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最近車の整備をする事が多いのだが絶対に欠かせないのがジャッキである。ワタシの使っているのがこのガレージジャッキ。いつ購入したのか記憶にない。おそらく車に乗り始めた二十歳そこそこの頃に買ったのだろう。つまり40年来の付き合いになる。ところが、最近このジャッキが調子悪い。なんというか半分ほどしか上がらないのだまた、持ち運びケースに入れると横倒しになるのだが最近オイルが漏れるようになってきた。((+_+))うーむ、寿命か?もう40年以上も使ってるんだもんね。・・・・・・・・・・・・・・・・ところが、調べてみたらポンプのOリングを交換するとなおせるらしいので挑戦したみた。まずはポンプシャフトを抜いてみる。ここにハマっているOリングを交換するだけだ。せっかくなのでジャッキ内部のオイルも交換する事にした。ゴム栓を抜いて逆さにしてオイルを抜く。手持ちの中華Oリングセットの中に良さそうなサイズがなかったのでホームセンターで購入した。もちろん現物合わせ。シャフトをもとに戻しオイルを入れる。ジャッキオイルはAmazonで簡単に買える。便利な時代になったものだ。(;^ω^)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あとは、エア抜きして修理完了。・・・・・・・・・・・のハズだったのだが、何度レバーを動かししてもジャッキは動かない。Σ( ̄ロ ̄lll)ガーンやべ!!!修理失敗か???・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、ここは冷静に考えてみよう。単にOリングのサイズが合ってないのかもしれない。しかし、これ以上大きなOリングが入る気もしない。とか、思案していると、抜いたオイルの中に何やら発見。最初はゴミかと思ったがよく見たら金属球であった。( ;∀;)いや、めっちゃ怪しいんですけど試しに、シャフトを抜いた穴にこの金属球を落としてみた。その後、シャフトを元に戻し、エア抜きすると・・・・・見事にジャッキ復活しました。いやぁ、あの金属球はオイルの弁だったのね。(;^ω^)皆様、ジャッキのOリング交換するときは気を付けて下さいね。この金属球捨てたらおしまいですよ。(笑)ってな訳でガレージジャッキ、復活しました。まだ40年は使えるな。って、ワタシの寿命の方が先にきそうです。(爆)
2025.05.14
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さて、今年もやってきましたGW。とは言うものの人混みには行きたくない。でもどこか行った気になる所には行きたいところとか言うとやっぱりお城だね、(笑)昨年は今治城に行ったので、今年は宇和島城に行く事にした。八幡浜で生まれ育った私にとって宇和島はとても近い。にもかかわらずよく考えてみたら宇和島城は行ったことがなかった。身近過ぎる事もあるが、その頃は歴史に興味がなかったのが正直なところ。また松山城に比べて天守がしょぼく見えたのも興味がなかった原因かもしれない。で、やってきました。なーんかめっちゃりっぱな門なんですけど。宇和島城は元々海水を引き込んだ水堀に囲まれていたらしいが明治期に埋め立てられて市街地化しておりかなり残念な状態。本来は下記のような感じだったらしい。青いところが本来水堀のあったところ。その他、多くの門や建物が取り壊されたり消失したりしてさらに残念な状態。・・・・・・・・・・・・・・なんだけど、石垣はしっかり残ってました。凄いね。圧巻だ。そして、ついに天守に到着。日本に12しかない現存天守である。現存天守とは江戸時代以前に建てられたいわゆる本物である。ちなみに建てたのは藤堂高虎宇和島城以外にも大洲城、今治城など築城3名人と言われているそうな。とか、見入っていたらなんか知らんが甲冑に身を包んだ武者軍団に取り囲まれた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・何が起こっているのだ。???どうやらその日はGW中という事もあり伊達な宇和島お城まつりの真っ最中であった。https://oshiromatsuri.jp/いや、本当に知らんかった。びっくりした。当然、しんのすけは大喜びであった。宇和島城は小高い山の上にありちょっとした登山するようなもので少々疲れたのだがせっかくなので近くの伊達博物館にも行ってきた。伊達家ゆかりの品々がてんこ盛り。すげぇなぁ。ちなみに宇和島伊達家の初代藩主は伊達英宗。独眼竜と言われた伊達政宗の長男である。なんで仙台の伊達家が宇和島にやってきたのかは割愛するが仙台の文化が宇和島に持ち込まれたのは想像に難くない。ワタシの故郷八幡浜は蒲鉾の名産地なのだがそもそも蒲鉾は伊達家が宇和島に持ち込んだのが始まりらしい。伊達家とは直接関係なさそうな我が故郷にも伊達家の影響が及んでいたのはびっくりである。本当、世の中知らない事だらけである。( ̄▽ ̄;)
2025.05.06
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