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アユッタヤーの大学生はこんな方々です(※左から順に、名前、年齢、出身地<県名>を記しました)ナムフォン(21) アントーン ケワン(20) アユッタヤー ワン(19) ナコンナヨック ウート(20)アユッタヤー エック(20) アントーンノン(20) アユッタヤー ウム(20)アユッタヤー モン (19) アユッタヤー サーイ (20) アユッタヤー ファイ (19) アユッタヤー ペー (19) アントーンエーク(20) アユッタヤー ミム(19) ウタイターニモン (18) アユッタヤーワン (20) アントーンヌック(18)アユッタヤー ソム(18) アユッタヤー アユッタヤーは遺跡の町で観光客が多い。中でも日本人が多いように思う。日本人は遺跡好き、白人はビーチ好きという不思議な法則があるように感じます。今回アユッタヤーを訪れた理由はナムフォン(※写真一番上の女子)に会う為。 ナムフォンと知り合ってからはだいぶ経つ。 或る日、東京の実家にエアメールが来ていた。差出人の名に見覚えが無かった。「アントーン」と県名が記されていたので、もしかしてそこの生徒かな?と勘付いた。以前、学校の先生と知り合い、学校の見学に連れて行って貰った事があった。手紙を読んでみると矢張り、そこの生徒だと判った。全く面識の無い人からの手紙であった。「ポンサワン先生から住所をいただいて、お手紙を書きました。外国に興味があって外国人の方と友達になりたくて…」と云うような内容だったと思う。それから文通が続いた。途中、送ったはずのエアメールが届かないと云うハプニングが三度あった。一時期途切れてしまったがそれでも続いた。インターネットの時代に手紙というのも何となくオツなものだと感じた。 ポンサワン先生は実に気さくな方でした。あの“地獄寺”へ最初に連れて行ってくれたのがこの先生だった。この先生を紹介してくれたのは元教師のアユッタヤーのゲストハウスのおばさんだった。アユッタヤーに滞在した際泊まったゲストハウスだった。そこのおばさんがアントーンに住む元同僚の先生を紹介して呉れたのでした。タイではいつもこんな感じで、知り合った人の紹介から更に紹介。友達の輪を渡り歩いています。 アントーン県は外国人旅行者が皆無と云った感じの庶民的で素朴な町でした。そんな所に足を運ぶ事が出来たのは幸運でした。その後アントーンには度々足を運ぶ事となりました。 そして、ナムフォンとの初顔合わせの日となった。文通友達なんて初めてだったし、文通相手に会うのも無論初めて。妙なドキドキ感で初対面。嬉しいんだか面映いんだか…、何を話して良いのやら…お互いに気の利いた言葉が出ない。手紙の上では色んな事を対話して来たのだが…。沈黙を繕うように話し出すと、ナムフォンは実に明るく気さくでお喋り好きな性分だとわかった。その後、帰国してからも文通は続き、翌年もナムフォンに会いに行った。知り合った当時、ナムフォンは高校生だった。その後、大学の日本語学科に進学が決まったと云うエアメールが届いた。現在ナムフォンは大学生。アユッタヤーの大学に通っている。 あっ、やっとアユッタヤーに話が戻った。 ナムフォンとの待ち合わせの日。その日も当然の如く列車が遅れた。列車が遅れるのはいつもの事であるが…。ナムフォンは1時間近く駅のホームで待っていて呉れました。 翌日、ナムフォンの案内で大学へ。授業を見学させて貰いました。 ナムフォンの紹介で大学の友達、同級生、後輩の写真を撮らせて貰いました。タイの大学生は制服着用が原則。男子は白のワイシャツに黒のズボン、女子は白のブラウスに黒のスカート。実にシンプル。初めてタイへ行った1996年の印象はタイの女子大生はみ~んなロングスカート、ロングヘアーで日本人とは異なる新鮮さを感じましたが、最近ではだいぶミニが目立つようになりファッション性においてもタイ人と日本人との相違が縮まっていると実感します。でもタイテイストなものは健在です。ロングスカート、ロングヘアーも未だ健在。経済の発展と共に女性の髪とスカートが短くなるなんていいますが…。これも不思議な法則。 タイの大学生は実にピュアな感じがしました。ここの大学は圧倒的に女子生徒が多かった。タイ国の人口自体も女性の方が男性より多いそうです。
2006.04.30
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仏教国のタイでは四月の十三、十四、十五日と仏暦の新年。お正月の三箇日といったところでしょうか。ミャンマー、ラオスなどもこの時期は大型連休となります。この時期をタイでは「ソンクラーン」と言います。日本同様帰省ラッシュです。そして、この時期の最大のイベントと言えば矢張り“水かけ祭り”です。路上では水をかけ合います。正直言ってこの水かけ祭りあまり好きではありません。何故路上で?海や川で水遊びした方がいいんじゃないの?と思った事があります。かける方は楽しいけど、かけられる方はいい迷惑。旅行するにも荷物を持って迂闊に外を歩けない。確実に水を浴びてしまう。カメラなど濡れて壊れてしまったら堪ったもんじゃない…。友人(タイ人)は、「荷物はちゃんとビニールに包んで行けば大丈夫」だと言うが…う~面倒臭せぃ!色々考えた末、結論!この時期は何処へも出かけない!という事で、友人宅に泊めて貰う事にしました。其処はランパーン県のメータという町(村かな?)。バスターミナルからも駅からもかなり離れた所に家があるので其処へ行くまでが大変です。車で送ってくれた友人は割りと町の中心に住んでいるので同じ県内とはいえ、人里離れた田舎町に足を踏み入れる事は先ず無いので、道すがら何度も迷ってしまった。度々周辺の人々に道を尋ねて何とか辿り着きました。二年振りの訪問、そして再会。家族の方々他皆さん温かく迎えてくれました。既に親戚やご近所さんが大勢訪れていました。水かけ祭りは既に始まっていました。先ずは撮影。その後カメラをしまい、水かけに参戦と相成りました。友人宅前。友人と親戚達。皆さん昼間っから飲兵衛です。ここで水かけのターゲットを待ち構えます。ターゲット来ました!ケータイはしっかりビニールに包んでいます。用意周到です。バシャ~逃げてもバシャ~容赦なくバシャ~田舎ならでは、牛たちもバシャ~今年からこの町では夕食パーティーが開かれるようになりました。毎年恒例行事となる予定だそうです。夕方、学校の校庭にテーブルが並べられました。雨が降って来て、さあ大変となりましたが、幸い直ぐ止みました。夜は真っ暗。田舎なので気の利いた外灯は極少。闇鍋状態の夕食パーティーとなりました。これも水かけの儀式。着席している方々は地元の先生方。教え子たちが一人ずつ手の平に水を垂らし合掌をして行きます。翌朝。ご近所廻りとなりました。お年寄りを囲み合掌をします。友人宅にて。友人の両親、友人の息子と友人の義妹。お寺ではお坊さんの手の平や肩に水をかける儀式がありました。元々“水かけ”とはこういう神聖な儀式だったのでは…。水かけ合戦は翌日も続いた。これはもう戦いの領域です。気分はもう戦場カメラマン。撮影も必死です。水に濡れたらサヨウナラ。(一ノ瀬泰造?)カメラは何度か水を浴びてしまいましたが無事でした。友人宅にて。お寺に鐘を設置する為のお布施です。お札を一枚一枚飾って行きます。正に手作りですね。お寺へ。遠方から来た親戚、地元の人々他の協力があって、鐘を設置するに十分な額が集まったそうです。本道へと運ばれます。其処で集まった合計金額が弾き出されます。お布施の合計金額は7万8千バーツ。で、「鐘はいつ設置されるの?」と訊くと「来年」との答えであった。
2006.04.26
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2006.04.23
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2006.04.23
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2006.04.23
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2006.04.23
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タイは何処行っても犬が多い。 最近の日課はお寺に行って、犬に餌をやる事。 どのお寺に行くかはその日の気分次第。 何せタイにはお寺が多いですから。 犬と戯れる毎日。 一人ムツゴロウ王国。 寺には大抵犬がいる。非常に多い。 “寺犬”たちはいつも空腹である。 お寺のお零れでは満腹にならないようだ。 何せ犬の数が多い。 食事中は皆さん必死。 餌の奪い合いです。 普段冷静な犬も空腹の時は荒くれ者になります。 生きるために必死なんですね。 野良犬が寺にやって来てその儘住みついちゃったり、 寺に犬を捨てて行く人もいる。 お寺は大変です。 先日、寺へ行くと何と子犬が八匹も生まれていた。 これでは犬は増える一方。 ああ、今日も空腹の犬たちがよだれタラタラで餌を待っているのだろう。
2006.04.12
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タイは階級社会である。職業差別もある。社会制度の中に階級があるわけではないので表面上は平等な社会ということであるが、一般市民の目に階級意識があるように感じられる。その階級を大きく左右するのが学歴である。高い学位があればそれはもう鼻高々である。高学歴の人々は自ずとプライドが高くなる。大卒者がきつい肉体労働をしたりする事など先ずありえない話である。大卒の友人が失業していた時、何気なく「掃除のバイトでもしたら」と言ったら、友人は「知り合いに見られたら恥ずかしい」と言うのであった。友人は大卒でそれなりの学位もある。学歴の無い人がやる掃除の仕事は出来ないという姿勢であった。プライドが許さないと云う訳であった。その後友人は試験に通り見事公務員となった。失業の心配も無く、仕事も然程きつくない。高額な給料は望めないが、安定した地位のある職業だと友人は満足気に語っていた。 では学歴の無い者が居心地が悪いかというとそういう感じは丸で無いところが上手く出来ているように感じる。 ここはランパーン県庁。皆さん大卒の方ばかり。農林関係の公務員さんらしいですが、詳しい事はわかりません。書類中心の仕事のようで専らパソコンと向かい合い、出来上がった書類を纏めて行くという感じでした。 職場に着くと先ずは朝食。一人一二品のおかずを持ち寄るのでたくさんのおかずが並び、それを皆さんでつついて食べると云う仕組みになっている。毎日が立食パーティーといった具合に賑やかです。昼食も同様。一人一二品のおかずを買って来てテーブルに並べてそれを囲んで食べます。昼食は朝食より少し豪華なようです当然のようにおかずは余ってしまうので、それは矢張りタイ人。豪快に捨ててました。 日本の職場と大きくちがうのは、勤務中だというのに雑談が多いのとお菓子をつまんでいるという事。兎角、タイは寛容ですから。テレビはつけっぱなしだし音楽は流れっぱなしだしで…。勤務中という緊張感が丸で無かった。新聞を読む人、プライベートな電話をする人もいました。肩の力抜けすぎです。せわしく働く事もないのでしょう。中には真剣にパソコンと向かい合っている人も…と思ったらゲームしてました。まあ、こんな雰囲気なので、職場にお邪魔するという緊張感も直ぐに薄れました。最初、友人の「職場に遊びに来る?」との誘いに「仕事の邪魔になっては…」と遠慮しましたが、「だいじょうぶ、問題無いから」との事でお邪魔させて貰いましたが、正にその言葉通り全くだいじょうぶで問題無しでした。その後、何度か、お邪魔させて貰い、たくさんの方々を紹介して貰い、ご馳走していただいたり、休日には遊びに連れていって貰い、と大変世話になりました。 こちらはランパーンの名産でもある陶磁器の工場。友人に知り合いを紹介して貰い、工場見学となりました。こちらの方は便器を作っていました。実に手際の良い作業でした。工場で働く人達は然程学歴の無い人達である。大卒者は先ずいないでしょう。 工場はデスクワークに比べるとかなりきつい仕事のように感じられました。それでも、日本のようにせわしく働く様子はありませんでした。度々の休憩、お菓子をつまんだり、雑談に花を咲かせるところは矢張りタイだと羨ましくも思いました。 昼食は床にゴザを敷いての弁当となりました。ご飯やらおかずを持ち寄るスタイルは同じでした。 この二つの職場から階級の差を感じずにはいられませんでした。
2006.04.11
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数年前、日本人旅行者から「バンコクのデパートにパタデパートというのがあって、屋上に動物園があるんですよ。そこには虎がいたり熊がいたり…」と聞いて、別段驚きもせず、「へぇ~、屋上に動物園か…」と軽く聞き流しそうになったが、「ちょっと待った!…って事は屋上まで動物を運んだって事?虎などの猛獣を…?」と疑問と興味を抱いた事がありました。屋上に動物を運ぶさまを想像しました。猛獣などは麻酔で眠らせて運んだのだろうか?屋上まで動物を運ぶなんて随分と手間のかかる作業だ…其処に運ばれた動物達は生涯屋上で暮らさなくてはならない定めとなる…などと色々と想像したものでした。あれから四、五年の月日が過ぎ、眼中からすっかりその興味が薄れていた先日…ノンタブリーに行って来ました。ノンタブリーからバンコク市内をバスで移動中、期せずしてバスがその屋上に動物園があるというパタデパートの前を通ったのでした。これは行ってみるしかないと急遽、目的地を変更してデパートへ。そこは何の変哲も無いデパートでした。動物園は6階にありました。入り口には「ADULT 200B」その横にタイ文字で「大人六十バーツ」と書かれていました。忌々しき外国人料金。私はまたしても伊東家では教えてくれない裏ワザを使いまして六十バーツで入場。階段を上がると、ガラスケースが並びそこにはヘビを中心に大トカゲやイグアナ、コウモリ、魚等の姿が…。矢張りこの程度か、と思いつつ歩き、さらに階段を登った。そこには山羊、フラミンゴ、虎、猿、熊、オランウータン、ペンギン等々。日本と大きく違うのは、「餌を与えて下さい」が基本なのでした。お菓子や果物を動物に与えている客の姿が目立った。餌を持参していなくても、園内には餌売り場がいくつかあって、客はそれを買って動物たちに餌を与えるという仕組みになっていました。さすがに獰猛な虎の檻には危険なので「餌を与えないで下さい」との表示が。それ以外は概ね「餌を与えて下さい」なのでした。ありふれた動物園である。屋上に動物園を作ると云う発想を除けば…。屋上に動物を運ばねばならいという手間など考えなかったのかだろうか。「屋上に動物園」そんな触れ込みが一切無かった。で、何で屋上に動物園を作ったのかな?
2006.04.11
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タイは現在、夏休みとあって、ネットカフェは中高生と思しきお子様たちで賑わっていた。お子様たちの目的は専らゲーム。タイのネットカフェはゲーム好きのお子ちゃまたちで成り立っているといっても過言ではないくらい、ゲームをしているがきんちょが多い。日本のようなゲームセンターが無いと云う事と、デパートなどのゲームはやや割高と云う事もあって、一時間十五バーツ(約四十五円)のネットカフェは庶民的な料金設定なので、皆、其処に集まるのだろう。冷房も効いているので、炎天下の日中は実に心地が良い。ただ、お子様たちがうるさ過ぎる。ゲームで大はしゃぎのようです。日本では「迷惑」という事になりますが、タイではそんな事にいちいち目くじら立てないようです。実に寛容です。ネットカフェは日本のような仕切りなど丸で無いので、隣の人のが丸見えです。私が日本語入力していると物珍しげに覗いて来る人もいます。プライバシーの壁の薄さを感じます。そんな説明より本題に入りましょう。 …事件ですよ。ネットカフェで事件が起きました。ブログ更新しようとブログ記事を作成していると、店内に四五人の中年男性が入って来た。お子様だらけのこの店に何故に中年男性が?と不思議に思いましたが、直ぐに察しました。この方々は刑事さんたちでした。「ちょっと取調べをしているのだが…」などと店員に話しているのが聞こえてきたが、構わず、入力を続けていた。すると、刑事が「皆、ちょっと止めて外へ出なさい」と言うのでありました。お子様たちは何の不満の面持ちも見せず皆、外へ出た。皆さん警察の言う事をあっさり聞き入れるのですね。私は不貞腐れつつも最後の最後まで粘りましたが、「申し訳ないが、外へ出ていただけませんか」といった具合に丁重に言って来たので仕方なく外へ出ました。ワイセツ画像の取り調べが始まったのでした。出るは出るは、20台ほどのパソコンのうち10台ほどの中からワイセツ画像やエロゲーなどが出て来て、店長はポリスステーションへ連行されて行きました。店は即刻営業停止となり、パソコンはすべて没収。警察のトラックに積まれて持って行かれました。酷い話である。平素、取り調べなどしていないくせに突然の取り調べとは…。店側は好んでエロ画像を客に提供しているとは思えないのですが…、客が好んでエロ画像などをダウンロードして帰っていると思われますが…、それでも矢張り店側の責任と云う事になるのでしょう。タイでは日本のようなアダルトビデオはたとえ成人であっても違法であり、ヌードグラビアなどの販売も違法。そんなお国柄ですが、厳しく取り締まる様子はないので、違法なエロ画像などが容易に販売、入手されているのが現状であります。もし、警察が躍起になってタイ全土のネットカフェを取り調べをしたら殆どの店が営業停止処分となるでしょうね。そんな事があって本日の予定が狂ってしまった。其処のネットカフェから追い出されたのが午後2時。友人との待ち合わせ時間は夕方5時だった。其処から歩いて行ける場所は本屋くらいしかなかった。ここで3時間を潰し、友人を待ちました。更新は別のネットカフェでする事になってしまいました。
2006.04.10
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う~~、痛そうですね…血が出てますよ…。でも、何か楽しそう…。 えっ?最後は記念撮影と相成りました…。この寺、平日は殆ど人が来ないんです。定期的なバスは出ていないし、タクシーなどは丸で無しの町なので、自力で行くのは難しい場所です。B級感たっぷりで、観光客ウケすると思うのですが、何せ観光客など丸で無しの田舎町ですから…。私は運良く知り合いのタイ人に連れて行って貰い、行く事が出来ました。実はこの“地獄”のすぐ横に“天国”があるんです。でも、天国はあまりにフツー過ぎて写真すら撮りませんでした。
2006.04.02
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~猿が集まるプラ・プラーン・サム・ヨート 《Phra Prang Sam Yot》前の通り~ バイク三人乗りノーヘルはタイでも違法。二人乗りでも着ヘルならOKだそうです。でも、警察は厳しく取り締まっていないので先ず捕まる事はないでしょう。…なんて思って、以前、ランパーンを旅行中、友人のバイクを借りてノーヘルで走っていると、ピィー!とポリスに笛を鳴らされ、罰金200バーツとなりました。バイクも警察署まで持って行かれてしまい、取りに行くハメとなりました。…無免許なんですけど…。無免許運転の罰金は何故か取られませんでした。ポリスに止められた時、後ろに乗っていた友人(タイ人)が、慌てて警察に免許を差し出し無免許運転の罰金はセーフ。運転していたのは無免許の私なんですけどね…。タイで何度もバイクに乗ったが、ノーヘル運転をしたのはこの時が初めて。たった1度の過ちが…。何だか教訓めいている…。そして、先月。今度はしっかりヘルメット着用。警察の前もスイスイだぜぃと思いきや、ピィー!と来たもんだ。「免許証」とポリスが云うので後部席の友人が、前回同様免許を出すと、ポリスマンは私に向かって「免許」と手を差し出すのでした。いよいよマズイぞと、思いつつもヤケクソのダメもとで日本の免許証を差し出すと「これ本当に免許?身分証明証じゃないのか?」と言うので、「身分証明証ならこれです」とパスポートを差し出しました。すると、ポリスは半信半疑ながらも、罰金なしで通してくれたのでした。タイのポリスは気まぐれで取り締まるので質が悪い。町中の大半がノーヘルでっせ。ノーヘルを泳がしといて或る日突然、取締り強化と来たもんだ。ポリスマン達ボロ儲けです。あの金でうまい酒でも飲んでいるんでしょうか、と皮肉を言いたくなるもんです。 話をロッブリーに戻します。ロッブリーの“猿遺跡”ことプラ・プラーン・サム・ヨートの入場料はタイ人が10バーツ。外国人は30バーツ。私は10バーツで入りましたけどね。伊東家では紹介してくれないタイプの裏ワザを使いましてねっ。 バイク三人乗りのこの男性は羨ましいですねぇ。一度でいいからこんな状態でバイク運転してみたいなぁ。恐らくこの男性は、ナウなヤングの言葉でいうところの“アッシー君”ですかね。いや、それとも三兄妹の兄ですかねぇ。まあ、どうでもいいですけどねっ。 ロッブリーの風景をお楽しみ下さい 四方八方、猿、猿、猿…でした。
2006.04.01
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