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藤原新也
は写真家だが、著述家としても活躍。写真集以外の著書も数多い。
この 2
冊は単行本だが、大半は文庫になったらというスタンスで、何冊か読んだ。多くは写真を所々に差し挟んだエッセイ集だが、写真はむろん、文章もうまい。
ちなみに著者は東京藝大の美術学部絵画科油画専攻中退、とのこと。写真を見ると何となくそれもわかる。
その 藤原新也
が 1998
年に出した初の小説が 『ディングルの入江』
。その写真版として同時に出たのが 『風のフリュート』
。
だから 『風のフリュート』
は写真集ということになる。 『風のフリュート』
には、写真と写真の間に 『ディングルの入江』
からの抜粋が差し挟まれる。
小説の舞台になったアイルランドの、おそらくデイングルその他の土地で、風がフリュート (
フルート )
のように鳴り響く中、撮影された 72
葉の写真。表紙とは別に、その中からいくらかを掲げてみるのでご覧いただきたい (
著作権とかは大丈夫かな )
。
見事だと思う。そう感じるのは、きっと私の中の 「アイルランド」
に近いイメージがそこにあるからだ。
荒々しい自然と、そこで暮らす人々、その両者が互いに侵食し、現実と幻想が共存し、いくつかは消え失せいくつかは新たに生まれる。それらが光と影によって刻まれた記録とでも言えばいいか。
今回この写真を見て、妙な既視感を覚えた。むろん一度この本の写真を眺め、文章を読んだのだから当たり前なのだが、もっと以前から頭蓋のどこかにこんな光景が残っていた気がしたのだ。
案の定、話の結構も展開もすっかり忘れてしまっていた 『ディングルの入江』
も読み直そうかとも思ったのだが、 300
ページのうち 100
ページほどを読んだところで断念した。根性がないのが残念だが仕方ない。
小説は読みやすいが、小説として特別に印象や記憶に残っていたわけではない。
東京の路上でブルースハープを吹いていた、 3
つ年上の アイルランド人
ケイン
と知り合った 「私」
が、 6
年後、東京の 「私」
の部屋に当時彼が忘れていった懐中時計をもって、撮影の帰り (
主人公は著者と同じく写真家の設定 )
アイルランド
に立ち寄り、そこで ケイン
に再会するところから小説は始まる。
二人に加え、 ケイン
の懐中時計の蓋の裏に張り付けられた写真の女性 プーカ
が重要な登場人物になる。
プーカ
は画家。 ケインとプーカ
はかつて一緒に暮らし、それから分かれた。 100
ページまででは、 「私」
が プーカ
の暮らす人里離れた場所にたどりつき、彼女の制作した絵画や版画を観るところまで。 プーカ
の家からは彼女の生まれた ブラスケット島
が遠くに見える。
途中までの感想ではあるが、小説としてはいくぶん説明しすぎる嫌いがあるように思った。小説というよりエッセイとしてなら感想はまたかなり違っただろう。当地の自然や人の暮らしの描写には興味をそそられるところがいくつかあった。いずれにしろ、この際だから最後までもう一度読んでみようと思う。
著者はその小説の「あとがき」で、『島』を書いてみたいと考えてこの小説を書いたと述べている。それはアイルランドであろうとどこであろうとよかったと。
ヒトの深部に眠る無意識の海にその『島』が手で触れられるように浮かび上がってくれればそれはどこでもよかったのだ。書き終えてのちも、その島の暗喩するもののすべて見えてきたというわけでもない。ただその島はこの二十年の旅の中 ( 引用者注:写真家の、インドから始まりその二十年目にアメリカを旅するまでの期間 ) で次々と無残な喪失を眼前にさらしつづけていったことだけは、私はよく知っている。
『島』
は海によって、陸から隔てられている。隔離されている。島にいる限り、海や海の向こうは見なくともさして困らない。グローバリゼーションの時代であったとしても。
「隔離」されることがことさら求められるこの時代において、私たちが失ったものを、海や海の向こうを、そして見過ごしがちな足許を見やりながらもう一度考えてみたいと思った。 『風のフリュート』
にはそれが写り込んでいるかもしれない。
最後に、この 2
冊を読んだあとにちょっとした 「後日談」
的な出来事があったので追記しておく。
当時、勤務していた進学塾の、生徒ないし保護者向けの配布物のコラム記事として読書感想文的な小文を頼まれて、この 2
冊 (
『ディングルの入江』
だけだったかも )
について書いたら、少ししてある生徒から 「これ、書いたのはどなたですか」
と問われた。 「いや、実は私です」
と答えたら、何日か後、その生徒が一冊の本を手にやってきた。
本は 『ディングルの入江』
で、表紙を開くと次の 「見返し」
に、私の名前と日付、著者の名前が写真のように結構な達筆で記されていた。驚いて話を聞くと、お父さんが著者の 藤原新也さん
と知り合いで、私の書いたものを目にして藤原さんに頼んでくれたようなのだ。お父さんは、東京都写真美術館にお勤めだと生徒は話していた。
ここでお礼を言っても詮ないことではあるが、改めて感謝申し上げます。
なんだかんだで長くなってしまった。
皆さん、遅くなりました。では、DEGUTIさん、次回、お願いします。
(T・KOBAYASI 2020・06・16)
追記2024・01・20
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