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檛木山 龍淵寺
曹洞宗 嶺応山梅林寺末寺
開山:嶺応山梅林寺八世 不歩雲甫和尚
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当時のたたずまいは知るすべもないが、龍淵寺の開山は、津軽為信が津軽統一を完成した翌年の慶長2年(1597年)と伝えられる。弘前・梅林寺八世の不歩雲甫和尚が隠居の庵として建てたといわれ、その後、慶安2年(1649年)、三世の節山雲貞和尚の代に寺院を建立、寺号を檛木山龍淵寺とした。今でも境内西方に岩木川が流れているが、当時はもっと迫り、大きな淵に竜神がいると信じられ龍淵寺と命名されたともいう。
藩政時代の板屋野木村は、津軽藩の岩木川流域の物資の集散地として隆盛をきわめ、豪商が輩出、龍淵寺とのかかわりも深い。”寺宝”の一つに”黒仏”と呼ばれる高さ約4m、青銅の大仏がある。板屋野木村の豪商若狭屋儀兵衛が寄進、享保17年(1732年)に建立された。
京都で鋳造、海路をたどり十三港から岩木川を上って運ぶ予定が大風に遭い、深浦で降ろさざるを得なくなった。その後、陸路で板屋野木村まで運んだが街道筋にはご利益を願う人々があふれ、お祭り騒ぎだったという。そして旧7月2日夜、無事安置したが、10歳ぐらいの迷子が見つかり大騒ぎ。これを見た津軽藩屈指の豪商・安田次郎兵衛が「この子は大物になる。きっと仏さまが導いてきたのだろう」と自ら引きとった。
この子供は、30歳まで大安田家に奉公、苦労の末、藩第一の豪商となった井筒屋忠兵衛その人である。
黒仏”のほかに万体仏、十三仏、地獄極楽御掛図など貴重な什物が残されているが、いずれも豪商、農民などとの興味深い伝説に彩られている。
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