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2024年12月28日
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三十二番札所は大鰐の苦木という集落にあります。周りはリンゴ畑だけで、ある意味津軽らしい雰囲気を放っている札所です。熊野神社の境内に鎮座する小ぶりの観音堂で、南北朝時代の頃から存在していた歴史ある仏閣です。


津軽三十三観音霊場三十二番札所:熊野神社 苦木長谷観音堂
​​ ​​



苦木集落は大鰐と碇ヶ関の間にある小さな集落です。国道7号から脇に逸れ、平川にかかる橋を渡るとたどり着きます。集落内の道は狭く、とても車ではすれ違う事さえ出来ません。そんな古村の風情を残す村を山手の方に進んでいくと、急な上り坂が見えてきます。ここから熊野神社に入ることが出来ます。



階段下には摂社の祠があります。龍神宮と呼ばれ、傍らには小祠が置かれています。小さな池も隣接し、水に関係する神格が祀られていたことを表しています。



参道の階段を上り切ると更に鳥居がありました。



鳥居脇には名も分からぬ小祠が二つ置かれています。



祠内には子宝神社と書かれた木幣と、木花咲耶姫命と思しき木像が置かれてあります。



こっちは姥石神社とうっすら読めますね。八甲田山を隔てた南部側にも似たような名前の神社が有りますが、なにか関係が有るんでしょうか。祠の隣には意味ありげな岩塊が置かれています。

・七戸町:婆古石神社 巨石を祀る苔生す神社



熊野神社の拝殿です。トタンで強化された拝殿内には、絵馬がいくつも飾ってあります。ページ最後で紹介していますので見てみてください。







斜めから。構造的に手前の拝殿は後になってから増築されたもので、もとは本殿がむき出しで置かれていたものと思われます。



こちらは山神社です。なぜかこれだけ石造りの社殿です。



そして観音堂です。



扁額には正(聖)観音とあります。



御由緒です。




苦木長谷観音堂

 苦木長谷観音堂は、津軽三十三観音の32番札所である。天文のころ(1532~1554年)長谷堂の地名で呼ばれていることから、南朝の武将水木堅正が熊野平館を築き、観音像を安置したと伝えられている。
 明治6年(1873年)の神仏分離令で観音堂は熊野宮になった。


さらにこちらの由緒も見てみましょう。
苦木観音長谷堂(津軽三十三観音霊場)

 津軽三十三観音霊場の第32番札所です。
 寛永9年(1632年)村中により創建と伝えられている神社です。天保年間(1831~1845年)には女修験者や神官により2度観音像が盗まれていますが、いずれも無事に戻り現在に至ります。

 長慶天皇は南北朝時代に足利尊氏と戦って敗れ津軽に亡命し、元相馬村で崩御します。その家臣である武将水木監正の一族が、天皇崩御の後、この苦木の地に住み着いた後、集落を作り、16世紀半ばに熊野平舘を築き観音像を安置しました。

 津軽三十三観音霊場の第32番札所となっています

公式ガイドブックの方では・・・

・・・1850年代には本尊である観音像が女修験者や神官により2度の盗難に遭うも無事に戻ってきた。明治の神仏分離令により廃堂、跡地に熊野宮が建立されるも明治中期には観音堂が再建された。・・・


とあります。



観音堂斜めから。
この観音堂は明治中期になって再建されたものですが、今でも蝋燭立や札掛け所、線香台が備えられるなど、キレイに管理されています。神仏分離による廃絶から立ち直った力強い観音札所です。御堂にかけられた千羽鶴から崇敬の篤さが伝わってくるようです。



ちなみに朱印所は苦木集落の中心にある小屋です。僕は冬季に行ったんですが、ここではなく集落入り口のコミュニティーセンターで朱印をいただきました。時期によって朱印所が変わる可能性があるので、地域の方に尋ねてみましょう。




幾度も 法に歩みを運ぶなり 甘き苦木は 後の世のため

本尊:聖観音 आर्यावलोकितेश्वर

以前貰った御朱印です。



以上です。

次の記事
・三十三番札所:観音山 普門院 巡礼のシメとなるお山の観音堂

調子に乗って撮った写真ギャラリー

拝殿内の絵馬
天ノ岩戸



白馬



神宮皇后と武内宿禰

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最終更新日  2025年07月15日 07時15分52秒
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