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「ウクライナ」戦争開始以降の主な記事(PDF版) イスラエルによって実質的に封鎖されて(燃料・水・食料などが断たれて)いるガザ地区の人道危機がさし迫っています。 ガザ地区を実効支配してきた「ハマス」によるイスラエルへの攻撃と民間人の無差別殺戮、イスラエルの「報復(過剰防衛)」による無差別爆撃・無差別殺戮はいずれも容認できるはずはありませんが、現在の人道危機と「地上戦」による更なる民間人犠牲者の拡大は何としても回避しなければならない。これは、国連事務総長だけでなく、世界の一部(欧米諸国の支配層および欧米における一定数の市民)を除けば、国際社会(欧米諸国以外の国家・政府と多くの一般市民)の考えではないかと思われます。 ただし、このような人道危機が回避され、人々が生きのびればそれでいいというものではありません。 「ハマスによるイスラエル市民に対する襲撃も非難されなければならないし、あらゆる戦争犯罪が適切に裁かれなければならない。ただ、現在おこっていることを断片的に切りとるのではなく、背後にどんな構造的な暴力があって何を取り除いていかなければならないのか、という視点が必要だ。」「近年だけをとってもガザは周囲をぐるりと封鎖され『天井のない監獄』状態におかれていた。そのうえ今は電気も水も食料も断たれじわじわ尽きている中で、200万人の人々がどう考えても生きられないという状況。これを見ればわかるように、圧倒的な力の不均衡の中で、ガザ地区の人々の生殺与奪の権をイスラエルが握り続けてきた。まずは目先の危機をどう回避するか、ということが重要だが、『監獄の中で生きなければならない』といういびつな構造に切り込まない限り、問題の根本は変わらない。」(10.22 「サンデーモーニング」における安田菜津紀の発言) 適切に問題を見るためには長きにわたる歴史的文脈を認識・確認することは必要ですが、ここではごく最小限の事実を列挙しておきます。1,19~20世紀にかけて、特に欧米各地で迫害されたユダヤ人の国家建設を1947年、国連が認めた。国連は「パレスチナの地」を(ユダヤ教の)イスラエルと(イスラム教の)パレスチナの二つの国家に分けると決議(「パレスチナ分割決議」)。だがそれは、そこに住んでいたパレスチナ人を故郷から追い出すことだったため多くの問題を含んでいた。2,この問題ある決議もいまだ実行されていない。二つの国家に分割するはずが、パレスチナに住んでいた人たち(中東戦争を経てガザ地区やヨルダン川西岸に逃れた人たち)は、建国すら認められなかった。「オスロ合意」によって得られたはずの自治もないに等しく、生殺与奪の権をイスラエルが握り続けている。(その現状への対応として「武力抗争も辞さない」立場をとるのがハマス。)3,ガザ地区はいま、イスラエルによって壁で包囲され水道もガスも電気も断たれた状態でイスラエルからの陸海空による全面攻撃を受けようとしている。 この問題に関して遠藤誉が記事を公開しています。ガザ地区の現状と自らの体験(1947年に長春で中国共産党軍によって食糧封鎖され餓死体の上で野宿した経験)と重ね合わせながら、イスラエルがやっていること、やろうとしていることはジェノサイド以外の何ものでもないとしています。 実感のこもった説得力ある訴えとして受け止めました。ぜひご一読ください。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2023.10.22
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「ウクライナ」戦争開始以降の主な記事(PDF版) 教育委員会が発表している県立高等学校教育の在り方に関する基本方針案について、この8月に出した私見(パブリックコメント)の後半です。 1, 人口減少地域、中山間地域の高校「魅力化」の問題 表記の問題について島根県は早くから問題意識を持って取り組んでおり、本県においてもそれに学びつつ、「とっとり高校魅力化推進事業」として具体化されている。しかしながら、その「本気度」についてはもっと島根に学ぶことが大切だと思われる。①教職員定数の改善例えば隠岐島前高校の場合、標準法の改正について県や県教委が国への要望を続け「隠岐島前高等学校の魅力化と永遠の発展の会」とともに文部科学省、総務省や国土交通省、財務省にも働きかけ「標準法に地理的条件を反映させる方向での改正」を勝ち取っている。新魅力化構想(叩き台) (dozen.ed.jp) P.36 前例のない状態から法を動かした上記取り組みを考えれば、「反映されるべき地理的条件を拡大」すること(=中山間地域における学級定員、標準定数の改善)は決して不可能ではない。しかも現在、中山間地の高校存続の問題は本県のみならず全国的な課題であり、「地方創生」「人口減少への歯止め」とも深く関連する問題として注目されている。 https://www.dlri.co.jp/report/ld/200931.html など「教職員定数」や「学級定員」の改善は、教職員の「働き方改革」、「持続可能な教育改革」、さらには「地方・地域社会の持続可能性」にもつながっていく課題であり、各地の教育委員会としても「知事会」としても強く要求していくべき重要事項ではないか。②住環境の整備など島根県の場合、町と県が基金をつくってお金を負担しあい、「寮の運営に必要な職員」を確保するなど具体的な条件整備を行っているという報告を(視察した職員から)受けた。ところが、「とっとり高校魅力化推進事業」のページによれば、「県外生徒を受け入れるための住環境が不十分であることから地域にあった方法で、県外生徒の受入環境を整備していくことが必要」と触れているだけで、県が積極的に条件整備をしていくという姿勢が感じられない。該当校や地元自治体に事実上「お任せ」するような現状になっていないか。それでは話にならない。「基金の創設 ⇒ 寮の運営に必要な職員の確保」といった課題も含めて島根県の取り組みにもっと学ぶべきでだと考える。3,社会的共通資本(教育環境・施設)の維持・活用 農業学科を含む各専門科においてこれまで整備されてきた「教育環境・施設」は宇沢弘文のいう社会的共通資本である。確かに、生徒減やその時々の志願状況を無視することはできないが、それぞれ重要性を持った「財産(地域住民や日本に居住する人々の)」であることも忘れてはならない。例えば、工業科、農業科における施設は「モノづくり」や「命を育てる教育」に必要なものであり、たとえ就職先などの進路に直結しない場合でも様々な「体験と学び」の重要な条件である。(大きくは日本の製造業や農林水産業の持続可能性にもかかわる。)今後は、「特別な配慮や支援が必要」と考えられている生徒の「実習体験」などにも活用する方向で極力活かしていくべきだと考える。(例:特別支援学校の「分級」を専門高校内に設置 ⇒ 支援が必要と考えられている生徒が専門科で実習できるような条件整備をすると同時に、専門学科を存続させ教職員数も増やしていく。そのようなモデルを本県から発信してもいいのではないか。)専門高校もこれまでに定めた「基準」に照らして機械的に「学級減」の対象とするのではなく、いかにして共有財産を守り存続させていくか、別の角度も含めていかにしてこの財産を活用するか、ということにもっと注力する必要がありはしないか。4,結論(再度) 持続可能なかたちで教育の「質」を高めること、学校現場の健全な活力を膨らませ、創造的な教育を生み出していくことは確かに重要だと考える。ただ、そのためには国の標準定数法も含め「これまでの条件」を当たり前として受け入れ進めようとするのではなく、(地域の、さらにはこの国の)教育を創造していく立場からそれらを改善すべく最大限の努力を払っていくことが大切だと考える。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2023.10.09
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「ウクライナ」戦争開始以降の主な記事(PDF版) 教育委員会が発表している県立高等学校教育の在り方に関する基本方針案について、この8月、私見を提言しました(パブリックコメントの提出)。 2回に分けて公開します。 「基本方針案」における「高校教育改革の必要性」、「今後の県立高校が目指す姿」にまとめられた構想からは、確かに「めざしたい高校教育の在り方・改革」はある程度伝わってくる。現学習指導要領はもちろん各地で行われている「魅力化事業」の積み上げも活かされているように見える。だが、めざすものを実現していくための条件が根本的に問われていないように思われる。教育に関する基本方針を「上滑りの掛け声」にしてはならない。 1, 教職員定数の問題例えば「生産年齢人口の減少」のところで「適正な規模を維持しながら」とある。これは従来の学級減の方針(1学年3学級の場合、2年連続募集定員の3分の2を下回ったら2学級に減らす)を前提とした記述だと思われるが、私はこのような「基準」に基づく機械的な学級減には反対である。また、同記述は現行の標準定数が変わらないことを前提に書かれたもののようだが、TT担任制の推進・復活も含めて、これまでの教職員定数を増やすこと(定数改善)こそが現在求められている必須の条件ではないか。これは、学級数が「適正規模」を下回る郡部校だけでなく、適正規模に達している都市部の普通科高校や専門高校にも必要となる条件整備だと考える。現状のままでは地方の教育のみならず日本の教育自体が破綻しかねず、改善が必須だということを、現場の実情を知る県教育委員会・地方自治体こそが国に強く訴えるべきではないか。知事会なども強く動くべき。これまでのような、「教職員の善意と頑張り」に依拠した改革は持続不可能だということは声を大にして言いたい。(理由)・教職員定数を増やすことを抜きにして「改革」を実現することは極めて困難である。「基本方針案」は、教育の質の向上をうたい「新しい学び」の創造を強調している(学習指導要領にもほぼ同趣旨の内容が盛り込まれている)。結局、これまで教職員に求めてきた以上のものを要求していくということであるが、創造的な学びを構想し保障していくための時間的余裕は、小規模校であるなしを問わず今の学校現場に欠けている。・定数改善を抜きにした「教職員の働き方改革」は必然的に「掛け声だけ」となり、現状は全く改善されない。全国的に教職員の志願者は減少し、倍率も低下傾向にあるが、その背景にはあまりにも余裕のない学校の現状がある。 公立の教員採用倍率3.7倍 過去最低に 文科省調査 | NHK・このようなことで、「教育の質的向上」や「創造的な学びの保障」が達成され、あるいは持続するのか?条件整備を抜きに教職員への「要求」だけがますます高まり、IT対応なども含めて求められる指導が多岐にわたる中、産休・育休代員をはじめ「非正規職員の確保」等が困難になることは必然ではないか。 全国的に多くの教員が休職・離職する中、「求められる要求に応えきれず苦しむ個人」も含め「支えあいのためのゆとり・教育現場の体力」を生み出すことなしには、公教育自体が破綻しかねない。 後半: 人口減少地域、中山間地域の高校「魅力化」の問題 に続くブログ村、教育論ー教育問題の中で渡辺敦さんも定数改善を強く訴えておられますね。(10月4日 追記)「無理」を可能にする定数改善の展望を: 教育ジャーナリスト渡辺敦司の一人社説 (cocolog-nifty.com)にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効「ウクライナ」戦争開始以降の主な記事(PDF版)教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2023.10.02
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