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楽天さんのブログ書いていたことさえ、忘れていましたが、便利な事もあって、また楽天ブログ始めます。私はご存じの通り、商人で、本能的に良い商品があればお勧めしたくなるのですが、他所のブログだとリンクが張りにくいんです。ネットじゃ良いもの無いでしょ?と想われるかも知れませんが、私もアマゾンや楽天のヘヴィー・ユーザーで実際の所、よっぽどのものでなければネットで買える時代になりました。いろんなECサイトやアフィリエイトサイトがありますが、書いている人が実際に使った事のあるモノなのか、商品知識が豊富なのかなんて全然わからないですよね。言わばグルメサイトみたいなもので、真偽の程が怪しいのです。評価や☆の数もそうです。ここでは私の経験に照らして良いと思う物をご紹介するページにしたいと想ってます。もちろん、私のライフスタイルの紹介と共にね。まぁ、オッサンの書くことですから、若い女性には全然参考になることはないでしょうけど。いちおう、オッサンにしては趣味も多いし、全国あちこちあるいていろんなものと接してきましたし。まあ、そんな感じでヒマに任せて書いていきますので、お付き合いの程よろしくお願いいたします。 菊之露酒造 菊之露VIPハーフ30度300ml【人気ランキング】【泡盛】【くーす】【古酒】【クース】【あわもり】【同梱可能】【沖縄土産】【おきなわ みやげ】
2018.02.22
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もずや民藝館開館から1週間が経とうとしています。おかげさまで、順調に会員数が増えています。有り難い事だと思います。羽曳野の民藝館の方でも少しでもPRしようと、冬用の暖簾と看板を造り始めました。今ある暖簾は麻地で寒々しいですし、看板は玄関に掛かっていて目立たないので、人通りが少しでも多い、バス通りに面したところに新しいのを立てようと思っています。前も手作りでしたが、今回も独力で手作りしようと思っています。不器用な私が、こういう風に自分でやってみようと思う様になったのは、大阪芸大で勉強していたおかげです。かといって、器用になったわけでもなく、相変わらず下手くそをさらしているのですが、度胸だけはついたようです。展示会の案内状もいつも手書きですし、作品の反末文字も自分で書いたものを使ってもらってます。普通は、パソコンで編集したり、誰か字の上手い人に書いてもらったりするのでしょうが、何故そうしないか、といえば、『自分と自分がやったことに責任を持つ』という意思表示のつもりなんです。パソコンの文字や、他人が書いた字を使えば、誰が書いたか解りません。でも、自分で書いた文字なら、逃れようがないのです。いわば、私のサインです。暖簾も看板も、見てもらうためのものですし、うちの前を通る人は『なんか知らんけど、下手くそやなぁ』と笑っているかも知れません。もしかしたら、『ウマイと勘違いしてるんちゃうか?』と思われているかも知れませんが、違います。自分でも下手だと解っています。でもね、もの作りしてる人で、私の作品見て笑う人は居ませんよ。いわばね、ちっちゃい子の図画工作みたいなもんなんです。上手下手じゃなく、造る事が楽しいから、図画の授業って楽しいんでしょう。今でもたまに下手な絵を描きますが、自分自身で苦笑いしながら楽しんでいるんです。そんな中から思わぬ発見があったりもします。私は私がお世話になっている物作りの方々の足下にも遠く及びませんが、それでも『ものづくりの楽しみ』は知っているつもりです。だから、強く言えるんです。『邪念が入っているでしょう!?』って。私は私の作品を売るつもりも無いし、売れるはずもないので、自分の思うままに配色したり、絵を描いたり出来ます。50歳近くになって、下手な絵を描こうとすると、子供に戻らないと描けないんです。幼稚園の時に、スモックを着て、クレヨンで描いた、あの気持ちです。だから、絵を描くときはクレヨン、パステルを使います。看板を彫るのには学校用の彫刻刀。染めは、筒描です。だれでも出来る簡単な方法で、あまり考えないで、ぶっつけ本番でやります。そうすると、もちろん立派なものは出来ませんが、やっぱり自分らしいものができる。自分でも『あー、私そのものやなぁ・・』と思うのです。それでもね・・きちんと見てる人は見てくれていて、『もずやさん、少しずつ上達してますね』って、言ってくれるんですよ。それで十分なんです。お金をかけてプロに頼むより、自分でやれることはやる。それで、自分が伝えたいことが伝われば、大成功なんです。自分で作った物、造ろうとする気持ち、作った物を見せようとする気持ち、出来たときの喜び、これはお金では買えないんですよ。それとね・・これから手しごとの世界は、ますます厳しい局面を迎えると思うんですよ。もう造っても売れないからやめようか・・そんな風に思う時も来るかも知れません。そんなとき、このオッサンが嬉しそうに絵を描いたり、木を彫ったり、フェルトをこねてる姿を想像してほしいんです。織物も染め物も、初めは好きでこの道に入ってくるんでしょう?それがいつのまにか、目的がお金にかわっていく。お金は大事ですよ。お金を得ることは、仕事をする上で一番重要な目標です。でも、続けられる環境にあるなら、好きな仕事を続けていって欲しい、そう思うんですよ。あなたの作品はあなたしか生み出せないんですから。http://mozuya.com/
2014.01.17
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2013.09.29
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買いました。これで少しでも美しい映像を。 《新品》SONY(ソニー) Cyber-shot DSC-RX100 ブラック[デジタルカメラ]
2013.07.18
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2011.05.08
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沖縄染織を中心に着物の商売をしていると、時として大きな壁にぶつかります。それは、琉装と和装の間にあるものです。和装というのは、基本的にいわゆる大和の国の風土に合わせて形成されてきた服飾文化で、沖縄の琉装もその気候風土に合わせてあります。うしんちーという着用方法がその代表的なもので、帯をしないで、上衣を下帯に挟み込んで着る着方で非常に涼しげで帯で着物の柄を遮らない分、大きな絣などは非常に美しく繰り返され、着姿もすっきりとします。仕立て方も一見してはわかりませんが、つい丈で、袖はとじられず、通風のよいようにされています。ですから、沖縄には本来帯の文化がなく、あってもミンサーなどの細帯くらいで、いま盛んに作られている名古屋帯は戦後になって和装用に作られたものなのです。その帯が沖縄本来のデザインの着物に合うかというと、必ずしもそうとは言えないのです。先ほど書いたように、帯が入るとどうしても大きな柄の着物は伸びやかさを断たれてしまい、またコーディネートの上でも柄の上に柄の帯をするというのが野暮ったくも見え、帯を合わそうとするとどうしても着物の柄が小さくなくてはならない。極端にいえば、無地や縞などのあっさりした物のほうが帯があわせやすくなるわけです。 沖縄の絣、とくに首里で作られている手結(手結)絣は大きい、専門的に言えば一玉くらいのものに本来の魅力があります。絣が小さくなってしまえば、絣は単なる『柄』になってしまって、濃→淡へと『かすれる』美しさが見えなくなり、どうしても力強さがなくなります。いま、商業用に織られている物のなかでは大きな絣は見なくなりましたが、たまに舞踊家が着用している絣をみると本当に美しいとうっとししていしまいます。 とはいえ、現在の着用方法が和装に習っている以上、うしんちーで着るわけにはいかず、帯をしなければなりません。絣の本来の美しさを味わうためには、帯との調和が問題になってくるわけです。そこで、適当だと思うのが、ミンサー、いわゆる半幅帯です。特に首里のミンサーは八重山のそれとは違い、花織やロートン織ですっきりと無地感覚で、それでいて、上質感にあふれる物が多いのです。最近華やかな浴衣に首里ミンサーを合わせる方が増えているのも当然の話だと思います。花織や花倉織の場合には、無地っぽいので名古屋帯でいいと思いますが、手縞、縞の中、諸取切という最高峰の絣を着用される場合には、名古屋帯でその連続した美しさをそぐことなく、ミンサーで最大限に着物を生かすというのが和装における琉装のあるべき姿なのではないかと思うのです。紅型もしかりで、本来、帯をすることを想定していませんので、紅型に合う西陣の帯といえば探すのに一苦労します。染めの着物なのでパーティなど少々改まった席にもお召しになりたいというご要望が多いことだと思いますが、小紋としてしゃれっぽくお召しになるなら、ミンサーか無地感覚の花織名古屋帯が最高だと私は思います。 そして、現在、お若い方を中心に自由な着方を楽しまれる女性が増えてきているようです。変に着崩すよりは、伝統的なうちんちーの着方をならって、紅型や絣を楽しまれるのも一興ではないでしょうか。そして、それがカジュアルの王道であると思いますが、いかがでしょう。
2009.03.17
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日本の伝統2005光文社岡本 太郎 岡本太郎は独特のキャラクターで変人、あるいは天才のように思われていますが、彼の作品の良し悪しは別にして、評論は読むべきものがあると私は思っています。とくに物をそのまま見る、という点においては本来あるべき芸術家の姿を示していて、クリエイターであると同時におおいなる知識人であると私は評価しています。 今回もこの本の中の一節を紹介したいと思います。 (抜粋) 素人こそ本当の批評眼をもっているはずです。玄人はいろんなことを知っています。約束事、イワク因縁、故事来歴。そんなものを知っていればいるほど、彼らはそれにひっかかり、本質に触れなくなる。つまり彼らは鑑定家であるにすぎないのです。名所旧跡の立て札係には結構ですが、そのまま芸術の領域にまで立ち入られたのではかなわない。 ある屏風が宗達作であるか、あるいは伝えられているけれどもニセモノなのかというような事は、その作品の芸術的価値とはぜんぜんかかわりがない。ほんものであろうがなかろうが、よければよい、わるければわるいのです。 このように直接的な素人の目が、いつでも新しい現在的な芸術として伝統を今日に生き返らせる根本条件です。それこそ批評の本質なのです。(以上) この部分は柳宗悦の『モノを直観でとらえる』という意見と共通していますね。私は、染織品を見るときに、技法をほとんど排除して見ることにしています。花織、絣、いろんな技法がありますが、それがどんなに駆使されていようとも、その作品の価値が上がるとは考えません。大切なのはその作品を見た時の心の揺らぎです。ですから、私から技法的な注文を受けた作家はいないはずです。いつも指図書には『楽しく、力強く、踊りあがるように、元気がでるように』としか書きません。その魂の投入があってこそ、誰もまねのできない輝くような作品ができるのだと思うからです。ですから、いくら売れ筋だからといって、他の作家に模造品を作らせても、全くいいものにはなりません。そこのは楽しさや喜びがないからです。河井寛次郎が『民藝とはモノでなくてコトである』と言ったのは、その意味では当たっています。染織を芸術と位置付けるなら、その評価には直観的美が最重要視されるべきであり、技法的なことは、それを裏付けるものとして評価されるべきものだと私は思います。 そういう意味で、絵画や彫刻にたいする評価で作者の創作当時の状況や心理を紹介する番組をよく見かけますが、どうも納得がいきません。そんなことが、この作品の芸術性にどう関係があるのか、理解できないのです。関係あるとしたら、無名作家の作品は作家自らが自分の心境をいちいち個展で鑑賞者にはなさねばならないということになってしまいます。すくなくとも工芸の世界では考えられないことです。作品を通じて喜びや悲しみ、怒りが、にじみ出てくる。それを鑑賞者が感じる事が大事なのであって、『あぁ、やっぱりそうなのか』『なるほど』というのは、無垢な鑑賞眼を曇らせるだけだと思うのです。そして、それを説明する画商は値を高く釣りあげるためにそういう説明をするのだとしか商人の私にも思えません。 染織の世界にも作品よりも文筆の達者な人がたくさんいます。そういう人の作品に限って、下らない温かみのない作品が多いものです。『巧言令色すくなし仁』とはよく言ったものです。私たち商人でさえ、いかに言葉を少なくしてお客様の心を捉えるかを考えているのですから。
2009.02.16
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http://mixi.jp/view_item.pl?reviewer_id=8270135&id=134373まず、河井寛次郎についてhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E4%BA%95%E5%AF%9B%E6%AC%A1%E9%83%8E この本を読んで感じる事は、現実の陶工としての河井の民藝への想いである。河井は陶芸の話に始って、染物のはなし、他の手工芸にまで言及しているが、一貫して感じる事は、『作ることの歓び』に対して温かい目で見守り、絶賛していることである。河井自ら書いたそれぞれの工程にはモノが出来上がっていく様子をウキウキと、湯気があがるような気持ちで見ている様子が感じ取れる。これは現実の陶工である河井だからできる表現なのであろう。 河井はいわゆる芸術的陶芸においてかなり期待された存在であり、民藝に加担したことを惜しむ人たちも多かったという。技巧的にかなり卓越した技術を持っていたらしい。しかし、そんな河井も技巧に行き詰まり、苦しんでいたのだろう。そして、思いのまま、いわばコアの技術だけで伸び伸びと製作にあたることをよしとする民藝の世界に救いを見出したに違いない。河井は紛れもなく天才であり、すぐれた陶芸作家である。しかし、それの才を抑え、彼なりにシンプルに表現したところに彼の作品は完成を見たのだと私は思う。 この本を読むと、全国の地方農村に出向き、その質素な暮らしぶり、自然と一体となった生活を絶賛している河井がいる。そういう暮らしから良いものが生まれるのだという。しかし、河井寛次郎記念館を見ると、その生活からは程遠い。私も読みながら初めは、『何いってやがる』と思っていた。しかし、違うと思った。できるだけ質素にシンプルに暮らしたい、しかしそれができない自分が苦しい。それで余計にそういう暮らしをしている人たちに憧憬を抱くのだ。そういう高みを目指しながら、それにたどりつけず苦悩する姿。これが人間河井寛次郎の実像なのではないだろうか。 この本は、製作にかかわらない柳宗悦と違い、陶芸作家である河井寛次郎が民藝について書いているので、多くの工人は読まれるといいとおもうし、モノづくりに携わるものならば、同じ苦悩、同じ喜びに共感し、大きなヒントとなるかもしれない。 私は、民藝というのは『作る喜び』『作り手の愛』というのが原点だと思っていたので、そのことをそれとなく感じさせてれるこの本は、読んでから3時間くらいしてから、じんわりと心にしみてきた。 エッセイ、紀行文、詩が折り重なった、河井の人間性が感じられるよい本だと思う。
2009.02.08
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責任に時効なし―小説巨額粉飾http://mixi.jp/view_item.pl?reviewer_id=8270135&id=1135963元カネボウの財務担当常務がカネボウの粉飾と崩壊をめぐる実話をもとに書いた本だった。ともさんのミクシィ日記でこの本を知った。 私は大学を出て、2年間鐘紡に在籍していた。私のころはまだ漢字の鐘紡だった。自ら繊維素材部門を志望して、羊毛事業部の大垣工場(岐阜県)に配属された。当時の羊毛担当重役の『メーカーの営業たるもの工場を知らずしてなんとする』という方針で5年間の工場勤務が通例だった。私はここでいろんなことを学んだ。毎日毎日草むしり、ペンキ塗り、どぶ掃除。高い鼻っ柱を徹底的にたたき折られた。そして、『君たちにできる事は今はこれくらいしかない』と言われ、現実を思い知らされた。そして工場の古参の従業員には重荷呼ばわりされた。でも私たち見習生(大卒の新卒工場勤務者をそう呼ぶ)はみなプライドを持って頑張っていたと思う。 私は大垣工場で工務管理とという仕事をしていた。簡単にいえば、反物がおりあがってから、染と加工工程を経て出荷されるまでの納期管理だ。私は輸出用の製品を担当していた。管理部門といえば聞こえはいいが、実際には加工課の進行係と一緒になって、反物を担ぎ、工場内を走り回り、女工さんの機嫌を取って、張り切って仕事をしてもらうのが仕事だ。それと、ワイワイ言ってくる本部の営業と工場の間のクッション役。言わば、工場の頭脳兼中枢神経兼インナーマッスルというところ。 たった二年の工場勤務でも鐘紡精神は叩き込まれる。否、工場生活にこそ、鐘紡の本質があったのだと私は思う。 この本の著者はそういうわけで、私の先輩にあたる人だが、どうも違和感を覚える。工場で汗水たらして働く人への愛が感じられないからだ。そして、自分一人がいい子を演じているように私には映る。会社の一員であるというのは、その会社の歴史の中に身を置くことだと私は思う。古臭いようだが、それが伝統であり企業風土というものである。この本の主題『責任に時効なし』というのは明らかに名誉顧問の伊藤淳二の責任を指してのことだろう。著者は、『損を出した者と、損を隠した者、どちらが悪いと言えば、出したヤツだ』と言っているがそれは違うと思う。企業と言うのは損を出す時もあるし、それを表に出せない時もある。ましてやそれを起業したりして、愛着がある場合はそうなることもある。しかし、それも会社の歴史なのだと私は思う。伊藤淳二が将来的に大粉飾につながる原因を作り、実際に粉飾も指示していたとしても、まぎれもなく伊藤氏は鐘紡の大功労者であり、関西経済界の大重鎮だった。鐘紡の光だった。神だった。しかし、伊藤氏が退いた後、鐘紡への熱い愛があれば、伊藤氏を説得して軌道修正するのが社員全員、なかんずく役員の使命ではないのか?もちろん、簡単ではないだろう。しかし、隠した方も同じかそれ以上の罪があると私は思う。世の中には親の作った負債を背負って家業を継ぐ後継者は五万といる。その中で苦労している人をたくさんい知っている。しかし、それが先代の責任であるといっても詮無いことなのである。先代を説得し、また軌道修正して切り盛りしてこそ、2代目、3代目の役割が果たせるのだと私は思う。当時の鐘紡の他の役員はもちろんのこと、この著者もふがいなかったと恥じるべきだ。そして、愛する会社の恥を世の中にさらして、印税を稼ごうとするこの著者に対しては、怒りを覚える。どんなに、自己弁護しようと鐘紡を潰したのはアンタ達なのだから。 私は亡父の勧めで鐘紡に入った。都市対抗三連覇、『赤ちゃんの時から鐘紡毛糸』・・・鐘紡は大阪の誇りだった。 その栄光の歴史も、私利私欲に目がくらんだ腰ぬけ経営陣と産業再生機構・メガバンクの思惑により、その文化財とも言える経営方針とともにこの世から姿を消した。 この本を読んで、『いい時に辞めた』という気持ちと『最後まで見届けたかった』という気持ちが交錯する。しかし、私が鐘紡で学んだことは決して忘れないし、OB達は今でも鐘紡を愛していると思う。それが証拠に三田会に行って元鐘紡というと必ず、『私も鐘紡にいたんですよ』と声をかけてくれる大先輩がいらっしゃるのだ。 このカネボウの崩壊劇を胸にしまい、経営者の端くれとして、いかに生きるべきか、いかに愛される会社をつくるかを考えながら自らを律していきたいと思う。
2009.02.07
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大地の染織 レビュー 大地の染織吉見 逸朗繊研新聞社2008年9月 もっと読む つまらない本だった。 高岡に来て、食事を済ませて、ゆっくり読んで2時間弱で終わってしまった。 紅型作家の伊佐川洋子さんから、作品と一緒に送られてきた本で、彼女のことも紹介されている。 一体、何が『大地の染織』なのか?ただの伝統工芸の羅列に過ぎないではないか?こんな本なら、いままで、たくさん出ているし、この著者の染織研究家という肩書も胡散臭い。 そもそも、私は、この手の染織を美化し、『素朴な手仕事』的な紹介をする記事や本に違和感を覚えざるを得ない。辛抱と苦しみに満ちて、伝統工芸を護っているがごとき書き方は作家に失礼だと思う。風前のともしびになった伝統染織を護っている稀有な人・・・もしそうだとしてもあの人たちには私たちでは想像もつかないような喜びもあるはずだ。 苦しみとか辛抱なら、どんな仕事にもついてくる。自然の中に生き、伝統の大きな後ろ盾を持って正直な仕事をすることがいかに、心強く楽しいものか。少なくとも沖縄の人たちは楽しそうに仕事をしている。 こういう、大地のぬくもり的な書き方、私は大嫌いだ。 染織というものは生活に根差したものであっても、そんなジメジメした、糠味噌臭いものばかりではないからだ。 伊佐川さん、ここでは浦添型の研究の事で載せられている。そういえば、浦添型・・・伊佐川さんに研究レポートを出すように言われているのでした。はたしてこんにゃくはどこから来たのか?私の説では東南アジア起源説。伊佐川説では中国。行くたびに『もずや君、これ調べてきなさい』なんですよ
2009.02.02
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本日より琉球染織専用のブログにしました。私の琉球染織への想い、素晴らしい作品を紹介していきたいと思います。よろしくおねがいします。
2008.03.06
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