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今日から四日連続で、おカタい方々を対象としたお仕事(出張)が続く。気分としては、あまりのり気でない。いろんな人から、今私がやっている仕事は「天職」だと言われる。そうなんだろうか。自分では自信ない。嫌いではないし、むしろ好きな仕事だ。人の役に立っていると思えるし、やりがいのある仕事だ。報酬も決して悪くはない。しかし。どうも「ちがう」と思い始めてはや2年。そろそろちがうことをやりたいと思い始めてはや1年。来年あたり次のステップかな?と思い始めていた今日この頃。しかし、どうも「世界」が私に求めているのはそういうことではなさそうだ。「もうしばらくこの仕事をやりなさい」「ここであなたの役割をはたしなさい」と言われているようなできごとが続いている。「私に求められているのは、今このお仕事なんだな」・・・と、受け入れ始めているところ。世界から求められる「お仕事」って、きっと自分の快・不快を超えたところにあるのかもしれない。な~んて思いながら、明日も出張。今できることを、がんばってみるか。
2006.11.28
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肺炎を患っていた娘は無事回復し、本日より登校。自分自身もひどい風邪をひいていたので、娘の看病とダブルできつかった日々がやっと終了。・・・で、気がついたら、部屋の中がすごいことに。。。はっきり言って、荒れてます!正気に戻って(?)しっかり見てみると、その汚れ方がはっきりくっきりと見えてくるもんですねえ(・・・と感心している場合ではない!)部屋の中が荒れている状態のときは、自分自身も荒れているときなのだということが、よ~~くわかります。ずっと続けていた踏み台昇降もやめていて、体をあまり動かしていなかった。体を動かさない→体がだらだらとよどんでしまう→考えも感情もよどんでしまうこの邪悪なループにすっかり入っておりました。ま、具合も悪かったんだけど(←言い訳)。で、ここのところ、妙ないらいらが続いていました。自分の思いどうりに動かない子どもたちにいらいらして、ついキツイ態度をとってしまったり。そんな自分に自己嫌悪したりして。自分でも「荒れてるなあ・・・、具合も悪かったし疲れているのかな」程度に思っていたのだが、まさに、「住んでる部屋があなた自身」(byそうじ力研究家のみっちー会長)ですね。こういうときは、どんなお祈りよりも呪文よりもセラピーよりもカウンセリングよりも、まずは掃除!!というのが私の体験から学んだ鉄則。とにかく換気(全部の部屋の窓を開ける!)→あとはさっさと掃除しかしこの第一ステップの「とにかく換気」というのが、おっくうになるのよね。寒くなったし。動きたくないし。こたつから出たくないしい。。。だらだら→寒いしうごきたくない→モノが溜まる・埃も溜まる→マインド(雑念)も溜まる→ますますよどむ→だらだら→動きたくない→・・・以下延々と続くこの悪循環ループから抜けるには、「まず動く」しかないな。「寒いから動きたくない」から「寒いから動こう」に強制変換し、今から換気に入りますっ!
2006.11.27
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肺炎の娘、少しずつ回復しています。リビングに布団をひいて、げほげほ咳をしながら娘が見ているのは録画していたTVドラマ「のだめ」こと「のだめカンタービレ」。このまえ放送された第六話を繰り返し繰り返し見ている娘(もう5回目くらい?)。つられて息子も見ている。もちろんつられて私も見ている。その結果、当然のことながら家族中が「のだめ」にはまってしまった(ただし夫とばーちゃん以外)。子どもの頃からクラシック好きだった私は、ひそかにニンマリ。初回から見ている「のだめ」をきっかけに、なんとか子どもたちを「クラシック好き」にできないかとたくらんでいたのですが、見事洗脳(?)に成功。ガーシュインの「ラプソディインブルー」をかけると、子どもたちは大喜び。続いてラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」でさらに盛り上がる。(どちらも「のだめ」で演奏される曲)「やっぱ、ドラマでの演奏はテンション高すぎだよね~。このCDくらいのスローテンポがいいよ」とは息子(小5)のラフマニノフ評?。続いてベートーベンの第七番をかけて、全員で「指揮者になったつもり」=エア指揮者ごっこで盛り上がる。なんと我が家はいつのまにかクラシック一家になっちゃったのでした。しかし一番洗脳された(はまっちゃった)のは、実はこの私。小学生の頃、オーケストラに入るのが夢だった。楽器は何でもよかった。あの壮大な、美しい音楽のほんの一部にでも自分がなれるのであれば、楽器は何でも良かったのだ。年をとるにつれて、その夢は完全にあきらめてしまったけど。だから今「のだめ」を見ていると、涙が出そうになる。憧れて憧れて、でもかなわなかった夢だから、うらやましいようななつかしような切ない気持ちになる。「もういっかい、ピアノやろうかな~。バイオリンもやってみたいな~」と言うと、「いいじゃん、やんなよ~!」と娘。オーケストラは無理でも、もう一回音楽のある暮らしに戻れそうです。
2006.11.25
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風邪がなかなか良くならない。今日もげほげほと咳をしながら出張へ。小二の娘も体調を崩し学校を休む。ずっとぐずぐずと熱が出ていると思ったら、今日病院に行って娘が肺炎と判明。ショックです。。。実は明日、家族でぜひ出かけたいところがあったのです。それは、横浜美術館で開催される「甲谷匡賛(こうたに・まさあき)作品展」。甲谷匡賛さんは私の知人の夫さんで、2002年にALS(筋萎縮性側索硬化症)を発病された方。ALSとはすべての運動筋が次第に萎縮し、最後には呼吸もまばたきもできなくなる、原因も治療法も解らない難病。現在の病状は会話不可、四肢・体幹機能はほぼ全廃の状態とのこと。つまり、からだはまったく動かない状態でも、感覚や思考状態はまったくクリアな状態とのこと。「痛い」「かゆい」「つらい」といくら感じでも、それを周りに意思表示するすべがない。そんな病を持ちつつ、二人の息子さんたちに、「できないことではなく、できることに集中して生きる姿を伝えて生きたい」という、甲谷さんの作品展です。甲谷さんとは直接お会いしたことがない。でも彼のパートナーであるSさんとは、昨年夏に知り合った。神谷美恵子のような崇高さと、吉本興業のようなオモロサを兼ね備えた素敵な女性である。難病の夫を支えながら子育てをし仕事をする彼女は、言葉では表せない大変さがあると思う。でもちっともその苦労を声高にアピールしないし、恨み言も言わない。むしろ、ユーモアと誠実さで軽やかに、しかし毅然と生きる姿が印象的だ。世の中には、なんて素敵な人がいるのかと思う。明日は娘の看病に専念しよう。でもかならず来週までには、家族と共に展覧会に足を運ぶつもりである。子どもたちにも、ぜひ彼とそのご家族の生きる姿勢と、病床から生まれた作品たちを見てもらいたいからだ。「甲谷匡賛(こうたに・まさあき)作品展 A-LSD!」~ALS(筋萎縮性側索硬化症)の病床におけるHIGHな出来事は、11月23日~12月3日横浜美術館アートギャラリー1にて開催中です。興味のある方は、どうぞ足を運んでみてください!
2006.11.22
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風邪を悪化させながら、5時起きで東北方面に出張。一泊二日のみちのく一人旅である。が!具合が悪い。なんとか根性で仕事はこなすが、宿泊先のホテルで高熱。いったい熱が何どれくらいあるのかわからない(体温計ないし)。夜子どもからホテルに電話がかかってくるが、私はほとんどうめいていただけである。具合が悪すぎで眠れない。ならばいっそ起きていようと、持参の本を読み始める。今回持参したのは以下の二冊。「釜ケ崎と福音」(釜ケ崎に身をおく神父さんによるノンフィクション。ずっと読みたかったが高くて買えず、ついに図書館で発見)「葉桜の季節に君を想うということ」(ミステリー。前作がおもしろかったので。これも図書館で)期待どうり「釜ケ崎と福音」でぶっ飛ぶ。これはすごい!と、高熱にうなりながらも目からうろこがぽろぽろ(体はぼろぼろ)。帰りの電車の中で、「葉桜の・・・」を読み始め、一気に3分の2まで。う~ん、しかしこの小説、ラストのつめが甘そうな予感。でも時間つぶしには調度いい。毎回出張のお供には、2~3冊の本が必要である。しかも、フィクション(できればミステリー)+ノンフィクション(できれば社会派)+実用書(お掃除の本とか)の組み合わせがベスト。これだけあれば、長時間の移動にも耐えられるのよね。(いつも荷物が重くなるのはそのせい。。。)本日はお休み。出張先で読めなかった新聞連載小説の「メタボラ」(朝刊)と「悪人」(夕刊)を一気にまとめ読み、両者共にますますクライマックスの予感にわくわく。この後はまじめに布団に入って養生し、「葉桜・・・」のクライマックスを楽しみに読むことにいたしましょう。あ、掃除もしなきゃ。。。(部屋は荒れ放題・・・まさに体の状態と連動しています)
2006.11.20
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先日、息子のお友達のお母さんにばったり会ったときのこと。「○○くん(←息子の名前)元気?」ときくので、うん、元気だけどと答えると、「ちょっと気になることがあったので」とのこと。話を聞いてみると、うちの息子が同じ町内の子(まあ仲の良いグループの子)に一方的に罵倒される事件があり、泣きながら帰っていたという。それが1学期終わりくらいのことらしい。これまで息子を見る限り、特に変わった様子は思い当たらない。基本的に人間は、喧嘩したり傷ついたり傷つけたりするなかから成長していくもんだと思っているので、それもまたいい経験である。しかし、まあ、今「いじめ」報道の真っ最中ということもあり、私は少なからず動揺した。子どもたちの話をじっくり聴く時間を充分とっていない。忙しさにかまけて「聴いていない」。なんだか「親失格っ!」って気になってきた(おおげさです。はい)それを機会に、子どもたちの学校や友達との「なんでもない話」に耳を傾ける時間を、ちゃんととろうと思った。そう決心したとたん、こっちの姿勢が微妙に変わったことを察知したのか、子どもたちに話を振ると、話すこと話すこと! どんどん話してくれる。学校であったこと。友達とのこと。へ~!そうだったの!?えっっ!そんなことあったの!!!!うそうそうそうそっ!!知らなかったよお!と衝撃&驚きの連続である。今までいかに子どもたちの話をちゃんと聴いていなかったか、よ~~くわかった。でもねえ。肝心のところは話してくれなかったりする。「ねえ、もうちょっとそのへんのこと話してよ」と言うと、「子どもには子どもの世界があるの。大人にも大人の世界があるでしょ」と小二の娘に諭されてしまう。う~ん。てごわいわね。以前、「きみのしらないははのせかい」という日記を書いた。そのとき私は、「わたしの知らないきみの世界」も同時に存在するということに、まったく気づいていなかった。まったくのんきな母親です。誰も知らない自分だけの世界。そんな世界もあっていい。でもねえ。願わくば、もすこし分かち合いたい。分かち合ってもらえるように、ちゃんと相手の話を聴かなくちゃね。せっかく縁あって共に生きているのだから。
2006.11.17
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う~~。先日の「次長課長」野外ライブのせいか、すっかり風邪をひいてしまった私です。しかし体がどうであれ、お仕事(家のお仕事・外のお仕事)は確実にやってくるのである。ついこのまえのこと、お仕事のため某大病院に行ってきた。そこで数日間お仕事をしていて、しみじみと感慨深かった。その病院は、10年前に生後3ヶ月の私の息子が入院した病院である。はじめての子どもで何をどうしていいのかわからず、私はオロオロとするばかりの新米母だった。医師に「ひょっとしたら障害が残るかも」といわれてパニックになった。不安におしつぶされそうになりながら、病院に泊り込んだ日々。あれから10年。息子は健康で元気でやさしい男の子になった。私もその分年をとり、かなり図太い母になったと思う。そして何より、当時は新米の専業主婦だった私が、10年後なぜか同じ病院で大勢の看護師さん相手に研修のお仕事をしている。あのとき不安でいっぱいの私に親切にしてくださった看護師さんたちに、どれだけ救われたことか。そんな看護師さんたちと、10年後、まったく違う立場で向かい合っている自分。信じられない。不思議な光景だ。自分がこんなふうに仕事をしている姿ですら想像できなかったのに。10年前と10年後。ずいぶん変わるもんだと思う。10年という歳月は、自分の想像をはるかに超えている。これから10年後、いったいどうなっているのだろう。10年後、息子は21歳、娘は18歳。私はどんな仕事をしているのだろう。どんな家族になっているのだろう。その頃私の母は生きているだろうか。元気だろうか。10年前の私は、育児の日々を生きるのに精一杯だった。自分のやりたいことも展望もなんにもなかった。あれから10年。少し余裕が出てきた今、5年後10年後の家族と自分をしっかり見据えて生きていけたら、とあらためて思った。
2006.11.16
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今日は下の娘の誕生日。朝、ちいさな仏壇に熱いお茶をお供えし、亡き父に、娘と共に手を合わせる。「父が会うことのなかった孫娘が、無事8歳になりました」と、報告し、感謝し、亡き父と共にお茶を飲む。さてそれから、娘と一緒に買い物へ。そして息子と夫を呼び出し、近所の大学の学園祭へ。お笑い好き(夫以外)の我が家が大好きな芸人、「次長課長」がやってくるという。開始2時間前からスタンバイし、寒い野外で震えながら登場を待つ。途中たまらず夫が抜けていったん家に帰り、毛布と上着を差し入れてくれる。「次長課長」見たさに凍えながらのサバイバル。待ったかいあって、とっても楽しいライブを体験できました!いや~笑いました!やっぱ笑うのって、ほんとにいいです!冷えた体で帰宅し、これから夫が作ってくれた料理で誕生日パーティ。メニューはエビチリとあさりバターとからあげとのこと。(なんか酒のつまみみたい)とにかく、次長課長にも会えたし、印象的な一日でした♪
2006.11.12
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このタイトルでぴんときた人は、きっと朝日新聞の購読者。「メタボラ」は朝刊の連載小説(桐野夏生)。「悪人」は夕刊の連載小説(吉田修一)。毎日律儀に読んでいるわけではないが、気が向いたときに読んでいたら、なぜかやめられなくなった。不思議なことに、朝刊の「メタボラ」も夕刊の「悪人」も、なんだか雰囲気がよく似ている。どちらにも、しがない若い男が出てくる。働いても働いても裕福になれないワーキングプア。努力しても先が見えない、どうしようもない無力感にさいなまれている男が主人公。そしてどちらにも、どうしようもない親を持つ子ども、どうしようもない子どもを持つ親、が登場する。今日、出張からくたくたになって帰ったところで、ふと手にとった夕刊に載っていた「悪人」を読んで、不覚にも涙。世間から「どうしようもない女」と後ろ指さされた娘、非業の死を遂げたその娘の霊と再会する父親。生きている間に交わることが決してなかった魂が、娘の死後、はじめて交流するさまは、本当にせつない情景だ。どうしようもない人々(私もそのうちの一人だ)、でもかけがえのない人々を描いた、こんなお話が私は好きだ。それはきっと私が、「どうしようもない父親」を亡くしたあとで、そのかけがえのなさにはじめて気づいたおろかな娘だからだ。どんなに自分が愛されていたかにはじめて気づいたのは、父を亡くして十年もたったときのことだ。今、自己流にしつらえた仏壇で、毎朝父とお話している。こんなふうに魂で会話できる日が来るなんて、信じられなかったのだが。そんなこともあって、どうしようもなくせつない親や子らが登場する「メタボラ」と「悪人」に、きっと心惹かれるのだろうな。
2006.11.10
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踏み台昇降を始めて、はや1ヶ月。はたしてその効用は!?結果発表いたします。体重・・・変化なし!ウエスト・・・変化なし!(涙)・・・・・・正直言って、かなりがっかり(&しょんぼり)。でも、それでもなぜか続けているのです。なぜかというと、ダイエット以外の意外な効用があるんだなこれが!出張のある日とかは時間がなくてできないけど、それ以外はほぼやっている踏み台昇降。通常は朝、子どもたちを送り出したあと、録画しておいたTV(主に深夜のドキュメンタリー)などを見ながら30分ほど昇降やってます。そうすると体がぽかぽかと暖かくなって汗も出てきて、体が「もっと動きたい!」と、うずうずし始めるのです。そこでお掃除開始!そうすると、体が動く動く!!めんどくさがりやの私も、スミからスミまでサクサクとお掃除できる。寒がりの私も、すべての窓を全開にして換気することが苦ではない。冷たい新鮮な空気をお部屋いっぱいに入れながら、お部屋もきれいになって、しかも体があたたまる。これはまさに一石三鳥の効用です。それから、駅の階段もぜんぜん苦じゃない。エスカレーターがあっても、さっさと階段のほうをのぼってしまいます。どうやら私のズボラー体質(あまり動きたくない・めんどくさいこと避けたい傾向)の改善に、大いに役立っている模様。でも、ほんとはダイエットしたかったんだけどな。まあこの調子で、しばらく踏み台昇降ライフを続けてみます。
2006.11.09
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前回の大掃除のきっかけとなった客人が、1週間の滞在後、昨日帰っていった。その客人とは、私のいとこ=年下の女性である。はっきり言って昔っから苦手なタイプ。もっとはっきり言うが、私は彼女が嫌いである。自己中心的で依存体質。いつも周りに対して文句ばかり。誰かのせいにして自分は被害者。。。ってな感じに私には見えてしまうんである。そんな彼女が、先ごろ離婚をしシングルマザーとなってうちに遊びにきた。幼い子どもをひとり連れて。1週間いっしょにすごして、彼女は病気かもしれないと思った。ストレスのためか30キロ太ったという。きいてみると心療内科にかかっており、服薬中とのこと。私には見えない、大変な苦労をしているのだろう。そして離婚後、これからもっといろいろな苦労が待っていると思う。とはいえ、嫌いな人を好きになれるほど私はできた人間ではない。私にできることは、1週間をできるだけおだやかに、共にすごすことだけ。彼女にはあまりやさしくはできないが(笑)、彼女の子どもにはとびっきりやさしくできる。そうすることが唯一の私にできるサポートだ。滞在中いろんなことがあったが、客人の親子は昨日帰っていった。「これから、がんばるんだよ」と心の中でエールを送った。言葉に出して伝えてしまうと、ついでにお説教もしたくなってしまうから、今はまだ心の中で祈るのみにしておこう。
2006.11.07
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明日は娘が通っている学童の運動会なんです。その運動会は、親も子どもと同じように本気で走ったり跳んだりするハードな運動会なのですが。。。私ももちろん母親として参加するのですが。。。本日下駄箱を探索したら、私の運動靴が、ない!スニーカーが、ない!!運動できるような靴が、ないのですっ!!!!そう。捨ててしまったのです。前回の大掃除のとき、「後悔してもいいから捨てよう!!」と決心して、さっさと捨ててしまったんですね。。。スニーカー。。。ええ。いいんです。いいんですとも。だって、「後悔してもいいから」捨てる!って、決めたんですもの(涙)。後悔してるかって?そりゃまあ少しは。だって明日私は、革靴で運動会でかけっこ(涙)なのですから。。。この事件は、後悔を引き受ける修行の記念すべき第一号として、歴史に刻まれることでしょう。。。
2006.11.02
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本日は休日なり。しかし訳あって体も重く、気持ちも重い。こんなときに絶対やっちゃいけないことがひとつある。それは・・・買い物。ネガティブモードのときに買い物しちゃうと、ついついしょうもないものを買っちゃうんですよね。あとで、何でこんな物買っちゃったんだろう!?と思う物は、たいていそういう精神状態のときに買ったものだったりする。心が曇っているときには判断も曇るのよね。危険キケン!というわけで、今日は街に出るのを中止する私であった。(街中にでちゃうと、ついふらふらと買い物したくなっちゃうからね)でも、気分転換にどこかに出かけたいしなあ・・・と迷う私。(ええいどっちやねん!と突っ込むもうひとりの私)そこで、余計な物を買い込まないための戒めとして、前回の大掃除で泣く泣く手放したものたちの写真を掲載しておくことにした。捨てた物の中の、ほんの一部ですが。↓若かりし頃、ヨーロッパ一人旅をしたときのザック。思い出がいっぱいのザック。。。でも、いまや古くて使いづらくて、もう10年以上も使っていないのです。感謝と共に、さようならしました。↓映画のポスター。あこがれのゴダールのもの(赤面・・・)今の私にゴダールは必要ありませぬ。↓ゴミとなり、やっと成仏した大勢のモノたち。↓雑巾として転生した衣類たちこれだけ捨てるのは、ほんとうに心痛む作業であった。。。ということを肝に銘じなきゃね。
2006.11.01
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