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「近頃飲んだ***」シリーズ第3弾です。先日、大阪キタのはずれの行きつけのBarへ、社内の友人と一緒にお邪魔した時のこと。このBarのマスターはいつもよく僕のブログを覗いてくれていて、時々書き込みをしてくれたり、直接感想を伝えたりしてくれる。 そして、ネタ探しに困っている僕の心を見抜いているかのように、時には、「こんな面白いお酒ありますけど、ブログにどうです?」と教えてくれる(嬉しいな!)。そんなマスターが今回、出してきたネタというのは、なんとカシス・リキュール。 ただし、そこらのカシス・リキュールではない。な、なんと、あのボルドー1級畑のワイン醸造家の一つ、ムートン・ロートシルトが産み出したカシス・リキュール(写真左)なのだという。 「一杯30mmで、1500円とちょっとお値段張りますけど、いいですかぁ?」と一応、聞いてくれる心遣いが嬉しい。しかし、そこまで言ってくれて、しかも造り手がムートンとあれば、飲まなくては「酒呑み」の名がすたる。 で、さっそく頂く。飲み方はストレートに小さな氷を1個浮かべて。正直言って、「どうせあのムートンが話題づくりのために出したんだろう」くらいにしか思っていなかったが、一口飲んでみて、はっきり言ってこれは「未経験の感動!」。 果実の風味がぎゅっと詰まった、この熟成感、凝縮感はただ、ただ素晴らしいというしかない。さすが、ムートンさん、普通のカシス・リキュールは造らないんやね。 1杯1500円は高いけれど、販売数は極めて少なく(限定約500本とか)、市販価格は3万~4万円。1500円(1本から25杯とれたとしても)でも、Barにとってはほとんど儲けはごくわずかだろう。もしBARで見かけられたら、ぜひ飲んでみることを絶対おすすめする。 ムートンのカシス・リキュールに感動していたら、マスターは「1杯サービスしときます」と言って、アラン・ヴェルデというブルゴーニュの名ワイン醸造家が産み出した「桃のリキュール」(写真右)をグラスに注いでくれた。 アラン・ヴェルデと言えば、今はやりのビオワインの造り手としても有名。自社の果樹園内で育てた最高級の完熟の桃を使って作られたこのリキュールは、パリの有名洋菓子店でも使用されているという。これでまずい訳がない。 エキス分がたっぷり染み込んだ、ジューシーで、上品な味わい。「こんなの飲んだら、普通の桃のリキュール飲まれへんやん!」と思わずつぶやいてしまった僕。 最後にリキュールの話題ついでに。最近Barで飲んだなかで、感動したリキュールの1本。「アマーロ・モンテネグロ」(写真左)というイタリア・ボローニャ産の薬草系リキュール(「イタリア版養命酒」なんて言う人も)。 普通のお酒にちょっと飽きたという僕に、あるBarのマスターが出してくれたのだけれど、これが薬草系というほど苦くはなくて、甘さとのバランスもちょうど良く、おまけに複雑なスパイシーさも漂う味わい。 ロックでゆっくり、じっくりと味わった僕は、昔、夏祭りの屋台で飲んだ「冷やし飴」を思い出した。飲んで何を連想するかはさまざまだろうが、とにかく旨いリキュールには間違いない。皆さんも機会があればぜひ。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】【追記】次回(10月3日)の日記更新は、地方出張のためお休みします。4日か5日あたりに更新します。よろしくお願いいたします。
2006/09/30
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近頃BARで飲んだウイスキーのなかで、印象に残った銘酒たちのことをあれこれと…。 まず、最初は大阪ミナミの行きつけのBAR「M」でいただいた「Blue Hanger30年」(写真左)。 「Blue Hanger」と言えば、あの「Cutty Sark」を生産するBB&R社の最上級ブランドとして知られるブレンディド・ウイスキー。 僕は昔、オールド・ボトルの青い瓶のものは飲んだことがあるが、この現行オフィシャル・ボトルの30年ものは初めて。 もうなくなったブランドかと思っていましたが、どっこいしぶとく残っているんですね。味わいの方は、蜂蜜のような甘さとフルーティさが程良く調和し、スパイシーな余韻もあって、極上の喉越し。文句なしです。 次に紹介するのは、ボトラーズものの「Strathisla1958」(写真右)。名古屋のとあるBARで頂いたもの。 「シェリー樽系で何かおすすめを」とお願いして、バーテンダーさんに選んで頂いたもの。今から48年前の酒とは思えないほど、ボディーもしっかりしていて、奥行きもたっぷり。 オロロソ(たぶん)・シェリー香が十分に染みこんだ、素晴らしい味わいです。お値段も信じられないくらい良心的だったので、感激した記憶が残っています。 3つ目は、「Tomatin1990」(写真左)。実はこれ、あるブラインド・テイスティング・コンクールの特別賞の賞品です(優勝したわけではありませんが…)。 ブラック・ラダーのボトラーズもの。樽出しなので度数は62度くらい。がつんと来て、旨さ爆発という感じ。麦芽臭もぷんぷんして、あの「ミッシェル・クーブルー」にも似た味わいと言えば、わかってもらえるでしょうか。 このボトル、度数が高くて一人ではとても飲みきれないので、少しだけ飲んで大阪キタの行きつけのBAR「C」に寄贈いたしました。たぶん、まだ残っていると思うので、ご所望の方は、ぜひどうぞ。 4つ目は、モルト好き、アイラ好きの方なら、たぶんもう味わったはずの「Ardbeg Still Young」(写真右)。 同じ「Ardbeg」の「Very Young」(6年熟成)に続くシリーズ。確か8年熟成でしたよね。 「Ardbeg」のオフィシャルでは、個人的には「Uigeadail(ウーガダール)」というボトルが一番好きですが、こうした若い熟成ものも捨てがたいです。 若々しいなかにも、ピーティーな味わいはしっかり付いて、ほのかな甘みも感じられます。限定シリーズなので、いずれなくなるかもしれません。もし、BARで見かけられたら、「Very Young」ともどもぜひお試しください。 最後は、久しぶりにオールド・ボトル(OB)。とあるBARのバック・バーの棚に、見つけた「ハイランド・ネクター」(写真左)。 従価税時代のもので、それも「たぶん60年代?」という代物。僕も70年代(?)の未開封のを1本持っているのですが、まだ味わったことがなくて、せっかくの機会だからお願いしました。 写真は、なぜかミニチュア瓶みたいに見えますが、これでしっかりフルボトル(ボトルの形が特徴的です)。 OB特有の麦芽臭は当然少しありますが、味わいは実に滑らかで、上品な甘さを感じました。昔のウイスキー職人の心意気が伝わる1本です。 聞けば、この「ハイランド・ネクター」。10数年前に生産中止になったとのこと。伝統のブランド(銘柄)がまた一つ消えました。本当に残念です。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2006/09/27
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9月3日の日記で紹介したBar「立山」の立山さんの新店、Bar「カモメ」(写真左)に行って参りました。 大阪キタから北西へ、車で5分ほどの福島というエリア。最近、おしゃれな店が次々と出来ているところです。界隈には美味しい食べもん屋さんもどんどん増えています。 その福島の少し分かりにくい路地を入って、すぐ左側のところに、Bar「カモメ」はありました。こじんまりとした酒場です。素朴なBarです。あわただしい開店だったのか、まだ内装など初々しい感じがします。 突然の訪問に、立山さんはちょっと戸惑いながらも笑顔で歓迎してくれました。オープンして間もないのに、結構繁盛して、忙しそうでした。 Bar立山のバーテンドレス・Hさんからもらった葉書を見せると、普段はあまり笑わない立山さんなのに、この日は結構笑顔を見せてくれました(写真右=「カモメ」の店内。Bar「立山」同様、アットホームな雰囲気で、居心地も最高!)。 最初はもちろん、名物のハイボールを頼みました。シンプルだけど旨いハイボールをつくる術(すべ)を、立山さんは知っています。 この日は引き続きBarホッピングの予定だったので、2杯目は酔い覚ましも兼ねて、「レッド・アイ」(ビールのトマトジュース割り)をお願いしました。 すると、立山さんが選んだのは缶のトマト・ジュースではなく、瓶入りのジュース=写真左(手作りのラベルには、なぜか「カモメのブラッディー・マリー」とありましたが…)。 産地は聞き忘れましたが、個人農家の方が作っているこだわりのトマトジュースだとか。美味しかったのは言うまでもありません。塩・コショウを多めに振ってくださいという僕のわがままなリクエストにも快く応えてくれました。 また行きたくなるような、隠れ家にしたいようなBarです。ここなら、仕事の話しかしないような、会社の嫌な連中とも出くわす心配もまずありません。嬉しいことにBar立山の人気メニューのドライカレーはこのカモメでも楽しめます。 皆さんも、福島辺りに夜遊びすることがあったら、ぜひ、このBar「カモメ」に一度足を運んでみてください(料金もすごく良心会計ですよ)。【Barカモメ】大阪市福島区福島5丁目12-17 電話06-6451-1778 午後5時半~12時 日祝休こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2006/09/24
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ビートルズやストーンズのように超ビッグなアーチストにはならなかったけれど、たった1曲でロック・ファンの心をつかみ、音楽の歴史に名を残した人たちがいる。 例えば、ギルバート・オサリバンなら「アローン・アゲイン」、ニルソンなら「ウイズアウト・ユー」(元はと言えば「バッド・フィンガー」の曲のカバーだったのだけれど)、レオン・ラッセルなら「ソング・フォー・ユー」というように。 だが、上に挙げたようなアーチストが単なる「一発屋」とは違うのは、他にもスマッシュ・ヒットはいくつか放っているし、ロックの世界で、自分たちの音楽ジャンル(存在感)をしっかり確立したこと。 そんなアーチストの一人に、僕も好きなアル・クーパー(Al Kooper)がいる。アル・クーパーの代表曲と言えば、「アイ・スタンド・アローン(I Stand Alone)」(写真左上=「I Stand Alone」収録の同名のアルバム=1969年発表)を挙げるファンが多いかもしれないが、僕にとっては、「ジョリー(Jolie)」(1972年発表。写真右=「ジョリー」収録のアルバム「赤心の歌(Naked Songs)」)がそれである。 「ジョリー」は3年ほど前、ソニーのデジカメ(サイバーショット)のCMで使われ、結構話題になったので、曲を聴けばきっと知っている人は多いと思う。とても甘く、美しいアップテンポのラブ・ソング。80年代、車の中でこの曲ばかり聴いていた時期もあった。皆さんにもぜひ聴いてほしい素晴らしい名曲だ。 アル・クーパーは1944年2月、ニューヨーク生まれ。作曲家にしてミュージシャン、プロデューサー。小さい頃からピアノを習い、その後ギターも習得。10代後半には早くも、キーボード&ギター・プレーヤーとして注目を浴びるようになった。 アルの存在をなんと言っても有名にしたのは、あのボブ・ディランの不朽の名曲「ライク・ア・ローリング・ストーン」のバックで弾いた印象的なハモンド・オルガンの演奏。「ライク・ア・…」のバックにあのオルガンの音がなかったら、あれほど大ヒットしただろうかとまで、僕は思う。 スタジオ・ミュージシャンとして、ライブでのセッション・ミュージシャンとして知られるようになったアルは、その後はマイク・ブルームフィールド、ジミ・ヘンドリックス、ストーンズら様々なアーチストとも共演を重ねる(写真右=ブルームフィールド、スティーブン・スティルスとのセッションをおさめた名盤「Super Session」=1968年発表)。 そして1968年、アルは、「ブラッド・スウェット&ティアーズ」という歴史に残るブラス・ロックのバンドの結成に参加し、デビュー・アルバム(写真左上)でも重要な役割を果たす。しかし、アルはこの1枚のアルバムでグループを脱退。また長い音楽遍歴の旅に出る。 70年代に入って、アトランタで「サウンド・オブ・サウス」というレコード会社を設立したアルは、その後、「レーナード・スキナード」というサザン・ロックのバンドをデビューさせたりしたが、80~90年代は目立った音楽活動は聞こえてこなかった(写真左=これもロック史に残る名盤の一つ「フィルモアの奇蹟」=1969年)。 アルは、大都会の陰影とか寂寥感を表現する音づくりがとても得意だ。ジャンル的にはロックに分類されているが、(聴けばよく分かると思うけれど)その独特のサウンドのなかには、ブルースやソウル、ジャズ、クラシックなどさまざまな音楽のエッセンスが溶け合っている。 好きな1曲なら必ずと言っていいほど、マイ・ピアノBar「M」で一度は弾き語ってみる僕だが、アルの曲はなかなか手強い。「ジョリー」はメジャー・コードの曲なのだが、確か歌い出しが4度のコードから始まる複雑なコード進行。ピアノ一本の伴奏だと、盛り上げるのが結構難しい。だから一度だけ歌って、今のところお蔵入り。 不思議なことに、半世紀近い音楽キャリアを持つアルは、なぜか一度も日本の土を踏んでいなかった(日本にもたくさんのファンがいるというのに…)。そのアルが03年、初めて来日し4カ所でコンサート(小さいクラブやホールだったが)を開いた(写真右=アル・クーパーをとりあえず知るにはこのベスト盤「Al's Big Deal」=1975年発表=がおすすめ。「Jolie」ももちろん収録!)。 僕は残念ながら行く機会を逃したが、おそらく往年の名曲の数々を初めて日本のファンの前で披露したのだろう。どなたかご覧になった方がいればどんな曲を歌ったのかなど聴いてみたいのだけれど…(ライブ映像がDVD化されないかなぁ…)。 アルは昨年には30年ぶりのソロ・アルバム「ブラック・コーヒー(Black Coffee)」(写真左)をリリースした。今年御歳、62歳になるが、音楽への情熱はまだまだ衰えていないようで、嬉しい。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】 ************************************************************************【追記】昔(10数年前)弾いてみてあまり上手くいかなかった「Jolie」の弾き語りに、先日、マイ・ホームグラウンド・ピアノBar「M」で再度挑戦しました。すると、今回はなかなかうまくいきました。アップテンポにもうまく乗れたような感じ。歳月を経てピアノの技量が上がったのか? それとも、英語の歌の歌い方のコツをつかんだのか? キーはオリジナルと同じGmで歌いましたが、ちょっと高い感じだったのでFmかF#mに下げるかどうか、迷っているところです。さらに練習を重ねて完成させたい曲の一つです。
2006/09/21
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3連休の1日、「近場でどこかへ日帰りの旅でも」と思い立って、連れ合いと一緒に近江の国、滋賀県の彦根へ出かけた。 彦根はご存じ井伊家35万石の城下町。井伊家と言えば、13代藩主であり、後に幕末に江戸幕府の大老となった井伊直弼の存在で有名だ。 そして、今も残る彦根城天守閣は、姫路城、犬山城、松本城とともに「国宝四城」として知られている(写真左=表門から天守へ続く道は結構きつい坂道)。 彦根城は、初代藩主井伊直政により慶長6年(1601)に築城されて以来、一度も国替えも合戦もなかったため、江戸初期の城の姿をよく伝えている。連れ合いは小学生の頃、親に連れられて一度来たらしいが、僕はまったくの初めて。 印象としては、小高い山の上にある本丸(天守閣)に続く道や、周辺の城門、櫓などの雰囲気は何となく姫路城に似ている。 うっそうとした森に囲まれた城内は、とても涼しくて気持ちがいい。 4層の天守閣=写真右=も、姫路城を一回り小さくしたような感じ。ただし、内部の階段は姫路城に比べるとめちゃくちゃ急で(写真左下)、最上階の第4層まで登るのは結構大変だ。 もっとも、天守閣はあくまで権勢(治世)のシンボルであり、生活の場ではない。藩主は普段は山の麓の表屋敷で生活していたそうな。 最上階から西を望むと、遠く琵琶湖も見える。城内にあった、彦根城博物館の展示で、直弼が藩主になったのは、わずか32歳の時だったということを知った。そして幕府の大老として仕え、「桜田門外の変」(1860)で攘夷派の志士に襲われ、亡くなった時ですら、まだ46歳の若さ。 「大老」という言葉のイメージから、もっと年配かと思っていたら、意外なほどの若さ。だが考えてみれば、幕末の時代、国を動かした志士たちは、ほとんどが20~30代だった。それに比べて、現代日本の政治にはまだまだ老害がはびこっている。 この天守の最上階から、直弼も城下を眺め、天下国家のことにあれこれと思いを馳せたのだろうかと一瞬思った。 さて、城を後にした我々は、城のすぐそばにある本町地区(写真右)へ。ここは約400mの通りの両側に昔の城下町を再現し、食べ物屋さん、和菓子屋さんだけでなく、銀行やクリーニング店、ペットショップまでもが、外観はすべて白壁と黒格子、黒瓦屋根で統一されている。 歴史的景観を現代によみがえらせた街の雰囲気はとても素晴らしいし、歩いているだけで楽しいが、「夢京橋キャッスルロード」というネーミングだけは、いただけない。もう少しましな名前にできなかったのか。 さて、それはともかく、昼飯。せっかく近江の国に来たからには近江牛のランチでもと思ったが、夜も肉料理を考えているということで、もう一つの選択肢。近江の国は「湖国」とも言う。その名物と言えば、やはり湖や川の魚である。 という訳で、我々が選んだのは大通りに面したアユ料理の専門店「きむら」。そして、いただいたのが、アユ雑炊の定食(写真左)。雑炊に一夜干し1匹とお香物が付く。 焼いたアユの身をほぐして炊き込んだ雑炊は、香ばしくて本当に旨い! 家でも簡単に出来そうな気もするので、来年の天然アユ解禁時には一度試してみようかと思う。 昼飯を終えて、我々は「キャッスルロード」のすぐ南隣にある「四番町スクエア」という地区へ向かう。 ここも最近、開発・整備されたエリアだが、建物が住宅も商店も食事処もすべて「大正時代の街並み」という雰囲気で造られている(写真右=彦根駅までの帰途、近江八幡に本店があるお菓子の「たねや」彦根店はめちゃ賑わってました)。 建物の外観が、大正時代を正確に再現しているのかは何とも言えないが、レトロな雰囲気であることは間違いない。それにしても、一般住宅に住む方々は、街並み統一の要請によく応じたなぁと感心する(僕なら住む家の外観を勝手に決められたくない)。 その「四番町スクエア」の一角に、Bar「Thistle(シスル)」(写真左=お店のHPから拝借!多謝!)というとても雰囲気の良さそうな酒場を発見! 若手の腕利きバーテンダー2人が営む、結構本格的なBARらしい。 モルトの品揃えも充実し、しかも1杯600円からという嬉しい「彦根料金」だ(ちなみに「Thistle」とはスコットランドの国花であるアザミのこと)。 この日はあまり時間がなくて、入店は断念。家に帰ってお店のHPをじっくり見ると、モルト以外の酒やフードにもこだわる、バーテンダーの心意気が伝わってくる。次回、彦根を訪ねたらぜひお邪魔してみたい。 城下町・彦根へは大阪からJR新快速に乗れば1時間15分と、想像するよりも近い。皆さんもぜひ一度お越しください。【Bar Thistle】滋賀県彦根市本町1-12-12 電話0749-22-1230 午後6時~午前1時(土日は午後2時~) 水曜休(平日にはランチ営業も)こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2006/09/18
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すみません、今回はバラネタです。ご興味のない方はどうか読み飛ばしてください。 我が家の箱庭のバラ6種のうち、赤い花が綺麗な「テキーラ」の葉が、1週間ほど前から落ち始めたり、枯れ始めました。 葉は黄変し、さらに茶色になって、あっという間に、一番下の写真のような無残な状態になってしまいました(写真左=7、8月頃にはこんなに元気で咲いていたのに…)。 テキーラは「多花性で、強健」と聞いていたので、「なんでやねん!」という気持ちで、急激な変化にただ戸惑うばかりでした(ちなみに、他の5種のバラは元気です)。 異変に気が付いた翌日、家にあった参考書でいろいろと調べてみました。 本の写真を見ても、症状の説明を読んでも、うどんこ病でも、黒点病でもない。一番近い似た症状が、ベト病かハダニの食害でした。 その次の日、近所のホームセンターまで行って、予防&治療用の薬剤を買ってきました(写真右=最初、黄変した葉は、そのうちに…)。 早速、こまめに散布しましたが、15日現在、「治療効果」は見えてきていません。 このまま枯れてしまうのか、それとも根気よく秋まで治療を施していけば、 あるいは今年は無理でも、剪定(せんてい)すれば来年はまた芽が出てきて、花を咲かせてくれるのか? これまで6種とも順調に育ってきてくれていたので、自分でも少し自信過剰になっていたのかもしれません(写真左=わずか数日で葉は茶色くぼろぼろに)。 結構マメに一生懸命世話をしてきたつもりでも、やはり「病虫害のデパート」と言われるバラづくり。 素人園芸家は、改めてその栽培の難しさを思い知りました(今週末には、関西に台風が来襲するかもしないというのに…)。 これから、この「テキーラ」にどういう“治療”をしていけばいいのか、途方にくれている僕です(写真右=今はほとんど丸坊主という惨状)。 バラづくりをされている愛好家の方で、この日記を読んでくれて、もし何か対処法のアドバイスをいただければ、とても嬉しく思います。 こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2006/09/15
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随分むかしというか、10~20代にギター・バンド(3人編成)をしていた時代は、洋楽のコピー曲のほかに、バンド・メンバーでオリジナル曲も持ち寄り、レパートリーにしていた。 他の2人のメンバーは、詞も自分で書いていたが、詩作があまり得意でない僕は、もっぱら、バンドのマネジャー的な存在だった別の友人に詞を頼んで、書いてもらっていた。 その友人(&奥さん)と先日、久しぶりに会う機会があった。友人が大阪キタのマンションに引っ越したお祝いも兼ねて…。 訪ねる前日。ふと、彼から90年代初めに詞をもらっておきながら、曲は未完のままにしていた詞があることを思い出した。なぜか急に、その曲を完成させたくなって、僕はピアノに向かった。 昔はだいたいギターで作曲していたが、80年代以降はピアノで曲づくりをすることが多くなった(もっとも92年以降、詞もそろったまともな曲は、1曲も作っていない)。 曲(音符&メロディー)に対して、詞(言葉)が少し少ないので、自分で少し言葉を補いながら…何とか完成させた(写真左=完成した曲の譜面と詞の草稿。いつもながら五線譜に記すのは苦労します)。 そして、急いで完成させた曲は、まず作詞家である彼に聴いてもらいたいと思い。とりあえず、自分で歌ってMDに録音。出来上がった曲(MD)と補作詞した歌詞のコピーを、再会当日持参した。 最近は、マイ・ホームグラウンド・ピアノBARの「M」でも、バンド時代のオリジナル曲や解散後につくった曲などを、ときどき弾き語ったりしている。お店のスタッフやお客さんから、「それって、誰の曲なの?」と尋ねられることも少なくない。 「僕のバンド時代のオリジナルです」と言うと、反応は二つに分かれる。「素敵な曲ですねー」という人(社交辞令もだいぶん入っているだろうが)と、「あっ、そうですか…」と反応があまりない人とに。 でも、昔のバンド時代や解散後につくったオリジナル曲には、やはりものすごく愛着がある。今回、未完の曲を完成させる作業の過程でも、むかしの曲を、練習がてら結構歌った。自分で言うのもなんだけれど、なかなかいい曲もあると思う。 15年越しに出来上がった曲のタイトルは、「踊り疲れて」。近々、「M」でも弾き語ってみようと思っているが、いかんせん、詞の内容(シチュエーション)が若干古い。もともとはディスコ全盛だった70年代後半に生まれた詞だから、それも仕方がないのかも…。 そういう僕の意見は、友人に会った際、話したのだけれど、彼も同意見だった。そして、「『踊り疲れて・2006年バージョン』の歌詞を考えてみようか」と言ってくれた。締め切りはお互い決めなかったが、2006年の感覚(感性)でもう1曲、新しい曲を生み出そうという意欲には、お互い、溢れている。 歳をとっても老け込まない最大の条件は、創造意欲や探求意欲(好奇心)だろうと僕は思う。そんな「意欲」を失っていない彼を、僕は誇らしく思っている。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2006/09/12
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我が家のお気に入りのお寿司屋さんの中でも、「ベスト1」の評価を受けているのが北新地の「無鮨・石和川」(むうずし・いわがわ)=写真左=である。 その「石和川」に久しぶりにお邪魔し、「むうさん」こと、店主の村田さんの絶品の握りを心ゆくまで堪能してきた。 このお店を気に入っている理由はいろいろある。まず、ネタの良さ、そして変わったネタを置いているということ(「おしながき」にはない“隠し球”がいつも出てくるのが嬉しい)。 そして、研究熱心な「むうさん」がいつも新作の創作寿しを披露して、味わわせてくれること。むうさんの関心は中華や洋食にも及び、和の王道を行く「鮨」という一品を自由自在に操ってくれる(写真右=生アナゴ。塩味だけで十分甘~い!) 最後に、これが最大の理由かもしれないが、その気さくな人柄とサービス精神。トークもギャグも絶妙で、しゃべり出したら止まらない(写真左=いつも必ず頼むのが、この「珍味の五種盛り」。全てむうさんの手作り。左から、タイのウロコ素揚げ、イカの干物、甘エビ干物、赤貝のヒモ、タコの肝佃煮)。 そして、時々「今実験中やから、これサービス!」と言って、様々な酒のアテを試食させてくれる。この日も、「タマゴの佃煮」なるものを味わえた(写真右=マグロの血合いの炙り。肉がとろけるように旨い!)。 さて、この日味わった美味しい寿しのラインナップは、生アナゴ、シマアジ、サヨリ、マグロの血合いの炙り、鳥貝、赤貝、煮ハマグリ(写真左=崩れやすいので直接手のひらに乗せてくれました)、生ハモ、マグロのづけ、甘エビ、イワシ…。 そして、創作手巻きの「パセリ&お新香&ゴマ」(写真右=これがほんまに旨い! 比較的簡単に出来そうだから、今度家で挑戦してみよっーと)や、「サーモンの中華風」。後者はさらしタマネギを少し乗せ、ゴマだれで味わうが、なるほど!というお味。これも家でやってみる価値あり!! さらに、むうさんが「まだ試作中やけど…」と言いながら、握ってくれた大トロのルイベ(写真右下)、青ノリの煮こごり。大トロは梅肉とスダチでいただくが、これがまた涙ものの旨さ!(写真左=今が旬の生ハモの握りも味わえます!)。 気になるのがお値段だろうが、この日は連れ合いと娘と3人で行った。飲み助の娘がこの日は体調不良ということであまり酒量が上がらなかったこともあるが、1人15カンくらいずついただいて、僕と連れ合いの2人は散々飲んで、お勘定はしめて3万1千円也。 北新地の他の高級寿司店なら、おそらくは2~3万円は下らないであろう、新鮮で、手の込んだネタをいただいてこのお値段である。何という良心的な価格!(だから、年に一度や二度くらいは許される贅沢?)。正直言って、あまり他人に教えたくない店の一つである。 むうさん、ほんとにいつも「いい仕事」をしてくれて、美味しい「入魂の握り」を有難う! これからもよろしくお願いしますね。【無鮨・石和川】大阪市北区堂島1-3-33 電話6347-5525 午前11時半~1時半、午後5時~11時ごろ 日祝休 カウンター10席だけのお店なので夜は予約必須です。【追記】「無鮨・石和川」は現在は「無鮨・むらた」と店名が変わっていますが、店主の村田さんは変わらず、美味しい鮨を握ってくれています。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2006/09/09
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BARではモルト・ウイスキーもワインも焼酎も飲むから、毎回カクテルを飲むわけではない。しかし、バーテンダーの力量やセンスが一番発揮されるのは、やはりカクテルに違いない。だから、忘れないくらいの頻度でカクテルも頼む。 で、最近、BARで味わった、思い出深いカクテルをいくつかご紹介(日記で記録するのは、最近記憶力減退気味の僕が、何を飲んだか忘れないためでもあるのだけれど…)。 まず、最初は「ミスター・マンハッタン(Mr. Manhattan)」(写真左)。スタンダード・カクテルで、僕がまだ何か飲んだことのないやつ、とお願いして、キタのBar「C」のHさんが作ってくれたのがこれ。 ジン・ベースで、レモン・ジュースとオレンジ・ジュースをそれぞれ1ダッシュ、シロップ少々。そしてミントの葉を潰して、すべての材料をシェイク。バーズ・ネストで漉してカクテル・グラスに注ぐ。ミントの細かい葉が浮かんで美しいうえに、いい香り。 これが最近では、目から鱗が落ちるくらい旨かった。ありふれた材料ばかりなのに、組み合わせ妙で、こんなに美味しいとは! いやぁ、スタンダード・カクテルはまだまだ奥が深~い。 次に紹介するのは、「サンダウナー(Sundowner)」(写真右)。他でもない今年、NBA(日本バーテンダー協会)の全国コンクールで総合優勝した大阪キタのBar・Blossomのマスター、Kさんのオリジナル。 レモン・フレイバード・ジンに、ジンジャー・ワイン、クランベリー・シロップ、グレープ・フルーツ・ジュースというレシピ。今年の創作部門のテーマは「プレディナー・カクテル」だったが、甘味を抑えた、とても爽やかな味わい。 あまり美味しかったので、この日は、2杯目もカクテルを頼んでしまったが、若手ながらカクテルの腕には定評があるKさん。ウオッカと生パッション・フルーツを基本に各種リキュールも組み合わせて絶妙なカクテルをつくってくれた。 3つ目に紹介するのは、再びスタンダード。これも、何か僕の飲んだことのないものを、とお願いして、馴染みのBar「K」のMさんが作ってくれた「ツァリーヌ(Czarine)」(写真左)。 ウオッカ・ベースで、ドライ・ベルモット、アプリコット・ブランデーを加え、アンゴスチュラス・ビター1ダッシュ。ミキシング・グラスでステアして作る。マティーニの親戚のようなカクテルだが、きりっとしてこれも旨い(アプリコット・ブランデーは入れないレシピもあるそうな)。 聞けば、1997年の全国コンクールの課題部門に指定されたカクテルとか。そして、その課題部門で優勝したのが他ならぬMさん。なるほど、旨いはずである。 最後に紹介するカクテルの名前は「オープン・ハート・リーフ(Open Heart Leaf)」=写真右。あの今は亡き秋田の名バーテンダー、黒坂明氏のオリジナル(6月23日の日記参照)。 生前会うことは叶わなかったのに、その誰もが愛した人柄もあって、今やけに彼のことが気にかかる。彼のオリジナル・カクテルと聞いて、飲んでみたくなった。ウオッカ・ベースで、グレープ・ジュース、カシス・リキュール、そしてレモン・ジュース少々。 ある夜、馴染みのBarでわがままを言って作ってもらった。他人のオリジナルカクテルを頼むなど、バーテンダーにとって失礼なことだろう。しかし、僕に頼まれたバーテンダーは、「黒坂さんのカクテルなら、喜んで作らせてもらいますよ」と応じた。 黒坂明は死してもなお、全国のバーテンダーにも、BARフリークにも愛され続けている。そんなバーテンダーは、僕は他には知らない。会ってみたかったという思いが、今さらながら募る。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2006/09/06
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お盆の最中、訪ねたけれどお休みだったBAR(8月28日の日記参照)へ、リベンジ(再訪)。会社からは、歩くと7、8分。そう遠くはないが、そう近くもない。そんな「微妙な距離」にあるそのBarの名は、オーナーの名を取ってBar「立山」(写真左)という。 オープンしたのは一昨年の春だったろうか。四つ橋筋・本町の近くにある、その「立山」を初めて訪ねたのは、ある雑誌で見たそのBARの紹介記事に心がひかれたから。「曽根崎の名店の新展開」とあったが、不覚にも曽根崎時代のBar「立山」は知らなかった。 昭和20~30年代の築と思われる角地の民家を改造し、レトロなBAR空間を創造した。しかも、お値段も定番のハイボール(2種)が、600円(角)と800円(ホワイトホース)というのが酒呑みには嬉しい。バックバーには、それぞれ「ハイボール・並」「ハイボール・上」と書かれているのがおかしい。 会社帰り、「ちょっと一杯ひっかけて帰りたいなぁ…」という気分の時。僕はあえて、ターミナルとは反対方向の、このBARを目指す。ここまでくれば、会社の(仕事の話しかしないような)連中には会わなくて済む。 何よりも一番気に入っているところは、気どらない、気さくなその雰囲気だ。マスター(バーテンダーさん)は、客につかず離れず、とてもいい距離の取り方をしてくれる。一人静かに、落ち着いて飲みたいときなど、申し分ない(写真右=「立山」のハイボール。和服の生地で作られたコースターが粋だ)。 内装も、原形のまま残した民家の柱が漆喰(しっくい)の壁と程良く調和し、とても味わいがある。BARの洗い場は昔、どこの家庭にでもあったタイル貼り。聞けば、やはりこの民家にあった洗い場をそのまま活用しているという。使い勝手はやや悪いかもしれないが、見ているだけでどこか懐かしい。 入り口は角地なので2方向にある。店内の様子はガラスの引き戸越しに通りからも見え、BARというより、オープン・カフェのような雰囲気も。しかし、店内にやかましく騒ぐ客はほとんどいない。マスターこだわりのJBLのスピーカーから、ジャズなどが流れ、心地よい。 テーブル席もあるが、僕はいつもカウンターに座り、「ハイボール・並」を頼む。ハイボールは基本的にサンボア・スタイルに近いが、ここでは小さな氷を1個入れてくれる。この氷のおかげで、ハイボールはなかなかぬるくならない。 酒の肴も、「米麹大豆の醤油漬け」「宇和島じゃこ天」「三陸麦イカの素干し」等々いろいろと充実している。小腹がすいた人のためには、名物の特製「ドライカレー」もある(写真左=バックバー横の壁に、いろんな酒の肴を紹介)。 炒めた鉄皿にそのまま乗せられたドライカレーは、ジュウジュウと旨そうな音を立てている。トッピングされた生タマゴを混ぜ込みながら、食べる味わいは絶品である。500円という値段を聞くと、涙が出る。 久しぶりに訪ねた「立山」。しかし、マスターの立山さんの姿はなかった。聞けば、福島というエリア(梅田から北西へ車で5分ほどの場所)に、「カモメ」という新しいBARを先頃オープンしたばかりで、そちらの方で忙しいという。 もらった案内葉書のモデルはマスター自身の後ろ姿。後頭部(誰でもわかる!その特徴ある頭=マスターはスキンヘッドです)に「カモメ」と書かれたシールを貼っている。キャッチ・コピーは「とまり木、あります」とだけ。とても意味ありげ。BARフリークの一人としては、これはぜひ、近々行ってみなくては…(後日またご報告いたします)。【Bar立山】大阪市西区靱(うつぼ)本町1-7-28 電話06-6444-2848 午後5時~11時半 日祝休 ノー・チャージ!こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2006/09/03
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