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駒込稲荷神社
根津神社が千駄木村より遷座する前、この地は六代将軍の父 徳川綱重公の山手屋敷であった。その屋敷の守り神として、寛文元年(1661年)に祀られた古い社である。
綱重公は他の江戸別邸・桜田屋敷・三田屋敷・浜屋敷(今の浜離宮)にも同じ稲荷を祀っており、浜離宮内の祠は当所同様今も残っている。


根津神社
御由緒
今から1900年余の昔、日本武尊が東夷征定の途次、武神 須佐之男命の御神徳を仰ぎ千駄木の地に創祀したと伝えられる古社で、文明年間(1469~1487年)には太田道灌が社殿を奉建しています。
神仏習合の時代には、根津権現社と呼ばれ、御祭神素盞烏尊(本地:十一面観音菩薩)、相殿に山王大権現(本地:薬師如来)、八幡大菩薩(本地:阿弥陀如来)を祀り、根津三社大権現と呼ばれていました。
現在地は江戸時代、甲府宰相徳川綱重(三代将軍家光の三男、六代将軍家宣の父)の山手屋敷であり、のちに六代将軍となる綱豊(家宣)の生誕の地でありました。
五代将軍徳川綱吉が兄綱重の子綱豊(家宣)を養嗣子に定めると、家宣の産土神である根津権現社にその屋敷地を献納、現在の社殿を奉建し、宝永3年(1706年)千駄木の旧社地より遷宮、永代社領500石を寄せています。
明治時代には、神仏分離令によって社名を根津権現社から根津神社に改称し、明治天皇御東幸にあたっては准勅祭社と定められ、御勅使が国家安泰の御祈願をされています。
昭和20年戦禍により社殿の一部に損害を受け、復旧工事をし昭和34年に竣工しました。引き続き、唐門、透塀、楼門の修繕も行い、昭和37年に完成、宝永の昔さながらの威容が復活しました。
御祭神
・須佐之男命
・大山咋命
・誉田別命
・相殿:大国主命・菅原道真公
例祭
・9月21日




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