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「年とともに世の中の有様を知るようになりますと、
私にとっても不思議に恋しく思い出される入道の人柄ですから、
ましてや深い契りを結んだ夫婦の仲では、どんなに感慨無量でしょうね」
とお話しなさいますので、この機会に明石の上は
『夢の話についても、思い当たる事がおありかもしれない』と思い、
「何ともあやしい梵字とか言う筆跡ではございますが、
お目に留まる節も混じるかと存じます。
上洛いたしました際には『これが最後』と別れて参りましたが、
やはり肉親の情は残るものでございます」
と、体裁よくお泣きになります。大殿は文箱をお取りになって、
「立派な文字ではありませんか。しっかりしていらっしゃるのでしょう。
筆跡だけでなく、何事につけても有識者というべき人ではあったけれども、
処世術だけが欠けていたのでしたね。
入道の先祖の大臣はたいそう賢明で、
世にも珍しい忠誠心を尽して朝廷にお仕えなすったのに、
その間に何かの間違いがあって、その報いで子孫が滅びたなどと
世の人が言うようですが、
女子の家系ではあってもこうして女御に御子が生まれたのですから
滅びたわけではなく、
これもまた入道の多年にわたる仏道修行のご利益なのでしょう」
と、涙を拭いながらお読みになります。
『入道という人は不思議なほど偏屈で、訳もなく高い理想を抱いていると
世間の人も非難し、また私自身もしてはいけない結婚をしてしまった
と後悔したものだが、全ては前世からの約束事であったのだ』
とお悟りになったのですが、
将来がはっきりしないのでどうなる事かと心配して過ごしてきたのでした。
『しかし入道は夢を信じていたからこそ、一途に私を婿に望んだのだ。
私が無実の罪でひどい目に会い、須磨や明石にさすらったのも、
ひたすらこの女御一人をもうけるためであったのだ。
さて、入道はどのような願を立ててめでたい夢を見たのかしらん』
と知りたくなって、心の中で拝みながら願文をお取り出しになります。