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2024年06月02日
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先月の頭頃に剣吉駅から十六番札所:斗賀観音まで歩いてきました。神社の正面にある道は線路近くで突き当たるまで、長く長く伸びています。遠くからも鳥居が見え、古くからの参道が今尚残されていると感じます。

奥州南部糠部三十三観音十六番札所:斗賀観音

天気が良くて非常に気持ちが良いです。車で斗賀神社の前を通った時に、田んぼや道路を貫き走る参道を見つけたので、歩いてみることに



大分近づいてきました。一の鳥居です。



二を飛ばして三の鳥居、到着です。現在は参道を跨ぐように道路が走っていますが、昔はどのような道割だったんでしょうかね。歩いていてすごく気持ちが良かったです。



鐘楼です。神社に鐘ということは、神仏混淆の痕跡ですねぇ。



手水です。龍がえらくかっこよかったです。



小石祠です。この隣に観音像があるんですが、損傷がひどく映せる状態ではありませんでした。これも元は何を祀っていたのか気になります。



拝殿裏手に十和田神社参道登り口がありました。十和田湖の十和田神社ではなく、近くに池がある小さな分社につながる道だそうです。そこの水が南祖坊の産湯に使われたらしいんです。



末社の社です。山の神とかでしょうか。




よく見ると霊現山という額があります。山号の額だと思うんですが、これも神仏混淆の痕跡の一つですね



御祭神:伊邪那美尊・月読尊・猿田彦命

例祭:9月17日

由緒
 大同二年 (807) 六月十七日、 将軍 田村利仁 が勅旨を奉じ、 二條関白太政大臣藤原有家の遺跡巡察に際し、 当霊現山斗賀の里に当神社を創建したと伝えられる。
 明治六年四月二十日、 村社に列格される。
 明治四十年三月四日、 幣帛供進神社として指定される。
 境内にある昭和五十一年九月十七日に竣工の鐘堂の撞鐘は、 四代八戸藩主南部広信公の寄進によるものである。 又、 糖部三十三観音の十六番札所ともなっている。
​​ 青森県神社庁 / 斗賀神社 ​ より抜粋




「南祖の坊(十和田湖伝説)」誕生の地

名川町斗賀の「斗賀凉現堂」(斗賀神社)は、十和田湖の守り神「南祖の坊」の誕生の地と伝えられている。
その昔、京の都の公家の藤原有家卿が、故あって陸奥に流された。
この地で熊野大権現に、子宝を授けて下さるよう祈願をし、男の子どもが生まれて南祖丸と名づけられた。
この子は大変に利発聡明で、山を一つへだてた七崎村(現在八戸市豊崎)永福寺で勉学に励み、師匠の日体和尚をおどろかす程学識を身につけた。
十七才の時、名前を南祖の坊と改め、故郷をあとに、全国行脚の修行の旅に出た。
そして、熊野大権現の霊示を受けた南祖の坊は、十和田の山中で「八の太郎」と戦って勝利をおさめ、十和田湖の守り神となった。「青龍大権現」として湖畔の「十和田神社」に奉られて今も、水の神豊作の神として、信仰を集めている。
「斗賀凉現堂」の境内には、「十和田神社」のお宮もある。そのほか、ここは糠部三十三観音「第十六番札所」であり、お宮には、正平21年(1366年)の鰐口や、享保4年(1719年)の梵鐘も残されている。

南部町教育委員会

藤原有家は平安~鎌倉時代頃の人と言うことで、南祖坊伝説が生まれたのは、それ以降ということになるのかなぁ。とにかく南部町にある古刹ということは確かです。そして恐らく山岳信仰や修験道と結びつきが深いことは言えると思います。十和田神社の記事もいつか書きたいですね。写真はあるんですが・・・ね?

御詠歌
あり難や 外家涼現堂の観世音 五障の霞み 内に残さじ
ありなんや とがりょうげんどうのかんぜおん ごしょうのかすみ うちにのこさじ

札所本尊:十一面観音 एकदशमुख

今回貰った御朱印です。



以上です。

次の記事
十七番札所:相内観音 陸奥統治の足掛かりとした観音堂


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最終更新日  2024年08月15日 14時00分29秒
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