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来週土曜日曜(5日・6日)に大阪で開催予定の「ワンワールドフェスタ」というイベントにパネリストとして登壇する。これは外務省が後援する国際協力に関する企画で、たまたま僕の後輩で外務省勤務の人が、大阪の企業経営者で国際協力もやっている人というので僕に指名があったものだ。http://blog.canpan.info/owf/ 軽い気持ちで引き受けたのだが、3、4人のパネリストが二時間ほど話をしたり質問に答えたりする僕が出演するコーナーに、なんと寛平ちゃんがサプライズで登場するらしい(あれ、書いて良かったのかな?)。僕も最近はランナーの端くれだから、あのアースマラソンは畏敬の念を持ってフォローしていた。毎日50キロ走るなんて驚異の世界で、最後のゴールシーンは家族でテレビにかじりつきながら感動していた位である。国際協力うんぬんについて話をするより、あの寛平ちゃんと同じ舞台に立てるのが嬉しい。という訳で、焦点はずれてしまいそうだが(因みに寛平ちゃん、二年ぶりにテレビ界に戻って来たものの、本職の「しゃべり」は全然駄目になったらしい)、暇があったら見に来てくださいね。5日の14時からです。
Jan 29, 2011
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民族博物館館長であった京大名誉教授、梅棹忠夫の対談本を読んでいたら「私の履歴書」からの引用があった。彼は結核に罹り、その時の心境を以下の様に書いている。「社会生活から脱落して家に閉じこもっている間、友人たちがたびたび見舞いに来てくれた。彼らから大学のことや世間の動きを聞いているうちに、わたしは世の中が何事もなく進行していることに気がついて、愕然とした。わたしは自分という存在が、何の意味も持っていないことを思い知らされたのである。青年というものは、なんとなく自分を中心に世界を回転させているものである。それが実際は、自分抜きで世界は動いているのだ。私は謙虚な気持ちになるともに、深い虚無感をいだくようになった。(『行為と妄想 わたしの履歴書』)」梅棹氏はそれで、「それでわかったんやな。そういうもんやって。わたしはいらんもんやなって。」「いらんもん」とは関西弁で「要らないもの」という意味だ。「いらんもん」と悟ったというは消極的な意味ではない。「自分なんて世界の大きさからすると小さな、存在しなくても済む様な存在だ。だからこそ、その小さな存在に意味を持たせる様に謙虚に、精一杯努力しなければならない」ということだと思う。世界は自分なしでも、自社なしでも回っていく。その冷徹な事実をしっかり分かって、「それでお前は何が出来るのだ」という問いに正面から応えていきたいと思う。
Jan 27, 2011
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またブログ更新が遅れてしまったが、そう言えば今年は新年早々アムステルダムに行って来た。アムステルダム国立美術館は改装中で、別館でレンブラントの「夜警」を観た。欧州の街は美しい。都市計画がなされて景観にも配慮されている。勝手なビルが建てられては壊され、電線が空を覆っている日本とはえらい違いだ。オランダは自転車の街だ。自転車通勤、通学はとても多いし、面白い形の自転車もよく見かけた。仕事も無事終わって、もちろん早朝街をジョギングして(池が凍っていた)、それから同行の足立さんと一番有名なレストランに行ってきた。公園の一角にあり温室が併設してあってそこの有機野菜を出してくれる。あまりにパンがおいしいので、我がままを言って特別にお土産に貰って帰った。スーパーでチーズを買って日本に持ち帰り、そのパンと一緒にいまだに自宅で楽しんでいる。たまに欧州も良いですね。次回はイギリスに行くつもりだけど、それも楽しみです。
Jan 25, 2011
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前回は「組織を動かす」ということで会社などの組織を動かすにはどうすれば良いかを書いた。その法則はまさしく外部の、自社の顧客を動かす、説得する際にも全く同じことなので、そのことを書いておこうと思う。世の中の人や会社は、自社や自分の組織のために存在しているのではない。自社ばかりに都合の良いことを言ったって誰も協力してくれないし、自社製品のメリットをたくさん並べても、顧客は真面目に聞いていないのが普通である。顧客が動くのは、自分にとってメリットがあると本当に感じた時だ。自社の社員の場合と同じ様に、それぞれの顧客の心の中には、そうありたいと思う自分、新しいアイデア、やりたいことの「火」があるはずである。当社の役割はその顧客の中にある小さな火を発見し、当社の力でその障害を取り除き、その火をもっと大きなものに変え、そして顧客の夢を実現することにあると想う。他社・他者を動かそうと思えば、その会社・人の味方にならねばならない。ただ単にモノをあげるのは小善であって、本当の善、大善とは他者がなりたい自分、自分でも気づいていない本当の自分を発見してあげて、その実現の手伝いをすることだと思う。人はその手伝いをしてくれる人を味方と見做し、ようやくこちらを向いてくれるものだと思う。 稲盛さんのいう「利他の経営」とはこういうことだと思う。自社のことばかりを考えていれば(=利己の経営)、顧客は動いてくれないばかりか商売としても成り立たない。相手のことを真剣に考え、相手の夢を叶えるお手伝いをすることが利他の経営であり、結果的には商売もそれで成り立つ(それでしか成り立たない)のだと思う。 経営は奥深い。利他の心をどれくらい専門性を持って取り組めるかが、当社の存在意義である。今年も始まったばかりだが、真剣に取り組んでいこうと思う。
Jan 17, 2011
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日経ビジネスを読んでいたら、先日更迭された長妻元厚労省大臣の談話が載っていた。曰く、「天下り問題、厚労省の隠蔽体質を変えようと思ってトップダウンで取り組んだが、一年という短い期間では結果が残せず、国民の期待にも応えることができなかった」というもの。この人、本当に間違っているなあと正直思った。天下り問題なんかは今の日本が抱える問題のほんの小さな問題でしかない。厚労省管轄の行政にしても、国民は要するに「将来老後は大丈夫か、社会保障はきちんとなされるのか」が興味であって、公務員をやり玉に挙げて溜飲を下げることは一時的には気が晴れる人は気が晴れるけれど、全然問題解決にはなっていない。それに厚労省役人は全く長妻大臣を歓迎せず、評価もすごく低かったと言うがそれもそのはずである。人間は自分たちの味方と見れば協力するけれど、敵(=既得権益を崩す)と見れば協力できないのも人間の心理である。組織を動かすには、組織の目的を理解しなければならない。僕が思うに、組織の目的(対内部)は、限られた個人の力ではできないこと、その人がしたいと思って(=夢)なかなか出来ないこと、組織が良くなるにはこうなれば良いなと思うこと、こういう事柄を見つけて(=夢の発見)、障害を取り除き後押しして実現できるのが組織である。一人一人の社員は本当は良いアイデアを持っている。誰だって自分の夢ややりたいことがあるし、でも独りでは出来ないのが人間だ。だから組織を作って、会社の存在意義との接点を見いだして「良き自分」を実現出来るのが、「場としての会社」である。この時組織(=会社)は個人(=社員)の味方になるから、組織の発展に対して皆協力してくれることになる。厚労省の役人だって、元々はそして多分今も厚労行政を通じて社会を良くしたいと思っているはずだ。そして勿論組織の非効率性や改善点をアイデアとして心の中に持っているはずだ。これを発見して、組織の力で実現していくことこそ本当の仕事だと思う。天下り批判はあるけれど、官僚で優秀な人は実際多いから再就職を妨げる必要は全くない。また現役時代に残業代もなしで働いているのだから、定年後は恵まれた待遇が欲しいのも人情である。働くもの食うべからずの原則から言えば、法人税を払っていない赤字企業、既得権益で守られた民間企業の方がずっと無駄な額は多いはずだ。そう考えると些細とも思える官僚叩きをしてしまって、本来の厚労省の仕事(=厚労行政)には全く手を付けなかった彼の姿勢は問題だと思う。如何に社員に活躍してもらうか、それは罰を与えたり将来の不安を抱かせることではなく、一人一人の心の中にある「やりたい何か良いこと」を発見して、実現できる場を提供することだと思う。
Jan 11, 2011
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新年開始に当たって、当社では毎年経営会議なるものを開いている。夕方からは新年互礼会で、主に仕入れ先メーカーや大学の先生、地元でお世話になっている人たちを招いてのパーティーでそのダイジェスト版をご披露している。今年冒頭にプレゼンをしたのは、当社が「やること」と「やらないこと」の明示だ。「やらないこと」の方は明確である。当社は機器メーカーとして設立され、ほんの10年前までは機器製造販売比率が5割は超えていたと思う。15年前なら8割位もあっただろうか。それが現在は1割にも満たないと思う。この10年でメーカーから専門商社へと変化してきており、「やらないこと」の一番目は「製造業をやらない」ということだ。勿論当社の特徴である商品開発はやる。しかし工場や生産設備を持って製造はしないということである。日本には設計図さえあれば幾らでも作ってくれるメーカーがあって、当社の規模でそんなところまで手を出す余裕がない。だから製造はメーカーに任せて当社はいわゆる「商品開発・企画」に特化することである。二番目は「サービス業はやらない」ということだ。散髪屋さんや弁護士でも、結局は時間幾らの商売である。1時間分働いて5000円とか数万円とかの対価をいただく。こういう商売は当社には向いていない。サービス業の場合は売上を二倍増やそうとすると単価が変わらなければ労働時間を二倍にしなければならない。いわゆる生産性を上げることが困難で、規模の拡大とともに社員が増えてきて、どうしても経営が難しくなる。これは好みにもよるが少数精鋭でどんどん生産性を上げる方が選ぶか、社員も増やして規模を拡大していくかの選択では僕は前者を選びたい。三番目は「在庫は持たない」ということだ。モノを作らないなら基本的には在庫は要らず、売れた分だけメーカーから仕入れれば良い。実際にはそんな自社だけに都合良くはいかず、商品を扱うのに最低の仕入れ金額や輸入商品など、仕方ないものだけ持つことになる。逆に言うと在庫は戦略投資であるべきで、生産設備を持つ代わりに投資として商品を持つ、開発費の一環としてある程度の在庫を持つということだけにしたい。「やること」の筆頭は勿論、「利益率の高い仕事をする」ということだ。当社の営業目標は売上ではなく粗利額で数値管理をしている。結局経費も給料も粗利からしか出ない訳だから、売上を見ても仕方なくて粗利を見ないといけないのは当然のことである。利益率が高いということはそれだけ創造性・独自性が高いということで、他にはない何かを提供することで初めて得られる。知恵を絞って他社にはないモノ、それでも顧客が喜んで購入してくれる商品を開発して初めて利益率は高くなる。製造業をやらずサービス業もやらず、かと言って右から左へ商品を流す商社の利益率は低いとすれば、当社はいったい何をやるのか。当社はB2Bビジネスだから、要するに「当社が提供する仕組みを使えば儲かる」という状況を作り出すことである。いわゆる「仕組みビジネス」、流行の言葉で言えば「プラットフォーム戦略」ということになるのだが、業界の中で必要とされていて誰も提供していない仕組みを構築し、そこに多くの企業が関わってくれれば当社にとってもビジネスチャンスは増えてくる。まあ具体的にはあまり書けないのだけど、沢山のプロジェクトが並行して走っているのは確かである。鍵になるのは「皆が幸せになる仕組みか」、独自性があるか、世の中に通用する価値あるものであるか、ということなどであろう。今年も始まったばかりだけど、いきなりトップスピートで頑張りたいと思います。年度始めは緊張しますね。
Jan 6, 2011
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