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コーチングを学ぶようになってこうあるべきとかこうでなければいけないという思い込みが随分外れて楽になりました。それと同時に判断基準があいまいになってしまい社会軸に必要な価値観と自分軸に必要な価値観がごちゃごちゃになって困っています。最近は『ダブルバインド』と『思い込み』、『パラドキシカルアプローチ』にやたら焦点が当たっていて自分の行動や感情も常に「あ、今いいか、悪いかで判断してるな」とか「この人はこういう思い込みがあるんだな」とか「お!今のがパラドキシカルアプローチがうまく行ったパターンだな」などと考えてしまい自然な会話がしづらくなっています。自分に返ってくる出来事は全て自己責任と思うようになって話を聞いていても共感するより先に「この人はどうしたいんだろう」「そういう見方をしていればそうなるだろうな」「行動と言葉に矛盾があるけどそこに見える本心を今指摘したら否定するかもな」などと考えていて、その行動を取り続ける事で相手に何をわかってもらいたがっているのか聞いてみたいけどコーチング独特の質問の仕方をするとなんだか友達としてフェアな関係ではなくなるようで失礼な気もするし相手を変えようとしない事が大切なのを意識していながらも「気づかせたい」と思ってしまいます。スクエアで教わるテーマについてとことん話し合えるのは同じようにコーチングを学んでいる人やコーチングに興味のある相手だけなので普段からスクエアで話すような事ばかりに関心が向いていると職場や友達には自分の趣味について話せないもどかしさもあります。先日の講義の後、自分がどんな事でダブルバインドにかかっていて困っているか考えていたら結構出てきました。今日も最後にメモをしておきたいと思います。・叱るべき時、タイミング、状況がわからなくて叱れない・何かがひっかかっていて再就職が怖い・失敗して人から怒られたり恥をかくのが怖い
2011年09月29日
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昨日のスクエアのレッスンは衝撃的で終わりがけでは頭がフリーズしていました。これが私の中の恐れなんだろうなと思っている時点でまだ無意識の部分ではなかったのでしょう。「そうなるとどうなるのか?」「それの何が怖いのか?」と聞かれても自分では自分が答えた怖さの中にさらなる別の恐怖があるようには思えなかったのでこれ以上同じ質問をされても「う~ん、わかりません」とただただ思考が固まるばかりでした。この頃はスクエアでもテーマがとっさに出てこないし自分の問題を直視するのではなく他の方が抱える問題に興味がわいてしまうのはそうやって自分と比較して間接的に問題解決の糸口を探しているからで何より人に自分の事を知られたくない気持ちがある事に気が付き心を開けていない自分がずるいように思いました。ちなみに昨日はユーモアを身につけたいというテーマをあげました。自分の行動が窮屈になったり、人を責めてしまう時の根本にある私の思い込みを最後にメモしておきたいと思います。・目上の人や立場が上の人には礼儀正しくあるべき・仲間外れにしてはいけない・自分でできる事は自分でやらなければいけない私には『どんな問題が起きても必ず解決できる』『答えは必ずどこかにある』という信念があります。これは方向音痴なためにしょっちゅう道に迷ったりQC活動の経験から生れたものです。きっとこれらの今抱えている問題もいずれは受け入れられたり見方を変える方法が見つかると思っています。
2011年09月26日
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人から冷たくされた時、見当違いな理由をつけてしまう事がある気がします。子どもの頃、何かにつけて「チビのくせに!」と言われていた事がありました。それが悔しくて男子には負けたくない!という思いが強くなった気がするのですが何かトラブルがあった時に『私の身長が低いせいだ』と思い変えられない体型をどうにかできないかと悩んでいました。でもそのトラブルの原因は本当に自分の身長のせいだったのか?いろいろ今となってはわからない事ばかりですが人間関係に悩んだ時、自分ではどうしようもない事やたった1回きりの悲しい出来事をずっと引きずってその理由にしていました。先日、親しくしている方のちょっとした欠点が気になって少し距離を置いた事がありました。しかし彼は自分が日本ではあまり友好的に思われない国の出身である事が原因だと思う癖がついていました。きっかけは国籍を明かした途端に冷たくされた経験がそうさせていたようでもったいないなぁと思いました。彼が日本で生活するために日本語を学ぶ努力をしていればもっと日本人の友達もできるでしょうし彼自身はとても素晴らしい人です。さらにもうひとつ。病院で順番待ちをしていた時に本を散らかしっぱなしにしている子どもとそれを見ていない母親がいました。それだけで私はどちらにもあまり良い印象を持てなかったのですが二人は黒人でした。もし彼らが今後何かあった時に『私たちが黒人だからこんな目に遭うんだ』と思ったとしたらいつまで経っても行動を改める事はできないだろうなと思いました。人が自分に冷たくしてきた時、その本当の理由を答えてくれる人は少ないと思います。それと同時に自分で分析しても間違っている可能性もあるのだなぁと思いました。現に最近気が付いたのですが、あいさつをしても返してくれない人が多くて腹を立てていた時、今まではとにかくその躾の悪い人たちが悪いと一方的に思っていたのですがよくよく自分の行動を観察してみると、声は小さくなかったか?心はこもっていたか?相手に安心感を与える表情をしていたのか?思い出せません。もしかしたらいつもあいさつしない人ばかりと思っているせいで『この人はあいさつするだろうか?』と人を試すような表情だったり声が小さかったり、自分で思っているほど心がこもっていなかったのかもしれません。自分を嫌う人がなぜ嫌うのか、分からない事をあれこれ考えて悩むのは馬鹿らしいし考えてみたところできっと自分にとって都合のよい理由しか考えが及ばない気がしました。現に背が低くても人から好かれている人はおもしろかったり、明るかったり、がんばり屋さんだったり、思いやりがあったり、気がきく人であったりと背が低い事はただの特徴であってその人そのものが輝いていれば人が集まってきています。そして声の出し方、話し方、立ち振る舞いは自分を印象付ける大きな要因の一つのように思います。人柄はわざわざ自己紹介しなくても話し方や行動に出ています。心の在り方が変われば自然と変わってくるものなのかもしれませんがどうしたら自分が望む人間関係を手に入れられるのか、もしくはそれは実現できる願望なのかを考えてみたいです。
2011年09月16日
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