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ホームページの紹介文を変えてみた。今までは「上手く生きられなくてもいいじゃない」だった。その言葉自体はいいと思っていたのだが、問題は「上手く生きられなくて・・・」と表示されてしまうこと。なんだか意味が全然違ってしまう。前向き感というか開き直り感がなくなってしまう。そんなにネガティブじゃないつもりなんだけど・・・。忙しいと早死に願望が出てくるけどね(^^;「上手く生きられない」というのは、「器用に生きられない」ということ。今でも器用ではない。でも、このHPを始めた時よりは自分に自信がついてきた。マイペースだけれども前に進んでいる。「上手く生きられない」という言葉自体、後ろ向き感が少しあるし、短い言葉しか表示できない紹介文は違う言葉の方がいいなぁと思い始めたのだ。(トップページには残っているけど、あれはずっとあのままの予定。)そんなわけで、新しい紹介文は「自分なりの人生記録」この言葉もそれほど気に入っているわけではないんだけど、確実に表示される長さの言葉で考えたら、これ以上いいものが思い浮かばなかった。結局この「自分なり」もトップページの文章にある言葉。私も語彙が少ないからなぁ・・・。ま、HPの方向性が変わるわけでもないし、自分自身も少し前には進んでいるけど方向が変わったわけではないし、変わりばえがしないのは仕方ないか(笑)
2004.01.25
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書いたはずの日記がない。寝不足になってまで書いた意味がないじゃないか。ちょっとイライラしてきた。今から書いたら明日も寝不足か?内容も少し変わってくるかもしれない。でも書かなきゃ。逃げてはいけないから。前回の日記に書いた「あんたは何様?」私にこそ言ってやりたい。私は余裕がないと利用者対応が荒くなることがある。それをまたやってしまったのだ。心にゆとりを持つために、日頃からストレス発散につとめればいい?はっきり言ってそういう問題じゃない。私の余裕をなくすのは利用者達だから。ペーパーワーク等がたまっている時だって余裕はなくなるけど、勤務内での利用者対応にまで影響することはない。勤務時間中に余裕がなくなる原因はやっぱり利用者だ。普通じゃ考えられないようないろいろなことをする利用者達。すぐに対応しなくてはならない状況、マンツーマンで対応すべき状況、それらが職員1人の時にいくつも一緒に起こることがある。めずらしいことではない。他の利用者のところに早く行かなくてはならないのに、目の前にいる利用者が思うように動いてくれない。かといって、その利用者をそのままの状態で放っておくこともできない。焦りからか対応がかなり荒くなってしまう。冷静になってからは後悔する。直さないとって思っている。でもセルフコントロールがきかない。ほんとに私こそ何様だよ。この仕事をしていると自分の醜さをつきつけられる。辛い。それでも仕事が生き甲斐だと思っていて、利用者に幸せになってほしいと心から願っている。今後利用者支援について意見を出していったら、私に対する目も厳しくなるだろう。人に言えるほどの支援をしているのか?はっきり言って恐いよ。それでも、これは前進するチャンスだ。私は逃げちゃいけない。
2004.01.18
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昨年は後半仕事に追われて忙しかった。ようやくちょっとゆとりがある状態になっている。そのゆとりを私は結局仕事に捧げようかと思っている。今年度中にやっておきたいことがいくつかあるのだ。1つは、以前同僚がやろうとしたけどできなかった仕事。利用者支援の1つなのだが、その同僚はたぶん実現しなかった理由が理解できていない。もっと目的を絞らないといけなかったのによくばりすぎて、上司に却下されたのだ。そういう私も、却下されて初めてよくないところがわかったんだけど。その支援自体はいいことだし、今年度やる予定だったことだからやりとげたいのだ。複数の人で進めていたことだが、中心となっていたその同僚はたぶんやる気をなくしている。私がやるしかないんだな。一応キャリアだけは長いしね。もう1つは職員の意識改革。こっちの方が断然難しくて大変なこと。利用者に対して「あんたは何様?」と思うような態度をとる職員が何人もいる。私よりも年下の後輩職員でも。利用者の方が人生経験は長いのに。私と同年齢の利用者にとったのと同じ態度で私に接することができるのかと問いつめてやりたい。個々の障害や性質にあった対応?それ以前の問題だわ。これでうちの施設が良い評価をされているなんて話を聞くと情けなくなる。実態を知らないだけなのか、他がひどすぎるのか。ただ後輩達をそのような職員にしてしまったのは、私の責任でもあるのだ。本当はその後輩達が新人だった頃にきちんと伝えなければいけなかったことだから。当時の私は自分に自信がなさすぎた。知識も情報も少なく、福祉に対する信念も確立していなかった。だから何も言えなかった・・・。私が新人だった頃に教わったことも伝えられていない。こんな状態じゃ当時の上司に申し訳ない。今なら伝えられる気がするし、伝えなくてはいけない。被害者は利用者達。私はもう憎まれ役になってもいい。どうせ古狸さ(笑)(今まで古狸面してなかったけど、なんかどうでもよくなってきた)これをなんで今年度中にやっておきたいのか。まず、私がいつまでこの施設にいるかわからない。異動も考えられるからね。あとは4月に新しい職員が入ってくるまでに少しはよくしておきたい。私1人が頑張ってもそう簡単には変わらないのはわかっているけど、何もしないよりはまし。でも、偉そうなことを言っているけど面と向かってその職員に意見を言う勇気はないんだよね・・・。だから会議かなんかで取り上げてもらおうかと思っている。それも去年の私では考えられなかったこと。私は少しずつしっかりしてきている。私が変わってこれたのは自分のADDを知ったことがきっかけで、発達障害関係の知識が増えたから。ADHDや自閉のサイトをいくつも回ってすごく勉強になった。それが私の土台にある。施設で働いていると施設内のことしか見えなくなりがちである。でも、インターネットは違う。情報であふれている。親の立場、専門家の立場、本人の立場、いろんな視点がある。いろんな経験、いろんな考え方がある。多くのそれらの情報に触れることで、自分の考え、芯がはっきりしてきた。それが私の自信の源なのだ。と言っても、まだまだ人を前にすると弱々しい私だが(爆)でもね、今回は自分の思う道を進むよ。「汝の欲することをなせ」自分を裏切り続けるのも辛いからね。もういい年なんだから憎まれ役も適任かも?障害福祉は天職なのかなぁ?仕事が辛くても結果が出ればうれしい。だから、ついやっちゃうんだよね。ちなみに、この高齢化社会なのにそちら方面に進もうなんて気はさらさらなかった。子供の頃から関心があるのは障害福祉と児童福祉のみだったからねー。長続きしないと言われるADDだが、転職経験は1度もないし。こう考えると結構順調な人生なのかも。
2004.01.12
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まず、昨日のその後。スローペースながらもちょっとは片付けをした。要領よくなんて考えない。ぼーっと空想にふけったり、本を読む等全く違うことをしたりするのだけは避けた。とにかく目に付いた簡単に片付けられる物を拾って、1つずつしまっていっただけ。ただ途中でアクシデントが。棚の高いところに物を戻すために椅子に乗ったのだが、そのキャスター付きの椅子が動き、バランスを崩し落ちてしまったのだ(^^;我ながら見事な倒れ方だった(笑)派手に倒れたわりにはどこも痛めずにすんでよかったけど。ただ、私がぶつかった衝撃でゴミ袋がやぶれ、テレビ台の戸がずれた。戸を直そうとして逆にはずしちゃうし・・・。最終的には直ったからホッとしたけど、結局それで片付け時間は終了。ちょっとはきれいになったけど、まだ物が散らばっている・・・。でも、なんとか許容範囲だ。その後夕食にラーメンを作った。インスタントだけど、カップラーメンじゃなく鍋でつくるやつ。これも数年ぶりだ。この休み期間私にしてはいろいろやってるなぁ。レベルは低いが。食べている間に母帰宅。この母の不在がなかったら、こんなにいろいろやらなかったのは確実だ。今回のはいいきっかけだったな。ちょうど連休だったから挑戦できたんだけど。そして今日。それなりにやるべきことはこなした。予定通り郵便局と銀行と本屋に行き、スーパーにも寄って風邪気味の母の代わりに買い物も済ませた。母の買い物メモを頼りに最低限の物を買っただけだけど。子供のおつかい状態(^^;でも、この年末年始で3回もスーパーに行った。今まで年に3回も行ってなかったことを考えるとすごいわ・・・。母がいない時はいつもコンビニ弁当で済ませてたもんね。これからも、仕事があればきっとそんな感じになるだろうが、なんだか余裕さえあれば前より気軽に買い物も料理もできそうな気がする。ま、今日は料理はしなかったけどね・・・。買い物後漫画を読みふけり(^^;、夕方ようやく掃除にとりかかる。片付けではない。「掃除」だ。やっと掃除機にたどり着けたよ~。まぁ本当はもっときちんと片付けをしたかったけど、それにこだわっていたら掃除機まで手が回らない。結局細々した物をちょっと机やベッドに乗せてごまかしてしまった。だから、見た目片付いた部屋ではない。きれいと感じるのは、年末の私の部屋を知っている人くらいか?でも掃除機がかけられたのは大きい。前に掃除機をかけたのがいつなのかは私も知らない。私が留守中に、あいているところは母が掃除機をかけるから。でも、勝手に片付けることはしないので本当に床が見えているスペースだけ。ここ最近はそんな空間なかったからね・・・(^^;今日はキャスター付きの棚もきちんと動かして、できる範囲はすべて掃除できた。自分でやってみると結構大変なことに気付く。ベッドも置いてある狭い6畳の部屋に、キャスター付きの棚は4つもあるのだ。小さい物もあるけど掃除のために動かすのは面倒だな。いつもは動かそうにも場所がなくてあまり動かせないけど(^^;前に自分で掃除したのはいつだっけ・・・?1年くらい前だったかもしれない。今年はもう少しやらないとなぁ・・・。何もかも母任せにしすぎ。去年は本当に仕事中心の生活だったから、今年は少しは家のこともできるようになりたいなぁ。今までもそういう思いだけはあったんだけど、今度は行動に移したい。仕事はマイペースっていうわけにもいかないから、仕事量に左右されてしまうところもあるんだけどね。でも休養と称して無為に過ごす休みを、少しは家事に回すことができないかな。少しずつでいいから前に進みたい。今回の連休は1回友達と遊んだだけで、あとは家にいたけれど、普段しないことをして、いろいろ考えることもできて、いい休みだったと思う。
2004.01.06
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細々としたものが散らばる部屋で途方に暮れている。今日は何もできていない1日。朝、起きる時間が遅かったところからダメだった。目が覚めても布団からなかなか出られなかったのだ。だから、洗濯が遅れた。昼食を作るつもりだったけど、洗濯干しと時間が重なるからやめた。本当は今日掃除機をかける予定だった。でも昨日片付けが進まなかったから、今日は片付けを終わらせればいいやと思っていた。でも、気づけばパソコンの前にいた。今しなくてもいいことばかりしていた。いい加減片付け始めようと思った時、間違いに気づいた。今日は可燃物の収集日だから、昨夜ゴミを台所に出していた。でも、部屋に可燃物がいっぱいに入ったゴミ袋がある。間違えて不燃物の方を出してしまったのだ。もちろん父に収集場所まで間違えて持っていかれたわけじゃないけど。ただあと数日この大きなゴミ袋を部屋においておかなくてはならないだけのこと。でも、今から片付けをしようと思っていたところで気づいたのは痛手だった。この邪魔なゴミ!イライラが襲う。許容量オーバーだった。そうして過食をした。食べながら自己嫌悪感が襲う。ここ最近私はかなり太った。背中の肉付きなんて悲しいくらい・・・。腰痛も続いている。食べ物をコントロールしなくてはいけないのにできない。過食と言ってもやけ食いに近く、量はそれ程多くはないのだが、嘔吐をしないので、そのまま体型に影響する。嘔吐をしちゃった方がいいのかなぁ・・・。実は反芻癖があるので嘔吐もできるはずである。でも嘔吐をしちゃったら、食べる量もますます増え、それこそやめられなくなって、本当の摂食障害になってしまう。本当は反芻もやめたいんだけどね・・・。食べるのをやめてからも、片付けは進まない。気持ちが嫌なイメージにとらわれてしまっているようで、前向きな気分になれない。音楽での気分転換もできない。聴きたい曲が思い浮かばないから。今の気分に合っている曲はどれなんだろう?ちょっとゴミを拾いつつ、頭の中では空想が始まり、思いつきから本を読み始める。ハッと我に返るともう薄暗い。もうそろそろ洗濯物をとりこまないと・・・。自分の中で決めていた時間より先に父が洗濯物の取り込みを始めたことで、またイライラし始める。父がやってくれた方が楽だろうに、自分の思い通りに進まないことへの反応の方が強い。さすがにこのイライラを父にあたりはしないが・・・。そして外は暗くなり、この物が散らかっている部屋で1人途方に暮れている。何から片付けていいかもわからない。ただやっとリタリンの存在を思い出した。寝る時間から逆算しても、まだ飲んでも大丈夫な時間。久々のリタリン頓服。これで先に進めるかな。こう日記を書いてみると、典型的なADDの悪い生活パターンだし。これから少し片付けをして、夕食(1人分)を作る予定。日記を書きながら頭もはっきりしてきた。これは薬の効果ではなく、「書く」という目的がはっきりしていることでぼんやり感がなくなったんだろうけど。このスッキリ頭のまま片付けができるのか!?今からちょっと頑張ってみよう。
2004.01.05
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あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。さて、タイトル通り今年のお正月はいつもの年とは違う。母が年末年始留守にしているのだ。年越しを挟んで数日間は父、兄、私の3人になる。母はうちの家族の潤滑油的存在のため、今までも母がいない時はそれぞれバラバラに過ごしていた。今回もそうなるのだが、そんなお正月は初めてだ。元々おせちは用意しない家だけど、ちょっとは正月らしいものを食べたり、家族でトランプをしたり・・。例年のそんな光景は姿を消す。私は日頃の家事不参加ぶりから、女1人でも母の代わりを求められることはない。食事はそれぞれコンビニで買ったりして済ませる。・・・でも、そんな正月は嫌だ。よし、私がお雑煮を作るぞ!そんな一大決心をしたのは年末、まだ母がいる時のこと。たかが雑煮でこれは大げさかもしれないが、家で料理をするのは数年ぶり、ちょっと包丁を持つことさえ年に数回程度なのだ。作っているところをまともに見たことさえないお雑煮を作るのは、やはり一大決心である。材料、作り方は事前に母に簡単に教わっておいた。そのメモを見ながら料理に取りかかる。しかし、当然だが手際が悪い(^^;分量もよくわからないし。でも、奮闘すること2時間弱(←もちろん普通はそんなにかからない)なんとかお雑煮(&磯辺焼き)を作ることができた。味付けはそれこそ自信がないので、父にも味見をしてもらった。案の定薄味と言われた(^^;私もちょっと薄いかな~と思ったけど、味覚が鈍いので・・・。ちょっと味を濃くしたらいい感じ♪そして盛りつけ。・・・こんなんで良かったんだっけ?何か今までの雑煮と見た目が違うような気がする。でも、何がどのように違うのかはわからない。視覚記憶が弱い私が、特に意識していなかったもの、しかも年1回しか目にしないものなんて覚えているわけがないのだ。今回自分で作ってみたから、きっと来年以降は意識して覚えるだろうけど・・・。とりあえず今回はそれらしくできたからOKだ。兄は出かけていたので、父と2人で食事をとる。口数少ない父が「おいしい」と言ってくれた。やっぱり娘が料理を作ってくれたということ自体うれしいのだろう。・・・でも、明日からはまた作らないからごめんね。今日の昼もコンビニで買ったパンなどを食べていた父。正月からそんなものを食べることになり申し訳なく感じるが、連日みんなの料理を作るほどの力は、今の私にはない。私自身これから数日は出来合いのもの中心になる。こんな状態を許してくれる家族には感謝だ。今日は正月早々洗濯もしたし、あとは掃除だな。これがいちばんの難関だ。私に課せられているのは自室だけだけど、掃除に至るまでの片付けが大変。この休み中になんとかやらなくては。とりあえず今日はやることやったので、とても気分がいい(^^)年始めからいい感じじゃないか。いい年になるといいな。
2004.01.01
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