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2025.01.09
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カテゴリ: カテゴリ未分類

〇今は昔、 和泉式部が下鴨神社に詣でた際、足を
草鞋に摺られ痛かったので紙を巻いていたのを

神主忠頼が
 ちはやぶるかみ(神、紙)をば
           足にまく物か
と囃したてれば、和泉式部がすかさず続け、
 これをぞしものやしろとは言ふ
          *
また頼経・公資の二人のやりとりに
 桃園の桃のはなこそ咲きにけれ
    梅津のうめは散りやしぬらむ

このように滑稽問答に近いものだったようです。
          *
 ところが後鳥羽天皇の頃から漢詩の聯句などの
影響で、
2句どまりにせず、

数10句に亘って続けるようになり、その後
50、
100句という連歌の形になっていったようです。

          *
定家・家隆といった当時の歌壇の名匠たちも好ん
で連歌を楽しみました。

これにいろんな規則、形式を決めた幾分真面目な
連歌の時代(莵玖波集)を経て、

山崎宗鑑らの、奔放にして自由闊達な作風が再び
勃興し、「犬筑波集」となり、

それから更に風雅な味わいを基礎とする蕉風時代
へと移り、
今ン日の俳句へと繋がりました。





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Last updated  2025.01.09 09:26:41
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