ぼぼらのお気楽日記
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'06年、イタリア・トリノ冬季五輪モーグル銅メダリスト韓国系入養児のトビー・ドーソンの父親、親戚だと主張する人が200人以上も達した。この活躍が肉親との再会のきっかけになればと思っていた彼にとって、無名の時と今の過剰な反応に驚きと悲観を隠しきれないで居る。シン氏(54、釜山金井区青龍洞)は、「ドーソンが子供の時の写真を見たら、25年前、私が捨てた2番目の息子のようだ」と主張した。当時、釜山(プサン)のある部隊で下士として勤務していたシン氏は、「精神疾患をわずらっていた妻と離婚した後'81年ごろ、次男のジェホを育てるのが大変で、釜山のある警察署に『迷子』として預けてきた」と話した。シン氏は「息子を捨てた立場なので、実子だとしてもドーソンの前に出る勇気はないが、実子の確認をする用意はある」と話した。 また、市外バス運転手の金ジェス氏(52、釜山南区塘洞)も、「顔つきや年齢から見て、ドーソンは25年前、市場で失った息子『ボンソク』に間違いない」と主張した。金氏は、「友達が五輪でメダルを取ったドーソンを見て、私に似ていると話し、新聞を見たら、失った息子だった」と話した。 今の所有力なのは金氏、金氏とドーソンは顔の輪郭や髭など顔つきが似ており、金氏の2番目の息子ヒョンチョル氏(23、軍服務中)もドーソンに似ているというのが周囲の話だ。離婚した前妻のウィ氏(50)が'81年、釜山東区凡一洞(トング・ボムイルドン)中央市場と自由市場へ行った時、人波の中で息子を見失ったということ。 が、ドーソンを入養させたホールト児童福祉会の関係者は、「ドーソンは'81年9月23日、釜山東区凡二洞(ボムイドン、現凡一洞)で迷子として発見された後、釜山で唯一の迷子保護施設の児童一時保護所(現ナムグァン総合社会福祉館)にずっといたため、親が積極的に探していれば、見つけられないわけがない」とし、「別の子である可能性があるため、慎重なアプローチが必要だ」と述べた。 このほか、ドーソンの叔母だと主張するチョ氏は、ドーソンの本当の名前はチョ・チャンフンで1981年1月、釜山亀浦洞(クポドン)のある産婦人科で生まれた後、捨てられ、胸に大きな斑点が1つあると主張した。 このように、ホールト児童福祉会とマスコミ各社には、実の親か親戚だと主張する10件あまりの連絡が来ている。 ドーソンは、釜山の養護施設を経て、スキー教室をしていたドーソン夫妻に養子として引き取られた。試合直後にゴーグルを取ったのも、『どこかで実の母が見ていてくれたなら…』という思いからだ。ドーソンは3月1日、京畿道龍仁市(キョンギド・ヨンインシ)で行われる国際スキー連盟ワールドカップに出場するため、26日、韓国を訪問する予定だ。これについて、ホールト児童福祉会所属の社会福祉士のソル・ウンヒ氏(33)は、「実の親か親戚だと主張する人がたくさん現れた場合、ドーソンは大きな衝撃と失望にさいなまれるだろう。会おうとするよりもまず、遺伝子分析によって実子であるかどうかを確認する手順を踏まなければならない」と話した。 『無名の頃にも何度か韓国を訪ねて身元捜しをしたけれど、皆僕に無関心だった、それなのに…』無名時代の彼を支え名乗り出るのが本当の親ではないのか。現在の風潮をとうトリノのもう一つの物語でもある。
2006.02.04
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