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仕事が始まると,どうしても更新が…というところですが,なんとか踏ん張ります!(^_^;) ミャンマーに来て以来,ずっと数社を兼業。しかし,今は日本食レストラン「隠れ家 川蝉」専業。店長だ。ヨーミンジーランにある。 もと「門道」~「美心」のあとだ。 日本人シェフのクラさんが腕を振るう。 1階のカウンター。目の前で,シェフの腕が見られるのは,ヤンゴンではここだけかも? 2回の個室。 4人部屋だ。 8名までは,こちら。10名までは入れるが,ちょっとキツイかな。 2月29日オープンだったが,現在は,ご存知の通り,ミャンマーでは飲食店内での食事はできない。テイクアウトかデリバリーのみの営業だ。本店は,今のところテイクアウトのみでやってます。 12時~14時と17時~20時。ぜひ!! これは,「川蝉弁当」8000ks。おかずのみは,6000ks。期間限定の弁当に関しては,税込みだ。サービス税は,もともと取っていない。 同じく 川蝉御膳 20000ks 前日までに要予約 川蝉酒肴盛り合わせ弁当 おかずのみです 15000ks 前日までに要予約 兜焼き。8000ks。魚は,その時によって変わる。 通常のメニューも,注文いただけます!これは,鶏つくね軟骨ハンバーグ。好評です! 通常メニューでは,刺身,寿司,汁物は,オーダーできません。 牛タン白ネギ塩ダレ焼 豚ブロック角煮煮卵付き 鮭エスカベッシュと生野菜バルサミコ風味。これは,お持ち帰りできません(^_^;) 蓮根饅頭湯葉餡掛け 鳥吉野飯 天丼 じっくり煮込んだ牛テールカレー。ヤンイチ旨いとのうわさも! 牛ステーキ萩焼き 大海老と旬野菜の南蛮 自家製納豆 前菜盛り。ここからは,持ち帰りはできません。店内飲食が可能になってからのお楽しみです。 ローストビーフ 刺身 寿司 アジアンロール ひとり鍋もあります。 ヤンゴンナビさんに出てます。 既製品は使わず,手作りにこだわっている。だから,時間がすごくかかる。コロナの影響で,ミャンマーも大変。しばらくは,テイクアウトで踏ん張ります。デリバリーも検討しようかな?No. 26/B, Room 6, Ground Floor, Yaw Min Gyi Street Dagon Tsp, Yangon.01 825 2261 ↓ はげみになります。 クリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。よろしくです。 ぜひぜひお願いします!にほんブログ村以前からの,アジア旅行のカテゴリにも参加を続けています。ミャンマー(海外生活・情報) ブログランキングへ ※ 画面が完全に出るまでに消すと,カウントされないことがあります。↓ こちらは確認用ですので,見たいときだけ,どうぞ。アジア旅行のカテゴリの順位がわかります。にほんブログ村海外旅行(アジア) ブログランキングへクリックで,本サイトへ!本サイ
2020/04/30
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昨日の続きみたいになるが,緊張感といえば,今までもいろいろあった。これまた,過去にUPしたものばかりだが,リバイバル的にUPします。海外で緊張と言えば,やはり軍関係や治安になる。 バングラデシュのダッカ。2004年8月。やはり軍人がいて,ライフルを目にすると,独特の緊張感が…でも,声をかけ撮影すると,ちゃんと構えてくれた。撮影するあんたは緊張も何もないやないか?と言われそうだが… 軍だけでなく,ライフルを持った警官も街のあちこちに多数いた。やはり,異様に見える。デモ(ハルタルもしくはホッタールと言う)に備えている。こちらも声をかけ,この写真はスリーショット目ぐらいだ(^_^;) 野党アワミ党の集会だ。こういうところには近づくと危険と聞いてはいたが,警戒はしながらもつい私の悪い癖で…しかし,私が訪れた1週間後に,同じこの場所で集会中に手榴弾が投げられ爆発し,多数の死傷者が出たのだ。これに怒った人々が暴動を起こしたようだ。一歩間違えたら危なかった… 東ティモールのディリ。2003年8月。この国は,2002年5月にインドネシアから独立。当時は,暴動や焼き討ちが多発。民兵が暴れたりもしていた。空港は,全てUNが管理して厳重にチェックされた。国連東ティモール支援団(UNMISET)が政府を支援で暫定統治。UN関係者が多くいた。日本の自衛隊もPKOで派遣。そんなところへ行ったのだ。旅行客なんて,ほぼいなかった。 西へ進むと,ティモール島の西半分はインドネシアの西ティモールだ。その国境。外国人は越境できない。ディリから無理に頼んで車をチャーターして行ってもらった。危険だから料金も高かった。この辺りまで来ると,民兵が多くいて治安も悪く,ディリよりさらに多くの焼け焦げた民家を多数見た。さらに向こうの町へ行ってほしいと言ったが,「もっと危険だから嫌だ!」と断られた。 東ティモールへは,その後2011年と2012年にも行っている。この国へ3回も行く人間はめずらしいだろう。かなり落ち着いていたが,UNの車には,未だに投石?から防護用の柵がついているものもあった。 韓国と北朝鮮国境の統一展望台入り口には,銃を持った兵士が立つ。2000年8月。ソウル郊外。この緊張感は,日本人でもわかるでしょうね。 スリランカのアヌラーダプラ。2003年12月。当時は,LTTE(タミル・イーラム解放のトラ)が分離独立をめざして武装闘争をしていた。兵士が,あちこちにいる。 カンボジアのプノンペン。2010年8月。これは,緊張とは…(^_^;) 軍の施設で,ライフルと拳銃を撃つ。そら,別の緊張感やん。 最後はミャンマー。2005年12月。モウラミャイン。 このとき,当時は当然ミャンマーではタブーの軍事政権についての話を,軍船が停泊している近くの店の裏で従業員などと話していた。あちこちに秘密の公安がいるから,表では決してできない。声が聞こえても英語だから大丈夫と言われたが,英語のわかる軍人がいたらと思うと,気が気ではなかった…と思いながら,数時間以上話しながら飲んでいたが(^_^;) 日本は平和かも知れないが,いざというときの,みんなの行動がこれ??戦時のような有事はもちろんお断りだが,今回のコロナは別の意味で有事だ。あれこれ文句ばっかり言ったり,人の揚げ足を取ったり足の引っ張り合いをしている場合ではない。個人の自分勝手な行動も,なんなんやろ?一生自粛するんやないんやから,我慢という言葉を知らんのか?もちろん,しっかりした人が多いことは,わかっている。でも,かつての「古き良き日本」は,どこへ行った??仕事に関しては,本当に大変だと思う。それは,こちらにいても苦しいのは同じ。緊張感があるのかないのかわからない日本人が多いのが心配である… ↓ はげみになります。 クリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。よろしくです。 ぜひぜひお願いします!にほんブログ村以前からの,アジア旅行のカテゴリにも参加を続けています。ミャンマー(海外生活・情報) ブログランキングへ ※ 画面が完全に出るまでに消すと,カウントされないことがあります。↓ こちらは確認用ですので,見たいときだけ,どうぞ。アジア旅行のカテゴリの順位がわかります。にほんブログ村海外旅行(アジア) ブログランキングへクリックで,本サイトへ!本サイト
2020/04/26
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コロナ対策で,ロックダウンや夜間外出禁止令,集会禁止令などが矢継ぎ早に発令されているが,日本では考えられないスピードだ。でも,これぐらいしないと終息しないのも確かだろう。 多くの人がきちんと守っている。逮捕もあり得る状況だが,お願いの段階からでも,きっちり守っている。日本からすれば考えられないぐらいにコロナを怖がっている人が多い。医療施設が不十分なこともあるだろう。しかし,違反をしないのは,かつての軍政の厳しさを知る人が多いのも,その要因ではないだろうか?あくまでも,私個人の考えであるが。今は当時とは全く様子が違うとはいえ,逮捕や拘束の怖さがあるのは同じ。その怖さは,優しい大甘の日本の比ではない。 写真は,2008年頃からすでに何回か出しているものなので,目新しいものではない。2008年と2011年の写真と,この前に撮った写真を。 2008年8月。サクラタワーがある交差点。軍か治安警察かはわからないが,ライフルを持って監視しているのは,日常的にあった。左の建物内は,交通警察。そこらじゅうの交差点や大通りに軍人や警察がいて,独特の緊張感があった。日本人でも,ここに20~30年住んでいる人から見れば,当たり前の光景なので,私ごときがあまり知ったようなことを書くのは,大変失礼と思うが… 撮影は,セントラルホテルから。軍人や警察の目の前で撮影なんて,絶対にできない。すれば,即拘束!! ダウンタウンの各所にも,こうやって立っている。一瞬で撮影。だからピンボケ。緊張感は半端ない。 2007年9月には,反政府デモの取材撮影で,ジャーナリストの長井さんが撃たれて亡くなっている。もしかして,そのことを全く知らない日本人の駐在員がいるかも知れない。 ※ 「ビルマ民主の声(The Democratic Voice of Burma)」から引用 その現場です。見覚えのある方も多いでしょう。こないだ撮影。 これは警察。横では,庶民の日常生活がある。まだ,警察や軍とわかるだけいいが,当時は秘密の公安が一般の民衆に紛れてウヨウヨいたので,街なかでうっかり変な行動をしたり,言ったりすることもできない。密告もあるし。 列車に乗ってきた警官。大きな荷物を持った人には片っ端からお金を徴収。 2011年12月。ここは,ネピドー手前のタウングー。政権が移管された後だが,軍人などは,まだまだ街角にいた。画像は粗い。 写真では見えないが,ライフルを持っている。鉄橋の近くだった。当時,撮影NGだったのは,軍人,警官,軍施設,警察施設,政府施設,消防施設,空港,港,鉄橋,鉄道駅,鉄道,列車,列車内,GSなど多岐にわたった。 当時の緊張感は,旅で13回来た私にもすごく感じることができた。あちこちの国に行っていただけに,余計に違いがわかった。街歩きで撮影が中心の旅だった上に,ヤンゴンに長く在住している方に大いにお世話になり,一般の生活も多く経験することができたからだ。 いつ終息するかわからないこの状況,その中でも生きていかなければならない。 そういえば,アベノマスク,多くがミャンマーで生産である。そもそも最初のマスク生産,搬入の情報が,3月中旬には出てたので,それは知っていた。逆算すると,政府や経産省からのミャンマーへの生産要請は2月~3月にあったと思われる。4月の発表よりもかなり早くから計画されていたようだ。日本ミャンマー協会は,最高顧問の麻生氏のほかにも自民党やブーメラン党のセンセーたちも理事で名前を連ねています。 ↓ はげみになります。 クリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。よろしくです。 ぜひぜひお願いします!にほんブログ村以前からの,アジア旅行のカテゴリにも参加を続けています。ミャンマー(海外生活・情報) ブログランキングへ ※ 画面が完全に出るまでに消すと,カウントされないことがあります。↓ こちらは確認用ですので,見たいときだけ,どうぞ。アジア旅行のカテゴリの順位がわかります。にほんブログ村海外旅行(アジア) ブログランキングへクリックで,本サイトへ!本サイト
2020/04/25
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4月24日現在,5人以上の集会禁止令発令継続中。夜間外出禁止令は期限が出てなかったが,6月22日までということになった。国際線で唯一飛んでいたANA(日本行き便のみ)は,すでに5月10日以降の運休を発表済。 そして,パンパシフィックホテルに続き,パークロイヤルホテルもロックダウン。ホテルに過失はなさそうだが,家の近所やん… 特に学校の下校中に大渋滞しているナワディラン。連休中は,ほぼ車がなかったが,連休明けで仕事が始まっても,こんな感じだ。休みのままの企業も多い。 ヨーミンジーラン。ここは,慢性的な渋滞があるが,あまり車が走っていない。 日本食屋の多くは再開しているが,ローカル店などはまだ閉まっているところが多い。当初から,4月30日までは休みとしている店も多い。 ロックダウンしたパークロイヤルホテル。24日からだが,これはたまたま23日の夕方撮影。業者の車もあるし,ふつうに営業していたと思われる。ただし,宿泊客以外は,ずっと入れない状態になっていた。 ここも車が多いが,この通り。 ハト君もくつろぐ… 夜21時50分。警察車両が大量にやってきた。22時以降は外出禁止なので,検問か見張りに来たんやろな。 右奥が警察車両,左奥は警官。その周りにも車両や警官が多数いた。さすがに,バシャバシャ写真は撮れない(^_^;)22時になってないので,私を見ても何も言われない。 夜は,早い時間から犬たちが吠えるようになった。今も結構うるさい。さて,明日は何か変化があるかな?いい意味の変化があってほしいが… ↓ はげみになります。 クリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。よろしくです。 ぜひぜひお願いします!にほんブログ村以前からの,アジア旅行のカテゴリにも参加を続けています。ミャンマー(海外生活・情報) ブログランキングへ ※ 画面が完全に出るまでに消すと,カウントされないことがあります。↓ こちらは確認用ですので,見たいときだけ,どうぞ。アジア旅行のカテゴリの順位がわかります。にほんブログ村海外旅行(アジア) ブログランキングへクリックで,本サイトへ!本サイト
2020/04/24
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ミャンマーでは,停電は普通にあるが,この時期は暑いのでキツイ…この前,深夜にブログを書いていると停電。本文に思わず「本当は,時系列で書く方が書きやすいのだが…と思ったら,あっ,停電や…おいおい(@_@)」と書いてしまった(^_^;) これは,日中。 停電中。少し明るいのは,右側から充電式の小さな灯りで。 夜でも毎日暑い!!この前は,昼間は42.2℃だった。連休中の不規則生活で,ブログも書いてたし,寝るつもりはなかった。でも,そもそも寝ようとしても暑くて寝られない…窓を開けると蚊が入ってきそうだ。網戸は一応あるんだが。ベランダのドアなんて開けようもんなら,デカいネズミ君がすぐに侵入してくる!ここは,5階なんやけどな(@_@) このように,リスならまだいいんやけど。街なかでも,リスはいます。この写真も,家の近くのアパートだ。 充電式の小さな灯りは2つあったのだが,1つは数回使っただけで壊れてしまった…こっちのものは,とにかくすぐに壊れる。最初のアパートのLED電球なんか,3日で壊れた。1番ひどかったのは,3回点けただけで壊れてしまったことがある。LEDの意味が全くなし! 非停電装置は,一応ある。しかし,電気系統にはつないでいない。だから,ここから直接コードで引く。 引っ越し直後の10日間ぐらいは,こんな状態だった。まさに,足の踏み場もない感じだ…この時停電してたら,大変だった!!(@_@) だんだん更新の間隔が延びてくるかな??(^_^;) ↓ はげみになります。 クリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。よろしくです。 ぜひぜひお願いします!にほんブログ村以前からの,アジア旅行のカテゴリにも参加を続けています。ミャンマー(海外生活・情報) ブログランキングへ ※ 画面が完全に出るまでに消すと,カウントされないことがあります。↓ こちらは確認用ですので,見たいときだけ,どうぞ。アジア旅行のカテゴリの順位がわかります。にほんブログ村海外旅行(アジア) ブログランキングへクリックで,本サイトへ!本サイト
2020/04/22
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4年半に渡り編集長などをやっていたフリーペーパー「ミャンガイ」と「myan myan」。記事を書くには,日本では使ったことがなかったアドビのPsとAiを使用。そして,取材のカメラは,ソニーのミラーレス一眼NEX-7を紛失してから,ニコンの一眼レフD750を2台に替わった。1台は,マクロレンズ装着。その後は「サンチャウンダイニング」で,料理のメニュー用写真を撮ったこともあった。撮影ボックスもヤンゴンで購入。しかし,ここしばらくは使う機会が激減してしまった。 ということで,昨日にUPした「焼き鳥屋台」では,ほぼ毎日持って行って撮影していた。せっかく撮りためたので,少しUPすることにした。多くが,一瞬の一コマの写真だ。他の場所の写真も少しある。完全に個人の趣味の範囲なので,見たくない方はサヨウナラ(^_^;) 「焼き鳥屋台」のスタッフ。カメラ目線もいいが,こういうのも好きだ。 「あっ,いま撮らないで!」 結構気に入っている1枚。 焼き鳥の日常。 ERINクラスのエリカさん姉妹。真ん中と右。 ピークが過ぎ,ホッと一息の時間帯。 スタッフが撮影。 楽しい?? 煙が多く出る。 煙で,目が痛いわ! 仕事は大変しんどかったけど,この子たちが一緒だったので,がんばれた! 場所を貸してくれていた焼き魚屋の大将。私と同い年。長年ここで営業。レーダン屋台街の重鎮だ。撮ってるのは,女子ばかりじゃないですよ(^_^;) 何を想う… 同じく 焼き魚屋さんの息子。 お客様 何がいい? 「サンチャウンダイニング」のスタッフたち。 ダディンジュでろうそくの灯を… おやおや,これは…大先生まで(^_^;) 移動アイスクリーム屋台が来た。 レーダン屋台街の,ローカル串焼き。 何回か買った。 上記の「サンチャウンダイニング」のホールスタッフ。 日本のお菓子。 開店直後のメンバー。初めは期間限定助っ人がいた。その後は,当時のラ王へ。 で,なにこれ?? これは,タイムズシティの」ナイトマーケット。 「サンチャウンダイニング」からスピンオフのミンジョウ君の屋台。 あんまり脈略がなかったが,今後も気まぐれでUPします!ただ,継続できるかな??(^_^;) ↓ はげみになります。 クリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。よろしくです。 ぜひぜひお願いします!にほんブログ村以前からの,アジア旅行のカテゴリにも参加を続けています。ミャンマー(海外生活・情報) ブログランキングへ ※ 画面が完全に出るまでに消すと,カウントされないことがあります。↓ こちらは確認用ですので,見たいときだけ,どうぞ。アジア旅行のカテゴリの順位がわかります。にほんブログ村海外旅行(アジア) ブログランキングへクリックで,本サイトへ!本サイト
2020/04/20
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1度は書いておきたかったこと。それは,この前に2年間のダイジェストをUPしたときに,少し触れた「焼き鳥屋台」だ。2019年1月~12月だったので,丸々ブログを書いていない時期であった。本当は,宣伝も兼ねて書きたかったのだが…まあ,FBでは連日書いていたけど。ミャンマーでは,個人・企業ともに全てFBと言っても過言じゃないので。 「焼き鳥屋台」は,チーミンダイン内で2か所移転~レーダンに移転と都合3カ所で営業した。今回も,時系列を遡っていく。本当は,時系列で書く方が書きやすいのだが…と思ったら,あっ,停電や…おいおい(@_@) ここは,レーダン。8月末~12月末まで営業。3か所のなかでは,人は1番多かった。ここは,¨ヤンゴンの原宿¨なので! 右向こうの焼き魚屋さんに場所を貸してもらう形で営業。ミャンマー人に,日本式の焼き鳥を売るのだ。私は,日本では焼き鳥屋の経験はない。完全に日本式にはなっていないが,日本風だ。価格は,現地並みに近く抑えていた。ただ,日本の焼き鳥は,一般のミャンマー人にはあまり馴染みがない。たやすいことじゃなかったのは当然だ。 初めの2カ所では苦労したが,ここではまあまあ売れたけど。 スタッフは,3代替わった。これは最終世代。定休日なしにしたので,3人である。 私は,基本的に毎日店にいた。この時期は,他の兼業はしていなかった。社内での兼務はあったけど。 賑やかしに法被を着てみたが,ヤンゴンでは暑すぎた…フリーペーパー「myan myan」以来,腐れ縁となったチョーさん。「myan myan」,「サンチャウンダイニング」,「焼き鳥屋台」…もう5年以上になる。 第2世代+第3世代。 種類は,最終的にここまで増えた。数多く並ぶローカルのふつうの屋台の中で,生き残るのは,かなり厳しかった。 大きな問題だったのが,煙だ。日本人なら,焼き鳥や鰻を焼く臭いを,いい匂いと捉える。しかし,ミャンマーでは,煙は体に悪いものとしか思われない。ゴミを燃やす煙と同じ扱いだ。匂いも,いいとは受け取られなかった。周囲から文句が来る。YCDCにも苦情が行く…最初の場所ではほとんど言われなかったが,後の2カ所では,そのことで大変苦労した。引き上げ寸前まで行った。 出る杭は打たれる…外国人がローカルに混じってやっていくのは,本当に厳しい。 苦肉の策で,某ミャンマー系のレストランのキッチンの端を間借りすることになった。生から焼くときに出る煙が多かったのだ。脂やタレの。本来は,その場で初めから焼くのが理想だが,致し方なかった。お客様が来て,最後に焼きは現場でやっていたが。 しかし,ここでも問題発生…煙はダクトで問題なし。でも,匂いが店内に入るのでダメだと…ここもダメになった。 で,一時期はここも合間に借りていた。わかる方には,わかる店です(^_^;)大いに感謝している。 どうしても使えないときの最後の一手。私の部屋である(^_^;)しかし,煙がすごい。5階だったから,まだマシやったけど。匂いは思い切り残った。匂いは10日間ぐらい取れなかった。これは,ほんまにダメやった。ほんのたまにで終了。 日本語学校で,日本語を勉強している生徒が時々来る。 これは,最近はほとんど行けてないが,私が2014年から行っているサンチャウンのマノーラマ僧院日本語ERINクラスのセッパイン先生。現在は,僧院内だけでなく,レーダンで日本語学校を開設しておられる。何回も来ていただいた。 ERINクラスのお姉さん。 ERINクラスの生徒。 日本語スピーチコンテストの後に,みんなで集合した! ERINの生徒。彼女は,2つの日本語スピーチコンテストで入賞している逸材である。 これも,ERINの生徒。先生も兼ねている。この日は,屋台が最終日で閉まると知って,駆け付けてくれた。ありがとう!写真に出ているERINの先生・生徒たちは,もう5~6年の付き合いになる。 「サンチャウンダイニング」のスタッフも9月に来てくれていた。私は,8月末に辞めていた。 7月中旬~8月の下旬の,わずか1か月少し…チーミンダインのこの場所で。ここは,後ろに小さな部屋があって荷物は置けるし,中でも食べてもらえることができたので,結構よかったのだが…女子寮も,横に借りていた。 問題は,煙と匂い!!近所から苦情が来た。YCDCにも言うと。いろいろ折衝したが,結局無理で,早々と移転決定(@_@) 第2世代。右後ろに見えるのが,部屋だ。当時の私は,「サンチャウンダイニング」との兼務だった。 煙 この時は,音楽とともに,私がマイクで呼びかけもしていた。ときには,日本の歌も(^_^;)やはり,出る杭は打たれる…「うるさい!」と陰で言われた。結構目立ってはいたけど。横は,煙対策の扇風機。 1月~6月末。ニャーゼー真横の映画館前。最初に始めた場所だ。隣では,すでに「チキンボール」さんが営業していた。いろいろお世話になったり,迷惑をかけたりで…女の子同士はもとから知り合いで仲良かった。場所は,後ろにあるEN日本語学校さん(イエローリンク)さんにお借りしていた。 真ん中の上下2人は,第1世代。 2人制だったが,入れ替わりの時は,4人でやっていた。 「チキンボール」さんのスタッフと。 ここで,たまに日本語を教えていたERINクラスの生徒が,そのまま少し手伝いを。 ローカルの人々に交じって日本の焼き鳥を売る。1年間を通して数々のトラブルが発生。ミャンマー人スタッフでも「信じられない!!」というものも多数。かなり疲れた。私の商売の手腕不足もあり,1年でキリとなった。最後のレーダンでは多くのお客様に来ていただいたとはいえ,金銭的には,かなり苦しかった。全ては,私の責任である。最後には,追い打ちをかけることが多くあり,撤退の決断となった。 最終世代のスタッフ3人は,いったん田舎へ帰り,他の仕事ですぐにヤンゴンに戻ってきたが,現在はまた田舎にいる。第1,2世代のスタッフは仕事やら結婚やらで,それぞれの人生を歩んでいるようだ。 詳しく書きだすと,この10倍ぐらいになりそうだが,この辺にしておく(^_^;) ↓ はげみになります。 クリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。よろしくです。 ぜひぜひお願いします!にほんブログ村以前からの,アジア旅行のカテゴリにも参加を続けています。ミャンマー(海外生活・情報) ブログランキングへ ※ 画面が完全に出るまでに消すと,カウントされないことがあります。↓ こちらは確認用ですので,見たいときだけ,どうぞ。アジア旅行のカテゴリの順位がわかります。にほんブログ村海外旅行(アジア) ブログランキングへクリックで,本サイトへ!本サイト
2020/04/19
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連日連続UPとはいきませんでした(^_^;)まあ,いいか。10連休中の街の様子は,ほとんど同じだ。外出禁止令が出ているので,むやみに出るわけにはいかないので,部屋に籠城状態。 そんな中,在住者の方々は百も承知だが,16日付で,原則5人以上で集まることを禁止する通達を法律に基づく措置として発出(仕事は別)。そして18日付で,ヤンゴン地域で新たに夜間外出禁止令が実施(22時~4時)。続いて,ヤンゴンの一部地域における住民に対し自宅待機とする通達を法律に基づく措置として発出(南オカラッパ地区,バベーダン地区,バハン地区,マヤンゴン地区,インセイン地区,シュエビーター地区,ラインターヤー地区の住民を自宅待機の措置)。 どこぞの国と違って,ミャンマーは3月23日に初めて感染者が出てからの動きが早い!発表即発効だ。この方がいいかも知れない。あっ,遅いのは日本だけか… で,発令は写真を撮りに行くわけにはいかないので,今日は思いつきでUP。これからも,そうなるかも?(^_^;)そもそも,連休明けたら,またUPがパッタリ止まるかも知れない。 ヤンゴン在住は,もともと2014年4月からの予定だったが,父親の死去もあり2か月ずれて6月になった。そこから,アパートは今で5部屋目になる。 最初の部屋。カマーユ地区だった。ジャパンアパート。本体からは,少し離れた位置だ。ここに住んだのは,1年弱。私が部屋を移った後に,近くに「プロマート」ができ,すぐ前に「とんかつ」ができ,そして「ガモンプイン」ができた(^_^;) 2015年4月,サンチャウン地区に移った。これも,ジャパンアパートで,最初に建った棟で4階。部屋が広くなった。 2013年に体験入居もしたことがある棟だった。 2016年4月。1つ下の階に降りた。広さは同じだが,この部屋はリノベーションされたばかりで,大変きれいだった。当時は,フリーペーパー「myan myan」事務所がすぐ近くに。その横には「サンチャウン ダイニング」があって,非常に楽だった。 2019年3月に引っ越し。当時の「サンチャウンダイニング」のホールスタッフの女の子たちが荷造りを手伝ってくれた。わいわい騒ぎながら,欲しいと思ったものは容赦なく奪われた(^_^;)まあ,全然いいけど。チップなんていらない!と無償でやってくれたし。適当に詰め込んだので,未だにどこに行ったか不明なものが多数あり… 新しい部屋に,引っ越し前の掃除にも来てくれた。この中の2名は,その後それぞれに別々の紆余曲折があったが,現在の「隠れ家 川蝉」でもまた一緒になった。「蓮カンドーヂ」以来の腐れ縁とでも言おうか? この時に,ジャパンアパートを離れた。理由は単純。私のお金が無くなったから(^_^;)ジャパンアパートは,日本人仕様で日本人が対応,トラブルがあっても即来てくれる。ミャンマーでは,これがなかなか難しいのだ。ほかにもサービスがいろいろあったのだが,その分家賃は高い。泣く泣くローカルアパートに移った。家賃は,1/3に。当然,何もかも自分でしなければならないが,そこは数年も在住すれば,人間の繋がりで何とかなるようになる。 とは言え,この部屋は私が住んだ5部屋の中では,1番広くて安い。しかも新築。結局1番気に入った部屋だ。しかし,1年しか住めなかった… 2020年3月。今度は,ヨーミンジーエリアに引っ越す。正直,引っ越しはしたくなかった。前の部屋を気に入っていたから。でも,職場が大きく変わったから仕方ない。その前までは,スタッフ全員がサンチャウンで近所に住んでいたが,順次全員が引っ越したのだ。 この地区はダウンタウンに近く,外国人も多い。私も外国人だが(^_^;)アパートは古くて家賃も高い。繁華街なので,昔からの建物が多く,新築が建つ余地もない。従って,家賃は高いが部屋は狭くなる。部屋探しは,キッチンスタッフの兄ちゃんが,ものすごくがんばってくれた!家賃も下げる交渉を一生懸命にしてくれた。本当に感謝だ。ホールもキッチンも,スタッフには恵まれている。 各部屋,キッチンやシャワールーム,トイレなども紹介したかったが,画像が多くなりそうなので,またの機会に… ↓ はげみになります。 クリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。よろしくです。 ぜひぜひお願いします!にほんブログ村以前からの,アジア旅行のカテゴリにも参加を続けています。ミャンマー(海外生活・情報) ブログランキングへ ※ 画面が完全に出るまでに消すと,カウントされないことがあります。↓ こちらは確認用ですので,見たいときだけ,どうぞ。アジア旅行のカテゴリの順位がわかります。にほんブログ村海外旅行(アジア) ブログランキングへクリックで,本サイトへ!本サイト
2020/04/18
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ヤンゴンでは,水かけ祭り・正月の10連休中は外出禁止令が出ている。食料品買い出しや医療機関へ行くのはいいそうだが,ほとんど出る人はいない。籠城生活だ。こうなると,毎日食べる寝るの繰り返しとなり,生活リズムも大いに乱れる。まあ,他に何もしていないわけではないんですが(^_^;)多くはないですが,任務もあるんです。 楽しみは食べることだけか??けど,料理が上手いわけでもないし…ということで,食べてばかり。こら,ますます太るわ。FBですでに上げたものをまとめてみた。 鶏肉で唐揚げ 醤油などを足したのでちょっと焦げたが,旨い。 豚肉を煮る。 角煮じゃございません(^_^;) 基本的に,炒め物が多い。油も結構使う。 油の代わりに,マヨネーズで炒めてみる。 全然パラパラやない炒飯(^_^;)この2倍を作って,一気に食べてしまった。 冷凍うどん 残ったうどんのダシで,ご飯を炊く。 炊き込み風ご飯。 野菜は食べないと。 これは,レトルトカレー。ご飯は,シャン米をダシで炊いたので色がついている。 同じくレトルトのハヤシ。 豚肉,鶏肉ともに塊を少しバラしてもらって冷凍保存。この辺は,飲食店にいるとキッチンスタッフがやってくれるので助かった。鶏モモ肉は,市場で買ってきて骨を外して処理してくれた。あっ,骨も使い道があったかな。 スーパーで買ったものの一部。 別の日。 ミャンマーで売ってるインスタント麺。 日本からの゙¨救援物資¨。EMSで,10日弱で届いた。ありがたい。 ご存知の幸穂米とシャン米。 水はガロンタンク3本+1Lのペットボトル30本。 ビアは,ほかにも500mLのがあり。 食べすぎやな… しかし,よく言われる。「なんか日本の料理というよりアジア料理に見えてしまう!」と(^_^;) ↓ はげみになります。 クリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。よろしくです。 ぜひぜひお願いします!にほんブログ村以前からの,アジア旅行のカテゴリにも参加を続けています。ミャンマー(海外生活・情報) ブログランキングへ ※ 画面が完全に出るまでに消すと,カウントされないことがあります。↓ こちらは確認用ですので,見たいときだけ,どうぞ。アジア旅行のカテゴリの順位がわかります。にほんブログ村海外旅行(アジア) ブログランキングへクリックで,本サイトへ!本サイト
2020/04/16
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3日続きました(^_^;)まあ,外出禁止令が出てるので10日間は部屋に籠城生活だから書く時間はある。ヤンゴンに残っている人も同じようになっている人が結構いるようだが,生活は不規則で深夜に起きてたり昼間に寝てたり,楽しみはド素人の料理作りのみとなってしまっている… 2012年頃以降からミャンマーに来られた日本人の方々は,ほとんど実感がないと思うが,私は1999年以来の何回かの渡航で,未だに昔の有無を言わさない厳しいという感覚が抜けない。地方で,連動して監視されたことも何回かある。今日は,開いているジャンクションシティのマーケットプレイスに行ったていで,そのスーパー袋を持って歩いてみた。ミャンマー人の複数の友人に制止される中,街に出てみた。どれぐらいのものなのか,身をもって感じてみよう。私は各国の旅時代から,その手の無謀な?挑戦はいつものことなので。まあ,車で通った人は簡単に撮れると思うけど。一眼はさすがにやめて,コンデジで。 これは昨日,4月14日。 あら?コンビニが閉まっている。うちの近所のコンビニ3軒はあいてるので,みんな開いてるんだと思ってたら,そうでもないようだ。 サクラタワーやスーレーシャングリラホテルがある交差点。ここは,いつも交通量が多いんだが,この通り。クルマは少しは走っているが。 スーレースクエア前。いつもは,タクシーやバス停にも多くの人々がいるが… 陸橋に上ってみた。たまたまなのか,いつもなのか治安警察も軍人もいない。街角にほとんど人はいないし,車もわずか。交通警察は複数いるが,特に何も言われない。陸橋の上からの,渋滞していないめずらしい写真だ。これは,スーレーパヤーラン北方向。 アノーヤターラン西方向。 向こうはスーレーパヤー。スーレーパヤーラン南方向。 アノーヤターラン東方向。 カラスが目の前に飛んできた。特に逃げない。かといって,これ以上接近するわけでもないが。人が食べもんを捨てんようになって,ヒマになったか? ちょっとだけ街を歩いてみよう。開いている店もある。飲食店は,テイクアウトだけやけど。食料品買い出しや医療機関へ行くことなどは制限されていない。 ほとんどが閉まっている。 一般市民の善意で,あちこちに手洗い所が設置されている。素晴らしいことだ!水が無くなってしまっているところが多かった。出歩く人も少ないので,特に問題はないんかな。 ちゃんと手洗いをしている。 ここでは確認しなかったが,ATMは閉まっているはずだ。24時間のはずなんやが。 これは,何してるんやろ? 薬屋には,結構な人が来ていた。 開いてる雑貨屋は何軒かある。 KFCは,デリバリー営業をしている。 中を見ると,デリバリーの兄ちゃんだらけ!おいおい,集まってたら危険やないか(@_@) 前には大量の宅配のチャリが。 近くのピザカンパニーにも… いっぱい,いるやん! 横には,もっといるやん(^_^;)どうもKFCの方が忙しそうやな。 かつては,決死の覚悟で撮影していた駅も,今は自由に撮れる。 植物に休みはないしな。 車が来ないので,横断歩道を渡り切ってしまったハト君。 サイカー。この後,後ろにいる客を乗せて行った。また,数少ないタクシーから私に声もかかった。こんな状況とは言え,生活がかかってるしな。 家の前では結構集まってくつろいでいる人がいる。道路でサッカーをしだした。まあ,車もほとんど来ないし。 雑貨屋さん。日本で言う万屋。 コンビニは,パンや飲料は残り少ない。みんなが買うし,配送も止まっているやろし。 さて,冒頭に「開いているジャンクションシティのマーケットプレイスに行ったていで,そのスーパー袋を持って歩いてみた。」…と書いたが,あとから気づいた。マーケットプレイスは,もうとっくに閉まっていたようだ。12日~17日は閉店。行ったていもなにも,もし検問にあっても言い訳のしようがなかった(^_^;) ちゃんちゃん!! あっ,途中のコンビニで買い物をしたので,食料品買い出しになるので,問題なし! 中身のふりかけは何って??スーパーに水を買いに行ったていで,水を入れようと思ったが重たいので軽いふりかけにした。マスクも入れていた。このふりかけ,ヤンゴンに住む某大先生のために数年前に買ってそのままになっていたもの。もうとっくに期限が切れているし,餌をもらえず腹を空かした野良犬君たちが寄ってきたときにバラまこうと思って持っていった。そのまま帰還したけど。※ 私の25年来の旅時代からの勝手な使命と,myan myan時代の妙なジャーナリズム?で勝手に動いているだけであって,皆さんが自由に出歩いてよいということやありませんので,お間違いなく… ↓ はげみになります。 クリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。よろしくです。 ぜひぜひお願いします!にほんブログ村以前からの,アジア旅行のカテゴリにも参加を続けています。ミャンマー(海外生活・情報) ブログランキングへ ※ 画面が完全に出るまでに消すと,カウントされないことがあります。↓ こちらは確認用ですので,見たいときだけ,どうぞ。アジア旅行のカテゴリの順位がわかります。にほんブログ村海外旅行(アジア) ブログランキングへクリックで,本サイトへ!本サイト
2020/04/15
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さあ,昨日に続いて書きましょう。ミャンマーでは,10日間の籠城生活になるので(@_@)と言っても,明日には飽きてしまって書いてないかも… 1年5か月開いたので,以前からご覧いただいていた方々に,この間のことをダイジェストで。重複しますが,その少し前のことも少し触れてます。私を知らない方もどうぞ。FBはずっとやってるので,知っている人も多いんですが(^_^;) 時系列を逆に辿っていく。現在は,2月29日オープンの「隠れ家 川蝉」の店長である。ダウンタウンに近い,ヨーミンジーランにある。 本格的な日本料理や西洋料理が食べられる。1階のカウンターでは,料理長のクラさんが腕を振るう。2階は個室になっている。本格的でおいしいですが,価格は安いです! 今は外出禁止令が出ているが,その前からの店内飲食禁止により,今はテイクアウトのみの営業。他店も同じなんだけど,大変です…寿司,刺身や汁物以外はメニューから選んでテイクアウトができるが,これは期間限定の「川蝉弁当」8000ks。お得!おかずだけなら,6000ks。内容は定期的に変えます。デリバリーも始めようかな? 2019年1月~12月は,「焼き鳥屋台」をやっていた。初めはチーミンダインのニャーゼー前。そして,少し離れたところに移動。最後はレーダンで営業していた。日本式の焼き鳥をヤンゴンでしていた。とにかく苦労の連続。しんどかった…次から次へといろんな問題が発生。まあ,「隠れ家 川蝉」でも,それを上回るような問題も多数発生し,合わせると1冊の本を書けるのではないか??と思う。とにかく,日本ではありえないことばかり。こちらでは,よくあることではあるんだが… 初期の頃は「チキンボール」さんに大いにお世話になりました。感謝です!! これは,レーダンで。8月までは,「サンチャウンダイニング」との兼務だった。 スタッフは,3代替わった。 ターゲットは,完全にミャンマー人。値段も,現地価格に近くしていた。もちろん,日本人も結構来てくれました。外国人が,ヤンゴンで屋台をすることは,本当に大変でした。特に煙の出る焼き鳥は,厳しかった。 最後のスタッフ。 2017年10月30日にオープンした「サンチャウンダイニング」に不定期で勤務。2019年8月まで。しばらくは,後述の「蓮カンドーヂ」と「myan myan」も兼務だった。家庭教師も,まだやっていた。ほかにも兼業を… 歌手の「すわ じゅんこ」さんも来ていただいた。ありがたいことに,彼女は「隠れ家 川蝉」にも来店される。「蓮カンドーヂ」にも来ていただいていた。 長い人になると,もう3年以上の付き合いになるスタッフもいる。 スタッフの結婚式にも,唯一の日本人として参加した。 2017年3月からの「蓮カンドーヂ」時代のことは,すでに何回も書いているので,少しにしておく。 今の「隠れ家 川蝉」のスタッフに,この頃からのメンバーもいる。途中はそれぞれが違う道を辿りながらも,未だに結びつきがあるのだ。縁というもんかな。 長い方にはご存知のフリーペーパー「myan myan」時代。2015年2月~2018年12月。もともとの日本でやっていた仕事とは全く畑違いの仕事だが,その前の2014年8月~2015年1月に勤務した同じくフリーペーパー「ミャンガイ」を経ての経験は,人生の大きな財産と思っている。この時の日本人,ミャンマー人問わず多くの人々との繋がりも大きい。素人ながら,今でも大好きである。 取材に行くと,芸能人やスポーツ選手などにも多く出会う。 ご存知,「森崎 ウィン」君。 日本でもロケを行った日緬合作英語「My Country My Home」の記者会見や試写会などで。人気女優の「Wut Hmone Shwe Yi」さんと。 芸能人では,その「Wut Hmone Shwe Yi」さんに1番良く遭遇している。 これも,「Wut Hmone Shwe Yi」さん(左端)。ZUMBAのイベントに,ふつうに来ていた。まあ,ジムのオーナーの誘いやろけど。 人気歌手「Pyoe Pyae Sone」のステージを真横から撮影。 歌手の「すわ じゅんこ」さんと最初に会ったイベント。取材しました。2017年1月1日。 最後は,仕事ではなくボランティア。サンチャウンにある,マノーラマ僧院日本語ERINクラスだ。私がミャンマーに来てすぐから,ずっと携わっている。2014年6月からだ。 ところが,ここ1,2年は忙しくなり,なかなか行けていない… 今の仕事の都合で,私の部屋は僧院のあるサンチャウンからヨーミンジーエリアに引っ越してしまった。 ERINクラスからは,日本大使館・MAJA主催の日本語スピーチコンテストと共立財団・MOMIJI日本語学校主催の日本語スピーチコンテストの2つのコンテストで優勝者が何人も出て,日本を訪問している。 さらに,今やERINクラス在籍の生徒のうち20人ぐらいが日本に在住している。日本で会いに行くこともある。 仕事が一段落したら,また教室へ行きたい。しかし,今のコロナ騒動で,しばらくは行けないんやろな… 以上,長々と書きました!(^_^;) ↓ はげみになります。 クリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。よろしくです。 ぜひぜひお願いします!にほんブログ村以前からの,アジア旅行のカテゴリにも参加を続けています。ミャンマー(海外生活・情報) ブログランキングへ ※ 画面が完全に出るまでに消すと,カウントされないことがあります。↓ こちらは確認用ですので,見たいときだけ,どうぞ。アジア旅行のカテゴリの順位がわかります。にほんブログ村海外旅行(アジア) ブログランキングへクリックで,本サイトへ!本サイト
2020/04/13
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どうも,1年5か月ぶりです(^_^;)すっかり忘れられた存在になってしまったと思う。いろいろあって,なかなか更新ができていなかった。さあ復活…というわけにはいかない。また次は長く開くであろう… コロナの影響で,4月10日~19日の10日間は外出禁止令が出ている。食料品の買い物や医療機関へ行くのはいいようだが。そう,ヤンゴンに留まっています。 近所の様子でも書いておこう。 4月12日。ここは,ボヤニュラン。ダウンタウンの北側。ふだんは多くの人々が歩いているが,まるでゴーストタウンだ。例年なら,そこら中で水を掛けられるはずだが。 いつも大渋滞のナワディラン。 こちらは,やはりいつも大渋滞のヨーミンジーラン。 今でも,朝は路上の野菜マーケットが並ぶ。ここだけは夕方までやっていた。 ボージョーゼーへ渡る跨線橋は閉鎖されたまま。ボージョーゼーが,もう何日も前から閉まっているからだ。 12日~17日は,シティマートなど大型のスーパーは閉まるが,コンビニは開いている。 ここからは,4月9日の画像。スーレーランとアノーヤターランの交差点の陸橋から。連休前で,すでにこの状態。ここも,常に大渋滞しているところだが。 アノーヤターラン。私が初めてミャンマーに来た1999年は今のように車は多くなかったが,もっと走っていたと思う。 多くの店が閉まり,人も少ない。屋台もほとんどない。 市民が,各所に自主的に手洗い所を設置しているようだ。この辺りは,素晴らしいと思う。水は全て無くなっていた。 日本へ緊急帰国した人が多い。残っている人もいる。こちらは,感染者が少ないとはいえ,微妙に増えてきている。もしかかっても,ほぼ全ての病院は外国人は受け入れ拒否のようだ。今は,陸路はもちろん飛行機も全て止まり,鎖国状態。わずかにANAが,日本行きの便を少し飛ばしているだけだ。来るときは空の回送便。丸山大使,ANAの鈴木氏などによる懸命の努力のおかげだ。そのANAは満席のようだ。 日本は,なんか本当にのんびりに見える。大丈夫なんかいな?? ヤンゴン現地からでした。また気まぐれでUPします。 ↓ はげみになります。 クリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。よろしくです。 ぜひぜひお願いします!にほんブログ村以前からの,アジア旅行のカテゴリにも参加を続けています。ミャンマー(海外生活・情報) ブログランキングへ ※ 画面が完全に出るまでに消すと,カウントされないことがあります。↓ こちらは確認用ですので,見たいときだけ,どうぞ。アジア旅行のカテゴリの順位がわかります。にほんブログ村海外旅行(アジア) ブログランキングへクリックで,本サイトへ!本サイト
2020/04/13
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