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2026年02月18日
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カテゴリ: 甲斐百八霊場
こちらに来て間もないころ、地理が良く分からないままにグーグルマップで案内され辿り着いたのがこの寺です。山梨県は四方を山に囲まれており、盆地の底には街が広がり、周囲の山際には寺が広がるというまことに面白い土地であります。
廣厳院も少々標高の高い丘陵地帯に境内を構えているんですが、山梨県で丘陵地帯というとだいたい葡萄畑になっています。そのため廣厳院の周りは見渡すばかりの葡萄畑といった、ある種フランスの一地方のような風情が漂っているのです。
山梨県には曹洞宗寺院が約500程度あるなんて聞いたことがありますが、その内廣厳院の末寺(直末・孫末問わず)は50をゆうに超える程と相当な規模です。山梨県の曹洞宗の元締め的な立ち位置の古刹を見ていきましょう!

2025.10.13
甲斐百八霊場三十五番札所:妙亀山 廣厳院


見晴らしの良い県道34号を山手に逸れると、廣厳院の境内が広がっています。駐車場に車を停めて、寺門の方にまわってみました。今では簡素な石門があるばかりですが、かつては勇壮な楼門が建っていたと言われています。門の両側には六地蔵が立ち、参拝者を迎えます。



門の周りには簡素な地蔵堂があります。



本尊は延命地蔵尊でしょうか。今でもじぇんこ納めであって、地域の崇敬は篤いんでねぇべか。



参道を桜花が飾ります。春にはまた華やかな風景が広がっているんではないでしょうか。



御堂の前まで来ると、右手に小さな池があり、その奥にはかなり立派な鐘楼堂が建ちます。鐘楼堂が現存する寺院自体は少なくありませんが、ここまで古態のまま残っているものは稀ではないでしょうか。組木や木材の色味が素晴らしく見とれてしまいます!







御堂の手前にはふくよかな相貌をした聖観音が静かに立っていました。



それでは本堂です。
シンプルながらかなりの大堂です。県内広しと言えど、ここまでの規模の御堂は珍しいでしょう。御堂の背後には開山堂が建ちます。



では、御由緒を見てみましょう。




妙亀山 廣厳院

曹洞宗 妙高山最勝院末寺
開山:大雄山最乗寺十四世 雲岫宗竜大和尚
開基:塩田長者 降矢対馬守
本尊:聖観音

 この寺は、相州小田原最乗寺十四世雲岫宗竜を開祖、塩田長者降矢対馬守を開基とし、寛正元年(1460年)開山した。山号を妙亀山といい、寺地の池より霊亀が薬師像を背負って現われたことに由来するという。また、甲斐四郡の中央に位置するということから、”中山”とも俗称される。
 武田信昌が文明19年(1487年)寺領を寄進して以来勝頼に至る五代の庇護を受け、武田家滅亡後は徳川家の保護を受けた。甲府大泉寺とともに甲斐曹洞宗の大元としての格式があり、県内800余の末寺を総括する。本尊は聖観世音菩薩。
 甲州八十八霊場の第十六番札所で、現在も境内に本堂・庫裏・開山堂・鐘楼などの主要な建物が残り、全て江戸時代の建物として貴重である。山門は既に失われているが、礎石が往時をしのばせる。
 毎年4月16日は中山観音会式で、近郷近在から多くの人びとが集まり、終日にぎやかである。
昭和61年3月 一宮町教育委員会



15世紀創建の古刹です。廣厳院の本寺である最勝院からは、他にも2ヶ寺程山梨県に根を張る古刹があり、それらと当寺とが県内の曹洞宗寺院の元締め的立ち位置にあるようです。最乗寺系統以外にも幾つか系統があるようですが、いずれにせよ元締め寺院の末寺はすんごいことになっています。
廣厳院の直末はこちら↓からご覧ください。
・延享度曹洞宗寺院本末牒 96.97ページ

堂内には”瑠璃界”と揮毫された額が懸けてあります。おそらく開創譚の薬師如来にかかったものなんですが、現在その薬師如来はどうなっているんでしょうか?とりあえず公式サイトには何の記述もありませんでした。気になります。



それでは当寺の文化財を見ていきましょう。





県指定書跡  広厳院文書三十六点

一宮町金沢二二七 広厳院
昭和56年3月12日指定

 当寺に伝わる古文書は、武田信昌(1487年のもの)から勝頼まで五代にわたる寄進状(寺に土地を寄附する意味のもの)や禁制状など武田家に関する書状が11通、そのほかに加藤光泰・石川秀貞・浅野長継などの支配文書、曹洞宗(当寺は、曹洞宗最勝院末)に関係する文書などがある。
 なかでも、武田五代にわたる書状がそろっているのは珍しく、寺院の統卒、武家と寺院との関係など、武田から徳川時代の中頃における甲斐国の歴史を知る重要な古文書とされ、一括指定をうけている。
昭和61年3月 山梨県教育委員会 一宮町教育委員会



500年以上前の文書が残っているというのは本当にすごいです。歴史的価値は相当なものでしょうね。ちなみに​ 公式サイト ​にて、実物をご覧になれます。

御堂手前右隅には古めかしい釣り鐘が懸かっていました。これが県指定文化財の銅鐘で、かつては鐘楼堂に懸かっていたそうです。鋳造自体は鎌倉後期で、元々妙台寺のものでしたが、廃寺に伴って武田氏の陣中鐘として使用されたそうです。近代になって境内の金山という丘を掘ったところ、何故かこの鐘が埋まっており、そのまま当寺の梵鐘として使用されました。



説明書きも見てみましょう。




県指定工芸  広厳院銅鐘

一宮町金沢二二七 広厳院
昭和34年2月9日指定

 この銅鐘は現在広厳院の所蔵であるが、もとは初狩村(大月市)の妙台寺(廃寺)のもので、陣鐘として使用されたと伝えられるものである。鋳造は嘉歴2年(1327年)で鎌倉時代の末期である。鐘身90.9cm、総長118.2cm、口径64.8cm、四面の池の間に陽鋳の銘があり、この書体は優雅ですばらしく、文化財的価値が高いとされている。銘は次のとおりである。

第一区 甲州初狩妙台寺鐘銘
    風調雨順
    国泰民安
    蓋聞昔広利之業殺猟也
    憑洪鐘留耳之勝因、忽出
第二区 苦悩之泥犂焉、今弟子之
    事修善也、以洪鐘瑩成之
    結縁、速願安楽浄邦矣、
    彼者三唱仏名、得遷忉利
    天、此者十称仏号求生安
第三区 養界、功徳之勝劣得相比
    乎、然則皓々夜声者、覚道
    俗緇素有習之眠 粛々暁
    響者、驚邑老村女無明之夢
    仰願上自円紫、下至方黄
第四区 一切群類、悉開利益矣
    嘉歴二季黄鐘廿七日
    大檀那向阿弥陀仏敬白
    奉行左衛門尉藤原朝臣信継
大工兵衛太夫大江信光

なおこの鐘は境内の金山というところから彫り出されたもので、表面に痕る鍬の刃形はその際につけられたものといわれる。
昭和61年3月 山梨県教育委員会 一宮町教育委員会



次に境内の中を歩いてみましょう。本堂から山手の方に行くと墓地があり、奥には歴代住職墓が置かれています。そこの隅にひっそりと建つのがこの石塔。塔の表面には”景徳院殿頼山勝公大禅是門 神儀”と刻まれています。これは甲斐武田十七代勝頼公の法名なんですが、廣厳院は特に菩提寺とかではないようですので、おそらく供養塔か何かなんじゃないでしょうか。



山門の方まで戻ってみると、家康公の歯塚と伝わる石塔が建っていました。徳川家康公ゆかりの寺院の僧が当寺の出で、その縁があって家康公の命令で歯が埋められたんだとか。



斜めから。
甲斐武田氏だけでなく、徳川家康公とも所縁のある古刹でした。往時の繁栄振りを物語るような大堂や鐘楼堂は見ごたえ抜群!更に500年以上の時を経た文書や梵鐘もあり、歴史好きも楽しめると思いました。是非桜の時期に御参拝ください!



御詠歌


本尊:聖観音 आर्यावलोकितेश्वर

今回貰った御朱印です。



公式サイトへのリンクです。
・妙亀山 廣厳院

以上です。

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最終更新日  2026年02月18日 22時09分21秒
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