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ビルマの国境の荷物がタイ側に入ったとの事で知り合いの家に行くと忘れもしない小汚い段ボウル箱3つが無造作に置かれている。やっと着いたという安心感である。とにかく2階の部屋に箱を持って行きその日は引き上げて翌日日本へ送るため別のこうんぽうをする。雨がひどい、郵便局まで持ってゆくには無理があると判断して梱包が済んで引き上げ発送を明日にする。雨が降る。時間を見ながら買い付けを平行しているがとにかく今日は郵便局へ。3つの箱を2つに収めて出すと約5万円ほど送料がかかる。だが、時間がない関係上、この方法で日本の友達の会社に送る。後は、日本での受け取りであるが、当然破損も覚悟しなくてはならない。日本に帰って確認をすると1割ほど補修が必要な状況であった。国境での作業は、終わり翌日は昼は買い付けをして夜のバスでバンコクに向かうことにする。検問が2回あり無事終了するとそのまま、バンコクに向かうのであるが眠れない。相棒はぐっすりと寝ているがどうにもこうにも寝ることが出来ずバンコクに入る前ぐらいに寝ることが出来バンコクのバスターミナルにつくとそのままタクシーでホテルに入ることにする。朝早いので一眠りして、そのあと一仕事して翌日khiihokさんたちとカンチャナブリに行く。運転手つきの旅行で結構楽しかった。また、車がボルボなのでゴージャスなトリップに思えた。時間がたつのは、早いもので翌日の夜には空港に向かい翌日の0時50分の便で福岡空港に向かった。以外にも機内ではあまり眠れないのであるがこの度はゆっくりと眠ることが出来た。福岡に着き入国を済ませ下関に帰るためバスに乗る。ここでも下関のインターまで良く寝ていた。後は、歩いて事務所に向かいそのまま仕事に入るが、書類がたまり仕事がたまりで毎度の事ながらの忙殺状態の始まりでもあった。荷物も受け取り整理をして7月1日から始まる東京ドームでの準備に入る。28日の朝には宇部空港から東京に飛行機で向かうことになるが、荷物を発送して飛行機で東京に向かうのは初めてのことであるが結構楽チンなトリップであるように感じる。マイレージがたまった関係で今回飛行機で東京に向かうが今後もこの方法が可能であれば続けてみたいと考えている。だが、忙殺状態の日本のせいか、もうタイの買い付けが恋しいのである。 キツン マーク マーク。。。。。。。。
2004.06.27
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マンダレーにて仕事を終えてヤンゴンに帰えり予約しているホテルにはいる。エージェントに以前約束をしていた石の発送準備をするため彼の家に行き原石の発送準備をする。このとき大変めんどくさい手続きが待っているのだが資源省に向かいクリアランスのための手続きをするのである。当然、お小遣いを封筒につめて事をスムースにするのであるが大変それでも3日はかかるのである。お小遣いは資源省での石の評価額を少しでも低くするためでとにかくその手はずに動くのである。その間にヤンゴンに取り残した荷物をタイの国境まで運んでもらう手はずもとる。一度、積み替えをして国境に向かうとの事で途中までの価格は6000チャットである。ただ、そのあとが国境でのチェックがあるので運送料がぐっとアップする。ヤンゴンでの石の準備が出来ると、私は一度バンコクに戻り連絡を待つ。この時期は雨がひどくビルマでは、よく電話が通じなくなるのである。電話をすると途中がきれているのか国境の相手と連絡が取れないとエージェントが言っている。だが、大丈夫ということでとりあえず国境にバスに手向かう。朝8時のバスであるが値段が少し安いので不法にタイで働いているビルマ人もこの便に乗っている。TAKからメーソットへの道に入りメーソットの町に入る前にチェックポイントでバスが止まると、このときには8人のビルマ人が捕まり外に出される。罰金を取られ豚箱に数日入れられその後編み付きのトラックに載せられ国境またはビルマに追い出されるのである。ただ、これもいたちごっこで川を渡りまた同じことの繰り返しが続くのである。メーソットにつき連絡を待つがなしのつぶてである。連絡が取れず石を少し買い付けながら連絡を待つ。だが連絡が取れず一度バンコクに帰りそのままチャンタブリに行くのである。マーケットがありそこで必要な品を買い付ける。夜は、友達が集まり酒盛りがあり十分に酔っ払う。そして、買い付けを翌日もするのである。マーケット最後の日曜日はほとんどしらけムードの状況なのでえびの養殖場にみなで向かい網を仕掛け魚を取る。とにかく楽しかった。日曜日はやはりこうでなくてはならない。取った魚はかなりいてはらわたを裁いて油でフライにして食べた。うまい。やはり自分で取る魚は苦労したぶんおいしいのだろう。チャンタブリは3日しかいられなかったが本当に充実した滞在であった。買い付けも出来天晴れであったように思う。その後、バンコクに戻り翌日メーソットに向かうことにした。ヤンゴンのエージェントが国境との連絡が取れ荷物がタイ側にわたったとの事であった。8時の朝の便で向かうとチェックポイントでは今回は不法滞在ビルマ人は6人バスから降ろされていた。メーソットにつき翌日から荷物を整理して最後の発送を始めるのである。。。。。毎度の事ながらどうしてすんなりと行かないのだろ。。。。。ヌアイ マーク マーク
2004.06.22
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バンコクは暑い、とにかく今回は、予定がつめていて30日行程を予定しているがこの暑さは私をビール付けにする劣悪な状況なのである。とは、口ばかりでこの暑いタイで飲むビールは本当にうまい。とにかく量が行く、アルコールが入っているせいで当然酔っ払ってくる。これは私の性ではなくアルコールの責任である。今回の渡航もこのビールの魅力に惑わされそうであるが当然仕事もする私でもある。到着後にビルマのビザの申請をする。夜にはコーホックさんのところでお食事をして翌日は休暇のためパタヤへ向かう。のんびりとビーチでビールを飲み2か過ごすが途中、ドリアンが安売りをしていたのでたくさん買い付けビーチで食べたのであるが量が多すぎたおかげで遅く飲んだつもりのビールのアルコールで危うく死ぬところであった。とにかく苦しかった。量が多いばあいは1日おいてお酒を飲むようにしなくてはとこのとき十分に感じたのである。休暇を済ましビルマに渡航するが、いくつかの問題がある。まず、以前止まっていた私の荷物である。これは、ある運び屋さんに頼んで今回国境まで持ってゆけそうである。この準備をしてマンダレーにて買い付けをするが、思うように買い付けができずにいる。ほしいと思った品はどうしても落とすことができずどうでもいいものが落ちてしまう。数日かけて今回の買い付けはそれほどなく、質を重視した買い付けとなるがどうしてもほしい品が今回は買い付けることができないのである。また、サンプルでつくるヒスイの商品もカーバーが忙しく思うように進まず外注にだす。とうぜん、経費が上がる、すると目安となる金額が出てこない。商品の加工の方法も元受がわからずまた次回しなくてはならない。悪循環の繰り返しなのである。今は、知り合いの工房があるができればある程度の職人を持って加工ができるようにしたいと考えているのである。頭の中はいつもスペアーがない状況が続く。ヤンゴンに戻るときには何とか事が終わるが毎度のことながらなんでこんなことで時間が過ぎるのか理解できないことが多すぎる不思議の国ビルマなのである。でも、この国は好きなんだな、、、これが。。。。。
2004.06.05
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