2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全31件 (31件中 1-31件目)
1
カサブランカは、映画のタイトルではなく大きな百合のことです。このあいだ、気分転換のつもりでドコドコ入札した衣料品は、やっぱり最終的には結構な値段がついて、何も落とすことが出来なかったのですが、そのあとに入れた青いパンプスは、色が特殊だったせいか、100円で落とすことが出来ました。100円なので履いた感じがあるものかと思っていましたが、届いたものを見るとピカピカ。こんなことでもとてもラッキーな気分になれるんですよね。革靴は、かかとの所に靴を作るさいに必ずできる小さい針の穴があるのですが、知らない人は、あとから何かの拍子に開けたものなのかと思うらしく、穴が開いているとの書き込みがあったため、入札が控えられたのかもしれません。でも、この靴に合わせて何を着ようと思うだけでも、いい感じです。カサブランカは、普通に買うと結構高い花なのですが、ちょっと、知り合いにお礼をしたいことがあって、探したら、インターネットの花屋さんでまとめて安く買うことが出来ました。自分より年齢が高く、食べ物では好みが分からなかったり、品物はもう捨てたいくらいたくさんあるというような方の場合は、「おお」と思われるくらいのお花を差し上げることにしています。相手のお宅に持参するつもりだったので、私の家に送ってもらったのですが、花束ではなく、簡単な水揚げだけした、蕾のたくさんついた段ボール入りのものだったので、、形のいいものを選んで花束を作り、残りはうちの玄関に飾ってあります。玄関に、カサブランカの香りがして、これまたいい感じです。4月にはいって、新しい上司になり、また厳しい職場になりそうですが、迷いながらも、もう少しがんばろうと思います。
2003年03月31日
コメント(1)
長男の中学の野球部の顧問(監督)の先生が、転出されることになり、急遽、現2年生(新3年生)との、お別れ試合が開催されることになりました。自由参加と言う事で、すでに野球を続けるつもりのない子たち何人かは、欠席でしたが、それでも何とか試合ができるだけの頭数がそろい対戦となりました。私は特に応援には行く予定ではなかったのですが、転出される先生に花束を贈ることになり、その係りを頼まれ見に行くことになりました。8月に部活動を止めてから、高校に入るまで、そのつもりをして練習をしてきた子と、そうでない子の動きは素人目にもはっきり分かるもので、それ以上に本気で試合をしている子と、楽しんでいる子との違いがはっきりしているので、下級生に勝ったとはいえ、なんとも真剣さに欠ける試合になってしまい、父兄からはブーイングが出てしまいました。長男も、この間からのジム通いで、無理をしたのでしょうか、左手のひじの調子が悪く、グローブを持つ手なのでかばったのでしょうか、センター前のフライに飛びつかなかったと、その場でしっかりやじられる始末。その後の飲み会でもしっかり言われてしまいました。これがなければ、もっと楽しい飲み会で、レギュラーの子の親もそうでない子の親も、また子どものうまい下手に関わらず、同じ、野球を愛する子どもを応援する親として、前向きな話ができるのになぁ、といつも思っているのですが、熱心な親は、いつも、どんな時でも熱心なので、だんだん飲み会に出る親が減ってしまうんですよね。事実、けじめとして最後の飲み会には参加したいけど、レギュラーや主力のこの親が中心で、きちんと全員に声かけがされてないことを苦にして、欠席した人もいたんです。何か難しいですよね。私は、自宅から会場までの約2キロの道のりが遠くて、お酒を諦めて車にしました。だからカラオケも今ひとつ気分が乗らなくて聞き手専門。やっぱお酒が入らないと気持ちが乗ってこないのかなぁ、と思いました。とはいえ、以前に日記に書いた、ちょっと幹事としては、金銭感覚に問題があると思われる人とも、今日でお別れ。高校でも野球を続けるので、これからも接する機会はあるでしょうが、みんなと会えなくなる寂しさより、なんだかホッとした気持ちの方が大きいです。私自身、高校の部活の時など、親になにかしてもらった記憶などないのですが、今度は野球部だし、どうでしょうやっぱり親の出る幕がたくさんあるんじゃないのかなぁ。面倒そうだけど、楽しみでもあります。
2003年03月30日
コメント(1)
ずっときちんと日記を書いているはずだった。日記記入率100パーセントなのに、開設した日からの日数と日記の数か合わないのはおかしい。しばらく不思議に思いながら、忙しさにかまけて今日はもう10月18日。すみません。もう一度きちんとの日記を書きます。
2003年03月29日
コメント(0)
ついこの間桜が咲き始めたと書いたばかりなのに、もうしっかり、トンネルができるほどに咲いています。この土手は、通勤に使う道なので、毎朝通っているのですが、あっという間に咲いてしまいました。明日は、桜祭り。本当は休みたいのですが、作らなければいけない書類がたくさんあって、出勤です。残念ながら、この土手は自動車通行止めになってしまい、近隣の細い路地も無理やり駐車した車で、とても通りづらくなってしまうのですが、本来は休日、お花見の歩行者に譲ることにしましょう。こちらでお花見といえば、桜の下でシートを敷いて宴会をすること。夜だって、ライトアップされるし、ちっとも寒くはないのですが、主人の任地はこの時期まだまだ外は寒く、赴任した最初の年に、外での花見の話をしたら、驚かれたそうです。もっとも、うちの会社の花見の方がもっとびっくりしてしまいますよね(ため息)。だって、忘年会の時もそうだったんだけど、その日より前にきちんと契約が取れていないと、上司の考えで忘年会に参加できなかったり、参加しても嫌味を言われたりと、ちっとも楽しくないらしいんです。新しい上司になったから、その辺は頭を切り替えて自由にやらせてくれるかもしれないのですが、今から、互助会の役員さんたちは、きりきりしています。それにしても、結婚してここに住むようになって20年。土手も桜も、あの頃はまだ両方から枝を伸ばしているだけだったのですが、今はすっかり、トンネルです。また来週、花びらがハラハラと散る頃、ゆっくりと散策がしてみたいですね。
2003年03月28日
コメント(0)
今日は、親ばかです。先日長女についての本を買って来て読んだ事は書きました。その本は今会社の中で、何人かの人の手に渡り、回し読みされています。長女である私は、人の世話をすることは苦にならず、かえって、ほっといてくれとか、手を出すなとか言われると、悲しくなってしまう方なので、他の兄弟に手がかからなくなった今、はるかの世話を焼きすぎていたのは事実です。お掃除や、台所の手伝いも、(それではいけないと分かっていながら、)子どもにやらせると時間がかかることも、二度手間になることも分かっているので、ついつい、自分がやってしまったりと、はるかに、日常の生活の中でいろいろな経験をさせる、と言う事を、自分の勝手で、後回しにしてきたこともありました。だから学校に行って、掃除や配膳などいろいろな仕事を任されたときに、サボっているとかズルしているのではなく、本当にやり方(段取り)が良く分からなくて、遅くなってしまい、みんなに文句を言われると言う事も何度かあったようです。でも最近は、(決して私が働きに出たから、というわけではありませんが、)私がいなければいないなりに何とかしなければいけないと感じる時や、私が仕事から帰るのが遅くなったり、疲れているようだと感じる時は、洗濯物を畳んでくれたり、頼みごとをすぐ引き受けてくれたりと、少し、「しっかりしてきたな」と思うようになりました。もっとも、洗濯物は、畳んでいる最中に「お母さんが畳み方に文句を言うと嫌だから」という理由で、いっしょにはやりません。おなべの番をしてもすぐに「もういい?」と聞きます。まだまだ、自分のことに夢中になれば、時間もかまわず遊んでしまう方ですが、このごろはなんとなく、しっかりしてきたな、って感じることが多くて、これからは、一緒に食事の支度をすることや、食事の支度は彼女に任せて私は食べるだけ、なんて日が来るのではないかと、ひそかな楽しみも増えました。これで、朝、めざましをかけてでも自分ひとりで起きるようになってくれれば、楽勝なんだけど、こればっかりはどの子もダメだわ。
2003年03月27日
コメント(0)
別れた彼氏の話ではありません。生保は、銀行と同じように転勤で全国を移動するので、今日転勤していった部長とはもう二度と会うことはないかもしれません。全国規模の銀行でも小さな地方都市まで必ず一つの出店があるとは限らないので、転勤の規模は銀行より大きいかもしれませんね。自分が事務職で勤めていた頃だって、毎年のように転勤はあったし、自分が退職したことでそれ以降一度もあったこともない人はたくさんいるのですが、年をとったのでしょうか、再度就職して、わずか4ヶ月で、直属の上司が転勤してしまうことで、「この人とはもう会うこともないんだな」って、ふと思ったら、なんだか寂しいような、はかないような気持ちになってしまいました。仕事の先輩たちは、もう何度もそんな出会いや別れを繰り返しているし、何より、この部長はそんな先輩たちにはとても厳しかったので、すでに次の支部長に期待している先輩たちはたくさんいるのですが、わたしはやっぱり、誰というわけではなく別れること自体が寂しいかなぁ。そうですよね、そういえば、中学を卒業するだけだって、もうこれでもしかしたら、一生会わなくなってしまう人だっているかもしれないし、彼らにとっては、とても大きな出来事かもしれない。あたりまえのように通っていた学校(校舎)にさえ、もう許可なく入ることは出来なくなってしまうんですからね。主婦でいた時は気付かなかったというか、あまり気に止めなかったことだけれど、「出会い」とか「別れ」って、もっと大切にしなければいけないんだろうな。春は移動の季節。移動する人も、その家族も、すべての人に、「グッドラック。」です。
2003年03月26日
コメント(1)
家の近くの川の土手には、約2キロに渡って桜の木が植えてあります。いつ頃植えられたものなのかは定かではありませんが、ここに越してきて20年、両際から枝がトンネルのようになって、随分立派になりました。毎年桜祭りが行なわれ、桜の名所の一つとして、遠方からもたくさんの花見のお客さんがみえるようです。先日のテレビの報道では、静岡の桜の開花は3月20日で、これでは入学式の桜ではなく卒業式の桜になってしまうね。といったのですが、今日はもう土手の桜の咲いているものが、車を運転しながらでも確認できるほどなので、今週末の桜祭りにはしっかり満開になっているかもしれません。本来、桜はいつも入学式の時に咲くもので、桜祭りは4月の行事なのですが、去年が思いのほか開花が早く、お祭りの時はもう散っていたので、今年は一週間はやく計画されたようです。そう言えば、はるかの入学式の写真は桜の花をバックにそれらしい感じに撮ることが出来たのですが、去年の人たちはもう葉桜で、桜のあるうちに入学式の格好をして写真を撮る人がいたとかいないとか。今年もこのまま咲いてしまうと、入学式には葉桜かもしれません。一生に一度もことなのですから、特に入学式には、桜の花がハラハラと舞うくらいの自然の演出ができると素敵ですよね。それにしても、またか、とお思いでしょうが、今週末に赴任する新しい支部長のための歓迎パーティーに参加するためには、また特別に期限を切って、通常以上の成績を出さなければいけません。送別会には出れなかった人は、今回こそは、はっぱを掛けられますが、高校の入学式もあるし、何より、先月のように取りあえずの見込みがあるわけではないので、苦戦を強いられるのは、目に見えています。なんでこんなことを、と思いながら、まぁ、仕方ないかぁ。って感じです。ハァ。
2003年03月25日
コメント(1)
うちにチャイという、うちに迷い込んでからはや11年というお婆さん猫がいることは以前日記に書きましたが、最近は特にその年のせいか、寒さのせいか、しょっちゅう丸まって寝ていることが多い様です。私とはるかがそれぞれに布団に寝ていると必ずどちらかの足元に寝ているのですが、いつからか、はるかの枕元に並んで寝るようになり、はるかが追い出さないことをよいことに一緒に寝るようになりました。もっともずーと一緒に寝ているのではなく、チャイは夜中に一回りしてくるのですが、はるかは、寝たときと起きた時には必ずそばにいるので、ずっと一緒に寝ているものと信じています。実家の母などは、アトピーや喘息によくないとしきりに心配するのですが、発作は、チャイと寝ていない小さいころの方が良く起きていたので、きちんと掃除機をかければ、大丈夫かなと思っています。これはちょっとこじつけですが、アトピーには、ちょっとづつアレルゲンに接して慣らす治療もあるしね。先日そのチャイが、はるかの寝る時間になっても布団のある部屋に帰ってこないことがありました。私はなんとも思っていなかったのですが、はるかは、「チャイがいない」と言い出し、外まで探しに行く始末。ちょうど雨も降り出したところだったので、「どこかで雨宿りをしてるのでしょう」といったのですが、心配で眠れない様子。「私、お母さんいなくてもチャイがいれば一人でもお留守番できるから」この前、上の娘の手術で私が留守をして、おばあちゃんに泊まってもらった時のことを言っているのです。心配するはるかを寝かせ、それでも私も気になって少し待っていましたがなかなか帰ってきません。実はうちには、防犯上は問題なのですが、わざわざ開けてやらなくても猫なら十分入ることのできる入口があるので、そのまま寝てしまったのですが、朝になったらしっかりはるかの枕元に寝ていました。それ以来、はるかは寝る時は必ずチャイを呼んで、そばにおきます。チャイもわかるのでしょうか、はるかが二階に上がるとそれとなく二階に上がります。「チャイは、あんたよりずっと先に生まれたお婆さんなんだからね」とは言ってあるものの、末娘にとっては、自分より小さい仲間の気分なのでしょう。
2003年03月24日
コメント(0)
実家の菩提寺は、実家のすぐ近くにあって、父と母が守っているのですが、母たちは自分たちのしていることを特に私たちに強いることもないので、私たち兄弟は特に日にちを決めてお墓参りをする事はなく、実家に帰ったおりに仏壇に手を合せるくらいでした。去年の6月に伯母が亡くなり、伯母が住んでいた家はいとこが住んで仏壇の御守りをしてくれています。当初は、もうこの家に来ることもないと思っていましたが、伯母(母)の兄弟たちの関係と、私たちいとこ同士というのはまたちょっと違ったニュアンスがあって、思いがけずお墓よりこの家で仏壇に手を合せることの方が多くなっています。とはいえ実家の母はなんとなくそのいとこの住んでいる自分の生家には行きにくいらしく、このお彼岸は父と一緒にお墓にお参りをして実家にはほんの少し顔を出してきただけだったようです。その母から電話があり、自分は、お彼岸なのでお墓にお花がたくさん供えてあるだろうと思い、お花を持っていかなかったのだけれど、思いのほか少ししかお花がなくお掃除も行き届いていないで、悲しくなってしまった。近いので、これからはあなたがもう少し頻繁にお墓の様子を見てもらえないだろうか、というようなのことを言われました。お墓や、仏壇については母たち兄弟で、おじ(おじの奥さん)をめぐって少し諍いがあったので、これからは、亡くなった伯母が自分の父母のお墓や仏壇を世話をしてきたようにはいかないだろうと言う事は初めからわかっていたのですが、家の中にある仏壇ならともかく、わざわざ出かけていかなければならないお墓をきちんと世話をすると言う事は、はなかなか大変なことだと思います。私自身は、今先祖の御墓を守っているわけでもなく、自分が死んだら何も残らない、お骨も撒いてくれたほうがいいと思っているので、「お墓は要らない」と思っているのですが、主人が先に亡くなってお墓を作ることになったら、自分以外にも子供たちにそれを守る仕事を頼まなければならなくなり、彼らの負担を考えると心が重くなってしまいます。先祖の供養が要らないと思っているのではなく、お墓は仏壇のようにもって歩くことが出来ないので、子どもたちに先祖をおまつりする気持ちがあったとしても負担になってしまうだろうな、と思うのです。とはいえ、伯母のお墓はすでにもうあるのですから、これからは、車の中に「お墓参りセット」を積んでおいて、心がけてお墓参りにいこうと思っています。
2003年03月23日
コメント(2)
何年か前、歩いて5分くらいの近所に中華料理屋さんが出来たのですが、凝ったつくりと専門的なメニューで、ちょっとこの辺の庶民には受け入れられずに閉店。その後そこがスポーツジムになりました。とはいえ、スポーツジムなんて、中華料理屋さんよりもっとお客さんがこないんじゃないかともっぱらの噂だったけど、高級というには程遠いようないい加減(?)な感じがよかったのか、高校の運動部の子たちなどが通いだすようになり、最近は、昼間は本当に誰もいないんだけど、夕方や夜には、それでも何とか流行っているように見えました。長男は中学生のときにここに通ってみたいといっていたのですが、成長の途中にある中学生が、きつい筋トレをすることはかえって成長に障害が出るという意見もあって、部活の親たちは皆許可しなかったんです。さて今回、春から高校生になるにあたって、去年の8月から緩みっぱなしだった筋肉を何とかしたいと思っていた長男は、再度ここに通うことを言い出しました。いくつかの高校の野球部は、団体契約をして月に何日かここに通っているとのこと、春休みの間だけでも行きたい様子。私は、はなから、スポーツジムというのは入会金とか月会費とかが高くて、子どもにはもったいないと思っていましたが、様子だけでも聞いて来るという長男に付き合ってジムを訪ねてみると、テレビで見るようなゴージャスさなど微塵もなく、いい意味でちょっと凝った人なら自分で買ってしまうのではないかと思われるようなあまり高そうでない道具が所狭しと並んでいるだけのチープさ。料金も、入会しなくても、1日チケットを買ったり、1ヶ月分のフリーパスで通えたりと、かなり自由です。ジムのオーナーに、春休みの昼間はも結構暇で、私も面倒見てあげるといってもらえたので、月の初めからではなく、今日から1ヶ月のフリーパスを作ってもらい、高校の部活が始まるまで筋トレに通うことにしました。専用のトレーニングウエアも靴も不要、中学のジャージと体育館シューズでいいとのことだったので、長男は早速家に帰り、着替えて飛び出していきました。特別背が高いというわけではありませんが、きちんと野球をやっていると腰周りや肩は人よりがっしりしてくるようで、昨日、高校の作業着のサイズをを合せてもらう時も「やっぱりやってる子は違うねぇ」といわれ、まんざらでもない様子。ジムのお金も、長男がおばあちゃんからもらったお祝い金の中から捻出したし、春休みの健全な行き先も確保できたので、親としては、ラッキーなジム通いなのでした。
2003年03月22日
コメント(1)
アメリカのイラク攻撃については、以前日記に書いたとおり、「憲法と人道に基づいて絶対反対」です。でも、民主主義にのルールよって、私たちが選んだ首相が、私たちの総意を行なっていることになるんですよね。今日は、長男の高校で使う体育着と作業着、上履きなどの購入に行きました。トレーニングウエアと呼ばれるジャージと、工場の工員さんのような作業着、あと上履きには、お便所スリッパのようないぼいぼのついたサンダルを買いました。学習センターという公会堂のようなところに業者が集まって一斉に販売をしたのですが、3時間の間に200人の新入生がサイズ合せに来るというのは結構圧巻です。女の子は新しい制服ですが、男の子は中学の詰襟学生服をそのまま使うので、替えズボンを追加で買うことにはしましたが、安上がりなことは嬉しいです。実を言うと、20日までに郵送で提出しなければいけなかった、選択科目の希望報告を忘れていて、卒業式のとき長男の友達のお母さんに言われて気付きました。慌てて学校に電話し、事務室に届けに行っったのですが、今度は忘れないようにと、昨日のうちに入学の書類を全部作っておきました。後は、あす教科書などの学用品を一括購入し、部活の準備をすればよし。長男も落ちた筋肉を戻すべく走り始めるようです。私もがんばらねば。
2003年03月21日
コメント(1)
本当は、アメリカのイラクに対する空爆があって、その方もとても気になってはいたんだけど、とにかく今日は長男の中学の卒業式でした。お勤めにでたとはいえ、急に洋服の種類が増えたわけでもなく、フォーマルなものはその気になって早くから準備ておかないと、やっぱり前の日になって慌てますよね。長男に「何を着ていこうかなぁ」というと。「目立つな」とのお言葉。結局、小学校のの卒業式と同じように、ブラックフォーマルに生花のコサージ、とっておきのダイヤモンドのネックレスと指輪。最近は、卒業式といっても黒を着ている人を探すのが大変なくらいなのですが、はるかが生まれた記念に買ったダイヤモンドのネックレスは、こんな時にしか出番がないくらいフォーマルなデザインなので、これを引き立たせるように黒を着るようなものです。私の着るものはいいとして、肝心な卒業式、一部は卒業式の式典、二部は「巣立ちの会」と名づけられた、生徒主催の式典。こちらは、合唱曲を入れて、中学校の生活を振り返るようになっています。大きなスライドを見ながら、ナレーションを読む女の子が泣き出してしまい、もらい泣き、かっこつけの男子生徒が指揮をしながら目を赤くしているのを見て、もらい泣き。鼻水と涙で、ハンカチを2枚だめにしてしまいました。最後は、上の娘のときと同じように、ヒクヒクしながら、合唱に参加し、声にならない声で「河口」を歌ってきました。残念ながら私の席からは長男の様子を窺い知ることは出来ませんでしたが、最後に退場する時に、長男の、目を赤くして、鼻をすすっている姿を見つけ、「やっぱり、私の子だ」と妙に納得してしまいました。4月からは高校生、がんばれ兄ちゃん。
2003年03月20日
コメント(4)
「つるし雛」をご存知ですか。きちんとした発祥は定かではないのですが、静岡県の伊豆半島にある河津町という地区一帯で、昔から段飾りの雛人形の横に、手作りの小さい人形をたくさんつなげて吊るしていたものが、そのかわいらしさと手軽さから、数年前からブレイクしているのです。赤ん坊をあやす、天上に吊るすくるくる回るいるオルゴールのような感じと言えばいいのでしょうか、円形の洗濯物干しに小さな人形を吊るしたようだといえばいいのでしょうか、ちょっと、インターネット上に写真があるか探してきますね。http://www.tokai.or.jp/mirai/2001turusibina.htm ">つるしびなそのつるし雛のホンの小さいものを、今日は支部の手作り教室のイベントの教材として取り上げ、お客さんに来てもらい、作って楽しんでもらったのです。本来、イベントの目的は契約者サービスなのですが、支社長というか上に立つ人の考え一つで、「これから保険外交員になってくれそうな若い人を誘う」、と言う事を最重要目的にする上司もいて、以前は、年配の方や、男の方がみえたりと、本当に和気藹々とした感じだったそうですが、この部長になってからは、お誘いできる方が極端に限られてしまったと、先輩方皆さん嘆いておられました。とは言うものの、つるし雛自体はとても可愛いもので、小さな巾着や、小さなサルボボ(民芸品のサルの赤ちゃん)、ちいさな桃などをちりめんの布や着物のはぎれで作り、細い組みひもにつなげるとなんだか本当に暖かな気もちになってきます。明日は中学の卒業式、あまりホンワカとばかりしていると、4月になってまた大変な思いをしなければならないだろうとは思いますが、しっかりと、長男の中学最後の姿を見届けてこようと思います。またきっと、泣きながら自分もいっしょになって歌うのかなぁ。
2003年03月19日
コメント(2)
新聞の広告を見て、読んでみたいなと思っていた本がこれ。帯には、「長女のあなたへ」「長女と付き合うすべての人へ」って書いてあって、「長女は、おごられべた」「長女は、あとで反省会」「長女は、自分の悩みをぶっちゃけられない」などと、箇条書きに書き出されています。長女といっても一番最初に生まれた子と、上に男兄弟がいがいる子ではまったく違うじゃないかと思っていましたが、それぞれの状況の長女について書かれており、まだ全部読んではいないのですが、「自分だけ(自分のような立場だけ)が長女の典型」と思い込んでいた私にとっては、新しい発見もたくさんありました。自分はもう結婚もし、子どももいて、周りの人に、自分に対して今からどうこうして欲しい(これを読んで理解して欲しい)というわけではありませんが、自分の事を自分で気付くのにはいい本です。また上の娘に対する接し方にしても、思い当たる節がないわけでもなく、家族で読むことで、夫が彼女に対して、彼女が自分自身のこれからについて、少しまた違った角度で見ることが出来るようになれればいいな、って、思いました。でも、それにしてもやっぱり私、典型的な長女だったんだわ。
2003年03月18日
コメント(2)
今日の日記は明らかに私が一方的に悪いです。うちの主人は私について、一般的に共働きをしているとか、お姑さんと同居しているとか、明らかにストレスがあるだろうと察することができる場合を除いて、つまり以前の私のように専業主婦で、お金の苦労もなく、家の中でも自由にできている奥さんは、何のストレスもなく、夫は妻に対して何の配慮も必要ではないと、思っているのだと思います。「家の事はおまえに任せたから」との一言で、確かに以前は任されてきました。私が勝手に仕事をはじめて、勝手にストレスを感じているといえばそれで終わりですが、営業職員を束ねている立場としては、新人の悩みくらい聞いてもらえるかとは思って、帰るのを待っていましたが、「電話する」電話無し。こちらから電話。「食事は要らない、電話する」待てども電話無し。「留守番電話サービスにおつなぎします。」この繰り返し。やっと繋がっても酔った声...........。軽く見られているといえば、言葉は適切ではないのかもしれませんが、結局は自分の事は自分でクリアしていくほかはないんですよね。相談しても、「じゃぁ、辞めれば」とか、「俺には迷惑をかけるな」って言われるのが、関の山だって言う事は最初からわかっていたのに、つい自分のしたことは(とった方法は)間違っていなかったと、主人に言ってもらいたくなってしまったのです。いろんなこと、不慣れで、いわゆる息ぬきに一人でお酒を飲みにいくことも出来ません。主人に、連れて行ってもらわないと外でお酒も飲めないようでは、一人前じゃありませんよね。もっと鍛えないとダメだな。
2003年03月17日
コメント(1)
今日は、せっかくの日曜日なのに、楽天になかなか繋がらなかったので、皆さんのところにうかがうことが出来ず、そのかわりヤフーのオークションにいっぱい入札してしまいました。1円や100円から始まるものが多かったけど、最終的にはたくさんの入札があって、きちんと追いかけていないと落札できないかもしれませんが、どうしても欲しいというわけどもないブラウスやスカートを、気晴らしというかストレス解消のように入札してしまったので、落札できればよし、出来なくてもまぁよしという感じです。先日から、庭の木蓮が満開ですが、この花が咲く頃は必ず、強い風が吹いて、雨が続いて、花びらが落ちてしまうんです。なたね梅雨というのでしょうか、挿し木をして増やしたはずの沈丁花も、植木の手入れをしてもらった折に下草と一緒に刈り取られてしまったのか、時期になっても匂いがしてきません、もっとも去年のこの時期にもう気付いていたので、1年もほってあったと言う事になってしまうのですが、今年こそは、どこかのお宅に御願いして分けてもらおうかと思っています。仕事に関しては、「入ったばかりなのに、自分ひとりが責任を感じて、無理をする必要はない」という言葉を心の中で繰り返し、気持ちを割り切ろうとしているのですが、いろいろな意味で不慣れなので、ふん切れず、いつももやもやしています。明日の夜主人が戻り、あさっては長男の合格祝いをする予定。長男は、家族で外出することを恥ずかしがっているので、家でささやかにお祝いをしようと思います。長男は友達から、「おばあちゃんに幾らお祝いを貰った」とか「親が幾らくれた」とか聞いてきて、「お祝い金」を欲しいように言いますが、母親としてはあげないつもり、必要なものは買ってやるつもりなので、現金を渡すつもりはないのですが、ちょっとはおこづかいをあげた方がいいのかなぁ。あたりまえのように貰うつもりなのは気に入らないので、主人から、長男のこれからの心構えなどを言わせながら、勿体をつけて渡してもらおうかとも思っています。明日は、晴れるといいな。
2003年03月16日
コメント(0)
パソコンを開き、昨日の日記への皆さんの書き込みを読んで、ほんとに、すこし楽になりました。以前、生命保険の外交員も含め、セールスの仕事を進められるたびに、自分で「一軒の家にセールスマンが二人いると、家が成り立たない」といって断っていたんです。主人を見ていて、それほど、営業の仕事は際限がないことや、営業に向く人と向かない人がいること、などはわかっていましたし、何かのときは精神的にバックアップをする人が必要なことも感じてその役をしてきたつもりです。でも、いまの私は、いまの主人にそれを求めることは出来ず、今日は、胃が痛くなって、吐き気と戦っていました。私に営業の仕事がそのものが向いていないのかどうかは、まだよくわかりませんが、外に出て働くことやそれに付随するものについて不慣れであることは、間違いありません。なれる必要があるのかも疑問ではありますが、戸惑っていることは事実です。本当はここから先の日記に全部吐き出したのですが、消しました。実家の母と、数人の友達のほかにも、そしてここでお付き合いいただいている皆さんだけが、損得無しに私のことを心にかけてくださると感じられただけで、少し楽になりました。感謝。
2003年03月15日
コメント(0)
長男の高校入学については、おめでとうの書き込みを頂きありがとうございます。正直、地域で評価されているの高校のランクなどお構いナシに、「この監督がいるから、ここで野球がしたい。」などと言い出されると、甲子園にいけそうなほどすごい学校でもないのに、何を考えているんだろう。と思ってしまったこともありましたが、先生の好き嫌いというのも学校生活の中では大切な要素だし、とくにこの子の場合部活は高校生活の中で大きなウエイトを占めると思われるので、評判のよい監督のもとで、思いきり野球が出来そうだというのなら、それも大事な高校選びの要因のひとつになりうるだろうと思いました。会社では、同じチームの人の娘さんも合格し、こちらは第一希望ではなく第二希望の学科での合格だったそうですが、第一希望の方はある意味とても専門的な学科で、就職先も限られてしなうので、第二希望に変更になったことがある意味よかったのかもしれないと言っていました。長男の学校では、全員作業着も買うんですよ。という話や、学生服は中学のものがそのまま使えてラッキーです。などという話をしていたら、突然、「制服ってカッコいいよねぇ」って話になってしまいました。詰襟の学生服、野球やサッカーのユニフォーム、はたまた現場の作業服まで、どうして、ユニフォームが似合う人は普通の服を着るとなんだかがっかりなんだろうねぇ。とは先輩のおことば。私は、ひそかに着慣れているものが一番似合っているのではないかと思いましたが、やはり、それを着たときの緊張感がきている人をよりかっこよく見せるんでしょうか。最近は、高校では詰襟の学生服そのものが少なくなってしまっているし、精悍とかカッコいいといわれる年齢で学ランを着ることなど、滅多にないのかもしれないけど、確かに昔の、学ランに角刈りのお兄さんは、かっこよかったようなきもします。でも、私は消防署に昼休みに行くことがあるのですが、あのオレンジの制服着てても、のんびりテレビなんか見ていると普通のおじさんです。先日、実家の母に、「あんた1日中仕事のことを考えているでしょう?」といわれ、がんばりすぎないように念を押されてしまいました。「私はもうそんなには出来ません、辞めさせて下さい。」と、すでに申し出ている新人が何人かいると聞きました。弱音はいたり、ちょっとごねた人のほうが、なんだか優しくされているようにも思うけど、それが出来ない性格なんですよね。そう言えば、「長女」の本が出てるらしい、昔、相性や血液型の本を出していた、多湖なんとかという人の本らしいのだけど、買ってみようかな。
2003年03月14日
コメント(5)
今日は公立高校後期受験の発表の日でした。前期のようにとんでもない倍率ではなかったものの、3割近い子が、涙をのまなければいけなかったので、もしものときのことも考えなかったわけではなかったのですが、とりあえず、合格。本人は自信がなかったのか、発表を見に行かなかったようで、昼に私が電話をしたときには、中学の担任からの「不合格の電話」かと思ったと、おこっていました。私は、どちらにしても昼に一度家に帰るつもりだったので、思い立って、長男には言わないで発表を見に行きました。なんだかドキドキして、でも落ちている気がしなかったので、こんな感じは久しぶりだなって、思いました。合格発表の掲示板の長男の番号をケータイで写真にとって、メールで送り、長男に連絡してそのまま家に帰りましたが、やっぱり安心したのか、ほろっとしてしまいました。それにしても、私立の受験校で市外に電車通学だった上の娘に比べれば、公立で、登校は自転車で15~20分、制服も中学ものをそのまま使える長男は、なんとも安上がりです。入学案内書の、年間の授業料や諸費用はちょうど私立の入学手続き費用と同じでした。長男の行く高校は、今年普通高校になったとはいえ、その昔は農業学校だったので、実習科目もあり体育着と同じように作業着の購入もあります。まだちゃんと調べてはないのですが、農園で、みかんや野菜を作ることもある様子。野球部に入るので、(公立なら近いので野球部可の約束)、それなりの準備と後援会費などに、お金がかかることはわかっていますが、坊主頭(野球部の決まり)で、作業着を着て農園で実習をするなんて、かっこつけの長男にしては、大番狂わせかもしれません。でもここの高校でない限り一生経験できないことなんじゃないかと思われ、その格好をした長男を思い浮かべると、ちょっと笑ってしまいます。嬉しかったのでしょうか、もう入学案内書を取り出して、生徒調書などの提出物の下書きをしています。英語と数学は、入学して最初の授業の時に試験があるそうで、範囲のテキストを渡されました。浮かれる気持ちもわかるけど、あと何日かの中学校生活と大事な春休みをきちんと過ごさないと、入学取り消しになるからね。
2003年03月13日
コメント(3)
今日、はるかの学校で、カレー作りがありました。授業としての家庭科は5年生からですが、考えてみたら、カレーを作って食べるという作業そものもは幼稚園の時からやっていましたので、それほど難しいことではないと思います。今回は、準備(買出し)から子どもたちがやります。最初に200円集めて、買い物の当日に担任が人数分を渡してくれたようです。カレーの材料を調べるに当たって、市販のカレールーに書いてある分量を書き写していくのですが、12人分の材料を5人分にするのは至難の業。幸いはるかの班は、班分けの時に休んでいた女の子があとから加わって、6人になってので、箱に書いてある分量のちょうど半分にすることが出来たのですが、低学年ですし、はるかのように5人分にこだわる子がいたらちょっと大変だったと思います。カレー作りそのものはなんと言う事はなかったようですが、はるかは「小さいから」という理由で、よそうのが一番最後になり、ちょっとしか貰えなかったそうです。人数分しか作らないと、カレーなど1人分というのがはっきりしているわけではないので、最後のこは少なくなってしまうんですよね。帰ってきて、私と一緒にまたお昼ご飯を食べました。これは私がいけなかったのですが、月初めに渡された学年プリントにこのカレーの持ち物などが詳しく書かれていたようなのです。貰ったのに私がどこかにやってしまったらしく、前日は、はるか自身で自分の分担の持ち物を準備しただけで、そのまま行こうとしていました。それでも朝になって、前の日にもう一度プリントを読んで来るように帰りの会で言われたことを思いだし、私も、エプロンなどは要らないのだろうかと思っていたこともあって、急遽、お友達に電話。何とか持ち物を揃えて、登校することが出来ました。でも、以前は学校からのプリントを置き忘れたり、行事の支度が不十分だったりなどと言う事は考えられないことだったので、親として、反省しています。家に帰ってもお母さんが家にいない。と言う事で、自分で自分のことをある程度計画を立てて行動できるようになれたらそれはすばらしいことだとはおもいますが、それはただ、「お母さんがいない」という状況を作れば良いという訳ではないので、私がもっと注意を払い、よい方向に持っていけるようにしなければいけないと思いました。仕事の方も、新人としては、何とか形になるだけの数字は出たのですが、今月は、静岡支社主催の転勤する方の為の送別パーティがあり、それに参加するための数字には少し足りません。会社に出ると「送別の気持ちは数字(成果)で」と、皆がはっぱを掛けられ、何とかしなくてはいけないような気になるのですが、正直、中学の卒業式もあり、春休みもあり、無理は出来ません。今のところ、というか、これからもずっと「母」が優先でないと、続きませんからね。
2003年03月12日
コメント(2)
本当はもっときちんとしたタイトルをつけようと思ったんだけど、四文字熟語のようなタイトルをつけると、いろいろな検索にひっかかって、とんでもないところからアクセスがあるので、言葉には気をつけるようになりました。「日本は、戦争をしたいのでしょうか」「イラクは、アメリカから攻撃されなければいけないのでしょうか」「なんで・・・・・」わかっていることは、イラクを砲撃しても、人の命も含め、多くのものが失われていくだけで、得るものは何もない。ということ。アメリカ(イギリス、他)に何の権利があり、日本はなぜ、それに従うのか。査察の期限がどうとか、国連の決議がどうとかよりも、なぜ、日本は、永久に戦争はしないし、戦争に荷担しないといえないのだろうか。なぜ、戦争(イラク攻撃)はしないといっている国に、戦争を仕掛ける仲間になれといえるんだろうか。私たち国民が選んだ、小泉首相の意見は、私たち国民の総意と言う事になってしまうのだろうか。それが民主主義なんだろうか。日米安全保障条約が、締結された時、多くの学生を含め、私たちの先輩たちが、体を張ってそれを阻止しようとし、命を落とした人もいると聞く、この条約(これに付随するもの)がなかったら、今の日本は、憲法に基づいて、「もう戦争はしない」と言い張ることが出来たのだろうか。日本の憲法は、戦後アメリカに押し付けられたものであり、こと平和に関しては、性善説のように甘く、世界には通用しない。といった方もいて、憲法そのものにも考えなければいけないところはあるのかもしれないけれど、「戦争をしていい理由」なんて、何もない。
2003年03月11日
コメント(0)
昨日スーパー銭湯に入って、思いのほか疲れてしまったことは書いたのでけれど、今日は、体が特に腰が痛い。な~~んでか、とよく考えてみたのだが、多分これは、スーパー銭湯の打たせ湯(滝のように高いところから勢いのよいお湯が落ちてくるもの)が思いのほか勢いが強く肩に当てると痛いくらいだったせいではないかと思う。同じように座って腰にジェット噴射といわれる勢いのよいお湯が当たるものもあったのだが、これも、あてながら、ちょっと痛いけど大丈夫だろうか、と思ったくらいだから、やはり、強いお湯をあてすぎたのではないかと思う。それだけ、肩や腰が凝っていなかったとか、贅肉が少なかったんだろうとか、考えようもないことはないのだけれど、なんでもない体に、あの勢いのお湯は、かえってよくなかったのだろうかと、反省しています。本当は、今日の日記は別の事を書こうと思ったのですが、最近、新聞やテレビをゆっくり見る機会がなくて、実際に戦争が始まるかもしれない、といっても、以前ほど緊張感がないのが現実です。これではいけない、と思っています。ちょっと、関連サイトを覗いてきますね。
2003年03月10日
コメント(0)
今日は、はるかに言われた「スーパー銭湯」にいってきました。車で10分。JRのすぐ前のパチンコ屋さんのビルの中に、その銭湯はあります。出来て何年だろう、6,7年は経っただろうか。車で20分くらい行けば新しい方のスーパー銭湯が、また、車で30~40分ほど行けば、海手には潮騒が聞こえる、リニューアルしたきれいなスーパー銭湯が。山手には、渓谷を走るSLが見えるプールもある温泉銭湯が、と、少し足を伸ばせば、もう少し大きなお風呂を楽しむことが出来たのですが、何せ、自分で運転して子供を連れて行くとなると、行ったことがないところはちょっとためらってしまいます。何だこれでははるかもことは言えないなぁ、とは思いながらも、近さに負けて、駅前の銭湯に行くことにしました。子供の年が離れていると、動物園や遊園地、公園など、ずっと以前に何度か行った事があっても、はるかはまだ行った事がないとか、はるかとはまだ一緒に行っていないとか、言う事はままあることで、この一番近い銭湯もはるかと2人きりで行くのは、初めてかもしれません。そうそう以前上の娘とと3人で行った時は、小さいくせに湯船に飛び込みそうになったり、つい走ったり、潜ったりと、いけないことをしたがるはるかを、どちらが見張っているかで、上の娘と、はるかの押し付け合いをしたほどだったんです。あの頃に比べれば、言う事がわかるようにはなりました。日曜日なので、随分込んでいるのかなぁと思っていたのですが、そうでもありません、脱衣所のロッカーの数から考えれば、2割も入っていないことになります。もう、家族でわざわざ出かけるというよりは、常連さん用になってしまったのかもしれませんね。それにしても、はるかは元気です。いろんなお風呂に全部入って、サウナにも入ります。水風呂に入りたいから、サウナに入るというのが彼女の言い分で、水が気持ちがいいくらいに体が熱くなるまでサウナにいるのです。正直私は付き合えません、外のお風呂に入ったり、脱衣所に出たりしながら待ったのですが、すっかり疲れてしまいました。食事をするところもあります。今までそこで食べたことはなかったので、今日は食事をしていくつもりでしたが、私がなんとも疲れてしまい、もう帰りたくなってしまいました。カキ氷を買って、はるかをごまかし、ダルーい体で帰宅。おそばをゆで、チャーハンを作って、半分食べて、横になることにしました。ああ、お母さんは、運転手をしても、ご飯の支度をし、干してあった布団を取り込んで掃除機をかけてからでないと、昼寝は出来ないんです。ナーンて、私は慣れない長風呂でちょっと疲れてしまいましたが、はるかは、お風呂がすいていたせいで自由に遊ぶことが出来、楽しかった様子。きれいにリニューアルしたところは混んでいたかもしれないので、これでよしとしよう。それにしても、あの満員の駐車場は、パチンコの人の分だったんですね。恐るべし、パチンコ産業。
2003年03月09日
コメント(2)
はるかは今日で8歳になりました。去年はお友達を呼んで、お姉ちゃんと一緒にクッキーを焼いたのですが、今年は、私が、つい最近までお誕生日を忘れていたり、はるか自身も何も言い出さなかったことで、お友達を呼ぶ準備が出来ませんでした。そのかわりといってはなんですが、母と2人で、どこかでお昼を食べ、好きなものを誕生祝に買ってあげると言う事にして、出かけることに。途中届け物を3件ほどして、隣りの市にある大型ショッピングセンターに行きました。食事は、当初、行きつけの焼き肉やさんにする予定でしたが、遅くなってしまいショッピングセンターの中の和食やさんに入りました。でも、マクドナルドがいいと言い出し、折角だからといってちゃんとしたところに入ったのですが、大喜びと言う訳には行きません。はるかは、食べなれないもの、新しいところには必ず、拒否反応を起こすのです。焼き肉やさんも、決まったところにしか行きたがりません。もっとも、これは以前に「新しいけど思いのほか高くてあまり美味しくない」お店入って、私が「やっぱり行きつけが安心」と言ったせいもあるのですが、知らない所に入るのには慎重です。焼き肉を食べる予定だったので焼き肉定食にしました。ウインドウのものはお肉だけ焼いてあって野菜と一緒に皿に盛られているのですが、今日は、「お得セットの日」と言う事で、50円安くて茶碗蒸もついています。「お得」なら「いつものもの(ウインドウのもの)」におまけがついていればいいのに、でてきたものは「豚ばら肉のたまねぎいため」のようなもの。確かにこういう焼き肉もないことはないのですが、おもてのウインドウのものは明らかに濃い牛肉焼き肉のように見えるので、はるかには納得いかないものになってしまいました。これで、また、知らないところには行きたがらないでしょう。本題はこれから、今日は、ファンシーショップと呼ばれるところで、はるかの好きなものをいくつか買う約束をしました。取り扱っていないキャラクターもありますが、ディズニーグッズなどもあって、結構迷います。ここで1時間は、うろうろしてでしょうか。時期的に、寄せ書き用のノートのところで随分迷って、それとは別にに少し大きめのメモを1冊買いました。そのあとは、ステーショナリーといわれる文房具のコーナー、ここにもサンリオをはじめ名もないものも含めると結構な種類があります。ここでも小1時間うろうろしたでしょうか。100円コーナーでメモを2冊、サンリオでワゴンの中のメモを3冊、シールを少し買いました。あとは、カップに飴やチョコやグミやラムネを詰め放題で300円というのをやって、やっと一区切り。もう洋服を買いに行かないと事務所に出る時間がないと言い聞かせて、服を買うべく2階に行きましたが、ゲームセンターの方に、行ってしまいそうだったので、今日はやめにしました。本当は少しくらいゲームをしてもいいかなとも考えていましたが、2時間ちかく、ただつきあっていると、いい加減私が飽きてしまい、お金を制限して、遊び方に注意しながら、ゲームをさせるだけのパワーがなくなってしまい、帰りたくなってしまったんです。私自身、可愛い系のグッズとか、キャラクター物に何の興味も湧かないのが最大の理由なのですが、自分の興味もないものの買い物に付き合わされているご主人(お父さん)の気持ちが、よくわかりました。もう少し大きければ、お金を持たせて、時間を決めて別別に買い物ができるのでしょうが、はるかは、大きなショッピングセンターでの買い物も含め、買い物のの経験が本当に少ないので、今はまだまだ無理ですね。結局、帰りに事務所によって、月曜日の分の書類を作り、なんと言う事はなく家に帰ってきてしまったのですが、スーパー銭湯にでも行ってこようかなぁ。
2003年03月08日
コメント(2)
昨日、私たちの会社では正式に管理職(取締役のことではなく、営業職員を管理する立場の人で、支部長とか部長とか言われる人)、の移動が発表になりました。本人にはもう随分前から知らせられていたのだろうと思いますが、公になったのは昨日。そして今日は、もう少し下のクラスの人(新人のトレーナーとか、支部長の下で取りまとめる主管という人)の移動が発表になりました。うちの部長(支部長と同じ仕事)は、新潟県長岡市に、私のトレーナーは、隣りの市に移動になります。そう言えば、部長は何日か前に、「スタッドレスタイヤに交換云々」という電話をしていたので、その時にはもう転勤先の準備をしていたんですね。生命保険会社は、ずっと以前からほぼ2~3年に1度は転勤するので、新人以外は何回か支部長が交代することは経験しているのですが、はっきり言って、みんなあっさりしたものです。早速、リーダーたちが大きく「ご栄転おめでとうございます」。という横幕を正面掲げ、お見送りの準備はしたものの、「今度来る支部長」のことで頭はいっぱい。まぁ、部長だって、転勤先のことですでに頭がいっぱいなのですから、同じようなものなんですけど、やっぱりみんな個人事業主の集まりで、一つの企業とか、事業所とか言うのとはちょっと違うのかもしれません。私には、部長よりも私のトレーナーが転勤になってしまうことの方が大問題です。私が内勤職員をしていた頃から、「支社長が代われば別会社」といわれていたくらい、支社長の力は絶大ですが、今回支社長の移動はなし。決められた成績を出した人だけが、支社が主催する「送別会」に参加できるというのもなんとなく変なルールなのですが、出たい人も、そうでない人も、とりあえずそれに向かって叱咤激励されているのです。別に、出なくてもいいんだけど。
2003年03月07日
コメント(1)
先日上の娘から、成績表が親元に送られてきたかどうか、問い合わせがありました。そういえば去年の成績表は、うちに送られてきたので、届いたらすぐ転送する旨連絡して、到着を待ちました。そして2日、学校からの郵便物だったので、てっきり成績表だと思ったのですが、細い小さい封筒だし変だなぁと思って開けてみると、「父母各位」とかかれた紙が一枚。ざっと読む限りでは、「進級許可」と言う事のようです。わが大学は進級に当たって特に制限がない、というようなことがかかれています。とりあえず、どんな成績でも進級できるって事なんだろうか。弟は、大学1年の時にはめをはずしすぎて、進級はできたものの、親は呼び出されるし、単位習得のために1年のキャンパスと、2年のキャンパスを掛け持ちするし、大変な思いをした事を聞いていたので、個人別ではなく、「父母各位」で、進級通知がきてしまうことは、アラアラびっくりです。新学期に入り、すぐに学生と教授の個人面談があり、その時に成績表を手渡しされ、同時期に親にも送付されるそうですが、とりあえず進級できたからよしとすべきなのでしょうか、なんだかなぁ。上の娘は3月になったというのにまだ帰ってきません。というか、新学期の新入生を受け入れる準備で帰れないそうです。事務局の職員でもないのに、何なんでしょう。成人式の振袖の話もしたいから帰って来る様にといったのですが、あっさり、「ごめんね」の一言で、アウト。実家には、何の魅力もないのでしょうか。まぁ、長男のこともあるし、いいんだけどね。
2003年03月06日
コメント(1)
18000カウントは、ゲストさんが踏んでくださいました。なんだか最近ゲストさんが、ずらっと続くことが多くて、ちょっと不安です。とりあえず、これからも、細々ですが日記は続きます。皆さんよろしく御願いします。...............................今日は静岡県の公立高校入試(後期選抜)1日目でした。前回の前期入試というのは、各高校ごとに募集人員も違えば、筆記試験のあるナシ、またその内容もさまざまでしたが、今回はどの学校も同じ問題、要するにいつもと同じ入試です。それにしても、今日はとても寒く、雨や雪こそ降ってはいませんでしたが、早朝から、受験校で子供たちの来るのをまち、点呼して、体育館で待つ間に、真から冷えてしまいました。親は、付き添い用の部屋で、午後3時半まで、5科目分しっかり待つので、仕事用の小さなパソコンを持ち込んで、データを転記する仕事をしようとしましたが、コンセントがないので、バッテリーが2時間ほどしか持たず、それでもかなり書き写すことが出来ました。暖房(エアコン)を入れてあっても、足元から冷えてしまい、、鼻炎なのか風邪なのか、もうぐしゃぐしゃ。子どもたちが体調を崩さなかったのが、何よりでしたが、きっと寒かっただろうと思います。明日は、集団面接と、個人面接があり、こちらは、子どもたちだけで、受験するようになっているようなので、付き添いはいらないのですが、この中の3割近い子が、希望が叶わないかと思うと、なんとも心が痛みます。帰ってきて、早速5時から、テレビで解答速報を放送していましたが、得て不得手がはっきりしている長男は、この反応も大げさ。もう、あとは明日の面接をがんばって、運を天に任せるしかありません。あ~~~~~。
2003年03月05日
コメント(4)
何を今ごろ、と思われる方のいらっしゃると思いますが、この辺りでは、まだ、旧暦でひな祭りや、端午の節句を祝う風習があります。私自身は、3月3日でしたが、母の実家は、4月の3日、だから旧暦でお祝いすることには何の抵抗もなく、上の娘のときは、3月のはじめに出して、4月に片付けていました。去年の今ごろは、まだ上の娘の行き先が決まらず、とても、一人で段飾りをだすような余裕がなくて、はるかが何も言わなかったのをいいことに、ひな祭りはしないで済ませてしまいました。でも小さい頃から、「目」のあるものは必ず、1年に1度は、外に出してあげるようにと言い聞かされていたので、なんとなく気にはなってはいたんです。ちょうど主人も帰っており、お昼の用意に仕事の途中で、家に寄ったのですが、なんともいいお天気で、「今しかない」と思い、出すことにしました。短い時間で出さなければならないので、感傷にふけっている暇はありませんでしたが、やはり季節のものは、その時に出してあげないといけませんね。はるかの部屋はすでに学習机や本箱が入っているので、以前のように壁に背を向けてきれいに出すことは出来ません。真中から半分以上占領されて、ちょっと中途半端な置き方になってしまったのですが。それでも、雪洞に明かりが入ってくるくる回り始めると、なんともいい感じです。やっぱり、季節のものは、しっかり出さないとね。
2003年03月04日
コメント(1)
私の好みとして、おすしのご飯はしっとりとしていて、ネタとよくなじむ柔らかめの方がすきです。今しがた主人が、折り詰めのお寿司をお土産に、会議から帰ってきました。正確に言うと会議のあとの夕食会から帰ってきたのですが、そのお土産のお寿司は、さして時間がたっているとは思えないのですが、ご飯が冷たくて、「美味しいお店」というわりには、残念でした。ずっと以前に、「すしは、ネタとシャリが合体しているから、すし」というせりふを聞いてから、ネタの大きすぎるものは、アウト。ネタとシャリが離れてしまうものは論外。などと、自分なりのこだわりをもつようになり、好みのおすし屋さん(1年に一度いければよい)が出来てからは、それ以外のところはどうもなじまないのです。基本的には、折り詰めも、お土産用につくり置いたものは、味が落ちていることが多いので、折角買って来てもらっても、文句を言う事が多く、以前「おまえには絶対買ってこない」と引導を渡されたのですが、今日は皆さんに同じようにお土産が出たのだと思います。おすしは、口に入れて、冷たく感じるのって嫌ですよねぇ。基本的に回転寿司は苦手ですが、回転寿司でも、思いがけずシャリがしっとりしていることがあって、注文して作ってもらったものなどは、美味しいなって思うこともあります。主人と結婚したばかりの頃、主人のお客さんで、大きなおすし屋さんから独立したばかりの方がいて、その方が主人に持たせてくれた折だけは、本当に美味しいと思ったのですが、残念ながらその方は、お商売には向いていなかったようでもうお店を出してはいません。匂いとか、味って、何年経っても鮮明に覚えているというか、思い出すことができるものなんですよね。結局カウンターには座れなかったんだけど、もう一度あの時の折り詰めのおすしを食べてみたいな。
2003年03月03日
コメント(1)
昨日は、大雨注意報が出るほどの土砂降りで、折角の休みもなんだか何もする気が起きず、天気のせいか頭まで痛くなって、ちょっと憂鬱な日でした。それでも、昨日を逃すと確定申告の用紙を記入する暇がなくなってしまいそうだったので、意を決してスタート。本当は、決算をもっと早くしておけば、申告書を書くくらいたいしたことではないのですが、その決算がなかなか手をつける暇がなく昨日になってしまったのです。決算をするにしても収入は変わらないのに(減っては困るのですが)減価償却分とか、借入金の利子など、経費に算入する分は毎年どんどん減っていくので、どうしても帳簿上の利益は出てしまいます。修繕や、維持費と呼ばれるものは、経費ですが実際にお金が出て行くものなので、多ければいいというわけにも行きません。収入がそのまま借入金の返済に当てられているので、実際に現金は何も残ってはいないのですが、帳面上は黒字で、所得税はしっかり払わなければいけません。まぁ、仕方がないのですが、払う時はため息ですね。でも、計算すると今年は、予定納税分をひいて追加で払うはずの税金が少ない。なぜ?計算間違えたかなぁ。答えは簡単、去年の主人の給与所得が3回の大幅なボーナスのカットにより、一昨年よりえらく少ないから。ちょうど、上の娘にかかるお金と同じくらいで、私が1年働いてもちょっと穴埋めできません。 去年、主人の会社は、回収不能の貸付金や、不動産などを、思い切って清算し、ここ近年になく大幅な減収減益になってしまいました。だからボーナスも自粛。でも、これで目に余る負債はなくなり、今年度からはまた、利益を計上できるようになるそうです。また、授業料を払う時期になりました。上の娘の大学生活の為に蓄えたものはありますが、やはり、ボーナスが貰えて、それにあてることができることは本当にありがたい事だと思います。明日主人が、会議でこちらに帰ってくる様子。家によるのは、何時になるかわかりませんが、この申告書をチェックしてもらい、出しに行こうと思います。今年は、私は個人事業主。来年の今ごろは、自分の分の確定申告をしているのでしょうか。
2003年03月02日
コメント(3)
言葉が足りなくて、うまく今の気持ちを表せないかもしれないのですが......。反省しています。小さい子どもに善悪の判断や、規律やルールなどを教えるときは、言葉や理屈ではないことはわかっていたはずでした。「そんなことしたら○○ちゃんが嫌な思いをするよ。」「お母さん悲しいなぁ」「みんなが心配するでしょ。」そういって、その場その場に応じて、わかるように言ってこなければいけなかったのです。どの子に対しても、親として自分がいけないと感じたことは、全力で対処してこなければいけないはずだったのに、自分と意見や感覚違うことによって、その思いがすんなりと通じなかったことが重なったり、子どもがある一定の年齢になると自然に(?)解かるようになるような、経験をすることで、一番下のはるかには、緊張感が足りなかったように思います。上の娘は、言葉で言い返すタイプ。言葉で自分の気持ちを説明できるし、自分からははめをはずさないタイプで、ある意味安心して見守ることが出来ました。長男は口下手、言い聞かせれば理屈はわかるけど、「自分が今したいこと」をしたいタイプ。体当たりで言い争いましたが、今は落ち着いていると思います。はるか、親として一番掴めていないのかもしれません。本人も喘息であまり元気よく外でお友達と遊ぶことはありませんでした。長女の怪我や大学受験で、この子のことは後回しにしたかもしれません。私と長男との言い争いを横で見ながら、何か小さいながら思うところがあったんだとと思います。もっと、はるかを見て、注意深く見て、私自身、上二人ができるから当然解かっているだろう勘違いしているところを探して、じっくり修正していかなければならないと、心に決めました。今、自分がしなければいけないことを、もう一度よく考えてみます。
2003年03月01日
コメント(1)
全31件 (31件中 1-31件目)
1

![]()
