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2026年01月05日
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カテゴリ: 御朱印:富山県
去年の11月三連休に行った一之宮大巡の締めくくりとして参拝しました、越中国一之宮の髙瀬神社です。・・・というか、この髙瀬神社含め計5社が越中国一之宮として名乗りをあげているんです。氣多神社、雄山神社、射水神社、二上射水神社が他の候補たちなんですが、なんと言っても面白いのが山岳関係の神格を祀る神社と、大国主神を祀る神社の2派に分けられることです。氣多神社と髙瀬神社は後者の方で、出雲地方との関りが深い日本海沿岸地帯らしい感じがします。結局のところどの神社が一之宮なのかは分かりませんが、その候補の1つということで、見ていきましょう。

2025.11.24
髙瀬神社


射水神社に参拝した足でそのまま髙瀬神社を目指します。もう日も沈み始めてハラハラしていましたが、なんとか無事に到着することが出来ました。
県道284号を一之鳥居目指して南下していると、白く巨大な鳥居が見えてきました。・・・こちらが本当の一之鳥居なんでしょうか?



道路脇の駐車スペースに車を置いて、足早に境内に向かいます。グーグルマップではこちらが一之鳥居と有るんですが、どっちが本当の一之鳥居なんでしょうか。



玉砂利が敷かれた境内を、ジャリジャリと足音を立てながら進みます。奥の方に社殿が見えており、そこに真っすぐ進みたいところですが、先ずは左手にある御朱印帳を社務所に預けましょう。身軽になったところで、手水で手を洗います。



手水では2頭の龍が戯れています。こちらも見ごたえがある彫刻です。



社務所の奥辺り、拝殿の左側に摂社らしき社を発見しました。まずはこっちを見てみましょう。



鳥居の先には結構大きな社が建っています。扁額には功霊殿とあり、なんだかものものしい感じがしますが、これは所謂護国神社であり、当地出身の英霊を祀るものです。







稲荷社の奥には茶筅塚。これは髙瀬神社で毎年お茶会が開かれていることに因んで置かれたそうです。境内には色付いた木々が溢れ、こんな環境でお茶を楽しめたら最高でしょうねぇ



茶筅塚から拝殿が見えました。結界(神社や寺院の根本地とそれ以外とを隔てるもののこと、陰陽師的な結界とはまた異なる)代わりの小川を越えればもう社殿です。



小川の前にも立派な石鳥居が建っています。



鳥居の先には美しい拝殿がありました。木々に囲まれ、鳥のさえずりが聞こえてくる落ち着いた境内は、当に古社のそれです。



それではご由緒です。
髙瀬神社


配祀神:天活玉命、五十猛命

末社(※おそらく境外)
  • 神明宮:天照皇大神
  • 風宮:級長戸辺命
  • 稲荷社:宇迦之御魂大神
  • 天満宮:菅原道真公

 御鎮座は遠く神代の昔、また景行天皇11年(皇紀換算だと81年・半年で1年と換算すると303年ころ)の御代とも云われています。社伝に御祭神が北国御開拓の折、この地に守り神を祀り、国成りおえて後、自らの御魂をも鎮め祀られ、出雲へ帰り給うたとも伝えられ、のちに延喜式内社、越中一宮として崇められてきました。
 越中国の人々は勿論、朝廷の崇敬も厚く、天武天皇の御代に勅使を派遣され、光仁天皇の宝亀11年(780年)に従五位、文徳天皇の斉衝元年(854年)に従三位、また同年、祢宜・祝等に把笏を許さる。貞観元年(859年)に正三位、その後も順次累進、治承4年(1180年)に正一位を授かりました。
 また社頭荘園多く又皇室の御領に宛てられたこともあり、神子屋鋪・鎌倉屋鋪・大宮司田・神子畑等、近傍に残る地名によって、往時の盛大さを偲ぶことが出来ます。
 戦国時代には社頭荒廃し、見るに忍びない状態となりましたが、前田藩主の崇敬厚く漸次神威昂揚せられて、明治6年(1873年)に県社、大正12年(1923年)に国幣小社に昇格されました。
 大正13年には摂政の宮の御使が参向され、大正14年には皇后陛下より「神ながらの道」を奉献され、昭和3年の御大典、昭和16年の宣戦また昭和20年の終戦には勅使の参向がありました。


創祀伝承
 「在昔、大己貴命北陸御経営ノ時、己命ノ守リ神ヲ此処ニ祀リ置キ給ヒテ、ヤガテ此ノ地方ヲ平治シ給ヒ、国成リ竟ヘテ、最後に自ラノ御魂ヲモ鎮メ置キ給ヒテ、国魂神トナシ、出雲ヘ帰リ給ヒシト云フ。」(高瀬神社誌15~16頁)

 「此御神は住昔高麗より御渡り、此地へ御着の日7月14日なりと、御神御足袋を濯せ給ふ流を、たび川と名つけ、此川の辺に暫時御休み、高瀬へ御移の間、俄に雨降、御神雨をくくると仰られしと也。よって其処を、今に雨潜村といふ也。其後毎年たひ川の辺御休の処へ御旅行なされ、其処を宮守と唱へ、今以江田村領を流るる也。」(越之下草3頁)​

大国主神が北陸地域を開拓し、その地の祭神を祀り、後に自らも配祀したのが始まりとされているようです。その他の説だと、延喜式編纂以前に創建されたなどがあるようです。いづれにせよ、この地を開拓した人々が大国主神、またはその他の神格を氏神として祀ったのが興りと言えるのではないでしょうか。延喜式に載る古社です。

そして面白いのが創祀伝承。こちらでは祭神が高麗より来たと記してあります。これは高麗から入植があったことを示しているのか、そうじゃないのか・・・気になりますねぇ!

社殿の彫刻と大注連縄。蟇股部分の彫刻は、荒波の中を雷を侍らせてのたくる龍。尻尾に剣を持つのは倶利伽羅竜王のオマージュでしょうか?その上には涼風渦巻く中を飛翔する阿吽の寿鶴と、かなり縁起の良い感じです。
何気に注連縄は出雲大社のものと同じ構造ですねぇ。同じ神格を祀るからでしょうか。



拝殿の周辺にはこんな像も置かれております。感謝うさぎと名付けられたこの石像は、撫でると御利益がどうとかこうとか。大国主神の御使いは白兎とされており、そこに因んだものでしょう。



その隣には苔むした謎の巨岩も有ります。磐座とかなんでしょうか?




全国の至る所の神社に祀られる大国主神ですが、この北陸方面では特に篤く祀られているように見えます。こうした祭祀の背景には、日本海交易によって出雲地域と盛んに交流していたことが挙げられますが、この神社もそうした潮流の中にあるのではないでしょうか。
樹叢豊かな境内は、往古よりの信仰を今に伝え、北陸の歴史を物語ります。本当にステキな古社でした・・・という風にカッコつけてシメたかったんですが、この後6時間かけて山梨まで戻るという地獄を味わったことは秘密にしなくてはいけません・・・。



今回貰った御朱印です。



公式サイトへのリンクです。
・越中一宮 髙瀬神社

以上です。

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最終更新日  2026年03月01日 20時20分19秒
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