2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全3件 (3件中 1-3件目)
1
春になって、また私の好きな海外ドラマの新シリーズが始まったり、一挙放送があったりしてチェックに忙しい私。「ねぇねぇ、パパ、シックス・フィート・アンダーの5シーズンが始まるから、帯で毎日4シーズンをやるの。これってね、葬儀屋さんのお話でね、棺桶って、地面の6フィート下に埋めるものなんだって。で、人間の真実も、見えるところにあるんじゃなくて実は隠されたところにあるっていうなかなか粋なタイトルでしょう。」「ふ~ん、なるほど。」新聞から目を離さず相槌を打つパパを見て、ピノコ一言。「あ、ママ、無駄、無駄、興味ないって。」7歳になると、色々なことがわかってくるのねえ。
2008年04月18日
コメント(10)
実は、この旅行に行く少し前からな。さんの病状が、急激に良くなってきたので私の気持ちも軽くなり、ただでさえも浮上しつつあったんですが旅行から帰ってきてから、完全復活いたしました。(日記の形態は、このままにいたしますが)私に力を与えたのは、熱帯雨林特有のあの激しいスコールでした。旅行期間中は、雨季で、毎日、スコールがあります・・とは言われていたのですけれど、あまり気にはしていませんでした。長い時間ではないし、少し雨宿りをしていれば止むので、旅行には障りません・・と説明されていましたので。そのスコール。ただごとではない降りかたなんです!!まるで、滝の中に呑まれているような。その溢れ来る水の中から、緑が沸き立っていく錯覚に陥るほど、木々が森が膨れ上がっていくんです。私は、水なのか、緑なのか、この湧き上がるものは、感情なのか、エネルギーなのか。あの緑の中へ、水の中へ、飛び込んで行きたい。同化して、流れて溢れ出したい!!もちろん、団体旅行なので、そんな奇行は控えさせていただきましたけれど。(笑)私は、スコールのたびに、自分の内から湧き上がる力を感じました。そうして、その狂ったように激しいスコールの後は涼しくなって静かな夕焼けが見られるのです。私は、毎日のスコールが楽しみでした。もう一つの楽しみは、バザール。人々の熱気。混沌としたカオス。奥に進めば、吐しゃ物の匂う様な果物の熟れ過ぎた、すえた臭いのする路地。ああ、もっと、もっと、奥に迷い込みたい。彷徨って埋没していきたい。・・愛する子供と夫がいるので、そんなこともいたしませんでしたけれど。(爆)パパはバザールの不衛生さに、辟易して早々にバスに退散していました。ピノコは、私と同様、危険分子さんなので、私について、さ迷いたがりましたけれどまだ子供なので、万が一の危険にさらすわけにもいきませんからパパと一緒にバスの中に押し込めておきました。帰ってきてから、ムクムクと湧き上がって来たものを抑えきれません。また東南アジアを旅してみたいです。パンフレットを集めて、睨めっこしています。ああ、また行きたい!!!
2008年04月09日
コメント(12)
パパの勤続20年のリフレッシュ休暇でインドネシアに行ってきました。なぜ、インドネシア??と思われるかもしれませんがそれは、会社からの支給金額が自ずと行き先を決めたのでした。(笑)ま、もちろん、金額を足して、違うところに行っても良かったわけですが。ピノコ(7歳)にとっては、初めての海外旅行。ものすごく楽しみにしていて、閑さえあればガイドブックで、インドネシア語の練習をしていました。カレンダーにも、印をつけて、一日過ぎるごとにバッテンを打つくらいの気合の入れよう。それに反して、私は、日が近づくにつれて気が重くなってなっていたのでした。今迄、ふらふら、気ままに海外に行っていたときは感じなかった不安感。責任感。守るべきものができた私は、考え方も変わっていたのでした。それも、機上の人となった後は、すっかり吹っ飛びましたけれど。(爆)ピノコは、自分で、一人前にコロコロを引き機内の持込のおもちゃも用意して瞳キラキラ、満面の笑顔。機内食も、ペロリと平らげ、7時間の飛行時間もご機嫌に過ごし、インドネシアの40度近い蒸し暑さにも、意外にもハードだった観光(朝、6時半出発でホテルに入るのが、夜、10時前とかもありました。)にも問題なく付いてこれ現地添乗員さん(ルパットさん)やツアーの皆さんに、本当に可愛がってもらいこの上なく楽しい旅となったのでした。ボロブドール遺跡のてっぺんで、3度回れば幸せになれると聞き、回りながら、ピノコは「もう充分に幸せなのに、これ以上の幸せがあるの?」と私に問いました。「これからの幸せは、自分でつかむもの。ピノコ次第で、まだまだ、これからも、もっともっと幸せがやってくるから。」と答えました。心配していたインドネシアの食べ物もよく食べ(むしろ、中華が駄目でした。意外。)よく眠り、びっくりするようなトイレでも臆せず、なかなかピノコは、良い旅の友だったのでした。(虫にはギャ~ギャ~叫んでいましたが)それに反して、パパは、気候も食事も合わず日に日に萎えてきて、2度と東南アジアには来たくないと言っていました・・。(誰のリフレッシュ休暇だったのか・・)帰りデンパサールの空港でルパットさんとお別れのときピノコは、大泣きに泣きました。ルパットさんも、目を真っ赤にしてもらい泣きされていました。「また、きっと、来るね、約束ね。」ルパットさんは、ピノコを抱きしめて「きっと、きっと。約束。」何度も二人で約束していました。行き先が決まったとき、ピノコは「私は、インドネシアのバリじゃなくて、フランスのパリに行きたかったのに。」などとまだ小一のくせに、生意気なことを言っていたのですが帰国した今は、パリは、もういい、またバリ島に行きたい!と申しております。旅の魅力の大きな要因は、人にありますね。インドネシアの人々には、30年前の日本人のような懐かしい純朴な温かさがありました。インドネシアの旅行記は、また、もう少し閑を見つけては、書き足していきます。
2008年04月02日
コメント(10)
全3件 (3件中 1-3件目)
1