2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全4件 (4件中 1-4件目)
1

チェンマイのホテルで日本人男性が自殺…日本人男性自殺が報じられた11月29日付の地方新聞・チェンマイ・ニュース《CHIANG MAI NEWS》 ※新聞には実名や素顔、生々しい首吊り死体写真までもボカシ無しで掲載されてましたが、ここでは自粛と云う事で、顔や実名は隠しました。たまたま入ったチェンマイのセブンイレブンでこの新聞を見て吃驚。そこでこのニュースを知りました。新聞の一面には首を吊って死んでいる日本人男性の写真。その横にパスポート写真と思しき顔写真がボカシ一切無しで掲載され、本名も自殺したホテル名も、ルームナンバーまでも包み隠さず、載っていました。記事には日本語の遺書が載っていました。 父親と話すのが嫌な理由。 あなたは最後まで分かってくれませんでしたね。 あなたはいつだって表面的なやさしさだけでしか接してくれなかった。 そして引導を渡した。とても無念です。 ×××(←本名) 以上が新聞に掲載されていた遺書の全文です。これが遺書の全文なのか抜粋なのかは定かではありません。見出しには、 ×××さん(男性)29歳の日本人旅行者がチェンマイ・△△△ホテル のバスルームのシャワーに紐を括り付け、首を吊って死んでいた。 父親が、タイの滞在費を送金してくれなかった事が原因。と書かれていた。え?父親がお金を送ってくれない…?遺書からは全くそんな理由が読み取れない…で、この記事の続きは?続きは何ページとか書いていない…この新聞読みづらい…。タイの新聞は概ねそうだ。一面に話題性の高い記事を詰め込み、記事の続きは後のページへとなる。で、記事の続きは…?と探して、2ページ目の真ん中ら辺に見つかりました。以下は新聞記事を要約しました。 日本人首吊り 2006年11月27日、14時。 ホテル△△△の419号室で、首を吊って死んでいるのが発見された。 鏡台には遺書が残されていた。 ×××さんは2006年4月22日からこのホテルの419号室に滞在していた。 毎朝、彼はロビーにその日の宿泊費を払っていた。 死体が発見された時は、部屋の内側の鍵はかかっておらず、エアコン や電気もつけたままだった。 従業員が清掃の為、部屋の鍵を開けて入ると、開け放された扉のバス ルームには首を吊った男性の姿があった。 自殺の理由は父親の不理解、父親が送金してくれなかったことや、他 に、家族との間に何か問題 があったものと思われる。 そして、彼は酒を口にし、首吊り自殺へと至った。気がかりなのは、「父親が送金してくれなかった」と云うくだり。送金してくれなかったと云う内容はここに載っていた遺書には全く以って記されていない内容だった。まあ、原因は父親とのいざこざと云う事なのでしょうが、何故、わざわざタイに来て自殺なのでしょうか。7ヶ月もの間、同じ部屋にずっと滞在していて、彼は何を考えていたのだろう。色々な事を考えた事と思いますが…その結末が首吊り自殺…。色んな憶測をしてしまいます。彼は一体タイに何をしに来たのか?29歳の男性が父親に「あなたは最後まで分かってくれませんでしたね。」と云う問いかけには、一体どんな意味が込められていたのだろうか?余程、父親に愛されたくて仕方が無かったのでしょうか?憶測だけで真相は何も解かりません。何とも気がかりなニュースでした。タイに着いて早々のショッキングなニュースでした。このニュースは日本では取り上げられていないのでしょうか?いじめで自殺はニュースになっても、父親との確執で自殺はニュースにならないのでしょうか?※ この事件が掲載されていた新聞《チェンマイ・ニュース》には、自殺者の本名、ホテルの名前など実名で載せられていましたが、ここでは実名部分を○○や××や△△△で隠す事にしました。タイの新聞は犯罪者や被害者の本名や顔写真、住所、時には電話番号まで載せている事があります。血まみれの死体写真もそのまま載っていたりします。タイでは日本のように家庭に新聞を宅配すると云うのが一般的ではありません。街中にキオスクのように新聞が並んでいる店が数軒あるので、そこで買うのが一般的ですが、毎日欠かさす新聞を購入している人は少ないと思います。職場やお店、公共施設などに新聞が置かれている事が多いので、何かのついでに読むという人が多いようです。食堂には大抵新聞が置いてあるので、そこでは多く読まれている気がします。でも、新聞の一面に血まみれの写真などが載っていたりしますが…、食事時にOKなのでしょうか?タイの新聞には、日付以外全て誤報と云われる「東京スポーツ」さながら、或いはそれを上回るのではと思われる凄い新聞が多いと、タイに詳しい日本人の間では専らの噂です。タイの新聞にちょいと注目してみたいところです。この「日本人旅行者自殺」の事件、もしもあの日、チェンマイに行かなければ…、セブンイレブンに入りさえしなければ、そして、新聞コーナーに足を運びさえしなければ…、知らずに済んだ事件だったかも知れません。
2006.11.30
コメント(21)

愈々、明日、タイへ飛びます。 ▲ 《2005年11月25日撮影》 明日11月24日のフライトではこんな青空は期待できない事でしょう。旅にトラブルは付き物と云いますが…今回は、出発前に突然のハプニングが…。「11月の終わり頃に、バンコクへ飛ぼう」と決心した10月の或る日の事だった。ビンボー旅人にとって衝撃的なニュースが飛び込んで来たのだった。「11月17日をもってビーマンバングラデシュ航空が成田⇔バンコクの運行を一時休止」ビーマンがバンコクに飛ばない!バンコクで購入した《成田→バンコク》のオープンチケットは一体どうなってしまうのだ!?と焦った。ビーマンバングラデシュ航空のオフィスに電話したが、長~い間、話し中!問い合わせが殺到していると見えた。何度もかけ直し、何とか繋がった。代りに全日空の便を用意してくれるとの回答だった。最安値のビーマンのチケットで最高値クラスの全日空の便に乗れてしまう。これは幸運だ!と思ったが、今後、格安のビーマンがバンコクへ飛ばないとなると、ビンボー旅行者にとって打撃が大きい。航空運賃が一斉に、然も、大幅に値上げする中、ビーマンだけは、値上げの度合いが極小だった。機内サービスで毎度温いコーラが出てくるのはビーマンだけであろう。(冷蔵庫に入らないのかな?ビールは冷えてたけど)旅は豪華に!と云う人には無縁の格安飛行機ビーマンだけれども、節倹して旅する身にとっては、寂しい限りの出来事です。一時休止と云うがそれは何とも微妙な表現で、ビーマンバングラデシュ航空の発表によると「3月30日以降の夏期間については、未定ながら再開を予定」と云う事であります。これ又微妙です。ビーマン、成田⇔バンコクの復活を願うばかりです。まあ、そんなこんなで…無事、全日空のバンコク行きのチケットを手にしました。 全日空 NH953 (成田→バンコク)10:50→16:05初の全日空。空港第一ビルからのフライト。これも初。そして、タイ・バンコクの新空港スワンナプーム空港で降りるのも初めてとなります。何度も訪れたコースなのに「初めて」が連発。あとは、無事飛行機に乗れば何とかタイに着ける事でしょう。飛行機が遅れない事を願うばかりです。以前、エアインディア《成田→バンコク》の便が8時間遅れるというハプニングがありました。それは、2002年1月27日のことだった。遅れた代償としてか、乗客全員に1500円分の食事券と成田空港近くのホテルの一部屋ずつ与えられた。空港から送迎バスが出てホテルの部屋で8時間待ちとなった事があった。 ▲ 《2002年1月27日撮影》 8時間待ちとなったホテルの部屋から。 虹が綺麗に出ていたが写真には殆ど写っていない(-_-;) 乗客全員分の空き部屋があると云う事は相当の部屋数。 飛行機が遅れた事でホテルの従業員も大忙しとなったことでしょう。 それとも、こんな事は日常茶飯事の慣れっこなのでしょうか?旅先では何かとハプニングが待っている。これから何が起こるのか、期待と不安で満たされてしまう。タイに行く楽しみはいろいろとあります。タイの友人との再会も楽しみでありますが、最大の楽しみは犬と再会出来る事です。バンコクに到着したら直ぐに、その犬たちがいるランパーン県を目指します。バンコクからランパーンまでバスで9時間程かかってしまう…ちょっと遠い。 ▲ ランパーン県庁にいる犬 定期的に餌をやる人はいるが、特定の飼い主はいないらしい 全く吠えない大人しい犬なので番犬の役割は一切していません。
2006.11.23
コメント(15)

「タイの人形って何だかグロテスク~!?」と思って、人形の写真を撮り始めたのですが よ~く見ると、そんなにグロテスクじゃない? と思ったけど、やっぱり、グロテスク!? 安い人形ほどグロいこれはかわいいのかな? 今までいろんな写真を撮って来たけど人形を意識して撮ったのは初めてだった人形の撮影は難しい写真好きの私は、撮り出したらもう、どうにも止まらない 試行錯誤 以前、ネパールを旅行中、写真ばかり撮っているから、地元の人から「フォト」という渾名を付けられた事があった 今回は人知れず撮影人形撮ってるところ見られるのはバツが悪い変な渾名付けられたら嫌だし… でも、何人かに見られた写真を撮る為に人形を買うなんて何してるんだろ?と我に返る事、数回… 一体10バーツから30バーツくらいの安物を駄菓子屋で買い漁った俗に云う、大人買い店で人形を買っても、不思議と怪しまれないタイ人の優しさか?というより、売れ残りの人形がどんどん売れて行くので、店のおばさんは、万々歳と云う面持ちだった安物の人形はどれもMADE IN CHINA かなり粗雑な作りだったさて、この人形をどうすべきか?と考えた日本に持って帰る気は無かった「この人形、誰か親戚の子供にでも、あげてくれないかな?」と友人(タイ人)に相談した生憎、友人には人形で遊ぶ年頃の親戚はいなかった「貧乏な子供たちのいる施設に寄付したら?」と友人の提案何故に、貧乏な子供?そう、金持ちのおこちゃまは安物の人形じゃ喜ばないせめてバービー人形クラスのものでなくては…複雑な思いに駆られながらも、人形を友人に託した今頃、この人形が誰かの手に渡っているのだろうか?人形はどれもこれも中国製バービー人形の贋物も中国製だった「タイ製の人形(トゥカター)は?」と訊くと友人が“トゥカター”の店へ案内してくれたそこは、縫い包み(トゥカター)の専門店だったタイでは縫い包みが人気だったその店の縫い包みはどれもMADE IN THAILAND だった縫い包みの写真をコレクションする気にはなれなかった 友人宅に飾ってあった人形を見るとタイ製だったこれが唯一見たタイ製の人形だった
2006.11.17
コメント(15)

国境の町「メーソート」の話。「メーソート」はターク県の在にある町で、ミャンマーのミャワディーと云う町と隣接している。「メーソート」の町にはミャンマー人の姿が目立つ。モスクがあってイスラム教徒が密集する通りがあったり、カレン族の姿があったり、中華系の料理屋や商店があったりで様々な民族文化が渾然一体とした町である。「メーソート」の市場の奥へ入って行くと、そこはもうミャンマーだった。実際はタイなのだが、その一角は商人も客も皆ミャンマー人。ミャンマー語が飛び交っていた。▲ 市場にいたミャンマー人の子供たち 市場にはミャンマー料理の屋台があった。ミャンマーカレー“ヒン”とミャンマーの麺料理“モヒンガー”が並んでいた。店員も客も皆ミャンマー人ばかり。タイなのに其処の一角にはタイ人の姿が丸で無かった。ヒンは十五バーツ(当時のレートで約42円)モヒンガー5バーツ(約14円)という何とも良心的な値段だった。店番の女性に片言のミャンマー語で話しかけると、「ミャンマー語解るの?」とタイ語で返しが来た。店の女性はタイ語もミャンマー語も話せた。その女性の名は「ミェィミェィテェィ」ミャンマーの麺料理「モヒンガー」も滑稽な響きだがミャンマー人の名前も滑稽だ。ミャンマー人には苗字が無いと言うからさらに滑稽だ。母親はミャンマー人で父親がタイ人だと言う。彼女はタイとミャンマーのハーフだった。国籍はタイなのだが、日常の会話は専らミャンマー語だと言う。▲ モヒンガー(ミャンマーの麺料理)をよそうミェィミェィテェィ 「“ミェィミェィテェィ”ってどんなスペル?」と尋ねると、彼女は紙に書いてくれた。その紙にはミャンマー語の文字で書かれていた。「タイ語だとどういうふうに書くの?」と訊くと、彼女はタイ語が書けないというのだった。ミェィミェィテェィは二十三歳だった。名前も年齢も尋ねた訳ではないが、彼女は自ら話してくれた。▲ 調理担当のミェィミェィテェィのおばさん ▲ ミャンマーカレーとミェィミェィテェィ ▲ ミェィミェィテェィの従姉妹。ミャンマーのおこちゃまは人形みたいでかわいい ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆メーソートでは「かめゲストハウス」を常宿にしている。或る日、オーナーのレヌーさんが「日本に興味があるスーンちゃんという二十三歳の子がいるんだけど、紹介するね。すごくかわいい娘だから。すごくいい娘だよ」と言ってスーンという娘を紹介してくれた。▲ タイ・メーソートの若者たち 左から二番目がスーン。中華系のタイ人。レヌーさんが「かわいいでしょ?」と訊くので「ええ、まあ、カワイイですね~(-_-;)」と答えておいた。スーンは気立てが良く気さくでとてもやさしかった。度々食事に連れて行ってくれて奢ってまでくれた。スーンは周りの友人達から「ダンプ松本」と呼ばれていた。タイでは日本の女子プロレスのVCDが売られているので、それを観て、ダンプ松本を知っているという。余談ですが、タイで最も知名度が高い日本の芸能人と云えば…「キョウコ・フカダ」なのであった。何故かタイの美容室には深田恭子のポスターが貼られている店ばかりが目立つ。美容室には深田恭子のポスターを貼らなくてはいけない決まりでもあるの?と疑問に思ってしまう程である。そのポスターは間違いなく著作権無視のコピー商品。きっと、そのコピー業者の誰かしらが、猛烈に深田恭子を気に入った結果、大量に深田恭子のポスターを刷り込み、大量に売り出されたのだろうと勝手な憶測をした。 ▲ タイで超有名人“キョウコ・フカダ” 話をメーソートに戻そう。▲ 乗り合いバス“ソンテウ”乗り場。ジャイアンツカラー!? 市場から車で五分程走ればミャンマーとの国境。タイ国側にはミャンマー人の姿が頗る多いのに対し、ミャンマー国側にはタイ人の姿は皆無と云って良いほど居なかった。タイとミャンマーの格差、力関係が明確だった。経済的に乏しい国の人が経済的に裕福な国に出稼ぎに行くと云うそんな感懐がそこにあった。タイ側ではミャンマー人が安く雇われていると云うのが、外国人の私から見ても判然と解った。▲ 炎天下ではかなりの重労働 ▲ メーソートのお寺。タイのお坊さんの袈裟もジャイアンツカラー!? ▲ ミャンマーのお坊さんはタイより少し地味な色の袈裟(ミャンマー・シャン州で撮影) ▲ タイ・メーソートのおこちゃま
2006.11.10
コメント(13)
全4件 (4件中 1-4件目)
1
![]()

