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10月13日(月)、ワシントンDC 4日目。この日は午後アムトラックでニューヨークへ移動するため、観光できるのは午前中のみ。バージニア州側にあり、ホテルから地下鉄で1駅のアーリントン国立墓地へ向かう。 <アーリントン国立墓地 Arlington National Cemetery> アメリカ建国以来、数々の戦争で戦死した市民やアメリカの国民的英雄など 26万人が埋葬されている国立の墓地。 宗派は関係なく葬られている。 年間約7,000人が埋葬されるニューヨーク州のカルバート国立墓地に 次いで全米で2番目の大きさを誇る。 年間400万人もの人が訪れる全米で最も有名な墓地。 アーリントンで眠る人々 ウィリアム・H・タフト: 第27代大統領、最高裁判所長官 ディック・スコピー、マイケル・スミス: 1986年スペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故で亡くなった宇宙飛行士 ジョー・ルイス: ボクシング・ヘビー級世界チャンピオン ジョン・F・ケネディ、ジャクリーン夫人: ダラスで暗殺された第35代大統領とその妻 ロバート・ケネディ: ジョン・F・ケネディの弟 ピエール・ランファン: ワシントンDCの首都設計者墓地のエントランスオープンは、8:00~17:00。女性軍部従事者記念碑ビジターセンターの建物を通り抜けると一面に同じ形の墓石のお墓が並んでいる。一番先に向かったのは、ジョン・F・ケネディ&ジャクリーン夫人のお墓。エントランスから比較的近い場所にある。第35代大統領ジョン・F・ケネディは、1963年11月22日テキサス州ダラスでのパレード中、多くの一般市民が見守る中で狙撃され、46年の短い生涯を閉じた伝説の大統領。凶弾に倒れた3日後、アーリントン墓地に遺体が埋葬され、未亡人となったジャクリーンによって永遠の炎が燃やされた。その炎はケネディの墓石の後方に今もなお燃え続けている。彼の故郷マサチューセッツ州ケープコッドから採石された墓石には、十字架(ケネディはカトリック信徒)と"John Fitszerald Kennedy 1917-1963"と刻まれている。1994年からは夫人のジャクリーン・ケネディ・オナシスも隣に永眠している。ケネディのお墓の入口には、"Silence and Respect"という文字があり、自然と気分が引き締まる。ケネディと私の誕生日は、同じ5月29日。私が生まれる前にケネディは亡くなっているが、伝説の大統領は大変気になる存在だ。ワシントンDCに来たからには、是非お墓参りがしたかった。ジャクリーン夫人は後にギリシャ人の海運王アリストテレス・オナシスと再婚しているが、ケネディとは離婚ではなく死別のためこの場所に埋葬されたとのこと。時間はまだ早く午前9時過ぎだったが、もう既にこんなにたくさんの人がケネディのお墓に訪れていた。丘の上に建つのはアーリントンハウス。ジョン・F・ケネディのお墓のすぐ近くに弟ロバート・ケネディのお墓がある。次に小高い丘の上に建つアーリントンハウスへ向かう。その途中には、様々な形状の墓石が見られ、ワシントン記念塔のような形のものもある。故人の個性の表れだろうか?アーリントンハウスギリシャ復古調の屋敷で、南北戦争の英雄ロバート・E・リー将軍の邸宅。家の中には実際にリー一家が使った家具などがその当時のままに再現されている。アーリントンハウスからは眺めがよく、眼下にモールの国会議事堂、ワシントン記念塔、リンカーン記念館、ポトマック川を見下ろすことができる。左下に人が集まっているが、そこはジョン・F・ケネディのお墓。アーリントンハウスの丘には、ワシントンDCの首都設計者であるフランス生まれのアメリカの建築家ピエール・C・ランファンのお墓がある。ランファンはジョージ・ワシントン初代大統領から新都市設計担当者に指名されたが、仕事の強引さと一途な職人気質により1年足らずで解任された。その後も、仕事に唯我独尊的な態度を貫き、トラブルが多く、失意に満ちた晩年を送ったという。しかし、死後、彼の功績は認められてアーリントン国立墓地に埋葬され、お墓の上には記念碑が置かれると共に栄誉を授かった。彼のお墓はケネディよりも高い場所(アーリントン墓地の中でも一等地)にあり、それはアメリカ政府のランファンに対する敬意の表れのように思う。ランファンは、自分の設計した世界に誇れる美しい都市ワシントンDCを見下ろしながら永眠している。 この後、ホテルに戻りチェックアウト。アムトラックの発着駅であるユニオン駅へタクシーで向かった << to be continued... >>
2008年11月30日
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今年も残り1ヶ月ちょっと。12月にシンガポール出張の予定が入っていたが、先方の都合により中止となったため、今年の海外行きはこれ以降なくなった。そこで、昨年のお盆休みに洗い出した海外渡航国&都市の記録を2008年末時点のバージョンに更新した。昨年夏以降に訪問した都市は赤字で示し、過去に複数回数訪れた国・都市は思い出せる限りカッコ()で回数を付け加えてみた。<北アメリカ> アメリカ合衆国 ニューヨーク(7)、ボストン、ワシントンDC、オーランド(2)、キーウエスト、 サンフランシスコ(4)、ヨセミテ、ロサンゼルス、サンディエゴ、 ラスベガス(3)、グランドキャニオン(2)、モニュメントバレー、 ウィスコンシン州<母のいとこが約40年在住> カナダ バンクーバー、カナディアンロッキー、ナイアガラ <ヨーロッパ> イングランド ロンドン(3)、オックスフォード(2)、ストラトフォード・アポン・エイボン(2)、 ケンブリッジ、バース、チェスター、湖水地方 スコットランド エジンバラ フランス パリ(3)、ベルサイユ、モンサンミッシェル、ロワール地方 イタリア ローマ(2)、フィレンツェ、アッシジ、ベニス、ベローナ、ミラノ スペイン マドリード、トレド、バルセロナ、コルドバ、グラナダ、セビリア、ミハス、 コスタ・デル・ソル、ラマンチャ地方 ドイツ ミュンヘン、ノイシュヴァンシュタイン城、ロマンチック街道 オーストリア ウィーン、ザルツブルク オランダ アムステルダム ベルギー ブリュッセル、ブルージュ<オセアニア> オーストラリア シドニー、ブリスベン、ゴールドコースト、パース ニュージーランド クライストチャーチ、クイーンズタウン、ミルフォードサウンド、オークランド<アジア> 韓国 ソウル(5) 中国 上海(2)、香港(3) シンガポール(4) タイ バンコク(3) マレーシア クアラルンプール ベトナム ホーチミン インドネシア バリ インド デリー、南西部<ミクロネシア> グアム サイパン昨年夏以降、新たに訪れた国はない。都市については、ボストンとワシントンDCに初訪問。気に入った都市に複数回数出かけるクセがあるので訪問国はそれほど多くない。今年は、旅行2回(ソウル、NY&ワシントンDC)、出張1回(香港)、計3回と海外渡航の少ない年であった。よく聞かれる海外渡航回数については、ずっと知りたいと思いつつ記憶をたどって思い出せるほど簡単ではないので未だわからず・・・パスポートのスタンプ記録から洗い出すしかないかな?
2008年11月28日
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エステ三昧だった勤労感謝の日コスメのお買物もしてきたシェービングエステサロンの隣に売場があるロクシタン11月20日に5種類発売されたローズクリスマス限定キットからフルセットを。まだ在庫のあるアイテムもあり、単品で何点か買おうかとも思ったが専用のボックスに入ったこの豪華なキットに心が傾いた「明日をバラ色に変えるセレクト」というフレーズにも惹かれたローズ クイーンセレクションローズ ペタルリップグロス 15ml (現品)ローズ バスパウダー 250g (現品) NEWローズ パーレセントシャンプー 250ml (現品) NEWローズ パーレセントコンディショナー 250ml (現品) NEWローズ シャワージェル 250ml (現品)ローズ パーレセントボディクリーム 75mlローズ ベルベットハンドクリーム 75ml (現品)ロクシタンらしい可愛い絵柄のしっかりとしたボックスに入っている。ショップの紙袋もこの赤いクリスマスシーズン柄に変わっていた毎年クリスマスシーズン恒例のロクシタンのローズ。女性らしく上品な香りのローズのアイテム一式が手に入る、年末の楽しみだ今回は、シャンプー&コンディショナー、バスパウダーが新発売になりラインに幅が広がった。香りを楽しみながら使いたい。¥15,750以上購入のプレゼントは来年のオリジナル卓上カレンダー。1月:シア、2月:さくら、3月:イモーテル・・・と各月ロクシタンの自然素材の絵柄が入っている。オフィスのデスクで毎日目にするカレンダーがロクシタンだと嬉しいそしてもう1点、デパートの売場を偶然通りかかって見つけたカネボウ・ルナソル シャイニングフェースカラークリスマスらしいキラキラ光る粒子の入ったパウダーだ。顔全体につけてもいいし、目の下から頬の高い部分にかけてハイライトとして使ってもいいとのこと。ケースの下部がパウダー、上部にはブラシが入っている。キラキラしているのがわかりますか?メイクアップカウンターでつけてもらったが、肌の色が明るくなりくすみもカバーされるように感じた。色白な私に色味もピッタリだった。そして、何といってもポイントなのがオフィスにものほどよいキラキラ加減迷わず、お買い上げとなった
2008年11月27日
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昨日23日は勤労感謝の日「いつもお仕事お疲れ様!」と自分へのご褒美というというわけではないのだが、エステ三昧の一日になった。まず、シェービングエステ9月に初体験して以来、約2ヶ月ぶり。シェービング直後は、お肌がなめらかになりお化粧ののりもよくなったがさすがに2ヶ月経つと肌のごわつきが感じられるようになり、眉の形も不揃いになって気になるように・・・そこで、前回と同じサロンで同じスタンダードトリートメントコース(シェービング&眉カットにフェイシャルマッサージがセットになったコース)をお願いした。施術室は照明が落とされ、茶系の落ち着いたインテリアエスティシャンは前回と違う方だったが今回の方がフェイシャルマッサージの力加減が強めでよかったように思う。再びなめらかなお肌に戻った技術の確かさに加えて、施術室やメイクアップカウンターの雰囲気に癒され、従業員の対応の良いサロン。またリピートしたいシェービングエステの次は・・・ネイルサロンでバイオジェルこちらも久しぶり。8月上旬のシルバーラメグラデーション以来だ。今回もラメグラーデンションでカラーはピンクパープルを。微妙に色合いや大きさの異なる何種類かのラメが一緒に入っているものを担当のネイリストさんからすすめられた。最近入荷したラメとのこと。ラメは何色かミックスしてのせてもらうこともできるが、こういうコンビネーションものは初めてだ。アートはシンプルに左右の薬指に大・中・小のクリスタルのストーンを3粒ずつ。ピンク系はどうしてもかわいらしい感じになるが、これくらいなら許容範囲かしら?次回は4週間後でクリスマスネイルの時期混み合う時期なので早めに予約を入れてサロンを後にした。お肌と爪が整い、コスメのお買物もして、自分自身へ日頃の労をねぎらうことができた勤労感謝の日だったコスメのお買物については次回・・・
2008年11月24日
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ホワイトハウスを後にして向かったのは、ワシントンDC西部に位置するジョージタウン。ジョージタウンには地下鉄は通っていないが、DC中心部からサーキュレーターというバスまたは市バスでアクセスすることができる。サーキュレーターを利用したところ、少々道路は混雑していたがホワイトハウス付近から20分ほどでジョージタウンの中心部に到着した。赤×白の車体のサーキュレーター <ジョージタウン Georgetown> ジョージタウンは、建国前タバコ流通の港として栄えた町で、ポトマック湖畔 にはタバコの運搬船が何隻も往来していた。 18世紀後半にジョージタウン大学が設立され、現在は学生街として賑わっている。 レンガ造りの可愛らしい家並みが続き、ワシントンDCと大きくイメージの異なる地域。 アメリカ東部らしい街並みが残り、それはまるでヨーロッパの小さな町のよう。 歴史を感じさせる家々、粋なディスプレイのブティック、フランス風のカフェ、 石畳の小道など、ノスタルジックな気分に浸れる場所。 ワシントンDCよりも治安の良いエリアと言われている。最初に向かったのは・・・ジョージタウン大学 Georgetown University1789年にカトリック司教ジョン・キャロルによってアメリカ初のカトリック大学として創設された。ヨーロッパの古城を彷彿とさせる大建築のヒーリー館。アメリカで最初に博士号を修得した黒人のパトリック・ヒーリーにちなんで名づけられた。ヒーリー館の前に立つ座像はジョン・キャロル。時間は17時過ぎ。西日が強く、うまく写真が撮れなかった。歴史を感じさせる石造りの風格ある建物。こんな大学で学んでみたいジョージタウン大学の周辺は閑静な住宅街で「こんなおうちに住んでみたい」と思える可愛らしい家が並んでいるジョージタウン大学から町の中心部に向かう途中にあったエクソシストの階段映画「エクソシスト」がワシントンDCで撮影されたということ、知らなかったホラー映画大好きの私だが、だいぶ前の映画なのでどのシーンか思い出せない・・・。ショップやレストラン、カフェが軒を連ねる最も賑やかなM St.を散策可愛らしい街並みオールドストーンハウスアメリカ建国以前のイギリス植民地だった1766年に建てられた中産階級の典型的な家。ワシントンDCで植民地時代から現存している唯一の家でもある。お金持ちの豪邸などはよく保存され公開されているが、現存する中産階級の家としては非常に珍しいとのこと。内部が公開されているが、17時を過ぎていたためクローズしていた。ジョージタウンパークDC市内最大のショッピングモール。かつてここは荷揚げ倉庫であった。ジョージタウンの街並みをそのまま活かしたレンガ造りの建物の中には約100のテナントが入っている。外観からはショッピングモールとは思えない。内装はビクトリア様式。3階分に相当する吹き抜けには太陽の光が差し込む。中庭には緑があり、地元の音楽家によるクラシック演奏も定期的に行われている。H&M、Ann Taylor、J.Crew、Victoria's Secretなどが入っていた。この日のディナーはジョージタウンで。前日に食べられなかったワシントンDC名物のクラブケーキ Crab Cakeを目的に評判の良いシーフードレストランに行ってみたが残念ながらクローズしていた。そこで見つけたのが、バーを備えたカントリー調のカジュアルな雰囲気のレストラン。ビールは東海岸の定番、サミュエル・アダムス食事はお目当てのクラブケーキサンドをオーダー。手前の下部のバンズの上に乗っているちょっと焦げているのがクラブケーキ。肉厚のカニのほぐし身のハンバーグである。タルタルソースを付けていただく。向こう側、上部のバンズの下にはコールスローサラダ。フライドポテトはカリッと揚がっていて美味しいのだが、どのレストランでも量が多すぎて全部は食べきれない。もったいないと思いつつも残してしまう。ワシントンDCで「これだけは食べたい!」と思っていたクラブケーキ。カニの素材と風味が活かされてあっさりとしたお味。少し酸味がきいていた。美味しゅうございましたこの他、ジョージタウンには、ジョン・F・ケネディが上院議員時代に住んだ家やケネディ暗殺後にホワイトハウスを出たジャクリーン・ケネディが住んだ家、津田梅子(のちに津田塾大学となる女子英学塾の創設者)がホームステイをしていた家などもある。ワシントンDCの中でも雰囲気が異なるエリアで、ショップやレストラン、カフェが多く、街並みも可愛いので散策にオススメである。アメリカの大学巡りが趣味の私・・・夕刻になってしまったが、歴史あるジョージタウン大学を訪れることができてよかった。昨年訪れたボストンもそうだが、東海岸には『名門』と呼ばれる有名大学が集まっている。この日もよく歩いた << to be continued... >>
2008年11月22日
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フォード劇場の次は、ワシントンDCで外せない観光スポットであるホワイトハウスへ優先順位としては一番最初に訪れるべき場所だったが、初日にワシントン記念塔入場の予定を入れてしまったためモールの観光が先になってしまった。フォード劇場より西方向へ徒歩10分ほどの所にある。ホワイトハウスの東隣にある財務省 <ホワイトハウス White House> アメリカ合衆国大統領の官邸。 「ホワイトハウス」というのは俗称で、正式には"President's House" または"President's Palace"という。 建物が白砂岩で造られているところから「ホワイトハウス」と呼ばれている。 初代大統領のジョージ・ワシントン以外、2代目のジョン・アダムスから 43代のジョージ・ブッシュまで、歴代合衆国大統領が200年近くにわたって 住み続け、ここで公務を執り、数々の歴史的な決断がなされてきた。 現在、3階建ての官邸には全部で132の部屋がある。 大統領家族のプライベートルームは2階部分。 かつては一般公開されていたが、2001年9月の同時多発テロ以降、 残念ながら一般の観光客は見学ができない。まず、モール側、南向きに面する庭園側から。大統領執務室はこちら側にある。ズームで撮影すると良く手入れされた広い庭園は何坪くらいあるのだろう?大統領はこの庭園を散歩したり、この庭園を眺めながら公務を執ったりしているのだろうか?と色々思いを巡らせてしまった。庭園からはワシントン記念塔がほぼ正面に見える。次に、ホワイトハウスの外周をぐるっとまわって北側の正面玄関側へ。庭園側からと正面玄関側から、それぞれ表情が異なる。たくさんの観光客が訪れていた。銃を抱えた警察官が大統領官邸を守り、セキュリティが厳しい。広い敷地内、周囲を緑に囲まれた真っ白な御殿のような建物には大統領官邸らしい堂々とした威厳と風格が感じられた。今回のワシントンDC&NY旅行中(10月10日~20日)は大統領選挙運動の真っ只中で、街にはオバマ、マケイン両候補の等身大ボードが立っていたり、両氏のグッズが販売されているショップもあった。民主党予備選で敗れたヒラリー・クリントン氏も人気でグッズが一緒に並んでいた。街中で各氏の顔写真がプリントされた丸いアルミ製のバッジを胸につけて歩いている人を何人か見かけたが、これは自分が支持する候補の意思表示。ただ、オバマ氏のバッジを付けている人ばかりでマケイン氏を付けている人は一人も見かけなかった。選挙結果を暗示しているかのようであった。ワシントンDCの後訪れたNYでは、最後のTV討論会をLIVEで見ることができたまるで選挙権を持つアメリカ国民がどちらの候補に投票するかの最終決断を迫られているかのように、真剣に両候補の討論を聞いてしまった来年1月20日の就任式を経て、このホワイトハウスの主はオバマ大統領となる。オバマ氏のスピーチのうまさにはひきつけられる。大統領就任演説にも聞き入ってしまうことだろう。 << to be continued... >>
2008年11月20日
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初日午後から3日目お昼過ぎまで約2日間滞在したモールを後にして次に向かったのは前日ディナーで訪れたチャイナタウンよりも西の地域。目的地への途中、見覚えのある建物が目の前にそれは・・・"Xファイル"でおなじみのFBI本部(連邦捜査局)。東西南北の1ブロックを占める大変大きなどっしりとした建物。この写真は向かいの通りから撮ったが、だいぶ後方に下がっても建物全体を入れることはできなかった同時多発テロ前はツアーで一般公開されていたが、現在は休止中。目的地はFBI本部から1ブロック先のフォード劇場。フォード劇場は、南北戦争が終結して間もない1865年4月14日の夜10時過ぎ、観劇中の第16代大統領エイブラハム・リンカーンが狙撃、暗殺された場所。19世紀を代表する美しい劇場は、しばらくの間閉鎖されていたが、その後改装され、ミュージカルや芝居を上演する現役の劇場としてよみがえった。リンカーンの座っていたバルコニーは当時のままの姿で残されている。椅子は複製だが、それ以外のバルコニー部分は当時のまま。また、劇場の地下は博物館になっている。博物館に入ってみたかったが、残念ながら改装のためクローズしていた。リンカーンが狙撃された後、運び込まれたのは、フォード劇場の向かいにあるピーターセンハウスという宿屋。手当を受けたが、翌朝7時22分にそのかいなく息をきひとった。リンカーンが死亡した部屋がそのまま残されている。リンカーンが亡くなった場所であることを示すプレート。ピーターセンハウスは1896年に合衆国政府に買い取られている。2階の一番奥のこの部屋でリンカーンは亡くなった。ベッドは当時のものではないが、枕カバーはその時のもの。(当時のベッドはシカゴの博物館に展示されていると説明書きにあった。)リンカーンは長身でベッドが短かったため、斜めに寝かされ、その枕もとで治療にあたったリール医師は一晩中手を握っていたという。リンカーンは身長190cmほどあったという。確かにこの短いベッドではまっすぐ横になることはできなかったであろう。リンカーンを暗殺したのは、南部出身の中堅俳優であるブースという人物。南部諸州がズタズタにされたのはリンカーンのせいであり、リンカーンに天罰を与えることが自分に課せられた使命だと狂信していたようだ。南軍の全面降伏という形で迎えた戦争の終結に怒り狂い、暗殺計画を企てた。俳優であるがゆえに劇場への出入りもあやしまれることはなかったのだろう。ブースは暗殺前の何日間かピーターセンハウスに宿泊している。宿泊していたのは2階の一番奥の部屋。そう、リンカーンが亡くなった部屋である。何とも皮肉なめぐりあわせだ。フォード劇場とピーターセンハウスには次から次に観光客が訪れていてリンカーンの人気の高さが感じられた。この後、ワシントンDCで外すことのできない観光スポットに向かった << to be continued... >>
2008年11月18日
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篤姫の駕籠にお目にかかれなかったのはショックだったが、気を取り直して次は国立航空宇宙博物館へガラス張りのスタイリッシュな外観。そのガラスにモールの黄色く色づいた木々が映っている。 <国立航空宇宙博物館 National Air and Space Museum> 人類の夢と努力が成し遂げた科学技術の栄光の殿堂。 博物館最大の特色は、展示の実物は燃料を補給すればすぐにでも 稼働しうる状態で陳列されていること。 モールにある本館の他に、バージニア州ダレス空港近くに別館 「ウドバー・ハジー・センター」もある。 本館は、長さ208m、3階建て。 1、2階に展示スペースとIMAX劇場、プラネタリウム、3階には図書館、 管理研究部門がある。 毎年600万人もの人が訪れる、世界人気No.1の博物館である。モール側入口から入ると一番重要なホールであるマイルストン・オブ・フライトがある。飛行の一里塚と呼ばれるこのホールには、館の最重要コレクションが展示されている。人類史上さん然と輝く業績を成し遂げた飛行機、宇宙船、惑星探査機、ミサイルなど、特にしっかり見ておきたいホール。このホールに展示されている必見の展示物をいくつかご紹介月の石1972年12月19日、アポロ計画最後のミッションでアポロ17号がタウルス・リットロ地区から持ち帰った月の玄武岩。地球の岩に一部を埋め込んであり、誰でも触れられるようになっている。三角形の部分が月の石。混雑を予想していたが誰もいなくて、思う存分触ってきた。(笑)NY国連本部にも月の石が展示されていたが、触れることはできなかった。アポロ11号コマンドモジュールコロンビア1969年7月20日、人類は遂にアポロ11号によって長年の夢であった月に到達した、その時の指令船。内部まで見えるように透明なアクリルのケースに包まれている。スペース・シップ・ワン2005年秋からこのホールに展示されている。初めて人間を乗せて高度100km以上に達した有人宇宙船。次に各ホールへ。アポロの月への旅 ホール人類の最大の夢であり、かつ大事業であった月面着陸がいかに計画され、準備され、そして成し遂げられたかを理解できるホール。実際に月に到達した宇宙船や宇宙飛行士が着ていた宇宙服を見られるなんて・・・宇宙へのロマンに胸が膨らむホール。宇宙船宇宙服ライト兄弟特別展 ホールライト兄弟1903フライヤー1903年12月17日、キティホークの砂丘から飛び立った人類初の動力飛行機。人類の夢を実現した初の機体である。水冷4気筒、わずか12馬力の手作りエンジン、木製プロペラとそれを駆動するためのチェーン、トネリコやエゾマツで作った骨組みに当時の女性用下着用の布地のモスリンを張った翼、これらを結合させている鉄パイプ、補助翼を操舵するためのワイヤーで構成されている。この人類初の動力飛行からわずか66年で月に到達した。巨大技術への発展の礎になっている。人類初の飛行機はグライダーのような機体で想像していたよりも大きかった。第2次世界大戦の航空 ホール博物館の目玉のひとつで、第2次世界大戦へ参戦した各国のエース戦闘機が展示されている人気のホール。三菱零式艦上戦闘機52型 A6M5あまりにも有名な、日本が生みだした名戦闘機、ゼロ戦。あの有名なゼロ戦を初めてこの目で見た。世界的に人気の戦闘機らしく、写真を撮っている外国人が多かった。戦争で使用された戦闘機は貴重なものなのだろうが、それらが並んだ展示を見るのは何とも微妙な気持ちになった。航空輸送 ホール民間航空の発展のシンボル的な機体を展示しているホール。フォード・トライモーターコックピットを覗けるようになっている。大変人気で行列ができていた。ダグラスDC-31935年ダグラス社がDC-1、DC-2の基本デザインをワイドボディ化し、発展させてアメリカ大陸を横断する寝台旅客機として製造した革新的な旅客航空機。DC-3以前の旅客機は旅客輸送のみで利益を生み出すことができなかったが航空輸送業を儲かる産業にした歴史的旅客機。合計2万機近く製造され、世界中で使われ、現在でも飛び続けている。スペースレース ホール地下と1、2階が吹き抜けになった大ホールで、巨大なロケットが所狭しと並んでいる。アポロ・ソユーズ宇宙船1975年アメリカのアポロ、旧ソビエトのソユーズ両宇宙船はドッキングして両国の宇宙飛行士が共同で宇宙の研究観測を行ったが、その時の状態を再現している。冷たい戦争の当事者だった2大国が宇宙開発で手を結んだ歴史的な宇宙船館内にはIMAX劇場とプラネタリウムがあり、なんだか無性にプラネタリウムが見たくなった。小学生の時に渋谷で見て以来だ。アインシュタイン・プラネタリウムドイツ政府が寄贈したツァイス・モデルVI高性能投影装置が直径21mのドームスクリーンに描き出す世界。「ブラック・ホール」という題名のショーを見た。大人8.50ドル。約30分、宇宙空間に放り出された気分になったプラネタリウムは癒し効果満点だ。しばし休息し、足の疲れを取るにも好都合だった。航空宇宙博物館のミュージアムショップからのお持ち帰りはスミソニアン訪問の記念になる次の2点。スミソニアンモンキー全長62cm。長~い手と足の先にはマジックテープが付いていて、クローゼットの取っ手にぶら下げるとこんな感じ。お猿さんの表情も可愛いでしょ? キャラクタもの好きの私は、はるばるフロリダのウォルトディズニーワールドから1m以上ある大きなミッキーマウスのぬいぐるみを買って帰り母にあきれられたことがあった。このお猿さんも歓迎されないだろうと思っていたが、逆に気に入ってもらえて予想外だった。ミニリュックサック高さ12cmのミニミニサイズ。スミソニアン協会のロゴマークがプリントされている。リュックサックにぶら下げてアクセントとしたり、ポーチとして使ってもよさそう。「航空宇宙博物館」というと、専門的なイメージがあったが、難しい雰囲気はなく、テーマパークのような明るいムードにワクワクしてしまった。特に航空ファンではないが十分楽しめた世界人気No.1の博物館に輝くのがうなづける。もし興味のある人や専門知識のある人ならここは神殿だろう。他にも時間があったら見てみたい博物館・美術館があり、心残りだったが他にも必見の場所があるのでこれにてスミソニアン博物館見学は終了次回ワシントンDC訪問時の楽しみに取っておこう。次のスポットへ向かった << to be continued... >>
2008年11月15日
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10月12日(日)、ワシントンDC 3日目。今日も快晴6時起きだった前日と比べればゆっくり起床しホテルでバフェの朝食足の疲れはだいぶ取れたが、明日以降もあるので今日は無理をせずに行こう今日もスミソニアンへ向かうスミソニアン到着は各博物館の開館時刻に合わせて10時地下鉄スミソニアン駅を出て目の前にあるスミソニアン協会ビル(通称:キャッスル)へ。キャッスルはスミソニアンの情報センター。ワシントンDCだけでも15の博物館・美術館のあるスミソニアン。すべての博物館・美術館の情報収集と相談がここでできる。フランス・ノルマンディー地方の城郭に似たレンガ色の建物がキャッスル手前はホープトガーデンIndependence Ave.側よりモールでレンガ色の建物はキャッスルだけ。お城のようなのでよく目立つ。東洋風のホープトガーデンはよく手入れされている。モール側の入口モール側入口よりキャッスルに入ると、すぐ左にイギリスの科学者でありスミソニアン博物館の基礎を築いたジェームス・スミソンのお墓がある。お墓の後方には左右にアメリカとイギリスの国旗が。この方がジェームス・スミソンさん鉱物のスミソナイト(菱亜鉛鉱)はジェームス・スミソンの功績に因んで付けられた。スミソニアン協会はジェームス・スミソンの寄付した莫大な資財を基金として設立された。スミソンの遺言は「アメリカ合衆国に、スミソニアン協会の名のもと、人類の知識の普及と向上のために譲る」という内容であった。イギリス人であるスミソンが見たこともない国:アメリカに全財産を寄付した経緯には心にしみるストーリーがある。(詳細はこちら)科学者としての夢をアメリカに託して現在の日本の国家予算の3分の1に匹敵する額の寄付をしたスミソンはもちろん偉大だが、スミソンの遺志を継いでスミソニアン協会を世界一の博物館に作り上げ、無料で公開し、維持管理し、さらに規模を拡張し続けているアメリカという国も素晴らしいキャッスルの次に向かったのは、アーサー・M・サックラー・ギャラリー東洋と中近東美術を収蔵している。ここに立ち寄った目的は、9月下旬に報道があり、篤姫お輿入れ時の駕籠が所蔵されていると知ったからだ。(報道について、詳しくはこちら)所蔵されているといっても展示されているとは限らない。インフォメーションで駕籠の写真を見せて聞いてみたが、「ここには日本美術は置いていない。隣のフリーア・ギャラリーではないか?」と言われてしまった。予想外の返答に戸惑った疑うわけではないが、それほど大きな美術館ではないので館内を一周してみた。中国美術、ペルシャ美術は多数あるが、やはり日本美術は展示されていないそこで、地下1階からつながっているフリーア・ギャラリーに行ってみた。フリーア・ギャラリーはスミソニアン初の美術館として1923年にオープン。地中海から日本に及ぶ東洋美術と19世紀後半から20世紀前半のアメリカ美術を専門的に収集している。ここでもインフォメーションで聞いてみたが、篤姫の駕籠は展示されてない模様館内を一周し、「江戸時代の特別展」が開催されていたが、そこにもなかった。残念きっと駕籠は展示されずに保管庫に入っているのであろう。スミソニアンではお目にかかれなかった篤姫の駕籠だが、近々日本にやってきて江戸東京博物館で展示されることがわかった。期間は、2008年12月16日~2009年2月1日。所蔵されているワシントンDCの地では姿がなく、東京でお目にかかれるというのも変な感じだが、楽しみだ☆江戸東京博物館 特別展「珠玉の輿~江戸と乗物~」☆ ←アクセスはこちら << to be continued... >>
2008年11月13日
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ナショナルギャラリー彫刻庭園を後にして西側の隣にある国立自然史博物館に向かうモールでは17時に閉館する博物館が多いが、この自然史博物館は17:30まで。30分しかないが、どうしても1点だけ見たい展示物があり足を運んだ。 <国立自然史博物館 National Museum of Natural History> 正式には国立自然史博物館 / 国立人類博物館という。 スミソニアンで最も古い博物館の一つ。 テーマは地球。 博物館のコレクションは地球が誕生してから46億年間の間に自然界に 存在するすべての物を網羅しているといっていい。 所蔵するコレクションの数は、スミソニアン全体の95%に相当する 1億2600万点。 世界最大の博物館である。 自然史博物館の役割は、展示物を公開するだけではなく世界中に 600人の研究スタッフを抱え、多くの調査、研究活動が進められている。 入場は無料。(他のスミソニアン博物館も入場は無料) モール側の正面入口正面入口に到着したら、本日は20時までオープンしているとの看板が。3連休の土曜日なので時間を延長したのだろう。これなら時間を気にすることなくゆっくり見ることができるこちらはナショナルギャラリーと違い混雑してざわざわ。子供連れが多い。入口を入ると、そこは直径38mのホール(ロタンダ)になっていて巨大なアフリカゾウ Giant Bush Elephantが出迎えてくれる。1955年に捕獲されたもので、体長3.9m、体重8トン。これまで捕獲されたゾウの中で最大の大きさ。牙は本物ではなくグラスファイバー製。本物の象牙は重すぎて剥製が立っていられないためである。この博物館でどうしても見たかったもの・・・それは、2階の鉱物と宝石フロアーにある45.52カラットのブルーダイヤであるホープダイヤモンド Hope Diamond誰でもよく見えるようホープダイヤモンドの載った陳列台が決まった間隔で回転するようになっている。映画『タイタニック』のなかで引用されるなど、世界一有名なダイヤモンドといえる。45カラットものダイヤなんてあるんだ~と感心するほど本当に大きなダイヤモンド色がブルーなので控え目ながら存在感あるゴージャスな輝きを放っていた目の保養になった哺乳類のホール従来の剥製をジオラマの中に置く見せ方とは対照的に非常に躍動感あふれる展示方法。最新テクノロジーを駆使し、周囲にアフリカの映像が流れていたり、様々な動物の鳴き声も聞こえてくる。恐竜の化石の展示室8000万~6500万年前に生息した三角獣の恐竜であるトリケラトプス TriceratopsNYの自然史博物館にも恐竜の骨格の化石があり、そこで撮った写真を友人に見せたら「stephanieさん、恐竜というイメージがないですよ~。」と言われたことがあったが、実は恐竜好きでこういう博物館に来ると写真を撮らずにはいられないのだ予定の30分を上回り、1時間以上滞在してしまった自然史博物館は童心に帰って楽しめる。お腹がすいたので地下鉄でチャイナタウンにディナーに向かう。外にはきれいな夕焼け空が広がっていた。19:00過ぎに撮影。10月半ばでも日が長い。ボストンのシーフードレストラン"Legal Sea Foods"でワシントンDC名物のクラブケーキ Crab Cake(カニのほぐし身のハンバーグ)を食べたかったが、土曜の夜で混雑していて1時間待ちとのこと。クラブケーキは翌日食べることにして、地球の歩き方で口コミが良かった中華のお店に。「ワンタンスープ」と「シーフードやきそば」をオーダー美味しかった「やきそば」は英語で"fried noodle"だが、メニューには"chow mein"と書かれていた。やきそばの中国語(炒麺)の発音からきているようだ。勉強になった。アメリカでは日本人オーナーでない日本食レストランもあり、むしろ中華の方が味にハズレが少なかったりする。ディナー後、再び地下鉄でモールに戻り、地下鉄スミソニアン駅を出た所でモールの夜景をワシントン記念塔国会議事堂ワシントン記念塔の先にあるリンカーン記念館のライトアップもきれいだが、ここから15分程度歩かないと行けない。写真から見てもわかるように夜のモールは非常に暗い。治安面の不安がありあきらめた。ライトアップされて幻想的なワシントン記念塔と国会議事堂を遠くから見ることができただけでも満足であるこの日は朝7時過ぎにホテルを出て戻ったのは22時前。歩数は4万歩を超え、もう足が動かないというくらいまでよく歩いた4万歩は歩幅にもよるがだいたい20kmの距離に相当するらしい普段の通勤では1万歩も歩かないので、トレーニングもせずに急にこんなに歩いたら足も悲鳴をあげるはずだしかも前日から歩きっぱなしである。ホテルでは日本から持参した入浴剤を入れてお風呂でよく温まり、就寝前には自分で足のマッサージ。少しでも疲れが取れるよう足を心臓より高くして眠りについた。明日も晴れますようにおやすみなさい << to be continued... >>
2008年11月11日
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美術館で必ず立ち寄るミュージアムショップ。絵画のレプリカや書籍だけでなく、センスの良い雑貨や文房具が並んでいて見ているだけでも楽しい。ナショナルギャラリーからお持ち帰りしたのはコチラミュージアム画集(日本語版)Vol.8で写真をUPしたモネの「日本の橋」が表紙に使用されている。母も読めるようにと日本語版をチョイス。コルク粘土製のレプリカ絵画1cmほど厚みがある。そのまま壁に掛けられるのが良い。『薔薇 (1890)』 ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ『Giant Magnolias on a Blue Velvet Cloth (1890)』マーチン・ジョンソン・ヘーデ購入した2枚は、偶然にも同じ年(1890年)に描かれた作品であった。 イタリア製のミニカードセットミニカードと封筒、10枚ずつのセット。一筆書きのような感じで贈り物などに添えるといいかな~と思って。十数年前にローマのパンテオン近くの小さな文房具店で(なぜか克明に覚えている)似たような柄のカードセットを買ったことがあり友人に好評だった。この他、絵画のポストカードを数枚買い、この日の夜、ウィスコンシン州に住む親戚にネコの絵柄のものを出したウィスコンシンにはアメリカ人と国際結婚をした母のいとこが住んでいてコンテスト常連のシャム猫を2匹飼っている。ワシントンDCのセールスタックスは5.75%だが、ナショナルギャラリーおよびスミソニアン博物館では無税である。ナショナルギャラリー西館と自然史博物館の間には彫刻庭園がある。閉園間際、通りがかったら面白そうなので立ち寄ってみた。園内には17の彫刻彫像が点在している。中央には涼しげな噴水があり、小さな森の中を遊歩道が延びている『岩上の考える人』 フラナガン思わず立ち止まって微笑んでしまった世界的に有名なロダンの『考える人』をパロディにしたものだと思う。ウサギ?のような動物が嫌味っぽく考え込んでいる。『蜘蛛』 ルイズ・ブルジョア同じような蜘蛛のオブジェが六本木ヒルズにある。調べてみたら同じ作者だった。『タイプライターの消しゴム』 オルデンバーグ「これ、なに?」と興味をひくオブジェ。赤+青という色彩のコントラストも効いている。オルデンバーグが父親の仕事場からヒントを得て作ったとのこと。他にもカルダーの作品や立体であるはずの家が平面である異色の作品等、目を引く彫刻やオブジェが色々あった。ナショナルギャラリーは屋内だけでなく屋外でも芸術鑑賞を楽しめた。まだ暖かいので花壇にはきれいなお花がパビリオンカフェお天気の良い明るい日差しの差し込む中、こういう可愛いカフェでランチをとるのもよさそう。一回りしたところで閉園時間の17:00門を閉める準備が始まった。 << to be continued... >>
2008年11月08日
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Vol.7の続きです。ワシントン・ナショナルギャラリーにはフランス印象派の作品も多く、印象派ファンの私は大喜び19世紀フランスコーナーを何周もしてしまったほどまずは、色と光の広がりを追求した画家:クロード・モネ『ルーアン大聖堂 西正面(1894)』 クロード・モネ色と光の斑点が大聖堂を溶かし込んでいる。『日傘をさす女・モネ夫人と息子(1875)』 クロード・モネナショナルギャラリーの代表作のひとつ。太陽の優しげな光と風の動き、そしてふいに振り向いた女性の様子が感じられる作品。『日本の橋(1899)』 クロード・モネジヴェルニーにある彼の庭と池を描いた連作の一つ。水面に浮かんだ睡蓮の葉と花の浮遊する世界のあいだに、水辺に植えられた柳やアイリス、池にかかった太鼓橋の反映を散りばめている。この絵は、ミュージアム画集の表紙に使用されている。『ヴェトゥイユの画家の庭園(1880)』 クロード・モネモネ夫人のカミーユは1879年にセーヌ河畔ヴェトゥイユの家で亡くなった。この絵はその翌年に描かれている。色彩豊かで自由な筆触が感じられる。『アルジャントゥイユの画家の庭園(1873)』 クロード・モネ次は、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ『薔薇(1890)』 ヴィンセント・ヴァン・ゴッホこの作品を「素敵だな~」と思い、ベンチに腰かけてゆっくり観ていたら、ある外国人女性が"I like this picture."と言ったので、"Me, too."と心の中でつぶやいた。ミュージアムショップでレプリカを買った。『自画像(1889)』 ヴィンセント・ヴァン・ゴッホこちらは、オーギュスト・ルノワール『じょうろを持つ少女(1876)』 オーギュスト・ルノワールルノワールらしい明るく和やかな人物や雰囲気。『Girl with a Hoop(1885)』 オーギュスト・ルノワール『バレリーナ(1874)』 オーギュスト・ルノワール1874年の印象派展に出展した作品。他の印象派の画家たちが風景画に没頭する中で、ルノワールは生涯女性像に異なった表現方法を追求した。18~19世紀前半フランスコーナーに移動して、『書斎のナポレオン(1812)』 ジャック・ルイ・ダビッド生涯にたった4枚しか肖像画を描かせなかったナポレオンの貴重な1枚。ナポレオンは背が低く、実際よりも背を高くして描かれているという。時計は午前4時13分を差し、ろうそくは燃え尽きかけている。次に、アメリカ絵画コーナーへ。それまで時間をかけてアメリカ絵画を観ることのなかった私だが、昨年ボストン美術館でジョージア・オキーフなどアメリカ人画家の素晴らしい作品に触れてファンになった。アメリカ絵画のコーナーに入り、その繊細さ、美しさに釘付けになった1枚がコチラ『秋、ハドソン川にて(1860)』 ジャスパー・フランシス・クロプシー1.52m×2.75mと大きな絵。驚くほど多彩な色合いや触感を捕えている。『ゼラニウムを持つルーベンス・ピール』 レンブラント・ピールナショナルギャラリーが1985年のオークションで407万ドルで競り落とした記念すべき第1号のアメリカ肖像画。『Giant Magnolias on a Blue Velvet Cloth(1890)』マーティン・ジョンソン・ヘーデこの大人の雰囲気に一目惚れこちらもレプリカをお持ち帰り。『カティリヤと3羽のブラジル産ハミングバード(1871)』マーティン・ジョンソン・ヘーデガラス質の花のあいだに宝石のようなハミングバードが見られる。彼はその後何十年もハミングバードを描き続けたという。彫刻フロアーでは、世界的に有名な『考える人(1880)』 オーギュウスト・ロダン知名度が高い「考える人」。やはり人気でたくさんの人が写真を撮っていたこのところ悩まされてばかりで・・・私も一緒に考えてきた。 予定では2~3時間でフランス印象派、イタリア絵画を中心に観る予定が、名画の宝庫で他のコーナーももっと見たい・・・と、結局お昼から閉館間際まで滞在してしまった。この美術館のハイライトであるイタリア絵画から、フランス印象派、フェルメール、アメリカ絵画まで、幅広く鑑賞してきた。3連休の土曜日でも美術館内に混雑や騒がしさはなく、ゆっくり静かに素敵な絵画を堪能することができた。しかし、周囲のスミソニアン博物館もそうだが、こんなに素晴らしい美術館が無料というのは有り難い日本は「国立」の博物館であっても無料ではなかったと思う。 次回は、ミュージアムショップでのお買物とナショナルギャラリー彫刻庭園をお伝えしますね<< to be continued... >>
2008年11月06日
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国会議事堂見学後はナショナルギャラリー(国立絵画館)へ向かう国会議事堂から徒歩10分、1kmくらい。この美術館は、ワシントンDC訪問の大きな目的の一つである。モールのスミソニアン博物館群の中にあるが、正確にはスミソニアン協会とは異なる。スミソニアン協会の一つとして設立されたが、独自の運営組織を持っている。色づき始めた木々の下、広々とした歩道が続いている。堂々としたナショナルギャラリー西館 <ナショナルギャラリー(国立絵画館) National Gallery of Art> 13世紀から現代までの絵画や彫刻を中心とした西洋美術の コレクションで知られている。 コレクションの総数は11万6000点。 所蔵の美術品のすべては、一般市民から寄贈されたものか、 寄付金で購入したもの。 運営、維持費は国家予算から支出されているが、美術品の 購入に関して連邦政府はお金を出していない。 美術館のハイライトは、イタリア国外では最高といわれるイタリア美術。 中でも、ヨーロッパ以外で見ることのできる唯一のレオナルド・ダ・ビンチの 絵画『ジネブラ・デ・ベンチの肖像』は国内外ともによく知られる名作。 他にも、ラファエロ、レンブラント、ルーベンス、エル・グレコ、フェルメール、 数多くのフランス印象派画家など。 入場は無料。正面玄関を入ってすぐのロタンダ(円形広間)噴水中央のブロンズ像は『マーキュリー』神と地球を結ぶメッセンジャーで翼の付いた帽子が目印このブロンズ像と同じポーズをして写真を撮っている外国人が多かったそれでは、代表的な絵画や印象に残った絵画をご紹介しましょうまずは、美術館のハイライトであるイタリア美術から。『ジネブラ・デ・ベンチの肖像 (1474年頃)』 レオナルド・ダ・ビンチヨーロッパ以外で唯一のダ・ビンチの作品。21歳の若さでフィレンツェの画家組合に登録されて間もない頃の作品。絵の女性ジネブラは、この時17歳。『若者の肖像 (1482/1485)』 ボッティチェリ生きているような存在感のある絵。『アルバの聖母子 (1510)』 ラファエロ以前はエルミタージュ美術館で展示されていた。こちらは、スペイン絵画『聖母子と聖マーティナ、聖アグネス』 エル・グレコエル・グレコの作品は8点所有。絵画鑑賞の合間に、パティオで休憩美術館内のこういう癒しの空間、好きです 次はオランダ絵画オランダといえば、フェルメールとレンブラント。35点しか現存していないというフェルメールの作品を、ここナショナルギャラリーは4点も所有している。たまに他の美術館に貸し出し中ということもあるが、4点とも揃っていたちなみに、NYにもフェルメールの作品が多く、メトロポリタン美術館で5点、フリックコレクションで3点所有している。メトロポリタン美術館については、後日レポする予定『はかりを持つ女 (1664)』 ヨハネス・フェルメール『手紙を書く女性 (1665)』 ヨハネス・フェルメール『赤い帽子の少女 (1665)』 ヨハネス・フェルメール『フルートを持つ少女 (1665)』 ヨハネス・フェルメールフェルメールの作品は光と影とコントラストが見事。光がモデルの女性をうまく演出して、柔らかさと温かさを感じさせてくれる。レンブラントもフェルメールと同様、光と影の使い方が素晴らしい。『自画像 (1659)』 レンブラント・ファン・レインレンブラントは生涯60枚もの自画像を描いたといわれる。憐みを感じさせる表情をしている。この作品を描く3年前、彼は破産を宣告された。素晴らしい美術品が多く、1回にはUPし切れないので2回に分けて。次回は、フランス印象派とアメリカ絵画を。 << to be continued... >>
2008年11月04日
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国会議事堂の内部見学待ちの時間に議事堂の裏にある議会図書館に行ってみた。裏といっても、議事堂が大変大きな建物なのでたどり着くまでにひと歩きスケジュールに入っていなかったが、外観も内部も立派で一見の価値ありだった。待ち時間ができて逆にラッキーであった <議会図書館 Library of Congress> 国会議事堂の隣にあり、世界最大を誇る調査研究を目的とした 国立の図書館。 書籍はもとより写本、楽譜、楽器、版画、写真、フィルムなど 多岐にわたる膨大なコレクションとその建物自体の美しさで 図書館というイメージを超えた博物館のような存在。 収蔵品は総数1億3000万点以上。議会図書館には3つの建物があるが、その中でも最も古くて美しいトーマス・ジェファソン館 Thomas Jefferson Bldg.1897年に完成したイタリア・ルネッサンス様式のドームのある殿堂大寺院のようでとても図書館には見えない。重厚な建物に圧倒された。一般の人も荷物検査を受ければ入場することができる。10時を待って中に入ってみた。Great Hallまるで宮殿のように美しい展示コーナーでは、アメリカの宝物と題する常設展があり、リンカーンが暗殺された時に持っていた眼鏡やハンカチ、世界一の高値が付いているといわれるウォルター・ジョンソンのベースボールカード、昔のブロードウェイのポスターや脚本、無声映画のフィルムなどアメリカの歴史を物語るものが展示されている。また、「本なしでは生きられない」と語った図書館最大の功労者であるジェファソンの図書室の復元もある。時間があったら見てみたかった。あまり長い時間いられなかったが、しばし優雅な時間が過ごせた。こんなに立派な図書館は初めてである。 << to be continued...>>
2008年11月03日
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10月11日(土)、ワシントンDC 2日目。6時過ぎに起床。カーテンを開ける。外はまだ暗い内部見学の整理券をGetするために国会議事堂へ向かうワシントン記念塔のように、手数料がかかっても事前にインターネット予約できればいいのだが、こちらは当日並ぶのみ。整理券の配付開始は9時からだが、人気が高いため配付開始時間前には並ぶ必要があるとのこと。早い時間の整理券をGetできると、見学までの待ち時間を短時間にすることができ、また見学後の時間を有効活用できる。13日(月)はアメリカも祝日(Columbus Day)のためこの週末はアメリカ国内から多くの観光客が訪れていていつもの土曜日よりも混雑が予想される。時差ボケもあり6時起きはきつかったが、せっかくDCに来たからにはどうしても内部を見てみたくて早めに行動開始した。国会議事堂到着は8時過ぎ。もうかなりの人が並んでいる。みんな早起きだな~と感心隣に1人で並んでいた米国内に住む中国系の女性と話をしながら整理券配付開始を待つ。9時を過ぎたら列が動き始めた。そしてGetできた整理券はコチラ時間は10:45あと1時間半ほどあるがまずまずの時間である。整理券の時間は15分刻み。1回につき定員40名のガイド付きツアーである左の日付と時間が印字された四角い部分はシールになっていて見学時に胸に貼り付ける。見学は無料。 <国会議事堂 United States Capital> モールの東端に位置する白亜のドームをいただく建築物が アメリカ合衆国の国会議事堂。 正確に言うと、連邦政府の議会のための議事堂。 向かって左側の上院(Senate)と右側の下院(House)から構成され、 各州の代表として政務を執る上下院議員は535名。 キャピトルヒルと呼ばれる小高い丘に位置し、ピエール・ランファンの 首都設計はこの丘にある国会議事堂を中心に設計された。 DCのストリートとアベニューはすべてここから始まっている。 国会議事堂自身の住所に番地はない。 1826年に木造ドームが完成。 1850~60年にかけての増築でほぼ現在の姿となった。下院(House)内部見学では、ロタンダ(円形大広間)と彫刻ホールを見学できる。議場は残念ながら公開されていない。約1時間、ガイディングレシーバーを使用してガイドの説明を聞きながらのガイドツアーである。議事堂に入る前には、ワシントン記念塔と同様、厳しいセキュリティチェックがある。人は金属探知機を通り、荷物はX線検査を受けなければならない。大きなカバン、食べ物、飲み物、カン、ビン、スプレー類は持ち込み禁止。移動に使用したレスポのデラックスエブリディ(26×36×13cm)では規定されているカバンのサイズを超えていたので、現地での観光には荷物を最小限に留めてクラシックホーボー(24×32×14cm)を使用した。この旅で、私のレスポは何回、いや何十回X線検査を受けたかわからない・・・セキュリティチェックを通過すると目の前に白亜のドームが見えた青い空に白いドームが映える 正面入口前からのモールの眺め。開放感があり緑が多いのがわかる今日も快晴であるロタンダ Rotunda(円形大広間) 内径29m、ドームの内壁の高さは55.8mにも達する。 ドームの天井にはブルミーディが描いたフレスコ画の傑作「ワシントンの礼讃」。 この絵は、アメリカ国民のジョージ・ワシントンに対する崇拝を表したもの。 ロタンダは国の儀式などにも使用され、これまで国会議員の葬儀や ケネディやリンカーンの遺体もここに安置されていたという。赤いジャケットの男性が案内役国会議事堂の歴史から案内してくれた円形大広間と彫刻ホールの詳細について、丁寧に説明してくれた。国会議事堂職員なので公務員だと思うが、お堅い感じはなくユーモアたっぷりの楽しいガイドさんだった。「現在ビジターセンター建設中で12月に完成するので、それ以降にまた来て!」と言われた。ロタンダで特に素晴らしいのがドームの天井ブルミーディが描いたフレスコ画の傑作「ワシントンの礼讃」ロタンダから彫刻ホールへ続くお部屋の天井とシャンデリアがとっても素敵だった彫刻ホール Statuary Hall 1857年までは下院議会分室として使用されていた部屋。 1864年からはアメリカ50州がそれぞれに選んだ州で傑出した人物2名の 彫像が寄贈され、このホールを含めたいくつかの部屋に陳列されている。 バージニア州からは南北戦争の名将リー将軍、ジョージア州からは マーチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師など。 像はすべてブロンズ製か大理石製。 また、この部屋には床に向かって小声で話しかけると反対側でも 聞き取れるという面白い音響の仕掛けが施されている。 第6代大統領アダムスが発見したといわれる音響効果で、ナイショ話を するとその声が聞き取れてしまうのだ。 実際にテストをして他のガイドが遠くで囁いた声が聞こえた。彫刻ホールの天井とシャンデリアも素晴らしい。国会議事堂の前には大きな池があり、そこから見る議事堂もまたきれいだ。リンカーン記念館前のプール同様、建物が水面に映り込むようになっている。内部見学の感想を一言で表すと「さすが、合衆国の国会議事堂!」。TVでよく映る国会議事堂は、外観も立派だが内部も立派で早起きして整理券をGetした甲斐があった整理券は記念として永久保存しようと思う。また行くかもしれないが・・・ << to be continued... >>
2008年11月01日
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