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アンセルム・チャン「旅立ちのラストダンス」シネリーブル神戸 予告を見ていて「道教」のお葬式のお話らしい。香港映画か。面白いかも。 まあ、そういう興味で見ました。 アンセルム・チャン監督の「旅立ちのラストダンス」です。 面白かったですね。イヤあ、役者はうまいし、お話も面白い、香港の葬式にも堪能しました(笑)。 結婚式場経営に失敗して、何はともあれ金が欲しいトウサン(ダヨ・ウォン)という中年男が「生きている人間相手に駄目だったんだから、死んだやつ相手に稼ぎな!」葬儀場の権利を譲ってもらった、引退する明さんから、まあ、冗談なのか本気なのかわからない言葉で励まされて、偽善的金儲けに邁進するのですが、だんだん、本気で、まともな葬儀屋さんになっていくんですね。 そのあほ男の成長(?)という展開を支えるのが、本気の道士さんである、まあ、仏教でいえばお坊さんですが、マン師匠(マイケル・ホイ)と、その家族の葛藤なんですね。 映画が葬儀屋のお話ということで、やたら人が死んでしまうので、この年になって見ていると、まるっきり他人事とも思えない面もあるのですが、一人、一人の死出の旅の世話をする、金儲け至上主義だったはずのトウサン君が、いつの間にか、金では説明できない、人の死について、ついでにいえば、残された人の生について、実にいいヤツへと歩き出していく姿を見て、やっぱり、泣けましたね。 というわけで、まずは、ダヨ・ウォンという役者に拍手!でした。 儀式の最後に舞を舞うマン師が、魂をあの世に導く道士であるなら、死化粧を施し、式場を整え、死体を焼くトウサンは残された人々のこころの世話をする、死者を送りながら、生きていることを喜び合う式場の支配人へと変貌していく姿にナルホドそうだよな、あんたホントはいいヤツやん!とか思って見ているのですが、まあ、登場する年寄りは明さん以外みんな死んじゃうんです。で、そのみんなを送ってきたマン道士の旅立ちがライマックスだったわけですね。送ってきた人をだれが送るのか?! 「ラストダンス」というこの映画題名の由来もそこにあります。 この映画の良かった理由の一つは親子、恋人、兄妹、知人との別れの葛藤を葬儀場という究極の現場を画きながら、それぞれの境遇を生きてきた人たちの愛の姿を率直というか、正直に描いてくれているところにありましたが、最後は旧弊な儀式を守り抜いてきた道士と新しい可能性を探る家族との別れ、いや、旅立ち、出発のダンスでした。 いやあ、上手いもんですねえ。なんと、まあ、葬儀場のお話で、人と人の出会いと別れ、世の中の移り変わりを見事に描いている物語の運び方のうまさに唸りました。拍手! ここからネタバレですが、女は穢れているとかいう因習的発言を繰り返していた頑固者の主人公のマン道士の旅立ちに踊るのが、父の仕事を尊敬し続けてきたにもかかわらず、女だからという理由で儀式からは遠ざけられてきた娘マンユッだったところがこの映画のクライマックスでした。彼女が、なんと、救急救命士という仕事している女性だということも、かなり大切な要素だと思いましたが、根底にある父と娘の愛!の素直な深さに胸うたれますね。 香港あたりの道教的な葬儀儀礼に残っている女性蔑視の因習を、明るく、感動的に越えようとする映画的意図も感じられて拍手!でした。監督・製作・脚本 アンセルム・チャン陳茂賢製作 ジェイソン・シウ チャン・シンヤン 製作総指揮 アルバート・ヤン ジェリー・リー カルビン・チョイ脚本 チェン・ワイケイ撮影 アンソニー・プン美術 イウ・ホンマン衣装 リー・ピククワン編集 ウィリアム・チャン カラン・パン音楽 ワンピン・チューキャストダヨ・ウォン(トウサン 葬儀屋)マイケル・ホイ(マン 道士)ミシェル・ワイ(マンユッ マンの娘)チュー・パクホン(パン マンの息子)キャサリン・チャウ(メイユッ トウサンの恋人)エレイン・チン(リン 食堂のオバサン)チョン・プイロサ・マリア・ベラスコレイチェル・リョンマイケル・ニンジョン・シュッィン2024年・140分・G・香港原題「破・地獄」英題「The Last Dance」2026・05・19・no092・シネリーブル神戸no381追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.05.22
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金聖雄「アリランラプソディ」元町映画館 待っていた映画です。金聖雄監督の「アリランラプソディ」です。 1990年の終わりから、ほぼ、20年がかりで撮り続けられた川崎市の桜本という地域のおばあちゃんたちが主人公のドキュメンタリーでした。 一番年の若い人で1950年代、登場する多くの人は1920年代に生まれたおばーちゃんたちです。ボクは1954年生まれで、今年(2024年)に70歳で、ボクの母は1928年、昭和でいえば3年生まれの辰年でしたが、亡くなって10年ほどたちます。まあ、その辺りの、だから。ぼくにとっては母に当たるくらいのお年の方が勢ぞろいです。 アリランを歌い、チマチョゴリの晴れ着を着て踊っていらっしゃる姿に涙がこぼれ始めたのが、映画の冒頭でしたが、70歳を過ぎて、初めて識字学級に通い、書けるようになった「日本語」の文字で「にんげんはつよい」 とお書きになっている色紙や、緑の木に雪が降り注いでいる美しい絵が映し出されるのを見ながら、揺さぶられ続けです。 ボクの母ががんの末期を宣告され、病院のベッドで付き添っているボクに語ったことで、覚えていることが二つあります。 一つは、南方へ出征した長兄が、遺品など何一つないまま、とうとう帰ってこなかったことを、母の父、ボクの祖父が、最後まで納得しなかったことを「わたしも哀しかったけどな、オジーちゃんはずーっとおこっとんなったなあ。」 そう語りながら、ボンヤリ病室の天井を見上げていたことです。 もう一つは、すぐ上の兄がシベリアに抑留されていた時のことです。「上川口の、つーちゃんがな、今度こそ帰って来るいうてな、おばーちゃんなあ、船が着くという知らせが来るたびに舞鶴まで行きなったんやで。私が結婚する前やなあ。あんた、岩壁の母っていう歌知っとるやろ、あの歌はホンマことやで。」そう、語りかけながら、あるかなきかの声でひっそりと「ハーハは きましーた・・・♪♪」 と口ずさんでいたことです。 スクリーンでは「夢は?」 と問われたオモニたちが、困った顔で80年の人生を振り返っていらっしゃるのが、胸を打ちました。十代で体験した戦争下での暮らしも、戦後の暮らしも、ボクの母の体験などとは比べものにならない悲惨で苛酷な、夢など何一つかなえられなかった人生がスクリーンにはありましたが、ぼくは、戦死した伯父や、それを悲しみ続けた祖父母のことを、亡くなる前の晩に思い出しながら逝った母を思い浮かべながら見終えました。 スクリーンのオモニたちが歌ってきた「アリラン」という歌の一節に、日本語にすればこんな歌詞があります。アリラン アリラン アラリよアリラン峠を越えて行く青い空には小さな星も多く、我々の胸には夢も多い。 インタビューは、おそらく、この詩を念頭にして行われたと思いますが、オモニたちの「夢」 を、言葉通り、生涯にわたって、踏みにじってきたのが、1920年代にお生まれになったときから、戦中、戦後、実は、今に至るまで、「日本」という国であったということは、やはり、忘れてはいけないことだと思いました。 思い出ついでに、もう一つ、ハッとしたことがあったことを書き添えておきます。 映画の後半、オモニたちが沖縄の読谷村を訪れるシーンがあります。そこで「恨の碑」、正式には「アジア太平洋戦争・沖縄戦被徴発朝鮮半島出身者恨之碑」という石碑を訪ねられるのですが、石碑に縋り付いて泣き始めて、親戚や知人のことを思い出されたのでしょうね、泣き止むことができなくなったオモニの一人が写されるのですが、そのシーンに胸打たれながら、その石碑を作ったのが、金城実という彫刻家であることに気付いて、「ああー!金城センセーや!」 と噴き上げてくるものがありました。 金城実先生が西宮の定時制高校で英語の先生だったころ、教員初体験のボクは半年間、同僚だったのです。その後、先生が沖縄に戻られ、実にユニークな彫刻を発表され続けていたことは遠くから知っていましたが、こんなふうに、沖縄や朝鮮の人たちの心を打ち続けて来られたのだ! ということは、初めて実感したのでした。 なんだか、思い出ばかりの感想ですが、忘れてはいけないことがあることをつくづくと感じた映画でした。拍手!監督 金聖雄撮影 池田俊已 渡辺勝重 菊池純一 世良隆浩 石倉隆二 田辺司録音 吉田茂一現場録音 池田泰明 渡辺丈彦編集 金聖雄 康宇政音楽 横内丙午語り 金聖雄2023年・125分・日本2024・04・13・no058・元町映画館no241 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2024.04.17
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ジン・イー「ボタニスト」シネリーブル神戸 じつはこの映画とは何の関係もないのですが、ちょうど読んでいる小説の中に植物に夢中になる少女が登場してきていて、これがいいんですよね。で、シネリーブルでこのチラシですからね。 というわけで見たのがジン・イーという中国の新彊ウイグル出身らしい監督の「ボタニスト」です。中国語の原題は「植物学家」だそうです。「植物学者」じゃなくて「植物学家」となるのが、ちょっと面白いですね。 まず、印象深いのは風景でした。新疆ウイグル自治区ってどこ? 中国の西の端、向こうがカザフスタン、ズーッと向こうまで高原が続いていて・・・。 ボクは、もう、20年ほども昔ですが内モンゴルの高原地帯に行ったことがあります。この映画の風景の東の果てですね。 で、この映画を見ていて、その時のズーッと向こうまで草原が続いている風景の中にポツン、ポツンと電柱が立っていて電線が糸のようにつながっていたことを思い出しました。 この映画にも、似たような電柱が出てきますが、違うんですね。この映画では、登場人物の一人が高原の草原に寝転がりながら、なんと、スマホを見るんです。現代映画なんです。 上に貼った写真はアルシンという主人公の少年とオニーチャンですが、オニーちゃんはこのシーンの直前スマホで話していたんですよね。「こんなところでスマホが!!!」 物語は集落の影さえ定かでない高原の村で、オばーちゃんと、北京から帰ってきたオニーチャンの三人で暮らしている13歳の少年アルシン君の、上海からやって来た漢民族の少女メイユーちゃんとか、ふたたび北京へ出ていってしまうオニーチャンとか、町に働きに行っている母親とか、高原でボクシングごっこをする友達たちとかとの出会いと別れの日常を、マジックリアリズというんでしょうか、ファンタジーというんでしょうか、夢と現実を交錯させるようにして描いています。 少年が集めているアザミやアカシアの葉っぱの押し花ノートの中にこそ、地の果てのような場所で暮らしている少年の夢のように美しい世界があるに違いないですね。 でも、この少年の夢のような世界の傍らのラジオからは工業的な躍進を伝えるニュースが繰り返され、北京の友達とスマホでおしゃべりする兄が立っているというシーンを重ねていくジン・イー監督の意図は何なのでしょうね。 内モンゴルの高原に立った時に世界の果てのような、その場所に感動してから20数年、今や、世界の果てなんて存在しないのかもしれませんね。 それが、一体どういうことなのか、監督が問いかけているのはそのあたりのように感じました。拍手! この監督が、今後、どんな作品を撮るのか興味深いですね。 余談ですが、最初に話題にした小説はリュドミラ・ウリツカヤ「クコツキイの症例(上・下)」(群像社)です。まあ、まだ、上巻の第1部の終りあたりをウロウロしているところですが、その登場人物の一人にトーマという「ボタニスト少女」がいるんです。 それぞれの物語が描いている時代も社会も違うのですが、この映画を見終えて思うに、アルシン少年とトーマちゃんにはなんとなく共通するものを感じるのですね。植物の生き方というか、自然性というか、現代社会に生きているボクたちが失いつつあるあっちの方にはまり込んでいく感受性といえばいいのでしょうか。 もっとも、採集に熱中するアルシン君に対してトーマちゃんは育てる少女、はい、空き缶の植木鉢で。そこは違うのですけどね。 小説の方の案内はその内ということで、今日はこれで終わりです。監督・脚本・編集 ジン・イー製作 シャン・ズオロン チー・アイ製作総指揮 モートン・シェン ジェンハオ・アンディ・アン撮影 リー・バノン美術 シュー・ヤオ衣装 リウ・リェン音楽 ペイマン・ヤズダニアンスペシャルサンクス ビー・ガン ウェン・ムーイェキャストイェスル・ジャセレ(アルシン 少年)レン・ズーハン(メイユー 少女)ヌルダオレト・ジャレン(兄)サルヘト・エラマザン(祖母)ソンハト・ジョマジャン(アマン)2025年・96分・G・中国原題「植物学家」・英題「The Botanist」2026・05・15・no091・シネリーブル神戸no380追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.05.18
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100days100bookcovers no90(90日目)檀ふみ『父の縁側、私の書斎』(新潮社) この本にしようかな…と最終的に決めたものの、まだふらふらと気持ちは定まりません。定まらないまま書いていこうと思います。 いや~、シマクマさんが紹介して下さった嵐山光三郎『漂流怪人・きだみのる』は、びっくり仰天の内容でした。まず、きだ怪人のハテンコウな行状はすごかった!そして、きだみのるもすごいけれども、嵐山光三郎にも脱帽した。きだみのるの人間としてのすごさ、文学者としての深さ、食への執着…。それらを描写する嵐山光三郎もすごい! 編集者と作家の関係が実に面白いわけです。今まで作家や作品しか目を向けていなかったかも?すぐれた作品が生まれるには、よき編集者の存在があるからなのだろうと思い至りました。仕事上の関係を遥かに超えた(と勝手に感じるほどの)きだみのると嵐山光三郎の人間同士のつながりは、とりわけ『子育てごっこ』というインチキ作品で批判されたきだみのる、スキャンダルにさらされた娘について、作品をもって見事に反論しました。ようやった!人間とはかくありたし! と嵐山光三郎にもぞっこんとなりました。(笑) 編集者と作家との関係、嵐山光三郎…と、次に選んだのは『温泉旅行記』(ちくま文庫)と『ローカル線温泉旅』(講談社現代文庫)。 テンポよく日本中の行ってみたい温泉や美味しい料理や地酒が紹介され、私のツボにはまりました。ああ、私も味わいのある秘湯に行きたい~。 ただ、本の内容はそれだけではないのです。あちこちに旅をすると嵐山光三郎と縁のある作家が登場するわけです。文士オンパレード!作家たちのプライベートが紹介され“ちむどんどん”しました。私の好きなローカル線の旅もよかったです。たくさんある嵐山光三郎の本の中から、いかにも私が選びそうな本ですね。お恥ずかしい。 「編集者」をキーワードに、嵐山光三郎のような編集者は他にいないかな…と少し探したのですが、彼が編集者としてかかわった多くの魅力的な作家の中から檀一雄が気になってきたのです。怪人きだみのるではありませんが、小説家で料理もする、世界を放浪し、女性関係もいろいろあり…、特に日中戦争のあと、軍務終了なるも帰国せず、そのまま満州を旅するなんて、きだみのるのモロッコ行きと重なります。私の大好きなポルトガルのサンタクルスや晩年を過ごした福岡の能古島(のこのじま)など、行ってみたい所も気になります。そこでどんな暮らしをしたのでしょうか。「最後の無頼派」といわれた彼自身、さらに交流が深かった太宰や安居にも関心が広がります。 そこで檀一雄と檀ふみの本を2冊ずつ借り、まだ読み終わっていないものもありますが、父、檀一雄の能古島の家である月壺洞(げっどう)、練馬区石神井(しゃくじい)の家など、住まいを通して父の思い出や家族の日常などを綴ったエッセイ『父の縁側、私の書斎』を選びました。 冒頭にはこうあります。「引越しらしい引越しをしたことがない」と、父は遺作となった『火宅の人』に書いている。「生涯何十回となく引越したろうが、いつも手ぶらで、ノソノソと新しい家にもぐりこんでいっただけである」「まるで、その部屋をガラクタで埋めて、埋め終わるとハイそれまでよ、とまた新しい無染の環境に向かって走り出して行くかのようだ」 ここのくだりに行き当たったとき、ハラリと一枚、目からウロコが落ちるような思いがした。病床で父がこの本を書き上げてから、私がきちんと読み通すまで、じつに二十五年の月日が流れていた。その四半世紀のあいだに、どうやら私は、父を石神井の家にがんじがらめにしばりつけてしまっていたらしい。父は私にとって、生きているときはもちろん、死んでからも石神井の主だった。思い出のなかにはいつも、食堂の大テーブルの指定席にどっかりと腰をおろし、ビールを飲み、煙草を吸い、料理をし、『刑事コロンボ』を見、ときに子供たちに訓戒を垂れている父がいる。「新しい環境を、その都度自分の流儀で埋め尽くし、埋め終わると同時に別の天地に遁走したくなる(『火宅の人』)」 と檀ふみが紹介しているように、娘が父と一緒に過ごしたのは二十年ほどで、その間の半分ほどは家に帰らず、残りの半分もどれほど家におちついていたか、とある。これを読むまで私はもっと家族をないがしろにしていたのではないかと勝手に想像していたので、逆に私はある程度父と娘が一緒に住んでいたことにびっくりした。妻は、娘たち子どもは、どれほど身勝手な父を恨んでいたのだろうと。 晩年暮らした福岡の能古島は、体の具合が悪く、空気のいいところで静養した方がいいと知り合いの別荘を借りることになった。「月壺洞(げっこどう)」と名付けた、見晴らしのいいその家に檀ふみが父を尋ねて行ったのはただの一度。ほどなく入院し、口述筆記で『火宅の人』を完成させた。父と母は病床で力を合わせたわけだ。自分好みに仕上げた能古島の家で、夜景を眺めながら、あるいは月の光を浴びながら、招いた友人を手作りの料理でもてなし、秘蔵のウィスキーやブランデーを飲みたかったであろうと、父を偲ぶ箇所があるが、住まいが親子をつなぐ場所になっていると、ほっこりした。この島は福岡市の中心からフェリーに乗って10分ほどで着くらしい。一度ゆっくり尋ねてみたいものだ。 東京都練馬区の石神井の家は「瓦全亭(がぜんてい)」(瓦全とは大したこともせずに生き長らえることとか。)と命名され、緑深い、森と水の美しい景勝地として知られたところだったらしい。この家には坂口安吾一家が間借りしていた時期もあった。広い敷地に離れもあり、父の書斎や食堂、子ども部屋や両親の寝室、こどもたちの寝室など、間取りのスケッチを見ると日常の風景(妄想だけれど)が目に浮かぶようだ。年の離れた兄太郎(嵐山光三郎の本によく登場する)や病室の次郎兄についても書かれている。ほんのひとコマだけれども檀一雄の一面に触れることができたように思う。 この本は「モダンリビング」という雑誌に連載されたもので、家の普請や住まい方、住人の思い出など、住まいを主人公にした一冊だった。家に少なからぬ関心を持つ私にとって、檀一雄と家族と一緒に「月壺洞」や「瓦全亭」に訪問させてもらったような至福の本だった。 その後、檀一雄自身の作品もと、『花筐』『白雲悠々』などが収められた檀一雄作品選(講談社文芸文庫)も読んだ。 リツ子の臨終の場面を描いた『終わりの火』も収録されている。また、『太宰と安居』(沖積舎)は、檀一雄が盟友太宰治と坂口安吾について求められるままに書き散らした文章をまとめたもので、これもつまみ読みをした。文豪はさすが、みな偉大です。 まとまりのない紹介になってしまいましたが、以上90回目を終わります。お待たせしました。SODEOKAさん、バトンをお渡ししますので、よろしくお願いいたします。2022・10・28・N・YAMAMOTO追記2024・04・05 100days100bookcoversChallengeの投稿記事を 100days 100bookcovers Challenge備忘録 (1日目~10日目) (11日目~20日目) (21日目~30日目) (31日目~40日目) (41日目~50日目) (51日目~60日目)) (61日目~70日目) (71日目~80日目)という形でまとめ始めました。日付にリンク先を貼りましたのでクリックしていただくと備忘録が開きます。 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2023.05.06
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草野心平「宮沢賢治覚書」(講談社文芸文庫) 「銀河鉄道の父」という映画を見ました。宮沢賢治とその父政次郎、そして、彼の家族を描いた作品でした。で、帰って来て、なんとなく気になってさがしたのがこの本です。 草野心平の「宮沢賢治覚書」(講談社文芸文庫)です。 映画は1933年(昭和8年)に、わずか37歳で亡くなった宮沢賢治の臨終の場で、質屋・古着屋の篤実な主人であった父政次郎が息子である賢治の「最初の読者」であることを宣言するかのように「雨ニモマケズ」を朗唱するクライマックスで幕を閉じた印象でした。 で、そのシーンを見終えたあと、宮沢賢治が今のように「たくさんの読者」を得て世に知られることになったのは、文学的には無名といってよかった宮沢賢治の死の翌年に文圃堂というところから出版された『宮澤賢治全集・全3巻』(1934年 - 1935年)と、その原稿を引き継いで十字屋書店というところが出した『宮澤賢治全集・全6巻別巻1』(1939年 - 1944年)という二つの、まあ、普通ならあり得ない「全集」の出版事業によってであり、それを成し遂げた人物がいたことが頭に浮かびました。のちに「カエルの詩人」として親しまれることになる草野心平ですね。 東京から葬儀に駆け付けた、まだ若かった草野心平が、映画の中では洋風のトランクいっぱいに入っていたあの原稿を、実際に手に取って驚愕したことが、すべての始まりだったということがどこかに書いてあったはずだというのが気になった理由です。 で、見つけたのがこの文章でした。書かれたのは昭和33年(1958年)ですから、賢治の死後25年経って、当時のいきさつを思い出している草野心平の回想です。 宮沢賢治全集由来 二十六年前の九月二十二日に、私はぶらりと駒込林町の高村さんのアトリエを訪ねた。「宮沢さんが亡くなったですよ。今日デンポウがあって・・・」 多分そのような言葉で私は宮沢賢治の他界を知った。文通でしか知り合っていないお互いなのでその死をは悲しむよりは、賢治の文学創作もこれで遮断されたか、という実感の方が強かったのをおぼろげながら憶えている。高村さんも大体は同じような感慨ではなかったかと思う。高村さんは賢治と一回会ってはいるにしろ、それはアトリエの玄関での僅かの時間のたち話にすぎなかったし、賢治の家族のことなど私たちは皆目知らなかったので、話題は恐らく賢治の芸術に限られていたことだったろう。そしてそのしめくくりとして遺稿が問題になった。おせっかいといえばそれにちがいないが、おせっかいでも考えずにはいられない気持ちだった。家庭なにの事情とかとりまく文学青年などによって遺稿が散逸しはしまいか、とつまらない取越し苦労をしたのである。(あとで分かったことだが、それは正しくおせっかいであり取越し苦労にすぎなかった。遺族による以降の整理の整然さに、私は内面赤面した程だった。遺稿に対するいかにも細心な扱い方は、家族全体の賢治への愛の並大抵でないことを強く、物語ってもいた。)「ボク、行こうかなあ」 というと高村さんは即座に賛成した。そして、「いまはないけど、明日になれば旅費は都合をつけます。君が行ってくれると一番いい」 その高村さんの言葉で私は安心し花巻行きを決めた。 中略 花巻は私にとっては初めての土地だった。駅前の広場に面した雑貨屋で宮沢家の方向をきいたがわからなかったので、一本道を歩いていった。道ばたにはコスモスが咲いていた。 ようやくわかった宮沢家は相当大きな家だった。私は自己紹介して並みいる遺族の方々に挨拶した。そして仏前に焼香した。いまでは何度も何度も見ているナッパ服姿の賢治の写真をはじめてみた。このような人だったのかと私はボンヤリその遺影をながめた。それから清六さんに案内されて色々見せてもらった。道路に面した格子窓のある二階には蓄音機やレコード、それからうず高く積まれた遺稿があった。横線のない縦だけの朱線の自家製の原稿用紙に、鉛筆やペンの、こっちに流れたりそっちにはみだしたりのおもに未定稿が、ずっしり積まれてあった。 賢治が最後の息をひきとったのは別の奥まった二階でだったが、そこで私は清六さんから意外なものを見せられた。十枚ほどの私あてのハガキの反古だった。宛名だけ書かれたものや、内容の半分だけ書かれたものや、宛名と本文の半分だけのものなど・・・・ 賢治のおおらかに流れる書体から感じられるものとは別な角度を見せられたような不思議な気がした。 中略 東京へ帰るとすぐ私は花巻の模様を高村さんに報告した。そして遺稿の膨大さを話した。それらの遺稿を私は、宮沢家でほんのあっちこっちめくった程度にすぎなかったが「春と修羅」や「注文の多い料理店」の延長があんなにもあるのだろうかと、私にとっては一つの驚異としていつまでも頭の中に渦を巻いていた。 以下略(P261~P263 ) いかがでしょうか。文中で高村さんと呼ばれているのは、もちろん、詩人で彫刻家の高村光太郎です。で、この後、出版社が途中で変わった事情や、賢治に対する、弟、宮沢清六をはじめとする遺族の情愛深く誠実な様子についても回想している文章の一部ですが、なによりも賢治の膨大な遺稿に出合った草野心平の率直な驚きの思い出が、ボクには記憶に残っていました。 本書は昭和10年代から20年代に書かれた、宮沢賢治の詩や童話、あるいは賢治の世界に対する評論を中心に編集されています。戦後、たくさんの宮沢賢治論が書かれていますが、始まりの1冊というべき論考群だとボクは思います。ちなみに目次はこんな感じです。 目次宮沢賢治覚書四次元の芸術「春と修羅」に於ける雲賢治文学の根幹賢治詩の性格「農民芸術概論」の現代的意義宿命的言葉無声慟哭 その解説オホーツク挽歌 その解説宮沢賢治・人と作品及び解説二つの極一つの韻律宮沢賢治全集由来 この年になってしまったので「春と修羅における雲」なんていう綿密な論考は読みなおすのが骨でした。しかし、教室で子供たちと一緒に賢治を読まれるお仕事をされている若い人たちには読んでほしい1冊です。古い本ですが、宮沢賢治理解では欠かせない1冊だと思いますよ(笑)。
2023.06.01
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ヨシダ。「ディグイット 1・2」(講談社) 2026年4月のマンガ便に入ってました。「なに、これは?」「バレーボールマンガ。」 去年の夏ぐらいから「アフタヌーン」というマンガ雑誌に連載されていて、ナカナカ人気のスポーツ・マンガらしいです。ネタはバレーボールですね。 マンガ便のトラキチ君は中学生、高校生の頃バレーボールにハマっていて、そろそろ、不惑を過ぎるはずですが、最近、ふたたびバレー・ボール熱が再燃してきた様子で、昔の友達とチームを作って市民大会に出ていったり、中学生と一緒に練習したり、まあ、そういうわけで見つけたのかどうかわかりませんが、「オモロイで。」でした。 元全日本のエース・アタッカーを父に持つ獅子谷岳くんという中学生が主人公のようです。 で、第1巻は、同じクラブチーム居たノボル君の才能に感激したお父さんに見切りを付けられちゃう話なんですね。 もっとも、見切りをつけたのは岳君とお母さんの方だともいえる展開で、まあ、お母さんが、読んでいるこっちも、何だか好きになれそうにない、夫であり、息子の父親である元エース・アタッカーに三下り半突き付けて生まれ故郷の静岡に、息子を連れて帰ってしまうという始まりでした。 で、岳君が選ぶのがリベロというのが、まあ、実に分かりやすくていいところですね。 羽海野(うみの)高校という、静岡県の普通の学校の高校生になって、第2巻からは高校バレーのビルドゥングス・ロマンの始まりです。目標が全国優勝だったり世界一だったりで、尚且つ、父と息子という、まあ、ありがちといえばありがち、永遠といえば永遠の闘いの始まりですから、ここから先はかなり長そうです。 こちらが第2巻です。 バレー・ボールマンガなんて、50年前の「アタック・ナンバーワン」以来ですね。若い人はアニメで知っていらっしゃるかもですが、浦野 千賀子という方の作品で、「マーガレット」という少女漫画誌に連載されていたのを読んだのは小学生の頃です。 そういえば、この「ディグイット」という作品で不思議だったのは著者名です。「ヨシダ。」と書くらしいですが、奥付けには「Yoshidamaru」とありますから、「よしだまる」さんなんですかね。 というわけで、長い道のりの始まりのようです。2026-no050-1265 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.05.03
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谷川俊太郎・文 白根美代子・絵「あいうえおつとせい」(さ・え・ら書房) 「ことばあそびえほん」という「さ・え・ら書房」という本屋さんが出していたシリーズの1冊です。最初のページに、この絵本の文を書いた谷川俊太郎が「あいうえお讃」という文章で解説しています。そこから少し引用します。 あいうえおの文字をおぼえることは、もちろんたいせつですが、文字より先に、あいうえおの音の豊かさを、身につけることも負けずおとらずたいせつだと思うんです。ただ棒よみするんじゃなく、、その一行一行の、一音一音の表情を味わってほしい。そのためには、あいうえおを、言ってみればおもちゃとして、親子で遊んでみるのもおもしろいんじゃないかな。 というわけで、ことばあそびです。ゆかいな仲間のユナチャン姫とか、ひらがなが読めるようになったばかりですが、大きな声で読めそうですね。ラ行は「ら、り、る、れ、ろ!」とかわかってくると楽しそうです。らいおんはりすのるすにれこーどをろくおんなかがいいうなぎと もぐらこかげで ごもくならべ 二つめは少しむずかしいかもしれません。「がぎぐげご」とか「ぱぴぷぺぽ」とかいえるようになると、どんどんたのしくなるにちがいありません。 先程の「あいうえお讃」の中で解説しています。 各行の初めの文字、最終文字、または他の特定の文字を並べると、人名やある語や句になるこういう遊戯詩を、英語ではアクロスティックと呼ぶんですって。この本では、ひとつひとつの詩に、五十音の各行がかくれています。さがしてみてください。 アクロスティックというのは、英語の詩では「不思議の国のアリス」とかに出てくるのが有名だったと思いますが日本にもありますね。和歌に折句(おりく)とか沓冠(くつかぶり)とかいう技法がありますが、同じ遊びですね。唐衣 きつつなれにし つましあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ 「カキツバタ」が詠みこまれていますが、「伊勢物語」の東下りにある有名な一首です。高校時代に出会われたはずの和歌です。 沓冠(くつかぶり)というのは頭もお尻もという遊びです。夜も涼し 寝ざめのかりほ 手枕(たまくら)も 真袖(まそで)も秋に 隔てなき風(兼好法師)夜も憂し ねたく我が夫(せこ) はては来ず なほざりにだに しばし訪ひませ(頓阿法師) 兼好法師の歌を、前から拾えば「よねたまへ」(お米下さい)、後ろからも「ぜにもほし」(銭もほしい)と無心しています。 それに対して、返事をした頓阿法師が「よねはなし」(お米ありません)、「ぜにすこし」(銭なら少し)と答えているわけです。歌の筋もちゃんと通っているところがすごいですね。この場合は生活がかかっているようで、遊びといっていいのかわかりませんが、一般的に言えば、江戸時代に至るまで、和歌に関わる「ことばあそび」はいたるところい出てきますね。谷川俊太郎は、そういう文化の詩的な継承者だと思います。 お家で、おチビさんやお母さんの名前とかでアクロスティックとか折句とかで「ことばあそび」を遊ぶのもありそうですね。なかなか文化的なあそびですよ(笑)
2022.05.26
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野田サトル「ゴールデン・カムイ(4)」(集英社) さて、第4巻です。表紙の人物は「大日本帝国陸軍・第七師団」所属する情報将校、鶴見篤四郎(つるみ とくしろう)陸軍中尉です。 容貌魁偉というのはこういうのでしょうかね。仮面のような額当てをしていますが、日露戦争の戦場で頭を吹き飛ばされても生き残った男で、今でも目の周囲の皮膚は剥がれていますし、吹き飛ばされた頭蓋骨にホーロー製のカバーを当てているのですが、時々脳漿のがにじみ出てくるという、恐るべき状態なのです。とはいいながら、その活躍ぶりは、なかなか、どうして、半病人などではありません。 土方歳三の刀のことを言いましたので、彼が手にしている拳銃についてちょっと。この銃はボーチャード・ピストルというそうです。ドイツで開発された、最初の軍用自動ピストルです。戦争映画などでナチスの将校が手にしている軍用拳銃ルガーP08というピストルの原型だそうです。 さて、この男が、アイヌの埋蔵金を狙う「三つ巴」の一角を担う、いわば、副主人公なのです。そして、彼の周りには狙撃の名手・尾形上等兵、マタギの末裔・谷垣一等兵、死神鶴見中尉の右腕・月島軍曹といった、後々、大活躍の人物が勢揃いしているのですが、それぞれの人物がクローズアップされる「巻」が待っています。紹介はその「巻」で、ということで。いやー先は長いんですよ、話の展開も一筋縄ではいかないようですし。 というわけで、「きょうの料理・アイヌ編 第4巻」ですね。 「鹿肉の鍋」です。「ユㇰオハウ」というそうです。プクサキナ(ニリンソウ)とプクサ(行者ニンニク)が入っているそうですが、なんと、アシリパちゃんが「味噌」をねだるようになっています。 「鮭のルイペ」。生肉や魚を立木にぶら下げて凍らせたものを「ルイペ」というそうで、とけた食べ物という意味だそうです。「鮭」は「カムイチェプ」というそうです。 さて、今回のカンドーは「大鷲」です。「カパチㇼカムイ」と呼ぶのだそうです。 見開き2ページを使った姿です。翼を広げると2メートルを超えるそうです。羽が矢羽根に使われます。モチロン肉は煮て食べます(笑)。 脚を齧っています。残念ながら「鍋」のシーンはありません。この後、おバカの白石くんは鷲の羽根を売りに行って、事件に巻き込まれます。 そのあたりは読んでいただくとして、次号では「クジラ」と、北海道といえば「ニシン」が出てきそうです。お楽しみに。追記2020・02・11「ゴールデンカムイ」(一巻)・(二巻)・(三巻)・(五巻)の感想はこちらをクリックしてみてください。先は長いですね。にほんブログ村にほんブログ村ゴールデンカムイ 杉元が持っている 食べていい オソマ (味噌) 140g(株)北都 企画販売 ダイアモンドヘッド
2020.02.12
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原泰久「キングダム 57巻」集英社 おなじみヤサイクンの4月のマンガ便です。お待ちかね「キングダム57巻」が届きました。2020年3月24日発売の最新刊ですね。秦対趙の、最終決戦、「朱海平原の戦い」15日目、いよいよ結末の日だと思うのですが、55巻から始まって、これで3巻目、決着はつくのでしょうか。 表紙の二人は「飛信隊」を率いる「信」と、その盟友、妖術まがいの剣の使い手、「羌瘣(きょうかい)」ですね。そうです、「朱海平原の戦い」最終日の戦いは一進一退、刻々と形勢を変化させながら、随所に見どころを生み出してゆく57巻ですが、最後は「羌瘣(きょうかい)」と「信」それぞれの必死の戦いがメインです。読みどころの一つ目は、形勢不利の中、最後に残った騎馬隊に秦軍の総大将王騎将軍の首を直接狙わせるという大胆不敵な突貫攻撃を命じた李牧の作戦で趙軍が盛り返すまでの展開です。 原泰久の絵は、誰が誰なのかよくわからなところが面倒ですが、戦場全体の展開の、俯瞰的な描写の面白さが際立っています。 二つ目は「飛信隊」の参謀河了貂(かりょうてん)の存在の重要性に気付いた趙軍の武将金毛と河了貂の戦いのシーン、これです。 勇将金毛の襲撃に河了貂は絶体絶命、さて、それを一撃で救うのは誰なのか。大きな流れに、小さなドラマをかみ合わせていくことで、物語にナイーヴな印象を施しているところが、実に面白い。まあ、ありがちな方法ですが。 三つ目は、突如現れた趙軍の怪物「龐煖(ほうけん)」と飛信隊の妖術剣士、「羌瘣」の一騎打ちです。果たして、美少女剣士は怪物相手のどんな戦いを演じたのでしょうか。 しかし、実際、羌瘣は大丈夫だったのか、ファンとしては気になるところですが、「信」に火をつけたことは間違いありません。 そして四つ目には「飛信隊」を率いる「信」が、いよいよ武神「龐煖(ほうけん)」と激突です。 緒戦では怪物「龐煖(ほうけん)」に叩きのめされる「信」ですが、死んでも、死んでも生き返る「飛信隊」です。さあ、勝負の行くへはと固唾をのんだところで、58巻をお楽しみにという結末でした。ヤレヤレ。 まあ、それにして次号では決着がつくのではないでしょうか。テレビアニメも始まるそうですが、ぼくは見ませんね。こんな、派手で分かりにくいシーンに音が入って、動き出したりしたら、ちょっとシラケるじゃないですか、ねえ。追記2020・04・05「キングダム」(55巻)・(56巻)の感想は、ここをクリックしてみてください。 ボタン押してね!ボタン押してね!
2020.04.06
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山田太一編「生きるかなしみ」(ちくま文庫) ところで、ぼくは「サンデー毎日」の日々を暮らす、自称、徘徊老人です。日々の生活で心配事は無駄遣いと太りすぎ以外にはありません。道端の花の写真を撮ったり、映画館で興奮する毎日を送り始めて一年が過ぎました。ところが、最近やたら「むかっ腹」がたってしようがないのです。当てもなく、相手も特定できずに腹を立てる。完全な老人化が進行中というわけでしょうか。 ブログとやらに文章を書いて載せることで、漸く脳内出血とか心筋梗塞を免れているのですが、それもいつまで続くことやら。今回も、腹立ちまぎれの投稿なのです。山田太一というと、「ふぞろいの林檎たち」とか「岸辺のアルバム」というテレビドラマの作家といえば、思い出される方もいいらっしゃるかもしれません。 その脚本家が、もう30年ほども前に「生きるかなしみ」(ちくま文庫)というエッセイのアンソロジーをまとめています。佐藤愛子とか、五味康祐、吉野弘なんて言う懐かしい作家や詩人の文章の中に、杉山龍丸という異様な名前の人物の、お読みいただければ、おそらく、忘れられないにちがいない短い文章があります。 とにかくそれを読んでいただきたいので、ここに掲載します。ブログ記事としては、少々長めかとは思いますが、お読みいただければ、納得していただけるのではと思います。「ふたつの悲しみ」 杉山龍丸 私たちは、第二次大戦から二十年たった今、直接被害のないベトナムの戦いを見て、私たちが失ったもの、その悲しみを、新しく考えることが、必要だと思います。 これは、私が経験したことです。第二次大戦が終り、多くの日本の兵士が帰国して来る復員の事務についていた、ある暑い夏の日の出来事でした。私達は、毎日毎日訪ねて来る留守家族の人々に、貴方の息子さんは、御主人は亡くなった、死んだ、死んだ、死んだと伝える苦しい仕事をしていた。留守家族の多くの人は、ほとんどやせおとろえ、ボロに等しい服装が多かった。 そこへ、ずんぐり肥った、立派な服装をした紳士が隣の友人のところへ来た。隣は、ニューギニヤ派遣の係りであった。その人は、「ニューギニヤに行った、私の息子は?」 と、名前を言って、たずねた。友人は、帳簿をめくって、「貴方の息子さんは、ニューギニヤのホーランジヤで戦死されておられます」と答えた。その人は、その瞬間、眼をカッと開き口をピクッとふるわして、黙って立っていたが、くるっと向きをかえて帰って行かれた。 人が死んだということは、いくら経験しても、又くりかえしても、慣れるということはない。いうこともまた、そばで聞くことも自分自身の内部に恐怖が走るものである。それは意識以外の生理現象が起きる。友人はいった後、しばらくして、パタンと帳簿を閉じ、頭を抱えた。 私は黙って、便所に立った。そして階段のところに来た時、さっきの人が、階段の曲り角の広場の隅のくらがりに、白いパナマの帽子を顔に当てて壁板にもたれるように、たっていた。瞬間、私は気分が悪いのかと思い、声をかけようとして、足を一段階段に下した時、その人の肩は、ブル、ブル、ふるえ、足もとに、したたり落ちた水滴のたまりがあるのに気づいた。その水滴は、パナマ帽からあふれ、したたり落ちていた。肩のふるえは、声をあげたいのを必死にこらえているものであった。どれだけたったかわからないが、私はそっと、自分の部屋に引返した。 次の日、久し振りにほとんど留守家族が来ないので、やれやれとしているときふと気がつくと、私の机から頭だけ見えるくらいの少女が、チョコンと立って、私の顔をマジ、マジと見つめていた。私が姿勢を正して、なにかを問いかけようとすると、「あたち、小学校二年生なの。おとうちゃんは、フイリッピンに行ったの。おとうちゃんの名は、○○○○なの。いえには、おじいちゃんと、おばあちゃんがいるけど、たべものがわるいので、びょうきして、ねているの。それで、それで、わたしに、この手紙をもって、おとうちゃんのことをきいておいでというので、あたし、きたの」顔中に汗をしたたらせて、一いきにこれだけいうと、大きく肩で息をした。 私はだまって机の上に差出した小さい手から葉書を見ると、復員局からの通知書があった。住所は、東京都の中野であった。私は帳簿をめくって、氏名のところを見ると、比島のルソンのバギオで、戦死になっていた。「あなたのお父さんは――」といいかけて、私は少女の顔を見た。やせた、真黒な顔、伸びたオカッパの下に切れの長い眼を、一杯に開いて、私のくちびるをみつめていた。私は少女に答えねばならぬ。答えねばならぬと体の中に走る戦慄を精一杯おさえて、どんな声で答えたかわからない。 「あなたのお父さんは、戦死しておられるのです」といって、声がつづかなくなった。瞬間少女は、一杯に開いた眼を更にパッと開き、そして、わっと、べそをかきそうになった。涙が、眼一ぱいにあふれそうになるのを必死にこらえていた。それを見ている内に、私の眼が、涙にあふれて、ほほをつたわりはじめた。私の方が声をあげて泣きたくなった。 しかし、少女は、「あたし、おじいちゃまからいわれて来たの。おとうちゃまが、戦死していたら、係のおじちゃまに、おとうちゃまの戦死したところと、戦死した、じょうきょう、じょうきょうですね、それを、かいて、もらっておいで、といわれたの」 私はだまって、うなずいて、紙を出して、書こうとして、うつむいた瞬間、紙の上にポタ、ポタ、涙が落ちて、書けなくなった。少女は、不思議そうに、私の顔をみつめていたのに困った。やっと、書き終って、封筒に入れ、少女に渡すと、小さい手で、ポケットに大切にしまいこんで、腕で押さえて、うなだれた。涙一滴、落さず、一声も声をあげなかった。肩に手をやって、何かいおうと思い、顔をのぞき込むと、下くちびるを血がでるようにかみしめて、カッと眼を開いて肩で息をしていた。 私は、声を呑んで、しばらくして、「おひとりで、帰れるの」と聞いた。少女は、私の顔をみつめて、「あたし、おじいちゃまに、いわれたの、泣いては、いけないって。おじいちゃまから、おばあちゃまから電車賃をもらって、電車を教えてもらったの。だから、ゆけるね、となんども、なんども、いわれたの」と、あらためて、じぶんにいいきかせるように、こっくりと、私にうなずいてみせた。私は、体中が熱くなってしまった。帰る途中で、私に話した。「あたし、いもうとが二人いるのよ。おかあさんも、しんだの。だから、あたしが、しっかりしなくては、ならないんだって。あたしは、泣いてはいけないんだって」と、小さい手をひく私の手に、何度も何度も、いう言葉だけが、私の頭の中をぐるぐる廻っていた。 どうなるのであろうか、私は一体なんなのか、なにが出来るのか?戦争は、大きな、大きな、なにかを奪った。悲しみ以上のなにか、かけがえのないものを奪った。私たちは、この二つのことから、この悲しみから、なにを考えるべきであろうか。私たちはなにをなすべきであろうか。声なき声は、そこにあると思う。 いかがでしょうか。 実は、この文章に出会うのは、この文庫が初めてではありませんでした。1970年代に出版された「戦後日本思想大系 14 日常の思想」(筑摩書房)の中に収められていた文章で、ぼくは学生時代に少なくとも一度は読んでいます。本文の冒頭の言葉で分かるとおり、ベトナム戦争が泥沼化した時代の文章です。 この文章が載せられている一番新しい書物は、イーストプレスという出版社の「よりみちパンセ」という中学生向きのシリーズに、小熊英二という社会学者が書いた「日本という国」という本です。 さて、それでは、この杉山龍丸とは何者なのでしょう。それは次回ということで、今回はここまで。「杉山龍丸その2」はここをクリックしてくださいね。 追記2020・08・31 村上春樹の「猫を棄てる」(文藝春秋社)というエッセイを読みました。戦争中、父が所属していた福知山歩兵第二十連隊と「南京陥落」とのかかわりについて、あの村上春樹が、執拗に事実関係を調べた様子をうかがうことができる文章なのですが、なぜ彼が、今になって、その父のことを書いたのかという、読者であるぼくの率直な疑問には答えようとしていません。 そのことを考えながら思い出したのが、この杉山龍丸のことでした。ブログに引用したエッセイも印象的ですが、杉山のその後の生涯も、ちょっと、簡単にはどうこういうわけにはいかないと思います。 戦争体験の風化が話題になることがありますが、記憶とは何かと考える時に、読み直すべき文章はたくさんあるのではないでしょうか。 村上がこだわっていたのも「父の記憶」ですが、今や曽祖父の記憶化しているからといって、うちやってしまうべきことかどうか。大切なことがあるように思いました。追記2023・04・24 作家の大江健三郎が亡くなったニュースを見ながら、ふと、山田太一という名前を思い浮かべました。「確か、似たような年齢だった。」 調べてみると1934年6月6日のお生まれでした。ボクはテレビドラマをあまり見ませんが、この人のドラマは見ていたような記憶があります。最近のドラマは、全く見ないので、今どんな人がどんなドラマを作っているのかということには何も言えませんが、上の記事で紹介した「生きるかなしみ」を読んだときにテレビドラマを作っている山田太一という人の誠実を実感したことは、はっきり覚えています。山田太一という人は都会育ちの人だと思いますが、多分、大江健三郎という作家の「書く」ことを支え続けてきた何かを共有していた人なのでしょうね。そういえば、倉本聰という人も同世代だったような気がします。ああ、小澤征爾もそうですね。 みなさん、お元気でいらっしゃることを祈ります。追記2023・12・03 山田太一さんがお亡くなりになったそうです。2023年の11月29日のことですね。何だかショックでした。お誕生日が20年と1日違いなんですよね。ご冥福を祈るばかりです。 ボタン押してネ!ボタン押してね!ボタン押してね!ku
2019.05.16
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ちばてつや「ひねもすのたり日記(2)」(小学館) ちばてつや「ひねもすのたり日記」第2巻です。 もちろんヤサイクンのマンガ便にはいっていました。 下のページの写真をご覧になれば、お気付きだと思いますが、全ページ、オールカラー印刷で、ショートコミックと題されています。色は少し黄ばんだイメージの紙が使用されていますが、紙の質は上等です。要するに「黄ばんだ」イメージの装幀なんでしょうね。 まあ、大家の「思い出」の記ですから買って保存しておきたいというファンもでてくるでしょう。そういうことも考えられているようです。「あんな、全部カラーやろ、そやからやねんな、ちょっと高いねん。」「ホンマや、一冊1150円か。新刊でこうたんか。でも、読みやすいやん。」「うん、まあええねんけどな。」 マンガ便を届けてくれるヤサイクンは、少々不満そうです。 さて、第2巻です。この巻のよみどころは、まずは「ちばあきお」の思い出でしょう。男ばかりの四人兄弟の、長男がちばてつや、三男がちばあきおだそうです。 野球少年マンガの傑作、「キャプテン」・「プレイボール」の人気マンガ家ちばあきおの自殺が報じられたのは今から35年前でした。 当時、勤めていた高校で野球部の顧問をしていましたが、生徒たちの部室にはこの二つのマンガ揃っていました。ぼくが顧問をしていたのは、とりわけ足が速かったり肩が強かったりするわけではない普通の高校生の集まるチームでしたが、誰もが「谷口くん」や「五十嵐くん」にあこがれていたように思います。 ヤクルト・スワローズでサードを守った、ブンブン丸、池山選手がいた市立尼崎高校や、のちにメジャーに行った長谷川滋投手の東洋大姫路高校とも、練習試合をしたことがありますが、今ではいい思い出ですね。彼らも読んでいたに違いありません。その時代だったでしょうか、イチロー選手が寮に全巻揃えていたというのは、かなり有名な話です。 話を戻します。その作者ちばきおがマンガ家になるきっかけが兄の手伝いだったというエピソードを描いているのがこれです。 この章の中でちばてつやは弟の死因については触れていません。ただ、最後のページで一言こんな言葉を記しています。「あの時、ひき止めなかったことに少々、悔いが残ります。」 胸に迫る言葉でした。マンガの世界に連れて行ったのは兄ですが、ちばあきおのマンガ家としての、あるいは人間としての苦しみは、ちばあきお自身のものだったのですよね。それは、多分、自らも同じように苦しんだちばてつや自身にはよくわかっていたに違いなのでしょうね。 もう一つの読みどころは、ちばてつや自身のマンガとの出会いです。 4人の男の子が、結果的に全員マンガ業界で働くようになってしまったきっかけのシーンがこれです。てつやが道端で拾ったマンガ本の虜になるのですね。これが始まりなんです。 ところが千葉兄弟の母親は「子どもがマンガを読むとね・・・バカになるのよ‼」と叫んで、ここで拾ってきたマンガ本を燃やしてしまう人だったのです。何だか、そういう懐かしいシーンがこの後のページにあります。 なにが懐かしいといって、思い出の中のことですが、このマンガ悪玉論が他人ごとではなかったことです。 ぼく自身はマンガ家になったりする能力はありませんでしたが、マンガは好きでした。少年マガジン、少年サンデーが創刊された時代です。もちろん買ってもらうことはできませんでした。こっそり買ってきたり、友達から借りてきたマンガを縁の下か、納屋に隠れて読んだものでした。そういう考え方が主流だった時代だったのですね。昭和の三十年代、高度成長の前夜でした。 色々懐かしく思い出しますが、この第2巻の終わりでは、いよいよプロのマンガ家ちばてつやが生まれようとしています。 第3巻が楽しみですね。追記2024・08・19 第1巻・第3巻・第4巻・第5巻・第6巻の感想はこちらをクリックしてくださいネ。ボタン押してね!ボタン押してね!プレイボール 1【電子書籍】[ ちばあきお ]
2020.04.19
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マイク・フラナガン「サンキュー、チャック」109シネマズ・ハット ボクとしては、実に珍しいことなのですが、この映画の原作者がスティーブン・キングだということに気付いて興味が湧いて見ました。 ホントいうと、スティーブン・キングという人の小説作品は苦手です。知り合いにファンがいて、読み終えると送ってきてくださることもあって、本棚にそろってはいるのですがほとんどん読んだことがありません。でも、「シャイニング」以来、映画化作品は、まあ、その時、その時、評判になったこともありますが、面白がって見ているんですよね。 で、今回はマイク・フラナガンという知らない監督の「サンキュー、チャック」でした。 連休中ということもあって、三宮のキノシネマはほぼ満員、そういうわけで109ハットです。空いてました(笑)。ホント、いい映画館です(笑)。 「The Life of Chuck」というのが原題で、原作もその題なのですが、邦題は「サンキュー、チャック」で、三章仕立ての構成でチャールズ・クランツという人物の39年間の人生を描いた作品でした。 チャックの生い立ちといい、ダンスのエピソードといい、チャックという男の描き方はとてもいい作品だと思いました。 「サンキュー、チャック」の看板が、なぜだか、街に溢れる終末世界が映画のはじまりとして描かれ、そこに至るお話がチャックの人生の時間を遡行して描かれていきます。 路上で大道芸の少女のドラムスに合わせて踊り出す会計士チャールズ・クランツのダンスなんて、何ともいえずいいシーンですし、チャックがダンスを覚える始まりである、台所でお祖母ちゃんと踊る少年チャックといい、ダンスクラブのシーンといい、とてもいいんです。 チャックの話とは別ですが、終末世界を彷徨う教員アンダーソンさんとフェリシアさんのカップルのありさまもとてもいい作品なのです。 でもね、原作が原作なのでしょうね、全三章をまとめる全体の論旨に、ちょっとカッコつけて言いますが「映画的説得力?」を感じないんですよね。 チャックの姿を見ていても、町中の「サンキューチャック」の看板に脅えるアンダーソンさんたちを見ていても、なんか、意味不明でしたね(笑)。 原作を読んだわけではありませんから、まあ、あてずっぽうなのですが、スティーブン・キングの意図はなんとなくわかるんですけど、映画は描き切れていない、まあ、そんな感じでした。 映画そのものは楽しかったので拍手!なのですが、????が正直な感想でした(笑)。 まあ、そういうわけで、不思議な印象で終わっちゃったんですけど、ある意味、とても現代的ともいえる気がしました。実社会の壊れ方に、作家は鋭い終末観を提出しているのですが、映画を作っている人たちに、たぶん、新しい指針がないんですよね。まあ、指針がないのは映画製作者たちだけではないんでしょうけど。 監督・脚本・製作・編集 マイク・フラナガン製作 トレバー・メイシー 原作 スティーブン・キング撮影 エベン・ボルター美術 スティーブ・アーノルド衣装 テリー・アンダーソン音楽 ザ・ニュートン・ブラザーズ音楽監修 ジャスティン・フォン・ウィンターフェルト振付 マンディ・ムーアキャストキウェテル・イジョフォー(マーティー・アンダーソン 教員)カレン・ギラン(フェリシア・ゴードン マーティーの元妻)トム・ヒドルストン(チャールズ・“チャック”・クランツ)ジェイコブ・トレンブレイ(チャールズ・“チャック”・クランツ青年)ベンジャミン・パジャック(チャールズ・“チャック”・クランツ少年)マーク・ハミル(アルビー・クランツ祖父)ミア・サラ(サラ・クランツ 祖母)ザ・ポケットクイーン(テイラー・フランク葬儀屋)ケイト・シーゲル(ミス・リチャーズ)カール・ランブリーコーディ・フラナガン2024年・111分・G・アメリカ原題「The Life of Chuck」2026・05・06・no085・109シネマズ・ハットno82追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.05.09
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「母の日でーす!」 ベランダだより 2026年5月10日(日)ベランダあたり 10日もたっちゃんですけど5月10日(日)は「母の日」でした。 同居人のチッチキ夫人あてにあれこれ宅急便が届いて大喜びでした。 まず、東京からは花束とクッキー。「花束だけやと食べられへんやんと言いそうなのでクッキー付きね。」 はい、写真撮り忘れたクッキーは消費済みです(笑)。 信州からはリンゴ・ソーダと和菓子セット。 松山からはケーキとコーヒー。 遠くへ行ってしまったゆかいな仲間とその家族からのプレゼントです。「いいなあ、母の日はいろいろ届いて(笑)。」 とか何とか、楽しい一日でした。にほんブログ村追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうで(笑)
2026.05.19
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石牟礼道子「苦海浄土」(講談社文庫) 自分の生活する世界の外側や遠くの他者に対して関心を持つ時、自分のことを「こうだ」と思い込んでいた自己認識のあやうやさと出遇うことがある。この年齢になっても職場や近所づきあいで経験的には全く初めてのタイプの人と出会ったりする事は相変わらずあって、やっぱりうろたえる。 ドキドキしながら、一度自分の中にもどってみる。べつにどんな人とでも常に「存在」を賭けて真摯に付き合うことが身上というわけではない。しかし、自分の中にも、ほかの人から見れば、こういう変なタイプがいるのではないか、そんな風に考えると心当たりがある事もある。モチロンいつもという訳ではない。全く予想もつかないような人物もいる。心当たりがあるからといって必ずしも理解できたというわけでもない。かならず仲良く出来る訳でもない。 ただ、まぁそういうふうになってしまう事はありうるよな、というふうに相手に対しての、ちょっとした納得が生まれる程度のことだ。とりあえず嫌いとか好きといわなくてもよい。鶴見俊輔という哲学者が『同情』という言葉を使って考えているコトの入り口くらいかもしれない。 鶴見の言う『同情』というのは英語ではsympathyだろう。パトスが共振=シンクロナイズ=synchronizeすることという意味かなと思う。『共感』を持って他者と出遇うこと。孟子が言う『惻隠の情』というのはこれと近い事かもしれない。 哀れみとか心痛とかだけではなくて、率直な関心。交感作用。わからない人は辞書をどうぞ。ここで、ぼくは人格者になるための心得について言いたいわけではない。鶴見の言う『同情』や孟子の『惻隠の情』を徹底させると結構すごいコトになるということを話題にしたいのだ。 石牟礼道子の『苦海浄土』が文庫新装版で講談社から新しく出たそうだ。これまでにも講談社文庫版で読むことは出来たし、国語の教科書にも取り上げられてきた。 「ほーい、ほい、きょうもまた来たぞい」と魚を呼ぶのである。しんからの漁師というものはよくそんなふうにいうものであったが、天草女の彼女のいいぶりにはひとしお、ほがらかな情がこもっていた。海とゆきは一緒になって舟をあやし、茂平やんは不思議なおさな心になるのである。 いかなる死といえども、ものいわぬ死者、あるいはその死体はすでに没個性的な資料である、と私は想おうとしていた。死の瞬間からオブジェに、自然に、土にかえるために、急速な営みを始めているはずであった。病理解剖は、さらに死者にとって、その死が意思的に行うひときわ苛烈な解体である。その解体に立ち会うことは、わたくしにとって水俣病の死者達との対話を試みるための儀式であり、死者達の通路に一歩たちいることにほかならないのである。 ゴムの手袋をしたひとりの先生が、片手に彼女の心臓を抱え、メスを入れるところだった。私は一部始終をじっとみていた。彼女の心臓はその心室を切りひらかれるとき、つつましく最後の吐血をとげ、わたしにどっと、なにかなつかしい悲傷のおもいがつきあげてきた。死とはなんと、かつて生きていた彼女の、全生活の量に対して、つつましい営為であることか。 人間な死ねばまた人間に生まれてくっとじゃろか。うちゃやっぱり、ほかのもんに生まれ替わらず、人間に生まれ替わってきたがよか。うちゃもういっぺん、じいちゃんと舟で海にゆこうごたる。うちがワキ櫓ば漕いで、じいちゃんがトモ櫓ば漕いで二丁櫓で。漁師の嫁御になって天草から渡ってきたんじゃもん。うちゃぼんのうの深かけんもう一ぺんきっと人間に生まれ替わってくる。「苦海浄土 第3章 ゆき女きき書き」 水俣病で亡くなった坂上ゆきとういう女性をめぐって書かれた、「ゆき女きき書き」の一節。読み手の胸倉をつかんではなさない文章だと感じた。 「共感」するということが、すでに死んでしまった「ゆき女」の病理解剖の現場にまで立ち合い、その切り裂かれた心臓の最後の一滴のしたたりまで見ることを止めない石牟礼道子の冷静な目と筆致を支えているように感じる。 「同情」ということが一緒に涙を流したり、抱き合ったりすることにとどまることではないことを彼女は描いている。「見て書く」という行為に自分という存在をかけて表現しているといえないだろうか。そこにみなぎる気迫、それこそが、「同情」が行為であり、行動であって「こころのありさま」だけのことではないことが文章にくっきりとあらわれている。そこが石牟礼道子の強烈さだといっていいと思う。1968年に出版されて30年以上の歳月がたっている。僕が初めてこの本に出会ったのも30年も昔のコトになる。 今年、彼女の全集が藤原書店というところから出始めている。出来ればどこの学校の図書館にも置いてもらって、ひそかに彼女に「共感」し、自分のなかに「同情」を育てる人が一人でも生まれてくれば一寸凄いのではないだろうか。 この記事を書いている最中。2004年10月15日。水俣病患者に対する国家=行政の責任を認定した判決が最高裁から下された。被害発生から50年以上も経ってやっと、である。いったい何人の人が、世の中から「見捨てられた」という思いで死んでゆかれたことだろう。そう考えてしまう。(S)2004・10・14追記2019・09・16 石牟礼道子さんはいなくなった。鶴見俊輔さんもいなくなって久しい。この「案内」を教室で配布したときから15年も経ってしまったことを実感しながらも、少し驚いている。 福島の原発事故の被災者に対して「管轄外」と言い放つ復興庁の長官や、汚染水の「海」への廃棄を最後っ屁のように言い放つ大臣。とどのつまりは、公共事業の犠牲者に「ボランティア精神」を説く大臣迄出てきた。石牟礼さんや鶴見さんが生きていたらなんというだろう。 古い記事だが、捨てないで投稿しようと思った。 ボタン押してね!にほんブログ村ふたり 皇后美智子と石牟礼道子【電子書籍】[ 高山文彦 ]苦海浄土 全三部 [ 石牟礼 道子 ]
2019.09.17
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100days100bookcovers no43 (43日目) 千野栄一『ビールと古本のプラハ』(白水Uブックス) 前回YAMAMOTOさんの選ばれた1冊は『下町酒場巡り』でした。目次を見ていたら、東京下町の味のある居酒屋が多数紹介されています。そのなかには行ったことのあるお店も一軒。そうなると全部行ってみたくなるのですが、こういう本は、写真を見たり、文章を読んだり、ときどき本を開いて、その街に行った気分になるだけでも楽しいものです。行けないところへ旅ができる、というのも、私にとっては読書の楽しみのひとつです。 さて、次はどうしようかな、お酒のことが書いてあって、東京からは離れたい、できれば日本からも、ということで思いついたのがこの本です。『ビールと古本のプラハ』千野栄一(白水ブックス) 聞き慣れない名前のこの著者は、さまざまな大学でチェコ語を主としたスラブ語を研究し、教えた人です。平たく言えば、大学の先生です。 私の手元にはもう一冊、ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』(集英社文庫)の翻訳者として、千野栄一の本がありました。買ったときにはそのことを知らず、『ビールと古本のプラハ』に書かれていて初めて気づいたのですが。 1989年にベルリンの壁が崩れたあと、1990年に東欧を旅行して以来、主にハンガリーとチェコに対する興味が細く長く続いているのですが、この本はその興味の一端として買った本でした。むずかしい政治の本などはなかなか読み続けられないのですが、人々の生活の方面から国を紹介する本なら楽しく読めるのです。 とはいえ、ただのプラハの街案内ではありません。ばらばらに書かれたエッセイを集めた一冊ですが、そのほとんどは1990年から1997年頃に書かれていて、それはつまり、共産党政権が倒れてチェコが民主化された1989年の革命、「ビロード革命」の直後に当たっています。 民主化によって街が激変してゆくようすが、異邦人である著者の目を通して、まさに体感として描かれているのです。1958年にプラハに留学し、以後何度もチェコを訪れている著者だから、激変への驚きや感慨がリアルなのでしょう。 「激動プラハの出版事情を見る」の一章は、革命から2ヶ月後のプラハのようすがよく分かります。長い行列を「何だろう」と見に行ってみると、『ビロード革命の記録』というパンフレットを求める人の行列だった、というエピソードなどは、プラハ市民がこの事態にどれだけ絶大な関心を持って暮らしていたかがよく分かります。「かつて官製の新聞には見向きもしなかった人たちが、一斉に新聞を読み始めていた。行列といえば肉という時代もあったのに」 と添えられた一文も、街の空気をよく伝えています。 そして、民主化と同時に、革命前にあった老舗のカフェが次々と無くなり、古本の価格が高騰し、やがて、土地の値段と共に家賃も上がって古書店自体が閉店したり、移転したりしてプラハの中心から消えてゆきます。なんとか残れたとしても、版画や写真や地図を扱う観光客相手の店に変貌してゆくのです。資本主義経済がやってきたからです。 共産党時代にチェコスロバキア国籍を剥奪され、フランスで市民権を得たミラン・クンデラを書いた「愁いに沈む人間クンデラ」も興味深い一章です。 クンデラの著書はチェコで発禁になったのですが、自国で発禁にあった著書をチェコ語で出版する出版社がカナダにあり、クンデラはそこからチェコ語の書物を出版していたというのです。なんと、出版社自体がチェコからカナダへ亡命したのでした。千野が翻訳した『存在の耐えられない軽さ』の底本は、このカナダの出版社から出た本です。 クンデラはまだ存命で、パリ在住のようですが、ビロード革命以後はその著書はチェコで出版されています。もちろんほかに何人もの作家の著書が解禁になりました。民主化にも光と影があり、これはその「光」の部分ですね。 さて、ビールの話はどこへいったのか、ということになるのですが、この本の前半で、たっぷりとチェコビールが語られています。チェコはドイツと並んでビールの美味しい国です。チェコ語なので覚えられませんが、オススメの銘柄もたくさん出てきます。著者はどうやらかなりお酒を愛する人物だったらしく、ビアホールのエピソードも次から次へと出てくるのですが、カフェと違い、革命後の1990年代も存続しているのは、ビールをこよなく愛する市民の力でしょうか。ただ、20世紀末の情報ですので、今現在のプラハがどうなっているのかは、最新の観光案内でしか知ることはできないと思います。 古書店巡りのエピソードも楽しいのですが、書いてゆくと長くなりそうですのでやめておきます。 最後に、心に残ったこのエピソードをご紹介します。1996年の東京国際映画祭でグランプリを獲った『コーリャ 愛のプラハ』というチェコ映画があるのですが、その監督のヤン・スヴェラークに著者がインタビューしたとき、千野は逆にヤンからこう訊かれたそうです。「なんでチェコ語なんかやったんですか?なにか役に立ちましたか?」 それに対して千野は、チェコ語が役に立った具体的な例を挙げて返答をしているのですが、「どうしてチェコ語を勉強したのか」という問いには答えていません。 ヤンは軽い気持ちで訊いたのでしょうし、だから千野も正面からは答えていないのでしょうが、これはたぶん、根源的すぎて答えるべき言葉がなかった、ということではないかという気がします。 役に立てるためにするわけではない、「惹かれる」というのはそういうことではないかと思うのです。 1932年生まれの千野がチェコ語を専攻しようと思うことは、日本ではとんでもなく「つぶしがきかない」ことだったでしょう。もしかしたら今でもそうかもしれません。でも人は「その道」を選ぶことがあるのです。 などと書いているうちに思いだしたことがあります。1990年に私がチェコを訪れたとき、観光案内をしてくれたのはプラハ・カレル大学の女子大生でした。彼女は日本の研究をしていて、留学経験もあり、流暢な日本語を操りました。どうしてチェコの学生が日本語を?と私もあのとき思ったのです。彼女に明確な理由があったかどうかはわかりませんが、彼女も「その道」を選び、爽やかに歩んでいました。 こういう、その人の世間の主流からずいぶん遠いところに興味を持って生きている人を知ることが、私は大好物なのだと思います。 ということで、KOBAYASIさん、次をよろしくお願い致します。(2020・10・05・K.SODEOKA) 追記2024・02・16 100days100bookcoversChallengeの投稿記事を 100days 100bookcovers Challenge備忘録 (1日目~10日目) (11日目~20日目) (21日目~30日目) (31日目~40日目) (41日目~50日目) (51日目~60日目))いう形でまとめ始めました。日付にリンク先を貼りましたのでクリックしていただくと備忘録が開きます。
2021.01.21
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ハイメ・パセナ2世「この場所」元町映画館 東日本大震災から10数年たった陸前高田という町を舞台にした映画らしいというという理由で見ました。 ハイメ・パセナ2世というフィリピンの監督によってつくられたらしい「この場所」という作品です。 ハイメ・パセナ2世という監督は「陸前高田アーティスト・イン・レジデンスプログラム」という企画にアーティストとして滞在したことをきっかけに、以後、10年以上にわたり、陸前高田市の地域の人と交流を深めて、この作品に至った方だそうです。 映画の筋書きよりもカット、カットで挿入される、例えば下に貼った「奇跡の一本松」や巨大な防潮堤をはじめとする陸前高田の風景や、伝承館の展示、震災の映像が印象に残った作品でした。 父親の葬儀で初めて出会う母違いの姉妹。父親が去ったフィリピンで暮らす姉のエラ、27歳、と、陸前高田で父親っ子として育った妹のレイナ、20歳の画学生の「父をめぐるこだわり」が、二人のこころのぶつかり合いとして描かれている物語でした。 姉妹を演じた二人の女優さんの素直で真剣そのものの演技には好感を持ちました。しかし、最初から最後まで、二人のこころの焦点にいるはずの父親像が浮かんでこない物語としての説得力には少々難があったと思います。 血の繋がりがあろうがなかろうが、震災の地、陸前高田の「この場所」で「わかり合えないと思っていた」 二人の異国そだちの女性が、新しい絆を見つける物語として描きたい製作者の気持ちには好感を持ちました。拍手! おそらく、震災からの復興、再生のプロジェクトとして被災地の人たちとフィリピンのアーティスト、映画関係者が協力してつくった合作作品としてこの作品が生まれたんだろうなという雰囲気が作品の至る所で感じられて、その作品がフィリピンでは高く評価されているらしいということをうれしく思いました。拍手!監督・脚本 ハイメ・パセナ2世撮影 ダン・ビレガス編集 マーヤ・イグナシオ音楽 レン・カルボ主題歌 まっと通訳 今井杉子キャストギャビー・パディラ(エラ)中野有紗(橋本レイナ)二階堂智(安倍左太)市川シェリル(マイタ)薬丸翔(西)片岡礼子(橋本あつ子)安藤ネリーサ金野政利森山茂雄村上新一2026年・86分・G・日本・フィリピン合作原題「This Place」2026・05・12・no090・元町映画館no366追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.05.15
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養老孟司「わからないので面白い」(中央公論新社) 久しぶりに養老孟司です。市民図書館の新入荷の棚にありました。2024年11月の新刊ですから、そんなに新しいわけではありません。 1996年から2007年に「中央公論」に連載された文章で、すでに中公文庫とかでまとめられたものを鵜飼哲夫さんがテーマを新たにして再編集された本のようです。 テーマは、目次になっているこれですね。目次Ⅰ 身体を考える……脳はそんなにエライのかⅡ 学びを考える……知識だけでは身につかないⅢ 個性を考える……オリジナリティーよりも大切なことⅣ 社会を考える……たった一人の戦争二十年後のQ&A 最後の「二十年後のQ&A」が、2024年現在のインタビューです。養老孟司さん、1937年生まれだそうですから、87歳のインタビューです。 で、読んでいて一番ショックだったのはこの一節。鵜飼 さすがに禁煙されたとか。養老 タバコはね。うちのがうるさくて、そっちの方が大変。吸おうとすると起こるんだもん(笑)。理論的には今さら禁煙したって、影響が出るのはかなり先で、歳のいった僕にはもう関係ないはずなんだけどね。まあ、タバコのことは思い出さないようにするしかない。(P194) 養老孟司の愛読者の方ならご存じだと思いますが、彼は重度の愛煙家で、世の禁煙マナーというか、やたら喫煙を禁止する風潮に対して、かなり反抗的な発言を書いてきていらっしゃったわけで、この年になってもバカ高いタバコがやめられないシマクマくんには「そうか、養老孟司センセーもたばこがやめられへんのんか、ふふふ。」の人だったのですからね。まあ、そういう雰囲気で読み終えました。 で、本書のタイトル「わからないので面白い」をめぐってのインタビューでの最後のやり取りがこうです。鵜飼 養老さんの本を読むと、「わからないからこそ、面白い」といった表現がよく出てきますね。今の時代は「わからない」ということに耐えられず、すぐに正解を求める風潮がありますが。養老 だって、「ああすれば、こうなる」ってすぐに答えがわかるようなことは面白くないでしょ。「わからない」からこそ自分で考える。誰でもそうでしょ。競馬とか、パチンコとか、賭け事もそう。結果が見えないから必死になる。それが面白いんだよ。(P212) ボクは、競馬にも、パチンコにも、まあ、賭け事一般には何の関心もない生活を50年送ってきましたが、小説とか、映画とかは、まあ、読んだり見たりすることがやめられなくて、それって「なんだかわけわかんないけど面白い」からなんでしょうかね。 いい年になっても、それがやめられないのは、「どうも、よくわからんな」とか考え始めてみると、若い方たちに評判のAIとかの答えって、あんまり役に立たないことに気づいちゃったからなんですよね。自分で考え続けるしかない。まあ、「面白い」っていうのは、そういうことなんでしょうね。 もちろん、本書にはテーマに沿って、おなじみの養老トークがさく裂しています。 で、ボクに面白かったのはこういう発言です。 学習とは文武両道である。両道とは二股を掛けているということで、それぞれべつにという意味ではない。脳でいうなら、知覚とは運動である。知覚から情報が入り、運動として出て行く。出て行くが、運動の結果は状況を変える。その状況の変化が知覚を通して脳に再入力される。こうして知覚から運動へ、運動から知覚へという、ループが回転する。そうしたループをさまざまに用意しモデル化すること、これが学習である。(P60) 乳幼児が自分の手をしげしげと眺めている。そうした光景は、人によって見覚えがあろう。その手を乳幼児はいろいろ動かす。その動きと、動きの感覚が、視覚に起こっている変化と連合する。こうして乳幼児は身体と視覚の関係を理解していく。最終的にそれが自己の認識につながっていくとしても、私は不思議とは思わない。(P61) バギーに載せた赤ん坊にスマホの映像を見せて、ご自分はご自分でスマホをのぞき込んでいらっしゃる若いお母さんを見かけることが、最近増えました。赤ちゃんが見ている世界もお母さんが覗いていらっしゃる世界も、養老先生がおっしゃっている「文武両道のループ」からは遠い感じですね。 どんな世の中になるのだろう? まあ、あの赤ん坊が大人になるころなんて、どうせ、この世にはいないんですから知ったことではありませんが、なんとも不気味ですね。そういう不安を感じたい方にはうってつけですよ(笑)。 2026-no053-1268 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.05.17
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100days100bookcovers no77 77日目川上弘美『神様』中央公論新社 遅くなりました。申し訳ありません。SODEOKAさんの都合で、77日目が回ってきた。YMAMOTOさんの採り上げた、田中小実昌『ポロポロ』からどうつなごうかと思っていろいろ考えて見たが、なかなか思いつかない。 試しにWikiで田中小実昌を当たってみると、『ポロポロ』が谷崎潤一郎賞を受賞していることがわかる。それで、これまでの谷崎賞の受賞作家、受賞作品をつらつら眺めていたら、川上弘美の『センセイの鞄』(2001年)が目についた。以前、採り上げた堀江敏幸『雪沼とその周辺』も2004年受賞作だった。ああ、じゃ『センセイの鞄』にしようかと思ったが、作品が結構長いことに思い当たる。このところ何やかやであまり時間が取れない状況になってきているので断念。川上弘美はいくつか読んでいるので、他になかったかなと思って最初に思い当たったのが、 『神様』川上弘美 中央公論新社 だった。これなら連作的な短編が都合9作で、200ページ足らず。全部読めなくても何とかなりそうだ。そもそも最初に置かれた表題作とその続編で最後に置かれた「草上の昼食」にはかなりいい印象が残っていた。 かつ、これに決めてから気がついたのだけれど、タイトルの「神様」は、田中小実昌の『アメン父』にも通じる。 いくつか読んだ川上弘美の作品で最初がこの作品かどうかは定かでないのだが、印象深い作品であるのは間違いない。 結局、改めて全部読み直した。 9作の「連作」の基本的な共通項は、語り手「わたし」が暮らす集合住宅の住人、あるいは友人・知人等々との交流の中で生まれる「物語」であり、大体が「非日常のもの」あるいは「異世界」がテーマだということ。 それは場合によっては、おそらく「わたし」自身の中にあるものの投影でもある。 表題作「神様」は作家のデビュー作で、パスカル短篇文学新人賞受賞作。だが、1998年に出たこの作品集は刊行順では4冊目になるようだ。 付け加えておくと、その表題作「神様」は、2011年の震災および原発事故の後、同年9月に『神様2011』としてリライトされてオリジナルの「神様」と併せて50ページの本になる。私もたぶん雑誌掲載時に「神様2011」を読んだ覚えがあるので、その雑誌を探したのだが見つからなかった。もしかしたら立ち読みしただけかもしれない。 9編もそれぞれにテイストが異なり、民俗伝承譚的なもの、ユーモラスでコミカルなもの、児童文学風なもの、心理的ホラー等々も交じってヴァラエティーに富む。 共通項を持ちつつも同じような話というのはない。 一つだけ、普通の小学生くらいの男の子との交流が描かれるものもあるが、それ以外は、架空のものも含め生物か、あるいは死者・幽霊が登場する。 皆、それぞれおもしろいが、冒頭の「神様」と最後の「草上の昼食」は改めてよかった。 簡単に紹介する。引用を「>」記号以下に、また一部引用の場合は「」で示す。 前者の冒頭は、>くまにさそわれて散歩に出る。川原に行くのである。 「三つ隣の305号室に、つい最近越してき」て、「引っ越し蕎麦を同じ階の住人にふるまい、葉書を十枚づつ渡してまわっていた」昔気質らしいくまと散歩に川原に行くところから始まる。 魅力的な書出しだ。 川原で家族連れと出会ったり、くまが川で魚を取って、上手に開いて干物を作ったり、持参してきた弁当を食べたりして過ごす。 くまは、魚を捕る際なんかで、時折「くま」らしいところもみせるが、概ね穏やかで気配りにすぐれている。 そんな散歩のようなハイキングの後、部屋の前まで戻り、305号室の前で別れ際にくまは恥ずかしそうに言う。「あの」「抱擁を交わしていただけますか」「親しい人と別れるときの故郷の習慣なのです。もしお嫌ならもちろんいいのですが」。 承知した「わたし」とくまは抱擁を交わす。>くまの匂いがする。(略)思ったよりもくまの体は冷たかった。 くまは言う。「熊の神様のお恵みがあなたの上にも降り注ぎますように」。 わたしは思う。「熊の神とはどのようなものか、想像してみたが、見当がつかなかった」。 「悪くない一日だった」とこの一編は閉じられる。 その続編とも言うべき『草上の昼食』がこの短編集の最後に置かれる。>くまにさそわれて、ひさしぶりに散歩に出る。 少し太ったり、息が以前より荒くなったりして成長したようにも見えるくまは「わたし」に、先日北の方へ「ともだちに譲ってもらったセコハン」の車で里帰りしたことを話す。 二人は「穴場」の草原に入っていく。バスケットから敷物を出して敷き、食べ物を並べる。くまが作った料理の数々。赤ワインも。でもくま自身は「酒はたしなみません」。 くまの料理は自己流。「学校に入るのも難しいですし」。「くまであるのならなるほど学校には入りにくかったかもしれない。学校ばかりではない、難儀なことは多かろう」。 料理の話や鍼の話をしながら食事をしているいうちに「わたし」は眠気にさそわれ、くまに寄りかかってうとうととする。 目覚めたわたしにくまが切り出す。「あの。今日はお別れを言いに」「故郷に帰ることにしました」「明後日には発ちます」「しおどき、というんでしょうか」。 びっくりしていろいろ問いかける「わたし」にくまは答える。 ずっと、帰っちゃうの。「ずっとです」こちらには、もう。「来ません。故郷に落ち着くつもりです」遊びにも、来ないの。「たぶん」。 たぶん、と言ってから、くまはわたしの肩を軽く叩いた。「そんなお顔なさらないでください」。 そんな顔、と言われ、自分の口が開かれ眉が寄せられていることを知った。「でも、どうして」と問う「わたし」に、「結局馴染みきれなかったんでしょう」と目を細めて、くまは答える。 わたしも馴染まないところがある。そう思ったが、それも言えなかった。やがて雨がやって来る。かみなりも鳴り始める。いなびかりから雷鳴までの時間がせばまってくる。 くまは傘を地面に放り、体でわたしを包みこむようにして地面にうずくまった。 雷鳴はますます大きくなる。次の瞬間、いなびかりと雷鳴はまったく同時で、からだ全体にどん、という衝撃が走った。くまごしに、大きな衝撃が走った。 くまは衝撃が走ると同時にわたしから身を離し、大きな声で吠えた。おおおおお、と吠えた。どんな雷鳴より大きな声で、くまは直立して空に向かって吠えていた。 くまは何回でも、腹の底から吠えた。こわい、とわたしは思った。かみなりも、くまも、こわかった。くまはわたしのいることをすっかり忘れたように、神々しいような様子で、獣の声をあげつづけた。かみなりがおさまり、雨が止んだ。「熊の神様って、どんな神様なの」わたしは聞いた。 「熊の神様はね。熊に似たものですよ」くまは少しずつ目を閉じながら答えた。 「人の神様は人に似たものでしょう」。 そうね。 「人と熊とは違うものなんですね」目を閉じ切ると、くまはそっと言った。 「故郷に帰ったら、手紙書きます」くまはやわらかく目を閉じたまま、わたしの背をぽんぽんと叩いた。 帰っちゃうのね。彼方を向いたまま言うと、「さようなら」くまも彼方を向いたまま言った。 さよなら。今日はおいしかった。くまの世界で一番の料理上手だと思う。手紙、待ってるからね。 くまはこのたびは抱擁しなかった。わずかに離れて並んだまま、くまとわたしはずっと夕陽を眺めていた。 この「抱擁しなかった」理由も、もしかしたらくまの「気遣い」だと思うとなかなか切ない。 その後、くまから差出人とその住所の書かれていない手紙が届く。 その手紙をわたしは三回読む。泣きそうになったが泣かなかった。でも寝床に入って少し泣いた。そして返事を書く。 そして、宛先が空白の封筒に入れ、切手を貼り、裏に自分の住所と名前を書いて机の奥にしまった。「寝床で、眠りに入る前に熊の神様にお祈りした。ずっと机の奥にしまわれているだろうくま宛の手紙のことを思いながら、深い眠りに入っていった」と結ばれる。 9編の中でも比較的叙情性の勝った、感情移入のしやすい作品だと思う。 ただ、ここでも穏やかではあるが、「他者」「異物」として「くま」が描かれている。 くまは人とは違う。くまは野生を保持し、人は野生をほとんど捨てた。だからくまは「故郷」に帰った。帰ることができた。でも人間は「故郷」を忘れて、ただ途方に暮れるばかりだ。 あるいは「人間」とは、少なくとも近代以降の人間は、「故郷」を捨て忘れることによって「成立」しているのかもしれない。 そして「故郷」は、この作品での「神様」と重なるところがある。 先述したようにこの2編に限らず、ここに収められた9編に共通しているは「異界」や「異物」であり、それはいわば「他者」でもある。 自身の中の他者性をも含めた他者性。場合によっては、かつての自身だったり、あるいは祖先の姿であるかもしれない「他者」。 それについて、この2編より、もっと象徴的な話になっているのが「離さない」かもしれない。 何を感じたかは違えど、「離さない」を最も印象深く感じた読者も少なくないのではないか。これも当初紹介するつもりだったのだが、長くなるので、簡単にだけ。「わたし」と同じ集合住宅住む「エノモトさん」が、彼が旅先から連れ帰ってきた「人魚」に「魅入られる」話である。「魅入られて」人魚から離れられなくなる。そこで人魚を海に帰すのだが。ここには、他者に対する、ある種の怖れと執着が象徴的に描かれる。そして他者は自己自身でもある。人魚が2度発する決定的な一言は、本来、こちらの人間が口にするべき言葉である。ここに逆転と混交が生じる。 民俗伝承的な体裁の心理的スリラーとして秀逸だと思う。 人間の欲望とは、他者の欲望であると言ったラカンの言葉を思い浮かべたりもする。 最後に。食べ物の話題が多いのも一つの特徴かもしれない。 手許にある2003年8/1発行の「文藝」秋号の「特集 川上弘美」掲載の、榎本正樹による作家へのインタビューで、榎本は、作家の作品では「食と性と死がボーダーレスにつながっている」 という指摘をしているが、この9編でも濃淡の違いこそあれ、それらは全体を覆っているように思える。 ただ、こうして作品について書いてきても実際に作品を読んだときの何だか不可思議な感覚を表現できているように思えないのは、同じ雑誌で「あらゆる意味で最も批評しにくい作家」とか「批評を禁じるところがある」(斎藤美奈子)とか言われていることと重なっているのかもしれない。 何だか、一般化してしまうとどうしてもこぼれ落ちてしまうものがある。それはおそらくごくごく個人的な、プライベートな何かに触れる感触とでも言えばいいか。読者が各々持っている生(なま)の「個人性」「私性」みたいなものだが、こう書いてしまうとまたちょっと違うかという気になる。いや何と言ったらいいのか、というより、私自身が自分がどう感じたかがわかっていないのだろう。でも感じるものはあるのだ。きっと。 それが優れた文学であり優れた小説なのだと言われれば、そのとおりなのだろうけれど。 では、次回、DEGUTIさん、よろしくお願いします。2021・10・21・T・KOBAYASI追記2024・04・27 100days100bookcoversChallengeの投稿記事を 100days 100bookcovers Challenge備忘録 (1日目~10日目) (11日目~20日目) (21日目~30日目) (31日目~40日目) (41日目~50日目) (51日目~60日目)) (61日目~70日目) (71日目~80日目)という形でまとめ始めました。日付にリンク先を貼りましたのでクリックしていただくと備忘録が開きます。
2022.07.20
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「ああー、引き分け! ホッ!」 徘徊日記 2023年4月9日(日) 阪神甲子園球場あたり 2023年、アレを目指してトラの野球シーズンが開幕しました。強敵ヤクルト・スワローズを相手に甲子園も開幕して、1勝1敗で3戦目の日曜日です。 やってきましたよ、何年ぶりでしょう。甲子園球場です。ヤサイクン家の愉快な仲間とジジとババ、総勢7人で野球観戦です。 この壁を見上げるとドキドキします。もっとも、写っていませんが、このあたりは外野席のゲートを目指す人の大群です。のんびり写真を撮っていると邪魔になります。 案内板がありました。ここはレフト側のアルプス席の裏ぐらいです。 目指しているのは19番ゲートです。 ( ̄∇ ̄;)ハッハッハ、席に着くと思わず笑いが出ます。ここはレフトスタンド最上階です。天気は快晴、いや、カンカン照りです。見晴らしのよさ抜群です。燕の応援団がすぐ下で頑張っています。外野席は超満員です。 始まった試合は投手戦です。タイガースのピッチャーは期待の才木君です。三振ばっかりとっています。ヤクルトのピッチャーは吉村君です。こちらも剛速球のいいピッチャーです。タイガースは3回になんとかかんとか1点をとってリードしましたが、あてにはなりません。何せ、相手は,調子を上げている山田君、いつでもホームランの村上君、器用なのか不器用なのかわからないオスナ君のクリーンアップです。 5回が終わってのグランド整備の時間に場内見学に出発しました。 ここはライト・ポール際の金網の横です。これが今日の外野席の様子です。プレイが再開すると、やはりレフトスタンドとは違います。皆さん元気に応援していて、一斉に声を張り上げ、拍手する声援の中にいると鳥肌が立つ感じです。 感動していると、ピンチです。代打、川端君のライナーが目の前に飛んできて同点です。落胆していると、近くに立っていたおばあさんが恐る恐るの様子で近いづいてきて言いました。「旦那さん、私、トイレに行って帰ってきたんですが、席がわからないんです。あのあたりだとおもんですが。」「えっ?あっちはアルプスですから、通路が止められていますすよ。だから、この上か、この下あたりじゃないですか?チケットはお持ちですか?」「持ってないんです。」「うーん、困ったなあ。ご家族は?」 そこにやってきた警備員君が言いました。「あのー、ここは通路ですから。」「はい、わかってますよ。このおばーちゃん、何とかしてあげてね。 スコア・ボードを撮り忘れましたが、延長12回、結局、1対1の引き分けでした。いや、ほんと、負けなくてよかったですね(笑) それは、そうと、あの、おばーちゃん、無事席に戻れたのでしょうかね。写真は甲子園球場レフトスタンドからの春の日没です。楽しい一日でした(笑)。じゃあね。ボタン押してね!
2023.04.11
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高橋源一郎「ラジオの、光と闇―高橋源一郎の飛ぶ教室2」(岩波新書) 高橋源一郎にハマり続けていますが、今日の案内は「ラジオの、光と闇」(岩波新書)です。副題に「高橋源一郎の飛ぶ教室2」とあるように、彼がやっているらしいラジオ番組の、たぶん、前振りというか、オープニングのおしゃべりをエッセイ集としてまとめた本です。 知人にも、彼の番組のリスナーがいらっしゃるわけですが、ボクは一度も聴いたことがありません。ただ、このシリーズの1冊目、「高橋源一郎の飛ぶ教室」という岩波新書は読んだ記憶があります。基本、高橋源一郎による社会批評というか、時事ネタ発言のエッセイかなわけで、「読みやすい」ことと、紹介されている「書籍」や「映画」が、まあ、ボクにとっては、ほぼ、ハズレなしという印象で、「読書案内」本として重宝しています(笑)。 今回は、横浜まで往復する新幹線旅行の電車本として読み終えました。 いちばん下の叔父さんが亡くなって、葬儀に参列する旅行です。 こんばんは。高橋源一郎です。 先日、作家の大江健三郎さんが亡くなられました。大江さんは、みなさんもご存じのように、長い間、日本文学を代表する作家として活躍されてきました。八十八歳。老衰だったと伝えられています。 ぼくにもいくつかの追悼文の依頼がありましたが、思うところがあり、お断りしました。なので、ここでお話しすることが、大江さんへの追悼となります。 もの書きとして、人として、ぼくが深く影響を受けた人たちは四人います。詩人の吉本隆明、映画監督のジャン・リュック・ゴダール、批評家の江藤淳、作家の大江健三郎。この四人の生まれた年は順に、一九二四年、一九三〇年、一九三二年、一九三五年、そして父の生まれた年が一九二〇年。あるとき、ぼくは、彼らが、父を長男とする兄弟たち、ぼくにとっての叔父の年齢にあたることに気づきました。 ラジオのおしゃべりを想定すれば、ここまでがつかみです。 で、ぼくが思い浮かべたのは、自分の父親が一九二五年生まれだったことです。吉本隆明の一つ下です。上の引用に並んでいる四人のお名前は、高橋源一郎の三つ年下であるボクにとっても、10代後半からの、ほぼ、10年の間、圧倒的に影響を受けた人たちとしてドンぴしゃり! 鷲摑みです! 10代後半から漱石にかぶれた始めたボクが生まれて初めて読んだ文芸評論が、批評家江藤淳の「夏目漱石」(講談社文庫)で、その勢いで、彼の好敵手、吉本隆明の「言語にとって美とはなにか」(角川文庫)に雪崩れ込み、文学・思想かぶれの、生意気、頭でっかち高校生活を送り、二十歳で大学生になるやいなや落第生へと落ちこぼれて言った理由が名画座のヌーベルバーグと「仁義なき戦い」の菅原文太でした。 江藤、吉本かぶれの、余波というか、当然の帰結というか、大学の広い図書館では、大江の発禁作「政治少年死す」が載っている雑誌「文学界」を見つけて喜ぶ生活でした。 今となっては、懐かしい記憶ですが、高橋源一郎が「もっとも影響を受けた四人」と、言い切ることばを反芻しながら、かえって、彼の世代とのギャップを痛感したりもするのでした。 で、高橋さんの、本論、「大江健三郎追悼」はこうです。 この番組で何度か「家の外に出て世界をさまよい、自由と知識を甥に教えるためにふらりと戻ってくる叔父さん」の話をしました。この四人は、ぼくにとって、世界の広さを教えてくれる叔父たちだったのです。最後の、いちばん下の叔父である大江さんが亡くなったと聞いた時、感じたのは、ついにだれもいなくなり、ひとりぼっちになってしまった、という大きな寂しさでした。彼がどんなにか自由で豊かであったかを伝えることができるのは、甥であるぼくの使命なのかもしれません。 大江さんの小説を読み始めたのは中学生になったばかりの頃。その頃、大江さんは眩しく光り輝く若い作家でした。大江さんは芸術家であるだけでははなく、社会の中で目覚ましいオピニオンリーダーでありえた時代のシンボルでした。大江健三郎のような小説家であること、それはなにかを書くことを目指す若者にとって一つの大きな目標だったのです。 六十年以上、大江さんの書く小説を読み続けてきました。そして、一つ気づいたことがあります。おそらく、大江さんにとって大切だったのは、現実の自分ではなく、小説の中に存在している自分だったと思います。どんな作品においても、そこには絶望的なほどの孤独、というか孤独な大江さんが呼吸していました。そして、同じように、孤独に絶望しているぼくたち読者に向かって「大丈夫。ぼくも孤独だから、でも大丈夫」とメッセージを送っていたのです。 さようなら、大江健三郎さん。長い間、ありがとうございました。それでは、夜開く学校、「飛ぶ教室」、始めましょう。(P119) ボクは、この本を、ぼくと同居人にとって、最後に一人残っていらっしゃった叔父さんとのお別れに向かう新幹線で読みました。それも、また、ドンぴしゃりでしたね。読みながら、高橋源一郎が大江健三郎の作品から「大丈夫。ぼくも孤独だから、でも大丈夫」というメッセージを受け取っていたことを知り、胸ふたがるおもいでした。 高橋源一郎の小説作品が、近代文学史や戦後文学史に対する茶化しのように、エンタメ化して読まれる傾向がありますが誤読ですね。彼は、ポップとかいう批評に耐えながら、現代社会を生んだ「近代」という時代と真正面から向かい合おうとしていると思います。まあ、そのあたりは、読み始めてしまった、たとえば、「DJヒロヒト」(新潮社)あたりの案内でということで、今日はここでお終いです。 2026-no039-1254 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.05.02
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《2004年書物の旅》小西甚一「古文研究法」(ちくま学芸文庫) 二十年近く昔のことで、この本がちくま学芸文庫で復刊されるずっと前、こんなことを高校生相手に書いていました。とてもさっこうんの高校生の手におえる参考書とは思えなかったのですが、ハッタリ気分で書いていたら復刊されて驚きました。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 古典の授業をしていて、自分が物を知らない事をつくづく感じています。勉強するべきときに勉強せんとこういうオトナになる、なんて説教をたれる気はありません。しかし、授業中に困っても、まめに調べる気力も最近は失われていて、これは、正直ヤバイのですが、高校生諸君に対しては、せめて参考文献ぐらいは紹介しようという次第です。 そう思いついたのは、なかなか殊勝な態度なのですが、残念ながら受験参考書の類は自分自身が30数年前、必要に30迫られて読んだ、「ある参考書」以来まじめに見たことがないからよく知らないのです。 皆さんが「そんないい加減なことでいいのか!」と怒るのももっともです。しかしね、時々本屋さんが「見本に」といって持ってくる最近の参考書の類はみんな、あの頃読んだ「ある本」の換骨奪胎に見えるのですよ、ぼくには。 「肝」になる文学思想は捨て、外観は似せているが、全体を支える「骨」はありません。やればとりあえず点は取れるようになりますが、古典に対する教養はせいぜい枝葉しか身につきません。クイズに強くなる豆本化しいて、パターンと頻出例を繰り返すだけで味も素っ気もありません。結局、面白いのは、面白くもないゴロ合わせだけという始末です。みんな「当てもん」に強くなるためのテクニックなのですね。 皆さんを試そうと待ち構えている「センター試験」や「模擬テスト」が、要するに「当てもん」なので、そうなるのはよくわかります。世間のパターンもそうなっているようですから、ある意味「合理的」なのでしょうね。でも、それって「バカじゃない?!」ってことじゃないでしょうか。 極論かもしれませんが、センター試験の古典で点を取るのは、実は簡単です。一年生で使った教科書がありますね。あれで、漢文はすらすら書き下せること。だから、読めればいいわけですね。古文はすらすら訳せること。それだけ八割は大丈夫です。あの薄い教科書一冊、本文だけでいいです、すべて暗唱できれば、センターなら満点は確実です。 ウソだとは思うが、一度だけシマクマを信じてやろうという人は、この夏休みがチャンスです。せっかくですから、課題の問題集で試してください。 古文、漢文それぞれ15題ありますね。一日、一題づつ、計二題、ノートに本文を写してください。訳や解説は、適当に読んで、線でも引きながらで結構です。これを二往復してください。 狙いは古典の本文を丸ごと頭に入れることです。二度目に口語訳がつっかえるようならもう一度やってください。その結果10月のマーク模試で、あなたの古典の偏差値は10点アップしています。もとが30点台の方は15点から20点上がります。すると文法で説明したくなります。 でもね、点数が上がって勘違いしてはいけないことがあります。模試の数値は古典文学読解の実力を保証しているわけではないということです。それは忘れないでください。放ったらかしてしまうと、すぐに下がります。 で、話を戻します。読む練習ができて、さあ、ここから必要になる本を参考書と呼ぶのです。ぼくが受験生の時に出会ったある本とは小西甚一という人の「古文研究法」という本ですが、本物の参考書でした。 小西さんのその参考書は「古文とは何か」という大胆な問を設定して受験生に説明しようとしていました。ぼくは読んでいて眠くてしようがなかった記憶があります。アホバカ高校生が「古文とは何か」なんて考えるはずがないわけで、考えたとしても「退屈である」という答えしかなかったはずですから、眠いのも当然でした。しかし、ずっと後になって、この参考書のすごさに納得するのです。 ぼくの場合は大学生になって、この人の「日本文学史」(講談社学術文庫)を読んアレっ?と感じた時でした。 「古文研究法」は受験参考書の面(つら)はしていますが、実は日本古典文学概論だったんです。気付いた結果、この人の「俳句の世界」(講談社学術文庫)とか、その他の著作を探したりしましたが、要するに、お弟子さんにしてしまうん本だったんです。 実をいえば、小西甚一という人は中世文学のエライ学者で、なぜか受験参考書もたくさん書いていますが、例えば「俳句の世界」なんて、素人にもとても面白い本です。受験参考書で。そういう参考書もあるということを忘れないでください。 とか言いながら、この本は手に入らないでしょう。古すぎます。学術文庫の方でも読んでみてください。 いつものように「なんのこっちゃ」という話でした。 ボタン押してね!ボタン押してね!
2020.03.27
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レイモンド・ブリッグス「風が吹くとき」あすなろ書房「エセルとアーネスト」というアニメーション映画に感動して、知ってはいたのですが読んではいなかったレイモンド・ブリッグスの絵本を順番に読んでいます。今日は「風が吹くとき」です。こういう時に図書館は便利ですね。 彼の絵本は「絵」の雰囲気とか、マンガ的なコマ割りで描かれいる小さなシーンの連続の面白さが独特だと思うのですが、ボクのような老眼鏡の人には少々つらいかもしれませんね。 仕事を定年で退職したジムと妻のヒルダという老夫婦のお話しで、彼らは数十年間真面目に過ごしてきた日々の生活を今日も暮らしています。「ただいま」「おかえりなさい」「町はいかがでした?」「まあまあだな。この年になりゃ、毎日がまあまあだよ。」「退職したあとはそんなもんですよ」 こんな調子で、物語は始まります。妻ヒルダのこの一言のあと、無言で窓から外を眺めながらたたずむ夫ジムの姿が描かれています。 小さなコマの中の小さな絵です。で、ぼくはハマりました。当然ですよね、このシーンは、ぼく自身の毎日の生活そのものだからです。このシーンには「普通」に暮らしてきた男の万感がこもっていると読むのは思い入れしすぎでしょうか。 「核戦争」が勃発した今日も、二人はいつものように暮らし続けています。そして・・・。という設定で評判にになった絵本なのですが、読みどころは「普通の人々」の描き方だとぼくは思いました。 例えば妻の名前ヒルダは、読んでいてもなかなか出てきません。彼女は夫に「ジム」と呼びかけますが、ジムは「あなた」と呼ぶんです、英語ならYOUなんでしょうね、妻のことを。そのあたりのうまさは絶品ですね。 物語の展開と結末はお読みいただくほかはないのですが、最後のページはこうなっています。これだけご覧になってもネタバレにはならないでしょう。 「その夜」、二人はなかよく寝床にもぐりこみます。そして、たどたどしくお祈りします。イギリスのワーキング・クラスの老夫婦のリアリティですね。ユーモアに哀しさが込められた台詞のやり取りです。「お祈りしましょうか」「お祈り?」「ええ」「だれに祈るんだ?」「そりゃあ・・・神様よ」「そうか・・・まあ・・・それが正しいことだと思うんならな…」「べつに害はないでしょう」「よし、じゃあ始めるぞ…」「拝啓 いやちがった」「はじめはどうだっけ?」「ああ…神様」「いにしえにわれらを助けたまいし」「そうそう!つづけて」「全能にして慈悲深い父にして…えーと」「そうよ」「万人に愛されたもう…」「われらは・・・えーっと」「主のみもとに集い」「われは災いをおそれじ、なんじの笞(しもと)、なんじの杖。われをなぐさむえーっとわれを緑の野に伏せさせ給え」「これ以上思い出せないな」「よかったわよ。緑の野にっていうとこ、すてきだったわ」 「エセルとアーネスト」でレイモンド・ブリッグスが描いていたのは、彼の両親の「何でもない人生」だったのですが、ここにも「何でもない」一組の夫婦の人生が描かれていて、今日はいつもにもまして、まじめに神への祈りを唱えています。 明日、朝が来るのかどうか、しかし、この夜も「普通」の生活は続きます。 ここがこの絵本の、「エセルとアーネスト」に共通する「凄さ」だと思います。この「凄さ」を描くのは至難の業ではないでしょうか。自分たちの生活の外から吹いてくる「風」に滅ぼされる「普通の生活」が、かなり悲惨な様子で描かれています。しかし、この絵本には「風」に立ち向かう、穏やかで、揺るがない闘志が漲っているのです。 この絵本はブラック・コメディでも絶望の書でもありません。人間が人間として生きていくための真っ当な「生活」の美しさを希望の書として描いているとぼくは思いました。 今まさに、私たちの「普通」の生活に対して「風」が吹き荒れ始めています。「風」はウィルスの姿をしているようですが、「人間の生活」に吹き付ける「風」を起しているのは「人間」自身なのではないでしょうか。ブリッグスはこの絵本で「核戦争」という「風」を吹かせているのですが、「人間」自身の仕業に対する厳しい目によって描かれています。今のような世相の中であろうがなかろうが、大人たちにこそ、読まれるべき絵本だと思いました。追記2020・04・10 「エセルとアーネスト」の感想はこちらから。追記2022・05・17 2年前にこの絵本を読んだ時には「新型インフルエンザ」の蔓延が、普通の生活をしている人々にふきるける「風」だと案内しました。世間知らずということだったのかもしれませんが、今や、絵本が描いている「核戦争」の「風」が、現実味を帯びて吹き始めているようです。 「戦争をしない」ことを憲法に謳っていることは、戦争を仕掛けられないということではないというのが「核武装」を煽り始めた人々の言い草のようですが、「核兵器」を持つ事で何をしようというのか、ぼくにはよくわかりません。「戦争をしない」ことを武器にした外交関係を探る以外に、「戦争をしない」人の普通の暮らしは成り立たないのではないでしょうか。 追記2024・08・04アニメの「風が吹くとき」を見ました。1986年に作られたアニメの日本語版でした。絵本よりもきついです。感想をブログに載せました。上の題名をクリックしてくださいね。追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)ボタン押してね!ボタン押してね!【国内盤DVD】【ネコポス送料無料】エセルとアーネスト ふたりの物語【D2020/5/8発売】
2020.04.11
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工藤直子「工藤直子全詩集」(理論社)(その1) 市民図書館の新入荷の棚で、やたらデカい顔をしてのさばっていたので手に取りました。2023年7月初版です。ふんぞり返っていたのは「工藤直子全詩集」(理論社)です。700ページを越えるブットイ本です。重いので躊躇しましたが、借りてきました。 なつかしい! それが、まあ、第一印象というか借りてきた理由です。食卓テーブルでパラパラやっていて、いろいろ思いだしました。ボクにとっては、何と言っても「てつがくのライオン」の詩人で、松本大洋というマンガ家のおかあさんです。1935年に台湾で生まれた方で、日本最初の女性コピー・ライターです。 そんなことを考えながら、最初のページに戻って、ぎょっとしました。 死黙って生きてゆきましょうよ食べてー 眠ってーそして死ぬんですどうも私はかけまわっているようだ“帰っておくれ!”とみんなが笑っているようだが恐ろしくないのでしょうか?・・・・・・・・・・・・・・・やはり黙って生きてゆきましょう 一九五〇・一・二五(P8・1950) この詩集には、私家版だったようですが、工藤直子の初期詩篇が収められているのが、全詩集の所以の一つです。絵本の語り手(?)になる以前の工藤直子です。その最初の最初の詩がこれです。25歳の工藤直子です。何にたじろいだのか、うまくいえません。しかし、この感じは他人ごとじゃないですね。「帰っておくれ!」って、本当にそういわれて、真っ暗闇の道を歩いた記憶があるような気がします。 まあ、そういう、昔の思い出はともかくとして、60年、黙らずに生きて来てどうなりましたか? というわけで、当然、最後のページですね。 85歳の工藤直子です。うまくいえませんが、最初のページから60年の歳月があって、この詩です。読んでいるボクは68歳です。なんだか、元気づけられた気持ちになったのですが、それは。ボクの年齢のせいでしょうかね。 このところ工藤さんは俳句を作っていらっしゃるようですので、もう一つ紹介しますね。 けんきち・はいく こいぬけんきちゆきふわりしっぽにっこり ぱたぱたたはいくのきもちああ ぼくの だいすきな ゆきがふわ ふわ ふってきたうれしくて しっぽが わらいたくなりぱたぱた ぱたぱた しちゃったよ(P668・2016) それから、まあ、工藤直子といえば、なんといっても「てつがくのライオン」なのですが、長くなるのでその2に続きますね。じゃあこれで、バイバイ。そのうち書きますから、その2ものぞいてね(笑)
2023.08.04
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ハ・ミョンミ「済州島四・三事件ハラン」元町映画館 どこの誰がつくった映画なのか、まったく知りませんでしたが、この題名を見てしまうと出かけないわけにはいきませんね。 韓国の女性監督ハ・ミョンミという方が撮った「済州島四・三事件ハラン」です。 ノーベル文学賞のハンガンの傑作「別れを告げない」(白水社)にも打ちのめされましたが、何とか涙なしに見終えたと思ったラストシーンで深々と打ちのめされました。 四・三事件については、韓国国内では、長い間タブー視されてきたらしいのですが、たとえば、ボクなんかは在日作家金石範の、多分、本国では出版もままならなかった作品「火山島」とか、詩人の金時鐘の発言、この映画の製作者でもあるらしいヤン・ヨンヒの「スープとイデオロギー」をはじめとする一連のドキュメンタリー作品を通して、事件の歴史的・政治的背景はもちろんですが、苛酷な現場を体験した人たちのそれからの人生までうかがい知ってきたわけですが、この映画のラストシーンの描き方を見て、監督ハ・ミョンミの事件に対する怒りと哀しみ、事実を埋もれさせない決意というか、覚悟というかに打ちのめされました。歴史に残る傑作!だと思いました。 映画は、オばーちゃんが銃殺され、そのフトコロで九死に一生をえた少女ヘセンちゃんが、一人で「山」に登り、奇跡的に再会できたお母さんアジンさんとの逃避行を描いた作品でした。 幼いヘセンちゃんのあどけない表情と、夫をはじめ、家族をすべて殺されながら、娘の未来に、女として、母としての夢を託しながら彷徨うアジンさんの必死な姿と眼差しが忘れられない映画でした。 真っ暗な洞窟を風だけを頼りに海に抜け出ていくシーン。美しい海が広がる絶壁に立ち、おびえる幼子に目隠しをして抱き抱え、海女である自分を信じ、海原に飛び込む壮絶なジャンプ。胸を打つ見ごたえのあるシーンの連続で目が離せません。「頼むから、二人を生き延びさせて!」 そんなふうに念じながら目を瞠る作品でした。ヘセンちゃんとアジンさんの二人に拍手! ずぶ濡れになったヘセンちゃんを助け起こし、火をおこし、サザエを拾ってきて食べさせるアジンさんの姿にホッとしたのもつかの間、スクリーンには二発の銃声がこだまし、画面は暗転しました。 声をあげて泣き叫びそうになるのを、何とかこらえて座り込みながらハ・ミョンミ監督の、この作品に対する叫びが聞こえてくるようで深く胸うたれました。 四三事件にハッピーエンドはないんです! 神戸は、戦後、済州島から渡ってこられた方がお住みになっている町です。この日の元町映画館はパイプ椅子が持ち出される状態の満員でした。事件から70年、そこで何があったのか、家族の歴史として胸に刻み込んでいらっしゃる方たちが集まっていらっしゃることに胸うたれずにはいられない映画体験でした。監督・脚本 ハ・ミョンミ製作 ヤン・ヨンヒ撮影 オム・ヘジョン美術 キム・ジンチョル編集 イ・ヨンジョン音楽 キム・ジヘキャストキム・ヒャンギ(アジン 母)キム・ミンチェ(ヘセン 娘)ソ・ヨンジュ2025年・119分・G・韓国英題「Hallan」2026・05・09・no087・元町映画館no364追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.05.13
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ケン・ローチ「オールド・オーク」シネリーブル神戸 人が多いところを避けていた連休なのですが、辛抱たまらなくなって見ました。ケン・ローチの新作、「オールド・オーク」です。しみじみと胸うたれ、励まされました。 ケン・ローチ89歳だそうです。70歳を越えて、威張れるようなことは何一つしなかった人生とやらを振りかえりながら、認知の恐怖におびえている老人が、89歳の監督が、「もうこれで引退」とかおっしゃったらしい映画なのですが「しっかりしいや!」と両の肩を揺さぶられるような励ましを感じる作品でした。 イングランドの海が見える炭鉱の町にシリアからの難民が到着します。石炭が見捨てられ、それと一緒に働いている人も見捨てられたかのような廃坑の町です。すさんだ町の人たちのヘイトの嵐です。「なんで、そんなふうにいうの?」 もう、それを見ているだけで、怒りよりも涙がこぼれてしまうのですが、心ない若者にカメラを壊されてしまったヤラという女性に、謝っているTJと呼ばれているおっさんが出て来てホッとしました。 TJと呼ばれている、この中年男、さびれた町で「THE OLD OAK」という名のさびれたパブをやっているオヤジです。店の看板のKの文字がとれそうなのを舌打ちしながら、物干しざおかなんか持ちだして何とか修繕し、店を開けると、やってくるのは、難民とかが送り込まれてくることに不満タラタラの町のオヤジたちで、でも、黙って彼らにビールをついでいます。チラシではサラが傍に立っていますが、映画ではTJが一人で修繕していたと思います。 ボクたちの社会でも、大声で難民とか移民の人を悪くいう人がいます。三宮あたりの交差点でマイクを持ち出してがなっている人もいます。何とかやり過ごして通り過ぎようとする目の前で「そうだ、そうだ、難民なんか追い返せ!」とか、大声で叫ぶ人までいてギョッとすることもあった2026年の連休でした。「イヤなんです!そういうふうにいうのは!」 そういう人たちに遭遇して、ボクの中に湧いてくるのは、そういう感情というか、気分だけなのですが、映画のTJは、もう少し根性が備わっているようです。「連帯!」 カメラを壊されてしょげているヤラを炭鉱の労働者たちの昔の写真を飾っている奥の部屋に案内し、古いカメラとかを見せながら、恥ずかしそうに話しかけて、ボソボソ、よく聞こえないような声で、連帯ですよ、連帯! その「連帯」という言葉を目にした(だって字幕でしかわかりませんし)ボクの頭には、20代、学生だった頃から50年間、その言葉に憧れながら、結局、誰とも、その言葉を共有できなかった記憶がグルグルめぐりました。教員と生徒とか、親子とか、夫婦とか、友達とか、ちょっと違うんですよね「連帯」って。人というのは、それぞれ、一人で生きていくしかしようがないけど、何とか自分の足で立とうとしている人間同士をつなぐ言葉なんじゃないか まあ、そういう、そこはかとない夢のような思いがボクにはあるんですよね。その言葉を信じるときにだけ、信じているこっちが支えられる何かがあって、選挙で投票するとか、ボランティアで手伝うとか、寄付金を払うとかとは、ちょっと次元が違う言葉だと思い込んでいる老人を、心底揺さぶるその言葉をTJが口にしたんです。 89歳の老監督ケン・ローチが、炭鉱町のパブのオヤジにいわせた、その一言、もう、それだけで納得!でした。拍手! この映画を見た帰り道、なんだかわかったような気持ちが湧いてきました。 30数年務めた仕事をやめて、ヒマになったのをいいことに映画館に通い始めました。で、10年ほどたちました。 時々一緒に映画とか見る学生時代から50年来の友達がいます。勤め始めて30年以上映画なんて見なかったボクにケン・ローチを教えてくれたのも彼なのですが、その彼と話したことを思い出しました。「おまえ、なんで、そんなにむきにになって映画を見るの?」「いや、まあ、見ていてイヤになることがないからなあ。」「ブログとかに批評を書くというか、何か書きたいとか?」「いや、書きたいことが見つかるかなという期待はあるけど、それより、数をこなしてたら、なにかわかってくることがあるかなという感じ。」「うん、それはそうかも。質より量かもな。」 その時の会話の、ボクは、なんでこんなふうに映画館に通っているんだろうという疑問の答えのようなものが、今日、浮かんできた気がしたんですよね。 うまく言えないんですけど、映画の技法とか、撮影技術とか、今では、あんまり興味ないんです。そういうことは、まあ、もういいかなっていう感じです。ただ、ボクが70年生きていた社会ってどういう社会だったんだろう、今という時代をみなさんどう考えていらっしゃるのだろう、まあ、そんな疑問に、今、答えてくれる人はいるのかなという感じの疑問というか、興味があって・・・。「ああ、こんな人間に出会いたかったんや。こういう映画が見たかったんや!」 まあ、そういう答えですね。「あんたが見たいのはこんなんやろ!TJどう!」 そういう答えにどこかで出会えるんちゃうか。出会えたら自分が、その時、考えたり感じたりしていることがわかるときがあるんちゃうか。まあ、そういう期待ですね。ありました!拍手!監督 ケン・ローチ製作 レベッカ・オブライエン製作総指揮パスカル・コーシュトゥー グレゴワール・ソルワ バンサン・マラバル脚本 ポール・ラバーティ撮影 ロビー・ライアン美術 ファーガス・クレッグ衣装 ジョアンヌ・スレイター編集 ジョナサン・モリス音楽 ジョージ・フェントンキャスティング カーリーン・クロフォードキャストデイブ・ターナー(TJ・バランタイン)エブラ・マリ(ヤラ)クレア・ロッジャーソン(ローラ)トレバー・フォックス(チャーリー)クリス・マクグレイド2023年・113分・G・イギリス・フランス・ベルギー合作原題「The Old Oak」2026・05・03-no083・シネリーブル神戸no377追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.05.16
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石塚真一「BLUE GIANT SUPREME 8」(小学館)「ヤサイクン」のマンガ便、石塚真一の「BLUE GIANT SUPREME 8」(小学館)をが届きました。 ヨーロッパの若いミュージシャンと競うように腕を磨く、宮本大。8巻の前半は、同じ21歳。おなじ、テナー・サックスプレイヤー、アーネスト・ハーグリーブスとの出会い。格段に優れたテクニックとセンスの持ち主「アーニー」と対決した「大」。 彼はこんなふうに、さらなる戦いを挑む。 読みはじめた頃、彼は中学生だった。21歳になった彼は「少年の心」を捨てず、世界に挑んでいる。 ちょっと、グッときた。 「音楽を絵にする。」石塚真一が、このマンガで挑んでいるのはきっとそこだと思う。さて、それは可能なのだろうか? 8巻の最後の20数頁には、「フキダシ」がない。そのまま、8巻は終わる。それが、石塚の挑戦だと思った。果たして、うまくいっているかどうか。 マンガが、映像化してくる。一コマ一コマが、イメージの中で立体を作り上げていく。「無音の絵」が表情と音を持ち始める。見ていて話が分かる。 「なんだ、これは?!」 驚きの8巻だった。 でもこれって、次はどうするの?って思うわけで、際限のない挑戦かもしれない。追記2020・03・03「BLUE GIANT(全10巻)」(小学館)・それから「BLUE GIANT SUPREME (10)」の感想はこちらからどうぞ。ボタン押してね!にほんブログ村東京チェックイン 石塚真一短編集 (ビッグコミックススペシャル) [ 石塚真一 ふるいけど、らしい!人柄出てるね。
2019.07.12
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山城竹識「MONGOL800 -message-」梅田ブルグ7今日は梅田の「ブルグ7」という映画館に初めてやってきました。久しぶりの大阪駅前ビル界隈でした。 映画「ちいさな恋のうた」で、ちょっと空振りだったMONGOL800のドキュメンタリーをやってるのが、神戸からだと、ここしかなかったからやってきました。見たのは「MONGOL800-message-」です。 映画はシンプルで、正直でした。ぼくは最初の曲から、歌がかかるたびに泣きっぱなしでした。涙がこみあげてきてどうにもならないのです。 画面では、18歳の少年たちが歌い始めて、らがて、40歳になってしまったのおっさんたちが語っていました。おっさんたちは20年続いた伝説のバンドの始まりを語り、今、終わろうとしているバンドについて語っていました。 リード・ギターの儀間崇が脱退の決意の苦しさを語り、ドラムの高里悟が三人のバンドであることが変わらないことを語り、清作君がバンドマンであることを語っていました。監督の山城竹識は何の技巧も凝らさず、正直に語っている三人を、シンプルにそのまんま撮っていました。それがこの映画のもっともすぐれたところだと思いました。 三人のおっさんたちの率直さがすがすがしいのです。全くウソがないないのです。ぼくにはそう見えました。清作君は18歳の時に、いや、彼だけではないですね、三人ともが、こんなおっさんになるとは思っていなかったにちがいありません。「高校生の頃と、あんまり変わったと思っていない。」 心に残ったセリフでした。でも、時は流れてしまうのですよね。65歳のジジイは、ただでさえ涙もろくて仕方がありませんが、スクリーンでは、20年の年月に浸り込んで泣くしかない曲が演奏されるときているのです。 最後に名曲「小さな恋のうた」が、もう一度、最後まで演奏されて映画は終わりました。2019年2月の武道館のシーンです。いったいどれほど数の人たちがこのシーンに映っているのでしょう。超満員の観衆たちが声を張り上げ、メンバーを指さして歌っています。「夢ならばさめないで♪ 夢ならばさめないで♪」 映画館を出ると、ビルが林立する、その上に上弦の月が輝いていました。監督 山城竹識キャスト 上江洌清作(MONGOL800) 儀間崇(MONGOL800) 高里悟(MONGOL800)追記 2019・07・15 ぼくは、我が家の「ゆかいな仲間たち」に教えられて、彼らの音楽と出会いました。で、ぼくが繰り返し「モンパチ」を聞くようになったのは、「ゆかいな仲間たち」が、みんな家を去ったあとのことです。PCにヘッドホン・ジャックを差し込んで繰り返し聞いてきました。 ぼくには彼らの曲は、二度とかえってこない「我が家」のある時代に連れてかえってくれる曲なのでしょうね。大きな音で聞くと、かならず涙が流れます。だから、小さな音でしか聞きません(笑)。 映画館で「大きな音」のモンパチを聞いて、久しぶりに思い出に浸りました。こんな聴き方は、あんまりよくないのかもしれません。でも、音楽って、そういうもんじゃないかなあ。最近、よくそう思います。追記2022・07・12 ヤサイクン家の自家用車に載せてもらうと、相変わらずモンパチとヒロトとキヨシローが聞こえてきます。チビラ軍団の一番オネーサンの小雪姫は4月から中学生になりましが、鼻歌は「小さな恋の歌」だったりします。ヤサイクンの10年がかりのマインド・コントロールの成果ですが、時代遅れの少女だとバカにされたりしないか、ジージ―は密かに危惧しています。 久しぶりに聞いていて♪忘れるな琉球の心♬に、やっぱり涙がこぼれました(笑)にほんブログ村MONGOL800(モンゴル800)/MESSAGE(メッセージ) [CD] HICC-1201
2019.07.13
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ジェームズ・サドウィズ「ライ麦畑で出会ったら」 まさか、J・D・サリンジャーが映画に登場するとは思いませんでした。 題名を見て、ああ、あの「ライ麦畑でつかまえて」とかかわる映画だと、ちょっとドキドキしながらシネ・リーブルへでかけました。同じくらいの年頃の人にはわかってもらえるかもしれません。村上春樹が「キャッチャー・イン・ザ・ライ」と邦題をかえて、2003年に翻訳出版した作品で、初めて、この作品に出会った人にはわからないかもしれません。 1970年代の初頭、全共闘世代を仰ぎ見ていた10代の少年たちの、サリンジャー体験というものがあったのです。白水社の白い本でした。訳者は野崎孝です。京都の河原町にあった(はずの)駸々堂という本屋で買いました。田舎の高校生が題名だけでこの本を何故選んだのか、今となっては謎ですが、主人公ホールデン・コールフィールドは同い年でした。 映画の題名になっている「ライ麦畑で出会ったら Coming Through the Rye」という言葉は、この小説の読者にとってはかなり大事なフレーズで、作品の終盤で妹フィービーに会いに帰った主人公が彼女の部屋で話をします。野崎孝の本が見当たらないので、村上春樹の訳を引くと、こんなふうな場面です。「あの唄は知ってるだろう。『誰かさんが誰かさんをライ麦畑でつかまえたら』っていうやつ。僕はつまりね―」 「『誰かさんが誰かさんとライ麦畑で出会ったら』っていうのよ!」とフィービーは言った。それは詩よ。ロバート・バーンズの」 「それくらい知っているさ。ロバート・バーンズの詩だ。」 主人公が、本当は間違えておぼえこんでいた言葉でした。でも、間違えておぼえこんでいた思い込みこそが、主人公のリアルを支えているのだと思います。このあと、彼はこんなことを言います。 ここからは野崎孝の訳(?)、村上春樹の訳文では多分この小説はぼくの中に残らなかったような気がするのです。ウィキペにそれらしいのがあったので貼ってみます。「とにかくね、僕にはね、広いライ麦の畑やなんかがあってさ、そこで小さな子供たちが、みんなでなんかのゲームをしているとこが目に見えるんだよ。何千っていう子供たちがいるんだ。そしてあたりには誰もいない――誰もって大人はだよ――僕のほかにはね。で、僕はあぶない崖のふちに立ってるんだ。 僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ――つまり、子供たちは走ってるときにどこを通ってるかなんて見やしないだろう。そんなときに僕は、どっかから、さっととび出して行って、その子をつかまえてやらなきゃならないんだ。一日じゅう、それだけをやればいいんだな。ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。馬鹿げてることは知ってるよ。でも、ほんとになりたいものといったら、それしかないね。馬鹿げてることは知ってるけどさ」 主人公が勘違いしていた「キャッチ イン ザ ライ」が小説の題名になって、フィービーが正しく覚えていた「カミング スルー ザ ライ」が映画の題名になったのです。 そして、この、それぞれのフレーズの一つが日本の田舎の16歳の高校生に、もう一つがアメリカの田舎の高校生に、それぞれ、とりついた、そういう時代であり、そういう年頃だったということなのでしょうか。 日本の高校生は、その後50年、こっそりこの言葉をどこかにしまい込み続けるのですが、アメリカの高校生は、書いた当人を探し始めます。 スクリーンには、イジメとシカトの日々に「ウンザリ」というよりかなり深刻に逃げ出したい、さえない高校生が映し出されています。シマクマ君は、年齢のせいなのでしょうか、こういう少年がスクリーンに出てくると、なんとなく遠くから見てしまうのですが、「まあしようがないか」と、ぼんやり考えながら観ています。 サリンジャーを探しに行く経緯が映し出されています。ホールディンを気取った赤い帽子。「ライ麦畑」の脚本。つまらないイジメの手口。シマクマ君には、共感というよりは遠い風景のように見えていました。「オイオイ、サリンジャーって隠遁してて、誰にも会わないんじゃないの?高校生が見つけられるの?」 そんな、少々しらけ気味の気分が、そばかすだらけの、この少女の登場でちょっと変わりました。「あれっ、この子、フィービーじゃないの?」 妹フィービーじゃなくて友達ディーディーとして登場する少女が、まったく、さえない男の子に興味を持ちます。ここからのロードムービー仕立てで、ようやく引き込まれていきました。 そこから、あれこれあるのですが、結局、あのサリンジャーがスクリーンに登場するのです。バカみたいですが、何だかとてもうれしいのです。まあ、イメージはちょっと違のですが(笑)。 サリンジャーが少年に向かって、「他人の作品をいじってないで自分の作品を書け。」と促すセリフには、ほとんど感動でした。で、ついでに、さえない主人公ジェイミーとディーディーのラッキーに拍手しそうになりました。なんだか、ゆかいな仲間のチビラ君たちの運動会の活躍を見ている気分です。 ジェームズ・サドウィズという監督が、どのくらいの年齢か知りませんが、「ベ平連」がリアルな戦争の影だったぼくの高校時代、本国アメリカのサリンジャー教の高校生信者が、その後、大人になり損ねて(?)今も生きているのを発見した驚きと、なんとなくホッとする気分が湧きあがってきます。「そうですか、あなたもサリンジャーにいかれたくちですか、そりゃあどうも。懐かしいですね。お兄さんをベトナムで亡くされたんですか、辛いことでしたね。」 「いや、それにしても、ステファニア・オーウェンっていう女優さん、いいですねえ。よく見つけましたね。フィービーそのものですよ。いろいろ言われてきたけど、あの小説、フィービーがいるからいいですよね。」 映画館を出て、西に向かって元町商店街を歩きながら、ああここにも、以前、洋書の丸善があったよなあ、と妙に懐かしく思いだしてしまいました。 監督 ジェームズ・サドウィズ James Sadwithキャスト アレックス・ウルフ(ジェイミー・シュワルツ ) ステファニア・オーウェン(ディーディー ) クリス・クーパー(J・D・サリンジャー ) 原題 Coming Through the Rye 2015年 アメリカ 上映時間 97分2018・11・14・シネリーブルno23追記 2019・08・07 いつまでたっても、10代から20代にかけての、あの頃の読書で出会った人たちを忘れられない。自分が、その頃から、少しも成長していないことを、つくづく感じる。 誰もが、そんなふうなんだろうか。そうではないだろう。自分の幼さというのは、時々バカバカしくてめんどくさい。ホントどうしたらいいのだろう。追記2020・10・11 久しぶりに、「フラニーとズーイ」という作品を村上春樹が訳した新潮文庫版で読み直して、サリンジャーに再会しました。 グラス家の末の妹フラニーとボーイ・フレンドとの食事の場面や、兄ズーイが母親と話し合う浴室の場面では作家サリンジャーの「手練れ」ともいうべき「上手さ」に感嘆しましたが、フラニーとズーイの会話のクライマックスで、フラニーが「シーモアに合いたい。」と答える場面では涙をこらえることができませんでした。シーモアというのはフラニーやズーイの兄なのですが、この作品の中では話題として出てくるだけの人物なのです。小説を読みながら、久しぶりに泣いてしまいました。 40年前に読んだのは野崎孝訳でした。その時には、まあ、忘れてしまっているのかもしれませんが、ここにクライマックスがあるということにさえ気づいていなかったと思います。ぼく自身が年を取ったということもあるとは思いますが、その時、その時で、読み方は変わるものなのですね。 どういう場面の話をしているのか、気がかりな方は作品をお読みくださいね。ボタン押してね!ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス) [ ジェローム・デーヴィド・サリンジャー ]楽天で購入サリンジャー 生涯91年の真実 [ ケネス・スラウェンスキー ]
2019.08.09
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塚本晋也「野火」シネ・ヌーヴォX 作品の名前は聞いていました。見たことはありませんでした。監督が塚本晋也です。彼の映画も知りません。夏の定番なのだそうです。「野火」です。大阪九条の「シネ・ヌーヴォX」という映画館にも、今回初めて伺いました。 分隊長の前で最敬礼している田村一等兵が、罵声を浴びせられ、殴られているシーンから映画は始まりました。次に野戦病院のシーンでした。 映画が公開された当時、グロテスクで残虐ということが話題になったと聞きましたが、さほど感じませんでした。一方で、「リアル」という感じもあまり湧いてきません。想像しうる限りの戦場のリアリズムというより、ある種、「象徴化されたデフォルメ感」 が、残ったというのが正直な感想です。 大岡昇平の原作「野火」をお読みになった方は気づかれると思いますが、この映画は「エピソード」や「会話」が原作にかなり忠実に作られていると思いました。 喀血した田村が、所属部隊から捨てられ、野戦病院からも追い出され、ジャングルを彷徨するほかない運命へ追いやられることから始まり、教会での住民の殺害、人肉嗜食をめぐっての同僚の殺害、捕虜となって生き延びる境遇まで、「あらゆるものから捨てられた一人の人間」の、過酷といえば、あまりにも過酷な戦争体験を、「人間」が「人間」をやめる「血みどろの姿」として描き切った監督塚本晋也に脱帽しました。 しかし、かすかな不満も残りました。 それは、一旦、「人間」をやめさせられて戦場をさまよい、それでも帰って来た田村の苦悩と、彼の「妻」との描き方です。 この映画のラストは、苦悩する田村の姿を、覗き込む「美しい妻」の姿ですね。そこには戦場から帰ってきた「人間ではないもの」に対する、ある「冷酷さ」が漂っています。しかし、監督はそれ以上描くことはせず、映画は終わります。 小説では、精神病院に、自ら、逃げ込んだ田村のこんな言葉があります。 私の家を売った金は、私に当分この静かな個室に身を埋める余裕を与えてくれるようである。私は妻は勿論、附添婦の同室も断った。妻に離婚を選択する自由を与えたが、驚くべきことに、彼女はそれは承諾した。しかもわが精神科医と私の病気に対する共通の関心から感傷的結合を生じ、私を見舞うのをやめた今も、あの赤松の林で媾曳しているのを、私はここにいてもよく知っているのである。 どうでもよろしい。男がみな人喰い人種であるように、女はみな淫売である。各自そのなすべきことをなせばよいのである。 復員した田村は、「美しい妻」からも捨てられるのです。「PTSD」という概念があります。帰国したベトナム戦争従軍の兵士たちの症状から、アメリカの精神医学界で、1980年代に確立されたと思いますが、大岡昇平は1940年代の後半、すでに、「従軍兵たちを最後に奈落へ突き落とすのが、帰ってきた『平和』な社会であること」 を見破っていたのではないでしょうか。 「映画は最後に口籠った」という印象をぼくは受けました。そこが、この映画に対する不満と言えば言えます。「グロテスクな平和」という視点は、ないものねだりでしょうか。 ところで、この映画を見ながら、涙が止まらなくなったシーン があります。 田村一等兵がどこまでも広がるジャングルを、丘の上からずっと見るシーンです。涙の理由はいうまでもありません、この後ろ姿の兵士こそ、大岡昇平その人だと、ぼくには見えたからです。 大岡昇平の文章は端正で理路整然とした翻訳文的な記述にその特徴があると思いますが、もう一つ、「描写の空間性」とでもいえばいいのでしょうか、「兵士の眼差し」による空間的な「世界把握」 にこそ、その文体の独自性があると思います。 今、ここが、地図上のどこであるのか、煙は、どの方角に上がっているか、それを見損じれば命にかかわる空間認識が、彼の文章には常に伏在しています。 映画を見ているぼくには「美しいジャングルの遠景」としか見えません。しかし、さまよい歩く兵士にとっては、明らかに苛酷で命がけの見晴らしに広がるこの風景が、「帰ってきた」作家 大岡昇平の脳裏に、生涯、何度、去来したことでしょう。 ぼくにとっては、最も尊敬する作家大岡昇平の、戦場での孤独を彷彿とさせた「このシーン」を撮ったこの映画が「忘れられない一本」 になったことは間違いありません。拍手!監督・製作・脚本・編集 塚本晋也原作 大岡昇平 撮影 塚本晋也 ・林啓史 音楽 石川忠 助監督 林啓史 キャスト 塚本晋也(田村一等兵) リリー・フランキー(安田) 中村達也( 伍長) 森優作( 永松) 中村優子(田村の妻) 山本浩司(分隊長) 2015年 日本 87分 2019・9・12シネ・ヌヴォー追記 2019・09・26 徘徊を始めてから買わないことにしていたのに、思わず買ってしまったパンフレットに、評論家の佐藤忠男が書いていました。 テーブルに放り出していたパンフレットを読んでいたチッチキ夫人が突如、こういいました。「大岡昇平さんって、戦争に『参加』したの?この書き方って、なんか変じゃない?」「えっ、どういうこと?」「参加って、変じゃない?大岡さんが生きてたら、キレれるでしょ。せめて、参加させられたでしょうよ。運動会じゃあるまいし。」 マジギレしていました。 指摘されて、初めて気づきました。佐藤忠男という人の映画評論は「黒澤明の世界」をはじめとして、たくさん読んできました。にもかかわらず、目の前の、何だか、気持ちの悪い、この言葉遣いに、啞然としました。最近の世間の風潮とも、何となくつながっている感じがしました。 佐藤忠男自身も予科練出身の戦争体験者だったと記憶しています。彼は戦争に「参加」したのでしょうか。そうかもしれないですね。 しかし、映画は「野火」。パンフレットには、原作者が一兵士として「参加」した太平洋戦争と書いてあるのです。大岡昇平は、戦争に「参加」したのでしょうか? ぼくとチッチキ夫人は変なことにこだわっているのでしょうか。 当時、戦場に連れていかれた兵士は山のようにいると思います。しかし、「参加」した兵士が、そんなにいたのでしょうか。自分から「参加」したのなら「苦悩」や「悲惨」は、ナルシズムか事故ということで、いいんじゃないでしょうか。 そう考えながら、ぼくは思います。ヤッパリ「戦争に参加」なんていいかたは、間違っています。 そう思ったことは、書き留めておこうと思います。読む人に、不愉快を感じさせることはあるかもしれませんが、これに関しては仕方がないことです。 いろんなところから、いい加減がにじみだしてきているようで、とても嫌なんです。追記2020・08・01 今年も八月になりました。大阪九条のシネ・ヌーヴォ―のプログラムには「野火」があります。小さな名画座がこの映画を毎年上映する心意気に拍手を送りたいと思います。 もっとも、ぼく自身は「新コロちゃん騒ぎ」の最中でもあり、地理的にも少し遠い大阪ということもあって、とても出かけてゆく元気はなさそうです。とほほ・・・。追記2020・10・13 大岡昇平の「靴の話・戦争小説集」と「成城だより」を久しぶりに読み直す機会がありました。思い出したのはこの映画で小説を書いている、復員した田村の後ろ姿でした。小説の「野火」では、狂気の人として描かれていますが、作家の大岡昇平は「理性の人」として戦争を描き続けました。しかし、一方では「花影」の作家でもあったわけです。 個人的な思い入れですが、もう一度、この作家の作品を読み直す時期がやって来たように感じました。 ボタン押してね!【中古】 野火 新潮文庫/大岡昇平(著者) 【中古】afb
2019.09.27
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川上未映子・村上春樹「みみずくは黄昏に飛びたつ」(新潮社)(その1) 川上未映子さんという人は、「乳と卵」(文春文庫)という作品で芥川賞をかっさらい、「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」(青土社)という詩集で中原中也賞まで手にしたという才女。読んでいて「カチン!」と来るような鋭角の感性が漲っていて、それが「大阪弁」の響きと火花を散らしているといった趣がオリジナルな作風です。 ぼくは「ヘブン」(講談社文庫)、「すべて真夜中の恋人たち」(講談社文庫)あたりまで追っかけだったのですが、「ヘブン」でクッションマークがついて、「すべて真夜中の恋人たち」で、なんだかなあ、という感じがつのって、ちょっとパス状態でした。 その川上さんが、あの村上春樹にインタビューしたのが、この本「みみずくは黄昏に飛びたつ」(新潮社)。「ただのインタビューではあらない」 腰巻のキャッチ・コピーに、そう書かれていますが、「そうかもしれない」という気がしました。ぼくに、そう思わせた場面の一つがこういうシーンです。 連続インタビューの二回目に当たる第二章「地下二階に関すること」、このイラストに関する川上さんによる質問が繰り出されているところです。川上 村上さんは小説を書くことを説明するときに、こんなふうに一軒の家に例えることがありますよね。一階はみんながいるだんらんの場所で、楽しくて社会的で、共通の言葉でしゃべっている。二階に上がると自分の本とかがあって、ちょっとプライベートな部屋がある。村上 うん、二階はプライベートなスペースね。川上 で、この家には地下一階にも、なんか暗い部屋があるんだけれど、まあ、ここぐらいならばわりに誰でも降りていけると。で、いわゆる日本の私小説が扱っているのは、おそらくこのあたり、地下一階で起きていることなんだと。いわゆる近代的自我みたいなものも、地下一階の話。でも、さらに通路が下に続いていて、地下二階があるんじゃないかという。そこが多分、いつも村上さんが小説の中で行こうとしている、行きたい場所だと思うんですね。 おわかりでしょうか。川上未映子さんは、ここで、彼女の「村上春樹論」を展開しはじめていますね。続けて彼女は、とても興味深いことを語っています。川上 自分自身に密接した場所が地下一階にはあって、それはわりに共有されやすかったりもする。私たち作家は、物語を読んだり書いたりすることで、それぞれが抱えている地下一階の部屋を人に見せ、人に読ませています。これが、自分自身のための作業落として、それらを味わったり、地下の部屋を見るだけなのなら、まだわかるんですよ。自分を理解するとか、自分を回復するというだけならね。でも、それを人に見せて読ませるというのは、すごく危険なことをしているようにも思うんです。村上 なるほど。 ここで吐露されていることは、小説家である彼女の、今、現在の実作者としての小説観だといっていいと思います。作品が書かれ、それが他者に読まれることに対する不安が正直に告白されています。 ぼくが、この発言を「正直」だと感じるのは「ヘブン」や「すべて真夜中の恋人たち」といった、最近の彼女の作品が、「乳と卵」にはあった「何か」を失っている、もはや、「失速」していると感じていることとに起因しているように思います。 それは、たとえば、最近の芥川賞作品、村田沙耶香の「コンビニ人間」や今村夏子の「むらさきのスカートの女」にも共通した印象です。 川上未映子に限らず、村田沙耶香も今村夏子も、とりあえず、「地下一階」の住人の「お部屋案内」の作家だとボクは考えています。 誰からも理解されるはずがなかった私一人の「お部屋の案内書」が、商品化され、共感されていきます。「イイネ」の山と一緒に芥川賞なんていう「ご褒美」を期待したり、実際にが届いたりもします。それらはすべて、このインタビューで、つぎに話題になる「地下二階」に通じる階段からではなく、「お家の玄関のドア」の外から聞こえてくる「他者」達の世界の声です。 「商品」としての小説の世界はすでに流通・拡散しています。 かつて加藤典洋が「愚劣」という言葉で評した、「商品」としての作品を技術の成果として執筆している流行作家も存在しています。 「商品」化した「お部屋案内」が、「イイネ」のボタンを持って待ち構える、読者という名の消費者に出会うときに、何かが「劣化」していく「危機」に彼女たちは直面しているのではないでしょうか。そして、ひょっとしたら、彼女たちは対処を誤っているかもしれないと、ぼくは思います。 川上さんはつづけてこう言っています。川上 さらにそこから地下二階に降りていくこと。それも含めてフィクションを扱うということは、とても危険なことをしていると思っているんです。というのは、まず一つに、なんというかな・・・やっぱり、フィクションというものは実際的な力を持ってしまうことがあると思うからです。そういう視点で見ると、世界中のすべての出来事が、物語による「みんなの無意識」の奪い合いのような気がしてくるんです。 いよいよ、「地下二階の物語」、村上春樹の立っている場所に話は進んでゆきます。ただ、ここで、川上さんが「みんなの無意識」と呼んでいる「無意識」について、そのまま鵜呑みにはできないと、ぼくは思います。 「みんなの無意識」って「イイネ」という根拠不明の共感を煽ることで、消費社会が活性化させている「無意識」ですね。新しい作家たちを、あっという間に劣化させてゆくそれは、「地下一階の部屋」の床下あたり、あるいは、「地下二階」へと降りてゆく階段あたりにあるようなのですが、それって、「大衆社会論」や「大衆文化論」が、「ファシズム」や「全体主義」の温床とか、萌芽として、すでに、論じ尽くしてきたことであって、村上春樹の「地下二階」とは少し違うのではないでしょうか。 そのあたりをめぐって、インタビューはスリリングにつづきますが、今回はこがのあたりで失礼しますね。 村上春樹の「地下二階」をめぐっては(その2)で、案内したいと思います。(S)追記2020・01・30今村夏子の「紫のスカートの女」の感想はここをクリックしてくださいね。ボタン押してね!にほんブログ村【中古】 乳と卵 文春文庫/川上未映子【著】 【中古】afb【中古】すべて真夜中の恋人たち / 川上未映子コンビニ人間 (文春文庫) [ 村田 沙耶香 ]こちらあみ子 (ちくま文庫) [ 今村夏子 ]
2019.10.14
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橋本治「桃尻語訳 枕草子(上・中・下)」(河出文庫) 高校の古典の授業で「枕草子」をお読みになりましたね。教員の立場から申し上げますと、高校生の古典との出会いというのは「説話集」があって、「徒然草」とか「方丈記」、女もしてみんと偽った「土佐日記」、そこから「枕草子」とやってきます。 で、宮廷生活のものおもいを描く「枕草子」まで来ると、この国の文化の一つの核心に触れつつあると感じてほしいのですが、そんな時代の社会や制度について何も知らないし、知らないことに何の抵抗もない、もちろん、関心なんてはなからないという無知で無恥なのが高校生というものだというのは、今に始まったことではありませんね。 で、当然、眠くて退屈な時間が、向こうの方を通り過ぎてゆくということになります。マア、自分自身もそういう高校生だったから人のことは言えません。 教員も教員なんですね、品詞分解とかで押しまくり、果ては「助動詞活用ソング」などという意味不明の歌を歌わせる方までいて、ノンビリ寝てもいられない。 しかし、考えようによれば、このあたりで「なるほどそうか」と、興味が持てれば、この国の古典文学とか、古典文化の「面白さ」のほうにすすんでいける所にやってきているともいえるわけです。 優等生で頑張りたい人は図書館にある岩波書店の「古典文学大系」とか新潮社の「古典文学集成」とかを参考書になさるのがよろしいでしょうね。ただ、寝るのを趣味にしている高校生を起こすには、少々難しすぎるかもしれません。図書館の棚の前で寝てしまうかもしれません。 そこで案内するのが橋本治ですね。「桃尻語訳 枕草子(上・中・下)」(河出文庫)。今では文庫で読めますが、単行本の初版が1987年です。今から30年も前に出た本なのですが、今でも河出文庫ではロングセラーを続けているようですね。 要するに「枕草子」の現代語訳です。ただし、その訳語が80年代当時、その辺にいたかもしれない、10代後半の少女言葉。それが桃尻語訳と名づけられているのは橋本治のデビュー小説「桃尻娘」(講談社文庫)-最近(?)ポプラ社文庫から文庫版が復刊されているようです-の主人公、高校生榊原レナちゃんの、小説中のニックネームが桃尻娘です。彼女のしゃべり言葉で現代語訳されているというので、桃尻語訳というわけなんですね。マア、小説の方は、語り始めると長くなりそうなで、ともかくとして、こっちの方は例えばこんな感じです。 春って曙よ!段々白くなっていく山の上のほうが少し明るくなって、紫っぽい雲が細くたなびいてんの!夏は夜よね。月の頃はモチロン!闇夜もね・・・。蛍が一杯飛びかってるの。あと、ホントに一つか二つなんかが、ぼんやりポーッと光ってくのも素敵。雨なんか降るのも素敵ね。 書き写していて、笑ってしまいますが、お分かりですね。なんか真面目でないような感じがするでしょ。 この本が初めて出た当時、学者さんからは評判が好くなかったらしいですよ。お馬鹿な少女言葉の使用は、社会学的アプローチとして考えると、かなり高度な言語理解の上に成り立っていると思うのですが、それが古典文学を汚すかのように考えたのが、まじめな国文学者も方たちだったのかもしれませんね。 お読みになればお分かりいただけるかもしれませんが、実はこの訳文、イイカゲンそうに見えて文法的、語彙的にはキチンと抑えられていて、受験古文的な一対一対応にはどうかという面も、あるにはあるのですが、古典理解としてはかなり、いやおおいに信用できると思います。 なんといっても、このお気楽な訳文は、岩波の全集にはない「面白さ」を漂わせています。それがまず第一のおすすめポイントですね。 二つ目のポイントということですが、この本の素晴らしさは注釈・解説にあるというのがぼくの、ちょっと偉そうですが、評価ですね。例えば「殿上人」の解説はこういうふうです。 まァさ、宮中にね「清涼殿」ていうのがあるのよ。帝が普段いらっしゃるところでさ、いってみれば「御殿の中の御殿」よね。広い所でさ、ここに「殿上の間」っていうのがあるの。ここに上がるのを許されることを「昇殿」て言ってさ、それが許された人達のことを「殿上人」って言うのね。「殿上の間の人達」だから殿上人よ。これになれるのが、位が五位から上の人、そしてあと六位でも「蔵人」っていう官職についている人ならいいの。だから殿上人っていうのはエリートでさ、言ってみれば本物の貴族の証明ね。 そしてその次に来るのが「上(かん)達(だち)部(め)」。「上達部」って、見れば分かるでしょ?「上の人達」なのよ。殿上人は五位以上だけれども、その中で更に三位以上の位の人たちを上達部って言うのね。メンドクサイかもしれないけど、こんなもんどうせすぐに慣れますから、あたしは全然気にしません。なにしろ上達部は偉いんだから!三位以上の位の人たちがどういう官職についているかっていうとね、これがすごいの。関白ね、大臣ね。大納言、中納言、それから、多分これは「上院議員」とかっていうようなポストになるんじゃないかと思うんだけどね、参議―あ、あなたたちの「参議院」ってこっちから来てるんでしょ?以上の方達をひっくるめて「上達部」とお呼びするのよ。日本の貴族のことをさ、お公家さんとか公卿って言うでしょ?その公卿が実に上達部のことなんだなァ。貴族の中の貴族というか、エグゼクティブで上層部だから上達部なのよ。分かるでしょ?覚えといてね。 とまあ、こんな調子ですね。こういうことが、面白がって、いったん頭に入ってしまうと、文法とかも、さほど気に気にならなくなるはずなんだと思うのですが、どうして教員は文法に走るんでしょうね。 この本では、こういう口調の、柔らか解説が、身分や制度だけではなくて、当時の宮中での日常生活の描写に表れる、あらゆる事象に及んでいるんですね。服装、食事、調度、エトセトラ。 ただね、詳しすぎて、少々くどいんです。橋本治さんの性格なんでしょうね、きっと。調べ始めたらやめられない人っているでしょ。だから、真面目に読んでいるとくたびれる。そこが玉にキズかな。(S)発行日 2010/09/14追記2019・10・19 以前、高校生に向けて「案内」したもののリニューアルなんですが、こうして記事にしてみると誰に向かって書いているのかわからないですね。そこが、ちょっと困っているところです。 橋本治さんの「古典」ものには「案内」したいものが山ほどあります。でも、読みなおすのも、案外疲れるんですよね。追記2022・02・01 最近「失われた近代を求めて」(朝日選書)を読み直しています。二葉亭四迷にはじまる、この国の近代文学を論じた(?)評論ですが、言文一致を橋本治がどう考えていたかというあたりで、ここに案内している「桃尻語訳 枕草子(上・中・下)」が書かれた意図のようなものが、ボンヤリ浮かんできてとてもスリリングな読書になっています。 まあ、ぼく自身が高校生にこの本を紹介していたころの薄っぺらさに、ちょっと気付くところもあって、それはまた「失われた近代を求めて」の感想で触れるのでしょうが、実は松岡正剛が「日本文化の核心」(現代新書)で紀貫之の「土佐日記」から「枕草子」をはじめとする宮廷女性たちのかな日記に至る「仮名」表現の意味を論じているところがあって、それも相まってちょっとドキドキしていますが、今のところうまく言えないので、また今度という感じなのです(笑) それにしても「桃尻訳」は1988年、30代の終わりの橋本治の作品ですが、後の「源氏物語」、「平家物語」へのとば口にある仕事でもあるわけで、面白いですね。ボタン押してね!にほんブログ村桃尻語訳枕草子(上) (河出文庫) [ 橋本治 ]
2019.10.20
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小林まこと・惠本裕子「JJM女子柔道部物語(07)」(講談社・EVEING KC) ヤサイクンの「マンガ便」、今回は「女子柔道部物語 07」です。2019年、10月発売の最新号ですね。これで、今のところの全巻揃いました。 内容は快調ですね。「カムイ南高校」の女子柔道部「神楽えも」ちゃんも、高校二年生。一年生の秋の新人戦で、素人ながら、超ラッキーに恵まれて「全道61キロ級準優勝」の実績を引っ提げて高校総体、北海道大会出場ですね。 これが強くなってるんですよね、というわけで名場面。 雄叫びですね。ぼくは、こういうの好きなんですよね。なんか、「絵」柄が無邪気でしょ。「ピョンピョン」と「雄叫び」と、相変わらずの「ほめられ好き」、ホントいいキャラしてるんですが、決勝は高2で全国3位の強豪、極大高校3年生、大高選手に惜しくも敗れましたが、新人戦が楽しみですね。 善戦実らず、惜しくも負けてしまった神楽えもちゃんの後ろ姿です。いいでしょ。泣いているのは、テレビ観戦のお母さん、神楽由紀さんですが、上の「出た、えもちゃん、雄叫び」って叫んでいる3年の小室亜弥ちゃんと同じ顔なのがおかしいですね。 とにかく、「カムイ南」の女子柔道部、大活躍ですよ。 4人とも二年生ですから、秋の新人戦が楽しみですね。しかし、まあ、単行本の発売は、来年の春ですかね。 ところで今回のお笑いシーンはこれ。「いや~この作者の小ん林まこと先生って、こんだけの漫画描くってことは実際ものすごく柔道の強い人なんだろうねぇ!!」「1回勝負したいわ」 ナンデヤネン! しかし、惠本裕子さんが「柔道部物語」の読者の世代の人だということに、ちょっと感動しました。追記2019・12・26「女子柔道部物語 1」の案内はこちらをクリックしてください。ボタン押してね!にほんブログ村
2019.12.27
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佐藤正午「鳩の撃退法(上・下)小学館文庫 今年も冬の・芥川賞・直木賞の発表がありました。。芥川賞が古川 真人「背高泡立草」、直木賞が川越 宗一「熱源」でしたね。芥川賞は、今読んでいるところですが、直木賞は人気らしくて図書館で借りられません。 直木賞といえば一昨年の秋に受賞したのが佐藤正午の「月の満ち欠け」(岩波書店)でした。「岩波書店の本が直木賞ですか!?」 ぼくは、内容はともかく、そこに、つまり「あの岩波書店が」に、驚いたのですが、受賞直後に続けて出たのが「鳩の撃退法 (上・下)」(小学館文庫)でした。糸井重里の「こんなの書けたらうれしいだろうなぁ。」というキャッチコピーを腰巻にして10万部売れたそうです。 まあ、ぼくも糸井のコピーにのせられて、amazonで安く買おうとしたらいつまでたっても値が下がりません。しようがないから新刊を買ってしまったというわけで、感想は?となりますね。 糸井重里という人を、ぼくは結構信用しているのですが、彼は、何をそんなに褒めているのかというのが、読後のぼくの最初の感想でした。文庫本の下巻の最後に彼が「むだ話」と称して感想を書いています。 読み進めていくにしたがって、わたしにとって「鳩の撃退法」の「感じいい」は、「かっこいい」になっていった。この作者は、「書くことが面白くてしょうがないのだ」というふうに読めてしまうのだ。 羽生結弦は、思うようなスケーティングができたとに晴れ晴れとした笑顔で両手を大きく広げる。その背景に血のにじむような練習があったにしても、そこのところよりも笑顔のイメージに、人びとは注目して記憶する。私たちが、魅せられるように文章を追いかけている時間は、羽生選手のスケートの軌跡を追っているときと同じものなのだと、わたしは思っている。 それは、ストーリーや構成といった採点しやすい要素よりも、ひとつひとつのことばを選び、文章の中に読者を引き込んでいく「かっこよさ」のほうが大事だということに他ならない。複雑に絡んだ登場人物たちの関係や行動にどれだけ整合性があっても、ストーリーにどれほど必然性や意外性が仕組まれていていたとしても、文章がかっこよくなければ、ただの「伝えるための道具」にすぎない」。佐藤正午「鳩の撃退法」が、わたしの憧れである理由は、とにかくすべてのことばの並びが、「感じがよくてかっこいいから」である。 上手いこと言いますね。まあ、絶賛といっていい「むだ話」なわけです。内容にまったく踏み込まないところが「広告」屋さんの手口ですかね? じゃあ、あなたはどうなの?という訳ですが、読み終わってみて糸井重里がいいたいことの、半分は納得しました。 ぼくは「毎月本を2冊読んで感想をおしゃべりする会」という集まりに参加していて、この年のこの月の課題がこの本でした。 ところが集まった皆さんがおおむね首をかしげていらっしゃるんですね。それが一番面白かったのですが、皆さんの疑問の理由は簡単です。 この小説は、最後まで読んでも「鳩の撃退法」という題名の意味が謎で、それが解けないのです。「鳩」が意味する謎は、半分ほど読めばわかります。でも「鳩の撃退法」の意味が解らない。何故でしょうね。 この小説は「探偵が書き手である」、ないしは「小説家が探偵役で渦中に巻き込まれた事件を書いている小説」であるという、今どき、ありがちといえばありがちな設定なのです。 作中の小説家が現在進行中の事件を小説として書いています。小説として描写されているドラマは必ずしも現実の事件の「そのまんまの描写」ではありません。だって今、書かれつつある小説なのですから。 作家佐藤正午が書く「鳩の撃退法」という小説の中に登場人物である「小説家」が書く「作中小説」である「鳩の撃退法」があるという仕組みです。 「作中小説は」登場人物が遭遇する事件をもとに書かれているのですが、その上で、作家佐藤正午によってつくられた話であるという意味で二重にフィクション化されてしまうわけです。 そう読んでいくと「作中小説」の「鳩」が何を意味しているのかということと、佐藤が書いた小説で「鳩」が何を意味しているのかということの間に、ずれが生まれてしまいますいます。その結果、読者は作中小説を最後まで読んで「鳩」がどう撃退されたのさっぱりわからないし、物語は終わったのに謎は解けないことになります。 ここで注意してほしいのは、糸井の話の中の例で出てきた羽生君はこの場合佐藤正午という作家であることです。 で、全部を作っている佐藤正午が「晴れ晴れとした笑顔で両手を大きく広げ」ている理由はなんなんだ、これが「おしゃべりの会の皆さん」の困惑の理由だったと思います。 糸井はむだ話の最後にこう書いています。 そして、ちょっと想像するのだ。作者本人の考える面白さとは「なんにも言ってなくても、ずっとおもしろく書き続けられて、ずっとおもしろく読めちゃうもの」なのではないかなぁと。 作家は小説から謎を撃退したかったのでしょうね。きっと、書いていて楽しくてしかたなかったにちがいありません。しかし、だからでしょうか、小説は腰砕けのミステリーになってしまいました。ミステリー・ファンが困惑するのもよくわかります。だってこの小説はストリーの謎を解くミステリーじゃないんです、きっと。「じゃあ、何なんだ?」 まあ、そこが問題なんですよね。というわけで、ぼくの感想は、糸井重里に半分だけ賛成かな。まあ、お読みになってください。あんまりおもしろいとも思えないかもしれませんが。(S)ボタン押してね!ボタン押してね!
2020.05.08
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N・ライトナー「17歳のウィーン フロイト教授人生のレッスン」シネ・リーブル チラシの「フロイト教授」の名前に引き寄せらてシネリーブルにやって来ました。ウィーンのフロイトです。見たのは「17歳のウィーン フロイト教授人生のレッスン」でした。1856年生まれのジークムント・フロイトは生涯ウィーンで終えるはずの人だったのですが、1938年3月に強行されたナチス・ドイツによるオーストリア併合とユダヤ人に対する迫害を逃れて、6月にウィーンを去り、翌1939年、亡命先のロンドンで世を去ります。フロイトに関心のある人には有名な話です。 ところで、この映画ではウィーンを脱出するフロイトを見送った青年がジーモン・モルツェが演じた主人公フランツ・フーヘル君でした。 一方、フロイトを演じたのは、あまり映画を見なかったぼくでも見た「ベルリン・天使の詩」で天使を演じたブルーノ・ガンツです。 最近この人をどこかで見かけたとふと思いましたが、調べてみてようやく気付きました。「名もなき生涯」で主人フランツを裁いた判事を演じていたのがこの人だったのです。「ベルリンを見下ろす天使」、「死を目前にしたヒトラー」、「アルプスの少女ハイジのおじいさん」、名優が演じた最後の人物が「故郷ウィーンを脱出する老フロイト」でした。 このとき、実在のフロイトは副鼻腔癌の末期だったのですが、この映画を最後に世を去ったブルーノ・ガンツは結腸癌の末期の体で、この役を演じていたようです。 フロイトが生涯愛した嗜好品がタバコです。主人公の青年フランツが故郷の村から母親の伝手を頼ってたどり着いたのが、ウィーンの「キオスク」、「タバコ屋」でした。 原題では「Der Trafikant」というドイツ語ですが、字幕ではキオスクとなっていたと思います。 そのタバコ屋で、フランツが様々な人と出会い、一人の「人間」へと「成長(?)」してゆく姿を描いたのがこの映画でしたと、とりあえずは言えると思います。 第一次世界大戦の傷痍軍人で、片足を失っている主人トルニエク(ヨハネス・クリシュ)、葉巻を買いにやってくる老教授フロイト、ボヘミアからやって来た娼婦アネシュカ(エマ・ドログノバ)、ナチスを礼賛する肉屋の夫婦、抵抗を叫ぶ共産主義者、未来を無駄にするなと脅す同郷の警官。 トルニエクは肉屋の密告で獄死し、フロイトはウィーン去ります。アネシュカは親衛隊に身体を売り、共産主義者はビルの屋上から落下します。 時代に翻弄されて去っていく「人々」の中で、青年フランツはどこにたどり着くのでしょう。 様々な別れの結果、ウィーンのナチス本部前の掲揚柱に掲げられた「青年の旗」が実に感動的に「青年の反抗」と「絶望的な未来」を暗示して映画は終わります。 しかし、ぼくにはこの映画がよくわからなかったのです。彼が故郷の湖の底で手に入れ、ポケットに忍ばせ続け、最後には捨てた(?)ガラスの破片があるのですが、あれは何を意味していたのでしょう。 それが、この映画の「わからなさ」 を解くカギであることは確かなのですが、さて、どうしたのもでしょうね。とりあえずの感想はこれで終ります。中途半端なネタバラシで申し訳ありません。備忘録だとお許しください。 監督 ニコラウス・ライトナー 製作 ディエター・ポホラトコ ヤーコプ・ポホラトコ ラルフ・ツィマーマン 原作 ローベルト・ゼーターラー 脚本 クラウス・リヒター ニコラウス・ライトナー 撮影 ハーマン・ドゥンツェンドルファー 編集 ベッティーナ・マツァカリーニ 音楽 マシアス・ウェバー キャスト ジーモン・モルツェ(フランツ・フーヘル) ブルーノ・ガンツ(ジークムント・フロイト) ヨハネス・クリシュ(オットー・トルニエク)ヨハネス・クリシュ エマ・ドログノバ(アネシュカ)エマ・ドログノバ 2018年・113分・R15+・オーストリア・ドイツ合作原題「Der Trafikant(タバコ屋)」 2020・07・30シネリーブル神戸no61追記2020・08・03「名もなき生涯」の感想はここをクリックしてください。ボタン押してね!にほんブログ村
2020.08.03
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フェデリコ・フェリーニ「8 1/2」元町映画館 最近映画を見ていて、不思議に思うことがあります。最後まで見終わって、結局、何のことかわからないのに、なんだか妙に面白かったりするのは、なぜなんだろうということです。たとえば、上のシーンは、今回見たフェリーニの「8 1/2」で、マストロヤンニが帽子をかぶって風呂に入っているシーンですが、これって何なんでしょうね。 フェデリコ・フェリーニの特集ということで、2020年の10月から11月にかけて、フェリーニの映画を数本見ました。初めて見るものもありましたが、40年ほど前に見たことがあるはずの作品も数本ありました。 大学新聞の編集室にたむろしていた、まあ、後に医者になった友人が「『8 1/2』見たか?すごいぞ。」 と騒いでいたことを今でも覚えていますが、その頃、初めて見ました。 神戸で地震があったころ、ビデオで映画を見ることに凝った時期もあって、繰り返し見たものもありました。 ボクにとって、「8 1/2」という映画は、そういう映画なのですが、今回も見終わって、やっぱり、何のことかわからないままでしたが、見ていて、妙に「可笑しい」と思ったことを、今回、感じたのか、以前感じたことを思い出したのかわかりませんが、感じながら見ていました。 20代の頃どう思ったのかは忘れましたが、マストロヤンニの扮するグイドという主役の映画監督が「どうしようもないやつ」なのですが、その、自分が「どうしようもないやつ」だということが分かっているグイドの現実と、彼の頭のなかとが分け隔てなく映像化されている様子で、思いっきりハチャメチャな展開だということは記憶の通りでした。 さまざなカメラ・アングルが曲芸のように使われている印象で、そうした工夫に、ある種、フェリーニという監督の「自己言及」的な視線の、何といったらいいのかよくわかりませんが、「奇怪さ」のようなものを感じました。 最後の有名なセリフ「人生はお祭りだ」に対しても、また、そのセリフとともに繰り広げられる、あまりにも有名なダンスのシーンにも、驚きや共感というよりも、やはりうまく言えませんが、あまりにも素朴な内面凝視の「いたいたしさ」ような印象が浮かんできて、むしろ、そのことに驚いてしまいました。 こうした感想は、どうも、ぼく自身の「老化」と関係がありそうですが、この映画には、最終的に「死」への希求が描かれようとしていたのではないか、というのが帰り道で考えたことですが、それもまた、何だか辛い感想でした。 それにしてもフェリーニもマストロヤンニもとっくの昔にこの世の人ではないのですね。2020年の新作でアヌーク・エーメや、フェリーニの映画には出ていませんがカトリーヌ・ドヌーヴが新しい映画に出ているのですから、いやホント「女は強し!」なのでしょうかね(笑)。監督 フェデリコ・フェリーニ製作 アンジェロ・リッツォーリ原案 フェデリコ・フェリーニ エンニオ・フライアーノ脚本 フェデリコ・フェリーニ トゥリオ・ピネッリ エンニオ・フライアーノ ブルネッロ・ロンディ撮影 ジャンニ・ディ・ベナンツォ美術 ピエロ・ゲラルディ衣装 ピエロ・ゲラルディ音楽 ニーノ・ロータキャストマルチェロ・マストロヤンニ(グイド・アンセルミ)アヌーク・エーメ(ルイザ・アンセルミ)サンドラ・ミーロ(カルラ)クラウディア・カルディナーレ(クラウディア)1963年・140分・イタリア・フランス合作原題「Otto e Mezzo」配給:コピアポア・フィルム日本初公開:1965年9月26日2020・11・06元町映画館no64
2020.12.11
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A・レイス M・コルデイロ「トラス・オス・モンテス」元町映画館 元町映画館が企画に参加している「現代アートハウス入門」というシリーズの上映に出かけました。 まあ、どっちかというとロズニツァ監督の「群衆」シリーズのついでなのですが、こっちはこっちで、かなりやられてしまいました。 「東風」という配給会社の企画で、本編上映の後、オンライン映像で、今日の場合は、3月の上映を期待して待っている「セノーテ」の監督である小田香さんと、スペイン語文学の翻訳者で、東大の先生であるらしい柳原孝敦さんの対談(?)が流されました。(内容はネット上で公開されています。上の題名をクリックしてみてください) まず、映画「トラス・オス・モンテス」ですが、本編が凄いです。題名は、ポルトガルの土地の名前らしいのですが、時間と空間が、自由自在に映像化されていて、セリフは、まあ、ないといっていいでしょうね、BGMもありません。ただ、ただ、静かな映像の「広がり」と「奥行」が映し出されている印象です。 平原で羊を追う少年の姿と口笛、叫び声、子どもに母親が語る「昔話」、そんなシーンから映画は始まります。 映画や、小説について、「いつ、どこで、だれが、何をしているのか」という「物語」の枠を見つけ出すことで、納得したがる傾向が、ぼくにはありますが、そういう小賢しい発想をあざ笑う(笑いませんが)かのような映画でした。 映し出されている登場人物たちは、現地の村の村人たちらしくて、そこで行われるさまざまな行事や音楽の演奏は、村の生活の中にあるものだと思いますが、映像として表現されているプロットにあたる物語群は明らかに虚構です。 たとえば、数百年前の「王」からの手紙が村の娘に届くとかいうシーンを、さっきまで登場人物たちが演じています。 村からさ迷い出た少年たちが洞くつで暮らしているらしい男女、母親がしてくれた昔ばなしの世界、と出会い、時間を失うというシーンもあります。 村を出てゆく父親の姿が地平線に消えるまで、延々と映し続けられるシーンや、村を縦断しているらしい鉄道のシーンも、ほとんど「象徴」として映し出されているとしか思えない表現です。 要するに、ボンヤリとした、焦点を結ばないイメージと、異様に美しい「自然」と村人や子供たちの顔が記憶に残りそうですが、襲ってくる眠気とたたかうのは大変でした。 にもかかわらずこのシリーズの初日にやったらしいエリセ監督の「ミツバチのささやき」と、どこか似ていて(実際はまったく違いますが)、「一体これは何だったのだろう」という疑問と一緒に記憶に残りそうな予感とともに映画は終わりました。 10分の休憩の後、オンラインの映像で小田香さんと柳原教授の買登場しました。そこでは、柳原先生がエリセとの類似(?)や、「トラス・オス・モンテス」という、ポルトガルとスペインの国境地帯の「地誌」について触れておられたこと、それから、小田さんが「カメラの向こうとこちら」という言い方で、この映画の製作の現場に対する関心を語っていらっしゃったのが印象に残りました。 トークの後、全国の会場のお客さんからの質問に答える中で、「わからないこと」について、二人が口をそろえて、「よくわからない」とお答えになった後、「わからないことを大切にしてください」とおっしゃったことに好感を持ちました。お二人とも、とても感じが好くてファンになってしまいましたね。これで、また読む本と見る映画が増えそうです。 ぼくも、よくわからなかったのですが、ぼくの「わかりたがり」は30数年間「わかりますか?わかるでしょ!」を繰り返してきた職業病ですね。わからないのに、面白いとか感じるところにこそ豊かさがあるんですよね。 ああ、そうだ、「ミツバチのささやき」との共通点の一つは子供たちの描き方だったと、今気づきました。この映画も、子供がとてもいいのでした。ホラ、また、わかりたがってますね(笑)。監督 アントニオ・レイス マルガリーダ・コルデイロ撮影 アカシオ・デ・アルメイダ編集 アントニオ・レイス マルガリーダ・コルデイロ1976年・111分・ポルトガル原題「Tras-os-Montes」2021・02・01・元町映画館no69
2021.02.03
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エリア・スレイマン「天国にちがいない」シネリーブル神戸 1月の終わりごろ、予告編を見て、なんか不思議な映画だなと思いました。しばらくすると友達がブログでほめていましたが、どんな映画なのかジメージが湧きません。これは見るしかないなという気分でやって来ました。 2月になって、はや、もう、10日を過ぎたのですが、久しぶりのシネリーブルです。非常事態宣言は続いていますが、商店街の人出はむしろ増えているようです。映画はエリア・スレイマンというパレスチナの監督の「天国に違いない」です。上のチラシで帽子をかぶって、肘をついている男が彼でした。 キリスト教の立派な装束をつけた神父がなにやら神をたたえる言葉を口にしながら、十字架を担いだ従僕と、おおぜいの信者(?)を引き連れて、何やら仰々しく廊下を歩いてきます。扉の前に立ちノックしながら「扉よひらけ」と唱えます。扉は開きません。ノックと呪文のような言葉を、何度か繰り返しますが、開かないうえに中から「神なんか信じない」という言葉が返ってきます。 神父は怒りに満ちた世俗の顔に戻って、装束の帽子を脱ぎ捨て、「扉」の部屋の反対側の裏口(?)に回り、ドアを蹴破り中にいた人物を殴りつける音がして、先ほどの扉がしずしずと開きます。 儀式は何事もなかったように続くのですが、ここで、画面が変わってベランダに立っている主人公が映し出されます。 まあ、こうして映画は始まりました。「さっきの神父の話は何だったんだ?」と思っていると、ここからも不思議なシーンが続きます。 主人公がベランダに立つと住居の庭に無断で入ってきてレモンの実を盗む(?)、いや、収穫か(?)、男がレモンの木によじ登っています。男はベランダから見ている主人公に向かって「ドアはノックしたよ、返事がないから仕方なく入ったんだ」 とか、なんとか、いいながら、こんどは勝手に剪定をはじめます。こういう中々過激な「隣人」をはじめ、変な「隣人たち」が、いろいろ登場します。通りには戦車が走ったり、警棒(?)を持って群がって走ってくる男たちがいたり。 場面がパリに変わって、ファッションショーに出てくる女性たちが繰り返し映し出されますが、ここで、ようやく、主人公が映画監督であり、パリには「映画」の売り込みにやってきていることがわかる交渉のシーンが映ります。(もっとも、ぼくの記憶違いで、これはニューヨークでの出来事だったかもしれません。)「あなたの映画はパレスチナらしくない」 そういって断られた主人公は、次にニューヨークに登場します。 この街の市民たちは、なぜか、銃で武装しています。車のトランクから手動のロケット弾を取り出している人もいます。 公園では天使が警官に追いかけられて、羽根を棄てて消えてしまいました。いやはや、どういう街なのでしょうね、ここは。 主人公はニューヨークでも売り込みに失敗したようで、飛行機に乗って、変な「隣人たち」が住む街に帰ってきます。 土砂降りの中、自宅の塀の前で、「止まらないんだ」とずぶぬれで立ち小便を続ける「隣人」に傘を差しかけたりしながら、ようやく、自宅にたどり着きます。 朝起きてベランダに立つと、出発する前に鉢植えから庭に植え替えておいたレモンの若木が実をつけていて、例の「隣人」が、勝手に水をやっています。 ディスコというのでしょうか、若い人たちが音楽に合わせて踊っているホールのような、酒場のようなところの片隅のカウンターでお酒(?)を飲んでいる主人公が写って、映画は終わりました。 ここで、不思議なことが起こりました。ここまで、「不思議さ」の中をさまよっていたぼくの目に涙が滲んできたのです。これは、どうしたことでしょう。 ぼくにとって、この映画の不思議さは、「天国にちがいない」という題名の謎が全く解けなかったことがすべてといってもいいのですが、主人公の映画監督がほとんど喋らないうえに、ただ直立して見ているだけの人という所にも不思議は宿っています。 この直立感にはチャップリンとかがやどっている印象もありましたが、言葉、台詞についていえば、主人公がセリフを喋るのは一度だけでした。それもたった二言です。 パリだったかニューヨークだったかで、タクシーに乗った時の会話です。「どこの国から来たんだ」「ナザレ」「ナザレは国じゃないだろ」「パレスチナ」 このシーンのこのセリフは、ぼくに対して、この映画のパレスチナらしい! 輪郭を焼き付けたのですが、さて、「天国」は天使が消えたニューヨークだったのでしょうか、立小便がとまらない「隣人」がいる「この町」だったのでしょうか。 最後の最後に、胸に迫ってきたものは、一体何だったのでしょう。最後まで、不思議が残る映画でした。 それはそうと、シネリーブルのサービスでポスターをもらいました。これですが、なかなかうれしいプレゼントでした。監督 エリア・スレイマン製作 エドアール・ウェイル ロリーヌ・ペラッシ エリア・スレイマン タナシス・カラタノス マーティン・ハンペル セルジュ・ノエル脚本 エリア・スレイマン撮影 ソフィアン・エル・ファニ編集 ベロニク・ランジュキャスト エリア・スレイマン タリク・コプティ アリ・スリマン ガエル・ガルシア・ベルナル2019年・102分・G・フランス・カタール・ドイツ・カナダ・トルコ・パレスチナ合作原題「It Must Be Heaven」2021・02・12シネリーブル神戸no80
2021.02.16
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武田一義「ペリリュー 楽園のゲルニカ(10)」(白泉社) 2020年の秋に「ペリリュー」第1巻から第9巻までをまとめて読みました。感心しました。続いて「さよならタマちゃん」を読んで、すっかり武田一義さんのファンになったのですが、2021年、2月のマンガ便で「ペリリュー(10)」(白泉社)が届きました。 第1巻と「さよならタマちゃん」の感想を書いた時に、2巻から1冊ずつ「案内」しようと考えていたのですが、うまく書けないままほったらかしていると、どうも、あと1冊で終ってしまうようなので慌てました。 とりあえず、やってきた「ペリリュー」第10巻は裏表紙の宣伝を紹介しますね。 終戦から1年半 — 。 昭和22年3月、田丸と吉敷は「生きて日本に帰る」という約束を果たすべく、壕からの脱出に成功する。 投降 ― それは生死を共にしてきた仲間の敵になるということ。では生き残った兵士にとって「正しい行動」とは何か。 全体を危険から遠ざけるための規律か。 全員を救うための危うさのある勇気か。 「仲間」の命がかかる決断を迫られる島田。 混乱の中、島に銃声が響く―。 生き残った兵士それぞれに、譲れない正義がある。 数多の喪失に耐え、思いを繋いだ若者の生還の記録。 表紙の人物は、田丸くんではなくて吉敷くんだと思います。軍から脱走し、米軍に投降する企ての最中、上官によって撃たれます。田丸くんは瀕死の吉敷くんを支えて進みますが…。 眼窩を打ち砕かれた吉敷くんは、南の島の雨の中で故郷の父と再会し、米の飯を田丸くんに食べさせる夢を見ながら絶命します。 「生きて帰る」はずだった吉敷くんは、終わったはずの戦場で、文字通り、「戦死」します。ぼくは宗教を信じることができない人間ですが、彼の魂を祀っている立派な神社は、日本という国のどこかにあるのでしょうか。 アメリカ軍に投降し、1年以上も前の敗戦の事実を知った田丸くんが吉敷くんを思い出すシーンです。 このシーンを引用するかどうか、悩みました。作者はこのシーンを描くために、ここまで描き続けてきたと思うからです。こうして引用しながらいうのも変ですが、この「案内」をお読みいただいている方には、できれば、1巻から10巻まで、読んできて、このシーンに出会ってほしいと思います。 ぼくは、ぼくよりも20歳以上も若いマンガ家である武田一義さんが、このマンガをこんなふうに描いていることに驚きます。 マンガに限らず、あらゆる表現が、売れるか売れないかの空っ風に晒されている「現代」 という時代であるにもかかわらず、、この作品は「売る」ために書かれたとは思えない「まじめさ」 を失っていないように感じるからです。 追悼とは、戦死者を英雄として讃えることではない。 追悼とは、彼らの死の無惨さを、私たちの記憶にしっかりと刻み続けること。もがき、あがきながら死んでいった人々の傍らに静かに寄り添うこと。 生き残った人々の負い目にも心を寄せながら。(吉田裕) これは「売る」ためにつけられた腰巻、帯に載せられた推薦文です。誠実な文章だと思いますが、今、こういわなければならないこの国の「戦後」とは、田丸くんが帰ってきてからの80年とは、一体何だったのでしょうね。 昭和の戦争の研究者である吉田裕さんは一橋大学の先生だった方のようですが、「日本軍兵士」(中公新書)という本の著者でもあります。読んでみようと思っています。
2021.03.06
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シャノン・マーフィ「ベイビーティース」シネリーブル神戸 映画の冒頭から「ただならぬ出来事」 が始まります。まず、大きめのグラスの底に、血がついた「奥歯」がゆらゆらと落ちてきて、アップになります。 で、場面が代わって、精神分析なのでしょうか、カウンセリングを受けていたらしい女性と担当医師が、診察室(?)で、とりあえずという感じで「ただならぬ行為に」に及び、行為の途中で電話がかかり、行為を中断して女性は出て行ってしまうのです。「何ですか、これは?」 と、あ然として見ていると、女性と男性は「ご夫婦」で、二人の間の子供、高校生のミラちゃんが、この映画の主人公だと分かります。 この映画では、随所に「ただならぬ雰囲気」が漂い、一体、何が起こっているのか、あるいは、何が起ころうとしているのかということが、いまひとつわからないまま、最初の「奥歯」のシーンにたどりつき、「ベイビーティース(乳歯)」という題名の謎が解かれ(うーん、解かれたのかな?)、そこまでの「ただならぬ雰囲気」が「なんや大ごとやないか」という結末を迎え、シーンがかわって最後の「海辺」のシーンになります。 映画には、最初から「エピソード」の展開ごとにクレジットがついていました。もっとも、最初の「ご夫婦」のシーンのクレジットは忘れました。ザンネン! で、最後のシーンのクレジットが、たしか「海辺」だったと思うのですが、ひとつ前のシーンで、いったん結末を迎えた物語の回想のシーンでした。 このシーンの最後の最後に、まだ「ベイビーティース」が抜けていなかったミラちゃんがカメラを構え、「仲の良い」ご両親の写真を撮ります。そして。彼女が構えたカメラのレンズ越しに見える海辺の光景が、静かに広がりエンドロールが廻り始めます。 ここまで、実は何が「ただならない」のか、よくわからなかったにもかかわらず、このシーンは素晴らしいと思いました。まあ、このシーンにやられたという感じでした。 JR元町駅から神戸駅までの元町高架下商店街を「モトコ―」と呼ぶのですが、今日は、その「モトコ―」のシャッター街を歩きました。延々と閉まっているシャッターの通路を歩きながら、つくづく、「よその家のことはわからないものだ」と思いました。まあ、家の中のことに限らず、ひと様のことはわからないのですが。 人はそれぞれ「ただならぬ」なにかを抱えて、その上で、家族とか恋人とかになるのでしょうが、「一人娘が死にかけの大病だ」とか、「親から見捨てられた」とか、そういう、人から見てわかることとは違う「ただならぬ」ものが、それぞれの人を支え続けていて、それはお互いにわからないんですよね。 その、お互いにわからないことに耐えて、どう生きていくのか、この映画は、その雰囲気をよく伝えていたと思いました。 死を宣告された高校生ミラちゃんを演じたエリザ・スカンレンという、若い女優さんの表情も印象に残りました。 まあ、それにしても、変な映画でしたね。監督 シャノン・マーフィ製作 アレックス・ホワイト脚本 リタ・カルニェイ撮影 アンドリュー・コミス美術 シャーリー・フィリップス衣装 アメリア・ゲブラー編集 スティーブ・エバンス音楽 アマンダ・ブラウンキャストエリザ・スカンレン(ミラ)トビー・ウォレス(モーゼス)エシー・デイビス(アナ)ベン・メンデルソーン(ヘンリー)ベン・メンデルソーンエミリー・バークレイユージーン・ギルフェッダー2019年・117分・G・オーストラリア原題「Babyteeth」2021・03・03シネリーブルno86追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2021.03.21
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ジョー・ライト「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」 映画.com ボンヤリ、テレビ画面を見ていると、知った顔の女優さんが出てきて「ああ、この人好きかな!?」とか思って見始めて、二時間くぎ付けでした。 映画は「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」で、その女優さんはリリー・ジェームズさんでした。 映画.com エリザベス・レイトンという、チャーチルの秘書か、タイピストかの役なのですが、「ガーンジー島の読書会」とか「イエスタデイ」といった、最近見た映画や、ナショナルシアター・ライブの画面でもお目にかかっている女優さんですが、今回の役柄と演技(?)が一番いいと思いました。 というのは、この映画では、「ええー、この人があのゲイリー・オールドマンですか?!」という化け方で出ていた主人公ウィンストン・チャーチルの内面を照らし出す光源のような役で二人の女性が登場します。 その一人が、このリリー・ジェームズ、もう一人がチャーチルの奥さんクレメンティーンを演じたクリスティン・スコット・トーマスという女優さんでしたが、お二人に共通するのは、何ともいえない「引いた演技」だと思いましたが、それが、お二人とも、とてもいいなと思いました。この映画の陰の主役は、この、お二人だと思いました。 見終わって、クリストファー・ノーランの「ダンケルク」を見たときに、少し不満に感じた「英国社会の描き方」のことを思い出しました。 が、この映画では、それがテーマのようにクローズアップされて描かれていた印象で、これを見てから、あの映画を見れば、少し感想は違っていたのかなとも思いました。 1940年5月、対ナチス挙国一致内閣の首班についたチャーチルが、「ダンケルクの撤退」作戦までの1か月間の苦悩を描いた映画でした。 それにしても、映画の後半、クライマックスともいえる、チャーチルが民衆と出会う地下鉄のシーンに至る展開は、もう興味津々で、チャーチルの「セリフ」も「演説」も一言も聞き逃せない気分で、テレビにかじりついていました。 反ナチスのトップに立ったからこそ、政治的には追い詰められていくチャーチルを演じるゲイリー・オールドマンという俳優さんも本当にうまいですね。 政治家としての敗北を覚悟したチャーチルの私邸、それも、寝室に、国王ジョージ6世が訪問し、「逃げ出さないで、民衆とともにありたい!」と決意を語り、その結果、チャーチルは乗ったこともない地下鉄で市民と会うわけですから、たとえ、このエピソードが歴史的には作り事であったとしても、このシーンの説得力は半端ではないと思いました。 ヒットラーと戦い、勝利した国だからこその映画といってしまえばそれまでですが、イギリスの民主主義に底流する、独特な「国民意識」を鮮やかに描き出した傑作だと思いました。監督 ジョー・ライト脚本 アンソニー・マッカーテン撮影 ブリュノ・デルボネル美術 サラ・グリーンウッド衣装 ジャクリーン・デュラン編集 バレリオ・ボネッリ音楽 ダリオ・マリアネッリ特殊メイク/ヘア&メイクデザイン(ゲイリー・オールドマン)辻一弘キャストゲイリー・オールドマン(ウィンストン・チャーチル)クリスティン・スコット・トーマス(クレメンティーン・チャーチル)リリー・ジェームズ(エリザベス・レイトン)スティーブン・ディレイン(ハリファックス子爵)ロナルド・ピックアップ(ネビル・チェンバレン)サミュエル・ウェスト(アンソニー・イーデン)ベン・メンデルソーン(国王ジョージ6世)2017年・125分・G・イギリス原題:Darkest Hour2021・04・10こたつシネマ
2021.04.12
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井筒和幸「無頼」神戸アートヴィレッジ 1ヵ月前に予告編を見て、井筒和幸の新作ということで気になりました。見たのは「無頼」です。緊急事態だか、非常事態だかの3回目の宣言が出るらしいこともあってあわてて出かけました。 マア、ここアートビレッジで見るときはよくあることなのですが、客は数人で、ほぼ、同年配の、見かけ上男性ばかりでした。「こんな映画、そんな若いひとが見るわけはないよな」 見る前にそう思ってすわりましたが、見終えて、もう一度そう思いました。 映画は「昭和のヤクザ」の「パッチギ」を、ええっと、「パッチギ」っていうのは頭突きのことだというのは彼の映画で覚えたのですが、一発カマス! それが撮りたかったのでしょうね。 泉谷しげるの「春夏秋冬」という1970年代のはやり歌で、たとえば、まあ、ぼくとかが歌詞なしで歌える歌がテーマソングのように繰り返し歌われ、で、「太陽の季節」に始まる、1960年代からのはやりの映画が、その時代の「空気」の象徴のように、まあ、チンピラたちが映画館で見たり、ビデオ屋の棚をあさったりする形ですが、挿入されていきます。おしまいが「ダイ・ハード」だったことに笑いました。 そのあたりに、この監督とその作品を同世代の代弁者のように感じながら見てきて、今や、徘徊老人の日常を送っている人間には、妙に染みるものがあるのですね。 「昭和」という時代の戦前、戦中、戦後の30年がパスされて、1960年代からの後半30年が描かれている印象でしたが、井筒和幸という監督が、そのように「昭和」を描いているいるのは、1952年生まれの、彼自身の半生を映画に投影したかったという理由以外には、ぼくには考えられない映画でした。 映画の後半のシーンで、右翼の論客中野俊水という人物が「死にざまを見せる」と称してピストル自殺を遂げます。その顛末の描き方に井筒の本音が露出していることは間違いないのですが、いったい「誰」に対して「死にざま」を見せたいのか、その焦点の定まらなさが、実に現代的ではあるのですが空振りだったのではないでしょうか。 いみじくもテーマソングの「春夏秋冬」が歌っているように、本当に「季節のなくなった街」で乾ききった人間が生きる社会になってしまった現代に、映画としてパッチギ一発! を、かませたかどうか、どうも、リキんだだけで、しりもちをついた印象です。 でも、まあ、ぼくにとっては、そこが井筒和幸らしくてよかったわけなのですが、キャストの一人として出ていらっしゃった、俳優隆大介さんの訃報が、今朝(2021・04・25)、ネット上に出ているのを目にし、映画を思い出して、やっぱりしみじみしてしまいました。 やっぱり「愛のある人」を井筒和幸は描こうとした映画だったと思いましたね。監督 井筒和幸脚本 佐野宜志 都築直飛 井筒和幸撮影 千足陽一照明 渡部嘉録音 白取貢美術 新田隆之音楽 細井豊主題歌 泉谷しげるキャスト松本利夫(井藤正治)柳ゆり菜(佳奈)中村達也(井藤孝)升毅(谷山)升毅小木茂光(川野)ラサール石井(橘)木下ほうか(中野俊秋)三上寛 隆大介 清水伸 松角洋平 遠藤かおる 佐藤五郎久場雄太 阿部亮平 遠藤雄弥 火野蜂三 木幡竜 清水優田口巧輝 朝香賢徹 ペ・ジョンミョン 高橋雄祐 橋本一郎和田聰宏 高橋洋 浜田学 駒木根隆介 松浦祐也 松尾潤松本大志 森本のぶ 赤間麻里子 石田佳名子 西川可奈子於保佐代子 中山晨輝 斎藤嘉樹 澤村大輔 長村航希斉藤天鼓 芦川誠 外波山文明2020年・146分・R15+・日本2021・04・23-no40神戸アートヴィレッジ(no14)
2021.04.27
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「100days100bookcovers no52」(52日目)樋口一葉『たけくらべ』川上未映子訳(「日本文学全集13」 河出書房新社) DEGUTIさん紹介の『世界はもっと美しくなる』(奈良少年刑務所詩集 詩・受刑者 編・寮美千子)、Simakumaさん紹介の山下洋輔の傑作ジャズ小説『ドバラダ門』(新潮社)と来ました。 山下洋輔の祖父・山下啓次郎氏が担当した「明治の五大監獄」(千葉、長崎、鹿児島、奈良、金沢)の画像を見て、赤煉瓦の西洋風の外観に魅せられるとともに、懸命に西洋化近代化を果たそうとした当時の日本を感じたりもしました。 さて、監獄と言えば、ハンセン病の療養所も監獄だな…と、10年以上前に岡山県瀬戸市邑久町にある長島愛生園に、在日朝鮮人ハンセン病回復者でらい予防法国賠請求訴訟原告となられた金泰九(キムテグ)さんを訪問したことを思い出しました。また、日頃お世話になっている黄光男(ファングァンナム)さんはハンセン病家族訴訟原告団副団長です。世界の医学の流れに大きく後れを取り、この国の非科学的で人権を無視した政策と私たちの無知無関心による誤った偏見は、根拠なくハンセン病患者やその家族を監獄のような収容所(収容所だけでなく、社会も含む)に閉じ込めます。新型コロナウイルス感染者に対する不当な差別や攻撃も同じで、学習能力のないこの国の情けないこと(涙) そんな監獄つながりでハンセン病回復者の文学を最初は考えていたのですが(たまたま19日は金泰九さんの命日、20日は長島愛生園開園から90年でした)、昨日の午後、ふと思い立って姫路文学館の特別展「樋口一葉 その文学と生涯 貧しく、切なく、いじらしく」に行きました。今月23日までなので、3連休は来館者が多いかな、その前の平日に行かなくちゃ、と思ったわけです。樋口一葉は文学史で説明できる程度で、その文学と生涯を十分知っていません。井上ひさしの演劇「頭痛肩こり樋口一葉」は面白そうだな…でも観ていないという、その程度でした。 今回印象的だったのは、なにより女性として日本ではじめて職業作家を志したこと。比較的裕福であったころ、主席という優れた成績にもかかわらず、母の意見で学校高等科の進級をせず退学し、兄や父が亡くなり、実家が破産する中で家督相続人となり、裁縫や洗い張り、果ては荒物・駄菓子の店を開きながら小説家として生計を立てます。24才の若さで肺結核のため亡くなった…。 ああ、明治の時代の転換期の過酷な運命は、さながら監獄のように彼女を苦しめただろうと思ったのです。経済的にもう少しでも余裕があったならば、病で早く亡くなることもなかっただろうに…と。 特別展は見応えがあり、多くの作品、自筆原稿や書簡、日記などもありましたが、ここでは川上未映子訳『たけくらべ』を挙げます。一葉の『たけくらべ』が雑誌に連載されて120年という2015年に、川上未映子が現代語訳を出したことは頭の片隅にあったけれど、その本を実際に手に取ったのは初めて。姫路文学館に並べてある川上本は、川上未映子自身をイメージさせる素敵な装丁で、買いたかったけれど、お金の遣り繰りをしながら生活している私には勇気が出なかったのです。帰りに寄った図書館で、なんと「池澤夏樹個人編集日本文学全集13」に、夏目漱石、森鴎外とともに樋口一葉の『たけくらべ』を川上未映子訳で収録してあったのです! さすが、池澤夏樹!!と、ちくま日本文学全集「樋口一葉」とともに借りました。 『たけくらべ』の中の美登利は心惹かれる真如に想いを伝えられません。雨の降る日の、真如の下駄の鼻緒を切った場面や、美登利が突然不機嫌になる場面、真如が修行のために家を出る場面など、文章だけでなく映像がうかぶほど親しまれている作品ですが、今回は美登利の嘆きの箇所を比較してみます。「厭、大人になるのは厭なこと、どうして、どうして大人になるの。どうしてみんな大人になるの。七ヶ月、十ヶ月、一年、ちがう、もっとまえ、わたしはもっとまえにかえりたい。」(川上訳)「ええ厭や厭や、大人になるのは厭なこと、なぜこのように年をば取る、もう七月八月、一年も以前(もと)へ帰りたいにと老人(としより)じみた考えをして、…」(一葉) 直接話法、間接話法、その他すべてを無視して一葉の文語を口語文にするという方法で、一葉のほとばしる作品をリズミカルな川上小説にしています。(ちなみに松浦理英子も現代語訳をしているんですね!知らなかった。) このたび樋口一葉の『たけくらべ』(ちくま日本文学全集)とその年譜も読み、一葉が援助の交換条件に妾となることを求められて拒否したこと、借金を申し込んで断られたことなども知りました。また川上未映子も歌手や文学上の華やかな経歴が良く知られていますが、今回注目して調べたところ、「高校卒業後は弟を大学に入れるため、昼間は本屋でアルバイト、夜は北新地のクラブでホステスとして働いた。」 というたくましい経歴を知りました。樋口一葉は、社会の底辺を生きる遊女から上級官僚の妻までの女性たちの姿を描きましたが、川上未映子も同様に「地べた」(byブレイディみかこ)からの視点が定まっているということで、一層樋口作品川上訳の値打ちを感じました。 世の中はますます格差も分断も進んでいます。その象徴が感染者数の増加とGo Toなんとかの矛盾です。あまり報じられませんが困窮している弱者は多く、また自殺者に女性が多いなど心痛むばかりです。明治からずいぶん時は経つけれど、「見えない監獄」はあらゆるところに巧妙に生き残っているのでしょう。 明治の樋口一葉、そして現代の川上未映子の作品と生涯に触れる機会を得ることができ、しみじみとしています。ではSODEOKAさん、よろしくお願いします。(N・YMAMOTO・2020・11・21)追記2024・03・17 100days100bookcoversChallengeの投稿記事を 100days 100bookcovers Challenge備忘録 (1日目~10日目) (11日目~20日目) (21日目~30日目) (31日目~40日目) (41日目~50日目) (51日目~60日目)) (61日目~70日目) (71日目~80日目)という形でまとめ始めました。日付にリンク先を貼りましたのでクリックしていただくと備忘録が開きます。 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2021.05.01
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イェンス・ヨンソン「ソニア ナチスの女スパイ」シネマ神戸 あまり出会うことのないノルウェー映画でした。シネリーブルで去年(2020年)封切っていた記憶がありますが、見損ねていました。 イェンス・ヨンソン監督の「ソニア ナチスの女スパイ」という映画です。シネマ神戸で「スパイ映画」二本立てのプログラムで見ました。シネマ神戸に来るのは二度目ですが、館内に喫煙コーナーがあるのがうれしいですね。お客も、ぼくを含めて「おっさん」系ですが、バイオレンス、アクション系で、面白そうな映画をやっておられます。 映画の題になっているソニア・ビーゲットという女性は、1940年当時から戦後にかけてノルウェーでは、かなり有名な歌手で女優さんだったらしいのですが、戦後、ナチス協力を暴かれ、非難された方のようです。 この映画は、2005年に公表された彼女の「ナチス協力」の真相を描いた作品で、おそらく、原題である「Spionen」=「スパイ」という題名と、ソニアという登場人物の名前で、ノルウェーの人には「ピン!とくる」話なのでしょうね。 そのあたりが「ピン!とはこない」ぼくでも、ナチスに侵略されたノルウェーと、中立国という政策を、かろうじて、維持し続けたスウェーデンという、国と国の「つばぜり合い」のはざまに生きた女性を、イングリッド・ボルゾ・ベルダルという、まだ若い女優さんが、「歌手・女優」であり、「ジャズピアニストの恋人」であり、「対独パルチザンの父」の娘であるという「三つの顔」と、ノルウェーを侵略していたナチスと中立国スウェーデンの間で働く「二重スパイ」であるという、合計五つの顔!を好演していました。 誰もかれもがスパイであるような不気味な社会を描いた映画の筋書きもさることながら、ノルウェーとスウェーデンという北欧の二つの国の、独特な外交の歴史にも関心を持ち直す映画でした。 映画はナチスの侵略にさらされていた当時のノルウェーを描いていますが、そのノルウェーが第二次世界大戦末期、連合国の一員として対日宣戦布告したことや、現在のEUには加盟していないことなんて、この映画を見て初めて知りました。(ああ、映画で、そんなことを解説しているわけではありませんよ。気になったからウィキを読んだ結果ですよ。) マア、当たり前のことですが、知らないことって、まだまだ、いくらでもあるんですよね。イヤ、ホント。監督 イェンス・ヨンソン脚本 ハーラル・ローセンローブ=エーグ ヤン・トリグベ・レイネランド音楽 ラフ・クーネンキャストイングリッド・ボルゾ・ベルダル(ソニア・ビーゲット)ロルフ・ラスゴード(トルステン・アクレル)アレクサンダー・シェアー(ヨーゼフ・テアボーフェン)ダミアン・シャペル(アンドル・ゲラート)2019年・110分・G・ノルウェー原題「Spionen」2021・04・30-no42 シネマ神戸no3
2021.05.04
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クラウス・コルドン「ベルリン1919(上)」(酒寄進一訳・岩波少年文庫) ドイツの作家クラウス・コルドンという人の「ベルリン1919(上・下)」(岩波少年文庫)を読んでいます。 「ドイツ・11月革命」といって、その顛末が浮かぶ人はほとんどいないと思いますが、1918年「キール軍港」の蜂起に始まり、ドイツ帝国を倒した革命が、半年ほどの間に、映画でいえば「アンチ・クライマックス」な、しかし、歴史的に振り返れば、ドイツの共産主義者やドイツの労働者にとって「悲劇」であることは間違いない結末を迎えたことに、憤りを感じる「青春時代」を過ごしたシマクマ君は、子供向けの叢書のシリーズという気安さも手伝って、読み始めたのでした。 訳者は酒寄進一という方ですが、「あとがき」でこんなふうに解説しています。 本書はクラウス・コルドンの「転換期三部作」の第一作にあたります。原題は「赤い水兵 あるいはある忘れられた冬」です。邦題からわかるとおり、1918年から1919年にかけての冬のベルリンが舞台になります。 第一次世界大戦の末期である1917年11月、敗色の濃かったドイツ帝国で、水兵が戦争を終わらせるために蜂起し、それがきっかけでドイツ革命がおこり、帝政が倒れることになります。しかし革命は成功と同時に歯車が狂いはじめ、ベルリン市街戦へと発展します。そうした目まぐるしい時代のうねりに翻弄される人々の姿が、ベルリンの貧民街に住むゲープハルト一家を通して克明に描かれます。 これが、本書「ベルリン1919」の大まかなあらすじですが、もう少し捕捉すると、主人公は「ヘレ」という愛称で呼ばれる中学生で、ドイツの中学校といえば「ギムナジウム(中高等学校)」を思い浮かべる人もいらっしゃるかと思いますが、彼は庶民の子供たちが通う市立中学校の13歳の男の子です。 本名はヘルムート・ゲープハルトで家族は工場で働く母親、上巻の途中で、片腕を失った「傷病兵」として復員した父親、6歳になる妹のマルタ、まだオムツがとれないハンス坊やの5人です。ヘレには、もう一人弟がいましたが2年前にインフルエンザで亡くなっています。 その中学生ヘレ君が、第1次世界大戦下の貧困と飢餓にあえぎ「革命」と「反革命」がせめぎあう動乱のベルリンの街で暮らしている様子が克明に描かれていました。 妹マルタや乳飲み子ハンス坊やの世話をしながら、薪を拾いジャガイモを盗む生活の中で、復員した父や貧民街で生きる労働者の革命運動の世界に潜り込み、やがて、「真の革命」に目覚めていくというストーリーですが、社会に対して真っすぐな疑問を持つ中学生というヘレ君の設定は、65歳を超えた老人をワクワクさせるに十分の展開で、上巻を読み終わりました。 シマクマ君にとって、この作品のクライマックスは、上巻も終わりに近づいた「友と敵」の章の半ば、あのローザ・ルクセンブルグが登場するこのシーンでした。 人だかりのなかにとても小柄な女性が立っていて、近くにやって来た水兵たちに親しげにほほえみかけた。その女性は、壁にはられた一枚のポスターの前に立っていた。そのポスターにはこう書かれていた。 労働者諸君!市民諸君!祖国は崩壊の危機にある。みんなで救おう!敵は外にははいない。内側にいる。スパルタクス団だ。スパルクス団のリーダーを殺せ!リープクネヒトを殺せ!そうすれば、へと羽とパンを手にすることが出来るだろう。 その下には「前線兵士一同」と署名されていた。「反革命がついに本性をあらわしました」小柄な女性が大きな声でいった。「殺人をあからさまに煽るとは、なんという人たちでしょう。(略)」「あれはローザ・ルクセンブルグだ」ハイナーがアルノにささやいた。 ローザルクセンブルグ? ヘレは小柄な女性を見つめた。青白い顔、白髪まじりの髪、大きな帽子。その名はカール・リープクネヒトとともに語られることが多い。父さんもよくその名を口にする。ローザ・ルクセンブルクは、リープクネヒトとおなじように長いあいだ投獄されていた。そしてベルリンで革命がおこる一日前、ブレスラウの労働者たちによって監獄から解放されたのだ。 もしも、この作品を読む中学生がいたとしても、このくだりを繰り返して読む中学生はいないでしょうね。 この記事を読んでくださる読者の方の大半も、こうして引用して、喜んでいるシマクマ君の興奮はご理解いただけないでしょうが、70年代に「ドイツ革命」や「ロシア革命」がおもしろくて仕方がなかった「青春」を過ごした人間にとってローザ・ルクセンブルグはあこがれのスターなのです。 なぜ、彼女がスターなのか。それは1918年、12月のベルリンの街に登場したローザ・ルクセンブルグの彗星のような生涯に、その原因があります。まあ、そのあたりについては、下巻の「怒り」の章で明らかになるはずです。 上巻を読み終えて感じたことが二つあります。 一つは、はたして、今、現在、わたしたちの国の中学生や高校生が、この「歴史小説」をワクワクしながら読み切れるのだろうかということです。ご都合主義の歴史解釈が大手を振ってまかり通る時代の深刻な犠牲者は、10代の子供たちだと思います。若い人たちは、自分たちの社会の歴史に対してさえ、興味を失っていないでしょうか。100年も昔の出来事ですが、1918年のベルリンの街で、実に生き生きと「革命」を生きていた、同世代の少年の姿は、2020年の10代の人たちの心に届くのでしょうか?なんだか心もとないなあというのが、さびしい実感でした。 で、二つ目です。「下巻」を読み始めることがなかなか出来ません。いや、読むんですが、ここから起こる悲劇が、どんな風に描かれるのか、ドイツ革命の悲劇をヘレ君はどう生きるのか、どうにも書き換えようのない歴史的事実を、あらかじめ知っているというのはつらいものですね。 読み終えたら、また報告しますが、なんとなく手間取りそうですね。
2021.07.12
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ジム・ジャームッシュ「ナイト・オン・ザ・プラネット」シネ・リーブル神戸 シネ・リーブルのジャームッシュ特集です。6本目に見たのが「ナイト・オン・ザ・プラネット」でした。もともとの題名は「Night on Earth」です。ボクはアースの方がいいかなと思いました。 今回の特集で、最後に見た映画ですが、結果的振り返ってみると「トリを取る」にふさわしい傑作でした。出てくる役者さんを知っているわけでもないし、とりわけ声高な主張があるわけでもありません。さしたる事件も起こらないし、ドキドキするサスペンスやラブストーリーがあるわけでもありません。にもかかわらず、「まあ、よくぞここまで、好みのド真ん中にボールが来るものだ!」 と感嘆しました。 ロサンゼルス、NY、パリ、ローマ、ヘルシンキの5つの都市を舞台に、タクシーの車内で展開される、運転手と客との巡り合いをオムニバス形式で描いています。地球という同じ星の同じ夜空のもと、それぞれ違ったストーリーが繰り広げられていくという構成です。ただ、それだけのことです。 突如、話は変わりますが、谷川俊太郎の詩に「朝のリレー」という、CMで有名になった作品があります。書きあぐねている感想の代わりに、ちょっと、この映画をあの詩でモジってみようと思います。まあ、笑っていただければ嬉しいのですが。「夜のリレー」ロサンゼルスの少女が修理工の夢を見ているとき、ニューヨークの移民の老人はピエロだった思い出に遊んでいるパリのやさ男が盲目の女と連れ添っているとき、イタリア女たらしが神父の死に立ち会い、ヘルシンキの運転手は飲んだくれに手を焼いているこの地球でいつもどこかで夜が闇に沈んでいるぼくらは闇をリレーするのだ経度から経度へとそうしていわば交換で地球を守る眠りの最中、ふと耳をすますとどこか遠くでタクシーの警笛が鳴ってるそれはあなたが眠りこけている闇を誰かがしっかりと受けとめている証拠なのだ夜はやがて明けようとしている こんなふうに遊ぶのはジャームッシュにも谷川俊太郎にも失礼かとは思うのですが、でも、まあ、二人の間につながるものを感じるのです。それは、うまくは言えませんが、人間という「宇宙人」に対する「愛」のようなものですね。 映画はジャームッシュの詩的な感性がのびのびと炸裂していて、世界を独特の感覚(やさしさ(?))でつつんで見せた傑作だと思いました。拍手!監督 ジム・ジャームッシュ製作 ジム・ジャームッシュ製作総指揮 ジム・スターク脚本 ジム・ジャームッシュ撮影 フレデリック・エルムス編集 ジェイ・ラビノウィッツ音楽 トム・ウェイツキャストロサンゼルス編ウィノナ・ライダー(コ―キー運転手)ジーナ・ローランズ(ヴィクトリア・スネリング客)ニューヨーク編ジャンカルロ・エスポジート(ヨー・ヨー客)アーミン・ミューラー=スタール(ヘルムート・グロッケンバーガー運転手)ロージー・ペレス(アンジェラ客の義妹)パリ編イザック・ド・バンコレ(運転手)ベアトリス・ダル(盲目の女性)ローマ編ロベルト・ベニーニ(ジーノ:運転手)パオロ・ボナチェリ(神父)ヘルシンキ編マッティ・ペロンパー(ミカ)カリ・バーナネン(客)サカリ・クオスマネン(客)トミ・サルメラ(アキ)1991年・128分・アメリカ・日本公開1992年原題「Night on Earth」シネ・リーブル神戸no112追記2021・08・26谷川俊太郎の「朝のリレー」はこんな詩です。「朝のリレー」 カムチャッカの若者が きりんの夢を見ているとき メキシコの娘は 朝もやの中でバスを待っている ニューヨークの少女が ほほえみながら寝がえりをうつとき ローマの少年は 柱頭を染める朝陽にウインクする この地球で いつもどこかで朝がはじまっている ぼくらは朝をリレーするのだ 経度から経度へと そうしていわば交換で地球を守る 眠る前のひととき耳をすますと どこか遠くで目覚時計のベルが鳴ってる それはあなたの送った朝を 誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ(谷川俊太郎「谷川俊太郎詩集 続」思潮社) もちろん、谷川俊太郎の詩の良さについては言うまでもありません。お叱りを受けるのを覚悟して「戯画」化しましたが、原詩の価値を貶める意図は毛頭ないことを言い添えておきます。
2021.08.26
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100days100bookcovers no60 60日目 アーサー・C・クラーク『幼年期の終わり』 福島正実訳 ハヤカワ文庫 KOBAYASIさんが選んだ村山斉著『宇宙は何でできているのか 素粒子物理学で解く宇宙の謎』は、以前読みました。しかとはわからないながら、「読んでいる間はずっとわくわくしていた。妙な『高揚感』みたいなものがあった。」 とKOBAYASIさんが書かれていたのに同感です。 それにしても、SODEOKAさんの寺田寅彦の『柿の種』にこの本を付けるというのはいいなあ。引っ付けすぎないでつながっている感じ。私もこんなふうにあっさりと付けたいと考えているのですが……。無理。 実は、KOBAYASIさんの選んだ本の題名を見た時から「オッ!待ってました。」 と付き過ぎの本が2冊すぐに浮かんできました。野暮は避けたくて頭を冷まそうとしたのですが……。もはやこの本以外には思いつきません。 『幼年期の終わり』アーサー・チャールズ・クラーク作 福島正実訳 ハヤカワ文庫SF 『幼年期の終わり』アーサー・チャールズ・クラーク作 池田真紀子訳 光文社古典新訳文庫 (もう一冊の方は、 もっと付き過ぎになってしまいますので、また別の機会に。) この有名な作品を今まで読んだことがなくて、この正月休みに初めて読みました。SFは中年以降読めなくなってました。文字だけで理解するのが難しくなって、もっぱら絵柄のすぐ出る映画だけになってしまっていました。でも、おととし世界的大ヒットの劉慈欣の『三体』を読んでから、また気になりだしました。ケン・リュウやらテッド・チャンやSF関連の話をググっていたら「今あるSFの作品の元ネタはほとんど『幼年期の終わり』にあるから、これはぜひよむべき。」とのコメントに出くわし、珍しく素直に図書館にあった池田真紀子訳、光文社古典新訳文庫を読んだという次第。今頃、この歳で、やっと読みました。 必読のSFと言われるのに納得。今まで見てきた宇宙や怪獣ものの映画の発想や絵柄はこの本にあったんですね。(『2001年 宇宙の旅』も『インディペンス・デイ』も『ゴジラ ファイナルウォーズ』も)おかげでそのあともSFクラシック小説を借りてきたり、YouTubeでSF作家会議を視聴したりの毎日です。covid-19パンデミックのせいで現実がまるでSFのようですが、もっと大きな空想世界に浸っています。 作者アーサー・チャールズ・クラーク(Arthur Charles Clarke、1917年12月16日 - 2008年3月19日)は、イギリス出身。1950年代から1970年代にはロバート・A・ハインライン、アイザック・アシモフと並んでビッグ・スリーと称されるSF界の大御所として活躍した。 “CHILDHOOD’S END”を1953年に発表しているが、現実世界の状況変化に応じて、技術変化や歴史の事実に合わせて書き直したり、あるいは元の版に戻したりと何度か改稿している。ただし根本的な書き直しはほとんどしていない。 日本語への翻訳は文庫本では現在3種類ある。一応全部見ました。解説もどれもよかった。1 福島正実訳がハヤカワ文庫から1964年と1979年に刊行。解説/福島正実2 『地球幼年期の終わり』という題で沼沢洽治訳が創元推理文庫から1969年に刊行。解説/渡邊利道3 池田真紀子訳が光文社古典新訳文庫から、2007年に刊行。解説/巽孝之 1、2のハヤカワ文庫と創元文庫の場合、米ソ冷戦でロケット打ち上げ競争が熾烈な頃、3は冷戦後、国際合同宇宙開発の時代。 ある日、「大きな宇宙船の一群が未知の宇宙の深淵の彼方からひたひたと押し寄せてき」て、「ニューヨーク、ロンドン、パリ、モスクワ、ローマ、ケープタウン、東京、キャンベラなど」の大都市のちょうど真上に微動だにせず静止し続け、人間を震え上がらせる。人間は彼らの圧倒的知性の証である宇宙船を見てまったく勝ち目がないので、つまらない宇宙開発競争をあきらめざるを得ない。彼らは何もしないがずっと上空にいて人間を監視し、国家間紛争も、人種差別も、動物虐待もなくさせる。逆らったときには、その地域の太陽が30分間消滅させられたりする。 このような人間にはなしえない物理学の能力を見せつけて、腕力は振るわずに人間を自ら従わせるオーバーロード(主上)となる。人間界では宗教的対立どころか宗教そのものもほとんど意味を持たなくなり、多数派はオーバーロードの統治に満足するようになる。 ただ一つ人間が引っかかっているのは彼らがいつまでもその姿を見せないこと。自分たちをすっかり安心させ油断させたあげくに地球を乗っ取ろうとするのではないかという疑いはどうしても捨てきれない。しかし、オーバーロードは「自分たちの姿を見せられるほど、人間の知性は高くない。いつか姿を見せられるときはくるが、今はまだそのときではない。」と寂しげに言うのみ。 それから50年後、やっとオーバーロードは姿を現す。角と三角槍が先についたしっぽを持つ悪魔の姿そのもの。(姿はちがうけれど、『未知との遭遇』の宇宙人登場シーンもイメージが重なる?)でも、その時には人間は彼らの良き統治に慣れていて、もはやさほど驚きはしない。その後数世代は平和と安定と繁栄の黄金時代が続く。その間人間は宇宙開発はあきらめるが、今まであった科学技術を洗練させて人類に平等にいきわたらせるようにするし、オーバーロードはそれを見守り(監視)続ける。 オーバーロードの統治のおかげで(?)核戦争など自ら破滅する道を逃れることができ、安定した人類は、やがて大きく変化するときがやってきた。10歳以下の子どもたちすべてが超能力を持ち、次第に今までの人類の記憶をすっかりなくしてゆく。親たちは自分の子が自分の子でなくなっていく運命をなすすべもなく受け入れるしかない。 子の世代を失うというのはつまり自分の未来を失っていくことだから、希望を失い人類はやがて消えていく。世界中の数億人の新しい子どもたちは意識の底では一つの統合体となり、銀河系の外の夢を見るようになり、親と離れて集合するようになる。細胞の一つ一つのように同じような顔をして、食べず、眠らずに一定の動きをするようになる。新しい力を得た彼らは月を回転させて遊ぶことも太陽をおもちゃにすることもある。 これでやっとオーバーロードが地球に来た目的が達成される。彼らが地球に来たのは自らの自由意思ではなくて、その上にいるオーバーマインドの指示だった。オーバーロードはオーバーマインドの単なる手足に過ぎず、逆らうことはできない。オーバーマインドは宇宙全体から超物理的力(神秘的とか、心霊的とか)をもつ種族がいる星を観察し、可能性があればオーバーロードを派遣し戦争や環境破壊などで自滅しないように、順調に超進化するように、栽培、庇護、観察させ、もしうまく超進化することができれば、そのときにはその星やその種族を吸収する。そして今、新しい段階に達した人類もオーバーマインドに吸収されていく。 最後に、地球の黄金時代にただ一人、オーバーロードの宇宙船で40光年先にある星に密航した若者がいる。彼が地球に帰還してからオーバーロードの秘密も説き明かされる。 人間にとってオーバーロードの姿が恐怖と邪悪の象徴(悪魔)とされるのは、有史以前に彼らとの忌まわしい出会いがあったのではなく、地球人類が終焉のときに居合わせた彼らのことを「過去の記憶ではなく未来の記憶」として持っていたのだと。人間にとっての予兆を記憶として持っていたのだと。この解き明かしはゾクゾクしました。 そして、この若者は最後の人間として、地球の最期を見届けるんですが、このシーンは映像で見たいところです。新しい子どもたちだったものは物質ではなくなりオーバーマインドの一部となっていくと同時に、地球も溶解して最後にエネルギーを一挙に吐き出して消滅する。大きな火柱が立ち、嵐も地震もオーロラも見える。マーベル映画で「ハルマゲドン」としてよくやってるような気もしますが。 最後は、オーバーロード目線です。地球を去りまた新たな使命のために遠くの星をめざしているオーバーロードの姿と心情が語られています。 構想が壮大で、久しぶりにこんな大きな小説を読んだなあという気がします。現在の宇宙物理学では確認することはできないけれど、「物質」としての性質を持つ「ダークマター」と、「物質」ではないけれど「ある」と措定しなければつじつまのあわない「ダークエネルギー」は、この小説の中の「物理学」のルールに縛られている「オーバーロード」と、「超物理学的」で宇宙に遍在し、最終的に吸収する「オーバーマインド」に相当するんじゃないかしらと想像したりもしました。 登場人物造形とか語り方とかでは物足りないと思う方もいるかもしれませんが、文体よりもプロットの面白さに先に惹かれる方なので、いやーめっちゃ面白かったです。皆さんはすでにお読みだと思いますが、また想い出してみてください。 まだしっかり理解できていなくて、うまくまとめられませんでした。SIMAKUMAさん、おあとをよろしくお願いします。(E・DEGUTI・2021・01・23)追記2024・04・01 100days100bookcoversChallengeの投稿記事を 100days 100bookcovers Challenge備忘録 (1日目~10日目) (11日目~20日目) (21日目~30日目) (31日目~40日目) (41日目~50日目) (51日目~60日目)) (61日目~70日目) (71日目~80日目)という形でまとめ始めました。日付にリンク先を貼りましたのでクリックしていただくと備忘録が開きます。 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2021.09.02
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ジム・ジャームッシュ「デッドマン」シネ・リーブル神戸 懐かしのニール・ヤングの音楽が響いていて、若き日のジョニー・デップが汽車に乗っています。映画館に飾ってあって上の写真ですが、「ひょっとして!?」とは思うのですが、この青年が、我が家で人気の、あのジョニー・デップだということに確信が持てません。 彼が演じているのは、クリーブランド、(ああ、またクリーブランド!)から仕事を求めて「西部」にやって来た会計士です。「会計士!?」 で、名前がウィリアム・ブレイク。「ウィリアム・ブレイク!?」 その「会計士」のウィリアム・ブレイクが、なぜそうなるのか、そうなったのか、よくわからないまま「おたずね者」になってしまい、「おたずね者」のウィリアム・ブレイクの逃避行が始まって、その前に現れるのが、「いかにもそれらしい」ともいえるし、「なんだこいつは」ともいえるネイティブ・アメリカン、名前はノーボディ。そうして、彼が崇拝するのが、イギリスの詩人ウィリアム・ブレイク!ここで、もう一度「ノーボディ!?」、「ウィリアム・ブレイク!?」 ノーボディとウィリアム・ブレイクの写真です。これを見直しても、やっぱり思うのです。ノーボディって誰で、ウィリアム・ブレイクを崇拝するってなんやねん?です。 そういうわけで、テンポがまるで違う西部劇でした。確かにピストルもぶっ放すし、馬にも乗ります。焚火して野宿もするし、おたずね者も出てきます。保安官も賞金稼ぎもやってきます。 「ウーンどうなんねん?!」 で、最後にはノーボディが、瀕死のウイリアム・ブレイクをカヌーにのせて「やすらぎの地?」へ送り出します。ウィリアム・ブレイクは、もう、かなり前から「デッドマン」だったような気もしますが、わかりません。 映画そのものには、わからないのに納得させる力があって、それってなんやろうという気持ちが残ります。 ジャームッシュが何を描こうとしていたのか、ボンヤリしていて、焦点が定まりません。あの感じかなって、思い出したのが藤井貞和という詩人の詩です。だって、「雪 nobody」って題なんです。こんな詩です。 雪 nobody 藤井貞和 さて、ここで視点を変えて、哲学の、 いわゆる「存在」論における、 「存在」と対立する「無」という、 ことばをめぐって考えてみよう。 始めに例をあげよう。アメリカにいた、 友人の話であるが、アメリカ在任中、 アメリカの小学校に通わせていた日本人の子が、 学校から帰って、友だちを探しに、 出かけて行った。しばらくして、友だちが、 見つからなかったらしく帰ってきて、 母親に「nobodyがいたよ」と、 報告した、というのである。 ここまで読んで、眼を挙げたとき、きみの乗る池袋線は、 練馬を過ぎ、富士見台を過ぎ、 降る雪のなか、難渋していた。 この大雪になろうとしている東京が見え、 しばらくきみは「nobody」を想った。 白い雪がつくる広場、 東京はいま、すべてが白い広場になろうとしていた。 きみは出てゆく、友だちをさがしに。 雪投げをしよう、ゆきだるまつくろうよ。 でも、この広場でnobodyに出会うのだとしたら、 帰ってくることができるかい。 正確にきみの家へ、 たどりつくことができるかい。 しかし、白い雪を見ていると、 帰らなくてもいいような気もまたして、 nobodyに出会うことがあったら、 どこへ帰ろうか。 (深く考える必要のないことだろうか。)」 詩を読み直して、でたらめなことを考えました。映画のウィリアム・ブレイクですが、彼はアメリカの西部の荒野でNobodyと出会って、しようがないからピストルを撃ったり、馬に乗ったり、海の向こうに何があるのか知らないけれど、最後は、カヌーに乗せられて海に出て行っってしまいます。ウィリアム・ブレイクである彼は、たぶん、最初からDead Manだったし、友だちはNobodyだけだったんです。 で、結局、帰る家もないし、帰る道もわからなかったし、だから、彼がNobodyと出会ったことはジャームッシュが映画に撮るしかなかったのでしょうね。映画にはアメリカが見えていたような気はするのですが、そこが、本当はどこなのかわかりませんでした。 さみしくて、不可解で、温かい映画でした。だって、友だちのNobodyだけは、ずっといてくれたし、見送ってくれたのですから。そう、Nobodyが、ずっと横にいてくれたんです。なんだか、そのアイロニーがすごい。やっぱりこの映画はジャームッシュに拍手!でした。 まあ、それにしても、何が言いたいのかわからない感想で申し訳ありません。要するに、わからなかったってことでしょうね。この監督の作品には、「浸る」しかない感じですね。まあ、それが実にいい気持ちなんですが。監督 ジム・ジャームッシュ製作 ディミートラ・J・マクブライド脚本 ジム・ジャームッシュ撮影 ロビー・ミュラー美術 ボブ・ジンビッキ編集 ジェイ・ラビノウィッツ音楽 ニール・ヤングキャストジョニー・デップ(ウィリアム・ブレイク・会計士)ゲイリー・ファーマー(ノーボディ・ネイティブ・インディアン)ランス・ヘンリクセン(殺し屋)マイケル・ウィンコット(殺し屋)ユージン・バード(殺し屋)ミリー・アビタル(セル・ラッセル花売り娘)クリスピン・グローバーイギー・ポップビリー・ボブ・ソーントンジャレッド・ハリスガブリエル・バーンジョン・ハートアルフレッド・モリーナロバート・ミッチャム1995年・121分・PG12・アメリカ原題「Dead Man」2021・08・13‐no75シネ・リーブル神戸no118
2021.09.19
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マリヤム・トゥザニ「モロッコ、彼女たちの朝」シネ・リーブル神戸 北アフリカ、モロッコ、その名前を聞けば、もうそれだけで心が躍る町カサブランカ、アラビアンナイトのドアに印をつける物語を彷彿とさせるメディナ(下町)の路地が映り、重そうな木のドアが次々と映し出されます。 街角のドアの前に座りこみ、やがて、再び立ち上がってヨタヨタと歩きはじめる女性は身重で、ほとんど臨月を思わせる大きなおなかを抱えています。 見知らぬ家のドアの前に立ち、仕事を乞う身重の女サミア(ニスリン・エラディ)に、ドアの向こうの人びとは迷惑そうな顔をしながらも、彼女とおなかの中の子供の幸運を祈る言葉を口にしてドアを閉めます。 夫に先立たれ、小学生でしょうか、幼い娘ワルダを育てながら小さなパン屋を営むことで生計をたてているアブラ(ルブナ・アザバル)は、カーテンの隙間から、街角に座りこむ身重の女を見ています。 そんなシーンから始まった映画は、二人の女、サミアとアブラの出会いを描き、やがて、新しく「アダム」という名を与えられた赤ん坊とサミアが、アブラとその娘ワルダのもとから、ドアを開け出発するシーンで終わります。 人が人と出会うとはどういうことなのか。人間が人間を励ますとはどうすることなのか。女性が子供を身ごもるとはどういうことなのか。子どもを生むとは、子供を育てるとは、畳みかけてくる難問とは裏腹に、とてつもなく美しい映像が目の前に広がります。 ありきたりな言い草ですが、フェルメールの絵を彷彿とさせる、灯りがどこから差し込んでくるわからない部屋の少し暗い光の中で、パン生地を練り小麦粉を篩う女性たちの美しさは、そこにこそ物語があるのですが、物語など知らぬとでも言いたげな風情で、人間が生きていることの美しさを描き出していました。 一人の女の生き方が、もう一人の、追いつめられている女を励まし、「女手一つ」で育てられている一人の少女の笑顔がこの世から捨てられかかっていた赤ん坊の命を救うという、奇跡のように美しい作品でした。 人のいい粉屋の男は登場しますが、それぞれの女がそれぞれの生き方を自ら選び取っていく姿を描いた堂々たる作品だと思いました。 カサブランカの下町メディナの独特の迷路と閉ざされた扉、そして群衆が、映画が最初からさしだしている難問を暗示しているのですが、フェルメールの絵のように、光はどこかから、そっと差し込んでいて、「希望」を感じさせ続けていたふしぎな作品でしたが、そうした「物語」の作り方に加えて、室内の調度や装飾、パン作りの小道具にマリヤム・トゥザニという女性監督のセンスの良さが印象に残りました。 とてつもなく不愛想な顔で押し通しながら、ふとゆるんだ表情が、異様に美しいルブナ・アザバル、本当に妊娠して出産しているのではと思わせるニスリン・エラディという二人の女優さんの演技と、文句なく愛くるしいワルダを演じた少女に拍手!拍手!監督 マリヤム・トゥザニ製作 ナビル・アユチ脚本 マリヤム・トゥザニ ナビル・アユチ撮影 ビルジニー・スルデーキャストルブナ・アザバル(アブラ)ニスリン・エラディ(サミア)2019年製作・101分・G・モロッコ・フランス・ベルギー合作原題「Adam」2021・09・20‐no85シネ・リーブル神戸no120
2021.09.23
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ワン・ルイ「大地と白い雲」シネ・リーブル神戸 もう二十年ほども前のことですが、内モンゴル自治区の省都フフホトに、もちろんボランティアですが、臨時の日本語教員として数日間滞在したことが、何度かあります。ぼくの唯一の外国体験ですが、その時教室で出会った19歳の少女に出身地をたずねたところ、教室の後ろの壁に貼ってあった世界地図を指さして、笑顔で答えてくれました。「家族は、夏の今頃はこのあたりにいるはずです。フルンボイル草原です。知っていますか?満州里からバスに乗って半日くらいです。」「あなたは、この学校で日本語を勉強してどうしたいと考えているの?」「日本語検定をとって、日本に留学します。」 この映画の主人公を演じているタナという女優さんを見ていて、名前も忘れてしまった、その少女のことを思い出しました。どことなく似ているのです。 映画にはフルンボイル草原の大地と空が、始めから終わりまで、ずっと映っていました。草原を出ていきたい夫とここで暮らすという妻という若い夫婦の「生きていく場所」をめぐる争いというか、葛藤というか、が、「現代の出来事」として描かれていました。 面白いのは、草原のパオの中にスマホのためのWi-Fiを取り付け、互いに、顔を映しあうトランシーバーごっこするシーンでした。地の果ての草原にも「現代」が押し寄せているのです。 それにしても、馬が走り羊が群れている草原のシーン「速さ」や「勢い」、空や草原や湖の遠景の「広さ」が、人間の営みの「小ささ」を映し続けているのが印象的でした。これが「自然」なんです。 ぼく自身、もっと南の草原で、あの「遠さ」や「広さ」、「自然」の中に立ったことがあります。この映画が映し出す風景は、その記憶を超える「遠さ」、「広さ」だと思いましたが、果たして、暮らしていく場所として「そこ」にとどまり続けることができるのかどうか、考えさせられました。 「近さ」を人工的な道具に頼ることで作り出している現代社会の果てにある「そこ」にとどまるには、生半可ではない「意志」がいることを若い妻サロールの姿に感じながら、あの少女のことを思い出しました。 「日本に留学します」と、あの時、明るく笑ったあの少女は故郷に帰ったのでしょうか。監督 ワン・ルイ脚本 チェン・ピンキャストジリムトゥ(チョクト・夫)タナ(サロール・妻)ゲリルナスンイリチチナリトゥチナリトゥハスチチゲハスチチゲ2019年・111分・G・中国原題「白雲之下」 英題「Chaogtu with Sarula(チョクトとサロール)」2021・09・27‐no87シネ・リーブル神戸no121
2021.09.30
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タル・ベーラ「ファミリー・ネスト」元町映画館 「タル・ベーラ前夜」という企画の二本目でした。1977年の作品で、タル・ベーラ監督のデビュー作だそうです。題名は「ファミリー・ネスト」です。 街角を歩いている女性が電車に乗り、やがて仕事場らしきところにやってきて、白い上着を着て働き始めます。ソーセージを作っている作業場のようです。彼女は夫が徴兵(?)で従軍のあいだ、その実家に幼い娘とともに夫の両親と暮らしているイレン(ラーツ・イレン)という女性です。 映画はイレン、娘、義父(クン・ガーボル)、義母(クン・ガーボルネー)、軍務から帰ってきた夫ラツィ(ホルバート・ラースロー)、そして夫の弟という、同じアパートに住んでいる「家族」の物語でした。 この映画が撮られた当時のハンガリーの首都、ブダペストの住宅難を反映した作品だというチラシの解説がありましたが、ウサギ小屋と揶揄された1960年代から1980年代の日本の住宅事情だって、似たり寄ったりで、その狭い住居の暮らしの様子に違和感はありませんでした。 しかし、映画の始まりのころに映し出される夕食のシーンをみながら、だんだん息苦しいほどの、違和感が広がっていきました。 その日、イレンが連れ帰ってきた職場の同僚である女性が座り、そこに任務を解かれて帰宅した夫が登場する、というシーンです。そこでは普通(?)予想される一家団欒の温かさはかけらも描写されません。延々と続く義父の「暴言」にはじまり、家族たち相互の歯に衣着せぬ発言のあからさまさ、それに加えて次のシーンでは、女性を送って外に出た夫と弟による、妻の友人である初対面の女性に対する異様な暴行シーン。それに続くのがその暴力をふるった男と振るわれた女のなれ合い様子。その後、深夜に帰宅した夫が妻のベッドに入っていくという、チグハグでなにが起こっているのか理解できないようなシーンが次々と映し出されていきます。「いったい、これは、なんなんだ?」 そうつぶやくしかない出来事の連鎖でした。それぞれの人間に、異様な反道徳性が割り振られている印象です。この後も、見ていて理解しきれないことが続くのですが、結果的に「ファミリー」という、本来、一番平和的な社会の単位が、単位個々の心中に充満する憎悪や猜疑心によって、実はすでに壊れているという印象が画面を覆っていきます。 別にそこから「殺人事件の謎を解く」といったようなミステリアスな出来事が起きたりするわけではありません。ただ、何とも言えない息苦しさがあらゆるシーンに漂い、やがて映画は終わりました。 タル・ベーラという映像作家の「人間の実相に対する悪意」 とでもいうべき疑い、不信が、かなり率直に映像化された作品だと思いました。 シマクマ君は「サタン・タンゴ」という長大な作品のわからなさをなんとかしたくて、今回の特集を見始めましたが、「ダムネーション」といい、この「ファミリー・ネスト」といい闇は深まるばかりです。見ていて、どんどん気が重くなっていくのです。 人間の中にある「悪意」や「反道徳性」の芽をデフォルメし、クローズアップすればこのフィルムのようになることに異論はありません。しかし、ほとんどホラー化したその世界を見てどうすればいいのでしょう。 ほんとど最後の頃のシーンですが、義父が酒場で女性を口説くシーンがあります。そのシーンなどは、ホラーを通り越して喜劇的です。しかい、なんだか気が重くて笑う気になりませんでした。 若き日のタル・ベーラの習作というべき作品だと思いますが、ある種、異様な徹底性が記憶に残りました。そこが、タル・ベーラなのかもしれません。 というわけで、「とことん」まで描こうとするタル・ベーラ監督に拍手!なのですが、この年になってみる映画ではないのかもしれないとも思いました。それにしても、やっぱり、疲れました(笑)。監督 タル・ベーラ脚本 タル・ベーラ撮影 パプ・フェレンツ編集 コルニシュ・アンナ音楽 スレーニ・サボルチ トルチュバイ・ラースロー モーリツ・ミハーイキャストラーツ・イレン(イレン)ホルバート・ラースロー(ラツィ)クン・ガーボル(ラツィの父)クン・ガーボルネー(ラツィの母)1977年・105分・モノクロ・ハンガリー原題「Csaladi tuzfeszek」2022・03・09-no32・元町映画館(no113) 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2022.03.14
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