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金台山 紫雲院 浄満寺
浄土宗
本尊:阿弥陀三尊
外ヶ浜における最も古い寺として知られている。それだけに開基はいつなのか、縁起については不明な部分も多い。言い伝えによると青森市の古(小)三内にあったのを、油川城主の奥瀬氏が油川へ寺を移し、菩提寺としてまつったといわれている。だが、その奥瀬氏も津軽家に滅ぼされてしまい、浄満寺もいったんはさびれた。
そこへ関東の僧岌雲がこの地を訪れ再興。慶長13年(1608年)には、福島県三春生まれの良波和尚も訪れ、荒廃のひどいのにびっくり、寺を再建し元和5年(1619年)に完成させている。 再建した時から数えても350年以上も過ぎており、また奥瀬氏の時代や古三内にあった時からみると、相当の年代を経ているとみられている。
奥瀬氏は奥瀬豊前、利九郎、善九郎の三代、150年にわたって善政をしいたといわれているが、南部藩に属していることから津軽為信の津軽統一の際攻撃を受け、何度か撃退したものの、 最後には力尽きて田名部に落ちのびたとも言う。したがって津軽家にとってみれば、いわば敵の寺。このため浄満寺再興の時も奥瀬氏にからむものは、ヤミからヤミに捨てられたか、隠されたか、以来はっきりしないわけ。
本堂は元和5年に建てられたものだけに、350年の年輪を刻んだ黒光りする柱や欄間などは見事。また本堂には、円空上人の作といわれる釈迦牟尼如来座像がある。この像は木彫りで高さは44cmほど、青森市文化財に指定されている立派な仏像だ。
現在の住職の長尾光逸さんは、初代の良波和尚から数えて第三十八世。2000近い檀家をかかえて、忙しい毎日。檀家も油川を中心に大釈迦、戸門あたりから新城、それに東郡蓬田村までと広い範囲にわたっている。檀家の広がり状態にも、歴史の重みと由緒を感じさせるところ。
国道280号線の青森市役所油川支所の向かい側を50mほど入ったところにあるが、境内は静か。境内の裏手には油川城主奥瀬一族の墓や、安政・天明年間の餓死者をまつった千人塚、 青森開港の祖・森山弥七郎の墓碑などもあるが、これが国道のすぐそばかと思うほどひっそりとして、いっとき心をなごませてくれる。
寺の入り口には楼門があり、 350貫の鐘がつられている。











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