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2007年もあと1時間半ほどで暮れていきます(紅白を横目で見ながら、コレ書いてます)。楽天ブログの友人の皆さま、今年もほんとにいろいろとお世話になりました(初めて訪問していただいた方は、有難うございます)。 思えば楽天ブログを始めたのは04年11月。今年はめでたく3周年を迎えることができました。訪れてくれる皆さまに、この場をかりて改めて心から感謝いたします。 ブログをやってきて一番幸せだったと思うことは、普通に人生を送っていたらおそらく出会うことのなかったような人たちと、両手いっぱいでも余るほど知り合えたことです。 これからあと何年ブログが続けられるかは分かりません。突然、やめざるを得ないような状況に追い込まれるかもしれません。それまでは、まだ見ぬ人たちとの出逢いを、楽しみにしてブログ(日記)を綴っていきたいと思います。 来年も変わらずよろしくお願いいたします。それでは、皆さま、どうか良いお年をお迎えください!
2007/12/31
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以前にも日記(07年1月7日)で書きましたが、大晦日でもって店を閉じることになった大阪ミナミの「モリタ・バー」に28日の夜、最後のお別れに行ってきました。 店にはマスターの、盛田秀朗さんとの別れを惜しむ人たちが相次いで訪れていました。盛田さんは故郷の広島県三次市へ帰られて、一転して農業に打ち込まれます。 ご存じのように昨今、農業を取り巻く環境はよくありません。肥料・飼料の値上げ、生産者価格の頭打ち…等々。だから、「専業では食べていけないので他に何か仕事もしなくては…」と言います。 「当分は自分が食べる分をつくるだけで精一杯ですよ」と謙遜されていましたが、研究熱心な盛田さんのことですから、農業でもきっと素晴らしい作物を育てて、成功されることを僕は疑いません。 それはともかく、最後のモリタ・バーで何を飲もうかと迷っていたら、壁にかけているボードに「盛ハイ 900円」とあったので、早速頼みました=写真。「最後になってようやく完成しました」と笑いながら、つくってくれたハイボールは、デュワーズ・ホワイトラベルの12年をベースにしたものです。 「(デュワーズのキーモルトである)アバフェルディ蒸留所に2度も訪れた僕としては、やはりハイボールはデュワーズ。それも、最近オフィシャルの正規品が輸入されるようになった『12年もの』を使って」と言う訳です。 デュワーズはもともとソーダとの相性がいいとはいえ、盛田さんがつくるとひと味違います。嬉しいことに、この「盛ハイ」はモリタ・バーを受け継ぐ次のお店でも、定番メニューとして残るそうです。 「盛ハイ」を飲んだ後、僕はサイド・カー、マンハッタンという定番のスタンダード・カクテルを頼み、名バーテンダー・盛田秀朗の手になる最後のカクテルを、じっくりと慈しみながら味わいました。店には1時間半ほど居て、そして、固い握手でお別れしました。 これまで、BARとの出会いのなかで数え切れないほどのバーテンダーと知り合ってきましたが、盛田さんは、僕の「バーテンダーはやはり最後は人柄」という持論をそのまま体現したような、素晴らしいパーソナリティの方でした。 モリタ・バーは、まもなく6年9カ月の歴史を閉じようとしています(まだ盛田さんを知らない方がいるなら、営業は31日の除夜の鐘がなるまでです。本日30日も営業していますよ。急げ!)。 モリタ・バーが消えても、盛田秀朗という素敵なバーテンダーのことを、僕は一生忘れないでしょう。彼と出会えた幸せに乾杯! そして彼の第二の人生にも乾杯!【モリタ・バー】大阪市中央区心斎橋筋2-6-17 三津寺辻ビル4F 電話06-6211-1134 こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/12/30
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先日、ダン・フォーゲルバーグの追悼日記を書いたばかりなので、気が引けますが、やはりここは記しておかなければ、自分が納得いきません(年の瀬になぜか、僕に馴染みのミュージシャンの訃報が続きます)。 ジャズ・ピアニストの巨星、オスカー・ピーターソン(Oscar Peterson)が母国カナダで亡くなったというニュースが、昨日(26日)の朝刊各紙に出ていました。享年82歳でした=以前、ピーターソンについて綴った日記。 ジャズ・ピアニストには意外と長命の人が多いのですが、晩年のピーターソンは脳梗塞の後遺症や腎不全で苦しみ、十分に演奏活動ができなくてほんとに気の毒でした。日本には昨年久しぶりにやって来て、新進女性ピアニストの上原ひろみと共演したのが最後の来日でした。 僕にとってのピーターソンはエバンスやキースと並んで、大きな影響を受けたピアニストの一人です。彼の超絶的なテクニックにはとても及ぶ術(すべ)はなかったけれど、原曲のメロディーやイメージを大切にしながら弾く彼の演奏は、とても参考になりました。 彼の出した名盤で、ジャズ入門者の定番アルバムにもなっている「プリーズ・リクエスト」は昔それこそ、針が擦りきれるほどレコードを聴きました。「イパネマの娘」や「酒とバラの日々」の演奏などは、真似できる部分はコピーさせてもらいました。 ただ個人的に一番好きなのは、「ナイト・トレイン」というアルバムに入っている「ジョージア・オン・マイ・マインド」です。数多くのピアニストが弾いている名曲ですが、ピーターソンの演奏を上回る感動にはいまだ出会っていません。 親日家でよく来日してくれましたが、僕は残念ながら、生の演奏を聴く機会はありませんでした。来日中に唯一聴いたのは、テレビの音楽番組「ミュージック・フェア」に出演していた際の演奏です(3曲ほど弾いていました)。 常に笑顔でドラムやベースとアイ・コンタクトをとりながら、体を揺らせて楽しそうに演奏する姿がとても印象的でした。あの笑顔と、もう逢えないのかと思うと、悲しいと言うしかありません。オスカー、ほんとに有難う! 天国でも楽しくピアノを弾いてください。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/12/27
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メリー・クリスマス! クリスマスの夜、皆さんはいかがお過ごしでしたか? 僕は夕方、BARにちょっと寄ろうと思いつつ、会社を出ました。 すると、勤め帰りの人たちの多くが、ある高層ビルの方向を見上げています。会社の近くにある「中之島三井ビル」(通称「東レビル」)です。そのビルは、たくさんの窓を使って、遊び心いっぱいの、素敵な演出(ディスプレー)をしてくれていました(協力してくれたビルのテナントの皆さんにも感謝です!)。 その後、BARに行って、僕がデジカメで撮ったこの写真を見ながら、マスターや従業員の方々と今年1年を、あれこれと振り返りました。 忙しかった一年も、もうあと1週間足らずで暮れようとしています。来年はどんな一年になるのでしょうか。地球上の、あらゆる地域が、戦争と貧困から解放される一年でありますように! 皆さんにとっても、心豊かで、幸福な一年でありますように!こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/12/25
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17日付の日刊紙朝刊に米国の、あるシンガーソング・ライターの訃報が載っていました。ダン・フォーゲルバーグ(Dan Fogelberg)=写真左。死因は「進行性前立腺がん」とありました。まだ56歳の若さでした。 ダン・フォーゲルバーグは70年代前半にデビュー。いわゆるウエストコースト・ミュージシャンの一人でしたが、アコースティック・ギターを生かした、爽やかな音使いで知られた歌手でした。 デビュー・アルバムの「Home Free」はあまり注目を浴びませんでしたが、2作目の「Souvenirs」(写真右下)は、楽曲のクオリティの高さもあって、200万枚の大ヒットとなりました。 何よりも話題となったのは、レコーディングの際、ギターやピアノ、ドラムス、ベースなどすべての楽器やコーラスを一人でこなす多彩ぶりでした当時の彼のキャッチ・コピーは「ひとりCSN&Y」だったと記憶していますが、初めて聴いた時の衝撃は今も忘れられません。 その後79年には、全米1位となったシングル「Longer」をおさめたアルバム「Phoenix」を発表。その人気を不動のものとしました。 70年代の米ウエストコーストと言えば、イーグルス、ジャクソン・ブラウン、ジェームス・テーラー、キャロル・キングら今も活躍するビッグネームが次々と世に出ました。 フォーゲルバーグは当然、同世代の彼らと大きな影響を与え合いました。僕もギターバンドをやっていた20代前半には、彼のアルバムのよく聴いて、音づくりのヒントをもらいました(写真左=75年発表の3作目「Captured Angel」も完成度は高かった)。 2004年には「Full Circle」を発表。まだまだ現役で頑張っていた息の長い人でしたが、その頃からがんと診断され、闘病生活を送っていたということです。まだ50代半ば。ほんとに残念です。豊かな才能の死を心から悼みたいと思います。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/12/22
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大阪キタのBarアルテミスで長年、店長として活躍したMさんが念願かなって独立、このほど北新地のはずれに、すてきなスペイン・バルをオープンさせました。 アルテミス時代のMさんは、シェリーに詳しいバーテンダーとしては、関西屈指の方でした。当然、シェリーの品揃えも関西のBARで群を抜いていました。 Mさんはまた、オロロソ・シェリーをグラスに注ぎ入れるヴェネンシアという技を披露できる「ヴェネンシアドール」という資格(しかもスペイン政府公認資格!)を持つ数少ない日本人バーテンダーの1人でもあります。 アルテミスはどちらかと言えば、オーセンティックBARでしたが、Mさんは「いつかシェリーをウリにした気軽なバルを持ちたい」というのが以前からの夢でした。店長を10年つとめた後、「そろそろチャンス」と独立されたのです。 新しいお店は、願っていた通りの「気軽なバル」です。キャパはややこじんまりしていますが、シェリーの品揃えの充実ぶりはもちろん、フード(タパス=小皿料理)の種類もたくさんあって、2軒目、3軒目でも十分楽しめるスポットです。 店の名前は「バル・キンタ(Bar Quinta)」。「Quinta」は「五番目の」とかいう意味のスペイン語ですが、ご本人は「語呂が気に入っただけで、とくに意味はないんです」笑っています。 気さくで親切なMさん。店の雰囲気も、アルテミス以上にアットホームで、オープン間もないというのに、昔からのMさんファンで賑わっています。もちろん一人で訪れても、居心地は抜群です。もし大阪・北新地あたり行かれる機会があれば、皆さんもぜひ一度覗いてあげてください。【バル・キンタ(Bar Quinta)】大阪市北区曽根崎新地1丁目11-6 昭和ビルB1F 電話06-6345-1911 午後6時~4時(土曜3時~0時) 日祝休
2007/12/17
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あと10日余でクリスマス。と言うより、気の早い街では、11月の半ばからクリスマス・ソングが鳴り響いています。年々クリスマス・シーズンの到来は早くなってきているような気がします。 ご無沙汰していてすみません。いろいろと訳があって、ちょっと日記をさぼっておりました(別に体調が悪いということではないのでご心配なく)。 2年前にも、クリスマス・ソングをテーマにして書いたことがあります=05年12月25日の日記。「好きなクリスマス・ソングは何か」というテーマでした。 今年はふと、いわゆる「スタンダード」と言われるクリスマス・ソングについてもっと知ってみたいと思い立って、ピアノであれこれ弾いて、歌っています。 「The Christmas Song」「White Christmas」「Here Comes Santa Claus」「Rudolph, the Red-nosed Reindeer」「Have yourself A Merry Christmas」「Silent Night」「Frosty, the Snow Man」「Santa Claus Comin' To Town」「Let It Snow」…等々。 多くの人たちに愛されて、長く歌い継がれているクリスマス・ソングにはやはり、理由があります。シンプルだけれど、メロディーも歌詞も、味わい深い、素敵なものばかりです。なかでも「The Christmas Song」は一番のお気に入りです(写真=Nat King Coleが歌ったものが有名です)。でも、うまく歌いこなすのには、まだまだ練習が必要です(笑)。 そして70年代以降に発表され、今では定番クリスマス・ソングの仲間入りしているポップスにも、素晴らしい曲があります。ワムの「Last Christmas」、ジョン・レノンの「Happy Christmas(War Is Over)」、ポール・マッカートニーの「Wonderful Christmas Time」の3曲も、(自分では歌わないけれど)好きです。 そんなスタンダード・クリスマス・ソングの素晴らしさを再発見している昨今です。年内にはBar「M」で少し披露してみたいと思っています。皆様にも素晴らしいクリスマスが訪れますように! こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2007/12/12
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