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今日は弟と一緒に母の仏壇を見に行きました。地元では「はせがわ」くらいしか思い当たらないのですが、やっぱりいろいろ見た方がいいかと思い、車で散策しました。(ちなみに「はせがわ」と「ハセガワ」は別物だそうです。 楽天にショップがあると思ったら関係なかった!)大きなお寺のある近くならあるかな~と適当に車走らせて・・・予想通り?小さいところがほとんどでしたがありました。ひとつは小さいけれども創業文化3年と昔ながらの仏壇屋さん。この辺りは昔ながらの家が残っていてこの仏壇屋さんも200年経つお家だそう。そんな関係ない話をしつつ、いろいろと教えてもらったりしました。ここでは珍しい?鎌倉彫の仏壇があってお値段も予算内だしかなり心惹かれました。ただ、私の趣味で買うんかい!って突っ込まれそうなので保留しました(爆)おばあちゃんもすごく良い人でした。帰りは駐車場まで見送ってくれました!その後も数軒見てみましたが、微妙な仏壇屋さんもちょこちょこありました。おじちゃんが「勉強しますよ~」ってずっと後を付いて回るお店とか(苦笑)胡散臭いのでもちろん問題外でしたが、ちゃんと話を聞かないのはほんと問題外。そして「はせがわ」に行きました。でも気になる仏壇の在庫がなかったので、とりあえず候補の仏壇で見積りをもらいました。その後、かなり離れてる「はせがわ」にも行ってみたらお目当ての仏壇が置いてありました。お飾りもしてもらって雰囲気も分かって良かったです。ここは遠いので買うつもりなく。いろいろと相談するならやっぱり近い方がいいですからね。見積りだけもらって、帰りました。しかし、仏壇て本当にピンきりですね。良いものを買おうと思えば何百万ていうのもあります。安いものや小型のものとかは数万からあります。本当にね、いろいろです。何がいいのかよく分かりません。良い素材を使っていれば当然高いのですが・・・。基本的には大きさや予算で決まってしまいますけどね。高いものでなくても、供養する気持ちの問題かなとも思います。実際にお飾りをしてもらってみて、これだったら窮屈じゃないなとか、自分が実際に手を合わせてみてしっくり来るものを選びました。あ、正確にはまだ買ってませんが、取り寄せられるのでほぼ決まりです。ちなみに仏壇屋ってあまり良いイメージなかったんですが、話してみると案外話好きで、商売ッ気がない人が多かったです。「高いの売り付けられたらどうしよ~」とか思ってました(爆)今まで知らなかったんだけど(普通は知ってる?)四十九日まではまだ魂は「この世」にあるそうで。そして、四十九日に「あの世」に行ってしまうと。だから、四十九日までは御供養をちゃんとしてあげるんだって。私は無宗教だけどそういう考えを否定しようとは全然思わなくて普通に「あ~そうなんだ。まだこっちにいるんだ~」ってくらい。弟は宗教真っ向から否定なので「そんなわけあるか!」って感じですが。なので位牌に魂を入れるっていうのも否定的であります。私はそこまで深く考えないけどね。亡くなった母に何かしてあげたい、気持ちが伝わるならって思うだけです。今日はお昼からお寿司(またかよ!)食べて、高額療養費申請して、固定資産税払って、ローン払って、そして仏壇屋めぐりとハードな一日でした。 帰りにたまたま入った店で、かわいい帽子を発見!弟が誕生日プレゼントに買ってやると言うのでいただきました☆で、ごはん食べてスーパーで買い物して帰りました。まだまだやる事いっぱいあるけど、のんびりひとつずつやっていきたいと思います。
2006年05月31日
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5月29日、私の誕生日でした。着物が好きになってからは「呉服の日」って喜んでます♪でも、せっかくの「呉服の日」に呉服屋さんには行かなかった(´△`)いつかは「今日、誕生日なんです♪」ってアピールしてみたい!母からはいつも「美空ひばりと同じ誕生日なんだよ」って言われてました。かといって、歌が上手いわけでもなんでもないんですけどね~。最近ね、なんか気分を一新したいんです。気持ちの問題なんだけど。この前も「あかすり」したし。なんか、悪いものとか溜まってたものを出したい!って感じでしょうか。なので、髪を切って岩盤浴だ~と思ったら美容院が予約取れませんでした。しょうがないので、岩盤浴だけしてきました。汗もめちゃめちゃ出て気分爽快でした(≧∇≦)夜は旦那とお寿司を食べに行きました☆いつもよりちょっと高めの廻るお寿司ですが。廻るお寿司の割には高いのですがいつもお客さんがいっぱい。ネタも大きいし、美味しいしお気に入りなのです。誕生日ということで?あまり遠慮せずに食べました♪美味しかった~(≧∇≦)お腹いっぱい食べちゃいました。帰りは散歩がてら遠回りして帰りました。ちょっとでもカロリー消費しなきゃね~。家着いてからケーキ2個いただきました(≧∇≦)←歩いた意味なし!ちなみにホールではありませんよ。小さいやつです。しかも半分個☆残りに2個は次の日の朝に食べました♪ちなみにプレゼントはなかったです(゜ロ゜)どうやら気に入るものがなかったみたい。記念日とか何もない時に限ってあげたい物が見つかるらしい。何でもない日にもらうプレゼントも嬉しいんだけどね。でも、基本的に考えるのが面倒みたいなのであまり期待はしてません(爆)一緒に美味しいもの食べて仲良く過ごせたらそれでいいかな~。「生んでくれてありがとう」って母に感謝した一日でした。
2006年05月29日
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今日はとても良い天気で暖かくて風も気持ち良くて。 でも。 本当だったら結婚式をしてたわけで。 こんな良い天気なのに。 泣けてきます。 母には会えないんだと痛感させられます。 いろいろと考えてしまいます。 でも。 毎日泣き暮らしてるわけではありません。 悲しくて何も手につかないって事もありません。 一生懸命生きなきゃ損だし。 やらなきゃいけないこともいっぱいあるし。 母の死から学んだことはたくさんある。 でも、ふとした瞬間にスイッチが入っちゃう。 今日はそんな日みたいです。
2006年05月29日
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昨日、お義母さんから誕生日プレゼントが届きました(≧∇≦)牛革の手染めバッグ。革のバッグとか実はあまり持ってないんですよね(^-^;)仕事ばっかりしてたし基本は現場でも持っていけるバッグ(笑)だったし。こういうシンプルなバッグなら使いやすそう☆内布がストライプでちょっとかわいいです♪プレゼントはてっきり食べ物かと思ってたので意外でした。旦那には趣味が分からないから現金でいい?って話してたそう。なので、かなり驚きました!大切に使いたいと思います♪
2006年05月28日
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5/24~26は旦那と一緒に野球三昧な3連休でした☆5/24、25は千葉マリンスタジアム。24日は雨でコールドでしたが、ヒヤヒヤしながらもまぁ、いい試合でした。コールドじゃなかったらかなり危ない展開になってそうでしたが・・・(汗)25日はリベンジ・・・のつもりでしたが、残念ながら負けてしまいました(ノ_
2006年05月26日
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今日から旦那は3連休~☆連休は野球三昧になりそうです(≧∇≦)お昼頃に実家を出て旦那宅へ行き、千葉マリンスタジアムへ☆家を出る頃は快晴で暑いくらいでした。が、千葉マリンスタジアムに着いたら雷雨( ̄□ ̄;)雨で試合開始が遅れましたが何とか始まりました。いや~盛り上がりました~(≧∇≦)途中ヒヤヒヤでしたが何とか4-2で5回を終了。すると雨もかなり酷くなり30分後にコールド。勝ちました~(≧∇≦)今日は5回までしか見てないから物足りないと言う旦那。結局、明日のチケットも買ってしまいましたΣ( ̄▽ ̄;)明日こそは晴れるかな☆
2006年05月24日
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母の黒絵羽織です。携帯からなので見づらいかな?なかなか可愛い刺繍なんですよ♪たぶん姉の入学式、卒業式に着てたんじゃないかな。私の記憶の中には母の着物姿はありません。昔は入学式といえば、黒い羽織でカラスみたいだったそうです。着物に目覚めてなかったらそんな話も聞けなかったし、着物も眠ったままだったかも知れません・・・。そう考えると着物に目覚めて良かったと心底思います(≧∇≦)母は着物にあまり興味なかったけどね・・・( ̄- ̄)母が亡くなってしまった今、数少ない着物でも着られる事はとても幸せです。受け継ぐ事が出来るって素晴らしいと思います。余裕が出来たらデジカメで撮ったものをアップします☆数は少ないけどフリーページに「母の着物」としてまとめようと思います。
2006年05月21日
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最近、なぜか眠くて眠くて仕方がありません・・・( ̄-  ̄ ) そして、ひとりのごはんはやっぱり寂しいので手抜き気味。旦那は仕事で韓国に行ってるし、弟も仕事だし、張り合いがないです。今日は重たい腰をあげて「ふきの土佐煮」を作りました☆なかなか上手く出来ました~v( ̄∇ ̄)vイエーイ本当は母が生きてる間に食べさせてあげたかったんだけど。ふきやたらの芽、ふきのとう、菊とかちょっとクセのあるものが好きだった母。面倒とか言ってないで早く作ってあげればよかったな~。あ、たけのこの土佐煮は作ったけど!味が薄いって言われた( ̄□ ̄;)群馬出身だからか?濃い味が好きだった母。醤油!!!って色してないとなかなか食べてくれなかったな。でも、決して料理が上手だったとは言えない母でしたよ。アクなんて取らないし、煮物は毎回味違うし・・・(苦笑)私が料理作るようになって随分まともな?もの食べるようになったと思う。おかげで?私も煮物はだいぶ上手になったし、結果的には良かったですヽ(´∇`)ノ明日の朝、母に供えてあげよう。つい最近、旦那がふきが好きという事が判明したので旦那にも。明日、韓国から帰って来るから持っていってあげようっと♪
2006年05月20日
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今日は家のことをゆるゆるとやってました。弟も休みだったので葬儀屋さんに余った返礼品を戻しに行きました。普通、余った返礼品て戻せるもの?ちゃんとお金も戻って来ました。で、今日はおばちゃんだったんだけどまた世間話なんかしつつ。仏壇や位牌の事を聞いたりなんかしつつ、紹介で安く出来るとか。しかも他より高かったら言ってね、安くするからって(笑)おばちゃんはこの仕事を始める前まですごく無知だったそうで10年近くも本位牌も作らず放置してしまっていたとか。だから失敗してほしくないのよね~なんて話を聞きました。そして、また分からない事があったらいらっしゃいと言われました。あとは、新しく口座を作って母の残したお金を預けました。といっても、少ないですけどね。もし、弟や私に何かあったら使うような感じで貯金しとけばいいんじゃない?って事で。それからごはん食べて、スーパー銭湯に行きました♪露天風呂が天然温泉なんだけどエスプレッソみたいな濃い色でお気に入り。もちろん、ツルツル~(≧∇≦)で、今日は以前から興味のあった「あかすり」をしてきました☆なんかね、こう、きれいさっぱりしたいなぁと思って。初めてのあかすりだったんだけど、けっこう痛かった~(´Д`)敏感肌の人だと辛いんじゃないかなと思いました。思ってたよりも痛くて癒されるようなもんではなかったです。垢は・・・見なかったことにしよう・・・(°д°;;) 終わってみて、肌がちょっと白くなったような・・・。もちろん、ツルツルになって手触りはよくなりましたよ♪しょっちゅやるのはどうかと思うけど月に一回くらいならいいかも。お風呂の後はもちろん「コーヒー牛乳」を一気に飲みました(≧∇≦)温泉効果か?今日はゆっくり眠れそうです☆おやすみなさい~。
2006年05月19日
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遅くなりましたが、母の日のプレゼントをお義母さんに送りました。ステッドラー水彩色鉛筆 ルナ24色セットと大人のぬりえ 美しい花編をプレゼントしました。 これは色鉛筆としても使えるし、水筆でなぞると水彩画のようにもなるんです。って、使った事ないけど(笑)使ったら楽しそうじゃないですか♪自分用にもちょっと購入してみようか考え中です。そして、大人のぬりえ。さすがにまだお義母さんの趣味は把握してないので無難なところで美しい花編にしてみました☆4月に京都に行った時にね、お義母さんと醍醐寺に行ったんです。その時、絵を描いてる人を見て、お義母さんが絵を描いてみたいって言ってたの。それで、ずーっと母の日のプレゼントは大人のぬりえだと心に決めてたんです☆いきなり水彩画とか油絵とかだと大変?だから水彩色鉛筆がいいかなって。お母さんて忙しいじゃないですか。中には趣味をちゃんと楽しんでるパワフルなお母さんもいるけど。いろんな事を楽しんで少しでも趣味が広がればいいなぁと思って。お義父さんはね、すごく多趣味なんです。スポーツもやるしカラオケもやるし、アウトドアも好きで一人でもどんどん出かけちゃうそうです。もちろん、お義母さんとも一緒によく遊びに出かけてるけど、でも、お義母さんの趣味っていうと・・・なさそうなんです。だから、このプレゼントがちょっとしたきっかけになれば嬉しいです。母もね、病気になって左腕が腫れる前は絵が描きたいって言ってたんです。でも、字を書くのも難しくなっちゃって、結局絵を描く事はなかった・・・。だから、やりたいと思った事はどんどん挑戦して楽しんでほしいんです。残念ながら母は旧(笑)母の日(5月10日)に亡くなってしまったけども、これからはお義父さん、お義母さんに親孝行したいと思います。私が始めるなら大人のぬりえ 花鳥風月編あたりが好みかな♪
2006年05月18日
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最近、気になるのが花の匂い。香りじゃなくてあえて匂い。匂いって「記憶」じゃないですか?香りとはちょっと違う気がする。今の時期の花ってそんなに匂い強かったかな?沈丁花とか金木犀とかそういう分かりやすい花じゃなくて、何の花の匂いか分からないけど、最近すごく感じるんです。それも、母が亡くなってから。お葬式が終わった日の夜、旦那と散歩していたらすごく花の匂いがして。道端に咲いてる小さい花の匂いなのかな。それとも全然違う花なのかな。花の匂いに鈍感な旦那も気付くくらいでした。これはすごく珍しい事です。だから、私は「近くに母がいるのかもね~」なんて旦那と話してました。こんな話にちゃんと付き合ってくれる旦那が貴重だと思えてきました(笑)今、咲いてる花って何だろう?見ても名前が分からないものがほとんどなんだけど(汗)でもね、薔薇とかつつじじゃないんだよね。もし、今の時期に咲いている匂いのあるお花知ってたら教えて下さい。
2006年05月18日
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5月17日、病院に行って来ました。入院費と訪問看護の支払いをしました。お世話になった看護婦さんに挨拶してきました。母は「みんな美人でかわいい看護婦さんだ」って言ってたのでしっかり看護婦さんを褒めてきました☆最初に入院した時からここの看護婦さんは親切で母はよく感謝してたんです。その事も伝えました。病院に行くとやっぱりブルーになりますね。いくら前向きとはいえ、最期の事を思うと泣けてきます。泣くのを我慢する事はないんだけどほかの患者さんもいるしね。いろいろと思い出されてちょっと辛くなりました。これで病院に行くのも最後。これからはお世話にならないようにしなきゃね。とはいえ、病気は早期発見、早期治療です。母のように悪くなるまで我慢してはいけません!!!健康が一番です。大切な人の為にも元気でいなきゃ。
2006年05月17日
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母が亡くなって、もう6日になります。あっという間に時間が過ぎていきます。今回は初めてのお葬式に近かったです。私の記憶にあるお葬式は小学校低学年くらい。といっても、ほとんど覚えていません。弟も未経験で旦那も小さい頃なので未経験。分からない人間しかいませんでした。なので、母の亡くなった日に親戚がいた事は本当に有り難かったです。例えば、貯金は死亡届を出す前に下ろすとか。死亡届を出した後だとかなり手続きが面倒らしい。そんな事は頭になかったので「へ~そうなんだ・・・」と感心?しつつ、とりあえずその日のうちに下ろしました。それから、葬儀屋をどう決めたらいいのかなんて分からず。病院にリストをもらうものの、隣の市なので管轄外だと面倒らしく、家のポストに入っていた葬儀屋さんの広告を持っていたのでそこへ連絡して、弟と親戚で話をしてもらいました。お葬式って、本当のところ、よく分からないです。親戚はこじんまりしたお葬式でお通夜なしの家族葬にしようと言われたのですが、お通夜なし!?それってどういう事!?家族葬って何!?ってな感じでした。母は勤めも辞めてるし、友人も少なくあまり人付き合いはありませんでした。なので、結果的には本当に身内だけでちょうど良かったのかも。これが会社に勤めていたり、人付き合いがあったらまた違うんでしょうが。マンション暮らしですが、あまり病気の事を知られたくなかった母にはこのようにひっそりとしたお葬式で良かったのかも知れません。それにしても、初めて聞く単語ばかりでしたよ(恥)生花って言われてもピンとこなくて花環???みたいな。返礼品???それって香典くれた人に渡すの?来た人全員?とにかく、分からない事だらけで恥ずかしかったです。ま、葬儀屋さんは初めてで知らないのが当たり前って言ってくれてたので、安心して?聞きまくりましたが。今回は身内だけなので返礼品は高くなくてもいいとか。事情を分かってるだろうから、お金をかける事もないって。返礼品は余った分は返却出来たので良かったです。あとはね、念珠。これって普通持ってるんでしょうか?私も弟も旦那も持ってませんでした。友人にメールしたら「必要だろ!」と当たり前くらいのお返事。そっかー、普通の人は持ってるのかぁとちょっと凹みました。とりあえず、これから先、あるに越した事はないという事で購入。それから、喪服。持ってないので着物レンタルにしたんですが、親戚と電話で話してたら「そうね。結婚してるんなら着物ね」みたいな会話がありまして、結婚してたら喪服は着物?え?そうなん???昔は嫁入りに喪服を持たせたりしていたそうですが、母は持ってなくて。そういう意味じゃないのかしら?よく分かりません。結果的には着物は好評(ていうのか?)でしたけど。着物のおかげでしっかり者に見えたみたいだし(笑)当日もね、予想外に早く来た親戚がいたのでドタバタ。返礼品の引換え券はどうやって渡すだの、受付はどうするだとか。結局、私が受付をしたのですが、この少人数でこれでは・・・。もっと大きなお葬式だったらもっと大変なんだろうなぁ。とりあえず、分からないなりにも、何とか無事にお葬式は終了しました。これは、本当に親戚のおかげですね。感謝しなきゃいけませんね。そして、葬儀後の手続きやら何やら。死亡届は葬儀屋さんが出してくれました。生命保険は何も入ってないので特になし。っていうか、入っておこうよ~って感じですが。ちなみに父も何も保険に入ってません。これってどうなのよ!?とりあえず、葬祭費と年金未払い分の手続きは終了しました。葬祭費は市町村で金額が変わるそうですが、ここは10万円。そして、年金の未払い分の支払いは15万円。少なくないですか?生きてれば一月9万くらいなのに少ないよ~と思ってしまいました。まぁ、これらは申請しないともらえないものですから。しっかりもらわなきゃ損です。損ですよね?こういった手続きもさっぱり分からなかったのですが、葬儀屋さんが葬儀後の手引きというのを作ってくれていてそれに必要書類なども記載されていたのでかなり重宝しました。足りない書類なんかもなかったのでスムーズに出来ました。葬儀屋さんて今まで縁もなかったし、ぼったくられたらどうしよ~とか密かに思ってたんですが、意外に?明朗会計でした。いや、普通ですか?例えばお坊さんへのお布施とか。車代とか運転手さんへの志とか。いくらくらいってちゃんと言ってくれたので助かりました。親戚はお坊さんのお茶とか何か気にしてましたが、その辺も葬儀屋さんの方でしてくれたのでこちらは特に心配せず。まぁ、この辺は地域差もあるのかも知れませんが、群馬の親戚からすると枕飯を用意したりするのはこちらの仕事らしく、それが当たり前だと。葬儀って難しいのね~と思いました。葬儀後もね、なるべくお花が長持ちするように蕾を選んで持って来てくれました。あと、夜10時過ぎは葬儀場では線香とろうそくは禁止なのでうずまき線香なんですが、その香りがすごくいい香りで母が好きそうな香りだったと伝えたら祭壇と一緒に持って来てくれました。ほかにもいろいろと教えていただきました。話好きなおじちゃんなのか?分からなかったらいつでもおいでと言われました。いい葬儀屋さんてあるのか分からないけど、この葬儀屋さんで良かったと思います。残る手続きは銀行の解約(小銭だけ残ってる)と病院の支払いくらいかな。病院には明日行って、お世話になった看護婦さんにお礼を言いたいと思います。母は看護婦さんがみんな美人でかわいいのよ~っていつも言ってたんです(笑)ちゃんと看護婦さん褒めてあげなきゃ♪母に替わってね。それと、遺品の整理はまだしていません。やる事はたくさんあるんだけど、ぼーっとしてしまいます。とりあえず、今月はのんびりとやっていこうかと思います。
2006年05月16日
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5月12日、母のお葬式でした。朝、自宅に戻ってシャワー浴びて。母に持たせたいものを持って。また葬儀場に戻りました。旦那の両親が京都からわざわざ来てくれました。仕事もあって忙しいのに本当に有り難い事です。亡くなった日に電話したのですが、お義父さんは即答でした。「お義母さんと一緒に行くから」本当に嬉しかったです。いいお義父さん、お義母さんで本当に良かったです。そして、今回喪服がないので着物をレンタルしました。着付師さんがいないという事で自分で着る事に。なんとか自分で着られてよかったです。着替え終わって部屋に戻るとすでに数人の親戚が。開式の二時間以上も前に来ちゃいました。まだ葬儀屋さんとの打合せ?も終わってなくてドタバタでした。お通夜と告別式が一緒という事でお焼香は二回でした。今までね、読経ってちゃんと聞いた事がなかったんです。初めてちゃんと聞いてね、「迷わずに心配せずにちゃんと逝きなさい」って言われてるように聞こえました。旦那も同じような事を考えてたみたいです。旦那はもしかして生き返らないかなぁなんて思ってたそうなんですが、読経を聞いたら「あぁ、もう生き返らないんだ」って思ったそうです。そして、出棺。美空ひばりのCDをBGMで使う事になりました。明るい曲ばかり入っていたのでしんみりとならずに済みました。最初、生花は2つだけだったんですが、弟の会社から4ついただいて合計6つ。おかげでたくさんのお花を入れてあげる事が出来ました。裕次郎のジャケットを入れて、ひばりの本を入れて、ミルキー入れて、明治神宮の破魔矢を入れて、根津の絵葉書を入れてあげました。これで寂しくないかな~って言いながらお花を入れました。たくさんのお花に囲まれてすごく綺麗でした。母の顔を見るのが最後だと思うととても悲しくて涙が出ました。こんな良い顔してるのにもったいないなぁ。焼かれて骨になってしまうなんて嫌だなぁと思いました。でもね、なぜか悲しいだけじゃないんです。母が良い顔だったからかも知れません。これから旅立つんだなぁと思いました。残念ながら母にはもう会えないんだけど。綺麗なお花に囲まれていろいろ持たせてあげてひばりの曲をかけてあげて。いい旅立ちになったのではないかと思うんです。私なりにいろいろ考えて、母に喜んでもらえるように送り出せたような気がするんです。お葬式って今まで経験してないので分からないのですが、悲しくて泣いてしまうだけのものかと思ってたんです。でも、そうじゃなくて最後みんなで安らかな顔だったねって美人だねってたくさん褒められてみんながひばりの曲を口ずさんで。死んだら全てが終わりじゃないんだって思えました。天国に行く為に見送ってあげるというか。送り出してあげるというか。こんな良い顔してるなら天国に行ってるに違いない!みたいな。ちなみにね、遺影。めちゃめちゃ若過ぎです(苦笑)写真が全然なくてね、軽く40年以上前だと思われます。お見合い写真だと思われます。着物がそうだったから。昔の写真なので白黒なのですがあえてカラーにはせず、そのまま白黒にしてもらいました。着物もそのまま。親戚なんかには評判良かったですが、どうなんでしょ?病気でやつれているよりかはいいのかも知れませんが、如何せん若過ぎです。私の知らない母の顔ですし(笑)でもね、いろいろな人から美人ねって言われていい気分だったかも。それから、火葬場へ。骨の姿を見たらショックかなぁと思ってたんですがそうでもなかったです。でも、骨がね、黒いところがあったりピンク色になってるところがあって。これって骨に転移してた癌なのかなぁと思ったのですが分からず。。。身長が小さい割に骨太だった母は遺骨が入りきらず、押しこまれました(笑)母の兄妹は立派な骨だったんだなぁなんて話していて、うんうん骨太だ!って思いながら話を聞いてました。足なんてね、24.5cmだったんですよ。旦那も骨見たら悲しくなるのかと思ってたらそうではなくて、骨って綺麗なんだねって言ってました。母はもう天国に行ってるから、骨は生きてる人への置き土産みたいなものかなって。そう思うと骨になったから悲しいという気持ちはなくなりました。母方の親戚のおかげで無事、葬式をあげる事が出来ました。亡くなる日に親戚が来ていなかったら、きっと私達だけでは無理だったと思います。だから、母は親戚が来る日まで頑張って待ってたんだなぁと思いました。病気になる事は辛いですが、でも、悪い事ばかりじゃなかったと思うんです。2002年の夏。あのまま亡くなっていたらきっと後悔もあったと思います。でも、余命一年と宣告されたにも関わらず4年近くも生きられたんです。この4年間。美味しいものもたくさん食べさせてあげられたと思います。佐藤錦だって食べたし、入院する直前には生まれて初めてタラバガニ食べてすごーく喜んでました。蟹は本当に間に合って良かったと思います。花嫁姿は見せられませんでしたが結婚して安心出来たと思います。悪い事ばかりじゃなくて良い事もたくさんあったと思ってます。母はとても頑固でした。最後まで頑固でした。直前まで家にいる事が出来て、食べられた事は幸せだったんではないでしょうか。5月1日の病院に連れて行く日の夕飯は、刺身でした。食後にはたい焼きですよ。本当に限界まで家にいられたのはすごい事だと思います。お葬式が終わっていろいろ落ち着いてから旦那とごはん食べに行きました。その間、かなり待たせてしまって申し訳なかったんですが・・・(汗)この三日間、ずっとそばにいてくれたので感謝を込めて焼肉(笑)いろいろ話したい気分だったのでまたまたながーいお散歩しました。今まではね、死ぬってすごく怖い事だと思ってたんです。でも、死ぬのが怖いんじゃないだって今回、私と旦那は思ったんです。もう会えなくなったり、話が出来ないのは悲しい事だけど。一生懸命生きなきゃいけないんだなってすごく思いました。いつも感謝の気持ちを忘れずにちゃんとありがとうって言えるようにならなきゃいけないねって。ちゃんと後悔しないように生きないと損だねって。いいお葬式ってあるのか分からないけど、私は良かったと思いました。そして、こうして一緒にいてくれる優しい旦那がいて良かったと思いました。母も3日間一緒にいたし、きっといい旦那だって分かってくれたと思います。これからは母の分まで一生懸命生きなきゃね。そして旦那の両親も大切にしたいと思いました。母の死は悲しいだけじゃなく、いろいろな事を学んだ気がします。母の安らかな顔を見たらね、泣いてばかりじゃいけないって。ちゃんと前を向いて歩かなきゃいけないなって思うんです。今頃は天国で何をしてるんでしょうか。美空ひばりや裕次郎に会えるんでしょうか。大好きな音楽でも聞いてるんでしょうか。腫れていた左手はちゃんと動くようになったんでしょうか。まだ疲れが取れなくてゆっくり眠ってるかも知れませんね。
2006年05月12日
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5月11日は納棺でした。お通夜はないので納棺だけ。お昼頃から始まりました。私と父と弟と旦那でしました。棺に母を納めて旅支度をさせました。すごく悲しくて涙が止まりませんでした。でも、ちゃんと旅立てますようにと祈りました。棺には母の好きな石原裕次郎のCDのジャケットを入れました。CDは燃えないからダメと言われてしまったのでジャケットだけ。あとはよく聞いていたカセットテープを数本入れました。それとあまりオシャレではなかった母に口紅を持たせました。お通夜はないので静かな一日でした。友人が二人、仕事帰りに来てくれました。あとは親戚も一人、来てくれました。そしてみんな、安らかで健やかな顔だねと言ってくれました。70歳にしてはシワもないし、肌も綺麗で美人だね~って。こんなに褒められた事ないんじゃない?というくらい褒められまくり。何度も言うようですが本当に良い顔だったんです。旦那は喪服を持ってないので一度家に帰って着替えを取りに行って、黒のスーツを買って、夜遅い時間にまた来てくれました。この日も父と弟は家に戻ったので旦那と二人で母のそばにいました。明日に備えて?早く寝なきゃと思ったのですが、これが母との最後の夜だと思うととても悲しくなってしまい、布団から出て何度も何度も母の顔を見ました。そうこうしてるうちに、旦那が起きてしまい、またいろいろお話してました。一人で逝くのは寂しいんじゃないかと思って、美空ひばりのCDも供えました。CDは旦那に頼んで買って来てもらいました。なるべく明るい曲が入ったやつ。本とCDが一緒に入ってるやつなら本は一緒に入れてあげられるから。母はひばりが大好きだったのでこれで歌詞もあるし天国でも歌えるよね。形のある母とはこれが最後だと思うと何でもいいからあげたくて夜中にミルキーあげたり、明日あげたいものをリストアップしたり。母は何か言い残した事なかったかな?心残りはなかったかな?明日になったら燃やされてしまう母。熱くない?痛くない?大丈夫?という私に旦那は「お母さんは天国に行ってるから大丈夫だよ」って。あ、そうか。天国に行ってるからあんなに良い顔なんだよね。そう思ったら、ちょっと楽になりました。そして、何かあったら夢に出てくるよね?と旦那と話しながら眠りました。
2006年05月11日
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5月10日、11時14分に母は天国に行きました。弟も休みが取れて二人で病院へ向かう途中、電話がありました。「心拍数も脈拍も下がってるのでもしかしたら今日かも」と。焦りつつも車は思うように進まず・・・着いてすぐ病室に走りました。すでに母は亡くなっていました。ほんの数分、間に合いませんでした。どうして、あともうちょっと待ってくれなかったの?最期はちゃんと看取ってあげたかったのに。顔に触れたらね、まだ温かかったです。まだ温かいのにもう母は動く事もなくて。のんびりしてないでもっと早く家を出るんだったと後悔しました。看護婦さんによると、母は苦しまずに逝く事が出来たそうです。それだけが、唯一の救いです。末期癌は苦しい、痛いと聞くのでそれだけが心配でした。でもね、母の顔は本当に安らかだったんです。だから、苦しまずに天国に行けたのだと思いました。今日は親戚も来るのに待っててくれたらよかったのに。親戚もあと15分早ければ・・・という感じでした。いつか人は死んでしまうわけだけど。末期癌だし死ぬのは分かっていたけど。それでもやっぱり死んでほしくなかった。後悔しないようにいろいろ頑張ったつもりだけどやっぱり全く後悔しないというわけにもいかなくて。母のお化粧は私がしてあげました。ちょっと口紅が派手かなぁと思いつつ。グロスもちょこっと付けて艶やかにしてみたり。ほお紅もしっかり付けてあげました。すごく綺麗でした。たぶん普段の3割増くらい美人。親戚もこんなに美人だったけ?なんて言ったり。病気だったとは思えないくらい肌も綺麗でなぜかシワも目立たなくて。そして何よりも安らかな顔だったのでみんな良かったねと。それと、訪問看護士さんも駆け付けてくれました。母は本当に入浴を楽しみにしていたし、入院してからはいつも「お礼を言っておいてくれ」って言うくらい感謝してたんです。いい看護士さんで本当に良かったです。看護士さんもすごく良い顔してるね。安らかな顔ですねって。母も喜んでいたと思います。でも、これから何をすればいいのやら、さっぱり分かりませんでした。親戚がいてくれたおかげでいろいろと助かりました。きっと私と弟だけでは何も出来なかったと思います。葬儀屋さんを決めたり、貯金をおろしたり。弟と一緒になって葬儀屋さんと話をしてくれたり。私ね、母は親戚が来る日まで頑張ってたんじゃないかと思うんです。だって、本当なら痙攣のあった日にそのまま亡くなってもおかしくない状態です。しかも、お世話になりましたって言い残してましたしね。私達だけじゃ心配だから親戚が来る日を待ってたんだと思いました。そして、分からないなりにも何とか事は運び、葬儀屋も決まりました。病室から霊安室へ。霊安室から葬儀場へ。夕方には落ち着きました。今回は親戚と話し合った結果、家族葬にしようという事になりました。なのでお通夜はなくて告別式のみという形でひっそりと。落ち着いたところで群馬から来ていた親戚は一度帰りました。旦那は仕事が入ってたんだけど、なんとか休みが取れました。この日は仕事が終わってからですが、夜には来てくれました。父と弟が家に戻るというのに、旦那は一緒に泊まってくれました。(私が泊まらせたとも言いますが・・・・)葬儀屋さんも何もないから帰っていいとは言ってましたが・・・誰もいないところに母を一人にするなんて可哀想じゃないですか。寂しいだろうし、一人にはしたくなかったので泊まる事にしました。旦那もね、すごく安らかな顔だって。お見舞いの時よりもいい顔だねって。本当に誰が見てもそういう顔でした。夜、ごはんを買いに行った時にお母さんの好きなお寿司を買いました。お寿司と焼きまんじゅうを供えてあげました。あといただいたカステラも。旦那とね、「朝起きたら焼きまんじゅうとかお寿司減ってるかな?」「減ってたらいいね」なんて言いながら、ずっとお話してました。アホな話ですが、ちょっとくらい生き返ったりしてもいいよね?みたいな。食いしん坊の母ならあり得る!なんて話してました。酷い話ですな。どんだけ食いしん坊やねん!て。母に怒られそうですね(笑)それから、母が何か言いたい事があったら夢に出て来るかも知れない!と思って寝ようと思ったんだけど、さっぱり眠れず・・・。ちなみに旦那は爆睡してました(笑)で、私は眠れないので夜中に何度も母の顔を見ました。亡くなった人の顔をそんなに何度も見るものではないのかも知れないけど。でもね、本当に良い顔だったんです。顔だって若返っちゃったし。シワもなければお肌も綺麗で。病気だったとは思えない。だから、母の顔を見ると天国に行けたんだな~って。最期にこんな顔で逝くことが出来て良かったと思いました。母は旧「母の日」に天国に行ったわけです。といっても、今は第二日曜日だけどね。随分と覚えやすい日に逝ってくれたなぁと。アホな私はね、きっと旧「母の日」に亡くなるなんて母に感謝しろってアピールだ!なんて思うわけです(笑)旦那には私らしいねと言われましたが。アホ!?死んでしまうのは悲しい事だけど。でも、死ぬのが怖いんじゃないと思いました。母の死からいろいろな事を学んだ気がします。生きてる間にはちゃんと言えなかったけど。産んでくれてありがとう。今まで育ててくれてありがとう。ちゃんと母に伝わりますように。
2006年05月10日
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さきほど11時14分に亡くなりました。最期の瞬間には間に合いませんでした。安らかな顔でした。これでゆっくり休めるでしょう。
2006年05月10日
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今日も午前中から母のお見舞いでした。最近は一日の半分を病院で過ごしています。さすがに疲れてきたようで眠くてしょうがないです。今もお風呂は入らずに今すぐ寝たいくらい眠いです。今日の母は意識はしっかりしてました。心電図も酸素レベルも落ち着いてました。が、ボケてるというか、何といったらいいのか分かりませんが、ずーっと何か喋ってました。喋るというよりわめく???時々大きい声で「あ~」とか叫んでました。この状態が午前中から夕方まで続きました。疲れないの?ってくらいずっとでした。さすがに夕方になったらちょっと疲れたのか、たまに眠りましたが。深い眠りなんですが長続きせず、また何かわめくといった感じでした。ほかの患者さんに迷惑じゃないかしらと心配でした。そのくらい、大きな声でした。違う意味で元気がある?問いにはたまにちゃんと応えてましたが、微妙でした。今日は話をするという感じではなくうわ言といった感じでした。このままでは眠れないかもということで夕方、鎮静剤を投与しました。前回は効かなかったそうですが、今回は投与直後からいびきかいて寝てました。今日は心電図も酸素レベルも安定していて痰も少なかったのでちょっと安心。何かわめいちゃうのは意識が朦朧としてるからなのかボケちゃってるからなのかは分からないけど。でも、容態としては安心出来たので今日は早めに帰りました。明日はまた親戚が3人来ます。親戚は群馬なので「焼きまんじゅう」をお願いしておきました。(焼きまんじゅうのコメント、嬉しかったです。ありがとうございます!)食べるのは無理だろうけど、体調が良ければ匂いが分かるかも知れないし。弟も会社が休みなので一緒に行ってくれるし、やっとゆっくり出来るかも。やっぱり一人だと疲れちゃうし気が滅入っちゃうので。それに払い込みとかも行かなきゃいけないし。旦那も仕事が終わったらこっちに来てくれる予定です。なので明日はごはんでも食べに行こうかと。最近は朝から晩まで病院にいるのでおにぎりと野菜ジュースとかなんです。そろそろちゃんとごはんらしいもの食べないとまずいなと思って。一日中、病院だとちゃんとした食事が取れないのが難点です。痙攣からもっと悪くなるかと思いきや、すこし快復?気力があるのか、やっぱり強いのか?すごいです。欲をいえば、ちゃんと受け答えが出来たり話が出来るといいんですけどね。今の状態では痛いとか苦しいとか全然分からないのが辛いです。伝える事が出来ないからこちらも分からなくて。一進一退ですが、悪いことばかりじゃない気がするこの頃。体は辛いけど、明日も頑張ります☆
2006年05月09日
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今日も午前中から母のお見舞いに行きました。昨日は話が出来なかったけど、今日は話が出来ました。久しぶりに親戚が来る事を伝え、私「いくつだっけ?」と聞くと母「○○歳か○○歳・・・」私「自分といくつ違うの?」母「3つ」私「じゃあ○○歳だね」母「そうだね」といった感じでかなりはっきり意識があるようでした。それからね、「○○(私)にはお世話になりました」って。ほかにも思い付く限りの名前を一生懸命言って、お世話になりましたって。途中、それはお世話になってないだろうっていうのもあったので突っ込んだところ「あぁ、そうか」と言うくらいでした。手と足も洗ってあげました。普通の人より敏感みたいでかなりぬるめでした。きっと気持ちいいはず!と信じてやりました。しかし、目はしっかり開いていても見えないようです。なので、話し掛ける事はたくさんしました。相変わらず痰は出るようで苦しそうでした。処置をすれば楽にはなるけど辛そうです。いい感じだわ~と思っていたのですが、午後に急変しました。息苦しいというので痰かなぁと思っていたら痙攣が始まって。たぶん10秒くらいの短い時間だったのだと思うのですが、初めて痙攣を見た私はすごい驚いてしまって。すごく怖くて。その10秒がものすごく長く感じました。このまま死んでしまうのかなと思いました。何とか治まったものの、心拍数も呼吸も不安定で。なんとか落ち着いた頃、親戚が来ました。痙攣した後で昏睡状態に近かったのでほとんど話は出来ませんでした。でも、諦めずに話し掛けてあげました。もしかしたら分かるかも知れないし。親戚は話し掛けたら疲れちゃうのではといって、遠慮してましたが。それでも、会えて良かったのではないでしょうか。そして、また夕方、軽い痙攣がありました。私がちょっと席を外して帰って来たら少し痙攣していて看護婦さんを呼んだのですが、すぐ治まりました。こんな状態だったのでもうダメかなと思ってましたが、夜にはまた少し復活して話が出来るようになりました。「水が飲みたい」「息が苦しい」って言えるまで快復しました。笑えるくらい驚いたのが、「焼きまんじゅうが食べたい」って言ったんです。母は群馬県出身で田舎に行くと「焼きまんじゅう」を食べてたんです。新しい食べ物より昔から食べ慣れてるものが好きな母なんですけどね。こんな状態で食べたいのが「焼きまんじゅう」かい!みたいな。だからね、「食べたいならもっと元気にならなきゃね」って言いました。そうしたら「そうだね」って。ちゃんと答えてました。で、意識がだいぶ復活したのか、看護士の○○さんにお礼を言っておいてくれって言われました。どうも母は看護士さんの事をとても感謝してるようなんです。なので看護士さんに電話を入れたら明日来てくれる事になりました。意識が戻ると必ず感謝の言葉を言う母。やっぱり無理してまわりに迷惑かけてたと思ってたんでしょうか。こういう時に感謝の言葉が出る事は素晴らしい事だと思います。夜は旦那が仕事帰りに来てくれました。たぶん現状にショック受けてたんじゃないかな。帰る途中に強いね~って言われましたし。こういう時は男よりやっぱり女の方がしっかり出来るのかな。今の状態では残された時間はきっとあまりありません。もしかしたら、今夜急変してしまうかも知れません。でも、それはそれでしょうがないかもと思えるようになりました。もちろん、最期にはちゃんと看取ってあげるのがベストですが。病院嫌いな母は限界まで家で過ごせたし、ごはんも食べられました。何せ、病院に連れて行く日の夕飯は刺身を食べて食後にはたい焼きまで食べていたくらいでした。トイレだって自分で行ってました。最期に望む事は苦しまないで逝ってくれたらいいなという事だけです。末期癌で全身に転移してる割には痛みがないのが救いです。今は苦しいというと痰が詰まって息苦しいというくらいです。出来れば痛い思いはしてほしくありません。どうせなら焼きまんじゅうを食べてる夢でも見ながらとか(笑)残り少ない時間。出来るだけ話かけて、やれる事をしたいと思います。結婚式は無理だけど、これからの人生を一緒に仲良く過ごせる旦那がいるというだけでも、きっと母は安心だと思うし。家には問題が山積みなのですが、ま、後の事は気にせずに。私が娘で良かったんじゃない?と大きく出てみる(笑)一日でも長く生きてくれた方が嬉しいけど、でも。もう充分頑張ったし。ゆっくり休んでもいいよ。なーんて、書いておいて明日にはまた気持ちが変わるかも知れませんが。実際にその時にならないと分かりませんけど。今の気持ちはこんな感じです。
2006年05月08日
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今日も午前中から母のお見舞いに行きました。午後になってから親戚が二人、お見舞いに来ました。手や足をお湯で洗ってあげたりしました。以前、入院した時も洗ってあげたら喜んでたそう。なので、洗ってあげようという事になりました。午前中は目を開ける事もなくずっと傾眠状態でしたが、気持ち良かったのか、嬉しかったのか、ちょっと顔つきがはっきりして問いにも頷くくらいにまでなりました。でも、目は開けてもちゃんと見えてなさそうでした。相変わらず痰がよく出るので苦しくなるみたいですがその都度、処置してもらえば呼吸は楽になるようで一安心。といっても状態は決してよくはありませんが。あとはね、顔剃りしてあげました。年寄りだからなのか?けっこうヒゲ(産毛?)が濃くて(笑)しかもズボラな母はあまり顔の手入れなんかもしてないのです。せっかく大人しく?してることだし、思いきって剃りました!うんうん。綺麗になった。満足です。親戚が帰ってから夕方。病室が移動になりました。ナースステーションに一番近いとこ。やはり容態はよくないみたいです。今日で入院してから6日になります。時間が過ぎるのがすごく早いです。明日はもっと良くなってますように。
2006年05月07日
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何となく寝付けず携帯から日記更新。本日ふたつめ。今、すごく風が強いです。心が騒ぐ感じで怖いです。胸騒ぎまではいかないけど、自分の心のようで。天気によって気持ちが左右されやすいのかな。ブログのお友達のお母様が亡くなった時。春なのにすごく寒くて雪が降ったり。すごくいい天気なのに雨が降ったり。そんな時、「涙だわ」って思うんです。変かな?この風。落ち着かないかな。すごく嫌だ。怖い(>_
2006年05月06日
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今日は午後から母のお見舞いに行きました。行く途中に病院から電話がかかってきたので嫌な予感。行ってみたら、また入院一日目の状態に逆戻りしていました。ほとんど寝ている状態で話も出来ず・・・。酸素吸入も鼻のみだったのがマスクに変わってました。医師曰く、いろいろと治療してるけれどあまり効果がないそうです。昨日の夜中に呼吸困難になってからこのような状態になったそうです。で、通常お小水1.5リットルくらいなのが3リットルくらい出てると。そうなると脳への転移が考えられるそうで。意識がはっきりしないのも脳の転移からかもという事でした。脳に転移してるとなるといつ急変するかも分からないので会わせたい人は今のうちにというお話がありました。一昨日はずいぶん話も出来て、少ないながらも食事も出来ていたのに。昨日は弟が行きましたが、話もちゃんとしてたそうです。夢うつつなのか「○○(よく行くレストラン)に行く?」とか。なので、またこんな急変ぶりに驚いてます。もっと良くなってるかと思ったのに。今日のような状態ではもう長くはないと思います。残念ですが。とりあえず母方の親戚には連絡しました。たぶん明日来ると思います。今すぐどうこうではないかも知れないけど、長くはなさそうです。話が出来るうち、理解出来るうちに会った方がいいのかも知れません。一応ね、話し掛ければちゃんと頷いたりは出来るんです。帰りも「明日また来るからね」って言ったら「うん」て言ってましたし。明日になったらまたちょっと元気になるかも知れないけど。でも、今までいっぱい頑張ったし、兄妹にも会いたいだろうし。元気だったら久しぶりに話をすればいいし。先のことは誰にも分からないけど。そろそろ覚悟しないといけないかも知れません。
2006年05月06日
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今日は朝から喉が痛くて熱もあったので一日ごろごろとのんびりしてました。おかげでおやつの時間頃には喉の痛みも落ち着いて何とかごはんも喉を通りました。熱はなかなか下がりませんでしたが、今頃になって下がったようで元気になりました☆これで、明日は母のお見舞いに行けるでしょう。
2006年05月05日
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5月4日は午後から病院に行きました。容態は昨日とさほど変わらない感じでした。話しかければちゃんと応えるけど。でも、どうやらボケが始まってるような。歳だからしょうがないってのもあるけど。とりあえず、今はなるべく話しかけないと。ところで関係ないんですけどね、看護婦さんがみんな可愛いんです。で、母は「看護婦さんがみんな美人で可愛いんだよ」とよく言ってます。今日の昼はかっこいい看護士さんが食事介助をしてくれたらしく、「色男ですね~」なんて言っていたらしく(笑)腫れた左腕を見られるのが恥ずかしいとか言ってたみたいです。恥ずかしいという感情があるうちは大丈夫!?なぜだか人を褒めたりはしてる様子。かっこいい看護士さん曰く、お昼はたくさん食べてたましたよと。ちょっと安心しました。今まで便秘気味だったのがこの日は随分、便通があったようです。これもいい方向に向かってるって事ですかね?しかし、病気って怖いもんです。入院させる当日までごはん食べて話をしてトイレに行けてたとは思えないです。ここまで人間て弱るものなのかと思うくらいの変わりようです。しかも、急激にボケてるようなところがまた怖いです。今の状態では退院出来るのかもまだ分かりません。しかも、どのくらい快復するのかも予想がつきません。自宅で酸素吸入とかしなきゃいけなくなるかも知れません。先の事を考えたらキリがありませんけどね。結婚式は仮予約の状態です。今の状態ではどうなるか分からないので。もう少しで仮予約の期限も来てしまいます。早く決めなきゃいけないんだけど。ところで、病院て当然病気の人がたくさんいるわけで・・・一日いたら喉が痛くなってしまいました( ̄□ ̄;)どうやら菌をもらってしまったようです。帰る頃には飲み込むのも困難なくらい。免疫力が落ちてたのかな~。なので、お見舞いは良くなってからにしようかな。もし移ったら大変だし。大人しくしておこう。
2006年05月05日
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5月3日。すごーくいい天気でしたね。午前中から病院に行きました。昨日より弱っていたらどうしようかと思いましたが、ちょっと回復してました。昨日は焦点も合わず、喋らず、ほとんど昏睡状態?に近かったのですが、今日は話しかければちゃんと話も出来るまでになりました。ただ、自分から話す事に関しては???という事が多かったのですが、それでも話が出来るだけでもいいと思うことにしましょう!気が抜けてボケちゃったのかなぁ。本当に何の話してるん?て感じです。でも、話しかければちゃんとそれに対して返事は出来るので理解はしてる様子。あとは、「ここ、どこ?」「病院?」「◯◯(よく行くレストラン)?」とか場所や時間が分からないようでした。一度はそうか、って言うんだけど忘れちゃうみたいで。でも、昨日の様子からするともう話も出来ないかもと思ってたのですごい進歩です。昨日の様子では食事はまだ出来ないかなぁと思ってたのですが、少しだけ出来ました。お昼はうどんだったんですが、さすがにうどんは無理だったんですが、ジョアを半分くらい飲んで、サラダも二口くらい食べられました。飲み込むのがかなり困難なようでしたが食べる気力はあるみたいです。その後は15時くらいにダメもとでデコポン食べる?って聞いたら食べるというので剥いたのですが、やっぱり飲み込めないみたいで一房の半分だけ食べました。夕食もダメかなぁと思ったのですが自分からごはん食べると言い出しました。お粥3口くらい?かぼちゃの煮物1口、残りのジョア全部。上出来じゃないですか!お昼よりも飲み込むのも上手くなってたし。正直なところ、昨日の弱りぶりからはここまで回復するとは思ってませんでした。やっぱり気丈というか、強いというか、すごいですね。肺の水を抜いて酸素吸入をした成果あって、調子のいい時は酸素100%まで戻りました。ちょっと動いたり何かするとやっぱり下がってしまいますが、安静時でも80%台だった事を考えればかなり改善されてると思います。母も楽になったと言ってましたし。ただ、「いつの間にか入院させられた」って言ってた・・・( ̄□ ̄;)ガーンやっぱり夜、疲れてたみたいで覚えてなかったみたい(半分寝てたしね)。それにしても、相当無理をしてたのではないでしょうか。肺の水、午前から見ていて19時くらまでの間に200mlたまってました。肺の中にこれだけの水がたまってたと思うと驚きです。といっても、最初に入院した時は両側の肺から2l近くの水が出ましたからね。もう、我慢しないようにって言ったのにこんなになるまで放っとくなんて。病院嫌いにも程があります(ー"ー ) とりあえず、目に見えるくらいの回復だったので良かったです。もしボケちゃったとしても70歳ですし、しょうがないでしょう。病状が落ち着けばまた戻るかも知れませんし。気長に待ちましょう。このままごはんが食べられるようになるともっといいんですけどね。ごはんが食べられない事にはやっぱり元気になりませんから。ちょっとずつ好物でも持って行ってみます。
2006年05月03日
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昨日・・・というか、今日?夜中に病院に行き、家に帰ると言い張る母を半ば強引に入院させました。昨日までは遅いペースながらも食事はしてたし、おやつも果物も食べてました。トイレも息が荒いものの、自分で行く事が出来ていました。苦しそうながらもよく喋っていました。が、今日、病院に行ったら昨日までが嘘のように弱っていて。酸素吸入のおかげでよく眠れるのか爆睡していて全く起きず。話し掛けてもほとんど応えず。やっと応えたと思ったら頷くだけで。声は聞けませんでした。痰が詰まってるのかな?でも昨日は家に帰るって散々話してたし・・・。入院して処置してもらって少しは元気になるかと思いきや、このままやばいんじゃないかと思うような様子でした。目の焦点も合ってない・・・いや、目を瞑ってたのか?どっちか分からない状況なくらいかなりやばめ。呼吸自体は85%から90%くらいまで回復したようですが。このままいくともう長くはないなって感じでした。午後、医師からお話がありました。骨への転移は思っていたよりも進んでました。右大腿骨だけだったのが胸骨、肋骨、せん骨、胸椎などなど。昨日、痰を出すために背中ガンガン叩いてましたけど!骨折しなくてよかった・・・。すでに全身に転移してることは分かってるので驚く事もなく。肺に水がたまってるのも予想通りでしたし。ただ、だいぶ弱ってるので水を抜いたからといって、以前のように回復するとは限らないとのこと。末期癌の場合、いつ急変するかも分からないので覚悟しておいて下さいと。(2002年の時点ですでに末期でしたが・・・)ていうかね、こんな状態でよく自宅で過ごせてましたねって言われました。この病状でごはんも食べられて自分で動けて・・・奇跡的?不思議だと。相当、頑張ってたんじゃないですか、と言われました。入院して気が抜けちゃったのかな。今日はほんとに一言も喋らなかったです。喋れないのかどうなのかはよく分かりません。容態自体はよくなっているはずなんですけどね。昨日までは一体何だったんだろう?ていう感じです。もしかして間一髪だったのかな?夕方、肺の水を抜く為の処置をしました。これで明日にはもうちょっと楽になってるでしょうか。明日ちゃんと意識があって喋られるといいんですが。昨日の今日でこんな状況になってしまってビックリです。本当はこの連休中にでも神社の予約をしようと思ってたんです。4月があまり体調良くなかったんで早く式を挙げた方がいいなと言ってたところでした。痰の処置と水を抜いたらすぐ帰って来るつもりだったのにこんな状況に・・・。結婚式・・・無理なのかな。悩むところです。
2006年05月02日
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先ほど病院から帰宅しました。何時頃だろう?22時くらいかな?チャイムで呼ばれていくと、痰が切れない。背中を叩いても水を飲んでも全然ダメで。看護士さんに電話をするもいい対処法はなく。結局、一時間くらい痰と格闘してたのではないでしょうか。その後も痰がどうにもならなくて看護士さんに家に来てもらって。話し合った結果、とりあえず病院に行く事にしたのですが母は拒否。でも、このままでは何も出来ないので半ば強引に病院へ行きました。ここ数日の様子からもちょっと自宅では厳しいかなとは思ってたんです。でも、今日の夜はあ~これはもう厳しいなと思ったので決断しました。酸素はこの前まで95%くらいだったのが今日は安静にしていても80%台。これでは当然苦しいはずなんですが、母は大丈夫です、帰りますの一点張り。レントゲンも撮りましたがやはり水がたまってるようでした。痰を出やすくするための吸入もしたのですが酸素量は変わらず。それでも、母は家に帰ると繰返して言う事を聞かず。いい加減疲れてたまに居眠りしてたのでそのまま病室へ。酸素吸入もしてもらったせいか、すぐ寝てしまいました。熱も高かったらしく、38.9度もあったそうで。かなり辛かったと思うのですが入院はイヤだと譲らず。何であんなに頑固なんでしょうね?医師も看護士さんも呆れてました。入院しましょうと言われても「考えておきます」だって。もうこの時点で午前1時半とかですよ?考えてる場合じゃないって。本当に困りました。疲れました。このまま帰っても私には対処出来ないし、苦しんでても何も出来ないわけで。だったら肺の水を抜いてまた元気になって戻って来たらいいわけなんですけど。やっぱり病院が大嫌いみたいで。このまま帰っても苦しくて死んじゃうよ?って言っても「死んでもいい」って。まだ死んじゃ困るんです。結婚式、したいですし。苦しいの我慢して死ぬなんてどうかと思うよ?まだ元気になってごはんだって美味しく食べられるのに。明日の朝、薬と着替えを持って行きます。あと何時間も寝れませんが・・・。それにしても、自分で言うのもなんですが・・・私って決断力ある!←自分で言うな?弟と父ならこうはきっといかないだろうな。てか、父寝てて起きなかったし。問題外。入院となるとまたいろいろ大変ですが、でもとりあえずは安心かな。明日もやることたくさんあるし、もう寝よう。
2006年05月01日
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