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今日は、激しい頭痛はするし、眠いし、体調が最悪。職人たるもの、半分死んでいようとも仕事をこなさなくていけないっという、師の教えを守ろうと頑張ってはみるものの、頭が朦朧としてしまって、仕事もはかどらない。さっきも、あやうく、やすりをフラックスの瓶につっこむところだったし、その次はピンセット片手に、「はて?私はなにをしようとしていたんだっけ?」と洗面台の前にたちつくしていた。もう、ボケ老人ならぬ、ボケ職人状態である。あまりにも元気がないので、お昼はインドカレーにしてみたが、ちょっと食べ過ぎて食後の睡魔がおそってくる。おしゃべりでもすれは気がまぎれるかと思えば、工房仲間も気分が悪くて家に帰ってしまった。ただひとり残されて、きちんと仕事もこなせずについついボーッとしてしまう。そんなときにかぎって、お客さんもだれもこない。はっきりいって、こんな職人は使い物にならないので、さっさと早退させるべきなのだが、そういうわけにもいかないので、休憩をしながらこれを書いている。そんな日もあるさ。気をとりなおして、7時までとにかく頑張ろうと思う。おわり
2006年08月31日
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物を買う際の購入基準とはなんだろう。質?ブランド?お店の信頼性?それとも、やはり値段だろうか。ドイツ経済も低迷しているなか、geiz ist geil(ケチはエロい、とでも訳そうか。ケチであることは良い、という意味)なんていう言葉がはやっているくらいだから、たしかに値段が安い、というのはひとつの購入基準であることはたしかだ。ところで、ジュエリーの値段というものはどうきまるのだろうか。簡単にいうと、素材代(宝石、貴金属)+ 加工賃 + 消費税(16%)である。加工賃のなかにには、立地条件のよって、家賃や、保険等のコストもこまかく組み込まれているし、ブランドものであれば、その他にも名前&デザイン料がかなりの割合でプラスされる。ドイツの場合、それに資格も関係してきて、もちろんマイスターのほうが職人より高い。今回、少し考えてしまったのは、あるお客さま(友人の紹介)が、ミュンヘンの高級ジュエリー店でみかけた指輪と同じものを作ってほしいと来店されたことがきっかけだった。まったく同じものは模倣品をつくることになるので出来ないと説明し、すこしデザインはかわる、ということで了承してもらった。彼女がその店で買わなかったのは、値段が高かったから、とのこと。もちろん、ミュンヘン市内で一番立地条件が良いところにあるお店より、私が同じものをそれより安くつくれるのは当たり前。見積もりをしてみると、なるほど私のほうが、30%ほど安かった。少しデザインをかえる、ということで、打ち合わせをしたり、シルバーでモデルをつくったりしていたある日、そのお客さまから電話。「やっぱり、ベトナムで、あの指輪と同じものをつくらせることにした」とのこと。(彼女はベトナム人)もちろん、ベトナムでは、結果的にはずっと安くつくってもらえるだろう。人件費からなにまで、ドイツとは雲泥の差だからだ。しかし、「ベトナムにも、たくさん職人がいるから、安くつくってもらったほうがいいでしょ。」というわれたときに、私は微妙な気持ちになってしまった。たしかに、ベトナムにも職人はいるだろう。アジア人は手先が器用なので、それなりのものをつくるにちがいない。しかし、ドイツでは、3年半の修業期間+職業学校という職業訓練システムのもとに職人は養成され、職人から、マイスターの国家資格をとるには、さらに高度のレベルの知識、技術、ノウハウが要求されるのである。残念ながら、手先の器用さだけでは足りない世界だと実感する。実際に、そうした、知識の欠如から出来た欠陥品を私はいくつもみている。私が、微妙な気持ちになったのは、注文が取消になったからではない。お客さまが、私の店ではなく、他の店でジュエリーを購入することに腹をたてたわけでもない。私が悲しく思ったのは、このお客さまが、初めのお店で、名前+クオリティー+価格、という商品を、私のところで、クオリティー+価格にけずり、結局、最終的には価格のみを購入基準にした、という事実なのである。これは、ベトナムの職人を非難するものではない。私が、実感したのは、我々ドイツの職人(日本人でも、ドイツの職業訓練をうけたもののひとりとして)は、クオリティー、教育、知識、ノウハウといったものも、値段に反映していること、品物の違いは値段の違いだけではなく、クオリティ-の違いもあることを、もっともっと積極的に消費者にアピールしていかなければいけない、ということだ。価格面だけをとったら、アジアにも、大量生産にもとてもかなわないわけであるから。それから、デザイン自体も創造精神的財産であり、尊重され保護されるべきであること。模造品をつくるということは、それを略奪する行為である、ということも理解してもらわなければいけない。電話口で、「ノー プロブレムよね?」といった、彼女の声が耳に残る。この問題、ノー プロブレムでは決してない。おわり
2006年08月30日
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色の説明をするのが一番たいへんだ。ジュエリーをつくるときに、色石は(ルビーやサファイヤなどの色のついた石のこと)ディーラーから購入する。ほとんどの場合、直接ディーラーのところへいって買うか、ディーラーが店にくるかで、直接石をみて購入する。しかし、それが不可能な場合もあるので、その際は電話やメールで説明し送ってもらうことになるのだが、このときの色の説明が一苦労なのだ。ダイヤの場合は、とても簡単だ。グレーディング、といってクオリティ-が段階にわかれているので、そのクオリティーをいえば誤解はない。しかし、色石の場合クオリティ-の差はあるものの、色の指定をしなけばいけないので難しい。緑は緑でも、黄色みがかった緑なのか、それとも、青みがかった緑なのか。オリーブグリーンなのか、モスグリーンなのか。濃いめか、薄めか。クリーンか、濁っているか。しかも、そのひとによって、色の認識の仕方が違う、ときている。コバルトブルーとか、クリムゾンレッド、などという色の名前もたいしてあてにならない。もう、手元に石があって、それと同じ色の石を調達しなければいけない時が一番大変なのであるが、今日は、トルマリンの青みがかった緑、色はうすめ、という石を電話で注文した。さて、お目当ての色の石がきちんと届くか、楽しみである。おわり
2006年08月29日
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7月は、暑い、暑いと愚痴っていたが、8月は、寒い、寒いと愚痴らなければいけないなんて、、、。世の中なかなかうまくいかないものである。それでも、8月で普通なら夏真っ盛り、のはずが毎日15度くらいでは、いくら私が暑いのが苦手、といってもこの時期にしてはさむすぎる。ドイツの天気には、「適度」ということは望めないらしい。ドイツにいると、天気の話をする機会が大変多い。日本では、近所のおばさんに「あたたかくなりましたねえ」とか、「今日はひえますねえ」などど、挨拶代わりにするだけで、真剣に天気について論じることはないような気がするが、ドイツでは、立派な話題のひとつである。小さい頃に読んだ日本語で書かれたマナーブックに、「パーティーで、天気の話をするのは、退屈な人間とみられるのでさけましょう」なんてことが書いてあったように記憶しているが、ドイツではそんなことはない。もちろん、天気のことしか話題にださないようでは困るが、一般的にドイツ人は天気の話が好きである。寒いだの、暑いだの、頭痛がするだの、週末は晴れるらしい、去年より夏が短い、、、等。顔をあわせれば、天気の話をする。日本では、例えば、春先のまだ肌寒いときに、となりのおばさんに、「あたたかくなりましたね」と声をかけられたとしたら、自分では、寒いなあ、と感じていても、「そうですねえ」とひとこといって、終わるだろう。相手も別に天気のことを議論するつもりはないのだから、自分はそう思わなくても、向こうがそう感じるのであれば、相づちをうてば良いのである。ところが、ドイツでは、「いえいえ、まだ充分さむいですよ!寒くって、風邪もまだ完全になおっていないんですよ。それにしても、今年の冬は長くて、困りますよ。これも気象異状なんでしょうかねえ、、、、それに、、、」と本気で天気の話をしはじめるかもしれない。ある、ドイツ語を習い始めた日本人が、「天気の話をすれば、ドイツ人とすぐスモールトークが出来る。」と喜んでいたが、場合によっては、挨拶がわりに、「雨がつづきますねえ」などど言ったが最後、5分はかるく天気談義に花がさいて、電車にのりおくれる、ということもあるかもしれない。おわり
2006年08月28日
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昨日は、我が家で、巻きパーティー(手巻きと生春巻き)がおこなわれた訳だが、日本人8人が集まると、もう空間そのものが、「日本」になってしまうものなのだな、と実感する。一歩外にでると、たしかにそこはドイツなのだが、そのことを忘れさせる、圧倒的な空気がそこにあった。ドイツ人の友達を呼んでの手巻き寿司パーティーは、以前にも何回かやっているが、場所、食べ物は同じなのに、集うひとが日本人になった途端、そこが日本になってしまう。当然のようでありながら、私にとっては新しい発見で、大変興味深い。こうしてみてみると、やはり日本人の集まりとドイツ人の集まりでは雰囲気がすこし異なる。そして、自分自身も、日本人と接するときと、ドイツ人といるときと微妙にちがうような気もしてくる。たしかに、日本語を使っているときは日本語で、ドイツ語をはなしているときにはドイツ語で考えているわけだから、思考回路にも違いが出ても不思議ではない。自分でも、同じことを説明するのに、日本語とドイツ語ではいいまわしや、使うたとえが違うことにも気がついた。以前は、ドイツで日本人と交流する機会がほとんどなかった為に、意識したことがなかったが、これからもいろいろな発見があるのかもしれないと思うと楽しみである。おわり
2006年08月27日
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今日は、友達をよんで、手巻き寿司パーティーをすることになった。みんなで、ワイワイ、好きなものを巻くのは楽しい。今回は、手巻き寿司のほかにも、生春巻(これも、自分で巻く)も用意した。とても、楽しみだ。おわり
2006年08月26日
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トッキョ、という魔人がせまってきた。そう、あの、トウキョウトッキョキョカキョク、の特許のことである。ジュエリー業界は、自分のデザインの著作権(というのだろうか)をキープするのが難しい。昔のマイスターの格言に、「目で盗めえるすべてのものを盗め!」とあるように、コピー(複製)をつくることはしなくても、かなりにたようなものをつくることは日常茶飯事である。しかもそれは、多くの場合、インスピレーション、とよばれる。それを防ぐ為には、新しい技法や、メカニックで出来たジュエリーを特許で保護することが出来る。それと同様に、デザイン自体も、特許がとれるのである。しかし、特許をとるには面倒な手続きと、さらにお金もかかるために、そのような登録をするのは大体が大きな会社、というのが現状だが、私の友人の同業者が、今回、特許をとった、らしい。らしい、というのは、それは私が彼から電話できいただけで、登録番号もなにも知らされていないからであるが、彼は、ドイツのパン、「ブレーツェル」の形をしたペンダントをつくっていて、なんでも、その特許をとったようなのである。特許をとっただけなら、別にさわぐほどのことでもないのだが、なんと彼は、他の同業者に、「だれも、ブレーツェルの形をしたジュエリーはつくっちゃいかーん。つくったら賠償金もらうぞ。」と脅しはじめたから事が深刻になってしまった。ブレーツェルは、ドイツに中世のころからあるパン。茶色くて、腕を組んだようなかたちで、岩塩をくだいたものが表面についている。どこのパン屋にもおいてある、ポピュラーなパンの種類である。そのパンの特許をとった、という話自体、正直言って眉唾ものなのだが、そんなに一般的なパンなものだから、実際それをかたどったジュエリーをつくっている職人もかなりいるはずなのである。ブレーツェルはビールのつまみにされることも多く、あの有名なミュンヘンのオクトーバーフェストでも、ビール片手に皆ブレーツェルをかじっている。オクトーバーフェストといえば、ビールにブレーツェル、といったくらい定着した定番アイテムなのだ。そこで、彼もあと数週間で開幕されるオクトーバーフェストに便乗しよう、ということなのだろう。ブレーツェルのジュエリーをつくっているのは、私の知り合いの同業者のなかでも、3人。その人たちに、今、200万円相当の賠償金の請求が降り掛かりそうになっている。「ブレーツェルをつくれるのはオレだけだー」という彼も、「ブレーツェルをつくっちゃいけないんて、そんなバカな、、、、」と驚いている人たちもすべて、私の知り合いなので、尚困ってしまう。しかも、200万は小さなお店には大きなダメージだ。たぶん、いまのところブレーツェル男がいきり立っているようには、事はすすまないようには思うが、この一件で少々考えさせられてしまったのは、もしかした自分にも同じような事がおこるかもしれない、という恐怖だ。私は、黄金のワラジ虫をつくっているが、それも、ある日突然、「ワラジ虫の特許をとったから、訴えるぞ。賠償金をくれ」という手紙がくるかもしれないし、私もこれからワラジ虫の特許をとって、全世界的にワラジ虫をつくることを禁止する立場になるかもしれない。自分を守る魔人か、ひとを破壊に導く魔人となるか。特許という存在が、小さな職人のまえに立ちはだかった。おわり
2006年08月25日
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以前、鋳造業者の愚痴を書いたことがあるが、友達が鋳造業をはじめた。鋳造とは、型(ジュエリ-)に貴金属を流す職業だ。フォルツハイムなどでは、大きな工場で、何千個ものジュエリーが生産されているが、ミュンヘンでは、彫金のマイスターが副業として行っている場合が多い。現在、ミュンヘンで鋳造をしているのは、せいぜい5人ほどか。私が、いままで頼んだことがある職人は3人だが、その人たちも、高かったり、納期を守らなかったり、あげくの果てには、勝手にひとのジュエリーのコピーをつくって、横流ししたり、、、、。はっきりいって、困っていたところだったのだ。そこに、友人の起業の話がやってきたわけである。しかも、とりにきてくれて、仕上がったらまた届けてくれるという、うれしいサービス付き。いまのところ、試験運転中だというが、試しにいくつか型をもっていってもらった。まあ、うまく仕上がるかは来週のお楽しみ、というわけだけど、起業者同士助け合っていこうよ。おわり
2006年08月24日
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ドイツのホテルのラウンジが好きだ。いわゆる高級ホテル、5つ星のラウンジ。内装も、雰囲気も、サービスも申し分ないし、満席、ということなど絶対ない。しかも、どんなに長居をしても文句をいわれないのがいい。はなしだすと、あっという間に時がすぎてしまう私にはもってこいの空間なわけだ。ケーキも手作りだったりするから、そこらのカフェにいくより断然よかったりする。ゆったりとしたソファーに腰掛け、親しい友人との話に花をさかせ、バックにはピアノの生演奏。私は絶対、ホテルラウンジ派である。
2006年08月23日
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ここ数日、雨ばかり。なんだか、しめっぽい今日このごろ。日本じゃ、これだけ雨が続くとサウナ状態になるんだろうけれど、ドイツでは、ただただ寒い。雨が降ると一気に気温もさがるのが特徴だ。雨、といえば、かたつむり。ミュンヘンには、エスカルゴがでる。といっても、フランス料理店の話ではない。そこらへんに、エスカルゴ(生)がいるのである。ミュンヘンで、はじめてエスカルゴに出会ったときにはおもわず、叫んでしまった。それに、別に、気持ちが悪くてではなくて、あんなに大きいかたつむりにひたすら感激してしまったからなのであるが。すぐに、そのかたつむりに恋をしてしまったわたしは、雨に日にはその場所に通うほどになってしまって、あげくの果てには、拉致してしまったのであるが、それが、初代スピーディーである。彼は、誰かにみつかって食われないように殻をショッキングピンクに塗られ(大変迷惑な話だが)庭にはなされた。しかし、それから、どうしたことか2年間は彼のすがたがみえなかった。「もしかしたら、フランス人にみつかったのか、、、、」などと、いらぬ心配をし始めたある春の雨の日。玄関先にエスカルゴが出現、、、、。しかも、殻の先が少しショッキングピンク、、、、。スピーディーだ!涙の再会を果たした私たちだったが、(彼は、きっと「やべっ、みつかっちまったよ、、、、」と思ったであろう)それからというもの、私と遭遇してしまったエスカルゴはいろいろな色がぬられてしまう運命になる。そんなわけで、今日も、少しだけ蛍光ミドリのエスカルゴが、玄関先にいた。おわりPS 写真はにんじんを食するハインリッヒ
2006年08月22日
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友人が自分で焼いたパンをもってきてくれた。自動パン焼き機で焼いたそうだが、これがかなりおいしい。ドイツのパンのチェーン店よりも絶対おいしい。いつだったかテレビで、大量生産されるパンになにがはいっているか、というレポがやっていたが、なんと、鳥の羽根、おがくず、(いずれも、歯ごたえをよくするためだそう)なんてものがはいっているらしく、それをみたあと、しばらくパンが食べたくなくなった。焼きたてパンがおいしいのは当然だけど、自分で焼くとなると、ちょっと面倒くさいような気がして、ケーキを焼くような気軽さがない。でも、この自動パン焼き機を使うと、下ごしらえにはちょっとだけ手間がかかるようだが、後は機械にお任せ。パンづくりで重要な(でも、疲れる)こねる作業も、ぜーんぶやってくれるのだ。それで、こんなに、おいしいパンが焼けるのなら、私も買っちゃおうかなー。と思ってしまう。けっこうそういう機械類が好きなものだから、なおさらすぐ買っちゃいそうであぶない。手作りパンか、、、、、。日本のあのフカフカの食パンが突然たべたくなった。おわり
2006年08月21日
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ネオナチのデモ当日は、ちょうど、彼らが16時に集合する場所に私も16時すぎにむかわなければならなかったが、遠巻きにみても、バリケードはずっとしてあるけれど、スキンヘッドの姿はみえない。警察の姿もなかった。もしかしたら、ネオナチの歩くスピードがのろくて、16時には集合できなかったのかもしれない。とにかく、彼らと鉢合わせになることなく、目的地に到着。オフ会会場は、ミュンヘン市内の日本食料品店。オーナーのマダムがつくってくれた、おはぎ、みたらし団子、煮物、プリン、テラミス、、、、などをおなかいっぱい、おしゃべりもいっぱい堪能できた。と、8時半頃、急に暗くなったとおもったら、稲妻とともに、雹がふってきた。さくらんぼ位の大きさだ。日中は暑くて、傘を持っていなかったので、やむまでそのままおしゃべりを続ける。外にでてみると、あたりは、雹があたって落ちた木の葉だらけ。なんでも、一部では車が水にひたっていたらしい。でも、私が帰宅した頃には、水もひいていたらしく少しも濡れずに帰ることができた。おわり
2006年08月20日
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今日は、ミュンヘンのメーリングリストのオフ会。今回は、私が幹事なのでどのくらいひとが集まってもらえるか、少々不安。現在、参加表明している人数は定員ピッタリなんだけど、、、、。オフ会会場が、ちょうどナチデモの集合場所の近く。警察もいるし、何もおこらないとはおもうが、交通がストップしていたりすると最悪である。でも、いまのところ市電も普通にはしっているみたいだし。それにしても、今日はいろいろとおいしいものがでるらしい。私も、昨日の夜に生ドラ焼きをつくったので、それを持参。たくさんきてくれるといいな。おわり
2006年08月19日
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明日、ミュンヘン市内でネオナチのデモが予定されている。残念ながら、ミュンヘンではそうめずらしいことでもない。思えば、18年前、ミュンヘンにきてまだ間もなかった頃、何も知らずに、ヒットラーの誕生日記念デモのなかを闊歩する、という信じられないことをした私であった。そのときは、「お~、ハゲのお兄ちゃんたちばっか集まってどうしたのかな~」なんて大ボケなことを考えながら、数千人のスキンヘッドにまぎれてしばしデモに参加。(結局そういうことになるよね)後日、友達にその話をして、大騒ぎになったのを思い出す。しかし、そのときに、ネオナチにからまれもしなければ、どつかれもせず、かすり傷ひとつなく帰って来れたのは不思議でならない。今回のデモは、ナチドイツ副総裁、ルドルフ ヘス追悼集会である。ヘスの墓があるヴンシーデルでは、デモが禁止されたために、ミュンヘンに場所がうつされたようだ。デモ参加者予定数、1500人。ナチのデモの際は、反対デモ(パンクや、左翼もふくむ)も行われるから、もっと数は多くなるだろう。どうして、こういうデモが禁止されないのか、不思議に思う人もいるだろう。実際、ヴンシーデルでは禁止になっているわけだが、それは、「小さいまちのなかのデモは住民の安全が脅かされる」という理由であり、ミュンヘンのような比較的大きな都市では、この理由では禁止はできないらしい。ハーケンクロイツも、右手をあげるナチのあいさつも、ヒットラーの「我が闘争」も禁止されているドイツで、ネオナチのデモがゆるされているのが、なんとも納得のいかないところだが、これも言論の自由、デモの自由、なのだろうか。へたに禁止をして暴動がおこったり、密かに集会をおこなうのを防ぐ、ということもあるらしい。前もって公になっていると、警察も準備ができるからだ。こういうデモには警察もなれているので、行進ルートはサイドを警察官に包囲されるかたちになり、わざわざそこにで向かわなければ住民が危険にさらされることはないが、ミュンヘン市内が、夜遅くまでネオナチであふれるのはいい気持ちはしない。 私も、明日はちょうどデモの方面に行く予定があるが、何もないことを祈っている。おわり
2006年08月18日
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今日は、宝石のディーラーがやってきた。ジュエリーを作る際には、石は宝石のディーラーから買う。ディーラーもダイアモンド専門とか、色石でも、仕入れ先にによって、トルマリン専門とか、ガーネット専門とか、扱っている石がおのずときまってくる。もちろん、すべてをまんべんなく取り扱っているディーラーもいるが、やはり、そのディーラーの得意分野というか、一番よく取引している石が、クオリティー面でも、価格面でもお買い得、ということになるわけだ。特に、色石は、かなり値段の差があるので、必要な石によっていろいろなディーラーを比較したりして検討しなければいけないのである。ルースの石というのは、ジュエリーになる前の研磨された宝石であるが、これも価格にはピンからキリまである。クオリティー、大きさはもちろんのこと、希少価値(そのものによっては、鉱山が閉山してもうあるのは今市場にあるもののみ、という石もある)によっても、かなり値段に違いがでてくる。そのものによっては、石の仕入れ価格だけでも、何十万、何百万、もちろん、何千万するものもある。新しいコレクションをつくるときにも、まずは、そういう石とか、貴金属に投資をするわけで、いつも、ほしい石と、値段とのにらめっこ、になる。買う、買わないは別として、石にかこまれていると、あまりの美しさにため息の連続である。(それで、値段をみて、もう一度ため息がでるわけだが)そして、「これは、指輪にしたらいいかも。」とか、「これは、ネックレスだな。」とか、イメージがひろがっていく。もうデザインが出来上がっていて、お目当ての石を探すことも多いが、ルースの石をまずみて、それにあうジュエリーをつくる、ということも結構ある。石を選ぶときには、ジュエリー細工師は皆、クリスマスの夜にプレゼントの山の前にたっている子供のような顔をしている。とにかく、色石は人間と同じで同じものはほとんどないといってもいい。何百とある石のなかから、「これは、、、」と思う石に出会ったときには、それこそ「縁」を感じたりさえする。ひとめぼれ、というものもある。まあ、その「ひとめぼれ」が愛にかわるか、かわらないかは、そのときの懐かげんできまってしまうのだから、石と人間の関係も非情、なものである。おわり
2006年08月17日
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昨日は、友達が遊びにきたので、DVDを夜遅くまで観てしまった。夜中の3時まで、3本続けて。最近なかなかDVDもゆっくりみれないので、ちょっと欲張ってしまった。(それでも、3本みることはなかったかも)私がそういうときにみるのは、きまってアクション映画。やはり、せっかく大スクリーンのホームシネマでみるのなら、ラブストーリーより、アクションのほうがいいではないか。(だって、メグライアンの顔が20センチだって、2mだって、たいしてかわらないでしょ)友達と、ワイワイみるのが最高に楽しい。いくら、ボリボリお菓子をたべても、叫び声をあげても、映画館と違って文句もいわれないし、途中でトイレにもいけるし、楽な格好でみれるし、お酒も飲めるし。そんなわけで、寝不足にとっても弱い私が、3時間の睡眠で今日とても元気なのは、映画鑑賞が気分転換に最適だということかもしれない。(根拠はまったくないが)おわり
2006年08月16日
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今日は、祭日。聖母マリア天昇の日である。カトリック信者の割合が多い、バイエルン州と一部の地方のみのローカルな祭日だ。ドイツには、このような一部の地方だけの祭日が結構あるのだが、これも日本ではちょっと考えられない。統一国家のドイツでは、州ごとにかなり法律から、規定からちがいがあって、こういうところにもあらわれているのだろう。1813年からはじまったという、このカトリックの行事は、教会内でおこなわれるらしく、ミサにいかない私にはどういう特別なことがあるのかはわからない。しかも最近、すっかり祭日には疎くなっているので特に何をするのでもなく、私にとっては、今日もごく普通の日だった。おわり
2006年08月15日
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明日は、祭日。とはいっても、ドイツ全国ではなく、ローカルな祭日で、マリア昇天の日だ。バイエルン州は、祭日もカトリック関係の祭日が特別にある。今日休めば、土、日、月、火と4連休。というわけで、かなりのお店もお休みしている。考えてみれば、独立してから、祭日にとっても鈍感になってしまったようである。今回も、やっと先週、取引先にいわれて気がついたほど。雇われ職人だったころは、あんなに祭日にくわしかったのに。祭日が金曜日だったり、月曜日だったりするとかなりうれしかったものだ。因みに、日本にあって、ドイツにないものが、振り替え休日というシステム。他の国ではどうなのかはわからないが、とても良い案だと思う。ドイツでは、祭日が日曜だった場合は、それっきり。なんとも損をしたような悔しい思いをしたのを覚えている。でも、それも昔の話。今は、祭日だろうが、日曜日だろうが、関係ない生活をしている。それも、かなしいような気がする。おわり
2006年08月14日
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日曜日のマイギャラリー。雨の日には、思わず本が読みたくなるように、今日は日曜日に仕事をしたくなった。ひとり、静かな工房で作業をする。いつもひとりでは寂しいけれど、たまに独りで仕事をするのもいい。そんなときには、音楽もかけず、静寂を楽しむ。散歩をしているひとびとがお店の前を通る。ドイツでは、日曜日に営業をしてはいけない。いまだに、安息日、というものを守っているからだ。営業時間の制限さえある。それは、段々延長されているけれども、日本のように24時間、年中無休にはなかなかならないのではないだろうか。特に、日曜日は、タブーだ。庭仕事をしたりしただけで、近所から苦情がでるほどのカトリックのお国柄である。というわけで、私も独りひっそりと仕事をする雨の日曜日だった。おわり
2006年08月13日
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なんでも、今、日本では、白いカレーが人気らしい。それを読んでおもわず、おおっと思ってしまった。実は、この間、母がミュンヘンに送ってくれた小包のなかにこの、白いカレーのルーが入っていたのだ。 そのときは、 「白いカレーってなに?」 ってくらいにしか思わなかったけど、 こんな話題の品だったなんて!(大袈裟) で、さっそくつくってみましたよ。ドイツで。 たしかに、見た目はシチュー。味は、さっぱりしたカレーという感じ。 (中辛だったので、あまり辛くはなかった。) 野菜も焦がさないように、いためないとせっかくの白いソースが茶色くなってしまう。私的にはもっと色が白くなってほしかったから、牛乳と生クリームも少し追加していれてみた。味もこのほうがまろやかになるようだ。 パッケージにかいていたアドバイス通りにライスには、カレー粉をいれて黄色くしてみる。 たしかに、白いソースに白いご飯じゃあまり映えない。試しに、ドイツ人にも食べてもらったけど、これがカレーだとはきがついてもらえなかった。(おいしい、とはいっていた。) やっぱりターメリックがはいっていないカレーは、カレーじゃないのか。 それにしても、黄色いと決まっているカレーを白くする。この発想はすごい。 発祥の地は北海道らしいが、スープカレーといい、この白いカレーといい、道産子は新しいカレーのクリエイターらしい。白カレー。 このカレーのような、カレーじゃないような、不思議な食べ物だ。 ぜひ、インド人にも試食していただきたい。おわり
2006年08月12日
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ここのところ毎日15度くらいで、雨。気分もすっかり陰気になってしまう。今日は仕事の前に、見習い時代から知っている、同期(だが、年齢は10才下の)のマイスターとコーヒーを飲みにいった。彼女は、マイスターの資格を去年とってから、また別の学校にいって勉強している。ドイツクラフト協会が主催しているその学校をでると、手工業クリエイターというタイトルがもらえるらしい。はじめ彼女は失業手当をもらいながら独立する計画をたてていたのだが、先日労働局から、手当をもらうには失業期間が2週間たりない、といわれて急遽就職先をさがさなくてはならなくなってしまったのである。しかし、まだまだ不景気なドイツ経済。ハローワークの彫金マイスターの求人は一件のみ。しかも、そこはかなり評判の悪い、協会でも問題になっている宝石店なのである。2週間不足といい、求人といい、まったくついていないよ、、、、となげく彼女だが、聞いた話によると、ミュンヘン市内の大きな工房が倒産してしまって、何名ものマイスターが今職をさがしているらしい。そうでなくても、マイスターの就職というのは難しい。というのは、職人とマイスターの給料はかなりちがうために、小さいお店はコストダウンの為に職人を雇うほうが多いからだ。私の友人のマイスターのなかには、職人のお給料で現在雇われているひとさえいる。独立するにしても、雇われるにしても、マイスターになった後も、その先のみちは険しいのであった。おわり
2006年08月11日
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ジュエリーをつくっている、というと、日本ではよく「アートクレイですか?」と聞かれるが、ヨーロッパの貴金属細工師は銀粘土というものは知らないし、使わない。そのかわり金属をまげて、削って、組み立てて、ロウづけして立体をつくる、という作業をしている。工具は、糸鋸、ヤスリ、ペンチ、バーナー、、、、といろいろ必要だ。大体の場合は、ひとりの職人がはじめから最後の仕上げまで出来るわけだけれど、たまに、他の職人さんにたのまなければいけない作業、というものがある。石留め(簡単なものは自分でするが、複雑なものは専門職に依頼する)、鋳造、メッキ、などがそれである。大量生産のジュエリーはほとんど、鋳造でつくってある。ひとつモデルを作ってその型をとって、金属をながしているのだ。こうすれば、同じものが、何百、何千とつくれる。私の場合は、何百も大量生産はする必要はないけれど、同じパーツが数個必要なものなどには、この方法を使っている。ひとつ、モデルをつくればそのコピーをつくれるのだから簡単といえば簡単だが、他の職人に頼む分、そこで面倒なことがおこったりする。特に、急ぐ場合などは、何度も催促の電話をかけなければならなかったり、欠陥品があったり、数がたりなかったり、いろいろなハプニングがおこる可能性があるし、実際にかなりの頻度でそういうことがおこってイライラさせられる。すべて自分で出来ればそれにこしたことはないのだが、新しい機械を買わなければならないし、技術を習得してきちんと出来るまでにかかる時間と労力を考えると、やはり専門の人にまかせるより他に方法がない、ということになる。今日も、とりにいったら、まだ完成していなかったうえに、仕上がったものが欠陥付きで、結局3往復しなければならなかった。仕事はすべてインディペンデントに出来るのが一番よい、としみじみ思う。おわり
2006年08月10日
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イベントの次の日は、一気に気がぬける、というか疲れがでる、というのか、とにかく眠い。次の日くらいは、だらけても、、、、という気持ちもあるからもっとねむくなるのだろうけれど。ゾロ目の日程でイベントやることにしてから、招待状を送らなくても、顔をだしてくれる人がでてきてうれしい。実はこれが狙いだったりするのだが。今回も、ミュンヘンから100キロほどはなれた郊外から、古い友人が訪ねてきてくれた。私が、まだヘヴィメタ少女だった18才の頃の友人である。彼とその仲間は、毎週、アウトバーンを車でとばして、ミュンヘンのハードロック系ディスコに通っていて、そのディスコのなかで、我々も知り合ったわけだけれど、15年たった今、そのころの話になって笑い転げていると、そんなに年月がたったとは思えない。違いと言えば、その当時メタリカのヴォーカル似で長髪だった彼が、スキンヘッドになったくらいか。頭髪がさびしくなるくらいなら、いっそのこと剃った方が潔い、というのが彼の哲学なのだそうだが。90年代のはじめ頃はまだ、ミュンヘンのあちこちにハードロック、ヘビメタ系のディスコがあって、毎週違うところにいったり、はしごをしたりしたものだ。今は、そのころのディスコはほとんどつぶれたりして姿を消している。ハードロックなんてかけている店ももうないだろう。私もそのころはもちろん髪は長くて、ヘッドベンギングをしすぎては、むち打ち症のようになっていた。私の古き良き時代、青春である。そのころの仲間は、結婚して子供もいたりするし、なかには奥さんが嫉妬深くて遊びにいかせてもらえない、というひともいるらしい。しかし、ぜひまたそのころのメンバーで集まってみたいものである。おわり
2006年08月09日
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今日は、これからイベント。まだ準備が終わっていないというのに、何を思ったか、宝石のディ-ラーとのアポを入れてしまった。職人仲間2人が必要な石を購入していたので、ディーラーはきて損はしなかったわけだけれど、私自身は石なんてゆっくりみている余裕がまったくなし。ディーラーにはたいへん申し訳ないが、後日またきてもらうことにする。イベント当日にアポを入れるなんて、どう考えても無謀であり、もうこれは頭がもう全然働いていない証拠であろう。さあ、これから着替えて本番である。おわり
2006年08月08日
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もう明日にイベントがせまってきた。昨日は、友達とケーキを焼く、などという逃避行動にはしってしまったし、もうすべてが自業自得なのだ。仕方がないので、今出来ているもののみで展示しよう、とひらきなおる。毎回開き直っているので、次回は、、、、と思っても、思うようにいかない。今回は、別の彫金マイスターの作品も一緒に展示することになった。はじめは、もうひとり候補がいたのだが、こちらから連絡しても音沙汰がなかったので、私はこの話はなかったものとして、準備をすすめていた。すると、今日、そのひとから電話がかかってきたのである。作品をいまから届ける、と。私が、今回の展示会にはもう間に合わない旨をつたえると、たいへん驚いた様子である。ギャラリーをはじめて、プライベートとビジネスはまったく別物だということがわかった。プライベートでどんなに気があう人でも、ビジネスという関係になるとまったく異なる法則、があるのだ。ビジネスの関係になったとたん、態度が180度かわった知り合いもいる。友人と契約する際には、いつも以上に細部に注意を払わなければ、友情が壊れてしまう可能性も大きい。そういう面では、毎日が勉強である。失望し、裏切られていくなかに、段々ひとを見る目が養われていくのだろうか。おわり
2006年08月07日
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ひさびさにケーキを焼いた。しかも、友人3人で。数人で、一緒にお料理をするなんて、家庭科の授業以来かも、と思ったりする。男児厨房にはいらず、とはまた意味合いがちがうが、実は、私は自分の台所にだれかがいるとおちつかないタイプなのである。それが、意外におもしろいものだということを発見。かなりたのしませてもらった。女3人が集まってキャーキャーいいながら、生クリームを泡立てたりしていると、ふと小学校の調理実習を思い出す。「班ごとに好きなものをつくっても良い」という先生の言葉をまにうけて、班長の私が提案したのが、チョコレートパフェ。アイスクリームをもりあわせることのどこが、調理なのだろうか、と思ってしまうが、「好きなもの」といわれて、私にとってその当時好きなもの、といえば1も2もなく、チョコレートパフェだったわけだ。しかも、私にとってチョコレートパフェは、お出かけをしたときにごくたまーに食べさせてもらえる、憧れの一品。乙女のアイテムなのである。当然、先生も「食べたいものをつくれ」という意味ではなく、「調理したいものをつくる」という意味で、「好きなものを作っても良い」といったわけで、チョコレートパフェ、などという案がでるとは思ってもみなかったことだろう。しかし、お腹いっぱいチョコレートパフェを食べることでもうすでに、頭もいっぱいになっている私は、いろいろとへりくつをならべて、結局この案を通してしまった。当日は一応、調理実習なので、生クリームを泡立てるところからはじめて、チョコレートソースと一緒にそのホイップした生クリームを、喫茶店のチョコレートパフェの写真をもとにていねいにデコレーションしていく。しかし、いくらホイップのしかた等に凝ってみたって、たかがパフェ、である。またたく間に出来上がった、バカでかいチョコレートパフェを前に我班だけが、異様にめだっていた。肉じゃがやら、チャーハンなどをつくるとなりの班の横で、チョコレートパフェデラックスを食べている我々は、当然のごとく他の班から、妬みと羨望のまなざしを一身にうけることになってしまったわけだが、このときほど、私の班長としての株があがったことがあったであろうか。いや、たぶんこのときだけだったと思う。しかし、私のチョコレートパフェへの熱い想いは、お腹いっぱいパフェを食べたことで一気にさめてしまったのである。恋なんて結局そういうものなのかもしれない。おわり
2006年08月06日
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次の展示会のイベントまで、2日をきってしまった。いつものことながら、まだすべて作品がそろっていない。毎回、毎回同じタイミングで、同じパニック状態におちいるのだから、そろそろ学習しても良いはずなのだが、喉元過ぎれば、、、、というやつで、まったく進歩がないのには困ってしまう。しかも、イベントのおまけとして、例の友人と数曲演奏することになっているのだが、その友人はあの講演会の後にすぐ、ヨギ、ダディのあとを追って、彼女のセミナーにいってしまったのである。そして、彼女が戻ってくるのが月曜日。イベントが火曜日。またしてもぶっつけ本番、ということになる。どうなることやら、少々(たいへん)心配な週末である。おわり
2006年08月05日
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昨日は、ミスティックと科学の対面、という講演会にゲスト出演した。とにかく一日前にきた話で普通なら断っていたところだが、イベントの内容に興味をもったので急遽参加をきめた。世界的に有名なインドヨガのヨギ、DADI JANKI さんと、これまた世界的に有名な核、量子物理学者 DUERR教授の夢の対談が実現したのは、ミュンヘン工科大学のホール、AUDIMAX構内。1500人ほどはいる新しいホールはほとんど満員。二つの世界の英知が対面、という謳い文句で開催されたこのイベントは、まさに、神秘と科学の遭遇だった。世界にちらばるラジャ ヨガセンターの創立者で、世界でもっとも安定した精神の持ち主、と脳波のテストの結果科学者のお墨付きさえもらった、ダディ。ノ-ベル賞受賞者、ハイゼンベルク教授の後任者で、グローバル チャレンジ ネットワークの創立者、デュル教授。この一見正反対のようにみえる世界観。しかし、ふたりの話を聞いていると、世界はつながっているのだ、ということを実感する。白髪のデュル教授は、とてもやさしそうな風貌の紳士だ。点もコンマも無視するような、まさに滑るような話し振りのなかにウィットのきいたジョークがまじる。科学からみた、世界の定義、人間の定義、科学の可能性、限界を解きながら、科学的思想構造にのみたよっていきることの危険さを暗示する。ヨギ、ダディは、真っ白いサリに身をつつんだちいさなおばあさん。90歳(!)の高齢にもかかわらず、世界を走り回り講演をしたりしているという。その若々しい肌のつやと、輝く瞳からは、とても90歳にはみえない。これから、ステージでピアノを弾かなければいけないというのに、2m先の彼女のオーラが私のところまで届いてきたのか、一目で彼女に圧倒されてしまった。時には、静かに、そして突然言葉をきるように激しく訴えるダディ。(ヒンズーからドイツ語に通訳)UN環境会議のさいに、WISDOM KEEPER(英知の保持者)と呼ばれただけあって、そのあたたかい言葉ひとつひとつにずっしりと重みを感じる。我々は、我々以外の世界をかえようとしてはいけない。共通の言語は、ドイツ語でもなく、英語でもない。真実を語るこころ、だと。最後に、ステージ上でデュル教授とダディ、ダディの弟子と握手する機会があった。ダディと弟子たちにかこまれて、しっかりと抱きしめられたときに、もうなんともいえない気持ちになって、ステージにたっていることも忘れ、思わず涙がでてきてしまった。言葉をかわさなくても、理解しあえている。無条件にうけいれられていることの実感。ステージ上でなければ、1000人の人にみられていなければ、声をだして泣き出していたにちがいない。まったく、はじめての体験だった。きのうの今日のイベント参加ではあったが、このときには、ただただ、このすばらしい人生の先輩たちに出会えたことに感謝していた。おわり
2006年08月04日
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今日も雨。そして寒い。仕事をするにはもってこい、な天気かもしてないが、今日はそうはいかない。なんと、急に今日の晩ステージにたつことになってしまったからである。私の一番古いドイツでの友人Mは歌手でソングライター。(ジャンルとしては、ゴスペル歌手といったら良いのか)ここ数年一緒にコンサート活動をしている。なんといっても、15のときからのつきあいだから、遠慮なくなんでもいってくれるのはかまわないのだが、彼女の特徴は何をするにも、突然、なのである。端から見ると、すべてがいきあたりばったり、思いつきで行動しているようにもみえるが、彼女には彼女のやり方があるらしい。彼女はいつも突然電話をしてくる。2週間前に、コンサートの伴奏を頼まれるのにはもう慣れた。1週間前に5曲新しい曲を渡されたときも、なんとかこなした。(注 ピアノは私の本職ではないから、仕事の合間の練習となる)しかし、今回は1日前。しかも、会場は1000人くらいはいるらしいし、(入場無料なのでもしかしたらガラガラかもしれないが)演奏は録音される、という。この話をもってくる彼女も彼女だが、引き受ける私も私である。彼女とはいろいろと危ない橋をわたってきたけれど、毎回「こんな危ないこともうしません!」と宣言しているのに、いっこうに改善されないのは、こういうスリリングな体験というものに、すでに中毒になってしまっているのかもしれない。とにかく、今日はリハーサルなしのぶっつけ本番、なのだ。彼女のおかげでそういう変な度胸だけはついてしまっているのは事実である。感謝するべきか、しないべきか。かなり悩むところではある。おわり
2006年08月03日
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ミュンヘンは一気に涼しくなってしまった。でも、こんなに急に寒いくらいに気温が下がると、これも気にくわない。あんなに暑い暑い、と文句をいっていた私だが、すこしだけ、涼しくなってほしかっただけなのだ。すこしだけ。寒く、とは誰もいっていない。ここの、繊細なここちよさ加減が調節できないのが、ミュンヘンの気候の特徴である。とにかく、気温の変化が激しい。一日20度くらいの上下は当たり前。いつ暑くなって、いつ寒くなるかわからないから、夏物も冬物も一年中必要、ということになってしまう。これがなければ、最高に暮らしやすいところなんだけれど。こちらでは、雨が降ると一気に気温が下がる。真夏日の夕立の後はとても爽やかだ。空気も澄んでいて蘇った気分になる。このことに慣れてしまった私の頭の中には、夏+雨=涼しくなる。という方式が出来上がってしまっていたらしい。去年の夏、日本に帰国していた際に、暑くてダラーっと家にとじこもっていたら、雨が降ってきた。雨の後=快適 と思った私は突然元気になってまったわけで、急いで着替えをした。上機嫌で外出しようと、外にでると、、、、、、。そこはサウナ、、だった。(涙)日本では、雨=気温ダウン ということはなく、夏+雨=蒸し風呂 ということを日本ボケしている私はすっかり忘れていたのである。とても悲しい気分になってまた家のなかにはいったのは、いうまでもない。天気というのは、ドイツでも日本でも思うようにはならないものである。おわり
2006年08月02日
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私は、まだ完璧なブラインドタッチができない。時々キーボードをみなければうてないので、かなりうつのが遅い。ピアノが出来るから、といってドイツの高校に入学したときには、いきなりタイプライターの上級クラスに入れられたのにはおどろいたが(タイプライターにさわったことさえもなかったのに)いくら、ピアノが弾けてもそれが自動的にうつ早さにはならない。とにかく、思ったことをそのままうつ作業が遅いので、紙に下書きをする、という原始的なことをいまだにしているのだが、最近、その殴り書きした自分の字をみて唖然とした。きたない!字がものすごくきたないのだ。そしてしみじみと字というものは使わないと上達しないし、段々へたになっていくのだな、、と実感する。確かに、日本語を書く機会はあまりない。昔はお習字も習っていて、日本にいた当時は字はきれいなほうだった、にもかかわらず、だ。しかし、それから全然上達していない。というか、子供の字のまま。その反対にドイツ語を書くときのロ-マ字は大人の字だ。両方とも自分の字なのに、あまりの違いにあらためてびっくりする。このままではあまりにもはずかしいから、日本語を綺麗に書く努力をしないといけない、と決心する。しかし、これは思った以上に難しい。字も、使わないと錆び付いてくるが、漢字も使わないとどんどん忘れていくものだからである。とてもきれいな字でしたためた文章でも、ひらがなばかり、というのでは洒落にもならない。おわり
2006年08月01日
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