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本日のワイドショーは週刊文春によるアンジャッシュ、渡部氏の不倫の話題が新型コロナウィルスに関する報道を凌駕していた感がある。そんな中で私が気になったのは、渡部氏の謝罪的発言の「不徳の致すところです」というキーワードだ。このキーワード、ちょっと前には、自粛要請中に沖縄に行ってゴルフをした後で新型コロナウィルス感染が判明した石田純一氏が、退院後に発したコメントにも含まれていたものであり、それ以前にも、政治家や著名人が不適切な言動を非難された際の謝罪でしばしば耳にするキーワードである。では、「不徳」とは一体何なのか?古代中国の考え方(儒教の考え方)では、国を治める為政者には「徳」がなければならない。「徳」を以って国を治めれば、国が平穏になる。「徳」を以って国を治める者を「王者」と呼ぶ。「王者」に対して、武力で国を治める者は「覇者」と呼ぶ。そして、為政者に「徳」がなければ(不徳なら)国(民衆)が災厄にみまわれるという考え方である。原因と結果を逆転させると、民衆が災厄に見舞われるということは、為政者に「徳」がない(不徳)ということである。従って、「不徳の致すところ」という言葉の本来の意味は、民衆に悪いことが降りかかるのは、トップに「徳」(人望と言い換えても良いかも)がないからだということである。それは本人が直接悪いこと(不道徳なこと)をしたということではなく、人望がない者がトップになったことが災厄の原因であるということなのである。ここでいう「災厄」とは飢饉、水害などの自然災害や疫病、戦乱などを指す。これを更に逆転して考えれば、自然災害や疫病に際して、為政者が民衆に寄り添って誠実に対応していれば、その災害は民衆にとって大きな不満とはならず、「不徳」とはならないのである。このことを踏まえれば、渡部健氏や石田純一氏、及び本人が不祥事を起こした政治家等の「不徳の致すところ」という発言は、本来の意味からは外れているということになる。正に今、「私の不徳の致すところ」と謝罪し、言動の全てを改めるべきは、安倍首相なのではないだろうか。
2020年06月12日
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例え話です。とある学校の講堂に生徒1265人(1億2650万人)が居ます。生徒は講堂の外に出ることができない状況にあります。その講堂のどこかで有毒ガスが発生しているようです。校長先生が言いました。「2分間、息を止めていていてください。」「その間に毒ガスの発生源を見つけると共に、講堂の換気を行います。」校長先生は言いました。「息が苦しくなった人には酸素ボンベを配ります。」生徒たちは2分ならと思い、頑張って息を止めていました。 ・ ・ ・1分45秒経ったときに校長先生が言いました。「まだ毒ガスは発生しているので、あと2分、息を止めていて下さい。」毒ガスの発生源を見つけることもできておらず、講堂の換気もほとんどできていなかったのですが、そのことについて校長先生は何の説明もしないまま更に息を止めるように指示したのです。「あと2分(計4分)は無理でしょ」と誰もが思いました。当然、息継ぎしようとしました。すると、校長先生はじめ、先生たちは「緩んでるようです」と生徒たちをたしなめるのです。しかも、息が苦しいと訴えている生徒に約束した酸素ボンベを配ることさえしていないのです。結局4分後、いつの間にか毒ガスは稀釈されていました。(でも発生源がなくなったわけではありません)その間に、毒ガスに犯された生徒も出ましたが、それ以上に窒息で意識不明になった生徒や命を落とした生徒まで出ましたが、校長先生は言いました。「皆さんのお陰で毒ガスの被害は最小限に抑えられました。」「このことを他の学校に誇りましょう」(日本モデル)こんな学校(日本国)をどう思いますか?
2020年06月03日
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