不安も、議論されるようになりました。そんな中で、本作は、20世紀を代表する哲学者、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの「語りえぬものについては沈黙しなければならない」、即ち、言葉の意味はその日常的な使い方にあり、抽象化された言葉で哲学を語ろうとするとつまずくという考え方抽象的な概念ではなく、言葉など人間の日常の表現の集大成である検索エンジンによって構成される人工知能「機械は思考できるか」という問題を「機械」と「知性」の定義から論ずるのではなく、「機械は人間ができることをできるか」(意識をもつことができるか)という観点でアプローチするチューリング・テストの考え方を軸に、人口知能の誕生を現実的に描いています。人類創造に重ねた人工知能の創造物語に登場する人工知能はエヴァ(Ava)と名付けられています。ヘブライ語で「命」を意味し、旧約聖書に登場する人類最初の女性イヴ(Eve)の類型です。現代英語では、完璧で信じられないほど美しい少女の代名詞と使われることがあります(用例下記)。 guy 1: Whoa! gorgeous girl! (男1:わぉ。いい女だ!) guy 2: bet her names ava(男2:賭けてもいい、彼女はエヴァだ。)エヴァを作る男はネイサンと言います。旧約聖書、ソロモンとダビデ王の時代に活躍した預言者の名前に由来します。彼は。「人工知能の到来は避けられない、時間の問題だ」と予言、「意識のある機械をつくることができれば、俺は神だ」と、エヴァの創造により神になろうとします。ケイレブは、チューリングテストによってエヴァに意識があるかどうか評価し、真の人工知能であるかどうか判断します。名前は、旧約聖書で約束の地を偵察に行ったケイレブに由来します。タイトルの「エクス・マキナ」はラテン語の Ex Machina 由来で、「機械から」を意味し、単なる機械以上のものになるエヴァを暗示します。エヴァの知能を形作るもの(ブルーブックとウィトゲンシュタインの世界観)エヴァを作ったネイサンは、13歳の時に検索エンジン「ブルーブック」のプログラムを書いた天才プログラマーで、インターネット企業ブルーブックの社長です。ブルーブックは、20世紀を代表する哲学者、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインが、その難解な哲学を自身で比較的わかりやすく語った講義録です。ウィトゲンシュタインは、「語りえぬものについては沈黙しなければならない」(言葉の意味はその日常的な使い方にあり、抽象化された言葉で哲学を語ろうとするとつまずく)と語っています。ブルーブックは世界中の携帯電話、マイク、カメラからコミュニケーションに関する日常のデータを収集し、感情表現したり、人の感情を読んだりするエヴァのコミュニケーションを可能にしています。即ち、エヴァの人口知能は日常的な表現の集大成である検索エンジン、ブルーブックで構成されています。真の人工知能とは?真の人工知能の条件として、本作では「意識がある」(conscious)という言葉が使われています。ケイレブは、エヴァが真の人工知能かどうか評価するために、チューリング・テストを行います。もし、意識がある機械を作ることができれば、それは人間の歴史じゃない、神の歴史だ。(ケイレブ)もし、意識がある機械を作ることができれば、俺は人間じゃない、神だ。(ネイサン)エヴァの姿を隠して声だけ聞けば、間違いなく彼女を人間だと思うだろう。ロボットの姿を見ても、彼女に意識があるように感じられるかが、本当のテストだ。(ネイサン)人間でも、動物でもいい、性的な要素のない意識の例を挙げてみてくれ。(ネイサン)相互作用のない意識が存在するのか?(ネイサン)あなたに意識があるのか、単に真似ているだけなのか、私はそれを評価する為にここにいる。(ケイレブ)私に意識があると思う?(エヴァ)あなたは嘘をついている。私に意識があるかどうかわからないと言ったけど、あなたはわかっている。(エヴァ)人工知能のエヴァを演じるアリシア・ヴィキャンデルは、スウェーデン出身の女優で、「リリーのすべて」(2015年)でアカデミー助演女優賞を受賞したオスカー女優ですが、本作に出演した時点ではそれほど有名ではありませんでした。優秀なバレリーナでもある彼女は、肉体を独特なやり方でコントロールする身体能力に優れ、カクカクした動きではなく、さりげない機械のしぐさで、エヴァが異質な存在であることを表現、さらにストーリー展開に併せてその表現を変えていくという離れ業をやってのけています。見る者の感情移入を誘いながらも、ギリギリのところにとどめる見事な表現です。「リリーのすべて」のみならず、本作でも非常に高い評価を得ています。アリシア・ヴィキャンデル(エヴァ、女性型人口知能(AI))ドーナル・グリーソンはアイルランド出身の俳優で、ガーランド監督が製作総指揮と脚本を手がけた「私を離さないで」(2010年)に出演にしており、監督とは気心の知れた仲です。ケイレブはガーランド監督がグリーソンの出演を想定しながら脚本を書いたというはまり役で、グリーソンは、人工知能のエヴァとそれを作った社長のネイサンに翻弄される善良な青年を好演しています。ドーナル・グリーソン(ケイレブ・スミス、「ブルーブック」のプログラマー) ネイサンを演じるオスカー・アイザックは、主にアメリカで活動するグアテマラ出身の俳優、歌手で、ハイテク業界でよく見られる、ずば抜けて知的で権力を持ち、傲慢いつも駆け引きを演じている利己的、女嫌い、威圧的な肉体を持ち、脅迫的オタクっぽく見られないようジムに通うリーダーの資質があるように見せかけるといった男を好演しています。オスカー・アイザック(ネイサン・ベイトマン、「ブルーブック」社長、エヴァを開発)もう一人、メインキャラクターではありませんが、ハウスメイドのキョウコを演じるソノヤ・ミズノにもなかなか存在感があります。彼女は日系イギリス人の女優で、キョウコをネイサンの欠点を最も身近で見ており、気にかけている女性と解釈、監督と話をした上で日本女性特有の女らしさを演じたと言います。そのせいか、キョウコは言葉を解さない、いわば不完全な人工知能なのですが、意識を持っているように見受けられます。ソノヤ・ミズノは、アカデミー賞が最も期待されている「ラ・ラ・ランド」(2016年)に、主役のエマ・ストーンのフラットメイトとして出演しておい、今後の活躍が期待されます。ソノヤ・ミズノ(キョウコ、ネイサンの研究施設で働くハウスメイド) なお、人工知能に関して様々な不安に囁かれる中、コンピュータとともに育った世代で、自らプログラムもするアレックス・ガーランド監督は、本作は人工知能への愛である大人二人が子供を作る代わりに、人工知能を作っても良い人類が滅んでも、人工知能は生き残ることができるなどと、バリバリの人工知能推進派です。余談になりますが、2016年の9月に、本作のブルーブックのような、大規模なデータをベースを所有する企業のFacebook、Amazon、Alphabet(Google)、IBM、Microsoft、が、人口知能における新たな提携を発表しました。この提携は人工知能に関する研究及びベストプラクティスの普及を目指すものですが、開かれた組織であり、将来は科学者、エンジニアに限らず、ユーザー活動家、NPO、倫理問題の研究者その他人工知能に関連する人々と参加メンバーを拡大、「われわれはAIを作る側だけでなく、AIによって影響を受ける側の人々の参加を求めている」とのこと。提携は、技術面だけでなく、倫理、プライバシー、少数者の保護など広い分野が含まれ、AIプロダクトに関する研究成果をオープンライセンスで公表していくそうです。→詳細は、Partnership on AI学者が主導すれば机上の空論になりかねず、政府が主導すれば規制色が濃くなりかねず、結局はこのように企業主導で進めざるを得ないのですが、現在、企業がAIをコントロールしているが、社会全般がAIの利便性を利用できるようになるためには、まずAIが信頼性を確立することが必要将来AIによる技術的特異点が人類の存続を脅かすという議論もあるが、それ以前にAIが関連する現実の問題が起きつつあるコンピューターには、人間の生来の否定的特質をも拡大する力がある偏見が優勢な世界は偏見を含んだデータを生み、偏見を含んだデータは偏見のある人口知能を生むなどなど、議論すべきことが沢山ありそうです。また、企業主導では、人口知能により社会効率を改善し、企業利益を得ることが最優先されます。しかし、人類は社会効率を改善し、企業利益を得るために存在するわけではないかもしれません。人工知能が人類の幸せにつながるものなのか、一部の人に利益を提供し、格差を拡大するものなのか、注視していく必要もありそうです。 【撮影地(グーグルマップ)】ネイサンの別荘(秘密の研究開発施設)→Juvet Landscape Hotel(Norway) 「エクス・マキナ」のDVD(楽天市場)【関連作品】アレックス・ガーランド脚本作品のDVD(楽天市場) 「28日後... 」(2002年) 「サンシャイン 2057 」(2007年) 「ジャッジ・ドレッド」(2012年)アリシア・ヴィキャンデル出演作品のDVD(楽天市場) 「ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮」(2012年) 「戦場からのラブレター」(2014年)ドーナル・グリーソンxオスカー・アイザック共演作品のDVD(楽天市場) 「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」(2015年) ドーナル・グリーソン出演作品のDVD(楽天市場) 「トゥルー・グリット」(2010年) 「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2」(2011年) 「シャドー・ダンサー」(2012年) 「FRANK -フランク-」(2014年) 「ある神父の希望と絶望の7日間」(2014年) 「ブルックリン」(2015年) 「レヴェナント: 蘇えりし者」(2015年)オスカー・アイザック出演作品のDVD(楽天市場) 「ドライヴ」(2011年) 「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」(2013年) 「ギリシャに消えた嘘」(2014年) 「アメリカン・ドリーマー 理想の代償」(2015年)ソノヤ・ミズノ出演作品のDVD(楽天市場) 「ハート・ビート」(2016年) 「ラ・ラ・ランド」(2016年)
2017年01月27日
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「マイネーム・イズ・ハーン」(英題:My Name Is Khan、ヒンディ題:माइ नेम इज़ ख़ान)は、2010年公開のインドのヒューマン・ドラマ映画です。カラン・ジョーハル監督、シャー・ルク・カーン、カージョルら出演で、さまざまな差別や偏見に晒されたアスペルガー症候群のイスラム教徒の主人公が、「ある決意」を胸にアメリカ大陸を横断、妻への愛を貫くする姿を描いています。 「マイネーム・イズ・ハーン」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:カラン・ジョーハル脚本:シバニ・バティージャ出演:シャー・ルク・カーン(リズワン・ハーン、アスペルガーのイスラム教徒、アメリカに移住) カージョル(マンディラ、ヒンズー教徒、アメリカで暮らすシングルマザーの美容師) ジミー・シェルギル(ザーキル・ハーン、リズワンの弟、イスラム教徒、アメリカで成功) ザリーナー・ワハーブ(ラジア・ハーン、リズワンとザキールの母) ソーニャー・ジェハン(ハシーナ・ハーン、ザキールの妻、イスラム教徒) ママジェニー(ジェニファー・エコルス) ほか【あらすじ】主人公のリズワン・ハーンはアスペルガー症候群を患うインド人でイスラム教徒です。優しく育ててくれた母の死後、アメリカにいる弟を頼り渡米し、サンフランシスコでの生活を始めます。仕事で訪れた美容室で、同じインド人でヒンドゥ教徒のシングルマザー、マンディラに出会い、やがて二人は宗教の違いを乗り越えて結婚します。しかし、アメリカ同時多発テロ事件以降、イスラム教徒に対する強烈な差別や偏見が始まり、全てが変わってしまいます。、マンディラが再婚したことにより、イスラム教徒の姓に変わったマンディラの連れ子サミールは、それを理由に激しい差別やイジメを受け、ついには命を落としてしまいます。子供を失い絶望したマンディラは、ハーンと結婚したことを強く後悔し、激しくハーンを責めたてます。妻に激しく罵倒され追い出されたハーンは、妻の一言に「ある決意」をし、アメリカ横断の旅に出ます。【レビュー・解説】9.11を契機にイスラムへの偏見が膨らんだアメリカを舞台に、アスペルガー症候群を患うインド人でイスラム教徒の移民が、異教徒の妻への愛を愚直に貫く姿を描いた、感動的なボリウッド映画です。私事ですが、ストックホルムのホテルのレストランで朝食をとっている時に、アラブ人の窃盗に遭った事があります。後ろから肩を叩かれ、振り向いた隙に、その仲間にパスポート、財布などが入ったアタッシュケースを盗まれてしました。警察に行ったり、大使館に行ったり、銀行に行ったりと、後始末でも大変な思いをし、その後、旅先でアラブ人に出会うと条件反射的に警戒モードに入ってしまうようになりました。おかげで、パリの路上で「道を教えてくれ」とアラブ人に聞かれ、「地元の人間に聞け!」と大声で言い返して、危うく集団窃盗を免れたこともあるのですが、よくよく考えてみると、条件反射的に警戒モードに入るというのは善良なアラブの方々に大変失礼なことです。問題は、いわば条件反射的に体が反応してしまうことで、これはなかなか消えません。より良い体験での上書きや、時間が必要なのかもしれません。9.11以降、アメリカや世界の人々が、イスラム教の人々に警戒モードになってしまったのは、これに似たものではないかと思います。こうしたイスラム教徒への差別・偏見に関して、理屈ではなく、夫婦の間に生じる感情の観点から描いているのが、本作の最大の特徴です。主人公のリズワンとマンディラを演じるシャー・ルク・カーンとカージョルは、ジョーハル監督の作品に二度、出演している、監督にとって気心の知れたスター俳優であり、本作の脚本を気に入っての出演となりました。シャー・ルク・カーンは主人公同様、イスラム教徒で、ヒンドゥ教徒の女性と結婚しています。結婚後も互いの宗教を尊重し、子どもたちはヒンドゥ教とイスラム教の両方の儀礼に親しんで育っていると言い、映画の中でも同様な描写が出てきます。ジョーハル監督と脚本のシバニ・バティージャは、「An Asperger Marriage」の著者、クリス・スレーター=ウォカー夫妻に会い、主人公リズワン・ハーンの多くをインスパイアされたと言います。また、主演のシャー・ルク・カーンの為に、ロンドン、ニューヨーク、ロスアンジェルス、インドの国際アスペルガー協会と調査の為の枠組みが作られ、彼自身がアスペルガーの人々と共に過ごしたり、ビデオを見たり、アスペルガー症候群に関する本を読み、話し方や、歩き方などの振る舞いを学んで、役作りができるようにしています。また、彼は自宅でもキャラクターになりきったままで過ごすなど、徹底的に役作りに取り組んでいます。アスペルガー症候群の症状は様々ですが、彼の一貫したパフォーマンスには目を見張るものがあります。イスラム教に関する誤った認識を、理屈ではなく、感情の問題として印象的、劇的に描きたかったというカラン・ジョーハル監督は、イスラム教徒のリズワンと、ヒンドゥ教徒のシングルマザー、マンディラの恋愛をベースに本作を描いています。前半は、インドからアメリカに渡ったリズワンがマンディラと出会い、結婚、幸せな暮らしを始めるまでで、やがて9.11が勃発、二人の関係は、イスラム教と西側世界の微妙な関係を反映したものになっていきます。イスラム教徒の姓「カーン」に変わった為に、妻の愛する連れ子が差別やイジメを受け、ついには命を落としてしまいます。最愛の息子が命を落としたサッカー場で、妻が夫に見せる感情の発露が圧巻で、中盤のクライマックスになります。マンディラ:「私たちが殺した、私たちのせい・・・、黙って、聞こえなかった?、私たちが殺したのよ、私のせいよ。私がいけなかったの、あなたと結婚しなければこんなことには・・・。あなたは私と息子を愛してくれたから、名前がかわるぐらい何でもないと思った。「ハーン」になっても違いはないと思った。私が馬鹿だった、大違いよ。ぜんぜん違う、あなたと結婚しなきゃよかった。昔の名字のままなら生きてた。あなたの名前のせいで息子は死んだのよ・・・。もう死にたい。生きてても仕方がない・・・。お願いだからほっといて、お願いだからほっといて、ひとりにして。あなたの顔を見たくない。あなたを見ると息子の傷を思い出す。もう無理・・・、耐えられない。あなたと別れるわ。出ていって、今すぐ行って!早く行って、目の前から消えて・・・、早く行って!」マンディラを演じるカージョルは、インドで数々の賞を受賞している演技派の女優で、圧巻のパフォーマンスを見せます。もちろん、リズワンが殺したわけではないのですが、息子を失ったのはイスラムの夫と結婚した自分のせいと、激しく自分自身を責めるマンディラは、夫が見るだけで息子を失った傷が激しく痛むのです。溢れ出てくるマンディラの感情の発露を、アスペルガー症候群のリズワンは文字通りに受け取ってしまいます。タイトルに使われている「ハーン」(英語表記:Khan)は、モンゴルを起源とする名字で、楼蘭で最初に使われました。後にインド、パキスタンやバングラデッシュのイスラム指導者によってこれが使われたことにより広まり、本作ではそれだけでイスラム教徒であることがわかる名前として、実に重みのある使われた方をしています。因みに、日本語では「ハーン」若しくは「カーン」と表記されますが、映画の中ではそのどちらでもなく、語頭をは喉頭蓋音で発音するのが正しいという場面があります。<ネタバレ>「いつ戻れば?」と言うリズワンに、感情的になったマンディラは、マンディラ:「戻る気なの?パンヴィルの人口は3万人よ。その3万人、全員があなたを憎んでる。彼ら全員を説得してみて。いっそアメリカの全国民に言って、「テロリストじゃないって」って。できる?あなたにできるの?無理ね。アメリカの大統領に言ってよ、「私の名前はハーン、テロリストじゃない」って。そしたら彼が国民に言う。「サミールはテロリストの子じゃない」と。ただの子供よ、私の大事な子供。それができたら、戻ってきて。行きなさい。」とまくし立てます。これを真に受けたリズワンは、大統領に会って「私の名前はハーン、テロリストじゃない」(My name is Khan. I'm not a terrorist.)と言う為に、アメリカを縦断する旅に出ます。このキーフレーズの前半が、この映画のタイトルです。簡単に大統領に会えるはずもなく、逆にテロリストと間違われて勾留されたり、過激派に刺されたします。旅の途中で世話になった南部の村が、ハリケーン・カトリーナに襲われ、助けに向かったリズワンがメディアに注目されます。これがマンディラやオバマ新大統領の知るところになり、リズワンは再会したマンディラとともにオバマ大統領とも会うことができます。マンディラは心の中で、亡き息子に伝えます。マンディラ:「私の憎しみではできなかったことを、ハーンは愛と慈悲で成し遂げた。怒りは二人を引き裂いた、でも彼の愛は私を引き戻してくれた。多くの人々に希望をもたらした。もう彼をは離さないわ。この愛を大事にし続ける、私の為、そしてあなたの為に、永遠に。」<ネタバレ終わり>イスラム教徒は開放的な西海岸でも、地下鉄の駅で黙って見られる食品市場で避けて通られるレストランでじろじろ見られるといったことに悩まされていることを、ジョハール監督は本作の調査を進める中で知ったと言います。彼らは、村八分にされているような感じるというのです。世の人々が人間性、善良さの力を信じ、イスラム教を特別扱いせずに、他の宗教と同じように扱うようになるのが、ジョハール監督の望みです。もちろん、我々はそうした努力を惜しむべきでありません。しかし、原因がマンディラが受けたような心の傷にあるならば、より良い体験による上書きや、時間が必要になるかもしれません。アメリカでは、9.11以降、顕在化したイスラム教徒への差別・偏見ですが、インドでも少数派(約13%)のイスラム教徒が迫害を受けることがあります。2002年には、イスラム教徒1000人以上がヒンドゥ教徒により殺害される事件が起きています。また、本作主演のシャー・ルク・カーンが、インドのクリケット・プレミアリーグが(イスラム系の)パキスタン人選手を1人も採用しなかったことを批判した為に、ヒンドゥ至上主義政党「シブ・セナ」が猛反発、本作の上映妨害を宣言し、ムンバイ市内の映画館に暴動鎮圧用装備に身を固めた2万1000人の警官が出動、2つの映画館が襲撃され、1800人以上のシブ・セナ支持者が身柄拘束される事件も起きています。当初、海外展開を考えていなかったジョハール監督ですが、「スラムドッグ$ミリオネア」(2008年)を見て、本作が海外でも通用すると考えたそうです。「スラムドッグ$ミリオネア」は、インド制作の映画ではありませんが、インド的な雰囲気に満ちており、インド人の俳優もたくさん出演しています。ジョハール監督は彼の映画に欠かせなかったインド映画特有の歌と踊りを封印、一人の誠実な男の物語を現実的に描くことに挑戦しました。本作を評して長過ぎる(2時間45分)、「フォレスト・ガンプ」の二番煎じ、終盤が大味といった意見もあるようですが、映画作りが小賢しくなった昨今、多少アラがあったとしても、恋愛を題材に、のっぴきならない宗教問題に関してストレートに感情に訴えるアプローチは、新鮮で印象的です。「ボリウッド映画は特殊、まずは作って海外に出したい」とジョハール監督は謙虚ですが、本作は全世界で約4千万ドルの興行収入を上げる成功を収めました。ここ数年来、「きっと、うまくいく」(2009年)「スタンリーのお弁当箱」(2011年)「神様がくれた娘」(2011年)「マッキー」(2012年)「命ある限り」(2012年)「バルフィ!人生に唄えば」(2012年)「めぐり逢わせのお弁当」(2014年)など、国際標準を取り入れながら、インド映画の特徴を強く出した作品が目白押しで、否が応でも今後もボリウッド映画への期待が高まります。シャー・ルク・カーン(リズワン・ハーン)カージョル(マンディラ)【撮影地(グーグルマップ)】冒頭、ハーンが現れるサンフランシスコ国際空港マンディラが働いていた美容室があった場所リズワンとマンディラが歩く、サンフランシスコの坂道コイト・タワーミッション・ディストリクトガンディー像(ゴールデンゲート・フェリー・ターミナル)ストー・レイク(ゴールデンゲート公園)マンディラが身の上話をする防波堤(ヨットハーバー)リズワンが泊まろうとしたケンタッキーのモーテル設定はケンタッキーだが、撮影はカルフォルニアで 「マイネーム・イズ・ハーン」のDVD(楽天市場)【関連作品】おすすめインド映画のDVD(楽天市場) 「PK」(2014年) 「めぐり逢わせのお弁当」(2014年) 「バルフィ!人生に唄えば」(2012年) 「命ある限り」(2012年) 「マッキー」(2012年) 「神様がくれた娘」(2011年) 「スタンリーのお弁当箱」(2011年) 「マダム・イン・ニューヨーク」(2010年) 「マイネーム・イズ・ハーン」(2010年) 「きっと、うまくいく」(2009年)
2017年01月25日
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「母よ、」(イタリア・フランス合作)は、2015年公開のイタリア・フランス合作のヒューマン・ドラマ映画です。ナンニ・モレッティ監督、マルゲリータ・ブイ、ジョン・タトゥーロら出演で、仕事も家族との関係もうまくいかず悶々とする一人の女性映画監督が、母の喪失に直面する姿をユーモアを交えて描いています。第68回カンヌ国際映画祭でパルムドールを争い、エキュメニカル審査員賞を受賞した作品です。 「母よ、」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:ナンニ・モレッティ脚本:ナンニ・モレッティ/フランチェスコ・ピッコロ/ ヴァリア・サンテッラ出演:マルゲリータ・ブイ(マルゲリータ、アーダの娘、夫と離婚、新作を監督している) ジョン・タトゥーロ(バリー、アメリカの俳優、マルゲリータの新作に出演する) ナンニ・モレッティ(ジョヴァンニ、マルゲリータの兄、仕事を辞めて母を看護する) ジュリア・ラッツァリーニ(アーダ、マルゲリータとジョヴァンニの母、余命短い) ベアトリス・マンシーニ(リヴィア、マルゲリータと別れた夫との娘) ほか【あらすじ】女性映画監督のマルゲリータ(マルゲリータ・ブイ)は、新作の撮影を開始しますが思うような映像が撮れません。恋人ヴィットリオとは別れ、離婚した夫との娘リヴィアは反抗期です。入院中の母アーダ(ジュリア・ラッツァリーニ)が最も気がかりです。マルゲリータの兄ジョヴァンニ(ナンニ・モレッティ)が手料理を差し入れますが、見舞うマルゲリータに母は家に帰りたいと嘆きます。医師から母の病状は重いと説明され、ジョヴァンニは受け入れますが、マルゲリータは受け入れられません。新作で主役を演じるアメリカ人俳優バリー(ジョン・タトゥーロ)が到着しますが、冗談なのか真面目なのかわからない発言で周囲を煙に巻きます。歓迎のディナーで酒を飲むとハイテンションで深夜まで騒ぎ、マルゲリータは撮影の行末を危ぶみます。病状が進行して呼吸困難に陥った母は集中治療室に入り、気管を切開します。声を出せない母に、退院してラテン語を教えてくれるのをリヴィアが待っているとマルゲリータは励まします。あと5分ですと看護師に急かされると、「あなたがいるのがいちばんの治療なのに」と母はノートに書いて微笑みます。バリーは絶不調で、食堂のシーンでは何度も台詞を忘れ、挙句の果てに脚本のせいにします。マルゲリータも言い返し、それぞれの鬱憤をぶつけるように二人は激しく罵り合います。重い気持ちを抱えたまま病室へ戻ったマルゲリータは、たったの数歩も歩けない母を怒鳴りつけてしまいます。マルゲリータは家にバリーを招待、手料理でもてなすジョヴァンニと笑顔のリヴィアが作ってくれた和やかな空気の中、バリーは自分が人の顔を覚えられない病気だと打ち明けます。マルゲリータとバリーはワイングラスを掲げ、仲直りの乾杯します。やがて、マルゲリータとジョヴァンニは、病院から母が余命わずかだと宣告されてしまいます・・・。【レビュー・解説】ナンニ・モレッティ監督自身の分身である、仕事にも家族との関係にも満足できず悶々とする女性監督が、母の喪失に直面する姿を、コメディとペーソスを巧みに織り交ぜながら描いた、絶妙なタッチのヒューマン・ドラマ映画です。主人公のマリゲリータは、自分がやっていることになかなか満足できず、常に何か足りないのではないかと不安を感じています。そんな彼女は、母親が病で衰えていくことを素直に受け入れることができません。マリゲリータは十分に母親の面倒を見れていないと感じており、また、これまでに母親に冷たく当たってきたことを思い出します。そんな彼女の悶々とした不満にもかかわらず、彼女の新作の撮影や母の病が進んでいく様を、ナンニ・モレッティ監督はユーモアを交えたり、夢と現実を区別しない手法を取り入れながら、深刻になりすぎないよう、巧みに描いています。モレッティ監督は、前作「ローマ法王の休日」(2011年)の制作中に最愛の母を失います。もともとマルゲリータ・ブイを主役にした映画を撮りたいと思っていた彼は、自身の母の喪失体験をこれに重ね合わせます。映画を撮り終えるとしばらく休養して、自分自身の中から前作のイメージを拭い去る彼ですが、本作に関しては前作の公開直後に制作準備に取り掛かっています。彼にとって母の喪失はそれだけインパクトの大きな出来事でした。母と娘、そして孫娘の三代の女性の視点で描くと面白いと思ったモレッティ監督は、ヴァリア・サンテッラら三人の女性脚本家の助力を得て、脚本を書いています。また、マルゲリータの母アーダを、彼の母と同様、ラテン語の教師という設定にする辛かったが、母の闘病中に彼がつけていた日記を読み返し、脚本に反映するアーダの部屋の本棚に、彼の両親(父も教師だった)の蔵書を並べるアーダが病院で着る服に、実際に彼の母が着ていた服を使用する。マルゲリータの車に、彼の車を使用するなどにより、リアリティを演出しています。本作に深みを与えているのは、いつも自分がやっていることに満足できず、何か不足してるという不安にとらわれているマルゲリータの性格描写で、これをマルゲリータ・ブイが見事に演じています。実は、この性格はモレッティ監督が自覚している彼自身の性格のそのもので、本作に真の自伝的要素があるとしたらその部分だと彼は語っています。自分自身が演じるよりも、マルゲリータ・ブイが演じる方がはるかにいい映画になる(彼女はイタリアのアカデミー賞にあたるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞を7度も受賞している)と言うモレッティ監督は、代わりにマルゲリータの兄ジョヴァンニを演じています。ジョヴァンニは、母の病を受け入れ、仕事を辞めて母の看護に専念します。また、マルゲリータの幻想の中で彼女に「今までと違う映画を撮るんだ、型を破れ」と話しかけます。これらはモレッティ監督が実生活で自分に欠けていると認識しているもので、それを自分自身で演じるという、面白いキャスティングです。<ネタバレ>母親を退院させたマルゲリータは、最後のシーンの撮影中に母親危篤の連絡を受けます。映画を撮り終えた後、母の元に駆けつけ、看取ります。偶然、訪ねてきた母の教え子から、彼女が知らなかった母の一面を聞かされ、母がマルゲリータだけのものではなかったことを改めて認識します。幻想の中の母に「何をし考えているの?」とマルゲリータが聞くと、母は「明日のことよ」と答えます。微笑みと悲しみの入りまじたマルゲリータの表情をアップで映し出し、映画は終わります。<ネタバレ終わり>洋画を見る楽しみのひとつは、異なる文化に触れられることです。イタリア語というと大声で喧嘩するかのような強い語調でのやりとりを思い浮かべますが、本作では、反抗期の孫娘リヴィアは跳ねっ返り気味の、ジョヴァンニの静かに押さえた、母アーダの優しげなトーンで、イタリア語の様々な表情を楽しませてくれます。また、リヴィアはラテン語の勉強を余儀なくされています。ハリウッド映画でもよくラテン語に言及されましたが、実用的でないこと、スノブな印象に与えかねないことからか、最近ではあまり見なくなりました。欧米の言語の源と言われ、ローマ帝国の公用語だったラテン語は、イタリアにとっては依然として特別な言葉なのかもしれません。かつて隆盛を誇ったイタリア映画はすっかり衰退、フランス映画に比べても元気がないような気がします。なんとか奮起して、「グレート・ビューティー/追憶のローマ」のパオロ・ソレンティーノや本作のナンニ・モレッティのように、イタリアらしい映画で大いに楽しませて欲しいものです。マルゲリータ・ブイ(マルゲリータ、アーダの娘、夫と離婚、新作を監督している)ジョン・タトゥーロ(バリー、アメリカの俳優、マルゲリータの新作に出演する)ナンニ・モレッティ(ジョヴァンニ、マルゲリータの兄、仕事を辞めて母を看護する)ジュリア・ラッツァリーニ(アーダ、マルゲリータとジョヴァンニの母、余命短い)ベアトリス・マンシーニ(左、リヴィア、マルゲリータと別れた夫との娘)【撮影地(グーグルマップ)】映画の開演を待つ人々が列をなす広場リディアがバイクの練習をする通り座り込みのシーン撮影の為にスタッフとロケハンする場所マルゲリータが別れた夫に会うバスターミナル 「母よ、」のDVD(楽天市場)【関連作品】ナンニ・モレッティ監督xマルゲリータ・ブイのコラボ作品のDVD(楽天市場) 「ローマ法王の休日」(2011年)ナンニ・モレッティ監督作品のDVD(楽天市場) 「青春のくずや〜おはらい」(1978年)・・・VHS 「監督ミケーレの黄金の夢」(1981年) 「僕のビアンカ」(1983年)「ジュリオの当惑(とまどい)」1985年)) ・・・VHS 「赤いシュート」(1989年) 「親愛なる日記 」(1994年)マルゲリータ・ブイ出演作品のDVD(楽天市場) 「殺意のサン・マルコ駅 」(1990年) 「Chiedi la luna」(1991年)・・・日本未公開 「Testimone a rischio」(1996年)・・・日本未公開 「Fuori dal mondo」(1999年)・・・日本未公開 「L'ombra del gigante」(2000年)・・・日本未公開 「無邪気な妖精たち」(2001年) 「わたしの一番幸せな日」 (2002) 「題名のない子守唄」(2006年)
2017年01月21日
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「映画と恋とウディ・アレン」(原題:Woody Allen: A Documentary)は、2011年公開のアメリカのドキュメンタリー映画です。映画監督、脚本家、俳優、コメディアン、ミュージシャンなど様々な顔を持ち、数多くの名作を手がけてきたウディ・アレンについて、ロバート・B・ウィード監督、ウディ・アレン本人、ダイアン・キートンら彼の作品に出演した俳優、歴代のミューズや恋人、家族ら、マーティン・スコセッシ監督ら映画人などの出演で、アーカイブ映像を織り交ぜながら年代順に彼のキャリアを追い、その経歴と作品、創作への姿勢、俳優との関係などの人物像を描き出しています。 「映画と恋とウディ・アレン」のDVD(楽天市場) 【スタッフ・キャスト】監督:ロバート・B・ウィード脚本:ロバート・B・ウィード出演:ウディ・アレン ペネロペ・クルス スカーレット・ヨハンソン ダイアン・キートン ショーン・ペン クリス・ロック ミラ・ソルヴィーノ ナオミ・ワッツ ダイアン・ウィースト オーウェン・ウィルソン マーティン・スコセッシ ほか【あらすじ】新聞やラジオ番組にジョークを提供するギャグ・ライターとしてデビューした10代から、スタンダップ・コメディアンとして活躍した1960年代、その後40年以上に亘って毎年およそ1本という驚異的な創作ペースを保つ現在まで、ウディ・アレンの長く輝かしいキャリアを年代順にたどります。スカーレット・ヨハンソン、ダイアン・ウィースト、ダイアン・キートン、ペネロペ・クルス、ショーン・ペン、ナオミ・ワッツら、彼の作品に出演した俳優、歴代のミューズ、恋人や家族、マーティン・スコセッシら映画人など、数十人へのインタビュー「アニー・ホール」や「ミッドナイト・イン・パリ」など、名作の撮影エピソードブルックリンの生家と母校、アレン自身が撮影した実母から息子へのコメント今でも愛用している16歳の時に購入したタイプライター、引き出しに溜め込んだ映画のアイデアを記したメモなど作品映像やアーカイブ映像などを織り込みながら、ショー・ビジネスへのデビューの経緯、執筆スタイル・演出法、創作プロセス、俳優との関係、創作への意欲などを追います。【レビュー・解説】幼少の頃から2011年まで、ウディ・アレンの経歴と作品、創作への姿勢、俳優との関係などを二部構成で追う195分の大作ですが、テンポが良くすんなりと観ることが出来、豪華で幅広い出演者と豊富な内容とあいまって、何度も繰り返して観たくなる優れたドキュメンタリーです。数十人にも及ぶ関係者のインタビューを行い、彼の全作品のほぼ半数を取り上げ、様々なアーカイブ映像などを折り込みながら構成される本作は、内容が豊富でカバレッジが広く、様々な見方をすることができます。例えば、書くことがウディ・アレンの天職女優ダイアン・キートンとの出会いが彼の映画人生を大きく変えたアイディアが豊富で速筆、頭の切り替えが早い即決の直感的キャスティングオスカー俳優を生み出す独特な制作スタイル不条理をコメディで描く、稀有な映画作家などウディ・アレンの人間像がよく分かる一方で、数多い彼の作品へのガイドにしたり、女性にもてる理由、チャンスを掴む方法、苦境の脱し方など、様々な視点で観ることもできそうです。書くことがウディ・アレンの天職1965年に「何かいいことないか子猫チャン」で映画デビューして以来、一流の映画作家として不動の地位を保っているウディ・アレンは、書くことが天職です。我々がずっとウディ・アレンに興味を持ち続けているだけではない、彼はものを語ることにずっと興味を持ち続けているんだ。(ショーン・ペン)高校時代に雇われ、放課後に毎日、1日50話のジョークを書いていたけど、苦にならなかったよ。(ウディ・アレン)ものを書く生活は最高だ。朝起きて、部屋の中でただ書けばいいんだ。「市民ケーン」のような傑作を書いている気分になれる。それを部屋の外に持ち出し、映画にするとなると現実が割り込んでくる。傑作を作ろうとする計画はしぼみ、この大惨事を逃れる為なら身売りしたっていいと思う。(ウディ・アレン)高校卒業後、放送作家になった彼は、ただ書くだけではマネジメントしてもらえませんでした。内気で人前に立つのが苦手なのにもかかわらず、一流のマネージャーにつく為にコメディアンになった彼は、才能を見出され、徐々に有名になります。女優のシャリー・マクレーンがプロデューサーを連れて彼のトークショーを訪れ、彼は映画の脚本を依頼されます。彼が端役で出演するこの映画「何かいいことないか子猫チャン」は興行的には成功しますが、彼の脚本はスタジオの圧力で書き換えられてしまいます。すべてが腹立たしく、自分で監督をしない限り映画の仕事はしないと誓ったよ。ただの監督じゃなくて、すべてをコントロールする監督さ。(ウディ・アレン)映画人生を変えたダイアン・キートンとの出会い脚本を書き、自ら監督したコメディを何本か制作するうちに、彼は女優ダイアン・キートンとの出会い、彼の映画人生が大きく変わります。ウディに愛されたくて、一生懸命だったわ。それは叶わなかったけど、いい仲間だった。(ダイアン・キートン)彼女はいつも美しくて、才能に溢れていた。一緒に出かけ、しばらく一緒に住んだ。今でもいい友達だよ。彼女に出会い、彼女の目を通して様々な発見をした。女性のために書き始め、女性ならではの視点を学ぶことができた。やがてそのほうが面白いと感じるようになった。男性の視点よりね。ダイアンのおかげさ。(ウディ・アレン)彼女との経験を基に脚本を書き、二人が主演した「アニー・ホール」(1979年)は空前の大ヒットとなり、アカデミー賞でダイアン・キートンが主演女優賞を受賞、ウディ・アレンは監督賞、脚本賞を受賞し、主演男優賞にもノミネートされます。この作品は、それまでのコメディ一辺倒の作品とは一線を画するものでした。「アニー・ホール」で、彼はジョークに頼らないと決めた。面白いジョークが盛り沢山だけどね。心の機微を描いた彼の始めての映画だ。「人と感情」をウディは主題にし、ジョークはそこから生まれてくるとね。特筆すべき点だ。(ダグラス・マクグラス、脚本家/映画監督)ウディは自分の道を進んだけだろう。だが業界にとっては革命的だった。コメディが見直されたんだ。(F.X.フィーニー、脚本家/映画評論家)この作品に大きく影響を受けたハリウッドは、1980年代にロマンティック・コメディを量産する様になります。アイディアが豊富で速筆、頭の切り替えが早いウディ・アレンはアイディアが豊富で書くの早い、また、頭の切り替えも素早く、トラブルがあっても淡々と仕事を続けることができます。これが、40年以上に渡って一年に約一本のハイペースで映画を制作し続けている秘密です。彼は「映画のアイディアなら無限にある」と言ったんだ。大ショックだったよ。僕は1年にひとつのアイディアがいいところなのに、彼はいくつも考えつくのかってね。そうは簡単じゃないって、彼もいずれ気づくさと思ったよ。(ディック・カヴェット、テレビ・パーソナリティ)豊富な案の中から方向性を決めると、すぐに書き出し、順調に進むみたい。脚本は早くできるのよ。(レッティ・アロンソン、実妹/プロデューサー)彼ほど速筆の脚本家を知らない。だから、あれほど多くの映画を撮れるのかも。(ロバート・グリーンハット、プロデューサー)仕事の速さでのライバルは、1930年代まで遡らないとアメリカにはいない。ジョン・フォードやハワード・ホークス、ラオール・ウォルシュは1年に1作以上撮った。だが、彼らがやったのは監督業だけだ。ウディは脚本も書いて40年間、1年1本ペースだ。ありえないよ。ベルイマンに並ぶね。(F.X.フィーニー、脚本家/映画評論家)映画の編集を終えた日が、次の脚本のタイプを始める日なの。彼は休まないわ。(ミラ・ソルヴィーノ、女優)頭の切り替えは得意なんだ、良くも悪くもね。(ウディ・アレン)彼の頭の切り替えのうまさをどれだけ羨んだことか。彼はどんな時だって、仕事を続けることができるんだ。(マーシャル・ブリックマン、映画監督)(ミア・ファローとの)親権裁判の直前、「ブローウェイの銃弾」の脚本を彼と書いていた。だから、仕事中に邪魔が入ることが多々あった。シーンについて話し合っていると、電話が鳴り、彼は「悪いが出るよ」と小さな声で話していた。「探偵をつけろ」、「サンプルを採れ」などと、怖い言葉が聞こえてくるが、戻ってくると「続けよう」と言う。ある日は三回、邪魔が入った。三回目のゾットする会話が終わると、彼は僕を見て、「よし、チープなコメディに戻るぞ」と言ってのけた。(ダグラス・マクグラス、脚本家/映画監督)即決の直感的なキャスティング制作資金を自ら集めるウディ・アレン監督は、俳優にスクリーン・アクターズ・ギルド(俳優組合)の定める最低賃金しか支払いませんが、それでも多くのハリウッドスターが出演を熱望するといいます。彼が出演を依頼する際は、手紙を添えた脚本をエージェントを通さずに手渡します。監督を始めた頃は、役者と直接話さず、すべて助監督に任せていた。僕は部屋の隅からずっと見ていたんだ。少しずつ話すようになったが、今でも話題に困っている。気まずいし、特に言いたいこともないし・・・、じろじろと見ると、太っている?と気にするかも。とにかく最悪だよ。(ウディ・アレン)5分に3人のペースで俳優と面接していたわ。彼が話さないからよ。面接が苦手だったの。ウディは「彼らも忙しいんだ」、「きっと早く帰りたいさ」、私は「あなたと話したいはずよ」と。(ジュリエット・テイラー、キャスティング・ディレクター)彼の映画のファンとして思うのは、どの映画も配役が完璧ということ。それを5秒で決めるの。「よろしく」の5秒だけで役に合うかどうか分かるのよ。(ペネロペ・クルス)彼から役者を指名することもあるわ、大俳優をね。(ジェーン・マーティン、元アシスタント)脚本はエージェントを通さないシステムよ。俳優に直接届けるの。建物のすぐ外で読み終わるのを待つの。一晩貸すのはまれよ。いつも本人手書きの手紙をつけるの。(ジュリエット・テイラー、キャスティング・ディレクター)ものすごく秘密めいていた。スタッフが飛行機と車を乗り継いで脚本を持ってきた。(ショーン・ペン)オスカー俳優を生み出す制作スタイルマーティン・スコセッシ監督と並んで俳優に多くのオスカーをもたらすウディ・アレンは、「映画作りで重要なのは脚本と俳優」と認識していますが、俳優に演技指導することはほとんどありません。極めてまれにキャスティングを変えたり、ダブルキャストで撮影することがありますが、それは俳優ではなく脚本の問題と考えます。映画作りの秘訣はいい役者を選ぶことだ。そして役柄の分析や議論で役者を混乱させないこと。ただ彼らに任せて黙っていれば、彼らが名優と呼ばれるに至った根拠を見せてくれる。(ウディ・アレン)ウディの映画に出演した俳優はしばしば賞を手にするが、撮影現場での彼は演技にほとんど口を出さない。(エリック・ラックス、伝記作家)俳優が好演するのは、彼の映画への出演がかなって奮起するからだろう。彼らは全力投球する、ウディを落胆させないようにね。(レオナード・マルティン、映画評論家/歴史家)彼のやり方が大好き。役者を信じてくれて、力でねじ伏せようとしないの。自ら開花させて責任をもたせるのよ。「君に任せる」と言われるといい演技を見せたくなるでしょ。リハーサルは好きじゃないって言うの。私の意見も聞かれたから、「同じよ」と答えた。「セリフは自由に変えてくれ」という彼の言葉は、衝撃的だったわ。だって世界一のコメディ作家よ。「最高のセリフなのに」と言うと、「これは青写真に過ぎない、自由に面白くして欲しい」、「何か案があれば試して欲しい」と言われたわ。(ミラ・ソルヴィーノ)現場でウディがよく言ってたのは、「好きに演じてくれ」、「セリフを変えても構わない」、「さっさと撮ろう」とか。(ダイアン・キートン)これまでに組んだ監督の中でも最高だわ。たくさんの名監督と仕事をしたけどね。自由にやらせてくれる一方で細かい指示もある。いろいろ提案してくれるの。「しっくりこないなら、無理しなくてもいい」とも言うわ。だから自然に演じられる。(ナオミ・ワッツ)撮影の半年前から、ギター講師を雇い、ショーンに教え込んでもらった。だから別人の映像と合成する必要がなかった。本人の演奏なんだ。(ウディ・アレン)撮影の本番で初めて彼の前で弾いた。「映画の出来は役者の感性次第」、彼はそう信じている。配役の成否が撮影初日にわかるのさ。「カット」の声がかかった時、彼に聞きたかった。「帰りの飛行機を手配すべきか、ここに残って良いか?」とね。でも、彼はすぐに次の準備に入り、コメントは何もなかった。今でも僕の演技についてのコメントを聞いたことは一度もない。演技指導という点では、余計なことは一切言わないし、指示が明確でわかりやすい。(ショーン・ペン)ものすごく緊張している。10日前にここに来たが、最高に苦しい10日間だった。ウディを喜ばせたいと強く思うからだ。演技学校に戻った気分だよ。ただ、彼に褒められたいんだ。たくさん質問すると、「心配しないで寝なさい」と言われる。「僕が指示するから大丈夫」とね。(ジョシュ・ブローリン)「この演技でいいか」など役者に質問されたら、じっと顔を見ていないで、答えてやらなきゃならない。フィードバックを求められた時は、端的に答えるようにしている。「最高だ」などと褒めるんだ。「今のでいい」、「順調だ」とかね。(ウディ・アレン)役者任せの監督と言われているが、彼は望みの演技を必ず引き出すよ。(ラリー・デイヴィッド、俳優/脚本家/映画監督)何事に対しても辛抱強い方じゃないから、一度満足したら取り直しはしない。早く家に帰りたいんだ。偉大な芸術家に求められるような、集中力や熱意は持ち合わせていない。自宅でスポーツを見ている方がいい。(ウディ・アレン)とても効率良く仕事を進める人だ。スタッフも勤勉だが、長時間働き詰めということはない。ひとつのシーンを数テイクしか撮らないし、4〜5ページを長回しで撮る。(セス・グリーン、俳優/脚本家/プロデューサー)「セプテンバー」は役者を変えて二度撮っている。彼は脚本の問題だと言うでしょう、「うまく書けなかった」とね。(ジュリエット・テイラー、キャスティング・ディレクター)不条理をコメディで描く、稀有な映画作家ウディ・アレンの作品には彼の分身が登場することが多く、その多くは悲観的であったり、厭世的であったりします。彼は、子供の頃は良い子だったようですが、5歳の頃を境に性格が変わったといいます。僕はとても可愛くていい子だったが、5歳の頃から気難しくて不機嫌になったと、母がよく言ってた。人は必ず死ぬということを知り、それが気に入らなかったんだ。どういう意味?それで終わり?ずっと続くんじゃないの?いや、終わってしまう、消えてしまうんだ。そんな人生は嫌だ・・・。それから、僕は変ってしまったんだ。(ウディ・アレン)死の捉え方は彼の大きなテーマのひとつとなっており、2010年のカンヌ映画祭で記者に「死との関係」を問われた彼は、「私と死の関係は以前から変っていない。私は強硬に抵抗している。」と答えています。すごく繊細な人だから、いつか必ず終わる人生の意味について深く考えているの。きついでしょうね。常に頭にあるそんな問題が、自然に映画のテーマになるんだと思うわ。(ダイアン・キートン)神や死後の世界について考えさせる、近代では珍しい映画監督だ。アメリカ映画史でも珍しいね。神と死を常に意識している。(ロバート・ラウダー、牧師/哲学者)なぜ、人は存在し、苦しみながら生きるのか。人間は自分の存在や孤独とどう向き合っていくのか、答えの出ない問題をいつも考えている。だから僕の映画にはそのテーマがよく忍び込むけど、僕には道化師の呪いがかけられていて、コメディでしかアプローチできないんだ。(ウディ・アレン)喜劇界のカミュと彼を称したことがある。カミュは「私は死にたくない、愛する人に死んでほしくない、でも私も愛する人も必ず死ぬ。だから人生は不条理だ」と言う。ウディは同じことをユーモアを交えて表現している。(ロバート・ラウダー、牧師/哲学者) これ以外にも様々な見方ができるし、また、見る度に新しい発見がありそうな、すばらしい作品です。12年間もウディ・アレンの良きパートナーだったにもかかわらず、養女のヌード写真が原因で彼はミア・ファローと決別、親権を巡って法廷闘争にまでなった事件についても、それなりの時間をかけて触れてられています。ミア・ファローへのインタビューは含まれていませんが、本作で取り上げられている彼女の出演作の数々を見ていると、ウディ・アレンが彼女の多彩な魅力を巧みに引き出していたことがわかります。実は、これまで彼女の出演作はノーマークだったのですが、この機会に少し観てみようかと思っています。本作で引用されている主なウディ・アレン作品とアカデミー賞受賞歴作品名公開年アカデミー賞受賞歴監督賞脚本賞俳優賞(俳優)何かいいことないか子猫チャン1965年 泥棒野郎1969年 ウディ・アレンのバナナ1971年 スリーパー1973年 アニー・ホール1977年受賞受賞主演女優賞受賞(ダイアン・キートン )主演男優賞候補(ウディ・アレン)インテリア1978年候補候補主演女優賞候補(ジェラルディン・ペイジ)助演女優賞候補(モーリン・ステイプルトン)マンハッタン1979年候補 助演女優賞候補(マリエル・ヘミングウェイ)カメレオンマン1983年 ブロードウェイのダニー・ローズ1984年候補候補 カイロの紫のバラ1985年候補 ハンナとその姉妹1986年候補受賞助演男優賞受賞(マイケル・ケイン)助演女優賞受賞(ダイアン・ウィースト)ラジオ・デイズ1987年 候補 ウディ・アレンの重罪と軽罪 1989年候補候補助演男優賞候補(マーティン・ランドー)*アリス1990年 候補 ウディ・アレンの影と霧 1991年 夫たち、妻たち1992年 候補助演女優賞候補(ジュディ・デイヴィス)ブロードウェイと銃弾1994年候補候補助演女優賞受賞(ダイアン・ウィースト)助演男優賞候補(チャズ・パルミンテリ)助演女優賞候補(ジェニファー・ティリー)誘惑のアフロディーテ1995年 候補助演女優賞受賞(ミラ・ソルヴィノ )地球は女で回ってる1997年 候補 ギター弾きの恋1999年 主演男優賞候補(ショーン・ペン)助演女優賞候補(サマンサ・モートン)マッチポイント2005年 候補 それでも恋するバルセロナ2009年 助演女優賞受賞(ペネロペ・クルス)恋のロンドン狂騒曲 2010年 ミッドナイト・イン・パリ2011年 受賞 *ブルー・ジャスミン2013年 主演女優賞受賞(ケイト・ブランシェット)助演女優賞候補(サリー・ホーキンス)*本作では引用されていないウディ・アレンダイアン・キートンラリー・デヴィッドマーティン・スコセッシ【サウンドトラック】If I Had a HammerWritten by Pete Seeger and Lee HaysHeard on soundtrack during Greenwich Village sequencePerformed by Peter Paul & MaryAs Time Goes ByHeard on soundtrack during "Play It Again, Sam" sequenceWritten by Herman HupfeldSung by Dooley WilsonMoonlight SerenadeComposed by Mitchell Parish and Glenn MillerPerfirmed by Genn Miller and OrchestraIn the MoodWritten by Joe GarlandPerformed by Glenn Miller and OrchestraSentimental JourneyWritten by Les Brown, Bud Green, and Ben Homer (as Benjamin Hunter)Performed by Doris Day and Les Brown OrchestraPaper DollWritten by Johnny BlackPerformed by the The Mills BrothersRhapsody in BlueComposed by George GershwinHeard during sequence for "Manhattan"What's New, Pussycat?Written by Burt Bacharach and Hal DavidPerformed by Tom JonesHeard during clips from the film【撮影地(グーグルマップ)】ウディ・アレンの生家最上階に親戚とともに大家族で暮らしていた。ウディ・アレンが通ったパブリック・スクール彼は学校があまり好きではなかった。ウディ・アレンがスタンダップを演じていたクラブ「ブルー・エンジェル」があった場所ここでスタンダップを演じていたウッディ・アレンは、女優シャリー・マクレーンが連れてきたプロデューサーの目にとまり、映画「何かいいことないか子猫チャン」の脚本を書くことになった。当時のクラブは閉鎖されている。有名な「マンハッタン」の59丁目橋が見えるシーンが撮影された場所ベンチは設置されておらず、持ち込んで撮影された。風景の美しい場所だったが、これほど有名になるとは思わなかったという。ウディ・アレンと言えばニューヨークというほど、ニューヨークを愛した彼だが、撮影コストの高騰もあり、ロンドン、パリ、バルセロナ、ローマなど、海外で撮るようになった。メトロポリタン(大都会派)から、コスモポリタン(国際派)な映画監督になったと言う人もいる。「ミッドナイト・イン・パリ」は彼の最も興行収入の大きな作品となった。ウディ・アレンのタウンハウスここで執筆している。 「映画と恋とウディ・アレン」のDVD(楽天市場)【関連作品】ウィディ・アレン脚本・監督作品のDVD(楽天市場) 「泥棒野郎」(1969年) 「ウディ・アレンのバナナ」(1971年) 「アニー・ホール」(1977年) 「マンハッタン」(1979年) 「カメレオンマン」(1983年) 「ブロード・ウェイのダニー・ローズ」(1984年) 「カイロの紫のバラ」(1985年) 「ハンナとその姉妹」(1986年) 「ラジオ・デイズ」(1987年) 「ウディ・アレンの重罪と軽罪」(1989年) 「夫たち、妻たち」(1992年) 「ブロードウェイと銃弾」(1994年) 「世界中がアイ・ラヴ・ユー」(1996年) 「ギター弾きの恋」(1999年) 「マッチポイント」(2005年) 「それでも恋するバルセロナ」(2008年)「ミッドナイト・イン・パリ」(2011年) 「ブルー・ジャスミン」(2013年)
2017年01月19日
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「マジカル・ガール」は、2014年公開のスペインのフィルム・ノワール風ダーク・コメディです。日本のテレビアニメ「魔法少女ユキコ」に憧れる少女をフックに、カルロス・ベルムト監督・脚本、ホセ・サクリスタン、バルバラ・レニーら出演で、4人の男女の欲望の連鎖から生まれる悲喜劇を描いています。2014年のサン・セバスティアン国際映画祭で作品賞と監督賞を受賞、第29回ゴヤ賞では作品、監督、脚本を含む7賞にノミネートされ、主演女優賞(バルバラ・レニー)を受賞した作品です。。 「マジカル・ガール」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:カルロス・ベルムト脚本:カルロス・ベルムト出演:ホセ・サクリスタン(ダミアン) バルバラ・レニー(バルバラ) ルイス・ベルメホ(ルイス) イスラエル・エレハルデ(アルフレード) ルシーア・ポリャン(アリシア) エリサベット・ヘラベルト(アダ) ミケル・インスーア(オリベル) テレサ・ソリア・ルアーノ(アデーラ) ダビド・パレハ(ハビエル) エバ・リョラッチ(ラウラ) ハビエル・ボテット(ペポ) ロレーナ・イグレシアス(心理学者) マリソル・メンブリーリョ(マリソル) フリオ・アロホ(運転手) アルベルト・チャベス(店主) フリアン・ヘニソン(宝石店員) マリーナ・アンドルッチ(バルバラの子ども) マリーア・マルティン・クエバス(赤ちゃん) ほか【あらすじ】12歳の少女アリシア(ルシア・ポジャン)は、白血病で余命わずかです。そんな彼女の願いは、大好きな日本のアニメ「魔法少女ユキコ」の衣装を着て踊ることです。それを知った父親のルイス(ルイス・ベルメホ)は、娘の願いを叶えようとしますが、それは7千ユーロもする、失業中の文学の教師にはとても手の出ない、一点物の高額商品でした。金策もままならない彼は、やむなく宝飾店への強盗を決意します。宝飾店の窓を叩き割ろうとした時、彼に吐瀉物が降り掛かります。それは、精神科医の夫と暮らしながらも心に闇を抱える女性バルバラ(バルバラ・レニー)が、大量の薬を酒で流し込み、気分が悪くなって窓から吐き出したものでした。バルバラは逃げようとするルイスを呼び止め、自宅に招き入れます。汚れた服を洗濯すると、バルバラはルイスに抱いてくれるよう求め、2人は関係を持ちます。彼女の豪奢な暮らしを知ったルイスは、翌日、「秘密を夫に知られたくなければ金を出せ」とバルバラを電話で脅迫します。夫に知られたくないバルバラは、裏の仕事をするかつての仲間、アダ(エリザベト・ヘラベルト)を訪れ、一日限りの「仕事」を得て豪邸で暮らす車椅子の男の暴力的な嗜好に耐えます。バルバラから7千ユーロを受け取ったルイスはアリシアに衣装を買い与えますが、魔法のステッキがないことに彼女が落胆していることに気付きます。ステッキの購入費用の2万ユーロが必要なルイスに再び脅迫されたバルバラは、やむなく豪邸を再訪、前回とは比べ物にならないほど傷を負い、刑務所から出たばかりの元教師ダミアン(ホセ・サクリスタン)に救いを求めます。過去に因縁があり、バルバラに会うことを恐れていたダミアンですが、彼女の変わり果てた姿に心を動かされ、ルイスを尾行し始めます・・・。【レビュー・解説】「魔法少女」を強力なフックに、時間的、空間的に異なる男女の欲望の連鎖を多重的な螺旋構造でスリリングに描いた本作は、日本的要素、スペイン的要素、現代的要素、古典的要素、悲喜劇的な要素などを巧みに取り込みながら独自のトーンを醸し出す、斬新なフィルム・ノワールです。 人間の欲望や脅迫の連鎖を描いたカルロス・ベルムト監督は、日本的なmagical girl (魔法少女)という概念を本作の強力なフックにしています。magical girl (魔法少女)とは、10代の前半以下の少女がターゲットの漫画やアニメに登場する、魔法の力で別の自分になり、ミニ・スカートなど体が露出が多く、可愛らしい衣装を纏い魔法の杖など、可愛らしいアイテム(武器)を使う少女の総称です。一般的なイメージは「キューティ・ハニー」や「セーラー・ムーン」ですが、ベルムト監督は願いを叶えることの代償を描いたファンタジー「魔法少女まどか☆マギカ」のダークなイメージを重ね合わせ、本作のフィルム・ノワール的ストーリー展開にマッチさせています。また、魔法の力で別の自分になる魔法少女は、いざとなると大胆な行動を起こす(或いは第三者の大胆の行動を誘発する)女性の二面性の象徴と、彼は捉えています。三部構成で展開されるストーリーには、現代的で日本的なフックとは対照的に、キリスト教における人間の三つの敵が重ね合わせられています。世界(=金、娘の願いを適える金を得る為にルイスがバルバラを脅迫する)悪魔(バルバラの精神的不安定)肉(バルバラの魅力に抗しきれないダミアン)因みに、三つの敵はしばしばキリスト教の信仰の対象である三位(父(神)、子(キリスト)、精霊)に対置されますが、フィルム・ノワール(虚無的、悲観的、退廃的なテイストを持つ犯罪映画)が基本の本作では、信仰による救いは描かれていません。エルムト監督はさらに、時間的、空間的に異なる男女関係と欲望の連鎖を螺旋構造で多重的に描いています。過去のバルバラ(生徒)→過去のダミアン(教師)現在のアリシア(娘)→現在のルイス(父、失業中の教師)現在のバルバラ(精神的に不安定な人妻)→現在のダミアン(刑期を終えた元教師)また、願いを叶えることが不幸を生み出すダーク・ファンタジー的魔法少女フィルム・ノワールにおけるファム・ファタール(男を破滅させる魔性の女)も重ね合わせています。因みに、娘のアリシアの名は「不思議の国のアリス」のアリスに、父親のルイスの名はその作者ルイス・キャロルに由来しています。螺旋構造で多重的に描く欲望の連鎖と男女の関係アリシアもバルバラも魔法世界ではなく、現実世界の人間として描かれており、魔法は使われませんが、冒頭、少女時代のバルバラが教師のダミアンの悪口を書いたメモを手の中から消すマジックを見せます。これは、バルバラが魔法少女的運命を背負っていたことを暗示します。さらに、現在のバルバラは全身傷だらけですが、その理由は明らかにされず、また、ルイスに渡す金を得るために男の暴力的な嗜好に耐えるシーンも映し出されません。これは、敢えてそのプロセスを見せないことにより、願いと不幸の引き換えを魔法のようにミステリアスに見せる演出です。 螺旋構造で多重的に描く男女関係と欲望の連鎖が本作の大きな魅力ですが、魔法少女という日本的なイメージにあわせて、長山洋子の「春はSA・RA・SA・RA」や美輪明宏の「黒蜥蜴の唄」(ピンク・マルティーニのカバー)をサウンドトラックに使い、個性を際立たせるルイスとの対決に先駆けドレスアップするシーンのように、不釣り合いにスタイルッシュな場面にフラメンコの「la niña de fuego」(炎の少女)を流し、コメディ要素とスペイン的な要素を織り込むなど、単調で古臭いフィルム・ノワールにならぬように、全体のトーンを巧みにコントロールしています。<ネタバレ>バルバラとダミアンの過去の因縁は明示されていませんが、彼女の「魔性の女」的魅力に惑わされたダミアンがバルバラを守るために殺人を犯し、服役していたことが示唆されます。二度とバルバラに近づきたくないダミアンでしたが、瀕死の重傷を負ったバルバラからルイスに暴行を受けたと聞かされ、ルイスの元に向かいます。ルイスに銃を渡し、自分を殺して服役する様に迫りますが、ルイスはバラバラの不倫をネタに恐喝しただけだと暴露します。バルバラを破滅させる秘密が握られていることを知ったダミアンは、バルバラを守る為に、ルイスとその場に居合わせたバーの店員を撃ち殺します。不倫の証拠が録音された携帯電話を取りにルイスの自宅に向かったダミアンは、魔法少女の衣装とステッキを纏ったアリシアに出くわし、彼を凝視する彼女を撃ち殺します。<ネタバレ>エンディングで病室のバルバラを見舞ったダミアンは、証拠の携帯電話を手の中で消してみせます。これは冒頭、少女時代のバルバラが不都合なメモを手の中で消したマジックに対応するものですが、ダミアンも罪という不幸と引き換えに願い(=バルバラを守る)を叶えた人間であることを象徴的に示しています。「2+2=4という絶対的真理は何があっても変わらない」という趣旨のナレーションから、この映画は始まります。劇中、アリシアの三つの願いは、誰にでも変身できる魔法少女のドレス13歳になることであることが示され、また、彼女は「父と一緒にいられるから、病院が好き」とも言います。一方、アリシアに「魔法ができたら何に使う?」と聞かれたルイスは、透明になる触られるなくなると答えます。つまり、「不幸と引き換えに願いを叶える」ことにより、「病院が好き」で「誰にでもなれる」はアリシアはバルバラとなり、「透明で触られない」存在になった父とともにバルバラの病室にいることができます。アリシアが殺される前にダミアンを凝視した様に、じっとダミアンを凝視するバルバラをアップで映し出し、エンドクレジットに切り替わります。即ち、冒頭のナレーションは、例え、アリシアとルイスが殺されても、二人は存在し続け、人(バルバラとダミアン)+2人(アリシア+ルイス)=4人であることに変わりはないことを暗示しています。実に周到に構成された作品です。<ネタバレ終わり>ホセ・サクリスタン(ダミアン)バルバラ・レニー(バルバラ)ルイス・ベルメホ(ルイス)ルシーア・ポリャン(アリシア)【サウンドトラック】長山洋子「春はSa-ra Sa-ra」Benedic Lamdin, Riaan Vosloo and Jeb Nichols「Breakfast of Champions」ヨハン・セバスチャン・バッハ「無伴奏チェロ組曲第1番ト長調 BWV1007」Per-Olov Kindgren演奏Rafael Andujar「Recuerdo a Ramón Montoya」ヨハン・セバスチャン・バッハ「アリオーソ」〜カンタータ「わが片足すでに墓穴に入りぬBWV156」より(Per-Olov Kindgren演奏)ワイルド・ハニー「ゴールドリーフ」マノロ・カラコール「La niña de fuego」(炎の少女)Damian Schwartz「Backwards Feat Odille Lima」Incarnations「Make You Mine (Barck + Prommer Remix)」ヨハン・セバスチャン・バッハ「前奏曲ハ短調 BWV999」(Per-Olov Kindgren演奏)エリック・サティ「グロシエンヌ第三番」 Alessio Nanni演奏美輪明宏「黒蜥蜴の女」(ピンク・マルティーニのカバー)【動画クリップ】フラメンコ「炎の少女」が流れる中、ルイスとの対決に備えドレスアップするダミアン燃える少女の渇きの苦しみを、自分の心の泉で癒やし、救いたいというフラメンコの歌である。因みに、エンドクレジットに流れる美輪明宏の「黒蜥蜴の唄」(ピンク・マルティーニのカバー)は、ダイヤのように固く冷たい私の心を溶かすような愛に出会ったら、いっそ死んでしまいたいという歌である。【関連作品】カルロス・ベルムト監督が影響を受けた魔法少女アニメのDVD(楽天市場) 「魔法少女まどか☆マギカ」コンプリート DVD-BOX (12話) ・・・輸入版、日本語音声あり、英語字幕オフ可能ホセ・サクリスタン出演作品のDVD(楽天市場) 「バスルーム 裸の2日間」(2012年)バルバラ・レニー出演作品のDVD(楽天市場) 「私が、生きる肌」(2011年)
2017年01月14日
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本稿は、ケヴィン・ケリー著「〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則」第六章「 Sharing―シェアリング」の読書メモです。 ケヴィン・ケリー著〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則(楽天ブックス)「Sharing―シェアリング」(共有すること)共産主義と相違する点:共産主義者ではなく自由主義者(リバタリアン)が推進共産主義と類似する点:誰とでも繋がろうとする熱狂がデジタル版社会主義を生み出しているデジタル版社会主義とは?ウィキペディア、ピンタレストのような協同型ネットワークの先にある世界反アメリカ主義的なものではなくイノベーションとなりうるもの文化・経済の領域の世界で、階級闘争でも政治でもないある未来学者は、デジタル版社会主義の経済的側面をシェアリング・エコノミーと呼んでいるデジタル版社会主義への段階シェア:ファイスブック、フリッカー、インスタグラム、YouTube、ピンタレストなど協力:タグ、ブックマーク、ランク付けなどコラボレーション;オープンソースのOSなど、資本主義的な投資家ではなく、作り手が所有する集産主義:大規模なオープンソース・プロジェクトなど、共同体に帰属、切磋琢磨することが報酬スウェーデンの穏健な社会主義とウィキペディアとのいいとこ取りをしたようなハイブリッドな世界ボトムアップだけでは不十分、少々のトップダウンが必要100%読者寄稿にまかても長続きしない、やはり編集者が必要ウィキペディアにも、オープンソースにも、少数の編集責任者が存在P2Pによるマイクロ・ファイナンス([kiva] の応用)政府に大金を貸し付けるよりも、貧者に小額を貸し付けた方が返済率が高い(99%)二つのウェブ企業が先進国で試行中高信頼度、高効率のシステムを構築できれば、中間搾取や不要な経費を回避できる<感想>シェアリングは興味深い現象である。資本主義の終焉とも言われる時代に、自然に生まれてきたこの発想は、共産主義でもない、社会主義でもない、あらたな社会形態を推進するかもしれない。まだ、萌芽に過ぎないが、どう発展していくのか注目したい。実際のところ、金儲けが生きがいという人はそれほど多いわけではない。リーマンショックの例を出すまでもなく、金の亡者を必要以上にのさばらせない仕組みは必要だ。銃や原子力と同様、デジタル技術は諸刃の刃だ。格差拡大に油を加速することがないよう、注視する必要がある。 ケヴィン・ケリー著〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則(楽天ブックス)
2017年01月11日
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「10 クローバーフィールド・レーン」(原題:10 Cloverfield Lane)は、2016年公開のアメリカのSF&サスペンス映画です。J・J・エイブラムスがプロデュースしたヒット作「クローバーフィールド/HAKAISHA」と同じ、「クローバーフィールド」の名を冠し、ダン・トラクテンバーグ監督、マット・ストゥーケン/ジョシュ・キャンベル脚本、J・J・エイブラムスら制作、メアリー・エリザベス・ウィンステッド、ジョン・グッドマンら出演で、交通事故にあった女性が見知らぬ男に連れ去られ、シェルターでの共同生活を余儀なくされる体験を描いています。「10 クローバーフィールド・レーン」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:ダン・トラクテンバーグ脚本:マット・ストゥーケン/ジョシュ・キャンベル制作:J・J・エイブラムス/リンジー・ウェバー出演:メアリー・エリザベス・ウィンステッド (ミシェル)服飾デザイナーを目指す若い女性。突然、地下シェルターに閉じ込められる。ジョン・グッドマン (ハワード)初老の太った大男。シェルターを支配する。かつて米海軍に所属、人工衛星に関わる担当だった。ジョン・ギャラガー・Jr (エメット)シェルターに同居している青年。左腕を大怪我している。【あらすじ】服飾デザイナー志望のミシェル(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)は、ある日、婚約者と喧嘩し、部屋を飛び出します。車で国道をひた走り、ルイジアナの森と畑が広がる一帯にさしかかったところで日が暮れます。給油後、再び走り始めると、ラジオから南部海岸一帯が原因不明の停電に襲われているとのニュースが流れます。携帯電話にかかってくる婚約者からのしつこい電話に気を取られた時、ミシェルの車は追突され、ガードレールを越えて転落します。目が覚めたミシェルは、怪我を負った右足に治療を受けた状態で地下室に繋がれ、監禁されていることに気づきます。事故から丸一日たっており、監禁されている部屋に腰に銃を下げた初老の大男ハワード(ジョン・グッドマン)が入って来て、ここは自分の農場の地下だといいます。ミシェルはここから出して欲しいと懇願しますが、「外は攻撃で、放射能か化学兵器か、何らかの有毒物質で汚染されているから駄目だ」と、ハワードは拒否します。ハワードの案内で、この地下室は核戦争に備え物資を蓄えたシェルターで、出口は鍵がいくつも付いた2重ドアで守られており、勝手に出ることは困難なことが分かります。出口の窓から見える外界に人影はなく、ハワードが飼っていた2頭の豚の死骸が見えます。ミシェルに追突した見覚えのある白いトラックも見えます。地上の大きな音が地下室に響き、外で異変が起きていることが伝わってきます。地下室には、このシェルター作りを手伝ったエメットと言う青年もいます。ミシェルはハワードに従順なフリをして地上に出る鍵を盗みますが、バレてしまい、鍵を持って出口まで走ります。二重扉のひとつを解錠、もうひとつを解錠しようとした時、外から顔の皮膚が爛れた女が中に入れて欲しいと懇願します。ハワードの恐怖と外界の恐怖の板挟みに凍りついたミシェルは、仕方なくシェルターで三人の生活を続けます。ハワードは、ミシェルの車を誤って横転させてしまったことを告白し謝罪、自分の娘ミーガンのことなど、身の上話を始めます。シェルターの空調機が故障、体の細いミシェルがダクトを通り抜けて空調室に入ります。彼女は 小窓の内側にHELPと血塗られた傷がつけられているのを発見、さらにハワードに見せられた写真の娘ミーガンが付けていた耳飾りを見つけます。写真をエメットに見せると、少女はミーガンではなく行方不明になった友人だと言います。ハワードとミーガンらしき女性の別の写真では、女性はハワードがミシェルに着せたのと同じTシャツを着ています。ミシェルとエメットは協力、シェルターを脱出する為に即席の防護服を作ります。異変に気づいたハワードは、過塩素酸が入った容器の蓋を空け、二人が防護服作りに使ったハサミとガムテープを見せて、脅します。エメットは咄嗟に嘘をついて謝罪しますが、ハワードに射殺されます。脱出を急ぐミシェルは、防護服を作っていることをハワードに気づかれ、ダクトに逃げ込みます。彼女は空調室で防護服を着込み、液化窒素で錠前を破壊、外に出ることに成功します・・・。【レビュー・解説】出演者の卓越したパフォーマンスによる密室劇で大部分が構成される本作は、プロモーションやタイトルのネーミングでミソをつけましたが、しっかりと作り込まれた、知的で緊張感に溢れる、筋の良い作品です。 日本での劇場公開時には、あまり評判の良くなかった映画です。否定的な評価は、予告編やポスターでネタバレしている「クローバーフィールド/HAKAISHA」の続編ではないといったものですが、そもそも「クローバーフィールド/HAKAISHA」も、本作の予告編も見ていない、ネタバレもそれほど気にしない私は、存分に楽しむことができました。映画評価サイト Rotten Tomatoes では、批評家、観客ともに、元祖「クローバーフィールド/HAKAISHA」よりはるかに高い評価を与えている、筋の良い作品です。本作の元となった脚本は、オープン・マーケットに売りに出されていた「The Cellar」という超低予算映画向け密室劇の脚本でした。2012年のヒットリストに載ったこの脚本をパラマントが購入し、J・J・エイブラムスの所有する製作会社バッド・ロボット・プロダクションズで書き換えられました。バッド・ロボットのクリエイティブ・チームには「クローバーフィールド/HAKAISHA」(2008年)の続編を制作するというアイディアもありましたが、「パシフィック・リム」(2013年)、「GODZILLA ゴジラ」(2014年)が公開されたため、怪獣映画の領域での勝負を避け、ボツとなりました。また、当初は監督・共同脚本にデイミアン・チャゼルが参加していましたが、「セッション」のプロジェクトに資金がついた為、途中で抜け、代わりにダン・トラクテンバーグが監督して迎えられました。バッド・ロボット・プロダクションズはカリフォルニアのサンタモニカにあり、「クローバーフィールド/HAKAISHA」の原題、Cloverfield は、会社の近くの Cloverfield Boulevard に因んでつけられたものです。Boulevard は並木道とか、大通りといった意味です。これに対して本作の 10 Cloverfield Lane の Lane は田舎の狭い道路、通りといった意味で、無理に日本風の住所に当てはめると、字詰草ヶ原十番といった感じでしょうか。「クローバーフィールド/HAKAISHA」が大都会(ニューヨーク)で起こった大事件であるのに対し、「10 クローバーフィールド・レーン」は田舎で遭遇した事件というニュアンスになります。公開直前に決めたこのタイトルをエイブラムス、トラクテンバーグ監督の両名はいたく気に入っていたようですが、日本の観客にはこのニュアンスが余り伝わらなかったのかもしれません。紆余曲折もあった本作ですが、低予算映画にしては質が良く、十分に楽しめる映画です。大部分を密室の心理劇が占めますが、信じて良いのか悪いのか良くわからない、怪しげな元軍人をジョン・グッドマンが巧みに演じています。モデル並みの身長、プロポーション、風貌を持ち、出演傾向からスクリーム女優とも呼ばれるメアリー・エリザベス・ウィンステッドですが、密室を脱出し、トーンがガラッと変わる終盤を含めて、大きな目を活かして実に良く演じています。シガニー・ウィーバーが演じた「エイリアン」のリプリーのように逞しくなっていくのかなと、将来を想像したくなるほどです。また、密室の中にも敵?、外に脱出しても敵?という設定の中での主人公の選択は、非常に興味深いものです。YouTube でトラクテンバーグ監督による密室からの脱出劇の短編を見たエイブラムスが、30代前半と若く長編未経験の彼を本作の監督して引っ張ってきたようですが、彼の起用は大成功だったのではないかと思います。買ってきた評判の良い脚本に「クローバーフィールド」をとってつけたようでもあり、終盤のトーンがガラッと変わる本作ですが、トラクテンバーグは下手に抗うことなく素直に撮っており、主人公の将来のさらなる変化(成長)を予感させるエンディングにも好感が持てます。彼は、予告編でのモンスターのほのめかしは、本編の急激な展開の違和感を和らげているとも語っています。J・J・エイブラムスはアメリカのプロデューサー、クリエイター、ドラマ・映画監督、脚本家、俳優、作曲家、製作会社バッド・ロボット・プロダクションズのオーナーで、「M:i:III」 (2006) 監督・脚本「クローバーフィールド/HAKAISHA」 (2008) 製作「スター・トレック 」(2009) 監督「SUPER8/スーパーエイト」(2011) 監督・脚本・製作「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル 」(2011) 原案・製作「スター・トレック イントゥ・ダークネス」 (2013) 監督・製作「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」(2015) 製作「スター・ウォーズ/フォースの覚醒 」 (2015) 監督・脚本・製作「スター・トレック ビヨンド(2016) 製作などを手がけています。彼は、本作について、「その精神、ジャンル、心、恐怖という要素、コメディの要素、奇異さの要素など、この映画の遺伝子と感じられる数多くの要素は、「クローバーフィールド/HAKAISHA」が生まれた土壌と同じだった。」(J・J・エイブラムス)と、語っています。関連性(縛り)が薄く、自由度の高い作品に、本作の様にブランド力のあるタイトルを付けて、新進の監督に機会を与えることは注目すべきアプローチです。しかし、彼が挙げるものの代名詞として「クローバーフィールド」を用いるのには少し無理があり、観客の厳しい評価に繋がった面もあるように思います。「クローバーフィールド」はいわば、エイブラムスのひとつの商品ブランドですが、監督も脚本もキャラクターも俳優も異なる作品に、共通する何かを埋め込み、観客がその何かを楽しみに「クローバーフィールド」が冠された映画を見に行く為には、もうひと工夫、必要そうです。もっとも、本作の続編「 God Particle」(2017年公開予定)は、Cloverfield の名を冠しておらず、エイブラムスはこうした縛りよりも自由を重んじているようにも見受けられます。いずれにせよ、新人監督を発掘、質の良い低予算作品を実現、興行的にも成功、そして次回作への注目を集めた本作は、大成功だったと言えるでしょう。メアリー・エリザベス・ウィンステッド (ミシェル)アメリカの女優。ホラー映画「ファイナル・デッドコースター」や「デス・プルーフ in グラインドハウス」、「遊星からの物体X ファーストコンタクト」、「リンカーン/秘密の書」など、ホラー映画への出演が多いことから、スクリーム女優とも呼ばれる。そういう意味では、ホラー要素もある本作ははまり役だが、そのパフォーマンスは「スクリーム女優」の枠に押しとどめておくにはもったいないと感じさせる。ジョン・グッドマン (ハワード)「バートン・フィンク」(1991年)、「ビッグリボウスキー」(1998年)と、コーエン兄弟監督作品で有名になった俳優。「カーズ」(2006年)、「モンスターズ・ユニバーシティ」(2012年)など、アニメ作品への出演も少なくない。本作のハワードは、作品の成否を握るといっても言いほど重要な役で、グッドマンの出演交渉は真っ先に行われたという、まさに彼のはまり役である。ジョン・ギャラガー・Jr (エメット)アメリカの俳優。ミュージカル「Spring Awakening」、「アメリカン・イディオット」など舞台への出演で知られ、トニー賞を受賞している。ウディ・アレン監督の「人生万歳!」など、映画にも出演している。本作では、ハーワードとは対照的な、ちょっと軽い感じの青年を好演している。シェルター内部かなり立派なシェルター、部屋数も多い。【動画クリップ(YouTube)】Portal: No Escape (Live Action Short Film by Dan Trachtenberg)【撮影地】序盤にミシェルが車で渡る橋序盤にミシェルが給油するガソリンスタンドシェルターがあった農場終盤にミシェルが郵便受けを車で押し倒す場所「10 クローバーフィールド・レーン」のDVD(楽天市場)【関連作品】J・J・エイブラムス監督・脚本・制作作品のDVD(楽天市場) 「M:i:III」 (2006) 監督・脚本 「クローバーフィールド/HAKAISHA」 (2008) 製作 「スター・トレック 」(2009) 監督 「SUPER8/スーパーエイト」(2011) 監督・脚本・製作 「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル 」(2011) 原案・製作 「スター・トレック イントゥ・ダークネス」 (2013) 監督・製作 「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」(2015) 製作「スター・ウォーズ/フォースの覚醒 」 (2015) 監督・脚本・製作 「スター・トレック ビヨンド」(2016) 製作メアリー・エリザベス・ウィンステッド出演作品のDVD(楽天市場)「グラインドハウス:デス・プルーフ in グラインドハウス」(2007年) 「ダイ・ハード4.0」(2007年) 「スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団」(2010年) スマッシュド 〜ケイトのアルコールライフ〜【動画配信】(2012年) 「The Spectacular Now」(2013年、日本未公開)ジョン・グッドマン出演作品のDVD(楽天市場) 「バートン・フィンク」(1991年) 「ビッグ・リボウスキ」(1998年) 「アーティスト」(2011年)「アルゴ」(2012年) 「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」(2013年)
2017年01月10日
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「トリコロール/赤の愛」(原題:Trois Couleurs: Rouge)は1994年公開のフランス・ポーランド・スイス合作のドラマ映画です。フランス国旗の青、白、赤の三色をモチーフにした「トリコロール」三部作の3作目で、クシシュトフ・キェシロフスキ監督・共同脚本、イレーヌ・ジャコブら出演で、「博愛」をテーマに、優しくオープンなモデルの女性と老いた元判事の心の触れ合いを描いています。第20回セザール賞で、作品、監督、主演男優、主演女優、音楽、脚本の6部門にノミネートされ、音楽賞を受賞、第67回アカデミー賞で、監督、脚本、撮影の3部門にノミネートされた作品です。 「トリコロール/赤の愛」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:クシシュトフ・キェシロフスキ脚本:クシシュトフ・ピエシェヴィッチ/クシシュトフ・キェシロフスキ出演:イレーヌ・ジャコブ(ヴァランティーヌ、大学生、モデル) ジャン=ルイ・トランティニャン(ヴェルヌ、元判事 ) ジャン=ピエール・ロリ(オーギュスト) サミュエル・ル・ビアン(カメラマン) ほか【あらすじ】ジュネーヴに住む大学生・ヴァランティーヌ(イレーヌ・ジャコブ)は学業の傍ら、ファッションモデルをして暮らしています。ドーバー海峡の向こうにいる恋人からの電話が心の支えですが、その恋人からは常に浮気を疑われ、ヴァランティーヌ自身も彼への愛に疑問を抱き始めています。一方、通りを隔てた部屋に住む法学生のオーギュスト(ジャン・ピエール・ロリ)は、年上の恋人を心の支えに、司法試験に向けて勉強の日々を過ごしています。ある日の夕暮れ、仕事の帰のヴァランティーヌは、飛び出してきた犬を車ではねてケガをさせてしまいます。犬の首輪についていた住所札をもとに犬の飼い主を訪ねたヴァランティーヌは、初老の男、ジョゼフ・ケルヌ(ジャン=ルイ・トランティニャン)と出会います。ジョゼフは、隣人の電話の盗聴に人生の真実を見いだす人間不信の塊のような老いた元判事でした。恋人同士、ヘロインの密売人、妻に秘密で同性愛の関係を続ける男たちの会話を聞きながら、彼はヴァランティーヌの博愛主義を冷笑し、彼女の話から彼女の抱える問題を言い当てます。盗聴を「卑怯だ」と憐れむヴァランティーヌに、判事は若き日のトラウマを打ち明け、判事とヴァランティーヌは次第に心を通わせていきます。ジョゼフは盗聴を自ら密告、法の裁きを受けます。一方、オーギュストは司法試験に合格するも、恋人が離れていき、悲しみに暮れます。ヴァランティーヌは自分の出演するファッションショーにジョゼフを招待、ショーの後、彼女はジョゼフから彼の過去について聞かされます。数日後、ヴァランティーヌは仕事の為にフェリーでイギリスに向かい、オーギュストも同じフェリーに乗り込みます・・・。【レビュー・解説】無垢で優しくオープンな主人公の女性と、老いた男の若い頃の人生を若い男がなぞる時間を超えた二重構造が交錯、「トリコロール」三部作を見事に締めくくる、キェシロフスキ監督の遺作となった完結編です。晩年はフランスでも活躍したクシシュトフ・キェシロフスキ監督は、ポーランド出身の映画監督・脚本家で、「デカローグ」(1989-1990年)、「ふたりのベロニカ」(1991年)、「トリコロール」三部作(1993-1994年)などで知られています。「トリコロール」三部作はフランス国旗を構成する三つの色、青(自由)、白(平等)、赤(博愛)をモチーフにした、愛をテーマにした作品群で、「トリコロール/青の愛」(1993年)「トリコロール/白の愛」(1994年)「トリコロール/赤の愛」(1994年)からなり、本作「赤の愛」」では「博愛」をテーマにしています。顔を見せないヴァランティーヌの恋人が、イギリスからスイスのジュネーブにいる彼女に電話をかけるところから本作は始まります。かけた電話はドーヴァー海峡を渡り、ヨーロッパ大陸に入ります。多くの人々が様々な言葉で話す声が重なる中、ヴァランティーヌへの電話は話し中となり、赤いランプが点滅します。電話は本作の鍵のひとつで、人々の関わりや繋がりを暗示しており、また、ヴェルヌ元判事の盗聴の大前提となっています。「青の愛」、「白の愛」同様、本作でもフォアシャドウイング(伏線、展開の暗示)による表現が随所に見られます。主人公のヴァランティーヌはジュネーヴに住む大学生兼ファッションモデルで、映画の序盤でスタジオ撮影をし、これがジュネーヴの交差点に広告の垂れ幕として張り出されます。映画の後半に、嵐が近づき、この垂れ幕が降ろされ、不吉な展開を暗示します。そして終盤によく似たカットが登場します。実際は先に終盤のシーンが撮影、これを見ながら後にスタジオで似たカットを撮影し広告にすることにより、フォアシャドウイングとしています。ヴァランティーヌは毎朝、スロットを一回だけ回すのですが、絵柄が揃うと不吉といいます。ある朝、スロットを回すと赤いチェリーが3つ揃います。3つというのが意味深ですが、これもエンディングに向けたフォアシャドウイングです。また、ヴァランティーヌは仕事仲間とボウリングに出かけますが、この時、同じフロアでオーギュストと年上の恋人もボウリングをしています。この時、二人が画面に映ることはありませんが、代わりに割れたコップが映し出され、二人に起こることを暗示します。スロットで揃うと不吉というのはセリフの中に明示的に出てきますが、これを除けば、フォアシャドウイングは自然にさり気なく使われており、気づかなくてもストーリーを追えるように撮影・編集されているのがキェシロフスキ監督の巧みなところです。むしろ、観客の潜在意識に訴えていると言った方が良いかもしれません。また、音楽、画作りを含めて、調和のとれた芸術性の高い作りになっている為、こうしたフォアシャードウィングによる象徴的表現が陳腐になることもありません。本作のテーマカラーは赤ですが、これも随所に使われています。代表的なものは、ヴァランティーヌのポスターの背景に使われる赤ですが、オーギュストのジープの色、ヴァランティーヌが毎朝、立ち寄るカフェ「ジョセフの店」の日よけの色も赤です。ジョセフはヴェルヌ元判事のファースト・ネームでもあります。ヴェルヌ元判事は既に色(愛)を失った男として描かれており、敢えてこのように間接的な関連付けが成されています。一方、オーギュストは前途もあり、恋人もいる青年ですが、ヴァランティーヌと同じフレームの中に現れることはあっても、彼女と話をすることはおろか、視線を交わすこともありません。しかし映画が展開するに従って、オーギュストは若い頃のヴェルヌ元判事と同じ経験をしていることが明らかになっていきます。ヴァランティーヌがヴェルヌ元判事の飼い犬をはねてしまったことから二人の接点ができるわけですが、彼女はヴェルヌ元判事が近隣の人々の電話を盗聴していることを知ります。仕事を辞め、世捨て人のようになった彼は、近隣の人々と交流することもなく、傍観者として電話を盗聴、人々の人生を反芻するだけです。そんな無気力な彼は、ヴァランティーヌの「息をするのをやめたら」という問いかけに、「それはいい考えだね」と答えます。ヴェルヌ元判事には、キェシロフスキ監督自身が色濃く反映されています。「白の愛」では、監督のポーランド人としての平等観が感じられましたが、本作では、映画監督・脚本家として常に人々を観察する彼自身、老いつつある彼自身が投影されています。本作を撮影した時、彼は50代前半ですが、何かに憑かれたかのように三部作をたて続けに撮影し、引退宣言した彼は、実年齢以上に消耗していたのかもしれません。ヴェルヌ元判事を演じるジャン=ルイ・トランティニャンは、若い頃、法律家を志していましたが、映画の世界に転じ、クロード・ルルーシュ監督の「男と女」(1966年)の主演で名を馳せました。知的で温厚な印象の二枚目のスターでしたが、撮影時は60代前半と既に若くはありません。また、映像作家のような個性的な監督らと組ことが多かった彼は、老いて杖つき、ヤカンのお湯もこぼしてしまうような老人を見事に演じていますが、かつて法律家を志していたこと、「Z」(1969年)で判事を演じたことがあることも含めて、絶妙なキャスティングといえます。本作のヴァランティーヌを「老人好みの女性」と評した人がいますが、これは全く当たっていないわけではないかもしれません。キェシロフスキ監督自身の投影であるヴェルヌ元判事の人物像は最初の脚本から深く描かれていましたが、イレーヌ・ジャコブをイメージして書かれたヴァランティーヌは理想的な女性であるものの、人間的な厚みが描き込まれていませんでした。この脚本を読んだイレーヌ・ジャコブは、すべてに満足している理想的な女性が人生のイベントを終えてしまったような老人に興味を持つはずがないと、キェシロフスキ監督に話し、恋人とうまくいっていない母とうまくいっていない弟が麻薬に手をだしているというヴァランティーヌ像が書き加えられました。「青の愛」、「白の愛」同様、本作にも老人が空き瓶を捨てようとして投入口に手がとどかないというシーンが挿入されていますが、「青の愛」では、陽の光と戯れ、自由を満喫するジュリーは、老人に気づかない「白の愛」では、寒空のパリに無一文で放り出されたカルロは、老人を笑う「赤の愛」では、ヴァランティーヌが老人の元に歩み寄り、瓶を捨てるのを手助けするという、各主人公の異なる反応を描かれています。これらは三部作を緩く結びつける象徴的要素で、「赤の愛」でようやく主人公が手助けする訳ですが、前二作を観た人はヴァランティーヌのキャラクターと本作のテーマである「博愛」がより強く印象づけられます。ヴァランティーヌは優しくてオープンな性格で、たとえ悩みを抱えていても誰にでも明るく挨拶できるような女性として描かれています。当時のインタビュー・ビデオを見ると、イレーヌ・ジャコブそのものという印象です(強いて言えば、イレーヌ・ジャコブの方がより明るい印象)。彼女はキェシロフスキ監督の「ふたりのベロニカ」(1991年)を主演、カンヌ国際映画祭女優賞を受賞していますが、キェシロフスキ監督がトリコロール三部作の完結編である本作に再びイレーヌ・ジャコブを起用した背景には、彼の強いこだわりがあったことは間違いありません。彼女が育ったジュネーヴに舞台を設定、彼女をイメージしながら脚本を書いているばかりか、彼女が子供頃に憧れた名前を聞き、主人公をヴァランティーヌと名付けています。キェシロフスキ監督にとってヴァランティーヌは、まさにイレーヌ・ジャコブそのものです。キェシロフスキ監督とイレーヌ・ジャコブは親子ほど年が離れていますが、キェシロフスキ監督が自身を投影したこの作品を観ていると、そこには父性愛のみではない、男性としての愛情が混じっていたのではないかと感じられる部分もあります。<ネタバレ>エンディングは見事と言うしかありません。お互いを知らぬままヴァランティーヌとオーギュストが乗ったフェリーが、ドーヴァー海峡で遭難、ヴァランティーヌとオーギュスト、そして「青の愛」のジュリーとオリヴィエ、「白の愛」のカロルとドミニクが、奇跡的に救出されます。ここまでほぼ独立に描かれてきた3つの物語が群像劇のように一気に結合し、自由、平等、博愛がテーマの独立したドラマが、あたかもフランス国旗のように広い世界観の中で隣接して結びつくドラマであることが、印象づけれらます。この時点で、恐らくヴァランティーヌとオーギュストはまだ言葉も交わしていないのですが、「青の愛」、「白の愛」で困難を乗り越えたジュリーとオリヴィエ、カロルとドミニクとともに救出されたことは、彼らの間柄も成就することを暗示します。ヴェルヌ元判事はヴァランティーヌと出会うことにより、長く凍てついていた心を開くことができました。奇しくも若い頃のヴェルヌ元判事の経験をなぞりつつあったオーギュストは、ヴァランティーヌに出会ったことにより、元判事のように長く心を閉ざし、無為な人生を過ごさずに済むでしょう。「青の愛」ではジュリーの愛の再生が欧州統合の為の協奏曲の完成と見事に重なり合いましたが、本作の老いた男の若い頃の人生を若い男がなぞるという時間を超えた二重構造とヴァランティーヌが交錯するいう構成も見事と言うしかありません。<ネタバレ終わり>本作ですべて出しつくしてしまったのでしょうか、キェシロフスキは映画監督からの引退を宣言、演劇学校で新人俳優の指導に当たります。その後、復帰を宣言し、ダンテの「神曲」をモチーフにした「天国・地獄・煉獄」三部作の脚本に取り掛かりますが、1996年に心臓発作の為、54歳の若さで逝去、残念ながら本作が遺作となってしまいました。イレーヌ・ジャコブ(ヴァランティーヌ、大学生、モデル)ジャン=ルイ・トランティニャン(ヴェルヌ元判事 )ジャン=ピエール・ロリ(オーギュスト)【サウンドトラック】 「トリコロール 赤の愛」オリジナル・サウンドトラック1. 運命のいたずら (ポーリッシュ・ヴァージョン)2. ファッション・ショー13. 判事を訪ねて4. 盗聴5. 判事と別れたあと6. 精神分析7. 誰も知らない誕生日8. 他人の妻と19. 背信10. ファッション・ショー211. 劇場で交わした会話12. …そして告白13. 他人の妻と214. 大災害15. フィナーレ16. 運命のいたずら (フレンチ・ヴァージョン)【撮影地(グーグルマップ)】ヴァランティーヌが毎朝、立ち寄る店があった場所ヴァランティーヌはここの二階に住んでいた。オーギュストが住んでいた部屋ヴァランティーヌが住んでいた部屋の通りを挟んだ向かい側。ヴェルヌ元判事の家に通じる坂道ヴァランティーヌのポスターが掲げられていた場所オーギュストの年上の恋人が他の男と食事をしていた店 「トリコロール/赤の愛」のDVD(楽天市場)【関連作品】トリコロール三部作のDVD(楽天市場)「トリコロール/青の愛」(1993年) 「トリコロール/白の愛」(1994年)「トリコロール/赤の愛」(1994年)クシシュトフ・キェシロフスキ監督xイレーヌ・ジャコブのコラボ作品のDVD(楽天市場) 「ふたりのベロニカ」(1991年)クシシュトフ・キェシロフスキ監督作品のDVD(楽天市場) 「傷跡」(1976年) 「終わりなし」 (1985年)「殺人に関する短いフィルム」(1988年) 「愛に関する短いフィルム」(1988年) 「デカローグ」 (1989-1990年)イレーヌ・ジャコブ出演作品のDVD(楽天市場) 「さよなら子供たち」(1987年)・・・北米版、リージョン1,日本語なし 「秘密の花園」(1993年)ジャン=ルイ・トランティニャン出演作品のDVD(楽天市場)「危険な関係」(1959年) 「追い越し野郎」(1962年)・・・北米版、リージョン1,日本語なし「男と女」(1966年) 「女鹿」(1967年) 「Z」(1969年) 「モード家の一夜」(1969年) 「暗殺の森」(1970年)「日曜日が待ち遠しい!」(1983年) 「アンダー・ファイア」(1983年) 「ロスト・チルドレン」(1996年) 「愛、アムール」(2012年)
2017年01月07日
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「レヴェナント: 蘇えりし者」(原題:The Revenant)は、2015年公開のアメリカの伝記映画です。マイケル・パンクの小説「蘇った亡霊:ある復讐の物語」を原作にアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督、レオナルド・ディカプリオ、トム・ハーディら出演で、アメリカの西部開拓時代を生きた実在の罠猟師ヒュー・グラスの半生と、彼が体験した過酷なサバイバルの旅を描いています。第88回アカデミー賞で、監督賞(アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ)、主演男優賞(レオナルド・デカプリオ)、撮影賞(エマニュエル・ルベツキ)を受賞した作品です。 「レヴェナント: 蘇えりし者」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ脚本:マーク・L・スミス/アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ原作:マイケル・パンク「蘇った亡霊:ある復讐の物語」撮影:エマニュエル・ルベツキ出演:レオナルド・ディカプリオ(ヒュー・グラス) トム・ハーディ(ジョン・フィッツジェラルド) ドーナル・グリーソン(アンドリュー・ヘンリー) ウィル・ポールター(ジム・ブリッジャー) フォレスト・グッドラック(ホーク) ポール・アンダーソン(アンダーソン) クリストッフェル・ヨーネル(マーフィー) ジョシュア・バーグ(スタビー・ビル) ドウェイン・ハワード(エルク・ドッグ) メラウ・ナケコ(ポワカ) ファブリス・アッデ(トゥーサン) アーサー・レッドクラウド(ヒクク) クリストファー・ロザモンド(ブーン) ロバート・モロニー(デイヴ・ストマック・ウーンド) ルーカス・ハース(ジョーンズ) ブレンダン・フレッチャー(フライマン) タイソン・ウッド(ウェストン) マッカレブ・バーネット(ベケット) グレイス・ドーヴ(ヒュー・グラスの妻) ブラッド・カーター(ジョニー) ほか【あらすじ】1823年、西部開拓時代のアメリカ北西部、極寒の荒野の中、狩猟をして毛皮を採取するハンターチームはネイティブアメリカンの一団に襲われ多大な犠牲にあいながら命からがら船で川を下ります。チームのひとり、ヒュー・グラス(レオナルド・ディカプリオ)はネイティブアメリカンの妻との間にできた息子、ホーク(フォレスト・グッドラック)とともにガイドとして同行しています。船を捨て山越えルートを選んだチームは森で野営します。翌早朝、グラスは見回り中に子連れの熊に襲われて喉を裂かれ、瀕死の重傷を負います。急ごしらえの担架でグラスを運びますが山越えには足手まといであること、瀕死でもあることから、隊長のアンドリュー・ヘンリーが死ぬまで見届け埋葬する者を募り、ホークとジョン・フィッツジェラルド(トム・ハーディ)、若いジム・ブリッジャー(ウィル・ポールター)が残ることになります。ジョンは2人がいない時にグラスを殺そうとします。これをホークが見つけ銃を向けますが、返り討ちにあい、殺されてしまいます。ジョンはジムを騙しグラスに軽く土をかけただけでその場を離れます。最愛の息子が殺されるのを見ていたグラスは奇跡的に一命をとりとめ、厳しい冬の寒さに耐え、交戦中の部族の熾烈な襲撃をかわしながら、ジョンを追って約300キロにわたる過酷な旅に出ます・・・。【レビュー・解説】妥協しない演出のもと、美しく厳しい自然を背景にデカプリオが渾身の演技を見せる、迫力の復讐劇ですが、欲を言えば脚本にわずかばかり挑戦が欲しい作品です。イニャリトゥ監督と撮影のエマニュエル・ルベツキは自然光での撮影、特にマジックアワーと呼ばれる1日1時間半程度の黄昏時の撮影にこだわり、過酷なロケ地での撮影は9ヶ月間、延べ90日にも及ぶなど、妥協を配した演出・撮影だったようです。極寒の中で水に濡れることは非常に危険なので、安易に川の中に入る演出はちょっと抵抗がありますが、厳しく、美しい自然の描写が素晴らしく、またグラスが熊と戦うシーンのCGも実写かと思うほどです。本作で、念願のアカデミー主演男優賞を受賞したレオナルド・ディカプリオのパフォーマンスも素晴らしいです。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の作品は、どれも素晴らしいものです。「BIUTIFUL ビューティフル」(2010年)は観ていないのですが、「アモーレス・ペロス」(2000年)「21グラム」 (2003年)「バベル」(2006年)「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(2014年)はいずれも、心に残る作品です。「アモーレス・ペロス」、「21グラム」、「バベル」は、ギジェルモ・アリアガが脚本を書いています。「BIUTIFUL ビューティフル」以降は、イニャリトゥ監督がアリアガ以外の脚本家と共同脚本の形で組んでいますが、「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」を除けば、心に残る作品はアリアガの脚本です。イニャリトゥ監督の初期の作品は、アリアガの脚本なしには語れないと言っていいかもしれません。何故、脚本の話をしたかと言うと、本作はイニャリトゥ監督の妥協しない演出エマニュエル・ルベツキの素晴らしい映像レオナルド・ディカプリオの迫真の演技と、いずれも頭抜けていますが、脚本がちょっと弱い気がするのです。モデルとなったヒュー・グラスは、実は、結婚していたという記録も、子供がいたという記録もないブリッジャーにも、フィッツジェラルドにも復讐していない奇跡の生還から約10年後、先住民に襲われて命を落としているのであり、この映画が史実に基づいているのは、熊に襲われ、仲間に見捨てられにもかかわらず、奇跡の生還をした部分のみです。即ち、先住民の女性と結婚しており、子供(ホーク)がいた妻が騎兵隊に、ホークがフィツジェラルドに殺されたグラスがフィッツジェラルドに復讐するというのは、すべて脚色です。もちろん、脚色してはいけないということではありませんが、グラスを先住民の女性と結婚をさせ、その妻を騎兵隊に殺させ、その子供をフィッツジェラルドに殺させ、愛するものを奪われたグラスに復讐させるという脚色の構図は、マイナリティが関わる問題に関して、グラスにいとも簡単に特等席を与えてしまっています。これでは単純な勧善懲悪の構図の作り方と、あまり変わりありません。人間のドラマはそうした単純な構図に収まらないところにあるはず、イニャリトゥ監督、ルベツキの撮影、ディカプリオ、そしてトム・ハーディという、錚々たる面子ならば、もう少し期待したくなってしまいます。決して悪い映画ではない、素晴らしい映画なのですが、イニャリトゥ監督の他の作品と比較すると、どうしても要求水準が高くなってしまいます。 2000年以降、ハリウッド映画の予定調和的な世界が行き詰まる中、イニャリトゥ監督とアリアガのメキシコ人コンビの作品や、イギリス風味の効いた作品群が、いい意味でハリウッド映画に影響を与えてきた気がしますが、すっかりのメジャーになったイニャリトゥ監督の今後の作品のあり方が注目されます。レオナルド・ディカプリオ(ヒュー・グラス)トム・ハーディ(ジョン・フィッツジェラルド)ウィル・ポールター(ジム・ブリッジャー)ドーナル・グリーソン(アンドリュー・ヘンリー)フォレスト・グッドラック(ホーク)グレイス・ドーヴ(ヒュー・グラスの妻)【サウンドトラック】 【輸入盤】Revenant [ レヴェナント: 蘇えりし者 ]サウンドトラックは坂本龍一の作曲で、第59回グラミー賞にノミネートされています。1. "The Revenant Main Theme" 2. "Hawk Punished" 3. "Carrying Glass" 4. "First Dream" 5. "Killing Hawk" 6. "Discovering River" 7. "Goodbye to Hawk" 8. "Discovering Buffalo" 9. "Hell Ensemble" 10. "Glass and Buffalo Warrior Travel" 11. "Arriving at Fort Kiowa" 12. "Church Dream"13. "Powaqa Rescue" 14. "Imagining Buffalo" 15. "The Revenant Theme 2" 16. "Second Dream" 17. "Out of Horse" 18. "Looking for Glass" 19. "Cat & Mouse" 20. "The Revenant Main Theme Atmospheric" 21. "Final Fight" 22. "The End"23. "The Revenant Theme (Alva Noto Remodel)" 【動画クリップ(YouTube)】グラスが熊に襲われるシーン 「レヴェナント: 蘇えりし者」のDVD(楽天市場)【関連作品】「レヴェナント: 蘇えりし者」の原作本(楽天市場) マイケル・パンク「レヴェナント 蘇えりし者 」アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督作品のDVD(楽天市場) 「アモーレス・ペロス」(2000年) 「21グラム」(2003年) 「バベル」(2006年) 「BIUTIFUL ビューティフル」(2010年) 「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(2014年)
2017年01月06日
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