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人から言われなくてもできる(わかる)人と言われなきゃできない(わからない)人言われてもできない(わからない)人、世の中はそれぞれどんな割合でできているんだろう。自分の都合に良いように物事を解釈するのは自然な事のようだから『伝えなくてもできる(わかる)人』の方が少ないと思うわけで『伝えなくてもできる(わかる)人』というところにもすでに省略された言葉がある。これは『伝えなくても自分の願望がわかる、要望どおりできる』と言う意味だったのだが日常生活の中であまりにも省略された言葉が多すぎてトラブルが絶えないなと思った。例えばずっと疑問に思っていた『髪の毛がサラサラになる』と書かれたトリートメント。私はこれを『これを使えば髪の毛そのものがサラサラになる』という意味だと思っていた。しかし1日トリートメントをさぼれば髪の毛はもとの状態に戻ってしまう。つまり『これを使った時だけ一時的に髪の毛がサラサラになる』という意味だったんだなと分かった。商品としては表現をあいまいにする事で消費者が勝手に都合よく解釈し買ってくれるし『髪の毛がサラサラになる』事は嘘ではないのでまんまと言葉のトリックに引っ掛かったなと言った感じだ。普段の生活でも初めはよかったのに繰り返しやったらうっとおしがられるような時『(その年齢でそれができるなんて)すごいね』とか『(私には必要ないんだけど)かわいいね』『(今のあなたは)好き』『(今日は時間があるから)手伝うよ』を受け取る側は『これをするとすごいんだ』『どんな自分でも好きなんだ』『この人も欲しがっている』『いつでも手伝ってくれる』と解釈していて「前と言ってる事が違う!」と勝手に腹を立てたり。そんな調子でこの頃、自分や相手が発した言葉から省略された条件はなんなのかに着目している。
2011年08月29日
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昨日は約1年ぶりのスクエアでした。私の好きなダブルバインドがテーマだったのですが少し疑問が残りました。ダブルバインドに陥るパターンの例題は周りから拘束されるというものだったのに対し話しあいの中ではどんな時に自分で自分を拘束してしまっているかがテーマになっていました。自分でがんじがらめにしてしまう場合と周りからそうされた場合では解放の仕方が違ってくるのではないかそしてできれば後者の解放の仕方も知りたいと思いました。それから久しぶりのコーチング講座ではまたたくさんの気づきを得られました。人はうまく行っていると感じている時ほどいかに周りがフォローしてくれているかという事です。人に気を使わずに生きられたら楽だろうなと自分勝手な振る舞いをする人を見ていて思う時その人の気を使わない生き方が機能しているのは周りが代わりに気を使っているからであったりそんなその人をそのまま受け止めているからであってそう考えると人に気を使わない人と人に気を使わせない人はイコールではないんだなと思いました。また自分ができるからと言って相手も同じようにできるとは限らない。ついつい忘れてしまいがちになる視点です。スクエアに行って考え事モードに火がついてしまい自宅に帰った後も、さらに今朝起きてすぐ旦那が私のとりとめもない持論を聞かされて出勤して行きました。快くスクエアに行かせてくれて話も聞いてくれる旦那に感謝。そして私はスクエアの授業が好きなんだと再認識しました。
2011年08月12日
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