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1ヶ月前ミュージックフェアで劇団四季の特集をした時の日記に落ち着いたらミュージカルを観に行きたい!と書いた。でもそんな日がやってくるのか?とも(笑)やってきてしまいましたよ、そんな日が!劇団四季のオリジナルミュージカル「ユタと不思議な仲間たち」を観てきたのだ。楽しかった~♪簡単に内容を説明すると、舞台は東北の小さな村。東京からの転校生ユタ(勇太)は村の子供たちに馴染めずいじめられていた。そのユタが5人の個性豊かな座敷わらしに会い、生きることのすばらしさを教えてもらう。わらしたちの特訓で体も鍛え、子供たちからもいじめられなくなる、という話。ストーリーに感動した・・・とはいかなかったのは、私が純粋じゃないからか(笑)いや、こういう善良な話ももちろん好きだけどね。座敷わらしたちは笑わせてくれたし、歌も迫力があって最高!私は一人が歌い上げる歌よりも、複数で歌うものほうが好きなことが多いんだよね。座敷わらしたちの歌のほかに、ユタや座敷わらしや子供たちやユタの味方の女の子が入り乱れて歌うナンバーがあって、それもすごく良かったな。ダンスも迫力があるのが好きだから、けんかシーンはわくわくした。何かあっという間に終わっちゃった感覚。実際ライオンキングとかと比べると上演時間は短いんだけど、楽しかったから短く感じたというのもあるのかなぁ。また近いうちに何か観に行きたいよ~。仕事ももっとしないとまずい状態なんだけど、合間を見てまたチケットとっちゃおうかなー。でもリフレッシュに時間を割き過ぎないように気をつけないとね。
2004.05.27
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今まで仕事で障害者と接してきて、自分自身もADD(注意欠陥障害)だとわかって、障害関係の本やHPも多少は読んできて、障害って絶対的なものじゃないんだなぁと考えるようになった。障害は変化する。これは障害者自身の成長や、逆に障害の進行という意味ではない。(もちろんそういう面もあるが、今回言いたいことは違う)障害者自身が変わらなくとも、置かれている環境によって問題となることが変わるということ。私自身、冗談としてよく言っていたのは、「仕事や生活面で苦労はあるけど、 お手伝いさんと秘書と運転手がいれば障害じゃない!(笑)」あ、今は異動して状況が変わったからジョブコーチもほしいけど(爆)もちろんそんな環境はあり得ないんだけど、仮にそんな環境だったとしたらADDの診断は受けていなかっただろう。冗談ではなく現実的なことも書いておこう。例えば言語障害のある人がいて、自分の意思が相手になかなか伝わらないのは「障害」だけど、いつも一緒にいる人は聞き取りにくい言葉も理解できて意思疎通に何の支障もないとしたら、それは「障害」じゃない。足が悪くても車椅子で自由に動き回れるのなら「障害」じゃない。でも段差1つで「障害」になってしまう。心の問題もあるよね。楽しそうに独り言を言いながら散歩をしている人がいたら、周りの人はどう感じるだろう?好意的に受け止めるか眉をひそめるかで「障害」って変わってくると思う。障害は環境によって変化するのだ。上に書いたようなことを最近考えていたんだけど、昨日機会があって学生時代のノートを読み返していたら、障害者福祉論という講義のノート1ページ目に「障害というのは個人と環境の関係で生じる」と書いてあった。10年位前のことだから仕方ないかもしれないけど、これは覚えてなかったなぁ・・・。つまりあらためて実感したのが最近というだけで、私の核となっているのは学生時代に学んだことのようだ。これに関連したことで、3つの障害の概念について講義で習ったことは覚えていたんだけどね(なんとなくだけど^^;)<WHO(世界保健機関)の障害概念> ※(1)Impairment(機能障害) 目が見えない、足が動かない、知的障害等(2)Disability(能力障害) (1)に起因する。身辺動作やコミュニケーションがうまくできない等(3)Handicap(社会的不利) (1)(2)の結果として生じた不利益。生活水準、評価が低い、就職できない等(1)は私たちにどうこうできることじゃないけど、(2)は工夫次第で改善できる。そして(3)はなくしていかなければならないこと。障害者本人ではなく社会の問題だよね。この障害者福祉論のノートにはこんな文章も書いてあった。「障害があるから障害者と呼ばれるのではない。 障害がある為に普通の人と同様の生活ができないから障害者と呼ばれる」障害は環境によって変化する。じゃあ障害者自身は何もしなくていいのか?・・・そんなことはない。本人の努力だって必要だよね。ただ、これもノートに書いてあった文章なんだけど「障害者だからといって、なぜ人一倍努力をしなければならないのか? 健常者と同じような努力でいいはずではないか」健常者と同じ努力というのは、健常者と同じことをするということではない。何にどの程度の努力が必要かは人それぞれ違うから。同じ努力でできなくても悪いわけではないということだ。今回あらためて文章にしてみたけど、学生時代に大切なことを勉強していたんだなぁ。こういう考え方は私にとって自然になっている。でも、福祉や障害に直接関わっていない人はどうなんだろう?社会が変わる為にはみんなに知っておいてほしいことなのに。※ WHOの障害概念は昔のノートと 「新版 社会福祉用語辞典」(中央法規)を参考にしました
2004.05.26
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職場で内線電話に出たら、かつての直属の上司だった。私が新人だったときに施設長だった人。数年で違う施設に異動になったけど、法人全体で役職にある人でもあり、その後も今だって顔をよく合わせる。その電話は私にではなく他の職員への用事だったのだが、異動後の私の様子も聞いてきた。「もう、ボロボロです(^^;」と答えたが、「顔色は悪くなかったから体調は大丈夫そうだと思っていた」と言われた。ああ、気にかけてくれていたんだなぁ・・・と嬉しかった。実はその人は私のADDを知っている。2年ほど前だっただろうか。具体的な話ではなかったのだが、いつ異動になってもおかしくないと言われた。当時、自分がADDと診断されて1年弱で、これから仕事面の立て直しも図っていこうと思っていた。とても異動なんて受け入れられる状態ではなく、迷った末にカミングアウトしたのだった。職場でADDをカミングアウトするのは基本的にタブーと言われている。障害名だけが一人歩きして、肝心な配慮はないなんてことになりかねない。だから、具体的な困っている症状を説明し、それに対して有効な対応、配慮を頼むという形が一般的かな。その配慮によって仕事が円滑に進めば、双方に利益になる。この「双方に」というのがポイントで、自分が楽になるためだけに話をしても理解は得られないだろう。これはADDの名を出して理解を求めるときにも同じだと思うけどね。そんな感じだから私も自分のADDはほんの一部の人にしか言っていない。立場的に知っておいてもらいたくて、しかも理解してくれる人。言ったことで自分の立場が悪くなっても本末転倒だしね。さて、この上司というのはとても厳しく細かい面があるので無条件に皆に慕われているわけではないのだが、私は密かに(笑)信頼を寄せている。「注意欠陥障害?何それ」ということにもならない確信もあった。職場が障害者施設だから一般企業よりも理解も情報もあるだろうが、知らない人、理解のない人はいる。(特に2年前は今より知られてないし)でもその人は、かつて「多動」について調べるように指示を出した当人なのだ。動きの激しい知的障害の利用者のことを多動だとみんなで言っていたのだが、そうではない「多動」という障害があるとそれで知った。ちなみに、当時本を読んでもピンと来ないままレポートをまとめた私(^^;ま、10年近く前の話ってことで(笑)わかってくれるだろうとは思っていたけど緊張したカミングアウト。理解してくれてホッとした。内心どう受け止めたのかは知らないが。元々私が計画的に仕事をこなせず悩んでいるのを知っていたから、自分に合った方法を工夫していきたいという前向きな気持ちが伝わったのか。ただ、職員として雇っているのだから障害だからと全て配慮できるわけじゃないというようなことは言われた。職員としての働きが求められる。これは当然のことだ。ボランティアではなくビジネスなのだから。「仕事を立て直したいからこの1年は異動したくない」と言って2年が経ち、とうとう異動することになった今年。その人が気にかけてくれていて嬉しかった・・・って、気にもなるか(^^;実際には本当にどうにかなっちゃいそうなくらい大変だったけど、乗り越えられそうな気もだんだんしてきているから、大丈夫と言っていいだろう。だからこそ笑ってふざけたように「ボロボロです」なんて言えるのかも。・・・そういえば、今まで自分にとっての異動しか考えてなかったけど、今なら異動しても大丈夫だろうという周りの判断もあったんだろうか?私の希望がどこまで伝わっているかも、誰がどのようにして異動を決めているかも知らないからなぁ。去年行われた直属の上司との話し合いの中では異動があるのなら受け入れると伝えていたから、私の判断であって、周りはそこまで考えてないのかもしれないけど。まぁ、いきさつなんて関係ない。気にかけてくれる人がいるというのは本当に嬉しいことだ。ちょっと前には、直接一緒には働いたことのない他部署の施設長にも「マイペースでいいんだから」と言われた。別に私が悩み相談を持ちかけたわけでもなく、ちょっとした雑談の中で「大変だ」ということを話しただけなんだけど。私はいろんな人に見守られ、支えられて仕事をしているんだなぁ。バリバリ仕事ができるタイプではないけれど、そんな私を認めてくれる人がいるというのは心強い。幸せなことだ。あとは、今現場で一緒に働いている同僚や利用者にも認めてもらえるようにならないとね~。前施設でも時間をかけてやってきた。今度も長期計画でマイペースにいくしかないんだろうね。
2004.05.20
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まだまだではあるけれど、少しずつ落ち着いてきているかなぁ。現場では緊張や不安があっても前ほどは感じなくなった。必死という感じ?当然だがまだ余裕はない。今いちばん情緒不安定なのは、休みの日の夜かもしれない。自分の為にやった方がいいことをやらずにまた仕事に行かなくてはならないから・・・。覚えていないことやわからないことはたくさんある。教えてもらったことは整理してまとめようと思っていた。初めの頃はまとめていた。それが、段々だれてきたのだ。・・・いや、働き始めて2週間程度ですでにまとめなくなっていたか。「綺麗にまとめながら書き写す」なんて、確かに私の苦手なタイプの作業だ。でも、この混乱する頭には一目でわかるメモが必要なのに。それがわかっているのに、ついその作業から逃げ出してしまう。私の嫌なところだ。時間のある休日はいつもやろうと思うのに、自分に負けダラダラしてしまう。音楽を聴いても本を読んでもテレビを見ても不安感はつきまとう。「こんなことやっている場合じゃないのに」なんでわかっているのにできないんだろうね?夜になって「○○さんのあの介助についてはどうすればいいんだっけ?」次の日にしなくてはならないこと、するかもしれないことがよくわかってない。教えてもらった時に書いた走り書きメモを探す。それで見つかればまだいい。書いてないときもある。探す時間がないときもある。睡眠確保も大事だし。どうしよう、どうしよう・・・・。強い不安とともに眠りにつく。現場ではいろんな人に聞き回りながらどうにか対応する。利用者に「いつになったら覚えるんだ」なんて言われることもある。不安や緊張は押し寄せるけど、とにかく必死になんとか乗り切る。仕事が終わるとホッとする。気が抜ける。必死にやったこと?・・・そんなのあっという間に忘れる。「なんとなく雰囲気はつかんだ」これでは次の介助の時もあたふたしてしまう。だからこそすぐメモに残して、それをまとめなくてはならないのに・・・。それができていないのだから、私なりに精一杯頑張っているとは言えないのだろう。自分が本当に頑張ってそれでもできないことは、仕方ないと思うし諦めがつく。まだやれることがあるのにやっていないから不安なのだ。もう5月も半ば。「わからない」「できない」では済まなくなってくるのに。・・・書き出しが「少しずつ落ち着いてきている」なんていう文章とは思えないような内容になってきたな(^^;一応、異動による環境の変化には慣れてきたと思っているのも事実なんだけど。この不安は異動によるものというより、前に感じたのと同じものなのだ。「やるべきことをやっていない不安」大切な仕事をしないでこんな不安によく襲われていた。反省しても何度も繰り返した。でも、昨年度後半は結構いい感じに仕事ができていて、こんな不安は感じずにすんでいたんだけどな。そういえば、異動してからスケジュール立ててないなぁ。まだ何をすればいいか上手くつかめていないから、計画も難しいんだよね。休日に「本日の予定」はホワイトボードに書いてるけど、実施できていない(^^;ああ、やっぱりセルフコントロールができていないのがいちばんの問題だ。きっかけは異動だけど、私にとっては普遍的な問題で悩んでいるから、こんな状態でも「落ち着いてきた」なんて言えるのかな。自分が不安なだけなら自業自得だから仕方ないけど、利用者や同僚に迷惑をかけるような状態じゃいけない。どうしたらうまくやれるだろう?
2004.05.11
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休みだからってこんなに何にもしないでいいのか。本当はしておいた方がいい仕事があるのに。せめてこの恐ろしく汚い部屋の片付けくらいは少ししようと思っていたのに。でも結局ダラダラと1日過ごした。昼に起きて、ご飯食べて、音楽聞いたり、漫画や本をとばし読みしたり(好きなシーンだけを読んでいく)。夕食後は片付けしようと思ったけど、見事に注意散漫を発揮。最終的にできたのは冬物衣類を洗濯の為袋にまとめたのと、散乱していたゴミの一部をゴミ箱に入れたくらいだな。あまりにも無為な1日。それでも後悔や自己嫌悪感に襲われないのは、仕事で無理をしているからか。やっぱり今でも逃げ出したくなる。気が休まるときはない。前よりはマシなだけ。だから、休みの時はちょっと自分に甘くてもいいだろう。この部屋の汚さは自分でも嫌気をさすくらいだから、片付けたい気持ちもあるんだけどね・・・。まぁ、今は多くを望まないようにしよう。今日1日穏やかに過ごせたことが大切。2週間も遅れていた生理もようやくやってきた。極度の緊張感が続いていたのが遅れた原因だろう、きっと。4月前半は休日すら完全にはリラックスできなかったくらいだし。今更のことだけど、心って体に影響するんだなぁ・・・。裏を返せば、心が落ち着いてきたっていう現れともとれる。これからも無理はしないように気をつけないとだね。
2004.05.04
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