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神様、南海トラフ地震が来るそうですね。ネットで見る限り、一部敏感な霊能業者さんたちにはすでに具体的なメッセージが届いているようですね。あおり、ととらえる向きもあるでしょうが、科学的なことはおくとしても、わたし自身は、東北の津波の半年くらい前に、地元の占い師が「怖いことを見せられた。お宅標高いくつ?ときいてきたことがあったので、予言とか、お告げとか、そーいうことは確かにあると思います。問題は、誤差ですが。先日、ホームセンターに買い物に行ったとき、なぜか自分の車の右後部から目が離せなくなり、駐車場で数分座り込んでしまいました。その30分後、自宅の前の一本道で、対向車が、ふつーそこで寄せて避けるでしょ!という地点をすべてスルーし、わたしの車に向かってくるので、仕方なくバックしていたら、実はゆるーくカーブしていた農業水路に右後輪、落ちました。普段からわたしはドジには違いないですが、後で考えて、「気づいていたのになんでいつも以上に注意しなかったんだろう」と思わずにはいられませんでした。まあ、山の中じゃなかったし、ジャンバルジャンばりの怪力でもちあげたので(近所の男性陣に手伝ってもらったけどわたしも日頃鍛えてますからね!)事なきを得たのですが、大震災とはレベルが違うとはいえ、人間のアンテナには、時空を超えて引っかかるものがあるようです。それを「神からのメッセージ」と言うには抵抗がある人も多いでしょうが。さて、前述のローカルの霊能者さんですが、その「神様に見せられた災害のビジョン」にビビって「もうみせんといて」と言ったそうです。プロのくせになんだよ!いつもいばってるくせに!使命を果たせ!と実はがっかりしました。でもプロにもいろいろあるということでしょう。個人相談で商売しているので、「神様」によく「やられる」(責められる)と言っていました。(もっともがつがつやらなくても、顧客は感謝で車でも何でも占い師にくれるのは本当です。)そういえば、わたしが最後にあった時、何となく以前感じていた、ヒンヤリしたオーラ?がないような気がしました。彼でなく、わたしが悪い?でも息子が12才でなおると昔言ったのに、なおってません。わたしが育て方をまちがった?わかりません。でも芸人の陣内が相談にきたと喜んでいたので、やっぱり俗世の垢でくすんでしまったのかもしれません(勝手な想像)ところで陣内さんは占いマニアだそうなので、複数行ってると思います。わたしは「破門」みたいなことになっています。ある日、「わしのことを馬鹿にしとるだろう!」といちゃもんをつけられたのでどなりかえしたのです。馬鹿にはしていませんでしたが、いつもお母さんを泣かせた不良時代の話をしたり、女房を殴る話をするので、町長とゴルフをした自慢話以上にそれがなんとなくやだなあと思っていたことは確かです。でも、スーパーナチュラルな力は信じているし、その人の人間性もぎりぎりまで信じようとしていたのですが。その人は結局わたしのそういう苦悩が見えなかったのだと思います。こんな鈍いわたしに見透かされてると勝手に思い込んでいたのかもしれません。ヒンヤリ、というと思い出す事があります。昨年わたしは近所の「お宮の当番」でした。そこは弁財天の小さな氏神様ですが、宮司はいないので、はっきりいって関係ないメジャーな神社からタクシーで年3回お呼びするんですが、先代の後をついだのは未亡人、年配の女性です。ふりがなをふった祝詞を持っていらっしゃる。でも、なんだか、ヒンヤリしました。「へー」と思って、次回を楽しみにしていたのですが、なぜか次回は何も感じませんでした。祝詞が終わって宮司さんもきづいたのですが、実は、お供えのお酒ののしの神社名がまちがっとるやんけーだったのです!スーパーの人がつくりまちがえたのです。神様には名前がある、しかも自分の名前を知っている、のかも知れませんね。さて、「エホバの証人」の方たちが「神様はこの世界の不幸に無関心な訳ではない、病気の人は癒されるのだ」という趣旨の冊子をよく配っています。そうかもしれないけど、やっぱりうちの子は病気で生まれてきて、今も病気です。毎日苦しそうです。ほかの親がそうであるように、わたしは不思議に思います。「なんで?」たぶん神様もよそ見することがあるのかなと思います。よく言われるように、「神も仏もあるものか」的無神論はちょっとやけくそで正しくもかっこよくもない気がしますし。夏に真言宗のご住職に「よくも悪くもならない」というメッセージをいただきましたが、はいはい、わかってますよ、と思ったけれど、なんだかやっぱり「いや少しはよくなるでしょ」という考えが去りません。わたしが合っていて、高次元の存在がまちがっているということが果たしてあるのでしょうか?スーパーナチュラル信者としては新たな説で自分を納得させなければいけません。というわけで、混乱してきました。車を脱輪させるほど3次元に疎いわたしが、何次元ならとらえられるというのでしょう?絵を描くことがわたしにとって表現であると同時に「お経」「祝詞」であるとは思うのですが、最近絵を描いていないので、わたしこそ、世俗の垢にまみれて鈍化しているかもしれません。こんな状態で、「わたしの絵をもっと認めさせたい」と思うのはまちがっていますね。でも過去の作品には、自分の力以上のいいモノもあると思うので、見ていただきたいという気持ちには変りありませんが。予知と言えば、妊娠中、非常な情緒不安に声を上げて泣いたことがありました。自分の子供時代の記憶のせいだと思っていましたし、泣いたことで胎児に悪い影響があったのかと気に病んでいました。でも、わたしは、自閉症児が生まれることに気づいていたのかもしれません。見えていても避けられないことがある...。何となく、わたしも東京は近い将来大きく被災して少なくともオリンピックには差し支えそう、という気がしてしまうのですが、それが田舎者の都会への嫉妬あるいは悲観主義でないとは言い切れません。気がする、んじゃなくてはっきり見えた人はどうするのかな?....うーまた、混乱してきました。わたしはよほど低次元の人間のようです。では皆さん、よいイヴを。
2013/12/24
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