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『崖っぷちに立った信仰』 20250727 ファンボ・グク協会長2025/07/27一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.07.28
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平和世界の実現のために2003年2月6日、ソウル・ロッテ・ホテルで開催された世界平和超宗教超国家連合の創始者である文鮮明総裁の83歳の誕生日と韓鶴子総裁の還暦祝賀記念世界首脳会議の際に語られたみ言である。 尊敬する前・現職の国家元首、世界から集われた宗教界、政界、学界の指導者の皆様、そして外交官と国内の高名な指導者の皆様! まず、皆様が築いた世界平和のための頂上会議の実績を褒めたたえ、きょう、私と韓鶴子総裁の誕生日をさまざまな面から祝賀してくださったことに対して、 心から感謝申し上げます。そして、このすべての栄光を、今日まで私を守ってくださった神様にお返しいたします。 この意義深い場において、私は、平和世界実現のめの私の所信を、皆様と共に分かち合おうと思います。 世界平和という願望の前に、宗教団体間の理解と宗教者相互間の和解が、今日ほど切実な時は、過去にりませんでした。宗教の貴い教えは、人類歴史に明りをともす知恵の根本です。しかし、宗教者たちは、三つの弱点を持っています。 第一に、彼らは、あまりにも来世的で非現実的です。 第二に、彼らは、偏狭で党派的です。 第三に、彼らは狂信的になることがあります。 宗教指導者たちは、開かれた心で万人を包容することができなければなりません。すべての宗教者の真の責務は、人間のさまざまな境界線、さらには宗教自体の障壁さえも克服することです。 宗教は、宗教自体の勝利や信徒たちの救援のためだけに存在するのではなく、神様のみ旨を成すために存在しているのです。断じて偏狭的、自己満足的であってはいけません。愛する心を持って生きていくときには、すべての障壁は崩れていくのです。 偉大な宗教の創始者たちは、この点を理解し、このような理想を実現しようとしました。神様は、真の愛の本体であられます。そして、真の愛は、無条件にために生きようとするその属性上、必ず相対を要求します。神様の創造の動機も、また創造の目的も、このような観点からの正しい理解が要求されるのです。 すなわち神様は、ご自身の真の愛の相対として、被造世界を創造なさったのです。その中でも人類は、神様に最も近い愛の相対、すなわち子女として創られました。最初の人アダムは、個人だけではなく、真の愛の家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙の始原であったのです。 神様の創造理想は、一つの真の愛の主管圏の中で相対のために生きる、和合、統一の理想でした。しかし、 人間始祖は、この真の愛の理想を完成する前に、すなわち成長期間において神様に背き、偽りの愛によって堕落してしまいました。 堕落によって、神様と人間との間に葛藤が展開するようになりました。また、神様とサタン、人間とサタン、そして人間相互間において、対立と闘争が展開するようになりました。この地球上に数多くの国々があったということは、数多くの闘争があったということを証明していることでもあります。 このような闘争の起源を克服していくことができる運動を展開するところにおいてのみ、理想世界に向かう出発点を見いだすことができるでしょう。 葛藤と闘争を解く方法は、利他的で犠牲的な愛、すなわち「他のために生きる生活」です。 神様の理想国家の実現は、怨讐を愛する思想をもった個人から出発するのです。怨讐に勝つ秘訣は、外的な力を通してではありません。怨讐をも抱く真の愛の力を通してのみ可能なのです。豆を植えれば豆が実り、 小豆を植えれば小豆が実り、真っ赤な花の種を植えれば真っ赤な花が咲きます。 同じように、恨みを晴らす悪魔サタンの種をまけば、 恨みを晴らす悪の木が育ちますが、怨讐を愛する善の種をまけば、怨讐を愛する善の木が育つのです。怨讐を愛する精神を持った人々で構成された国が現れれば、 その国が、神様の願われる理想郷になり、人類が入って行くことのできる理想型になることができます。 過去三十年以上の間、私は、家庭の崩壊、性的な不道徳性、青少年の退廃、道徳的堕落、そしてキリスト教の衰退等、米国の問題を解決するために、休むことなく至誠を尽くし、活動してきました。 このような私の努力にもかかわらず、キリスト教徒を含む数多くの米国人は、私が行っていることを誤解しまでしました。彼らは、私に対して、虚偽的な誹謗と否定的な態度で一貫してきました。しかし私は、憎悪や怨みの感情にとらわれることを拒否し、迫害する者のために生きる“愛の生活”を、変わることなく行ってきました。 私は、いかなる事情の下でも、神様の愛とみ旨を心情の深い所で、最も大切なものとして守ってきました。 このような理由ゆえに、時間がたつと同時に、米国人、 特にキリスト教徒たちの間で、私の教えと生活の価値を新たに悟る人々が増え、彼らの心境に変化が訪れてきているのを見ることができます。 私は、公式的な演説において、「キリスト教徒たちは、 彼らの真の根である神様のみ旨を成すという使命に応えなければならない!」と、ストレートに語ってきました。 キリスト教徒たちは、彼らの生活方式と態度を変えなければなりません。キリスト教の創始者は、「怨讐を愛しなさい!」という原理を教えました。もし、キリスト教徒たちが、このような根本原理を実践することに失敗すれば、彼らには衰退の道しかありません。それは、そのようになれば、彼らが、イエス様の教えと自由の神聖な法則から離れるようになるからです。 一方、イスラム教や他の宗教の指導者たちも、道徳的な面において、また、他のために生き、愛するといことにおいて、高次元的な愛を実践することができれば、彼らの怨讐も、外的な力によるのではなく、それ以上に偉大な真の愛の力によって、屈伏するはずです。 私は、西欧社会の指導者たちに、「世界に散在している約十一億のイスラム教徒、また、三十四億のアジア人と宗教者たち、そして、それ以外の他の宗教者たちを無視したり、看過してはいけない。」と、常に語ってきました。 もし、米国が、この巨大な人類家族の構成員の存在意味を理解することに失敗すれば、どうして米国が、 私たちの子孫のために、より良い未来を構築し、平和世界を成し遂げることができると期待できるでしょうか? 同様の理由から、イスラム世界や他の宗教者たちも、どうして西欧社会とキリスト教文化の重要性を見下したり、看過したりすることができるでしょうか? 私たちが、お互いを無視したり、拒否したりすれば、私たちには、何の希望もないのです。 すべての宗教の指導者は、他の宗教と社会を包容する気高い愛を実践する汎世界的な運動を導かなければなりません。これが正に、すべての宗教の創始者の崇高な教えです。 神様のみ旨と歴史が要求する方向とは、どこでしょうか? 神様の究極的な理想は、宗教と人種と国家を超越して、真の愛によって平和統一された世界、すなわち「人類一家族」を成し遂げることです。神様の目標は、ある一宗教や一理念の勝利ではなく、全人類が、 平和と統一と幸福の中で生きていく愛の世界を成し遂げることです。 現代社会が、技術的、物質的発展によって統一されていくという外的な趨勢の中で、人類が、内的な和合統一を成すように導かなければならない使命を果たすのは、宗教の役割です。宗教は、このことに率先して模範を示さなければなりません。 宗教界の和合と協力を成すことは、遅らせることのできない歴史の要請であり、神様の神聖なみ旨です。 それを成すことができなければ、宗教は衰退します。 私は、私が体血し、経験した神様の心情と、念願とされたみ旨を、生涯にわたって教育してきました。私の教えは、決して思弁的な理論ではありません。 神様は、生きて役事してこられました。しかし、人間は、堕落によって本然の位相(位置と様相)を失ってしまい、神様を完全に感知できないまま、罪悪と紛争の中で生きてきました。全能であられ、完全であられる神様であっても、そのおかたの御前にふさわしい相対がいなければ、ご自身の全能性をお示しになることはできません。 人間始根が神様に背いた後、神様は、ご自身が相対する善の基台を失ってしまわれ、したがって、善と絶対的な能力は現れることができないまま、歴史は進行してきました。 神根は、人間を原状回復させることをもって、ご自身の位相と天意を回復させる摂理をなさるのです。神様は、人間始祖が成すことのできなかった真の愛、真の父母、真の家庭の理想を回復するための使命者として、第二アダム、第三アダムを立てながら摂理なさるのです。 私が、いち早く神様の召命を受け、真の父母の使命を果たしてきた背後には、このような摂理的な事情が連結しているのです。 尊敬する指導者の皆様! 今こそ、私の預(予) 言的な宣布に深い関心を持ってくださるようにお願いします。人類は、歴史的な転機を迎えているのです。今の時は、見ることができず、 無力で、存在しないと思っていた神様の権能が、人類の生活の中で示される時になりました。 万象と宇宙に厳存する神聖な秩序と合法の主人であられる神様の絶対権を、人間たちが、自らの日常の中で体得するという驚くべきことが起きる時になったのです。これは、神様と真のご父母様、そして義人たちの歴史を通した犠牲と無条件的な愛の実践基盤の上で成し遂げられた神様の善の相対基台が、堅固に造成されたがゆえに可能であった、奇跡のような出来事です。 人類は、今からますます神様を感知し、霊界と霊人たちの歴史を知っていくようになります。人々は、自らの”内なる人”である霊人体を自覚し、その霊性が啓発されていくことでしょう。 このようにして人間は、宇宙の公法を自然に体得し、 確実な人格変化を起こして、”真の人”になることができるのです。これを通して人類は、宇宙の存在秩序と人間関係が、利己的、自己中心的ではなく、利他的、 他のために生きるようになっているということを学ぶようになるでしょう。 神様の創造本然の平和理想は、統一理想です。相対理想から成っている存在世界自体は、調和統一を前提として成り立っています。相対を無視したり、不幸にすることによって成し遂げられる平和理想は、ありません。 上下、前後、左右関係や、霊界と地上世界が、すべて相対のために生きる真の愛の理想によって調和統一を成すとき、完全な平和が実現されるのです。 したがって、神様の喜びと幸福も、その相対である人間の喜びと幸福を伴いながら成就するようになっているのです。 また、すべての存在の個体目的は、より大きな全体目的、すなわち公的目的の下において達成感を持つようになっています。宇宙全体の秩序は、このように二重目的の連体によって、大きな調和統一を成すようになっているのです。 しかし、堕落によって神様に背き、無知に陥った人間は、堕落性である利己的欲望の主管下で、本然の存在秩序に逆らって生きてきました。公的なものよりは私的なもの、全体目的よりは個体目的を優先させて生きてきたのです。 その帰結は明らかです。永続的な自由と平和と幸福は、保障されえません。外的な力と物質と自己中心の享楽を追求しながら、葛藤と対立の中を駆けてきた人間たちは、今、悲惨な不幸の泥沼をさまよっています。 今こそ人類は、自己省察を行い、天から来る声に耳を傾けなければならない時です。摂理的な恵沢によって、生きていらっしゃる神様は、私たちのすぐそばに来ていらっしゃいます。 今から人類は、かつて経験することができなかった霊的な経験、すなわち超越の世界と多くの交流を持つようになるでしょう。頻繁に起きる霊的役事によって、 人類は、直接、間接に大きな影響を受けるようになるでしょう。 特に、神様と善霊の役事による感化を経験した人間は、神様を中心として、霊性の啓発とともに、決定的な人格変化を起こすようになるでしょう。 このように、“天道”に一致した人格に変わった人が、 すなわち神様の望まれた”真の人”です。 私たちは、皆、怨讐を愛する真の愛を実践し、霊界を正しく知る”真の人”となり、真の父母となって、 真の家庭を成さなければなりません。平和世界の起点は、ここにあります。神様が願われる理想国家の起点は、ここにあるのです。 自らを真の愛の実体として立てることができず、和楽の理想的家庭生活を経験することができなかった人に、幸福と平和を謳歌しながら生きることのできる理想的な国家や理想的な世界はありません。 神様が願われる理想的な祖国は、怨讐を愛する道、 すなわち個人の怨讐を愛し、家庭の怨讐を愛し、氏族の怨讐を愛し、国家、世界の怨讐を愛する伝統を残す道から訪れて来るのです。 多くの人々は、国連が世界の問題を解決し、平和が実現されることを希望しています。しかし、国連は、 これまで制約もありましたが、その活動において宗教と霊性の重要性を看過することによって、さらに影響力が弱化せざるをえない道を自ら招きました。 これは、国連が現実の問題を分析し、また、解決を試みるうえで、一方だけに偏ってきた結果です。これが継続すれば、国連は、本来の創設目標を絶対に達成することができなくなり、その存在をも認めてもらうことができなくなるでしょう。 平和世界の実現の理想に、包括的、かつ根本的な面から接近するために、国連は、超宗教的代表者たちの議会を併設しなければならないということを、再度、 提唱します。 今この時、代表たちは、その宗教創始者が実現しようとした最も高貴な理想を実践しなければなりませんが、実践するにおいては、模範となる真の愛の人格と知恵をもってなさなければなりません。各指導者のかたがたは、この点を深刻に考慮し、国連内に上院のような協議体を構成する努力を継続してくださるようにお願いします。 私は、神様の真の愛のみ旨である天上、地上の“一つの国”を成し遂げるために、忙しく生涯を歩んできました。これまで、宗教界だけではなく、政界、思想界、学界、財界、言論界、また、NGO(非政府組織) の指導者たちに、「他のために生きる生活」をしなければならないと、指導してきました。 また、理念的に教えるだけではなく、私が先頭に立って模範を見せ、実践をもって指導してきました。このような私の世界的な基盤の上で、「世界平和超宗教超国家連合」を創設し、世界的に「平和大使」を任命しました。それは、利他的な真の愛の実践生活の模範を見せながら、対立し、葛藤する境界線を超えて、調和統一の世界を成していく指導者を養成するためです。 そして、平和運動と奉仕運動を展開する拠点として、 また、超宗教連合が主張するビジョンと普遍秩序を指導し、実践する教育の場として、世界各国に「平和大使館」を建立しています。 指導者の皆様が、真の愛によって、皆様の家庭と国を新たに創建してくださるようにお願いいたします。 さらには、真実で永続的な平和世界、神様の願われる国境のない地球星を成し遂げるために努力している 「世界平和超宗教超国家連合」のビジョンを支持し、共に活動してくださることを希望します。 今回の会議における皆様の経験が、生産的で士気を鼓舞するものとなり、平和世界の実現が早まることを祈りながら、話を終わらせていただきます。 ます。 ありがとうございました。29 Family 20034韓流コーラ 韓国式 麦コーラ メッコール 250ml×60缶 (2BOX) 炭酸飲料 ノンカフェイン 防腐剤・人工着色料不使用 ビタミンB1 ビタミンB2 ビタミンC コーラ 炭酸飲料 大麦飲料 麦コーラ 大麦の炭酸飲料一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.07.22
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『より大きな勝利のための試練』20250713 ファンボ・グク協会長2025/07/13一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.07.21
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「神様の真の愛と天地人の関係の回復」(03.02.06 「真の御父母様御聖誕記念式」のみ言) 尊敬する前職、現職の国家元首、世界から集まってこられた宗教界、政界、学界の指導者、百八十九か国の代表、国内外の高名な各界の代表と平和大使、各宗親代表、そして紳士淑女の皆様! 私の満八十三歳の誕生日と、韓鶴子総裁の還暦を祝賀するために集まってくださった皆様に、心から感謝を申し上げます。 何よりもまず、この日まで私を守ってくださり、共にいてくださった神様に、このすべての栄光をお返しいたします。 神様を抜きにしては説明することのできない私の生涯であるがゆえに、この意義深い場に感謝しながら、「神様の真の愛と天地人の関係の回復」という題目で、み言を分かち合おうと思います。 歴史的に、人類は、神様や絶対者について多くのことを語ってきました。さまざまな賛美や頌歌をささげ、また、一方では、むやみに批評したりもしてきました。 「神様はいない。」、「神様は死んだ。」と、極言を吐いたりもしました。それにもかかわらず、神様は、ただの一度も、“私は、ここに、このように生きている。”と、直接、現れはされませんでした。また、「科学と技術の発達が高度化すれば、神様を信じる人はいなくなるであろう。」と、予言した人も大勢いました。しかし、現代社会においても、信仰者は、依然として減っていません。 神様は、生きていらっしゃる万有の根源者であられ、創造主であられ、人類の真の父母であられます。 私が発表し、教えてきた神様は、漠然とした神様ではありません。いち早く、少年時代から人生と宇宙について苦悶してきた私は、十六歳(数え年)のときに神様を体感し、その時から今まで、生活の中で交感してきました。【参考文献】 生死の境界線を行き来する、険しい私の生涯を支えてくれた原動力は、正に、生きていらっしゃる神様との約束と、絶対信仰でした。 私は、霊界の隅々を渉猟し、そこにいる五大聖人、数多くの賢哲たちとすべて出会い、私の天的な使命に対して、彼らの公認を受けました。皆様! このように神様は厳存され、人類の真の父母であられるのです。 神様は、私たちすべての生命の根源者であられ、すべての人が、因縁を結ぶべきおかたです。そして、私たちが訪ねて行く霊界も、すでに存在している世界であるということを、はっきりと知らなければなりません。霊界を疑ったり、漠然と神様を信じたりしてはいけないのです。 私は、歴史に類例のない「神様会議」を数度にわたって主導してきました。各宗教団体の代表者と最高位の神学者、宗教学者が参席した一九八〇年代の三度の会議は、宗教界に大きな反響を巻き起こしました。 これらの会議を通して、私が指導しようとした要旨は、第一に、各宗教は、それぞれの特殊性を持ちながらも、それよりもはるかに多くの底辺を共有しているということ、第二に、宗教人相互間の葛藤と不和は、信仰者たちの偏狭さが主原因であって、決して絶対者のみ旨ではないということ、第三に、神様は、信仰や意識よりも、愛の実践をより願っていらっしゃるおかたであられるという点です。 このときに発表された論文と会議記録は、現在、各宗教団体の最高神学教育課程における教科書として活用されています。 高く垣根を築いていた宗教団体間の対話、協力の気運が、このときから本格的に開かれ始めたのです。 それ以降も、毎年、多くの予算を投入しながら、各種の宗教連合運動と超宗教平和運動を全世界的に展開してきました。 昨年十二月二十六日から三日間、米国のワシントンDCにおいて、私は、別の次元の神様会議を開催しました。「神様と平和世界」を主題として、宗教指導者だけではなく、世界各地から、政界、学界、言論界、財界、文化芸術界、NGO(非政府組織)代表等、三百十二人が集まりました。 神様は、信じる人だけの神様ではあられません。万民の神様であられます。また、今この時は、漠然とした神様ではなく、より明確な、威容と主管権を持って万民の前に立っていらっしゃる神様を悟らなければならない大転換期なのです。 神様を無視しては、決して解決することができない、個人的、家庭的、国家的、世界的問題の渦の中に巻き込まれている現代人であるということを自覚する時です。 この会議には、三百十二人の世界の指導者が集まり、第一に、真の父母であり、真の師であり、真の主人であられる神様と、実体の真の父母を、個人、家庭、国家、世界の縦的な絶対価値の軸として立てること、第二に、霊界において五大聖人と賢哲たちが、神様のみ旨完成のために決議し、一致団結して地上に協助していることに対して、私たちも歩調を合わせて協力すること、第三に、平和理想の実現のために、真の愛の実践運動や国連刷新運動等、真のご父母様が計画されることに積極的に参与し、教育し、推進すること等、これらの内容からなる決議宣布文を発表しました。 宗教を信じるのは、本来の父親と本然の国を、再び捜し出すためです。「宗教」という言葉は、人間だけを中心とした言葉ではありません。神様を母体とした最高の教えが、宗教です。神様と関係を結び、神意に従って生きる方式を身につける過程があるのです。 したがって、聖人は、天意に従わなければならず、天情を紹介しなければなりません。 真の宗教は、神様について教えなければなりません。真の宗教は、漠然とした神様を紹介するのではなく、神様に対する認識をはっきりと強固に植えつけてあげることができなければならないのです。 世の中と妥協する宗教は、高次的な宗教であると言うことはできません。そのような宗教は、結局は、衰退してしまうようになります。 真の宗教は、人が神様を正しく求め、神人が一体を成す本然の世界に帰っていくことを教えなければなりません。宗教を信じるのは、罪のない世界、神様と本然の関係を結んだ理想世界を求めていくためです。神様が求めていらっしゃるのは、宗教界ではなく、理想世界です。 宗教の目的は、宗教自体の価値を通した世界ではなく、神様の理想を通した世界です。ここにおいて問題となるのが、創造理想です。神様が創造なさったので、創造理想を究明するということは、とても重要なことなのです。 神様のみ旨とは、何でしょうか? 創造理想を完成することです。それでは、神様がエデンの園で、人間始祖アダムとエバを通して成し遂げようとされた創造理想とは、どのようなものであったのでしょうか? 真の愛の本体であられる神様は、愛のパートナーを必要として人間を創造されました。人間は、神様の真の愛の理想を成すために、神様の真の息子、娘として創られました。彼らは、真の男性、真の女性として成長し、真の夫婦を成して真の家庭をつくり、理想的な国と世界をつくり上げるのです。 別の言い方をすれば、神様の真の愛を中心として、理想的な家庭、さらには理想的な世界を完成するのです。しかし、人間始祖の堕落によって、この創造理想は崩れてしまいました。 したがって、宗教の目的とは、一人の真の人を取り戻すことであり、真の家庭と、真の国家と、真の世界を取り戻して、万民が平和に生きていくことです。 これがまさしく、神様が地に対して摂理される目的なのです。宗教は、このように善の世界を追求してきました。しかし、その善の世界は、善の国が現れなければ成立しえません。 善の国には善の民族が、また、善の民族には善の氏族が、そして善の氏族には善の家庭が、先に存在しなければなりません。そして、善の家庭を築こうとすれば、先に善の男性と善の女性がいなければならないのです。 アダムの堕落以後、イエス様の時までの四千年間、イスラエルの歴史は、何を取り戻すための歴史であったのでしょか? 外的には、世界を取り戻す歴史でしたが、内的には、真の息子であるアダム一人を取り戻す歴史だったのです。堕落によって、神様の愛を中心とした生命と血統を受け継いだ息子、娘がいないということが、神様の恨です。 神様が、愛と生命と血統の主人として、再び創られ、この世の中に送られたおかたが、救世主です。それは、見る観点によって、救世主として、メシヤとして、再臨主として、あるいは真の父母として、それぞれ表現されます。 この世のすべての人々を貧困と苦痛、戦争と罪悪から救ってくださるという点では救世主として、また、絶対者の救援のみ旨を中心として、すべての宗教人を生命の道に連結させる仲保(者)という点ではメシヤとして、また、第一イスラエル、第二イスラエルと続いてきた神様の主流復帰摂理の観点からは、再臨主と呼ばれてきました。救世主、メシヤ、再臨主、これらのすべては、主に救援と復帰過程に焦点を合わせた次元で呼ばれてきたものです。 偽りの父母、偽りの先祖と因縁を結んで生まれ、罪悪と葛藤の中で生きてきた堕落人間は、堕落直前の段階にまで復帰されることのみによって、すべての所願を成し遂げることができるのではありません。 神様のみ旨も、人間の本性の願いも、創造理想を完成した本然の理想的な人間となり、理想世界をつくり上げることです。それは、神様の愛の理想を完成した個人として生まれ変わった後、真の愛の夫婦を成して、真の父母になることです。 それを成すために、神様の真の愛、真の生命、真の血統の“始源”である真の父母が、絶対的に要求されるのです。このように、神様の救援摂理完成のためには、一人の男性として現れる救世主、メシヤ、再臨主ではなく、神様の真の愛を完成し、その典型を成した真のご父母様をお迎えしなければならないのです。 神様が、先に創られたアダムのあばら骨で、その永遠の相対であるエバを創られたように、神様の息子である復帰されたアダムが先に来て、エバを復帰し、再創造することによって、真の愛の理想を成し、真の父母の″位相″を完成しなければならないのです。 人間の真の愛、真の生命の源流が、その中にあり、理想的な男性像、女性像の標本が、その中にあり、理想的な真の夫婦と真の父母の標本がすべて、真のご父母様の中にあるのです。 人類の罪悪と苦難は、堕落した先祖の偽りの愛によって実を結んだ、偽りの父母、偽りの先祖に由来しています。 したがって、堕落の因縁から解放され、理想を完成することは、来るべき真のご父母様を通してのみ可能なのです。人類の本心が、宗教を通して求めてきたものも、また、世界が待ち望んでいるものも、神様の愛の理想を完成する真の父母なのです。 「宗教は、人間を改造するところである。」と言うことができます。堕落がなければ、宗教は必要ないのです。堕落によって、心と体が闘っている人間を、永遠に闘わない平和な存在に、また、神様の実体対象に改造しようとするのが、宗教です。 すなわち、神様に似た本然の人格に変えるのです。私たちの心と体を見るとき、体は、悪神サタンの基地になっていて、良心は、神様の基地になっています。 一般的に、体が心を引きずり回すのです。宗教は、心を引きずり回すこの体を打って、弱化させようとするものです。 宗教の教えは、体が最も嫌うものを提示します。断食をしなさい、奉仕をしなさい、犠牲になりなさい、祭物になりなさいと言い、さらに、義のために苦行の道を歩み、生命をささげることまで要求するのです。 聖書において、「死なんとする者は生き、生きんとする者は死ぬ」という逆説的な論理で教えているのも、肉身が要求するとおりに生きれば、死亡世界である地獄に行くのであり、肉身(の欲望)を殺して、良心の解放圏を持てば、永生の天国に行くということなのです。 心と体が統一できずに闘う人は、統一された神様の愛の理想世界に適応することができません。一般的に、宗教を持つことによって、天国や極楽に行くといわれます。 しかし、天国は、神様の真の愛を中心として、心と体が一つになった子女が入って行くようになっている所です。堕落した世界の愛は、主に自分自身を中心とした愛ですが、それは、心ではなく体に関係しています。 堕落した体は、悪魔の舞踏場となっています。本心は、神様に代わる主体、すなわちプラスの位置にあるのですが、体は、もう一つのプラスとなって、本心を籠絡しているのです。これを正さなければなりません。 この目的のために、神様がつくられた修理工場が、宗教です。そこは、心と体が永遠に一つになった人、完全な人格に正す修理工場なのです。一方で、宗教においては、休まずに祈祷し、精誠をささげることを教えています。悪魔は、体を横的な舞台として、二十四時間、休まずに活動しています。神様は、縦的な基準に立っていらっしゃるので、縦的な心を通してのみ役事されるのです。 心が、横的な体の強い作用に引っ張られていかないようにするためには、心自体が、垂直の位置で精誠をささげることによって、神様から三倍、四倍もの力を受ける必要があります。 このような精誠の生活を三年間から五年間、行うようになれば、心が、体の環境的、習慣的な影響力から自由になることができるのです。 尊敬する指導者、そして紳士淑女の皆様! 宗教生活は、してもよく、しなくてもよいという選択の問題ではありません。堕落人間は、サタンを中心とした偽りの愛と、偽りの父母の因縁から生まれてきたので、だれもが例外なく、修理工場である宗教を経て、必ず真のご父母様と出会い、真の愛と真の生命の因縁を結ばなければなりません。 ここで、一つ重要な事実を知らなければなりません。修理工場に訪ねて行くのは、そこに永遠にとどまろうということではなく、再生して出て来るためであるという事実です。 宗教生活は、堕落人間の必須課程ではありますが、宗教生活自体が、人生の根本的、総体的な目的ではないのです。人生の究極的な目的は、宗教生活を正しく履修し、模範生として卒業して、創造本然の人間として生活することです。 堕落ゆえに生じた宗教ですが、その宗教の中に埋もれて生きることだけが、人生のすべてでしょうか? 堕落していなければ、本然の人間は、どのように生きていたのでしょうか? 本来、人間は、神様の子女として、真の愛の理想のもとで真の家庭を成し、一つの世界を成して、自由と平和、統一と幸福の天国生活をするようになっていたのです。神様は、宗教を通じて修理され、再生された子女に出会うために、人間を創造されたのではありません。罪を悔い改めながら、葛藤の中で苦悩している子供を見ることを願う父母が、どこにいるでしょうか? まして、創造主であられ、全知全能であられる天のお父様が、ご自身の子女を、苦痛の中で罪を犯して生きるようにさせることが、本来のみ旨でしょうか? 堕落世界は、神様が本来、計画されたみ旨ではありません。人間始祖が、神様に背くことによって、本然の構想が成し遂げられなくなったのです。 絶対的な神様であられるので、そのみ旨とされたものも絶対的です。神様は、再び、そのみ旨を成されます。それは原状回復であり、それゆえに、神様の救援摂理は、復帰摂理であり、再創造摂理なのです。 宗教は、復帰摂理のための器具です。人間は、真のご父母様と出会って、宗教生活の課程を履修するだけではなく、神様の子女となって、生活の中で、父子の因縁をもって、神様に侍って生きる生活信仰の世界に飛躍しなければなりません。 長い歴史の中で、人間は、宗教生活を卒業しなければならないという、この貴い真理を明らかにした人は、いませんでした。早くから神様のみ旨を知った私は、教派や宗派を創設しませんでした。 神様の摂理の中心宗教であるキリスト教が、私の教えである天道を受け入れなかったことによって、私が初めて創った組織が、「世界基督教統一神霊協会」でした。 教派でも、宗派でもなく、協会でした。宗教界が継続して不信し、計略に陥れ、迫害しながら、無条件に異端であると規定し、無視したにもかかわらず、私たちの集いが大きくなっていったので、世の中が、私たちの長い公式名称に代わって「統一教会」と呼ぶことによって、「統一教会」になってしまったのです。 しかし、私は数十年前から、私たちの教会の看板を下ろす日を望みながら、その事実を予告してきました。 一九九六年に教会の看板を下ろし、「世界平和統一家庭連合」として出発しました。これは、人類史における重大事件です。 偽りの父母から受け継いだ罪のくびきをかけ、苦難と葛藤の中で、悔い改めと祈祷の信仰生活を通してのみ神様を求めてきた人類が、真の父母から祝福を受けて重生し、真の愛の生活の中で、神様に報告して生きる世界に変わる、天地開闢が始まったのです。 これまで、私が天命に従って、真の父母の使命を果たしながら、地上だけではなく、霊界の垣根も崩し、地上と天上に、祝福の恩賜を自由に下してあげるまでの過程は、だれも知ることができません。 歴史の中で、偽りの主人としてふるまいながら、人間を管掌し、神様に逆らってきたサタンを屈服させることが、簡単なことでしょうか? サタンが公認しない立場では、真の父母の″位相″を立てることはできないのです。真の父母が管掌していくにつれて、サタン主管下の死亡圏にいる万人に祝福の特権が及び、霊界にいる霊たちや地上人が皆、真の愛の生命圏に転換される、そのような奇跡の時代が開かれたのです。 満場の紳士淑女の皆様! 今、正に訪れてきた天運とともに、人類は、宗教生活を履修し、真の愛の祝福を受けて、真の家庭を成しながら、神様の真の子女の″位相″をもって生活しなければなりません。 地上で祝福を受け、このような真の愛の生活をした者だけが、永遠の本郷である天上の理想世界、すなわち神様の国に入って行くことができるのです。霊界に行くときに、何を持って行きますか? お金ですか? 権力ですか? 知識や名誉ですか? これらは、この世のものなので、超越した世界に行くときは、すべて捨てて行かなければなりません。これらは、永遠な本質の世界であるその世界では、何の役にも立たず、持って行くこともできないものです。 霊界は、愛の世界であるがゆえに、地上で体恤した真の愛、特に天地父母から許諾された真の愛の生活内容が、最も貴く認定される世界です。どうぞ霊界を、より深く学び、祝福家庭生活を通して、真の愛を完成する神様の子女となってくださることをお願いいたします。 私の教えは、人から学んだことを根拠とするものではありません。また、私は、一般の教訓的な次元の教育や慣例的な教育はしません。神様と天道に根源を置いた生命のみ言をもって、直説的に訓導しているのです。 私の真の父母の使命が、神様の下さった使命であるとすれば、きょう、この時間、皆様が私と結ぶ関係が、とても意味深く、貴重な因縁になるということを知って、心の深い所に刻んでおかれればよいと思います。 神様の祝福が、皆様と皆様の家庭、そして、皆様の公道の上に共にあることを祈りながら、み言を終えたいと思います。 ありがとうございました。【送料無料】韓流コーラ 韓国式 麦コーラ メッコール 250ml×30缶 1BOX 炭酸飲料 ノンカフェイン 防腐剤・人工着色料不使用 ビタミンB1 ビタミンB2 ビタミンC コーラ 炭酸飲料 大麦飲料 麦コーラ 韓流コーラ 韓流コーラ 大麦の炭酸飲料一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.07.20
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▲『祝福家庭』2003年 春季号<28号>、目次より「文鮮明先生御言選集 20030206 - 天宙・天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式の祝祷」からも「勝利されたお母様」について祈られたものがありましたが、 それを暗中模索しながら、真っ暗闇の中でお一人、僕の僕の立場から僕の立場、養子、庶子の立場、そのようにして直系の子女まで、そして、母を捜し立てて父母の立場にまで立ち、カイン・アベルの共産圏と民主世界を収拾し、これを抱いて本然の父である真の父母に奉献してさしあげなければならないという地上の母、エバの使命を中心として、すべての民主世界、自由の環境を破綻させるサタン圏の主権と闘いながら、個人克服、家庭、氏族、民族、国家、世界、今日の国と世界の限界線を越えて克服できることによって、お母様が再び出産の苦労をされ、真の父母のあとに続いて従うことによって、初めてこの天地間に、勝利した母として霊肉完成した実体をもつようになりました。以下は、郭錠煥氏が当時語ったものでした。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.07.17
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天宙・天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式の祝祷二〇〇三年二月六日 天宙清平修錬苑 開始の祈祷 お父様、天宙・天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式を奉献いたしますので、天上の天一国の民と地上の天一国の民が一心、一体、一念となることによって、相対的世界の統一の家庭を根源とした全体祝福の恩賜の式典として受け入れてくださり、天宙解放圏の勝利の覇権をもって、堕落のない本然のアダム家庭完成のみ旨を成せずに堕落した以降のサタンの愛と生命と血統による数千億の人々が、すべて同じ位置で、解放の同等な祝福の恩賜によってあなたの懐に抱かれる祝福中心王即位式を挙行いたしますので、一体理想として愛の主権王となり全体を統治できる日として受け入れてくださることを願いながら、真の父母様の名によって御報告いたします。アーメン。アーメン。アーメン。 祝祷 愛するお父様。きょうは天一国三年二月六日であり、この日は、真の父母様の八十三回と六十回を迎える聖誕の日であると同時に、天宙・天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式を挙行する歴史的な転換の日でもございます。 「天一国」という名は、神様が堕落していない本然の創造理想を中心として完成したアダムとエバを中心として祝福することによって、霊的父母と実体父母が一体となり、新しい真の愛を中心として真の生命と真の血統を連結させ、家庭定着を願った希望の一日がありました。 人類始祖が実体圏を中心として、アダムは男性的代表格、エバは女性的代表格として、無形の神様の位置である高い上弦に代わる相対の位置として低い下弦の子女の立場に立ち、東西南北に広がっていくことができる四方を備え、男性と女性が東側と西側から中央に来て無形の天地父母様と一つになり、完成基準となって子女時代を成熟させ、その次には、約婚時代と結婚時代を備えることによって、地上の一つの下弦的完成基準と上弦的完成基準が、東と西、男性と女性の完成基準が合徳できる中心位置において祝福結婚し、無形の天地父母と有形の天地父母が愛の理想を中心として、創造理想の最高の頂上の位置で合徳することにより、神様的中心の愛を中心として、上弦を中心としてはアダムとエバと神様、下弦を中心としてはアダムとエバと子女、右弦を中心としては神様とアダムと息子、左弦を中心としては神様の女性性相とエバと娘を中心として四位基台を成すのでございます。 その四方、前後、左右、上下が一体理想を定着することができる四位基台の中心である神様の真の愛を中心として、上弦、下弦、右弦、左弦、前弦、後弦が一体理想を備え、神様が一代ならばアダムとエバは二代であり、三代となるアダムとエバの息子、娘を中心とした相対的一体理想である四位基台の安着が、祖父、祖母、父、母、夫婦を中心とする六数一体と共に、子女を中心として八数圏を種として結着し、全天地において完成的愛の理想家庭の出発を成そうとしたすべてのことが、堕落によって成されたものとなってしまいました。 そのようにして、上弦、下弦、右弦、左弦、前弦、後弦が一体的理想を成すことができず、父子である神様と子女が、男性と女性が、兄と弟が、闘う怨讐関係の立場となり、神様を頂点として真の愛で連結した真の生命と真の血統を中心として、安着の家庭理想を願われたのが神様の希望でしたが、神様が臨在なさることができる中間の位置に、逆に天使長が入り込んできてアダムとエバと一体になることによって、天地父母の位置を悪なる父母が占領するようになり、その結果、心と体が怨讐となり、男性と女性が怨讐となり、天とこの地が怨讐となり、兄と弟が怨讐となり、その闘争の結果、神様は、孤独な立場、囹圄に閉じ込められた立場となり、サタン全権時代になるという悲しく恨めしい歴史が展開したという事実を、統一教会の教会員はみな知っております。 お父様。 その怨恨に捕らわれた天の父母、理想的位置で一心一体合徳し、勝利の覇権的家庭の出発を成し、万世に愛を中心として、太平聖代圏に、たった一つの国とたった一つの血族とたった一つの民族とたった一つの文化世界を永遠に創建するということが、すべての面で反対となる闘争の歴史によって、この地、今日の人間の歴史、先祖たちの歴史が血に染まってきたという憤懣やるかたない事実を、統一教会の教会員たちはよく知っております。 そのような環境を見つめながら耐えてこられた天の父母の前に、過った罪状を悔い改めることができない子女の立場を、神様が哀れみで包まれ、赦され、代わりに蕩減してくださることによって、天が先に個人的な蕩減の峠を越えることにも苦労され、家庭的峠、氏族的峠、民族的峠、国家的峠、世界的峠、天宙的峠を越えるにおいて、この地上の人間たちが無知であるがゆえに行く所が分からないので、代わりに犠牲となりながらこれを開拓するための代表的な機関として宗教を立てられました。 その宗教の中に選民イスラエルを立て、ユダヤ教とイスラエルの国を中心として、内的外的、カイン・アベルを基準とする統一圏を中心として、その上に来られるメシヤを中心とした父母の位置を策定し、家庭的勝利の覇権の上に勝利的基盤を築き、国家的勝利の覇権を願い、国家的勝利の覇権の上に勝利的基盤を築き、それによって世界と天宙史的な勝利圏を願った希望の一念を、すべて失ってしまわれたという天の悲痛な事実を知っております。 私たち不忠で不孝な子女の罪によって、そのような立場に天宙父母を立たせるようにしてしまい、宗教を中心として超宗教、超政治、超国家、超NGO、超世界、一つの国を成し遂げようとされたみ旨と、メシヤを送るとイスラエル民族に約束され、そのメシヤが男性完成者として来て、失ってしまったエバを取り戻すために、国家的基準においてアダム家庭が失敗して失ってしまったエバの基準を立てることによって家庭基盤を築き、その上に民族を越え、国家的基盤の上に勝利の覇権を立て、エデンで理想としていた神様の愛の主権を復帰しようとされたすべてのみ旨が、このように悲しみに包まれて暗闇の世界に転がり落ちてしまいました。 それを暗中模索しながら、真っ暗闇の中でお一人、僕の僕の立場から僕の立場、養子、庶子の立場、そのようにして直系の子女まで、そして、母を捜し立てて父母の立場にまで立ち、カイン・アベルの共産圏と民主世界を収拾し、これを抱いて本然の父である真の父母に奉献してさしあげなければならないという地上の母、エバの使命を中心として、すべての民主世界、自由の環境を破綻させるサタン圏の主権と闘いながら、個人克服、家庭、氏族、民族、国家、世界、今日の国と世界の限界線を越えて克服できることによって、お母様が再び出産の苦労をされ、真の父母のあとに続いて従うことによって、初めてこの天地間に、勝利した母として霊肉完成した実体をもつようになりました。 今から天の国の王権を受け継ぐことのできる「天一国」を開門することによって、地上世界の天国の基盤と天上世界の天国を準備し、一心一体一念が動ずる愛の理想的、真の愛と真の生命、真の血統、真の家庭定着という解放された名を取り戻して復帰することによって、怨恨の多かった惰性の世界を除去してしまい、希望に満ちた未来の勝利的愛の主権を再び建国し、天の前に奉献することができるこの式典をもつようになったことを感謝、感謝、感謝申し上げます。 天にいるすべての霊人たち、祝福を受けた長子圏、天使長圏の祝福家庭たち、そして地上のアベル圏、堕落していない本然の家庭のアダム的アベルの立場で祝福を受けた兄弟たち、天上世界にいる兄たちが地上に来て、アベル的弟の立場を兄として侍ることができ、一体となることによって、天上・地上一体圏の上に縦横に天地父母をお迎えし、地上における個人時代祝福、氏族、民族、国家、世界、天宙の祝福の平面途上における解放的基準、立体途上の個人祝福、氏族、民族、国家、天宙的祝福家庭が縦的な位置におりますが、この兄と弟の祝福の位置が調和して交わることによって、天上にいる兄の祝福家庭が地上に来て、そして、弟の立場にいるすべての祝福家庭を縦的な位置に代置することによって、天地開闢的大転換、反対復帰転換することができる時代を迎えたのでございます。 そのようになることによって、天宙父母と天地父母の真の愛を中心とする平和統一家庭王即位式を拡大した平面的世界水準と縦的な世界水準が、本来のアダム家庭において一体となって一つのところから出発することができなかったことを、もとがえして成し遂げ、地上・天上天国、天一国理想圏の出発を成すことができるように宣布し、祝福の王即位式をもつようにしてくださったことを感謝申し上げます。 天宙父母、天地父母が真の愛を中心として一心一体一念となり、真の愛を中心とする真の父母から真の子女への真の血統を中心として、アダムとエバが堕落することによって失敗した真の家庭の完成定着を成し、偽りの父母が汚した血筋をすべて征服してきれいに復帰された立場において、一つのアダム家庭を解放させた祝福の位置を、天地父母を通して取り戻し、汚れたサタンの血筋を清める時まで、真の父母が数千億の霊界と地上の人たちを、一心一体一念で祝福することによって、天宙父母と天地父母の腹中に一つになって宿った息子、娘の姿となり、出発的基準において、天上、天の国を中心として地獄と楽園を解放し、三六〇度、どの方向にも天のみ座に向かって直行できる自由解放圏をもつようにしてくださった天宙・天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式をもつことによって、本然の形態の姿勢を整えた場において、新たに神様と真の父母が一心同体となり、全体、全般、全権、全能の行事を万宇宙に出発することができ、家庭的天国理想世界に出発することができることを宣言、命令するようになったことを感謝申し上げます。 きょうを期して、悪の権勢は後ろに退かなければならず、善の権勢は、前に立って全体を指揮、指導し、新しい天国文化世界の創建に向かって前進し、天の国の栄華と栄光を全天宙に充満させ、万世の祝福された家庭が相続し、天上・地上解放の主権的愛の主権を受け継いで相続するにおいて、天上世界と地上世界の前に不足のない天国に入籍した祝福家庭の国となるように許諾してくださることを、懇切にお願い申し上げます。 この日の天宙父母と天地父母が一心一体となった場において、天国開放を中心とする天一国統一の世界に、一体理想の主権の世界に前進することを真の父母の名によって命令、宣布しながら懇切にお願い申し上げますので、願うとおりに成就されるようにしてください。真の父母様のみ名によって報告いたします。アーメン。アーメン。アーメン。【送料無料】韓流コーラ 韓国式 麦コーラ メッコール 250ml×30缶 1BOX 炭酸飲料 ノンカフェイン 防腐剤・人工着色料不使用 ビタミンB1 ビタミンB2 ビタミンC コーラ 炭酸飲料 大麦飲料 麦コーラ 韓流コーラ 韓流コーラ 大麦の炭酸飲料一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.07.16
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▲『祝福家庭』2003年 春季号<28号>、目次より【送料無料】韓流コーラ 韓国式 麦コーラ メッコール 250ml×30缶 1BOX 炭酸飲料 ノンカフェイン 防腐剤・人工着色料不使用 ビタミンB1 ビタミンB2 ビタミンC コーラ 炭酸飲料 大麦飲料 麦コーラ 韓流コーラ 韓流コーラ 大麦の炭酸飲料一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.07.15
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▲『祝福家庭』2003年 春季号<28号>、目次より 式典の意義郭錠煥 神様は真の愛の本体でいらっしゃいます。真の愛は、神様の絶対的な権能をもってしても、お一人では成し遂げることができない理想です。それゆえ、無形の主体としていらっしゃる神様は、実体世界を真の愛の理想として創造され、すべての存在を、ご自身の二性性相を実体的に展開したものとして創造されたのです。この創造の理想は、人間において、神様の無形の性稟に似た男性と女性が、神様の真の愛が分立された二性である主体・対象の立場で、神様を中心として、真の愛によって、永遠に、一心、一体、一念で、大きな一和をなしながら暮らすようになっていました。 その神様の理想が成し遂げられず、人間始祖が、血統を汚す、偽りの愛の因縁によって堕落してしまいました。神様は、この真の愛の理想をこの地上に回復なさるために、数多くの困難を経ながら復帰の険しい道を歩んでこられ、この地上にご自身のその理想を成し遂げ、実践することができる主体的な一人の息子を送るために、苦労してこられたのです。 アダムを先につくられ、そのあばら骨でエバをつくられたという聖句が、象徴的に悟らせてくれるように、一人の息子がこの地上に来られ、地上においてその息子の責任で、完全な娘を捜し立て、聖婚をされることが神様の願いでありました。 すでに堕落によって間違ったこの世界には、偽りの血統と、その血統の条件によって主管するサタンの悪主管圏があるので、一人息子、救世主、メシヤであり、再臨主が、この地上で万難を顧みず、一人の娘を捜し立てられる歴史は、説明することができない、まことに険しい道であり、逆境の蕩減路程でありました。 真のお父様は歴史にない勝利圏を探し立て、一九六〇年、聖婚式の勝利を勝ち取られ、その基盤のうえで数億及の祝福の恩賜をこの地上で与えてこられました。 しかし、神様の真の愛の本来の理想は、サタンも存在せず、罪悪もなく、死亡の血統もなく、 サタンの主管圏もない、本然、本性の純粋なエデン、その環境、その世界において、真の愛の理想を成し遂げることでした。しかし、なされた結果の世界、堕落の世界を収拾なさるために、 一九六〇年から真のお父様と真のお母様は、教会基準において、また、外的な氏族、民族、国、 世界、天宙、霊界にまで勝利の基盤を広げられるために、孤軍奮闘、命を懸けて、蕩減の道を歩んでこられました。 きょうこの式典は、今ではもう、サタンも、悪主権も、この世のどんな習慣的、伝統的な条件も、勝利された真のお父様と真のお母様を讒訴することができない、そのような勝利的な基盤のうえに、神様が本来理想とされていた天一国、天宙平和統一国の、永遠で本然の愛の理想を中心として、完全であられる天地父母様の位相において、天宙の歴史に見ることのできなかった、真の愛の祝福聖婚を成し遂げられる神聖な式であります。 真の愛の理想は、完全であられる男性主体の人格と女性対象の実体人格の、一心、一体、一念、一和の理想でなければならないのであり、そのために、これまで私たちの知らない内的な準備をし勝利してこられた真のお父様と真のお母様、天地父母様の、絶対信仰と絶対愛と絶対服従の勝利的な基盤のうえに、完全なエデンの園の環境と、その天国、真の愛の理想の世界、 天一国の門を開門され、その本然の愛と天国理想を、万国、万民に、祝福家庭を通して伝授されるという、驚くべき、天一国開門の祝福聖婚式の日を迎えて、私たちが同参の特権をもつようになりました。 この式は、何の条件もない私たちが、開いてくださる天一国の門の前に立つことができ、責任を果たしていくことができるように、私たちにも特権を与えてくださり、万国にもそのような恩賜を与えてくださる式でもあります。 今から、きょうこの場と、万国、万象、霊界まで、天宙を分別し、聖別される聖水の儀式をご夫妻が執り行われます。 告天文郭錠煥 万有の根本であられ、真の愛の本体であられる天地父母様の恩寵のもと、天地の祝福家庭が敬慕する中、ここ天城旺臨宮殿において、「天地父母様天一国開門祝福聖婚式」を挙行いたしますので、直接、執り行ってくださり、本然の真の愛の祝福を許諾してくださいますようにお願いいたします。 ここに、天一国の創建が、加速化され、祝福家庭が天上・地上天国理想の世界に直行することのできる、門を開く、天宙史的な「天地父母様天一国開門祝福聖婚式」を宣布いたします。 天地父母様天一国開門祝福聖婚式 開門の祝祷 この「祝祷」に対して司会の郭 錠 換先生が、「天地父母様天一国開門祝福聖婚式開門の祝祷」と言われました。 天宙を抱いて真のご父母様の天一国開門祝福聖婚式が始まり、夫婦の因縁を備え、天上世界と地上世界に恥ずかしくない、真のご父母様の伝統、本然の創造理想の願いであった心情的要求の希望を完成することができる天地解放のうえに、天一国、祝福家庭が入っていく国の基礎を出発することができる、真のご父母様の聖婚式を中心として、真の愛、真の生命、真の血統の因縁によって伝授された、すべての祝福家庭、地上にいるアベル的祝福家庭と天上にいるカイン的祝福家庭、私たちの先祖たちが地上にいる祝福完成した家庭を協助するために、天上世界の神様と聖人、聖子、すべてが地上の祝福を受けた家庭を協助し、弟の立場で兄に侍る、一体的な地上完全勝利の覇権の前に一体となり、万世の解放と善意の覇権を、愛の主権をもって、 ごく小さなものから大宇宙全体を抱いて愛することのできる、ご父母様の血肉的因縁を全体の被造万物が相続し、本然の生命の喜びと本然の幸福の充足をもって、小さなものは大きなもの、 大きなものはより大きなもの、最後には、神様から生命が出発した真の父母の体にまで、吸収、 統一、完成し、真の父母の愛を中心とした家庭、祝福家庭と万宇宙の存在を一体化させ、再びお父様の前に祝福の解放圏の天一国に入っていくことができる被造万物として、奉献することができる、出発の時を迎えるようにしてくださったことを感謝いたします。 この日の祝福は、天上世界の喜びであり、地上世界の喜びであり、天地父母の解放的喜びであると同時に、天地父母の勝利的、解放的喜び、二人の父母が喜ぶことのできる天一国の地上・天上の祝福家庭が一体となり、一心、一体、一念、一和の御旨を抱いて、故郷を出発し、 あなたの願われる、相対的で理想的な祖国に向かって、神様の創造理想の本性的基準で祝福を受けた、天宙を相続するのに不足のない、完成解放、勝利、完結することのできる、天一国の民となることを、この時間に、特権をもって、天地父母と天宙父母の名によって宣布いたしますので、祝福の日の、この記念を、共に伝授、相続してくださることを、真の父母の名によって、懇切にお願い申し上げながら、報告いたします。アーメン! アーメン!アーメン! 開門の恩賜を祝福され相続を受ける祝祷 この「祝祷」に対して司会の郭 錠 煥先生が、「開門の恩賜を祝福され相続を受ける祝祷」と言われました。 愛するお父様! きょうは、天一国三年二月六日、この時間を期して、天上世界の祝福を受けた家庭と地上世界の祝福を受けた家庭が、天一国に入国するためには、入国することのできる天理の道理に従い、天上・地上世界の家庭が兄弟の因縁を立て、カイン的兄であるすべての先祖も祝福を受け、弟の立場にいる地上の家庭も祝福を受け、兄弟の因縁をご父母様の血筋を通して代置してくださる功労によって、兄の立場の先祖が弟になり、弟の立場が兄になって、 天地開闢の役事を起こすことのできる、希望の出発である、天一国開天日をもつようにしてくださったことを感謝申し上げます。 今、ご父母様がこの地上でなした実績、天上において天宙父母様がなした実績、天上・地上のご父母様が標本となり、復帰路程で苦労したすべての子女たちを再創造し、天一国の国民として入籍することができる祝福の家庭が、本然の基準において失ってしまったものを蕩減復帰し、本然の位置で天地父母をお迎えして、子女の名分を備え、本然の地上・天上の宮殿を中心とした先祖の故郷に向かって直行し、入っていくことができ、祝福された天上・地上の兄弟の友愛を哀れんでくださり、真の父母がこの地上で功を立てて、蕩減、解放し、血統的な立場で伝授して、与えられたすべてのものを、今、ここにいる直系の子女から、ご父母様の名と、その御言と、御言の実績と、御言の実績を中心とした天宙解放の全体解放の標準を、そっくりそのまま相続し、地上にいる弟の立場が兄の立場に代わり、天上にいる兄が弟の立場で教導し、 引っ繰り返ったものを元に戻して、本然の天上世界、天に直行することができる大道に向かって前進するようになります。 それゆえ、きょう、この時間から、一心、一体、一念、一和の心をもって、創造理想の対象である子女創造、相対創造、父母創造したすべてが一体となり、定着し、地上家庭が天倫に完全に定着することができる時代を迎え、天をお迎えして直接地上で暮らすことができる、そのような生活をすることができる栄光を誇りと思う真のご父母様が伝授してくださった祝福を、 すべての万福の根源を、その家庭に、永遠に、永遠に、絶対、唯一、不変の愛の理想を中心として、その伝統を受け継ぎ、後世の万民の前に、ここに立っている子女たちと共に、ここに共に立っている祝福家庭と、兄弟の友愛を中心として、カインとアベルの兄弟の友愛を結び、縦横に一体となり、未来において私たちの先祖と子孫たちがすべて横的な基準で、これを完成し、天の前に四位基台完成、家庭理想の安着解放圏に前進することを許諾いたしますので、天一国の門を開け放ち、三六〇度に門をすべて開き、どこでもご父母様の伝統に従い、その名と、その御言と、その実績と、その成就した勝利のすべてのものを相続するために、忠誠、忠孝の道理を果たし、忠臣の道理を果たし、聖人、聖子の道理を果たし、自由地上圏内でそれを相続することを、天宙父母様と天地父母様の願われるとおりに成就してくださることを、懇切にお願い申し上げます。 このすべてのことが、あなたの創造理想の一念を解放させる、地上・天上天国の統一国入国、 全体解放によって、未来において、本然の王権、祝福圏を相続することができる、後継者たちと子孫たちとなるよう、祝福してくださることを、懇切にお願い申し上げながら、真の父母の名によって心からご報告申し上げます。アーメン! アーメン! アーメン!【送料無料】韓流コーラ 韓国式 麦コーラ メッコール 250ml×30缶 1BOX 炭酸飲料 ノンカフェイン 防腐剤・人工着色料不使用 ビタミンB1 ビタミンB2 ビタミンC コーラ 炭酸飲料 大麦飲料 麦コーラ 韓流コーラ 韓流コーラ 大麦の炭酸飲料一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.07.14
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天地父母様 天一国開門祝福成婚式(2003.02.06)(▲▼ 『祝福家庭』28号・2003春季号より)【送料無料】韓流コーラ 韓国式 麦コーラ メッコール 250ml×30缶 1BOX 炭酸飲料 ノンカフェイン 防腐剤・人工着色料不使用 ビタミンB1 ビタミンB2 ビタミンC コーラ 炭酸飲料 大麦飲料 麦コーラ 韓流コーラ 韓流コーラ 大麦の炭酸飲料一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.07.13
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【拡散希望】あなたの署名が信教の自由を守る最後の砦このままでは、信仰を持つ権利が奪われる前例が作られてしまいます。今、家庭連合が不当な手続きで「解散」させられようとしています。これは一宗教団体だけの問題ではありません。明日は、あなたの信じるものが狙われるかもしれないのです。… pic.twitter.com/9dbZ6t17xB— 信教二世遊説隊N.A.B.I (@NABISUB_PJ) July 12, 2025家庭連合の解散命令STOP署名の協力をお願いします!!☛https://petitation.selfip.org/「民法」で解散請求を危惧 他宗に影響も 金剛寺住職 水田真道氏【世界日報】文科省に陳述書捏造疑惑 家庭連合、釈明を要求一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.07.13
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実を申せば、私・自称ルポライタイーtomy4509は1週間ほど前に転倒しては、あばら骨の1本を骨折してしまいました。全治には2・3か月掛かるとの診断です。創世記を見れば、創世記/ 02章 20節~それで人は、すべての家畜と、空の鳥と、野のすべての獣とに名をつけたが、人にはふさわしい助け手が見つからなかった。そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた。主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。そのとき、人は言った。 「これこそ、ついにわたしの骨の骨、 わたしの肉の肉。 男から取ったものだから、 これを女と名づけよう」。それで人はその父と母(天の父母様)を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。人とその妻とは、ふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。私のあばら骨1本が折れたことを条件に天の父母様は、自称ルポライタイーtomy4509の相対となる「ひとりの女」、私の主張、三男さん・七男さんがホリーマザー・ハンの元へ早く返られることを希望される相対をお造りになっておられるのでないか、と信じるものです。ヨブ記/ 01章 21節「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな」。また、人間始祖アダム・エバにも(天の)父母がいたことを証ししたのが上記の創世記です。◆「第三アダムはその妻の名を「独生女」と名付けられた」(2019.02.02)ーーーーーーーーーー> 絶対信仰、絶対愛、絶対服従という真の父母の伝統的条例を完成すること誓う敬拝を受け、……二人の人が一つの(天の父母様の)血筋の母体である一人の人として、上下、前後、左右に天の柱を受けて立つ基礎となり、……今から真の父母様は、エデンの園を超えた、本然の故郷の地を中心として、一つの伝統に従って、一つの血筋と一つに似た永遠不変の一族である、……この一つの血筋の母体から出てくる兄弟の血統も一つのはずだが?アダムエバの時、分かれたカインアベルだが、こんにち、お母様を中心として一つになれないのか?清平では孝進様と興進様は一つの血筋、真の家庭である。【送料無料】韓流コーラ 韓国式 麦コーラ メッコール 250ml×30缶 1BOX 炭酸飲料 ノンカフェイン 防腐剤・人工着色料不使用 ビタミンB1 ビタミンB2 ビタミンC コーラ 炭酸飲料 大麦飲料 麦コーラ 韓流コーラ 韓流コーラ 大麦の炭酸飲料一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.07.12
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「神様の祖国と天一国王権時代」(03.02.05 ロッテホテル) 尊敬する前、現職の国家元首、そして、世界からお集まりになった宗教界政治界、学界の指導者、そして、紳士淑女の皆様! きょう皆様は、理想天国世界である永遠不変の平和統一世界を願う心を胸に抱いてこの席にお集まりになりました。 私は、この意義深い席において、「超世界平和超宗教超国家超NGO連合」の創始者として、神様が本来理想とされた「神様の祖国と天一国王権時代」に関するみ言をお伝えすることによって基調演説に代えようと思います。 今日この地上に生きている人間たちは、神様が予告なさった理想の国と理想の義を探しだすことができずにいます。ですから、理想の国と理想の義を探しだすことが、今日の私たち人類の希望であり、また今まで数千年の歴史過程において生まれた人間たちの希望だったということを知らなければなりません。 それでは、このような超希望のその国、超希望のその義が、どうして天地すべての存在の最後の目標として残るようになったのでしょうか。それは、人間が堕落したからです。 人類始祖の堕落によって、理想の国と理想の義の中心となることができる神様と人間が、何の関係も結ぶことができない立場に置かれるようになりました。すなわち、理想の国と理想の義の中心である天のお父様のことや家庭のこと、そして、その国家に関して、何も分からない人間に転落してしまったのです。ですから、神様は、このような無知な民と人類を目覚めさせ、天のお父様と家庭と国家がどのようなものなのかを教えてあげるために、今まで歴史路程において苦労してこられたのです。 したがって、理想の国と理想の義を探し立てることが、今も私たちの希望であり、目標として残るようになったのです。 この世界には、現在数多くの国が存在しています。しかし、その多くの国家の中で、神様から本当に愛を受ける国は一つもないのです。したがって、このような堕落世界を否定して、新しい神様の国を再び創造しなければならないということが、今まで六千年間神様が摂理してこられた目的なのです。 それで神様は、歴史を通して国を取り戻す摂理をしてこられました。神様が願われる国が協助しなければ、神様の人類復帰に対する一つのみ旨は成されないからです。それゆえに、神様が願われる真の宗教を中心として、真の国家が存在しなければなりません。そこで神様は、ある一時を迎えて、特定の国を探しもとめられるのです。その探しもとめられる歴史が選民イスラエルの国とユダヤ教を中心とした歴史でした。 皆様が希望とされるその国はどのような国ですか。その国は、今日皆様が生きているような国ではありません。このような国は、どのみち別れを告げなければならない国です。私たちには、まだ神様の国がありません。国がない人には本籍地がありません。国がなければ国籍を持つことができないのです。国がなければ入籍できる基台がないということです。 それゆえに、現世において私たちがしなければならないことは、神様が願われる理想の国を探し立てることです。天国の選民である第三イスラエルの宗教と国家を中心に、一心一体一念によって編成された一つの国家を形成しなければなりません。その国籍を持って、愛国愛族する真実で善なる父母の血統を受け継いだ勝利的息子娘として、この地上で自らの一族、あるいは家族を率いて生きていってこそ、天上世界の天国に入っていくことができるのです。それが創造原理です。 神様の願われる国があって、はじめて千秋万代の私たちの子孫にそっくりそのまま残してあげることができる伝統も残るのであり、私たちが血の汗を流したすべての努力も残るのであり、天の苦労を祝賀することのできる記念塔がこの地上に生じるのであり、すべての栄光の痕跡がこの地上に残ることができるのであって、国を立てることができなければ、すべて無駄になるというのです。 それゆえに、神様の国を探し立てるということが、天地において最も重要な問題だということを知らなければなりません。「私たち祝福家庭は、真のご父母様の愛を受けることができる天国を守る家庭だ。したがって、私が真のご父母様の前に孝子になり、国家の前に忠臣の道理を果さなければならない」という信念を、常に持って生きなければなりません。 真の父母の愛を受けて、神様の愛を受けなければならないというのです。ところが、神様の愛は国がなければ受けることができません。サタン王権の国家に勝利した後にこそ天国が成立するからです。 私たちは、神様の国を仰ぎ慕います。なぜでしょうか。そこには真の愛があり、真のご父母様がいらっしゃるところだからです。一時的な愛ではなく、時間を超越して永遠に真の愛が存続することのできる理想の国になるところだからです。また自分自身を高めることができるところであり、自己の価値を百パーセント認定されるところだというのです。つまり永遠に幸福なところなのです。 ですから、堕落人間は、天国を慕って憧憬するのです。私たちが行くべき道は、本当に行きたい道であり、私たちが求めて成し遂げるべき国は、永遠に永遠に暮らしたいと思う国です。私たちが持たなければならない財物は、天宙のものであると同時に私のものであり、この時代のものであると同時に過去のものであり、同時に未来のものだと保証されるものでなければなりません。 また、私たちが泣く時には、天地が共に泣くことができ、私たちが喜ぶ時にも、天地が共に喜ぶことができる権威と知識を持たなければなりません。これが、今日の堕落した人間たちが現世において追求しなければならない最高の欲望であり、希望です。 真の人は、だれもが自分の本然の国で暮らさなければなりません。それは、人間に付与された絶対的な条件です。一人残らずその理想の国とその理想の義のために、新しい希望に満ちた義の生活をしなければなりません。心で理想郷を描き、生活で義の道理を立てながら、理想の国と理想の義のために生きなさいというのです。 皆さんには、そのような国がありますか。ないのですから、その国を求めて成し遂げなければならないのではないですか。その国は何という国だといいましたか。天のお父様の理想の国、統一の国です。万民が父母様に侍って暮らすことのできる国なのです。 この国を成し遂げるということには、堕落した人間ならば例外はありえません。ここには、家庭も協助し、氏族も、民族も、世界もすべて協助するはずです。そして、個人を統一することができ、ひいては家庭、氏族、民族、国家、世界を統一できるのです。 全知全能であられる神様は、この地上に必ず摂理のみ旨を成し遂げなければなりません。それでは、み旨が成された結果とはどのようなものでしょうか。それは、この世界の万民が救われ、神様が彼らをすべて子女として主管することができるようになるということです。 そのようになることを願うのが摂理のみ旨です。もし、地上で国家を復帰することを自分の生涯で果たすことができずに死ぬ場合、皆さんは、霊界に行っても、天国に属した真の人としての価値を持つことができないのです。地上において、神様の主管圏内で統治された国家圏での実績を持って霊界に行かなければならないというのです。それが本来の神様の創造基準だからです。 皆さん、私は、今世の中に羨むものがありません。堕落した世の中のものには関心がない人です。“神様が保護することのできる理想の国で死ななければならないのではないか。私がそのように生きていくことができなければ、私の生涯は悲惨な生涯ではないか。だから死ぬ前にその国を取り戻して、一日でもそこで暮らしてからいかなければならない”というのが私の一生の願いです。 そのような一日のためには、堕落した世の中の数千日の犠牲を投入しようという心で歩んでいるのです。何も知らない皆さんが休んでも、私は歩んでいます。皆さんがすることができなければ、外国の人を動かしてでもしなければならず、この国ができなければ、外国を通じて包囲作戦をしてでも行かなければならない道です。 皆様、私たちの信仰の目標は、はたして何でしょうか。神様の国の民になることです。その国の民になることができなければ、自由自在に万民、あるいは万物世界に誇って愛を受けることのできる道が現れないのです。 国がない者は、いつも攻撃を受けるようになります。かわいそうな立場に立つようになるのです。あえなく打たれる境遇にいくらでもあうようになります。それゆえに、神様が願われる国がどこにあるのか、すなわち神様が足場として定めることができる国をどこで取り戻すのか、これが問題です。 私たちがこの国この民族のために血の汗を流すのは、結局永遠の天国を成し遂げるためであり、千秋万代の子孫たちが永遠に讃揚することのできる福祉国家を成し遂げるためです。その国は、神様を中心として、直系の血統の子女たちが天命を信奉し、神様に代わって命令し、王権を持って治める、そのような国に間違いありません。 そこには、民主主義や共産主義はありえないのです。一度形成されれば、永遠の国家体制として残るというのです。 このようなことを考えるとき、皆さん自身がそのような国の民になることができなかったという事実は、無念なことではないかというのです。そのような一つの理想国家を持っていないことを嘆息しなければなりません。皆さん自身がそのような国で暮らすことができないことを嘆息しなければなりません。そのような一つの不変の主権を持っていないことを私たちは悔い改めなければならないというのです。 そのような主権と国と国土を立てるために、神様は、人類歴史を通して選民圏善主権国家を立ててこられました。その過程で数多くの人々が死に、数多くの民が犠牲になり、数多くの国が滅び、数多くの主権が交代してきたという事実を私たちは知っています。 そのように犠牲になった数多くの人々の中で、天の側に立っている人々、あるいは天のみ旨のために犠牲になったすべての哀しい魂たちが、ある一時にそのような一つの国、そのような世界が成されることを願っているということは間違いありません。 人類始祖が堕落した後、歴史は神様が主管されたのではなく、サタンが主管したということを、私たちは知るようになりました。しかし、本来この世の主人は、神様がならなければならなかったのです。神様と愛の関係を結ばれた直系の血統の子女、その子女たちによって構成された真の家庭を中心として、氏族と国家と世界が成されていたならば、それこそ神様が主管することのできる世界であり、神様が主管することのできる国であり、神様が主管することのできる家庭であり、神様が主管することのできる個人になったのです。 ところが、人間が堕落することによって、個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、このように全体が神様と反対の立場に立つようになったのです。これが堕落の歴史であり、堕落の世界だということを知らなければなりません。 創造主を中心とした被造世界は悲痛の中に陥っています。したがって、この世界をそのままにしておけば、神様が創建なさろうとしていた創造理想の永遠な真の愛の世界を成し遂げることはできず、そして、絶対者であられる神様が本来意図された創造理想を実現させてこそ、神様本来の権威を取り戻すことができるので、その位置を標準として悪なる世界を収拾し、本来理想とされた本然の真の世界に率いていかなければなりません。これが堕落した世界に対する神様の摂理歴史なのです。 ところが、この地には、堕落主権の国は多くありますが、神様が願われたその国は一つもないのです。神様は、ご自身のみ旨を成すことができるその国を建てるために、人間の知らないところで歴史を通して時代を動かしてこられました。 神様は、一つの個体を通して家庭と社会と国家と世界を主管しようという願いからアダムをつくられ、完成に向けて育てていかれました。ところが、アダムとエバの堕落によって、一つの家庭から統一された世界が始まるべき歴史は、善悪の闘争史として四分五裂してしまいました。これを収拾して連結させていくのが救援摂理歴史観です。 アダムは、すべての人間の始祖なので、アダム一個人を失ってしまうことは全体を失ってしまうことと同じようなものです。したがって、これを再び立てなければならないのです。再び立てられるその一人は、サタン世界の氏族と民族と国を否定し、放棄し、忘れてしまうことができる、すなわち神様のみ旨だけのために生きていく絶対的真の人でなければなりません。 皆様、すべての宗教は、究極的に神様のみ旨を成そうとする共通の目的を持っています。摂理圏内にある代表的なものとして、皆様もよくご存知のキリスト教の歴史を例として上げ、一度考えてみましょう。 ノアは、民族的な環境に身を置いていましたが、そこに属することを願わず、国に属していましたが、その国にとらわれず、自分の希望の国を求めていきました。希望の国を探し立てるために、彼は、あらゆる試練と逆境を経ていかなければならなかったのです。 ノアには親戚もいて、民族もいましたが、それよりも神様のみ旨の国を追求していった人です。ノアに願われた神様の希望は、理想の国と理想の義を求めて個人的環境を屈服させていくことでした。彼が春夏秋冬、一日も休まずに百二十年の試練の過程を越えるその苦衷は、どれほどのものだったでしょうか。家庭までも彼を捨てましたが、ノアは、どのような矢でもすべて受け止めて百二十年を切り開いていきました。 その国とその義を求めることをせずにただ生きていけば、自らとその子孫たちまでが、すべて蕩減を受けなければならないという原則をノアはよく知っていたのです。神様は、アブラハムとサラを立ててカルデアのウルを離れるようにしました。自分たちが行って住まなければならないところがハランだということを知らずに、無条件に信じて、順従な心を持ってそこに向かっていきました。 神様は、絶対信仰、絶対愛、絶対服従を願われたのです。サラは、王に連れていかれても、アブラハムを決して怨みませんでした。このように、希望の国に向かっていく彼らの心は、いくら激しい迫害に追い込まれても変わらなかったのです。 ヤコブは、自分に与えられた祝福には希望の国と民族が約束されているという信念があったので、だれもその強い信念を曲げることができなかったのです。 このようにみ旨は、個人、家庭、氏族へと広がり、預言者たちは、次第に世界的な希望を成すために歩んでいくようになったのです。 イエス様は、イスラエルの不信と迫害によって流浪の身となり、霊肉の希望のすべてを成し遂げることはできませんでした。しかし、メシヤは、天と地のすべての障壁を崩し、一つに統一された国を探し立てなければならないという使命を持って来られる方です。 この堕落した地を中心として構成された理念国家は滅んでも、天倫が要求する理念国家は必ず立てられなければならないというのが神様の不変のみ旨です。アダムを中心として願われた神様の希望は、アダムの一個体だけに留まるのではなく、アダムを中心とした家庭と氏族と民族と国と世界を成し遂げることでした。 メシヤがそのようにして成し遂げようとした国が、イスラエルの不信によって壊れた時、イスラエルは滅びました。したがって、再び来られる再臨主は、アダム家庭とイエス様の家庭を復帰完成させ、第三次アダム完成の使命である世界次元の復帰的成約時代において、メシヤとしての使命を完成させるという責任があります。 彼には、第一次アダムの理想家庭を復帰しようという旧約時代、第二次アダムであるイエス様の復帰された家庭理想圏を立て、国家完成のための新約時代国家基台から第三次アダムの世界復帰時代である成約時代へと発展させてみ旨の完成を成し、アダム圏理想を中心としたみ旨の家庭、氏族、民族、国家、世界を完成させる責任があるというのです。 神様は、愛する息子娘を地上に送って絶対的な一つの国家を立てようとしてこられましたが、現時点において、一つの国家を復帰することができる基台はつくられていません。 いつも堕落した人間たちが失敗したので、この地上に天の人を送ってそれを治めさせ、推進させ、成就させるために、歴史を通して努力してこられたということが今までの復帰摂理歴史観なのです。 神様が堕落した私個人を犠牲にしても感謝しなければならず、また私の家庭と氏族、民族、国を犠牲にしても感謝することができなければなりません。そのような個人と国が現れてこそ、新しい世界はその国によって収拾されるのです。 ところが、個人がいくら犠牲になったとしても、その国が立てられなければ、個人の犠牲は勿論、家庭と氏族と民族と国家と世界の犠牲までも再び継続されるのです。そのような原則の下で、今まで神様も歴史路程を通して、その国を復帰するための摂理を推進してこられました。 したがって、国を考え、国のために生きることができる個人がいるならば、その個人の伝統を受け継いだ家庭を通して国のために犠牲になることができるようにし、また氏族と民族と国家が、その伝統を受け継いで世界のために犠牲になることができるようにしました。 このように、その国と世界を復帰するために、今まで神様は、摂理を推進してこられたのです。その方がまさに真なる私のお父様であり、真の息子である自分を取り戻すために、またその家庭と国を取り戻すために苦労された方だということをはっきりと悟って、それに報いる責任を果さなければなりません。 皆様、今日私たちがこの地に生まれた目的はどこにあるのでしょうか。それは、国と世界を愛するためです。今まで神様が摂理されてきた目的も、その国と世界を愛するためです。 主権のない国の国民は哀れです。それで、イエス様が憂慮されて、「だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。(マタイ6:31-33)」とおっしゃいました。これが宗教圏が成就させなければならない責任なのです。 先に息子を求めなさいと言いましたか。あるいは国を求めなさいと言いましたか。神様が求めている国を求めなさいと言われたのです。その国とその義を探し立てるという神様の希望は、人間と被造万物を離れて成されるのではなく、人間と万物を通じて成されるのです。これが神様の創造原則なのです。 その希望は、真の人間を通して神様と万物が同和するというものでした。それで、神様は、堕落した人間に、神様に代わる一つの実体として、天の血統を代表することのできる方としてイエス様をこの地上に送られたのです。すなわちイエス様は、初めてこの地上に神様の歴史的希望を成就してさしあげるために来られた方だったのです。 四千年目にはじめてそのような立場に立てられた息子、一つの国の中でユダヤ教を中心として、ヨセフ家庭に一つの種としてこの地上に立てられたその息子がまさにイエス様でした。 この時、既にサタン側は、国家を立てて天の側を攻撃していたので、天の側でも完全な足場となる国家的な基準がなければならなかったのです。これがイエス様の責任でした。 それで、神様は、悪なる世界で一つの国を編成するために四千年間苦労されました。そのように苦労された神様の功績は、イスラエル民族がイエス様を受け入れることによって世界的な足場となり、この地球星が完全に神様とイエス様を中心とする世界にならなければならなかったのです。 しかし、イエス様が亡くなることによって、霊的にのみその世界が成されました。イエス様は、三年公生涯路程において、ユダヤ教を中心として失ってしまったすべてのものを蕩減復帰しようとしましたが、洗礼ヨハネの家庭とユダヤ教の不信によって十字架にかけられて亡くなったので、霊肉を中心として、この地上に一つの実体として、神様の足場となる国として立てられたイスラエルがすべて崩れていきました。 結局、イエス様を十字架で殺すことによって、肉的イスラエルの国は滅び、復活後の聖霊の降臨を通して霊的父母の立場に立ち、キリスト教は、霊的にのみ国家の基台を持つようになりました。イスラエル民族は、国のない民となり、流離彷徨する身となってサタン世界のあざけりの的になったのです。したがって、今日、霊肉を共に備えたキリスト教の国は、世界のどこにも探しだすことができません。 ですから、再び来られる主は、四千年間準備してイスラエルの国を立てた神様の摂理を、イスラエル民族が理解できずに不信によって失ってしまったので、それを再び復帰しなければなりません。 皆様、イエス様は、この地上に国を探したてようとして来られました。一つの国を取り戻そうとして来られたのです。しかし、イエス様は、その国を霊肉合わせて取り戻すことができず、霊的にのみ取り戻されました。それゆえに、今日のキリスト教は、この地上に実体の国がないというのです。 これは、神様がこの地上にどの国、どの民族を中心としても、「愛する私の国であり、愛する私の民族だ」と主張なさることができないということを意味します。いまだに神様の国の基台がこの地に立てられていないということを意味するのです。 もし、その当時イスラエルの国がイエス様を中心として一つにさえなっていたなら、息子であるイエス様を中心としたその国は神様の国となるので、神様は、その国を中心として世界を復帰なさったのです。 しかし、この地を中心として、霊肉合わせて連結させようとしていた基台は、イエス様が死ぬことによって、すなわち実体を失ってしまうことによって霊的にのみ復帰されたのです。したがって、今までのキリスト教徒たちは、国がなく、主権のない民と同じ立場なので、どこに行っても命を奪われたのです。 殉教の血を流すことによって発展しました。それは、そのように植えたキリスト教なので、そのように殉教の血を流して刈り入れなければ発展できなかったからです。今血を流して迫害される時期が終わりましたが、それがそのまま死んでなくなるのではなく、キリスト教の霊的基盤を中心として、失ってしまった実体の国を世界的に成し遂げるために、その国を欽慕し、主を待ち焦がれてきたのがまさに再臨思想です。 新婦宗教であるキリスト教の責任は重大です。イエス様も楽園に行って待っています。天の玉座の前に出ることができなかったということを知らなければなりません。イエス様は、神様の前に国の主権を立て、その国を治め、地上から天国まで直通することのできる権限を持った国をつくらなければなりませんでした。 しかし、イエス様は、そのような国をつくることができなかったので、神様の前に直接立つことができないというのです。したがって、楽園は、天国に行く待合室だというのです。また、天国は、一人では行くことができないところです。天国は、本来堕落しなければ、アダムとエバを中心として祝福を受けた家庭が、家庭単位で行かなければならないところです。息子娘たちと共に入っていかなければならないのです。 再び来られる再臨主は、偽りの父母によって誤ったことを復帰するために、神様の真の愛、真の生命、真の血統に再び接ぎ木して帰る、天宙的蕩減基準の再祝福結婚式を行うようになるのです。 全世界人類もこの門を通らなければ、天国に入っていくことができないので、再祝福結婚式が必要なのです。それを再び蕩減復帰するために、天は、二千年間闘いながら、今まで世界と連結できる基台をつくってきたのですが、国の基準がないこの地上で、だれが国の基台を受け継いでくるのでしょうか。 宗教圏がキリスト教を中心として一つにならないので、神様は、新しい宗教連合運動を通じて、多くの神霊的な人を求めて募集運動をしながら今まで準備してこられました。 尊敬する指導者の皆様! 今、人類は、三千年代に入って新しい天運を迎えています。真のご父母様を中心として大祝福結婚時代を迎え、天地理想圏の世界が始まるようになりました。 すべての宗教人たちが心を合わせ、私が主唱した、国連の中に、上院のような超宗教的代表者たちによって構成される議会を併設するという提案を完遂することに力を集めなければなりません。なぜなら、国連さえ一つになれば、天上天国、地上天国は一瞬の内に完成できるからです。 国連が人類のためにできる最も崇高なことがあるとすれば、神様の真の愛を基台とする人類の国家のための霊性回復より他に大切なことがあるでしょうか。それで、今まで私は、宗教界だけではなく、政治、思想、経済、文化等、各分野をすべて網羅して良識ある指導者を選び、「ために生きる生活」の真の愛の結婚教育を実施してきました。 このような基盤の上に私は、既に数万名の平和大使を任命しました。彼らは、今世界中で私が創設した「世界平和超宗教超国家超NGO連合」の旗を掲げて、神様と人類が心から願ってきた天地開闢である平和世界実現のために総力を注いでいます。 全知全能であられ、絶対的な神様のみ旨は、遠からず成就されることでしょう。ここに参席した指導者の皆様も、皆様の家庭と国を真の愛で新しく創建し、真実で、永続的で、国境のない神様のみ旨の国と、平和世界の天一国祝福理想を成就することにおいて主人となられることを願いながら、これで私の話を終えようと思います。 天の祝福が皆様と皆様の家庭に満ちあふれることを祈ります。 ありがとうございました。【送料無料】韓流コーラ 韓国式 麦コーラ メッコール 250ml×30缶 1BOX 炭酸飲料 ノンカフェイン 防腐剤・人工着色料不使用 ビタミンB1 ビタミンB2 ビタミンC コーラ 炭酸飲料 大麦飲料 麦コーラ 韓流コーラ 韓流コーラ 大麦の炭酸飲料一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.07.12
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【解散命令】利害関係参加申し出に関する説明会|信者の人権を守る二世の会 #旧統一教会 #東京高裁 #非公開審理 #宗教団体 #信教の自由2025/07/122025/7/10(木)に解散命令を巡る非公開審理に関して東京高等裁判所に対し「利害関係参加申出」を行いました。本動画は翌7/11(金)に行った説明会です。家庭連合の解散命令が非訟事件手続法に則り、非公開審理と進められる点に疑問を持ち、徳永弁護士・佐々木弁護士はじめ二世8名で行った会見になります。信者の人権を守る二世の会HPはこちら👉https://www.forall.2ndgen-rights.com/会員制度について👉 • 会員制度について申込はこちらから👉https://www.forall.2ndgen-rights.com/...一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.07.12
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清心病院奉献式での御言二〇〇三年二月五日 韓国の天宙清平修錬苑において建設中であった清心病院が完成し、真のご父母様を中心として奉献式が行われました。聖別式の後、真のお父様は「一心一念は清心天情統一完成」と揮毫されました。その後、医療法人清心医療財団理事長であられる真のお母様が御言を語られました。 尊敬する内外貴賓の皆様! 愛する食口の皆様! きょうまで、昼夜を分かたず苦労してこられた、天宙清平修錬苑と病院関係者、そして、建築関係者の皆様! まず、きょう、人類の永遠の聖地であり、心情の故郷であるここ清平に、このように雄壮で美麗な外観はもちろん、最先端の診療施設と設備を等しく備えた清心病院を建設して、神様と真のご父母様に奉献できることを心からうれしく思います。併せて、病院関係者と建築関係者の皆様の労苦に対しても、深甚なる称賛の言葉を申し上げる次第です。 そして、さまざまに忙しく、また寒い天候にもかかわらず、この場を輝かせるために、このように満場の盛況をなしてくださった内外貴賓の皆様に、深甚なる感謝の言葉を申し上げます。 皆様! きょう私たちは、本当に歴史的な場に立っています。なぜならば、この場は、霊界の興進君と大母様の指導のもと、全世界の食口が過ぎし数年間、精誠を尽くして建設したこの清心病院を、神様と真のご父母様に奉献する神聖な式典であるからです。 清平の摂理は、三十二年前の一九七一年、キリスト教牧師招請原理公聴会のための聖殿建築から始まりました。ここには、真のお父様が直接、玉の汗を流されながら、つるはしとハンマーを持って摂理の現場として掘り起こされて以来、勝利の今日があるまでの、蕩減復帰歴史の魂が生きています。感激的な勝利の今日があるまでの、過ぎし日の摂理を振り返ってみれば、胸がえぐられるような苦痛と痛みの摂理の道でした。 神様の創造理想は、神様と人間と万物が一つの所で調和し、愛と平和のあふれる幸福な世界でした。それは、神様の属性である、絶対、唯一、不変、永遠の真の愛、真の生命、真の血統が、子孫万代に受け継がれた中で、父母、子女、夫婦、そして兄弟姉妹間に、一心、一体、一念、一和が実現した世界です。神様が立てられた創造理想の天道どおりに、すべての人間が、相対のために生きる、真の愛の喜びの中で、みなが豊饒を共に満喫する善の世界でした。 しかし、人類の先祖、アダムとエバの堕落によって、悲しみと悲痛の世界になってしまったのです。罪悪の苦痛の中でさまよう人間たちの姿です。神様は、すべての被造世界に対する権限をサタンに譲らなければならず、サタンは、世の中を支配する君主になったのです。神様は、創造主であられますが、子女を失ってしまった悲しい父母になられ、サタンは、人間と万物をその主管圏内においたのです。 神様は真の愛の本体であられるので、堕落以後、背いた子女を再び復帰する救援の摂理を継続してこられました。聖書の放蕩息子の比喩にあるように、家を出ていった子女をひたすら待つ父母の心情で、神様は復帰摂理を続けてこられたのです。打たれて奪い、また、打たれて奪ってくる、千辛万苦の蕩減復帰の反復の中で、ついに真のご父母様がこの地に降臨されたのです。 愛する祝福家庭の皆様! 皆様は、真のご父母様の摂理的路程をすべて推し量ることはできないでしょう。六千年の、深い闇の長い長いトンネルを通ってきた蕩減復帰の摂理路程をすべて推し量ることはできないでしょう。 再臨主を迎えるために二千年準備したキリスト教が、新婦の使命を果たすことができなくなるや否や、僕の僕の路程から始めて、縦的、横的八段階の復帰の過程を経て、熾烈な闘いの中でサタンを自然屈伏させ、勝利的基盤を築いてきたのです。 人類の先祖、アダムとエバは悪の基盤をつくり、サタンを王にし、これは、六千年の間で、天宙的に強固に固められました。しかし、真のご父母様は全生涯を通して、ぶつかり、また、ぶつかって、これを壊し、本然の善の基盤をつくり、神様の王権を立てられました。そのような勝利を得るまでの、数多くの摂理的な恨多き事情を、どのようにしてすべて話すことができるでしょうか。 愛する食口の皆様! 皆様は再度、摂理を深く省察し、苦労された神様と真のご父母様に、感謝の思いとともに忠孝を誓わなければなりません。 皆様に相続した、真の愛、真の生命、真の血統は、決して容易に得られたものではないということを肝に銘じてくださるようにお願いします。真のご父母様と真の家庭の血と汗と涙の結実だということを深く心に刻まなければなりません。 肉身の生命も、新しい生命を生み出すためには、命を懸けた冒険をしなければなりません。まして、六千年間、固まりに固まったサタンの権勢をすべて退け、本然の善なる、真の愛、真の生命、真の血統の子女が誕生したということは、数千、数万の、十字架の結実であるというのです。 真のご父母様は、生涯を通して、人類歴史を全体的に復帰する蕩減条件を払われ、自然屈伏させた基盤のうえで、二〇〇一年一月十三日、ついに「神様王権即位式」を奉献されました。そして、神様の祖国、天一国を取り戻し、その土台のうえで、「天地父母統一安着生活圏大会」を通して、新天、新地の本然の世界を安着させました。そして、「天上・地上和合統一大会」を通して、天地父母様を中心として、霊界と肉界が一つになり、創造理想が結実しました。 このような摂理に歩調を合わせ、真のご父母様は、すべての統一家の祝福家庭が、不忠不孝をなした過去を清算し、新しい出発をするために、「天上・天宙平和統一解放聖火式」を挙行するようにしてくださいました。そして、「天一国平和統一平定時代」を開門され、祝福家庭の皆様を「天一国主人」として祝福してくださったのです。 食口の皆様! 天一国三年の歴史的な真のご父母様のご聖誕日を迎え、どれほど驚くべき摂理が展開していますか。神様の切なる希望が実った、創造本然の理想世界、天一国が開かれると同時に、真のご父母様の祝福聖婚式が挙行されるのです。 天上と地上に王権をもたれた神様が主宰される中、そして、霊界と肉界のすべての祝福家庭と天下の万物が和動する中、創造理想の、国家的、世界的基準のうえで聖婚式が挙行されるのですから、どれほど感激的な勝利でしょうか。 このような勝利基盤のうえで、「天宙・天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式」が挙行されます。創造本然の神様の王権が、真のご父母様を通して、名実共にこの地上に安着し、自由、平和、幸福の天一国が大きく開かれるのです。神様の摂理が始まって以来、このように喜ばしく、感激的な勝利の日はありませんでした。 このような摂理の流れの中で、天宙清平修錬苑は、常に最も中心の位置にいました。神様の摂理は、深い精誠とサタンとの熾烈な闘いの蕩減復帰の道でした。まさに、清平は、真のご父母様の摂理の精誠と痕跡の香りが、至るところに染みついた場所です。だれも知らない中で、ただ天のみが記憶される、復帰の恨、摂理的事情が、深く植えつけられた場所であるのです。 真のご父母様は、世界万邦においてサタンの主権との闘いで勝利を収められ、ここ清平において何度も、天宙の前に勝利を宣布してこられました。 特に、摂理が総体的に結実した二〇〇〇年には、霊界の解放と統一式を挙行され、霊界の秩序を、総司令官である興進君を中心として正しく立てられました。霊界の真の子女たちと四大聖人、そして祝福家庭が、興進君の指揮のもとで一つになり、新しい秩序を立て、その基盤のうえで、二〇〇一年一月十三日、歴史的な「神様王権即位式」が奉献されたのです。 愛する食口の皆様! 天宙清平修錬苑は、名実共に世界の統一家の心情の故郷です。復帰されたエデンであり、真のご父母様の心情と愛を相続する、貴い摂理の場です。それだけではなく、清平は、興進君と大母様を通して、統一家の祝福家庭はもちろん、全人類が生まれ変わり、傷の治癒を受け、重生、復活する本然の子宮と同じです。 霊界の善霊と天使たちが、興進君の指揮のもと、一糸乱れずに活動し、新しい生命を呼び覚まし、悔い改めと反省、霊的分立、治癒を行い、新しい天の子女につくる所です。まさに、天と、一心、一体、一念、一和を成就する所なのです。霊界と肉界が一つになって天一国を広げていく、新しい歴史の中心でもあります。 人間は二重構造であり、霊人体と肉身からなっています。本来は、心身一体をなして、完全な人格体にならなければならなかったのですが、堕落によって、心と体が闘争するようになりました。善悪矛盾の実体になりました。霊と肉が病んでしまったのです。これを再び本然の姿に治して、新しい子女につくり上げることが神様の御旨でした。これまで天宙清平修錬苑においては、興進君と大母様の導きの中、多くの重生と復活の役事が行われてきました。 きょう、清心病院を開院し、今から新しい次元に発展していくということを思う時、喜びの心を禁じ得ません。霊的な治癒とともに、肉身の病気をも治療することができる医療施設として、このように立派な清心病院をつくり、神様と真のご父母様に奉献してさしあげるようになったのです。 私は今後、この天宙清平修錬苑と清心病院が、内外に調和をなす中で、霊肉両面で病んでいる人たちの疾病を完全に治癒することによって、彼らを本然の人間の姿に回復させることができる、福のある機関となり、全人類を救援することができる究極的な教育と治療の殿堂として、無限に発展していくことを心から祈願します。 尊敬する内外貴賓、そして愛する食口の皆様! このように貴い日、私たちはみな、神様と真のご父母様に限りない尊貴と栄光をお返しすると同時に、今後、この天宙清平修錬苑と清心病院が、真のご父母様の期待に添って、神様の人類救援摂理歴史の発展に大きく寄与することのできる、福のある、誇らしい機関となることを懇切に祈りましょう。 最後に、この貴い行事のために、お忙しい中であるにもかかわらず来てくださり、最後まで場を輝かせてくださった内外貴賓の皆様に、もう一度感謝の言葉を申し上げながら、皆様の家庭に神様の恩寵と愛が永遠にあることをお祈りいたします。 ありがとうございました。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.07.11
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【神日本100日精誠勝利記念】み旨の応援歌 6大陸大合唱 2025/07/10神日本100日精誠(3月31日~7月8日)勝利と、さらなる神日本の飛躍と飛翔を願う、全世界6大陸(神韓国、神日本、神アメリカ、神アジア•太平洋、神ヨーロッパ•中東、神アフリカ、神中南米)の食口たちによるみ旨の応援歌の大合唱です。今こそ世界中の食口が一つとなって、父母様の願いを果たします!!!!一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.07.11
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효정찬양孝情賛美-合心賛美と祈祷(安倍晋三追悼祈り)아베상추모기도2025/07/09一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.07.09
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孝情Today(2025.7.5) ー2025 ホーリーマザー・ハン 特別精誠 開会式2025/07/08天心苑TVは韓国語、日本語、英語の字幕を提供しています。ユーチューブの日本語字幕をオンにしてください。천심원TV는 한국어, 일본어, 영어 자막을 제공중입니다. 유튜브 자막을 켜세요.Cheonsimwon TV provides subtitles in Korean, Japanese, and English. Please turn on the YouTube subtitles.一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.07.08
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「天一国主人賞候補者特別修練会」開会式での御言 二〇〇三年一月三十一日、午後八時より、「天一国主人賞候補者特別修練会」の開会式が、真のご父母様をお迎えし、天宙清平修錬苑の天城旺臨宮殿大講堂において開催されました。その場で真のご父母様が全世界から集った天一国主人賞候補者に語られた御言を紹介します。 大転換時期 きょうは、陰暦では天一国二年の最後の日であり、三年の年初を迎えようとする日です。韓国は西洋とは違って陰暦を守っていますが、今回の期間は重要な期間です。 韓国の伝統というものは、先祖を崇拝し、国を守ったすべての忠臣烈士を記憶し、故郷の山河に帰っていき、自分たちの尊敬する方々に侍る、新年の祝福の恩賜を共に分かち合う、慶事の名節として、現在、三千四百万の人が、そのような旧正月を故郷で迎えるために大移動しています。四千万の中の約三千四百万であれば、約六百万を残して、すべて動員されたということです。 このような記念行事のために、八五パーセント近くの人が動員されたという事実を考えてみても、私たちが先祖を尊敬視し、天に侍ることのできる精誠を尽くしてきた民族だということを、再び回想するようになります。 きょうここには、世界各国から三千人が選抜されてきました。三数が貴いのです。皆さんは希望をもって、父母の残した実績がいかなるものかということを、全世界の人が知ることができるようにするために、教会を中心として選抜された天の勇士だと思っています。 ここには、新しい人もいるかと思いますが、(信仰生活が)四十年以上、二十年以上の人も多いと思います。統一教会のすべての内容を知り、統一教会の行く道を知り、目的も知り、その目的とその道に自らの一生を捧げ、天と因縁を結ぶために、あらゆる精誠をもって努力と実績を積みながら誓う生活を経てきた、勝利の表象者となることのできる人々が、ここに集まったと思います。 一度反省すべきことは、一年が三百六十五日だということを考えるとき、三百六十五日の中で、一人が一家庭を復帰することができるか、できないか、ということです。このような問題について考えてみるとき、それが可能ですか、不可能ですか? そこに三代の家庭があれば、夫婦を中心として六人になりますが、(それぞれが)四十年を中心とすれば、四×六は三十二です。四×六は二十四でしたか? 私はよく分かりません。(笑)なぜ笑うのですか? 年を取ったおじいさんが、時々当て推量をして、反応を見るために話したことを、失敗として見てはいけません。四×六は二十四です。陰暦では、一月に二つの節気があります。一月に二つの節気があって、(一年で)二十四節気があるのです。 二十四節気を十二数を中心として見るとき、相対数として見るのであり、天国にも、十二ジャンルを中心とする代表を中心とした二十四数があるのですが、これを天地の構造の必然的な数として考えるとき、二十四数を合わせて実践することができれば、二十四数の人々が三年だけたてば、何家庭になりますか? 三年だけたてばです。七十二家庭であり、四年たてば九十六家庭です。五年たてば、何家庭ですか? 五年もたてば、百二十家庭は、家庭的にだれもが伝道することができると考えるのです。 このように考えてみるとき、私たちが記憶する日を立てて、天の生命録に記録されることのできる、このような大転換時期に、皆さんが、名簿に載せることのできる実績をもう一度、回顧してみるとき、今までの過ぎし日のすべてのことは、喜びの日であったというよりも、むしろ、寂しく悲しい日として(過去を)過ごしてきたのではないかというのです。そのことが問題です。分かりますか? 霊界と肉界を中心とした数百億の人を祝福 それでは、このような立場で、統一教会の食口たちと、統一教会を指導する先生と、先生を指導する神様を中心として見るとき、神様が先生に対して願われる希望の四十年間に、第一、第二、第三のイスラエル圏を越えて、天宙のすべての恨を解き、解放の特赦をなし、天の解放と地上の解放を中心として、天宙父母と天地父母が共に公義の位置に立ち……。 堕落のなかった立場で、アダム家庭一つを祝福することによって成し遂げなければならなかったのに、堕落することによって(万民の祝福を)成し遂げることができず、長き歴史にわたり堕落の血族が生じてしまったのです。 霊界に行った先祖たちと、地上で生きている数十億の人々を考えれば、数千億の人々がこの地に来て死んでいったのです。そのような人々の中で、神様が祝福してあげて喜ぶことができ、「アダム家庭、理想の家庭が現れた」と喜び、万宇宙と被造存在物に対して誇ることができる人がいたでしょうか? いたと思いますか、いなかったと思いますか? 天の父母を天宙父母と言います。天地父母は、地上の真のご父母様です。その天宙父母と天地父母が一体となり、堕落していないアダム家庭、一家庭だけが、真の愛、真の生命、真の血統で一つになって定着していれば、すべてのことは終わるのです。 その家庭の出発が、世界復帰の出発であり、世界祝福の出発なのです。その一家庭は、天国の門を開け、天国を開門することのできる主人であると同時に、その一家庭の伝統を受け継いでいく人々は、宗教や、救世主や、メシヤや、再臨主や、真の父母などの名前がなくても、直行し、天国で王の基を中心として侍ることのできる、皇族圏の子女になっていたのではないだろうかというのです。 このような問題を中心として見るとき、今日、数千億に拡大したこの人類、天上世界と地上世界にいるすべての人類が、神様の前で祝福を受けることができる、そのような時は今までなかったというのです。 先生を中心として、解放直後からの四十年間をこのように過ごし、霊界と肉界を中心とした数百億の人を祝福したということは、驚くべき事実です。その数百億の祝福をしたのですが、先祖たちが(自分の子孫に対して)祝福すべきことを、真の父母の名をもったお方が代わりになしたのです。なぜ、代わりになさなければならなかったのでしょうか? 偽りの父母が、偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統によって、偽りの父母の位置をつくったのは、すべて、アダムが責任を果たせなかったからなので、真の父母は、偽りの父母の失敗をすべて清算し、天が願われるものとして、新たに接ぎ木し、真のオリーブの木にしなければならないのです。そのようにしなければ、天の祝福の中で立つことはできません。完成解放の祝福ではないのです。 個人個人が、一次・二次の祝福、教会祝福・国家祝福・天宙祝福の三段階の祝福を受け、その時が満ちるときまで待ち、天地全体のすべての祝福の門を完全に開くためには、堕落した悪の父母がつくり上げた世界……。世界は、悪の世界であり、善と悪が闘う世界です。 宗教圏も、神様が選ばれたのであり、全世界を救援するためのアベル的立場としてお立てになったのですが、宗教圏が、人類、全世界、数多くの国家を一つにし、天に属させることができる天の教会圏の世界にすることはできませんでした。 歴史過程の中で、宗教圏を迫害し、虐げてきた群れは何だったかというと、今まで世の中に残っている国権だというのです。国を中心としたこのすべての既成国家体制が、新しい宗教分野が出発するあらゆる所で、いつもこれを犠牲にしてきたのです。そのような歴史が堕落以後、今日まで続いてきたのです。 「天の願われる人が一人でも現れるかもしれない」と案じ、生死を懸けて除去しようとしてきたのです。そのような悪の群れ、悪の群れの一族が全天地に満ちているその世界において、神様の息子・娘が堕落せずにアダム家庭を完成させることができる、そのような一家庭を選んで祝福するということが、どれほど難しいかという事実を、皆さんは知っているでしょう。 そのような歴史過程の蕩減的段階を越え、また越えて、個人時代を越え、家庭、氏族、民族、国家、世界まで越えて、第二次大戦を中心として、英・米・仏と日・独・伊……。これは相対になっています。英・米・仏は、エバ国家、アベル国家、天使長国家です。サタン側は、日・独・伊です。ドイツはサタン世界の悪魔の長子権を中心とした国であり、イタリアは天使長型です。 上に上がっていくことを願うのですが、正反対の下に突き落とすための世界的な闘争史を、一次、二次、三次の思想戦まで連結してくる中で、多くの宗教人が犠牲になりました。イスラエル民族を中心とした六百万の虐殺だけではありません。第一次、第二次大戦を中心として、宗教圏が犠牲になったことについては、言い表すことができません。堕落以後、数千億の人が犠牲の代価を払ってきたのです。 神様が共に暮らすことのできる一つの家庭を失ってしまった恨を解こうとしたのですが、このように世界的に拡張され、だれも収拾することのできない、途方もない環境条件をつくってしまったのです。どの地域にどんな宗教が現れても、それが天を崇め奉るようになれば、国は歴史を通じて、数えきれないほど首をはねて、殺し、犠牲にしてきたというのです。その国は、神様が立てられた国ですか、サタンが立てた国ですか? (「サタンが立てました」)。 すべての暮らしを見ても、三代、おじいさんとおばあさん、父と母、自分の夫婦を中心として、三組の夫婦が暮らすとき、おじいさんはすべて自分の思いどおりにしようとするのであり、おばあさんはおじいさんに服従して一つになろうとするよりも、おじいさんを差しおいて一つになろうとするのです。 個々人が分裂した立場で、だれもが「私が主人であり、善なる者だ」と自己主張することのできる版図をつくろうとするのです。神様がいらっしゃるならば、あり得ない、このような環境をつくり上げたということを見るとき、「悪の結果の世界に間違いない」ということを認めざるを得ません。悪から出発して、悪の環境を植えつけたのです。「これは神様の創造によってできたものではない」ということは、理論的な結論です。 それはだれがつくったのかというと、天使長、サタンです。神様の愛の怨讐です。なぜ、その怨讐が愛の怨讐になったかということを知らなければなりません。 神様が大宇宙を創造 (神様には)形状がありません。無形の父母が実体の父母として現れるために、実体の体をもとうとすることが、神様の創造理想であったのです。そのことを知らなければなりません。 私たちが原理から見るとき、神様はどのようなお方かというと、二性性相の中和的存在であり、格位においては男性格です。(神様は)静かな中から、カップルになって水のようなものから生まれるような立場です。神様が男性格主体であり、その理想的生命圏の相対に立つ人は、主体になることはできません。神様が主体ならば、その対象は女性的相対の立場に立つのです。女性格主体が主体になることはできません。神様が、目に見える実体として移して植えようとしたのが、アダムとエバの創造理想であったのです。 アダムとエバは何でしょうか? 神様は、内的な立場であり、目に見えない天宙父母ですが、アダムとエバは、目に見える天地父母です。心のような父母の位置が神様であり、体のような父母の位置がアダムとエバです。二人が一つになり、二重的構造を中心として現れるのですが、実体を代表して現れなければならないのです。 なぜ、そのようになっているのでしょうか? 無形の実体であられる神様・父母は、縦的です。縦的立場にいるので、縦的な中心です。この宇宙の中心は一つしかありません。そして、縦的な世界には、繁殖がありません。繁殖するためには、必ず球形をなさなければなりません。面積が必要なので、上下、左右、前後を中心として球形をなし、無数の面積、その球形モデルをすべて連結しなければならないのです。個人的なモデル、家庭的なモデル、国家的なモデル、それから世界的なモデル、天宙的なモデルが、同様の性相形態の面を拡大させ、神様は大宇宙を創造されたのです。 愛を中心として、うれしくて「ははは」と笑うようになれば、神様お一人で笑われるのではなく、宇宙全体が同時に笑うのです。この宇宙がどれほど大きいでしょうか。どれほど大きいか考えてみてください。そのような膨大で無限な世界を神様が主管なさるのです。有形実体をもって主管することができますか? 今も、先生(の心)はイーストガーデンに行ってきました。心の速度よりも、もっと速いのが愛の速度です。愛の速度は、心の速度よりも何千万倍も速いのです。故郷を離れて父母を思慕するとき、千里の遠征も遠いと思わず、瞬間圏内で、父母の事情をキャッチすることができ、父母の感触を感じることができるのです。そのような孝子、国に対しては忠臣、世界に対しては聖人、天宙に対しては聖子の道理を果たす忠臣烈女がいたのです。このような膨大な世界を主管する主人であられる神様は、この宇宙の力の母体なのです。 結果の実体圏の代表者として立てられたのが、アダムとエバでした。アダムとエバになるのは、即座になったのではありません。愛をなすためには、蘇生・長成・完成、神様もそのように大きくなってこられたので、第一の創造主が歩んできたのと同じように、蘇生時代・長成時代・完成時代……。 神様は、陸地から始まったのでしょうか、水から始まったのでしょうか? 考えてみたことがありますか? 土の中から生まれたのでしょうか、水の中から生まれたのでしょうか、空中から生まれたのでしょうか、ごうごうと燃える太陽の中から生まれたのでしょうか? (「水のようなものからです」)。 なぜ、水でしょうか? もし、地の中に入っていて埋められてしまえば、動きません。空気はどこへでも伝達されて拡張していくことができ、存在環境を無限に拡大することができますが、それと同じ存在内容をもっているものが水なのです。「水」と言ってみなさい。(「水!」)。 食べよう。(「食べよう!」)。「食べよう」ですか、「飲もう」ですか? (「飲もうです」)。ご飯は? (「食べようです」)。水はかまなくても、歯がなくても、飲み込むことができますが、ご飯は歯がなければなりません。口の中で砕かなければなりません。薬も、水の薬は飲みやすいのです。固いものは飲みにくいのです。 ですから、神様も水のようなものから生まれたはずです。すべての存在物がそうでしょう。プランクトンを中心として、海の中のすべての動物、魚は、それを食べて育つのです。珊瑚まで、すべてそのようになっています。 海を見れば、草のような形をした珊瑚という動物がいます。知っているでしょう。(「はい」)。種類が多く、さまざまな色の変化を中心として固まれば、五色の宝として扱うことができるのです。珊瑚は、植物を捕まえて食べますか、動物を捕まえて食べますか? 水中で動物性プランクトンを捕まえて食べるのです。 このように見るとき、海の中の美しさのほうが、より素晴らしいでしょうか、普通の山水にある景色のほうが、より素晴らしいでしょうか? やあ! 潜水夫たちの話を聞いてみれば、「世の中の景色は、どこもすべて同じだが、海の景色は、海ごとに、その環境が異なる所ごとに、また季節に従って、すべて異なる」と言うのです。そのように美しいので、離れるのが嫌で、そこで暮らしたいという思いをもつようになるというのです。海がそのように美しいので、神様の存在の出発も、美しく、清らかなのです。 水は清いですか、汚いですか? においがしますか、しませんか? 飲み水は、においがしますか、しませんか? 植物、ご飯、何であれ、さまざまな味がしますが、水は、においをかいでも、においはないようであり、透明で先がはっきりと見えるのです。そのように水は、それ以上要求することのできない、清いものなのです。 毛細管作用を知っているでしょう。すき間さえあれば、上がっていくのです。皆さんの毛細血管を通じて、すき間さえあれば、血は上がっていくのです。大きな木も、根から水によって栄養分が運搬されるでしょう。創造の本性的内容がそのようになっているので、すべての万物は、水を利用して存在が始まるのです。正しい話ですか、正しくない話ですか? 人間は、七五パーセントが水です。水たまりにぷかぷか浮いて生きているのが、今日の私たち人間です。正しいですか、正しくないですか? 地球も、地表の三分の二が水です。 水がなければ、この土地も死んだ土地になります。水がなく、水が浸透しなくなれば、植物は生きることができません。水には浸透する力があり、深い地中まで栄養素を運ぶことができるので、湿った土地をつくることができるのです。この大きい木は何でもありません。千二百年、千五百年になるイチョウの木があります。人はそのように(長く)生きますか? では、今後、ますます長生きする時が訪れると思いますか、ますます短命な時が訪れると思いますか? 皆さんは、どれくらい生きたいと思いますか? 今日、「人は永遠に生きる」と言っている教派もあります。みな死んでいったにもかかわらず、「生きる」と言うのです。それは、真ですか、偽りですか? 文総裁は、(肉体は)「死ぬ」と言っていますか、「永生する」と言っていますか? (「死ぬと言われます」)。神様は、無形の神様であられます。神様が体をもたれれば、大宇宙を主管することができる内的主人がいなくなってしまうのです。分かりますか? 地上で暮らした真の父母が(肉体をもったまま)霊界に行けば、宇宙が反駁し、デモをして、追い出してしまうのです。 心も私であり、体も私です。皆さん、そうですか? 心をもっていますか? (「はい」)。もっていないと言う人は狂った人です。では、心と体がありますが、どちらが主人でしょうか? 世の中の人はそれも分かりません。 心が「しよう」と言うとおりにすれば、飢え死にし、滅び、寂しく、孤独な立場に行くようになってしまうのです。体は、力が強くて闘えば、天下を支配することができるのです。それゆえ、ギリシャ哲学、人本主義思想は、力の哲学です。強者が勝つのです。それで、弱肉強食の論理を中心としたものが、人本主義思想です。ヘレニズム思想なのです。 そのようにして、自然界はすべて敵だというのです。なぜでしょうか? 自然を見ると、強者が弱者を捕まえて食べるのです。それは、私たちの良心世界に背いています。哲学、思想も、そのようなものとして始まったのです。唯物論も、弁証法もそうであり、闘争論理がそこから出てきたのです。 マルクスのような人は、堕落に関して分からなかったのです。ですから、良心・心と体が闘争するのも、人間の根本問題であり、根源と同じだと言って、闘争することによって、二つが共存していきながら発展するかのように考え、闘争の弁証法の論理を中心とした唯物史観を立て、「天理はこの法によって動く」と言ったのです。 この者たち! それは、目的観もありません。方向もありません。時に応じて自分がうそを言い、(そのうそが)目的観に代わることができ、方向に代わることができ、それが実体になるようになれば、「それが善だ」と主張するのです。詐欺と偽装戦術を第一条としている共産世界は、地上に残ることができません。 神様は「そのような存在は、この地に存在することはできない。文総裁の教育から見れば、どれほどその存在の環境条件を拡大し、認めてもらうことができる条件を探しても、条件を提示することができる宇宙ではない。したがって、存在価値がないので、自然消滅するという結論を見いだすことができる」とおっしゃるのです。このような話をすればきりがありません。 心と体が分かれて闘っている人は、手を挙げてみなさい さあ、それでは、皆さんは、主人になりたいですか、主体になりたいですか、相対になりたいですか? (「主体です」)。何ですか? 主体ですか? (「はい」)。神様は何ですか? あなたたちが主体ならば、主体が二つになり、プラスとプラスで闘争するのですか? いくら大きなことを言い、いくら努力したところで、神様がいらっしゃり、宇宙のすべての創造の原則的な法がある限り、人間が主体になることが、できますか、できませんか? できます! (「できません!」)。あることは「ある」と言い、ないことは「ない」と言い、正しいことは「正しい」と言い、間違っていることは「間違っている」と教えてあげてこそ、真の父母、真の師、真のお兄さん、真の父、真の隣人になるのです。それは正しいでしょう。(「はい」)。 それでは、皆さんの心と体は一つになっていますか? 心と体が分かれて闘っている人は、手を挙げてみなさい。手を挙げてみなさいというのです、この者たち! 片手だけ挙げれば信じることができないので、両手を挙げてみなさい。両手を挙げても信じることができないので、両手、両足を挙げてみなさい。 両手、両足を挙げて、空中を飛び回りながら、「私はこのように悪い者だ」と宣伝したいですか、それとも、さっと隠して「私は良い者だ」と言いたいですか? 飛び回りながら(「私は悪い者だ」と)宣伝することは、悪い人の伝統をそのとおりに現しているのですか? そのようにできる人は、「率直は正義と通じる」という論理を中心として、正義に通じることができるのです。 両手、両足を挙げて、闘っているということ自体を明らかにし、罪人の中の罪人であり、「悪党だ」と言って宣伝して回ることに、自分たちの喜ぶことのできる面が、あるでしょうか、ないでしょうか? それは、良心も願わず、体も願いません。それが不思議だというのです。体と良心は闘っているので、良心が好むものを体は「悪い」と言わなければならないのに、二つともそれを願わないのです。そんな世の中になってしまっているのです。 主体が二つ存在するということはあり得ません。一方が主体になるか、相対になるか、どちらかにしなければなりません。決定的な論理のうえで、理想の平和教育という出発が展開するのであって、闘っている心と体の二つを中心としてはあり得ないのです。 三組の夫婦、六人がいて、(その人たちの)心と体が十二の群れになって闘うとき、それぞれが、平和を主張し、「自分を手本としなさい」と言うならば、狂った者たちです。なぜでしょうか? みな、心と体が闘うといって、両手、両足を挙げましたか、挙げませんでしたか? (「挙げました!」)。 そのような人々が、「真の父母の歴史的な大祝福の時代が来た。賞を受けよう」と言って集まってくるときに、希望に燃え、心と体が一つになって喜んで来ましたか? それとも、この場に座って、心と体が闘っていますか? この場に来てまで闘っている自分自身は、詐欺師になることができる者ですか、神様の息子・娘になることができる者ですか? 間違いなく、詐欺師になることができる者です。神様の息子・娘は差しおき、詐欺師としてしか見ることができない、という事実を認めなければなりません。 それでは、賞を受けることができる資格があって、ここに参加しましたか? 資格はないのですが、真のご父母様が「賞をあげよう」と言われるので、しかたなく来ましたか? うれしく、喜びに満ちて、心と体が踊りを踊りながら来ましたか? 何ですか? 西洋人が言う言葉、日本人が言う言葉、韓国人が言う言葉、それらはすべて違います。五色人種が集まれば、同じであり得るでしょうか? 同じではあり得ないので、千万の群れが集まれば、千万の筋になり、闘う群れとなるので、そこに平和の根拠地を探したとしても、あると思いますか、ないと思いますか? ないと思うのが、理論的な結論だということを知らなければなりません。 皆さんは何を願いますか? 戦争するために連れていき、闘って勝利の覇権者となり、南北統一の大統領になるために、若い者たちが必要なので、「来なさい」と言いましたか? 皆さんを大統領にするために、「来なさい」と言いましたか? どちらですか? 父母の立場で、自分が大統領になるために、この若者たちを犠牲にしようとすれば、それは悪の父母です。自分が犠牲になったとしても、悪なる人々に善の息子・娘の資格を与えてあげようとすれば、それは善の父母にならざるを得ないのです。これは理論的な結論です。分かりましたか、分かりませんか? 「分かります」と言う人は、一度拍手してみましょう。(拍手)神様の前に拍手するのです。「私の判断は、正義に立っています。そのように理解してください」。そういうことです。 良心と体を比較すれば、それでも少しはよいのが良心です。良心のほうが天に近いので、良心の命令に絶対的に体を屈伏させ、一方通行の人間にならなければ、神様のもとに行く方向がジグザグになってしまうのです。上がったり下がったりしてしまうのです。 神様は高速道路を走っておられるのです。そうではないですか。地球星から膨大な銀河系のような世界を一瞬のうちに経て戻ってくる、神様の速度にならなければならないのに、このようにして行くのですか? ひゅーっと行かなければならないのです。分かりますか? 最高の愛の速度は、測定できないほど速いのです。どれほど速いでしょうか。 地球は、一日二十四時間で一回りするのでしょう。回るのを見ましたか? 太陽を一年間で回ります。それは、どれほど膨大な距離でしょうか。千年、万年の歴史は、一つの公式に従って動いているのです。 それでは、地球の年齢はどれくらいかというと、四十五億年、あるいは四十七億年と考えられています。四十五億年前に地球が生まれたとすれば、太陽を四十五億年の間、回ったのです。では、一回りするのに一秒ずつずれただけでも、地球の存在が四十五億秒ずれることになります。それを年数で計算すれば、百四十二年と何か月です。やあ! 百四十二年ずれたとすれば、地球星は残ったでしょうか、なくなったでしょうか? 太陽系はどのようになっていたでしょうか? 神様の主流属性は絶対愛です。また、神様は、絶対的であり、唯一であり、不変です。そして、永遠だという結論を下すことができるのです。神様の愛は、絶対、不変、唯一、永遠です。このように整理しても正しいのです。なぜでしょうか? 地球星が四十五億年間、回るのに、一年に一秒ずつずれていれば、百四十二年が引っ掛かり、存在の痕跡もなく、すべてほこりとともに飛ばされてしまい、灰も残ることができないほどに清算されていたはずです。しかし、依然として、何億万年も変わることなく、今も回っているのです。 ですから、神様の愛は、絶対なる愛、唯一なる愛、不変なる愛、永遠なる愛である、という結論が出てくるのです。神様の愛は、そのように途方もなく、驚くべきものなのです。ノーメン、アーメン? (「アーメン!」)。 愛の秩序によって存在する世界は、このようにすべての無数の年限が変化を及ぼし、環境が変化を及ぼそうとしても、変わらずに、上がっていく時は上がっていき、下りていく時は下りていき、春夏秋冬、四季が不変であるのと同じように、人生行路と宇宙の生活圏行路も、同様の法度によって動いているのです。 それゆえ、神様の絶対なる愛、唯一なる愛、不変なる愛、永遠なる愛を基本としてつくられたものは、永遠に、自分が喜ぶことのできる、不変の存在であり、唯一の存在であり、絶対的な存在だということは、間違いありません。「アーメン」でしょうか、「万歳」でしょうか? (「万歳!」)。してみてください。万歳! (「万歳!」)。 万歳も、「億オク」という字をつけて、「億、億、億、億……」、およそ百回して、「百億」プラスして「歳!」とするのです。千年、万年、そのように唱えることはできないので、「億(オク)万歳」と唱えれば、それ以上考える必要もないのです。 神様を中心とした栄光と栄誉ある息子・娘として、天国を慕い、「本郷の地で暮らすことができ、神様と同居することができる私たちの家庭だ」と言い、栄光の創造主を父として侍ることができる、その誇りは、何と比較することができるでしょうか。 博士学位を取るために大学に行き、「ああ、同僚の中で私が一番だったので、私を手本としなさい」と言う人がいます。福がなく、パクポク(「福が薄い」の意)な人がパクサ(博士)です。分かりますか? そんなものをもって、「世の中で最も高い」と言っているのです。 正午定着する人にならなければならない さあ、それでは、きょうここには、どのような人が来ましたか? 先生に賞を捧げるために来ましたか、先生から賞をもらうために来ましたか? (「賞をもらうために来ました」)。体面が立ちますか、立ちませんか? (「立ちません」)。「四十年迫害され、反対する世の中で、動く本体(真のお父様)に従い、影のように離れずに、ちゅんちゅんさえずりながら同行してきたので、冷遇してはならないはずなのに、なぜ、先生はこのように虐げられるのか」と思うかもしれませんが、影が貴いのですか、実体が貴いのですか? ですから、私がここで話すことは、「正午定着する人にならなければならない!」ということです。影なく生きる人になりなさい! では、心と体が闘えば、影が生じるでしょうか、生じないでしょうか? 男性が東側に来れば、西側に影が生ずるのであり、女性が西側に行っていれば、また影が生じるのであり、そこに数多くの人が混ざっていれば、その数多くの影によって、西側は暗い世界になるのです。そのようになってはならないのです。 正午定着! 言ってみなさい。(「正午定着!」)。 「私は神様の分身だ」。言ってみなさい。(「私は神様の分身だ!」)。分身になるとすれば、どのような分身ですか? 神様の心の分身になるのですか、指先のつめの分身になるのですか、まゆ毛の分身になるのですか? 数限りない主体の中で、どのような分身ですか? (「心の分身です」)。心の何ですか? (「分身です」)。心に欲が多くて、「権力をもとう。名誉をもとう。自分が一番だ」という、そのような立場ですか? それは神様が願われません。 神様の前で高く立つことができる人はいないのであり、神様の前で権勢をもつことができる人はいません。神様の前で知識を誇り、神様の前で「私だ」と言って栄誉を求めてもがく人は、おかしい人です。そのような人は必要ありません。 ただ「愛のために生きる」ことだけで、よいのです。神様が、絶対なる愛、唯一なる愛、不変で永遠なる愛を投入して相対をつくろうとされたので、私も神様に似て、絶対なる愛の心、唯一なる愛の心、不変なる愛の心をもって、息子・娘を愛し、妻を愛せば、終わりなのです。 神様に妻がいますか、いませんか? 男性格主体は、何をするのですか? その男性格主体が願うことは何ですか? プラスとマイナスがごろごろと一つになり、天地をすべて照らすことができる爆発的な音を出して、和動する、そのような黄金の光、平和の世界、明るい世界を見つめるとき、恐ろしいですが、そこには希望が宿っているのです。それは同じです。男性は東側の果てであり、女性は西側の果てです。また、神様は上の果てであり、息子は下の果てです。上下の果て、東西の果て、それから兄弟は中間に合わせるのです。 それらが一つになって運動するのです。求心力と遠心力の作用です。縦的に運動するこの力が、横的に連結されて広がってこそ、これが運動して回っていくようになるのです。求心力、遠心力の運動における作動が展開するのです。求心力だけでもいけないのであり、遠心力だけでもいけません。主体となる縦的力だけでもいけないのです。 横的力と縦的力と四方の三六〇度が、永遠に、絶対、唯一、不変の愛として動くことができる世界になって、神様がその真ん中で一晩寝て、さらに永遠に暮らそうという、夢のあるモチーフにならざるを得ないという事実を、理論的に肯定しなければなりません。 神様と共に生きたいですか? 生きたいですか、生きたくないですか? (「生きたいです」)。それでは、心が、神様の近くに行って生きることができる可能性がありますか、体が、神様の近くに行って生きることができる可能性がありますか? (「心です」)。心です。すべて知っていますか? 体は、心が反対する道に……。 太陽の光が出れば、影をつくっておくのです。鉄板で身を包み、太陽の光が自分を越えて照らすことができないように、(体は)自分第一主義なのです。鉄板で自分を覆っておくのです。体はこうするので、悪のモデルであり、悪の動機になっているのです。この事実をはっきりと知らなければなりません。そのような事実を知ろうとすれば、堕落論を知らなければなりません。 心と体が闘うようになった動機を理論的な基準で探究し、実験してみると、そのようになっていたので、「億千万世、その道に従って行くしかない」と言うことができるのです。 理論的な体制を自らがつかみ、そこに確信的自我を適応させ、絶対、不変、永遠、唯一の存在の価値を立てたならば、神様の近くで暮らすことのできる、心の世界、私の主人を探すことが、できますか、できませんか? (「……」)。話を聞いていたか、聞いていなかったか、すぐに分かります。 今まで何も分からずに、心と体が闘う状態でここに来ましたが、今からはこの清平……。二月五日に、何の病院の開館式をするのですか? (「清心シム病院です」)。清心病院です。 清心病院に来た人々は、横になって天井を見つめながら、「私はいつ治るのだろうか? 医者が来るのか? 薬、薬、薬……」と言うよりも、「ああ、自然もよい。ああ、あの山の峰に登ってみたい。何々台、何々台という、先生が名前をつけられた所に、私も行ってみたい。先生が湖で釣りをされた以上、私もしてみたい」と思いながら、酔いしれ、ご飯を食べるのを忘れてしまい、寝ることを忘れてしまうようになれば、病気は自動的に治らざるを得ないのです。ノーメンですか、アーメンですか? (「アーメン!」)。 それゆえ、清心病院に来た人は、病気のことを心配するよりも、楽しくて、「ああ、あの山に登りたい。ああ、釣りをして何かの魚を釣りたい。したい。したい」と考えることのほうが先行するようになれば、病気は自動的に治るというのです。 この園を神様よりももっと愛し、この水の魚を神様よりももっと愛するのです。すべての山河、和合した花園を見つめるとき、神様が喜ばれたよりももっとうれしく、「わはははは……。私の世の中だ!」と思うことのできる心をもって、解放された心の状態であれば、病気が離れていくのです。ですから、万病に効く病院とならざるを得ないのです。霊界が病気にかかっている人を連れて来て、きれいに治った、という論理が可能な地域がこの地域なのです。 ために生きる最高の祭物になり、ために生きることにおいて勝つ ですから、よく訪ねてきましたか、よく訪ねてきませんでしたか? (「よく訪ねてきました」)。よく訪ねてきたので、よく死にますか、よく生きますか? (「よく生きます」)。「生きんとする者は死に、死なんとする者は生きる」とあるので、よく死ぬための訓練を受けに来たのですか、よく生きるための訓練を受けに来たのですか? (「よく死ぬための訓練です!」)。 今までの自分を忘れてしまい、無の存在として埋葬するために来ましたか? それとも、自らを立てて、「有、有、有、有……」という欲張りになって、神様よりも、ここにいる訓母様よりも、ここのだれよりも自分が優れているという、野望をもった僕になるためですか? どちらですか? ために生きる最高の祭物になり、「ために生きることにおいて、神様に勝たなければならず、真のご父母様に勝たなければならない」と言うことのできる人は、間違いなく……。真の父母が霊界に行ってみると、「そのような人々が先に、神様の前に、主の家に行って暮らさざるを得ない」となっていました。「このような先生の言葉は、本当に、本当に、真だ。真の中の真だ。アーメン! 万歳だ!」。新たに、そのような決意をしなければなりませんか、してはなりませんか? (「しなければなりません!」)。 「賞をもらおう」という思いよりも先に、ここに来て自然に酔いしれ、先生の御言どおりにするためには、何であろうと、今までできなかったことを越え、また越え、泳いで渡り、渡ることができなければ飛んで越えることのできる自分自身になり、私にとってごちゃごちゃしているふろしき包みをすべてほうり投げ、清い空気のようになり、清い水蒸気になって、高ければ高い雲になり、低ければ低い雲になり、環境に焦点を合わせ、「おお、よしよし、私の愛よ。私が行くところは天国だ。アーメン! 万歳!」と言うことのできる喜びを感じて、帰っていく人々は、「天国の相続者にならざるを得ない」という妥当な結論を、先生が「間違いない結論だ」と言うので、その結論を抱き、明日からその理論を守る主となることを望みます。 先生の代わりに、神様の代わりに、そのようにするならば、間違いなく、本郷的故郷が、皆さんの家庭とならざるを得ないのです。 国がなく、名前がなかったとしても、神様の名によって国があり、神様の国の名によって姓名も新しくし、天国に入籍することのできる、すべての名分を備えた自分になり、受けた賞を神様にお捧げし、その次には真のご父母様にお捧げし、「真のご父母様を通して、万民に自分の賞を運んであげるための仲介役を果たすために来た」と言う人が、善の人ですか? それとも、自分が賞をもらい、自分たちの子孫がここで観光客を誘致し、のらりくらりと日を過ごす身となり、「よい、よい」と言って、依存して生きようという人が、正しい人ですか? 神様が「私のできないことをしたのだなあ。私が残したかったことを、いつ、このようにつくって準備したのか」と言われ、真の父母まで呼ばれ、「やや、真の父母よ。ここに来てみなさい。この家庭は、私たちよりも優れている。(この家庭は)私たちが考えていた以上に努力し、祭物となり、天の決定的な所有とし、『これからの永遠の歴史においても、真のご父母様のものだ』と名前をつけておき、『真のご父母様が愛を受けたのちに、自分が愛を受けよう』という、そのような神様の創造理想圏を自動的に完成した勝利の覇権者ではないか。あなたの祝福と私の祝福を合わせて、この家庭にとどまるようにし、千世、万世、この家庭を通して、天地の王権を維持させてはどうだろう」と言われるとき、真の父母も「イエス」と言われるのです。 その人が「いいえ。万民、万世のものとして、返してください」と言ったとしても、万民、万世は「あなたが保管し、真の父母、天地父母と一つになり、あなたが世界を回りながら訪ねていき、すべての家庭が天使長の失敗したすべてのことを復帰し、神様までも慰安してさしあげる、そのような王子の位置を(あなたの家庭が)守ることは間違いない」と言うでしょう。 神様の証と、真のご父母様と万民の証を受けることができる人になってこそ、天国の宮殿に入っていき、神様を王として侍り得る王子・王女の相続権を受けることができる息子・娘になることは間違いない、ということを知らなければなりません。分かりますか? (「はい!」)。 アメリカ人、手を挙げなさい。日本人、手を挙げなさい。韓国人、手を挙げなさい。ああ、たくさんいますね。天国人、手を挙げなさい。天国人ですか? 心と体が一つになりましたか? (「はい!」)。このうそつき。(笑) 先生も感嘆し、神様も感嘆して、「やや、あなたは私よりも優れている」と言われるようになれば……。国王は、忠臣を「自分よりも優れている」と言うのであり、父母は、孝子を「自分よりも優れている」と言うのです。それが父母であり、国王です。 天地を創造された王の中の王であられるそのお方が、「私よりも優れている」と称賛してこそ、父母の位置に行くのであり、天地父母がその人を称賛してこそ、世界の頂上に入っていくのです。そうして、内的父である神様と、外的父である真の父母、その二人の父の公認を受ける名札をつけるのです。 そのような名札を額につけてこそ、東西南北に三百六十の天の王宮の門があったとしても、私が行くようになれば自由自在に開くのです。行けば、ぶつからずに、かちゃん、かちゃん、かちゃんと開く、オートマチックのオープンドアがあるのです。三百六十の門があれば、それがすべて一度に、さーっと開くのです。 神様と競技して、「神様、私に負けたでしょう。真のご父母様も、私に負けたでしょう。このように三百六十の門を思いどおりに通過できないのが、神様ではないですか。真のご父母様ではないですか。私のほうが優れているでしょう」と言わずに、じっとしていたとしても、「あなたは優れている。三百六十の門を守る主人は、あなたがなりなさい。天上天国、地獄に行く人々の王になり、神様の代わりに、その国の番人になってほしい」と言われるでしょう。 天使長の総大将の位置を凌駕し、その位置をしっかりと遂行することによって、神様の国を守る、孝子、忠臣、聖人、聖子の道理が、実質的に立てられ、地上の解放、天上の解放……。地獄がすべて開かれたその世界を迎え、その世界を受け継ぎ、(神様が)「私の平和と、私が自由に行動することを願っているのだなあ。いつでも行くことができる。待っていなさい。待っていなさい」と言われることのできる皆さんにならなければなりません。 そのようになってこそ、神様がこの地上に訪ねてくることができるのです。その時に、喜んで皇太子として侍るならば、天国の王子・王女になるのです! (「アーメン!」)。 全員が一等になることを祈願いたします それを願う欲望をもたない人は、一人もいません。これは妥当な結論であり、だれでも可能であるというのです。生活態度をどのようにしていくかということを知ったので、その目的達成をかけて、競争し、一等、一等、特、特、特等になることを願います。 きょう、天上世界の神様の賞を受けに来たならば、全員が天国の王権の継承者となり、千年、万年、神様の喜びの地上天国を創造する、勝利の相続的覇権者になることを願います。 きょう、賞を与える前に、「賞を受けることのできる資格はこうだ」と、ご父母様の語った言葉を忘れずに、生涯の花として、結実として、天国の倉庫に自分自体を納めるために努力し、最善を尽くして、忠誠を尽くすことを願いながら、この時間の先生の御言を終えようと思います。アーメン! (「アーメン!」)。 「一等賞は私のものだ」。言ってみなさい。一等賞は。(「一等賞は!」)。びり賞は。(「一等賞は!」)。夢にも考えない。(笑)全員がそのようになってみなさい。そうすれば、全員が一等なのです。 一秒の間に一緒に、全員がゴールのテープに入っていき、全員が「一等だ」と言うとき、神様がご覧になれば、神様は気分が良いでしょうか、真のご父母様は気分が悪いでしょうか? 神様の気分が良ければ、真の父母も良いのです。 真の父母、天地父母が喜べば、一等賞をもらった人も、神様のすべてを一つももらすことなく相続することができるのです。そうなれば、兄弟もすべて喜ぶのです。一つの家庭で暮らしながら、お互いに尊敬して生きるのが、天上、地上天国です。 「私はそのような功臣者になるために、この場に来た」ということを忘れずに、どうぞ、全員が一等になることを祈願いたします。懇切に祈願いたします。(「アーメン!」)。懇切にお願い申し上げます。(「アーメン!」)。(拍手)【中古】 原理講論 三色刷 第4版 / 世界基督教統一神霊協会 / 光言社 [単行本]【宅配便出荷】原理講論第5版 三色刷 [ 世界基督教統一神霊協会 ]一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.07.06
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「お母さんの声が何回も聞こえてきた」10年間変わらなかった母の愛2025/07/05孝情の証(霧島家庭教会食口)ーーーーーーーーーーーー私には、4人の子どもがいます。今日は30歳の長男のことをお話します。息子は、中高生の頃までは礼拝に参加し、修練会にも参加していました。しかし、福岡に就職してからは、教会から離れてしまいました。それから、10年という長い年月が過ぎました。その間、インターネットで教会に対する否定的な情報を見て、不信感を抱いていたようです。もともと口数が少なく、何を考えているのか分かりづらい子でした。そんな息子が、昨年末、突然私に悩みを打ち明けてくれたのです。それから、少しずつ親子の間に会話が生まれるようになってきました。ある日、徹夜祈祷会で役事があることを伝えると、なんと彼も「自分も参加したい」と言ったのです。その役事を受けた息子は、「すっきりした」と言っていました。その後、毎日連絡が来るようになりました。長男に、確実に変化が起きていることを感じました。天心苑の話をしたときのことです。息子は驚くべきことを話してくれました。「お母さんの声が、前から何回も聞こえてきたんだ。最初は空耳かと思っていたけど、何日も聞こえてくるから、自分のことを祈っているのだろうと思った。」「その声は、子どもの危険を感じて叫ぶような声だった。」私が毎日、息子の名前を呼んで祈っていた、その声が...確かに、息子の心に届いていたのです。その頃から息子も、「そろそろ教会に行かなくては」と思い始めたものの、なかなか行くきっかけをつかめずにいたそうです。ある日、博多駅で教会の人たちが遊説している姿を目にした時、「教会に行こう!」と決心が固まったそうです。さらに、妹が祝福を受けたことも大きな転機となりました。今まで見たことのない笑顔で写っている妹の写真を見て、祝福への希望を感じたそうです。4月26日。息子は、自分から教会を訪ねて行きました。今までの10年間を取り戻すかのように、土曜日は講義、日曜日は礼拝、徹夜祈祷会にも継続して参加しています。先日は、祝福セミナーにも参加して、祝福を目指して頑張っています。今では息子も、毎日祈りを捧げています。ホーリーマザーハンの呼名祈祷、そして未だ教会から離れている弟の呼名祈祷も、毎日欠かさず捧げているそうです。この10年間、私は長男が戻ってくることを祈り続けてきました。天心苑ができてからは、仕事に行く前の早朝にひたすら祈りを捧げてきました。「天心苑で祈れば必ず願いが叶う」と信じて。天心苑での祈り、娘の祝福、そして天の父母様の入宮勝利の恩恵により、長男が戻ってきました。心から感謝しています。ーーーーーーーーーーーー本動画は、信者の証しをもとに構成された体験記です。命・家族・祈りなどをテーマにした、実話をもとにした感動ストーリーをお届けします。チャンネル登録のうえ、次回の配信もぜひご覧ください。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2025.07.05
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