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中国から帰ってきた友達の土産話を聞いていたところ家に帰ってから、ピノコが、「中国でバンビの少女を見たって言ってはったけれど可愛いんかな~?ピノコも見てみたいなあ!」と言うので、??と思っていたところ「万里の長城」を「バンビの少女」と聞き間違えていたことが判明。ぷぷ。クリスマスに、従妹のリンママ、妹マリンママ達とディズニーランドに行く計画中。最近のピノコは、ちゃんと図書館のパソコンでガイドブックも検索かけて探します。「ディズニー関連の本って多いでしょ。たくさんヒットしてどれ借りていいかわからないんでしょ?」と苦戦しているピノコに声かけると「一冊も出てこない~っ。」どれどれ・・と画面を見てみると「りずにーらんど」で検索かけていました!!あはははは。ずっと、リズニーランドと思っていたのねえ。大丈夫か?小学二年生!それとも、耳は大丈夫か???
2008年10月29日
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長々ゆっくり書いているので、だんだん忘れてきました・・。イカン、イカン。山陰の旅日記は今日で最後にいたします・笑。朝から、また砂丘に向かう私達。大きなラクダが行き交うのを見てああ、砂丘にラクダはよく似合う・・と感じ入っていたところ、値段を見てびっくり!!二人乗り、3000円。そこからここを歩くだけなんですけれど・・。まあ、エジプトに乗りに行くことに比べたら格安かな。ピノコ「私が働いてボーナスが出たらママとパパをラクダに乗せてあげるからその時まで待っててよ。」・・涙出る~。一応、就職する気になってくれているんですね!良かった~。安堵・・。ピノコが二十歳の時に、パパは定年ですからね。ニートは不可能ですから!!砂丘卵(砂蒸しの茹で卵です。)を二つも頬張るピノコ。頼りにしてるよ~。お昼は、賀露港で取りました。海鮮丼が美味しい~!!!ウマウマでした☆ここで、ハタハタやカレイの干物を買って、さらに幸せ~。やっぱり、境港より、活気がありました。隣の「カニッコ館」では、カニレースの催しがあって、ピノコと二人で参加することになりました。カニを選んで、バケツに入れてヨーイドンで、カニを出し障害物を乗り越え、カニを追ってゴールさせるというもの。なんと、10人中、ピノコが一位。だいぶ後れを取って私が二位でゴールしました。パンパカパ~ン。地元のテレビの夕方のニュースでそのシーンは流されたそうです。見られなくて残念でした。ささやかな賞品をもらってご機嫌なピノコでした。その後は、浦富クルーズ。素晴らしい景観と澄んだ海水に驚嘆!!来年の海水浴は、ここに来ようかなあ。透明度が高くて驚きました。船の乗客では、面白いTシャツを着てるお兄さん二人組が目立っていました。背中には、大きな文字で「優柔不断」と書いてあり、一人の胸には、「神」(それは傲慢な)もう一人は、「偽善者」(それもへりくだり過ぎ)と記されていました・笑。お笑いコンビだったのでしょうか?それとも歌手??あと、売店の前で、イカの一夜干しが高速で回ってたのが面白かったです。生きてたら目を回していただろうなあ。大変楽しい盛りだくさんな旅でした。けれど、後半の予定は、実はガタガタになってきてピノコは、途中から、費用を少しもメモしていなかったのでした。チャンチャン。
2008年10月22日
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この日も澄み渡る晴天。午前中は、倉吉によって、梨記念館を見ました。(さすが、鳥取!)入場料300円でなかなか充実しています。スタンプラリーに参加して、クイズに答えて回ると、二十世紀梨博士になること間違いなし。色々な梨の試食や、梨を使ったお料理の紹介もありました。お昼は、土蔵の中で、お蕎麦を食べお昼からは、砂丘に移動。ここでは、まずピノコのために「こどもの国」に入りました。ここは、子供連れの方、危険です。(笑)観光に専念するなら、近づかない方がいいです。子どもにとっては、大変楽しいところなので先に進めません。(爆)幸い、閉園は5時なので助かりました~~。美しい夕焼けを見ながら砂丘を歩きました。太陽が、沈むと、みるみる暗くなってあっという間に夜になってしまいました。私達夫婦は思わず、「月の砂漠」を歌っていました。(←同世代)今の子は、知らないんですねえ~。この歌、本当に美しい歌詞です。「金と銀の鞍」な~んて豪華なんでしょう!!砂漠でラクダに乗るのに、そんな華美なことが必要ですか。昔から中東のお金持ちは、ケタが違いますねえ。日本の平民にも空だけは平等なので、私達も美しい月と星を見上げながら、砂丘を歩きました。次に訪れたのが、「砂の美術館」です。砂上の楼閣・・という言葉ありますがここでは、砂上に、砂の楼閣各種、堂々と建っていました・笑。作る時は、糊などは使わないそうですがさすがに完成したあとは、スプレーして固めているそうです。それでも、時間とともに風化していくので期間を決めているのだそうです。今年のテーマは、アジア。兵馬俑・・ライトアップされているのでさらに美しさが際立ちます。万里の長城もスゴイ!!日中ならライブで姫路城を作っているのを見ることができるそうです。屋外に、一般の人たちの、砂で作ってみよう・・的なコーナーがあって、月の光に照らされて、砂のアンパンマンやドラエモンの顔が浮かび上がっていました。砂丘の砂は、どんどんと減っていて草が生えてきていました。景観的には悪くなってきたのでしょうね。それでも、こんな風にして「砂の美術館」を考案して、集客に努めています。境港の妖怪の街といい、ピンチはチャンスと思わされます。日本経済も大変な局面を迎えてはいますがこんな今こそ、日本が大きく変われるチャンスなのではないかと思っています。(アメリカも世界も。)
2008年10月20日
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駅に降りるとそこは、妖怪ワールド~。作った人々もテーマパークを作る気分で楽しかったんではないかと思うくらいなかなか凝っています。そこで、100円のスタンプ帳を買ってスタートです。ピノコ、大喜び。走り回って、集めます。スタンプの横には、妖怪の詳しい説明が書き添えてあるので、押しながら妖怪に詳しくなれるというしくみ。その水木しげるロードの終着点には記念館があり、水木先生の人生の大半がここに詳しく記されています。私は、妖怪よりも、水木しげるさんとその奥様の人生に大変興味を引かれました。お見合いから、わずか10日ほどで結婚!!赤貧の新婚時代を経て、今や、妖怪の街の神様です。奥様も、度胸のある人で、会ったばかりの、戦争で片腕を亡くした水木しげるについて、西も東もわからぬ東京に移り住み、ド貧民生活、のち大金持ちになってもそれほど考え方や生き方は変わらなかったそうです。水木氏も、素晴らしい。戦争で無理やり連れて行かれたラバウルで、軍全滅の中、一人生き残ったりマラリアに罹って、生死の境をさまよったり腕をなくしたりしながらも、現地の人と楽しく交流してその地を「楽園」と思って留まりたいと願うほどエンジョイもしていたんですね。逞しい。て、お金持ちになってから、もう一度、訪ねて行くんです。みな、覚えてくれていて大歓迎!!水木氏の第二の故郷のような場所でもあったのです。人には、それぞれに導かれていく道があるように思えてなりません。妖怪の街を堪能したあと、再び妖怪列車に揺られてすねこすり駅で降りました。あたりは、既に、漆黒の闇。遠くに灯がチラホラ見える程度。でも、この駅徒歩5分のところに、今夜、夕食を計画していたお寿司屋さんがあるはずなのです。3人で、30分ほど彷徨っていましたが依然、闇の中。そこに、偶然、人がやってきたので道を聞くと、全然違う方向に歩いていたのでした。教えてもらって、やっとたどり着くとガイドブック通りの、美味しいお寿司が出てきました。ピノコ、ガッツポーズ!!私達も、大喜び。舌鼓を打っていましたが気がかりなことが、一つ・・。私達は、ここから、かな~り遠い所に車を置いてきているのです。一体ここから歩けば、どのくらい??行きは駅まで、30分くらい。反対方向に、迷わなかったとしても15分くらい。合計45分くらいか・・。また迷ったりしたら一時間くらい??その上、明かりもない暗闇を行かなければならないのです。ピノコは、スカウト活動で鍛えてはいるものの今日は、5時起きで飛ばしてきてるから辛いだろうなあ。お勘定をしてお店を出ようとするとお店の大将が、「どちらから来はったの?」と愛想良く世間話。「大阪です。」「大阪?車で?」「車なんですが、港に置いてきちゃって。」「ええ?港???ここから、かなりあるよ。歩いて帰るの??そりゃ、大変だ。小さいお子さんも一緒なのに。すぐに送ってあげるから。」と大根のけんを切る手を止めて車で送ってくださったのです。お寿司も、とっても美味しかったけれど、そのお気持がどれほど嬉しかったことか。石松寿司さん、本当に、本当にありがとうございました。旅に出ると、時々、こうして神様に出会うんです。神様は、道に迷っていると助け出してくれたり美味しい土地のものを下さったり悩んでいることに、全く別な方向から答えを出してくれたりもします。必要に応じて姿を変えて、私達の前に現われてくれはるんですね。境港も、バブルの頃を境に、急激に漁獲高が落ちてきたそうです。他に産業のない土地だったので、住民は困り果てたそうです。そこで、思いついたのが、ここを妖怪の地として全国に売り出すこと。水木しげる先生が、救いの神となったわけです。私達も、こうして妖怪の街で、神様に会いました。
2008年10月17日
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朝は5時起き。学校に行くためには早起きしないピノコですが、旅行のためとあらば、早朝4時に決めたってちゃんと起きてきます。6時までに通過するとETCで半額になるところとかあるので我が家は、とんでもない時間に出発することが多いです。3連休ですが、早朝なので順調。加西SAで朝ごはん。ここの桃パン、すっごく美味しかったです!!桃のクリームと果肉の分量が絶妙で、程良く甘く。最近のSA、良いもの置いてありますよね~。次は、蒜山SAで休憩。ここは、もちろん、蒜山ヨーグルト。ピノコの顔がほころびます。「すっごく幸せ~!」9時には、境港に着いちゃいました。車で来たけれど、なんとしても妖怪列車に乗りたい私達。車を夢みなとタワーに置いて、タワーにも上ってみました。穏やかな弓ヶ浜の眺め。タワー内では早くも水木しげる物語が始まっていて端から端まで読んでいると時間はあっという間に経ってしまいました。水木しげるさん、幼少のみぎり、自分の名前の「しげる」が明瞭に発音できず、「げげる」と言ってたから「ゲゲゲの鬼太郎」と名付けたそうです。それにお生まれになったのは、大阪ですって。(住之江区)ピノコは、民族衣装など次々に着替えてご機嫌。(境港は、貿易のさかんな港でもあったんですね~。)タワーの下の市場食堂で昼食を取ったんですが、調べて期待していたほどには美味しくなくてピノコ凹む。(←いちいち面白いヤツ)食後、列車の乗るため、最寄りの駅まで行きましたが、エラく遠い~。30分弱歩いたかも?草ぼうぼうの茂みの中にやおら無人駅が出現。もう妖怪臭さムンムン。しかも、その駅は、愛称「すねこすり駅」怪しげなすねこすりの看板が立っていました。わぁ、怖い~。昼間でも、なんとなく暗い感じの向こう側からカンカンカンと電車の近づいてくる音。あ!!目玉が光ってる??あれは、目玉おやじ~~???目玉おやじを先頭に、鬼太郎が一面に描かれた電車がやってきました。2両目は猫娘三昧。ひょぇ~。乗り込むと、天井や壁にまで妖怪が描かれているではありませんか!!それで、興奮して写真を撮りまくりの観光客とフツ~に単なる電車として乗っている地元の人々との温度差が奇妙な感じで良かったです。次の駅は、「こなきじじい駅」・・ここの周辺住民は何も言わなかったのでしょうか?なぜ、うちの駅がこなきじじいなん??次の駅は「一反木綿駅」ゲゲゲの中では可愛い系キャラクターだとは思うのですがそれでもおどろおどろしい看板。それから、「キジムナー駅」これって沖縄の妖怪なんじゃ??終点は、「鬼太郎駅」徹底していますね。駅構内も、妖怪盛りだくさん。妖怪列車では、ピノコよりパパが熱くなってずっとビデオを回していました。妖怪より、自分の娘を撮ってよ!!・・さてさて妖怪の本拠地に乗り込んだ私達は・・長くなり過ぎたので、次回に続きます。
2008年10月15日
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この3連休は、山陰の方面へ旅行に行ってました。カブスカウトのチャレンジ賞の中に「旅行家」という項目があって、「自分が家族と旅行したい場所を選び、交通手段行程、費用などを調べ計画を立てて、持っていくもののリストを作る・・云々」を、今回、任せてみました。ノートを一冊、るるぶやまっぷる、日本地図を渡して、ピノコに計画させました。方面だけは、山陰に決めておきました。まだ初心者ですので、広範囲すぎるとわけわかんなくなっちゃいますから。ピノコは、イの一番に「境港」を選んでいました。鬼太郎ロードがあって楽しそうですよね。これは、子供の目を引くでしょう。他には、一昨年、な。さんとバス旅行で行った鳥取砂丘にもう一度行きたい!と熱望。自ずと、一泊目は、米子、二泊目は鳥取と決まりました。交通手段は、我が家はお決まりで、車。高速代金やガソリン代は、その都度書くということにしました。(コースは渋滞の状況に応じて変えていかなくてはならないので)持ち物リストは、バリ島に行った時も作らせたので、比較的簡単にクリア。(日本大図鑑もリストに載せていましたが重いので省かせました。)あと、細かいことを二週間前からノートに書いて、ピノコは楽しんでいました。少し覗き見ると、どこで食事をとるか?などレストランやお食事処のことばかりを調べて書いていました。はぁぁぁ。あなたの旅の楽しみは、主に食べることですか~。ちゃんと、店ごとの予算まで書いてあって笑えました。地図も自分なりに見て、主要観光地の他に近場でここそこ周ると予定して料金も書いていました。ほっ。いつもの旅は、親が決めたのに付いて行くだけでしたが自分が計画しているので地名も場所も良く見て、行く前の楽しみも充分に味わえたことでしょう。ピノコにとって、大変有意義な旅行になったと思います。また詳しい内容は、少しずつアップしていきますね~。
2008年10月14日
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10月に入って少し落ち着いてきたので映画日記を・・と思っていたところにピノコのバタバタで・・この映画も先週見たものなんですが、感動があせないうちに。久しぶりに、若草ファミリーで見てきました。メンバーが揃うと、帰省したみたいな気持がします。映画ですが、所属したばかりのオーケストラが解散することになって、ひょんなことから納棺師という仕事をしていく青年のお話です。しょっぱなから、死後二週間もたったおばあさんの後始末から始まります。あまりのキョーレツさに、もっくん、自分はいったい何を試されているのだろう?と自分に問いかけます。全編を通して苦悩するもっくんの表情が切なくて美しいです。「自分は、何を試されているのだろう。」私も、試練が与えられると、まずそう考えてしまいます。どう切り抜けようとか、避けようとか思うよりも先にこれには、何か意味があるはずだと。なかなか答えは出ないんですけれどね。納棺師のお仕事については、ほとんど知りませんでした。最近は、葬儀屋さんが、セットで全部してくださるから納棺も済ませてくださるんですよね。昔は、家族の前で、執り行ったんですね。もっくんの美しい所作にくぎ付けになりました。私も、もっくんに納めてもらいたい!私は、海外ドラマ、シックス・フィート・アンダーでアメリカの葬儀社のお仕事にはかなり詳しいのですが(笑)、日本の事情はほとんど知らなかったので、新鮮でした。死を取り扱う仕事は、ここまで、偏見を持たれていたんですね。ちょっとあんまりかな・・というセリフも多々ありました。それでも、もっくんが、黙々と進むその姿は修行僧のようでした。人にはそれぞれに、生きていくテーマがあるように思います。もっくんが、何度もやめようと思いながらこの仕事から離れられなかったのは、彼のテーマがそこにあったからじゃないかと思うのです。6歳の時に、去って行ったお父さんとのエピソードの中の石文の話は特に心に残りました。これから、ご覧になられる方もいらっしゃると思いますので、詳しくは書きませんね。けれど、時々、ピノコのポケットから出てくる石の数々がその時、その時のピノコの気持ちなのかな~と私も思いあたりました。「洗濯に出す時にはポケットのものをちゃんと出して!!」とばかり言わずに、これからは、じっくり手にとって感じてみようと思いました。山形の雄大な自然と、旅立って行く人々とのお別れ、何度も涙し、うなずきながら見ました。とてもいい映画でした。おすすめです。映画を観終わった後、フグの白子を食べてみたくなりました。「これが美味しいんですよね、困ったことに。」(山崎努のセリフ)でも、とても高価なものなんですよね。代わりに、スーパーで、サケの白子を見つけましたので買ってみました。(二腹で、100円!)店員さんに聞くと、蒸すのが一番美味しく食べられるのだそうです。その次は、遠火で焼く。(映画では、網で焼いてはりました。)私も、魚焼き器で焼いてみました。そうして塩を振って、スダチで食べてみるとカッテージチーズのような味がいたしました。珍味です。けれど、たくさん食べられる感じではなかったですね。パパもピノコも、「パス!!」でした。サケの白子の方は、通の人にしかおススメできないかな。お酒に合いそうな味でした。どなたか、フグの白子を食べたことのある方はどんなお味なのか教えてください。
2008年10月06日
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今日は、「公園で遊ぶ会」でしたのでピノコを自転車で送って行きました。ボランティアのお母さん方は、火を起こしてパン種を野外で焼いたり、池で魚を釣らせてくれたりほとんど、ボーイスカウトのような活動ぶり。5時半くらいに迎えに行くと、ピノコは、「自転車のカギをなくした~。」と言うではありませんか。はぁぁ、またか。実にいろいろなものを無くすお方・・。「予備のキーを取ってきてあげるから、ここにいるのよ。」と言い置いて、家に取りに帰り、すぐさま公園に戻ると、本人おりません~~!!!まだ、数名残っておられた方たちに聞いても、「あれ?帰られたと思っていました。」外は、だんだん暗くなっていきます。近くにおられたお母さん達で探してくださいましたが見つからず。私も、自転車で蒼白になって探し回り、会う人、会う人に、「ピノコを見ませんでしたか?」「小学校2年生の、服装はこんなこんな子、歩いていませんでしたか?」と聞いて回りましたが、目撃者もいず・・。一時間くらい探し回りましたが見つからないし、もう、日はとっぷり暮れてしまったのでついに、警察に届けようと、派出所の戸を開けたときに「ピノコちゃん、見つかったよ!!」とメールが来ました。脱力・・。真っ暗な中、数組のお母さん達でピノコを捕獲して待っていてくださいました。あああああ、感謝ですぅぅぅぅ。ピノコは、じっとしていられず、家と公園を一人で何度も往復していたそうです。暗くて発見されにくかったんですね。私も、何度か家にも戻ったんですがすれ違いだったようで・・。「どうして、待ってなさいって言ったのに待ってないの!」と怒っても本人、ケロッとして、「だって、家に取りに帰るって言ったから家かなって。家に帰ったらいなかったったから公園かなって。」(←そりゃそうだが)皆さんに何度も何度もお礼を言って帰ってきました。安全な地区で滅多なことは起こらないと信じてはいるものの、探している間は「わずか10分の隙に、誘拐されて・・」とか「車で連れ去られて・・」とか頭によぎり、生きた心地もしなかったのでした。帰ったら、貧血起こして倒れてしまいました。ピノコも、多少は、反省してくれたかも。でも、この人、一年の時も、失踪事件(←大袈裟)起こしているんですよね。あの時も、学校の先生方と、走りまわって探しました。はぁぁぁ。3度目はないと信じたい・・。皆々様、大変ご迷惑をおかけいたしました。明日お詫びに回ります・・。
2008年10月03日
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