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2024年08月30日
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カテゴリ: 東京十社めぐり
地下鉄で移動中、溜池山王という駅を見つけてこれはと思い調べてみると、大きな山王社があるようです。後日行ってみると、ビジネス街のど真ん中に立派な山王鳥居が建っていました。遥か先に見える堂宇を目指して参道を登ります。


日枝神社


いやー、デカい。とにかくデカい鳥居です。山王日枝神社とある扁額が掛けてあります。背後には長ーーーい階段が見え、これを登らないといけないのかとげんなりしていると・・・さすが東京、エスカレーターが併設されていました。文明の利器を利用して参拝します。
ちなみにこの長い階段は山王橋と呼ばれているそうです。



エスカレーターを登り切ると案内板がありました。今回左側に書いてある稲荷参道、下の日枝あかさかなどが見られなかったので、もしまた行けたらそこも見たいですね。



工事中ですが南神門です。



宝物殿です。
徳川家に関連する宝剣や権現頭、神社の浮世絵などが納められています。入場は無料でした。
下のサイトから展示品の一部を見ることが出来ます。

・皇城の鎮 日枝神社 / 宝物殿ギャラリー



宝物殿の右手にさざれ石がありました。大きな神社でよく見かけます。東北だと出羽三山社、秋田護国神社(秋田城跡)などにもありましたね。



説明書きです。



さざれ石

元は「小さな石」の意味で、国歌「君が代」の歌詞に詠まれその名を知られる。
学名を「石灰質角礫岩」といい、岐阜県揖斐郡春日村の山中から発掘される。
石灰質が長い年月をかけて雨水に溶解され、それにより生じた粘着性の強い乳状液が小石を結集して大きくなり、一つの大きな岩の塊(巌)に変化したものである。

昭和56年6月17日 小林文治殿奉納

国歌「君が代」
君が代は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで

手水舎です。複数ある内これは日枝神社のものでしょう



手水舎の脇も参道の一つです。こちらが表参道で、山王男坂と呼ばれます。説明書きには・・・
山王男坂
山王男坂は日枝神社の表参道で、左側のゆるやかな坂”女坂”に対しその名が付けられています。二つの坂を比較して急な坂を男坂、緩やかな坂を女坂と呼ぶことは各地にみられます。石段は五十三段。山王台地は又の名称を星が岡ともいう景勝の地でした。




拝殿に行く前に、境内社を見に行きます。これが境内社側の手水です。



お堂が二つくっついた独特の形状をしています。
左が山王稲荷神社、右が八坂神社・猿田彦神社です。



右側の八坂神社・猿田彦神社の本殿です。
ここでは庚申の日に庚申祭(特別祈祷・道開き参拝)が開かれます。時間は10:30~12:00、定員30名、初穂料1万円でFaxでの申し込みとなります。詳細は公式ホームページでご確認下さい。







左側の山王稲荷神社の本殿です。千代田区指定文化財に指定されています。



説明書きです。



山王稲荷神社本殿 / 狛犬

山王稲荷神社本殿 千代田区指定文化財 昭和63年(1988年)4月1日指定
稲荷神社は、山王社が万治2年(1659年)麹町隼町から現在地に移される以前から、この場所に鎮座していたと考えられます。明暦3年(1657年)の大火で焼失しましたが、万治2年(1659年)の山王社の造営に合わせてこの稲荷神社も造営されたと考えられます。
その後、江戸時代の火事や地震、関東大震災、戦時下の空襲などで境内の建造物は被害を受けて建替えられていますが、この稲荷神社本殿はそれらを免れて残った千代田区内で唯一の江戸時代初期の木造建築です。建築様式は、関東では珍しい縋破風形式の春日造です。

狛犬 千代田区指定文化財 平成12年(2000年)4月1日指定
この狛犬は文政3年(1820年)、神田神社境内に鎮座していた南伝馬町天王社に奉納されたものでした。しかし、明治18年(1885年)2月13日未明に神田神社周辺で起きた火災により天王社本殿などが焼失したため、南伝馬町(現在の中央区京橋一~三丁目)の氏子たちは新たに日枝神社境内に鎮守として祇園社を造営しました。狛犬は明治34年(1901年)に日枝神社境内に移転、再設置されたと考えられます。

扁額です。



正面神門です。神猿に因んでか、門には神主姿をした猿が納められています。



こんな感じ。比叡山の守り神たちです。
日吉大社のサイトに面白い説明書きが有ったので載せますね。
神猿(まさる)について

神猿さんは魔除けの象徴
猿は全国各地に生息しておりますが、古来より日吉といえば猿といわれ、魔除けの象徴として大切に扱われるようになりました。「まさる」は「魔が去る」「勝る」に通じ、大変縁起のよい神のお使いです。

全国約3,800社の分霊社と神猿
全国には「日吉神社」「日枝神社」また「山王神社」とよばれる日吉大社の神様の御霊みたまをお分けした「分霊社」が約3,800社ございます。それらは方除の神様として、武士がお城や屋敷を建立するにあたり分霊されました。
また「山王」とは日吉の神様の別名で、天台宗・比叡山延暦寺の守護神としての性格を意味します。それを「山王信仰」といい、天台宗のお寺の広がりと共に日吉の神様がまつられました。こうして全国に分霊社が増えるに伴い、「日吉さんといえばお猿さん」といわれるほど、魔除けの神猿さんも広く知れ渡りました。



いよいよ拝殿です。平日にも関わらず沢山の参拝者がお参りにきていました。外回りのついでに・・・といった感じでしょうか、スーツ姿の人も多かったです。僕もその一人なんですがね。



御由緒です。
ご由緒
当社は武蔵野開拓の祖神・江戸の郷の守護神として 江戸氏 が山王宮を祀り、さらに文明10年(1478) 太田道灌公 が江戸城内に鎮護の神として川越山王社を勧請し、神威赫赫として江戸の町の繁栄の礎を築きました。
やがて天正18年(1590) 徳川家康公 が江戸に移封され、江戸城を居城とするに至って「城内鎮守の社」「徳川歴朝の産神」として、又江戸市民からは「江戸郷の総氏神」「江戸の産神」として崇敬されました。

二代秀忠の時の江戸城大改造の際、城内紅葉山より新たに社地を江戸城外に定め、社殿を新築して遷祀されました。

世に元山王と称する地は今の隼町国立劇場附近です。この時から別当神主を定め、神社の規模は広大に整い、広く一般衆庶も参拝し得る道を開きましたが、明暦3年(1657)の大火に社殿炎上の災に遇いました。時の将軍 家綱 は直ちに赤坂の溜池を望む松平忠房の邸地を官収して社地に充て、結構善美を尽くした権現造の社殿を造営・遷祀して、天下奉平、万民和楽の都を守護する祈願所として崇敬しました。

明治元年東京奠都と共に勅使奉幣が行われ、御西下御東幸に際しては御途中御安全の御祈祷を修せしめられ、明治2年7月天下水患にあたり勅使祈晴の御事があり、宮妃御懐妊の際は御安産の御祈祷を修せられ、皇室典範・帝国憲法の制定を始めとして開戦及び平和回復等の重大事に際しては、常に勅使参向御奉告が行われ、畏くも大正天皇儲宮にまします時、御参拝があり、明治天皇は御愛蔵の御太刀一振(長光)を御進献あそばされました。

萬治2年御造営の社殿は、江戸初期権現造の代表的建物として国宝に指定されていました。昭和20年5月戦禍に遭い、末社山王稲荷神社を残し悉く烏有に帰しましたが、氏子崇敬者の赤誠奉仕により「昭和御造営」の画期的な大事業が企画され、昭和33年6月本殿遷座祭齋行、引き続き神門・廻廊・参集殿が逐次完成、更に末社改築、摂社の大修築、神庫校倉の改造等を相次いで行ない、全都をあげて之を慶賀し、昭和42年6月奉祝祭が先ず齋行され、この間、昭和33年6月現社地御鎮座三百年祭を齋行し、ここに昭和24年復興後援会発足以来10年に亘る歳月を以て、山王台上に再び大社の偉容を拝するに至りました。

昭和52年7月江戸城御鎮座五百年奉賛会が結成され、昭和53年6月500年を祝する式年大祭を厳修し、昔をしのぶ天下祭にふさわしい山王神幸祭の復元、尚記念事業として、「日枝神社史」の刊行「宝物殿」の建築、本殿以下社殿の修繕、境内整備等が実施されました。


社格
当神社は江戸城の鎮守として徳川家の崇敬は特に篤く、将軍世嗣、子女及諸大名等の社参は絶えることなく、毎年正月・6月には使いを遣わして幣を奉り、国家事ある時には必ず祈祷を修し、崇敬他に異なるものがありました。

東京奠都の後明治元年11月8日准勅祭社に、同2年7月2日祈年奉幣の列に入り、同5年5月8日府社に定められましたが、皇城の鎮護たる故を以て同15年1月11日官幣中社に列せられ、大正天皇御即位にあたり、更に昇格して官幣大社に列せられ、終戦と共に社格は廃せられましたが、宗教法人として都民の尊信を専らにしてかわることなく今日にいたっています。


御祭神
大山咋神(おおやまくいのかみ)

相殿に鎮まります神々
国常立神(くにのとこたちのかみ)
伊弉冉神(いざなみのかみ)
足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)

拝殿左側に子を抱えた猿の像がありました。子育てと関係した謂れがありそうです。



拝殿の右側には山王夢伽殿?です。ここで祈祷が行われます。



斜めから。
江戸時代以前から現在まで、江戸の地に鎮座し崇敬を集めてきた古社でした。毎年6月ころに開かれる山王祭は日本三大祭の一つであり、且つ江戸三大祭の一つでもあります。神輿や山車の行列だけでなく、能や神楽も行われる非常に豪勢な内容です。今年はもう終わってしまったようですが・・・いつかは見てみたいっ!
祭の内容は下のリンクから確認できます。

・日枝神社 山王祭 / 山王祭とは



今回貰った御朱印です。



以上です。






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最終更新日  2024年08月30日 23時27分54秒
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